郭公について


「新訂山家集」には多様な「杜鵑類」表現があります。
ほととぎす、郭公、時鳥、子規、蜀魂、呼子鳥です。
一方「西行の和歌はやまとうた」で指摘した通り、「山家心中集」(宮本本)はほとんどひらがなで記述されており、通常は「ほとゝきす」表記であり、稀に詞書で「郭公」を使用しているだけです。
>  0245
>  無言に侍りし頃郭公のはつこゑをきゝて
> ほとゝきす人にかたらぬをりは
> しもはつねきくこそかひなかりけれ

ここで考えたいのは「郭公」を「ホトトギス」と読むことの是非です。

「ほととぎす」「かっこう」を辞典で調べると

ほととぎす 【杜鵑・時鳥・子規・不如帰・杜宇・蜀魂・田鵑】
(名)
(1)ホトトギス目ホトトギス科の鳥。全長約30センチメートル。尾羽が長い。背面は灰褐色。腹面は白色で黒い横斑がある。ウグイスなどの巣にチョコレート色の卵を産み、抱卵と子育てを仮親に託す。鳴き声は鋭く、「テッペンカケタカ」などと聞こえる。夏鳥として渡来し、山林で繁殖して東南アジアに渡る。古来、文学や伝説に多く登場し、卯月(うづき)鳥・早苗(さなえ)鳥・あやめ鳥・橘鳥・時つ鳥・いもせ鳥・たま迎え鳥・しでの田長(たおさ)などの異名がある。[季]夏。《―平安城を筋違に/蕪村》
(2)(「時鳥草」「杜鵑草」「油点草」の文字を当てる)ユリ科の多年草。丘陵や低山の湿った場所に生える。高さ約60センチメートル。葉は互生し、狭長楕円形で基部は茎を抱く。秋、葉腋に白色で紫斑がある花を一〜三個ずつつける。花被片は六個。和名は花の斑を(1)の胸の斑に見立てたもの。ほととぎすそう。[季]秋。
(枕詞)
(1)が飛ぶ意から類音の地名「飛幡(とばた)」にかかる。「―飛幡の浦にしく波のしくしく君を/万葉 3165」

かっこう くわく― 【郭公
カッコウ目カッコウ科の鳥。全長35センチメートル内外で、翼と尾が長い。背面は灰色、腹面は白で細い不規則な黒の横しまがある。日本には夏鳥として渡来する。開けた林や草原にすみ、カッコー、カッコーと鳴く。自分で巣を作らず、ホオジロやモズなどの巣に産卵し、ひなはその巣の親に養われる。閑古鳥(かんこどり)。呼子鳥(よぶこどり)。合法鳥(がつぽうどり)。[季]夏。〔平安時代以来、ホトトギスに「郭公」の字を当てることがある〕
(大辞林第二版)

「大辞林」は比較的良心的な方で、他の辞典は「郭公」を「ホトトギス」と読むのは誤り。と取り付く島もありません。現代の知識で誤りと断言する事は非常に簡単ですが、それは現代人の驕り以外の何物でもありません。DNAによる分類が確立したのはつい最近の事です。

平安時代の「郭公」表記が誤りなら、「万葉集」の「霍公鳥」表記も問題となります。「万葉集」での「ホトトギス」の表記は殆ど「霍公鳥」。「保登等藝須」「冨等登藝須」が数例みられるのみです。高橋干劔破氏は「花鳥風月の日本史」で「霍公鳥とはその音のごとく本来は力ッコウのことだが、ここではホトトギスを指す。力ッコウとホ卜トギスは姿形がよく似ており、万葉のころの人は、同じ鳥が鳴き分けていると信じていたのである。」としています。(参考1)

「日本うたことば表現辞典3−動物編」(参考8)では『古歌では「ほととぎす」を「郭公」と表記している歌もある。これは「ほととぎす」の姿・形が郭公に良く似ているところから、鳴声の違いがあるにもかかわらず混同されたものである。』としています。

「二十一代集」での「ホトトギス」の表記はほとんど「郭公」ですが、他の表記も見られます。

「枕草紙」での「ホトトギス」の表記は「郭公」。(参考2)

解脱上人(貞慶)(1155-1213)「愚迷発心集」では、
郭公」は「霍公」「子規」「杜鵑」「杜宇」「不如歸」「蜀魄」であるとしています。(参考3)

「伊呂波拾遺」では、
"ほとゝぎす","郭公。時鳥。夏来鳥。田長鳥。箱鳥。何モ故アリ。此外多シ。古今ニハ十二ノ異名アリ","古今集・雑体1013","二〇二",202

元和三年(1617)版『下学集』では、
ホトトギス,杜鵑,ホトヽギス,又云フ蜀魄〔[シヨク]ハク〕ト 又云子規〔[シ]キ〕ト 又云杜宇〔トウ〕ト 又云郭公ト云々 見事文類聚ニ矣 事林廣記ニ呼テ鳩ヲ曰フ郭公ト也,氣形,59-1,848

元禄七年(1694)没の松尾芭蕉も「ホトトギス」を「郭公」と表記していました。

貝原益軒は「大和本草」(宝永6年(1709))で「ホトトギス」を「郭公」と表記するのは誤りであるとしています。

日寛上人(正徳乙、1712?)は「撰時抄愚記上」で『「時鳥」は時を知る鳥なり。この鳥の異名多し。或は子規、或は杜鵑、或は杜宇、或は蜀魂、或は蜀魄等なり。中に於て今、時鳥の字を用うるは少しく意あるか。また朗詠並びに順の和名に時鳥を以て郭公と為す。並びに是に非ず。郭公は●鳩なり。本草綱目、爾雅等の意爾なり云云。』としています。(参考4)

『早引節用集』(宝暦10年1761)はホトトギスに「郭公」しかかかげていない。

『物類稱呼』(安永4年1775)は「大和本艸」「俗にかんこ鳥を杜鵑の雌也と云もの遠からず」としながらも、「本朝食鑑」「ほととぎす樹に上ッて鳴く時 其かたはらの樹邊に必聲なきほとゝぎす有 是則チむしくひ鳥也 故に世俗ほとゝきすの雌也とす 今按に 此説による時は ほとゝきすの雌は虫喰鳥成へし かつこ鳥 をそらくは杜鵑の雌にてはあるへからす 杜鵑は鶯の巣をかりて子を生し かつこ鳥は頬白鳥の巣に子をなすものなり」としている。(参考7)

『倭漢節用無双嚢』(天明4・1784年刊)は
「杜鵑・杜宇・子規・■鳥・蜀魄・別都頓宜寿・郭公・時鳥」(■=縷鳥)。

『言海』(明治22年初版/昭和6年第628版複製)は
ほととぎす(名)|霍公|郭公|時鳥|〔啼ク聲ヲ名トス、歌ニ「己が名を名のる」ト詠メル多シ〕(一)鳥ノ名、山中ノ樹ニ棲ミ、夏ノ初ヨリ、晝夜ヲ分カズ啼キテ、秋ニ至リテ止ム、其聲、叫ブガ如シ、形、ひよどりヨリ痩セテ長ク、頭ハ黒褐ニ淡褐ノ斑アリ、背ハ、淡青ニシテ、背後、肩、翅、皆黒褐ナリ、喉ハ淡青ニシテ黄褐ノ横斑アリ、胸、腹、色、淡クシテ黒キ横斑アリ、尾黒クシテ白斑アリ、是レ雄ナリ。雌ハ頭、額、深黒褐ニシテ、腹、白ク、胸ヨリ腹マデ黒キ横斑アリ、肩、翼、黒ク、喉、胸、淡褐ニシテ、腹白ク、胸ヨリ腹マデ黒キ横斑アリ、卵ヲ鶯ノ巣ノ中ニ生ミテ、鶯ヲシテ養ハシムト云。異名、シデノタヲサ。杜鵑、子規、杜宇(二)山草ノ名・・・【以下省略】

以上を総合すると、「ホトトギス」と「カッコウ」が別の鳥であるという認識は「江戸」時代以降であると考えられますが、かなり曖昧なものだった様です。
「伊呂波拾遺」『下学集』『早引節用集』『倭漢節用無双嚢』『言海』などの「辞典」が「ホトトギス」=「郭公」と規定していますから、それに従うのは当然といえます。

さらに、現代においても「ホトトギス」と「カッコウ」の混同が見られます。
参考5は「望帝」の化身は「ホトトギス」であるにもかかわらず「カッコウ」としている例。
参考6は現代日本各地の「ホトトギス」と「カッコウ」の呼称が混乱している例。

正直言って、鳴き声の識別ならともかく、姿だけを見せられ「ホトトギス」と「カッコウ」の識別をしなさいと言われても私には不可能です。

参考1:
「花鳥風月の日本史」古代中国の伝説を秘めるホトトギス

参考2:
枕草紙 261

参考3:
「愚迷発心集」 直談巻之ニ 郭公付邵康節聽杜鵑

参考4:
nb's homepage

参考5:
甲府商工会議所成都事務所

参考6:
HIRA...'S BIRDING PAGE
参考7:
「物類稱呼」 巻之二 動物 蚊母鳥 かつこうとり

参考8:
「日本うたことば表現辞典3−動物編」ほととぎす


第一稿:2001年01月21日 新渡戸 広明

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