Title  グリーン・カード 32  緑の札 32  ----時代----五十年後----  懸賞當選映畫小説  Note  大阪朝日新聞 夕刊  昭和五年九月五日(金曜日)  Author  石原榮三郎 原作  小島善太郎 畫  Subtitle  悲しき饗宴 六  Description 「實に無線電力給送機の完成は、 人間の智能が自然を征服する可能  ヽヽヽ のあかしであり、しかしてそれは               ヽ 人類が、地上樂土の創造主たるあ ヽヽ かしでもあります----。  わたしはこの光輝ある祝宴の席    ヽヽ 上で、かう述べるわたしの言葉を 歴史的なものとして、ハナド・ア キラの健勝を祈る祝辭の結びと致 しませう…………。」     ヽヽ  室内にはち切れさうな拍手が 再び起つた。その拍手に包まれ て、ミムラ頭取が巨大な體躯を埋 めると、その拍手に誘はれて立ち 上つたのは、今晩の主客----ハナ ド・アキラである。  人々の眼は瞬間、アキラの顏に 集中した。そのために更に湧き返 つたのは拍手だ。  暫らくアキラは默笑を續けた。 同時にその左右には、この偉大な る者に對する、母としての、妹と しての二つの微笑が、人々の羨望 のレンズを通して室中に跳つたの である。  拍手が靜まつた。アキラの答禮 的なテーブル・スピーチが清朗な 聲となつてそれにかはつたのだ。 「私を賞め譛へて下さる皆さま何 の理論も約束もなく今夜、この席 上に私をお招き下さいました皆さ まの御芳志は、私がどんな感謝の 言葉をもつてしても、たうてい報 いる程の滿ちた言葉はありません ………。」  こゝで、アキラはフラスコの水 をのんだ。人々は拍手を忘れて、               ヽ この偉大な若者の片言さへも、も ヽ らすまいと次の言葉を待つたので ある。  室内は間斷なくグラスの壁を通               ヽ じて五色の照明燈に色彩の波をう ヽ ち續けたのだ。  冷靜な科學者としてのアキラの 顏にも、次第に感激の血が速度を 早めた。彼はぽん!と輕く卓子を 叩いて次の語に入つた。 「皆さまは私の仕亊を國家のため        ヽヽ 人類のためと名づけて下さいま す、けれ共その言葉は、現在の私 の仕亊に適つてゐるものであるか             ヽヽヽ どうか----私はそれほどのうぬぼ ヽ れを自己の仕亊にもつ亊が出來な いのであります、おそらく私の仕 亊は、そんな高いところから出發 したものではありません、成ほど 私は生命を懸けて、無線電力の輸 送に成功したのは亊實であります【。】 またこの成功によつて産業界が、 どれ程革新されるものであるか、 それは私の言葉を通じるよりも、 皆さまの御思慮に委ねることの賢 明であることを私はよく知つてを ります、しかしこの利潤について 樣々な方々から、樣々なお言葉を 頂かなかつたわけでもありません が、この利潤は、私のそも/\の 出發に起原した一つの慾望に對す        ヽヽ る悲しい犠牲にほかならないので あります。私はそれを今夜、最後 の席上の五分前に皆さまに公開し たいと存じます。私のこの慾望に     ヽヽ 對して、よし皆さまの嘲笑があら うとも、かうすることにおいて、 一個のハナド・アキラが滿たされ るものであることを、どうか御含 みを希ひます………」  四たび拍手は起つた。だがその 拍手に、一抹の影があることは否 めない。人々は意外なアキラのテ              ヽヽ ーブル・スピーチに人間的なねた ヽ みと疑ひをもつたのだ。  殊にミムラ頭取の眼は、鋭く人 人の上に放たれたのが、何を意味 したものであるか、人々の眼はそ の巨大な瞳に怖れてゐるのが慥か である。  アキラが奇妙なスピーチを終つ て席に着くと、何よりもそのアキ ラをキカイ的に優しみの眼で迎へ たのが、母としては餘りに遠いは ずのセキであつた。  人々は不可解な空氣の中で、ホ ワイト・ミンドのアルコールを浴 び始めた。祝宴といふ名に對して も、今夜は人々の夢があらん限り に亂れねばならない。  End  Data  トツプ見出し:   皇后陛下おめでたき   御姙娠の御兆候   月末まで那須で御靜養  廣告:   世界中の家庭藥 メンソレータム 價 二十五錢  底本::   紙名:  大阪朝日新聞 夕刊   発行:  昭和五年九月五日(金曜日) 第三版  入力::   入力者: 新渡戸 広明(info@saigyo.net)   入力機: Sharp Zaurus igeti MI-P1-A   編集機: IBM ThikPad s30 2639-42J   入力日: 2003年08月06日  校正::   校正者: 大黒谷 千弥   校正日: 2003年08月27日  $Id: gc32.txt,v 1.6 2005/09/16 02:35:24 nitobe Exp $