Title  グリーン・カード 37  緑の札 37  ----時代----五十年後----  懸賞當選映畫小説  Note  大阪朝日新聞 夕刊  昭和五年九月十一日(木曜日)  Author  石原榮三郎 原作  小島善太郎 畫  Subtitle  悲しい饗宴 十一  Description  アキラヘの祝宴がミムラへの祝 宴にかはつたホテル・アジアのそ の夜の饗宴は、深夜の三時ごろや うやく終つた。  一時にホテル屋上の飛行機發着 塲から、澤山の小型飛行機が、四 方八方へ飛び散つた。  一方玄關からも自動車の行列が つゞいた、飛行機の輕快よりも、 自動車の莊重さを喜ぶ人々の多い ブルヂヨア階級の人々であつた。  ミムラも自動車に乘つた。  醉ひつぶれるやうにクシヨンに 身體を埋めた彼を、抱きかゝへる やうにしながら介抱してゐるのは アキラから取り殘されたヒカルだ つた。 「どちらへ?」  運轉手が聞いた。 「ねえ、ミムラ、邸へ歸る?」 「うん----む……」  口の中で何か云つたやうだつた がヒカルには判りかねた、しかし 運轉手は直ぐハンドルを動かし始 めた。 「判つて?行き先が」 「はい、判つてをります」  自動車は郊外のアスフアルト道 を疾走した、街路樹のトンネルを くぐり/\何十マイルか走つて行 つた。 「ミムラの邸はこんな方にある の?」  ヒカルはミムラが眠つてゐるの で運轉手に話しかけた。 「はい、御別莊の方でございます」  やがて、美しい湖の畔を自動車 は走り出した。  キカイのやうな都市の建物とち がつて、湖畔に散在する住宅は、 白や赤や青や、美しい彩色さへも 持つた玩具のやうな瀟洒な姿だ つた。  月の影にてらし出されたその一 群はまるで夢の國の世界だつた。 「まあ!美しい」  ヒカルは窓外の景色に見とれ た。 「おう、もう歸つたか」  寢てゐるはずのミムラがバツチ リと眼をあけた。自動車はとある 家の前にピタリととまつてゐた。  恭しく運轉手がドアをあける。 よろめきながらミムラが降りる。 「さあ、どうぞ、あなたも御一し よに!」  ミムラがヒ力ルの手を執つた。 「お邪魔に上つても良い?」 「こんなにおそくレデーを一人で 歸すといふ法はありますまい、ハ ツハヽヽヽ」  二人は家へ入つた。  パツト明るい電燈が窓の外に漏 れた、召使ひ達が甲斐/\しく、 洋酒やソフトドリンクスを部屋へ 運ぶ姿がのぞかれた。  まあ、おかけ、今夜は朝まで飮 みますぢや、あなたもつき合つて 下さい、ハツハヽヽ」  ミムラは上機嫌だつた。  ヒ力ルは華麗をきはめたその部 屋のソフアに身體を投げかけて ゐた。 「妾、もうスツカリ疲れちまひま したわ、とても朝までおつき合ひ はできませんわ」 「ぢやあ、すぐにも寢ますかね」 「ヱヽ、妾、あなたおひとりで飮 んでゐらつしやい。」 「イヤ、ひとりぢや、あまり面白 くない、ぢやあ、飮むことは、今 度まであづけておいて今夜は早く 寢るとしませうかね」 「ヱヽ」  召使は食卓を引いて去つた、部 屋にはヒカルとミムラの二人だけ が殘つた。 「いけません!」  ヒカルの魅惑的な姿を、たゞ一 人眼の前において、ミムラ頭取の 心猿が狂ひ出した。  つとのべてヒカルの首にまきつ けたミムラの手を輕くほどきなが ら、ヒカルは叱つた、しかしその 顏には微笑が漂つてゐる。 「お坊ちやん、早く寢んねなさ いね」  ヒカルはとう/\その夜アキラ の邸へは歸らなかつた。  End  Data  トツプ見出し:   四千百四十人づゝ   一日に殖江る   一月から三日迄の出生死亡統計   けふ統計局より發表  廣告:   ヤマサ醤油大賣出し   安産のためにワダカルシユーム錠   蓄針はシルバリ   づつうに!ノーシン   毛はへ藥フミナイン  底本::   紙名:  大阪朝日新聞 夕刊   発行:  昭和五年九月十一日(木曜日) 第三版  入力::   入力者: 新渡戸 広明(info@saigyo.net)   入力機: Sharp Zaurus igeti MI-P1-A   編集機: IBM ThikPad s30 2639-42J   入力日: 2003年08月09日 台風10号 躍る大捜査線2  校正::   校正者: 大黒谷 千弥   校正日: 2003年08月27日    $Id: gc37.txt,v 1.8 2005/09/16 02:35:24 nitobe Exp $