氷の歌


 0015
 初春
岩間とぢし氷も今朝はとけそめて苔の下水みちもとむらむ
 0018
 題しらず
三笠山春はこゑにて知られけり氷をたたく鶯のたき
 0022
 題しらず
春しれと谷の下みづもりぞくる岩間の氷ひま絶えにけり
 0023
小ぜりつむ澤の氷のひまたえて春めきそむる櫻井のさと
 0201
山おろしの木のもとうづむ花の雪は岩井にうくも氷とぞみる
 0349
 池上夏月といふことを
かげさえて月しも殊にすみぬれば夏の池にもつららゐにけり
 0525
 月池の氷に似たりといふことを
水なくて氷りぞしたるかつまたの池あらたむる秋の夜の月
 0530
 海邊明月
難波がた月の光にうらさえて波のおもてに氷をぞしく
 0621
月さゆる明石のせとに風吹けば氷の上にたたむしら波
 0658
いけ水に底きよくすむ月かげは波に氷を敷きわたすかな
 0729
 氷留山水
岩間せく木葉わけこし山水をつゆ洩らさぬは氷なりけり
 0730
 瀧上氷
水上に水や氷をむすぶらんくるとも見えぬ瀧の白糸
 0731
 氷筏をとづといふことを
氷わる筏のさをのたゆるればもちやこさましほつの山越
 0732
 世をのがれて鞍馬の奥に侍りけるに、かけひの氷りて水までこざりけるに、春になるまではか く侍るなりと申しけるを聞きてよめる
わりなしやこほるかけひの水ゆゑに思ひ捨ててし春の待たるる
 0733
 川氷
川わたにおのおのつくるふし柴をひとつにくさるあさ氷かな
 0746
氷しく沼の蘆原かぜ冴えて月も光ぞさびしかりける
 0748
 庭上冬月といふことを
冴ゆと見えて冬深くなる月影は水なき庭に氷をぞ敷く
 0799
さゆる夜はよその空にぞをしも鳴くこほりにけりなこやの池水
 0800
よもすがら嵐の山は風さえて大井のよどに氷をぞしく
 0803
風さえてよすればやがて氷りつつかへる波なき志賀の唐崎
 0847
 讃岐の國へまかりて、みの津と申す津につきて、月のあかくて、ひゞのてもかよはぬほどに遠 く見えわたりけるに、水鳥のひゞのてにつきて飛びわたりけるを
しきわたす月の氷をうたがひてひゞのてまはる味のむら鳥
 0860
 同じ國に、大師のおはしましける御あたりの山に庵むすびて住みけるに、月いとあかくて、海 の方くもりなく見え侍りければ
くもりなき山にて海の月みれば島ぞ氷の絶間なりける
 0974
 十月十二日、平泉にまかりつきたりけるに、雪ふり嵐はげしく、ことの外に荒れたりけり。い つしか衣川見まほしくてまかりむかひて見けり。河の岸につきて、衣川の城しまはしたる、こと がらやうかはりて、ものを見るここちしけり。汀氷りてとりわけさびしければ
とりわきて心もしみてさえぞ渡る衣川見にきたる今日しも
 1067
 賀茂のかたに、ささきと申す里に冬深く侍りけるに、人々まうで來て、山里の戀といふことを
かけひにも君がつららや結ぶらむ心細くもたえぬなるかな
 1081
 寄氷戀
春を待つ諏訪のわたりもあるものをいつを限にすべきつららぞ
 1315
 題しらず
つららはふ端山は下もしげければ住む人いかにこぐらかるらむ
 1328
みな鶴は澤の氷のかがみにて千歳の影をもてやなすらむ
 1747
あらたなる熊野詣のしるしをばこほりの垢離にうべきなりけり
 底本::
  著名:  新訂 山家集
  著者:  西行
  校訂:  佐佐木 信綱
  発行者: 大塚 信一
  発行所: 株式会社 岩波書店
  初版:  1928年10月05日 第 1刷発行
  発行:  1998年07月24日 第61刷発行
  国際標準図書番号: ISBN4-00-300231-8
 底本の親本::
  著名:  山家集類題
  校訂:  松本 柳齋
 入力::
  入力者: 新渡戸 広明(info@saigyo.net)
  入力日: 2000年12月19日