Title  近代秀歌  Author  藤原定家  Note  【かっこ】は入力者注。国文学研究資料館の二十一代集の検索を使用。  Description  いまは、そのかみのことに侍べし。ある人の、うたはいかやうによむべきものぞと、とはれて侍しかば、をろかなる心にまかせて、わづかにおもひえたることを、かきつけ侍し。いさゝかのよしもなく、たゞ、ことばにかきつゞけて、をくり侍し。見ぐるしけれど、たゞおもふまゝのひがごとに侍べし。  やまとうたのみち、あさきににてふかく、やすきににてかたし。わきまへしるひと、又いくばくならず。むかしつらゆき、歌の心たくみに、たけをよびがたく、ことばつよくすがたおもしろきさまをこのみて、餘情妖艷の體をよまず。それよりこのかた、その流をうくるともがら、ひとへに、このすがたにおもむく。たゞし、世くだり、人の心おとりて、たけもおよばず、ことばもいやしくなりゆく。いはむや、ちかき世の人は、たゞおもひえたる風情を、三十字にいひつづけむことをさきとして、さらにすがたことばのおもむきをしらず。これによりて、すゑの世のうたは、田夫の花のかげをさり、商人の鮮衣をぬげるがごとし。しかれども、大納言經信卿・俊頼朝臣・左京大夫顯【輔】卿・清輔朝臣ちかくは、亡父卿すなはちこのみちをならひ侍ける基俊と申ける人、このともがら、すゑのよのいやしきすがたをはなれて、つねに、ふるきうたをこひねがへり。このひと%\の、おもひいれてすぐれたるうたは、たかき世にもをよびてや侍らむ。いまの世となりて、このいやしきすがたをいさゝかかへて、ふるきことばをしたへるうた、あまたいできたりて、花山僧正・在原中將・素性・小町がのち、たえたるうたのさま、わづかに見えきこゆる時侍を、物の心さとりしらぬ人は、あたらしきこといできて、うたのみちかはりにたりと、申すも侍べし。たゞし、このころの後學末生、まことにうたとのみ思ひて、そのさましらぬにや侍らむ、たゞきゝにくきをこととして、やすかるべき亊をちがへ、はなれたることをつゞけて、にぬうたをまねぶとおもへるともがら、あまねくなりにて侍にや。このみちを、くはしくさとるべしとばかりは、おもふたまへながら、わづかに、重代の名ばかりをつたへて、あるいはもちゐられ、あるいはそしられ待れど、もとより、みちをこのむ心かけて、わづかに人のゆるさぬ亊を、申つゞくるよりほかに、ならひしることも侍らず。おろそかなる、おやのをしへとては、歌はひろく見、とをくきくみちにあらず、心よりいでゝ、みづからさとる物也とばかりぞ、申侍しかど、それをまことなりけりとまで、たどりしることも侍らず。いはむやおいにのぞみてのち、やまひもをもく、うれへもふかく、しづみ侍にしかば、ことばの花、色をわすれ、心のいづみ、みなもとかれて、物をとかく思つゞくることも、侍らざりしかば、いよ/\あとかたなく、思すて侍りにき。たゞ、をろかなる心に、いまこひねがひ侍うたのさまばかりを、いさゝか申侍なり。  ことばはふるきをしたひ、こゝろはあたらしきをもとめ、をよばぬたかき、すがたをねがひて、寛平以往の歌にならはゞ、をのづから、よろしきことも、などか侍らざらん、ふるきをこひねがふにとりて、むかしのうたのことばをあらためず、よみすへたるを、すなはち、本歌とすと申す也。かの本歌を思ふに、たとへば、五七五の、七五の字を、さながらをき、七々の字を、おなじくつゞけつれば、あたらしき歌に、きゝなされぬところぞ侍。五七の句は、やうによりて、さるべきにや待らん。たとへば、いその神・ふるきみやこ・郭公なくやさ月・ひさかたのあまのかぐ山・たまぼこのみちゆき人・など申すことは、いくたびも、これをよまでは、歌いでくべからず。年の内に春はきにけり・そでひぢてむすびし水・月やあらぬはるやむかしの・さくらちるこのしたかぜなどは、よむべからすとぞ、をしへ侍し。つぎに、今の世に、かたをならぶるともがら、たとへば世になくとも、きのふけふといふばかり、いできたるうたは、ひと句もその人のよみたりしと見えんことを、かならずさらまほしくおもふたまへ侍なり。たゞこのおもむきを、わづかにおもふばかりにて、おほかたのあしよし、うたのたゝずまひ、さらにならひしることも侍らず。いはむや、難義など申亊は、家々にならひ、ところ%\にたつるすぢ、をの/\侍なれど、さらに、つたへきくこと侍らざりき。わづかにわきまへ申亊も、ひと%\のかきあつめたる物に、かはりたることなきのみこそ侍れば、はじめてしるしいだすにをよばず。他家の人の説、いさゝかかはれること侍らじ  ----(半丁白紙)  0001: 春立といふ計にやみよしのゝ山もかすみてけさは見ゆらむ 【拾遺和歌集/拾遺和歌集巻第一/春】 【0001/平さたふんか家歌合によみ侍ける/壬生忠岑】 【春たつと/いふはかりにや/みよし野の/山もかすみて/今朝はみゆらん】  0002: やまざくらさきそめしよりひさかたのくも井に見ゆるたきのしらいと 【金葉和歌集/金葉和歌集巻第一/春歌】 【0050//源俊頼朝臣】 【山さくら/咲そめしより/久かたの/雲ゐにみゆる/滝のしら糸】  0003: さくらさくとを山どりのしだりおのなが%\し日もあかぬいろかな 【新古今和歌集/新古今和歌集巻第二/春歌下】 【0099/釈阿和歌所にて九十賀し侍りしおり、屏風に、山に桜さきたる所を/太上天皇】 【桜咲/とを山鳥の/したりおの/なか++し日も/あかぬ色かな】  0004: いざけふははるの山べにまじりなんくれなばなげのはなのかげかは 【古今和歌集/古今倭歌集巻第二/春歌下】 【0095/うりん院のみこのもとに、花みにきた山のほとりにまかれりける時によめる/そせい】 【いさけふは/春の山辺に/ましりなん/くれなはなけの/花のかけかは】  0005: さくらがり雨はふりきぬおなじくはぬるとも花のかげにかくれむ 【拾遺和歌集/拾遺和歌集巻第一/春】 【0050/題しらす/よみ人しらす】 【桜かり/雨はふりきぬ/おなしくは/ぬるとも花の/かけにかくれむ】  0006: 花の色はうつりにけりないたづらにわが身よにふるながめせしまに 【古今和歌集/古今倭歌集巻第二/春歌下】 【0113//小野小町】 【花の色は/うつりにけりな/いたつらに/我身世にふる/なかめせしまに】  0007: ひさかたのひかりのどけきはるの日にしづ心なく花のちるらん 【古今和歌集/古今倭歌集巻第二/春歌下】 【0084/さくらの花のちるをよめる/きのとものり】 【久かたの/光のとけき/春のひに/しつ心なく/花のちるらん】  0008: 夏の夜はまだよひながらあけぬるをくものいづこに月のてるらん 【古今和歌集/古今和歌集巻第三/夏歌】 【0166/月のおもしろかりける夜あかつきかたによめる/ふかやふ】 【夏のよは/また宵なから/あけぬるを/雲のいつこに/月やとるらん】  0009: やへむぐらしげれるやどのさびしきに人こそ見えね秋はきにけり 【拾遺和歌集/拾遺和歌集巻第三/秋】 【0140/河原院にて、あれたるやとに秋来といふ心を、人々よみ侍けるに/恵慶法師】 【やへむくら/しけれるやとの/さひしきに/人こそみえね/秋はきにけり】  0010: あはれいかに草葉のつゆのこぼるらん秋風たちぬみやぎのゝはら 【新古今和歌集/新古今和歌集巻第四/秋歌上】 【0300//】 【あはれいかに/草はの露の/こほるらん/秋風たちぬ/宮きのゝ原】  0011: 月見ればちゞにものこそかなしけれわが身ひとつの秋にはあらねど 【古今和歌集/古今和歌集巻第四/秋歌上】 【0193/これさたのみこの家の歌合によめる/大江千里】 【月みれは/ちゝに物こそ/悲しけれ/我身ひとつの/秋にはあらねと】  0012: 秋の露やたもとにいたくむすぶらんながき夜あかずやどる月哉 【新古今和歌集/新古今和歌集巻第四/秋歌上】 【0433/秋のうたの中に/太上天皇】 【秋の露や/袂にいたく/結ふらん/なかき夜あかす/やとる月かな】  0013: 秋の月たかねのくものあなたにてはれゆくそらのくるゝまちけり 【千載和歌集/千載和歌集巻第四/秋歌上】 【0274月の歌卅首よませ侍ける時、よみ侍ける/法性寺入道前太政大臣】 【秋の月/たかねの雲の/あなたにて/晴行空の/暮るまちけり】  0014: なきわたるかりのなみだやおちつらん物思ふやどのはぎのうへのつゆ 【古今和歌集/古今和歌集巻第四/秋歌上】 【0221//】 【鳴わたる/雁の涙や/おちつらん/物思ふやとの/萩の上の露】  0015: 秋の田のかりほのいほのとまをあらみわが衣手はつゆにぬれつゝ 【後撰和歌集/後撰和歌集巻第六/秋歌中】 【0302/たいしらす/天智天皇御製】 【秋の田の/かりほのいほの/とまをあらみ/わか衣ては/露にぬれつゝ】  0016: しらつゆに風のふきしく秋ののはつらぬきとめぬたまぞちりける 【後撰和歌集/後撰和歌集巻第六/秋歌中】 【0308//文屋朝康】 【白露に/風の吹しく/秋の野は/つらぬきとめぬ/玉そちりける】  0017: 秋風にさそはれわたるかりがねは物思ふ人のやどをよかなん 【後撰和歌集/後撰和歌集巻第七/秋歌下】 【0360/題しらす/】 【秋風に/さそはれわたる/かり金は/物思ふ人の/やとをよかなん】  0018: ゆふさればかど田のいなばをとづれてあしのまろやに秋風ぞふく 【金葉和歌集/金葉和歌集巻第三/秋歌】 【0183/師賢朝臣の梅津の山さとに人++まかりて、田家秋風といへる事をよめる/大納言経信】 【夕されは/門田のいなは/音つれて/芦のまろやに/秋風そ吹】  0019: さをしかのつまとふ山のをのへなるわさだはからじしもはをくとも 【新古今和歌集/新古今和歌集巻第五/秋歌下】 【0459//】 【さをしかの/妻とふ山の/をかへなる/わさ田はからし/霜はをくとも】  0020: おく山にもみぢふみわけなくしかのこゑきく時ぞ秋はかなしき 【古今和歌集/古今和歌集巻第四/秋歌上】 【0215//読人しらす】 【おく山に/紅葉ふみ分/鳴鹿の/こゑきく時そ/秋はかなしき】  0021: しらつゆも時雨もいたくもる山はした葉のこらずいろづきにけり 【古今和歌集/古今和歌集巻第五/秋歌下】 【0260/もる山のほとりにてよめる/つらゆき】 【しら露も/時雨もいたく/もる山は/下葉残らす/色付にけり】  0022: ほの%\とありあけの月の月かげにもみぢふきおろす山おろしのかぜ 【新古今和歌集/新古今和歌集巻第六/冬歌】 【0591/題しらす/源信明朝臣】 【ほの++と/有明の月の/月影に/紅葉吹おろす/山おろしのかせ】  0023: 秋しのやと山のさとやしぐるらむいこまのたけにくものかゝれる 【新古今和歌集/新古今和歌集巻第六/冬歌】 【0585/題しらす/西行法師】 【あきし野や/外山の里や/時雨覧/いこまのたけに/雲のかゝれる】  0024: きみこずばひとりやねなむさゝのはのみ山もそよにさやぐしもよを 【新古今和歌集/新古今和歌集巻第六/冬歌】 【0616/崇徳院御時百首歌たてまつりけるに/藤原清輔朝臣】 【君こすは/独やねなむ/さゝのはの/み山もそよに/さやく霜夜を】  0025: あまのはらそらさへさえやわたるらん氷と見ゆる冬の夜の月 【拾遺和歌集/拾遺和歌集巻第四/冬】 【0242/月をみてよめる/恵慶法師】 【あまの原/空さへさえや/わたるらむ/氷とみゆる/冬の夜の月】  0026: ふるさとはよしのゝ山のちかければひと日もみゆきふらぬ日はなし 【古今和歌集/古今和歌集巻第六/冬歌】 【0321//】 【古郷は/吉のゝ山し/ちかけれは/ひとひもみ雪/ふらぬ日はなし】  0027: あさぼらけありあけの月と見るまでによしのゝさとにふれるしらゆき 【古今和歌集/古今和歌集巻第六/冬歌】 【0332/やまとのくにゝまかれりける時に、ゆきのふりけるをみてよめる/坂上これのり】 【朝ほらけ/有明の月と/見るまてに/吉野の里に/ふれる白雪】  0028: いその神ふるののをざゝしもをへてひと夜ばかりにのこるとし哉 【新古今和歌集/新古今和歌集巻第六/冬歌】 【0698//摂政太政大臣】 【いそのかみ/ふる野のをさゝ/霜をへて/一夜はかりに/残る年かな】  0029: きみが世はつきじとぞ思ふ神風やみもすそ河のすまむかぎりは 【後拾遺和歌集/後拾遺和歌集第七/賀】 【0450/承暦二年内裏歌合によみ侍ける/民部卿経信】 【君か代は/つきしとそおもふ/神風や/みもすそ河の/すまん限は】  0030: すゑの露もとのしづくや世中のをくれさきだつためしなるらん 【新古今和歌集/新古今和歌集巻第八/哀傷歌】 【0757/題しらす/僧正遍昭】 【すゑの露/もとの雫や/世中の/をくれさきたつ/ためし成らん】  0031: みな人は花の衣になりぬなりこけのたもとよかはきだにせよ 【古今和歌集/古今和歌集巻第十六/哀傷歌】 【0847/深草のみかとの御時に、蔵人の頭にてよるひるなれつかうまつりけるを、諒闇に成にけれはさらに世にもましらすして、ひえの山にのほりてかしらおろしてけり、その又のとし、みな人御ふくぬきて、あるはかうふりたまはりなとよろこひけるを聞てよめる/僧正遍昭】 【みな人は/花の衣に/成ぬ也/こけのたもとよ/かはきたにせよ】  0032: もろともにこけのしたにはくちずしてうづもれぬなを見るぞかなしき 【金葉和歌集/金葉和歌集巻第十/雑部下】 【0661/小式部内侍うせてのち、上東門院よりとしころ給はりけるきぬをなきあとにもつかはしたりけるに、小式部内侍とかきつけられたるをみてよめる/和泉式部】 【もろともに/苔の下には/くちすして/うつもれぬ名を/みるそかなしき】  0033: かぎりあればけふぬぎすてつふじ衣はてなき物はなみだなりけり 【拾遺和歌集/拾遺和歌集巻第二十/哀傷】 【1293/恒徳公の服ぬき侍とて/藤原道信朝臣】 【限あれは/けふぬきすてつ/ふち衣/はてなき物は/なみたなりけり】  0034: なき人のかたみのくもやしぐるらんゆふべのあめに色は見えねど 【新古今和歌集/新古今和歌集巻第八/哀傷歌】 【0803/雨中無常といふことを/太上天皇】 【なき人の/かたみのくもや/しくるらん/夕の雨に/袖はみえねと】  0035: この世にて又あふまじきかなしさにすゝめし人ぞ心みだれし 【千載和歌集/千載和歌集巻第九/哀傷歌】 【0604/返し/円位法師】 【この世にて/又あふましき/かなしさに/すゝめし人そ/心みたれし】  0036: たちわかれいなばの山の峯におふる松としきかば今歸りこむ 【古今和歌集/古今和歌集巻第八/離別歌】 【0365/題しらす/在原行平朝臣】 【立わかれ/いなはの山の/嶺におふる/松としきかは/今かへりこん】  0037: わくらはにとふ人あらばすまのうらにもしほたれつゝわぶとこたへよ 【古今和歌集/古今和歌集巻第十八/雑歌下】 【0962/田むらの御時に、事にあたりて津の国のすまといふところにこもり侍けるに、宮のうちに侍ける人につかはしける/在原行平朝臣】 【わくらはに/とふ人あらは/須まの浦に/もしほたれつゝ/わふとこたへよ】  0038: なにはびとあし火たくやにやどかりてすゞろにそでのしほたるゝ哉 【新古今和歌集/新古今和歌集巻第十/羇旅歌】 【0973/入道前関白家百首歌に、旅のこゝろを/皇太后宮大夫俊成】 【難波人/あし火たく屋に/宿かりて/すゝろに袖の/しほたるゝ哉】  0039: たちかへり又もきてみむ松しまやをじまのとまやなみにあらすな 【新古今和歌集/新古今和歌集巻第十/羇旅歌】 【0933//】 【立かへり/又もきてみむ/松島や/をしまのとまや/波にあらすな】  0040: あけば又こゆべき山の峯なれやそらゆく月のすゑのしらくも 【新古今和歌集/新古今和歌集巻第十/羇旅歌】 【0939/五十首うた奉りしとき/家隆朝臣】 【あけは又/こゆへき山の/嶺なれや/空行月の/すゑの白雲】  0041: なにはえのもにうづもるゝたまがしはあらはれてだに人をこひばや 【千載和歌集/千載和歌集巻第十一/恋歌一】 【0640/堀川院の御時、百首の歌たてまつりける時、初恋の心を読る/源俊頼朝臣】 【難波江の/藻に埋るゝ/玉かしは/あらはれてたに/人を恋はや】  0042: もらすなよくもゐるみねのはつしぐれこのはゝしたにいろかはるとも 【新古今和歌集/新古今和歌集巻第十二/恋歌二】 【1087/左大将にはへりける時家に百首歌合し侍けるに、忍恋のこゝろを/摂政太政大臣】 【もらすなよ/雲ゐる嶺の/初時雨/木のはゝ下に/色かはるとも】  0043: あづまぢのさのゝふなばしかけてのみおもひわたるをしる人のなさ 【後撰和歌集/後撰和歌集巻第十/恋歌二】 【0620/人のもとにつかはしける/源等朝臣】 【東ちの/さのゝふなはし/かけてのみ/おもひわたるを/しる人のなき】  0044: あさぢふのをのゝしのはらしのぶれどあまりてなどか人のこひしき 【後撰和歌集/後撰和歌集巻第九/恋歌一】 【0578/人につかはしける/源ひとしの朝臣】 【あさちふの/をのゝしのはら/忍ふれと/あまりてなとか/人の恋しき】  0045: いかにせむむろのやしまにやどもがなこひのけぶりをそらにまがへむ 【千載和歌集/千載和歌集巻第十一/恋歌一】 【0702/しのふるこひ/】 【いかにせむ/室のやしまに/宿もかな/恋のけふりを/空にまかへん】  0046: 夕づく夜さすやをかべの松のはのいつともわかぬこひもする哉 【古今和歌集/古今和歌集巻第十一/恋歌一】 【0490//】 【夕つくよ/さすや岡への/松の葉の/いつとも分ぬ/恋もするかな】  0047: なにはがたみじかきあしのふしのまもあはでこの夜をすぐしてよとや 【新古今和歌集/新古今和歌集巻第十一/恋歌一】 【1049//】 【難波かた/みしかきあしの/ふしのまも/あはて此世を/過してよとや】  0048: うかりける人をはつせの山おろしよはげしかれとはいのらぬものを 【千載和歌集/千載和歌集巻第十二/恋歌二】 【0707/権中納言俊忠家に恋の十首歌読侍ける時、いのれともあはさる恋といへる心を/源俊頼朝臣】 【うかりける/人を初瀬の/山おろしよ/はけしかれとは/祈らぬ物を】  0049: おもひ河たえずながるる水のあはのうたかた人にあはできえめや 【後撰和歌集/後撰和歌集巻第九/恋歌一】 【0516/まかるところしらせす侍けるころ、又あひしりて侍けるおとこのもとより、日ころたつねわひて、うせにたるとなん思ひつる、といへりけれは/いせ】 【思ひ川/たえすなかるゝ/水のあはの/うたかた人に/あはてきえめや】  0050: なき名のみたつのいちとはさはげどもいさまだ人をうるよしもなし 【拾遺和歌集/拾遺和歌集巻第十二/恋二】 【0700//人麿】 【なき名のみ/たつの市とは/さはけとも/いさまた人を/うるよしもなし】  0051: ゆらのとをわたるふなびとかぢをたえゆくゑもしらぬこひのみちかな 【新古今和歌集/新古今和歌集巻第十一/恋歌一】 【1071//】 【ゆらのとを/わたる舟人/かちをたえ/行ゑもしらぬ/恋の道かな】  0052: から衣そでに人めはつゝめどももりいづる物はなみだなりけり 【新古今和歌集/新古今和歌集巻第十一/恋歌一】 【1003/いかなるおりにかありけむ、女に/謙徳公】 【から衣/袖に人めは/つゝめとも/こほるゝ物は/なみたなりけり】  0053: たかさごのおのへの松をふくかぜのをとにのみやはきゝわたるかな 【千載和歌集/千載和歌集巻第十一/恋歌一】 【0651//】 【高砂の/おのへの松に/吹風の/音にのみやは/聞わたるへき】  0054: をとにきくたかしのはまのあだなみはかけしやそでのぬれもこそすれ 【金葉和歌集/金葉和歌集巻第八/恋歌下】 【0501/返し/一宮紀伊】 【音にきく/たかしのうらの/あた波は/かけしや袖の/ぬれもこそすれ】  0055: つゝめどもかくれぬ物は夏むしの身よりあまれるおもひなりけり 【後撰和歌集/後撰和歌集巻第四/夏歌】 【0209/かつらのみこの、ほたるをとらへて、といひ侍りけれは、わらはのかさみのそてにつゝみて/】 【つゝめとも/かくれぬものは/夏虫の/身よりあまれる/おもひなりけり】  0056: かたいとをこなたかなたによりかけてあはずはなにをたまのをにせん 【古今和歌集/古今和歌集巻第十一/恋歌一】 【0483//よみ人しらす】 【かたいとを/こなたかなたに/よりかけて/あはすは何を/玉のをにせん】  0057: おもひ草葉ずゑにむすぶ白露のたま/\きてはてにもたまらず 【金葉和歌集/金葉和歌集巻第七/恋歌上】 【0444/権中納言俊忠卿家にて恋歌十首人++よみけるに、来不留といへることをよめる/源俊頼朝臣】 【おもひ草/葉末にむすふ/白露の/たま++きては/てにもたまらす】  0058: 思きやしぢのはしがきかきつめてもゝ夜もおなじまろねせむとは 【千載和歌集/千載和歌集巻第十二/恋歌二】 【778//皇太后宮大夫俊成】 【おもひきや/しちのはしかき/かきつめて/百夜もおなし/まろねせんとは】  0059: ありあけのつれなく見えし別より曉計りうき物はなし 【古今和歌集/古今和歌集巻第十三/恋歌三】 【0625//みふのたゝみね】 【有明の/つれなくみえし/別より/暁はかり/うき物はなし】  0060: さむしろに衣かたしきこよひもや我はまつらんうぢのはしひめ 【古今和歌集/古今和歌集巻第十四/恋歌四】 【0689/題しらす/】 【小莚に/衣かたしき/今宵もや/我をまつらん/うちのはしひめ】  0061: みくまのゝうらよりをちにこぐ舟のわれをばよそにへだてつるかな 【新古今和歌集/新古今和歌集巻第十一/恋歌一】 【1048/題しらす/伊勢】 【みくまのゝ/浦より遠に/こく船の/我をはよそに/隔てつる哉】  0062: みわの山いかにまち見む年ふともたづぬる人もあらじとおもへば 【古今和歌集/古今和歌集巻第十五/恋歌五】 【0780/なかひらの朝臣、あひしりて侍けるをかれかたに成にけれは、ちゝかやまとのかみに侍けるもとへまかるとて、よみてつかはしける/伊勢】 【みわの山/いかに待みん/年ふとも/尋ぬる人も/あらしと思へは】  0063: 袖のつゆもあらぬいろにぞきえかへるうつればかはるなげきせしまに 【新古今和歌集/新古今和歌集巻第十四/恋歌四】 【1323/被忘恋の心を/太上天皇】 【袖の露も/あらぬ色にそ/消かへり/うつれはかはる/歎せしまに】  0064: おもひいでよたがかねごとのすゑならんきのふのくものあとの山かぜ 【新古今和歌集/新古今和歌集巻第十四/恋歌四】 【1294/千五百番歌合に/家隆朝臣】 【思ひいてに/誰かねことの/すゑならん/昨日の雲の/あとの山かせ】  0065: なげけとて月やは物をおもはするかこちがほなるわがなみだ哉 【千載和歌集/千載和歌集巻第十五/恋歌五】 【0927/月前恋といへる心をよめる/】 【なけゝとて/月やは物を/思はする/かこちかほなる/わか涙かな】  0066: くまもなきおりしも人を思ひいでゝ心と月をやつしつるかな 【新古今和歌集/新古今和歌集巻第十四/恋歌四】 【1268//】 【くまもなき/おりしも人を/思出て/心と月を/やつしつるかな】  0067: さがの山みゆきたえにしせり河のちよのふるみちあとはありけり 【後撰和歌集/後撰和歌集巻第十五/雑歌一】 【1076/仁和のみかと、さかの御時のれいにてせり川に行幸し給ける日/在原行平朝臣】 【さかの山/みゆきたえにし/せり川の/千世のふるみち/あとは有けり】  0068: おきつ風吹にけらしなすみよしの松のしづえをあらふしらなみ 【後拾遺和歌集/後拾遺和歌集第十八/雑四】 【1064//民部卿経信】 【おきつ風/吹にけらしな/住吉の/松のしつえを/あらふしら浪】  Description  此本曾祖父入道  中納言定家卿筆跡也  尤可祕藏々々々                參議兼侍從藤(花押)  此草子定家卿眞筆  也歌以下少々被書落歟  若早案歟若又依被書  加被打置本歟於奧  書者爲秀卿相傳也  尤證本也                正五位下貞世(花押)  此本よく/\披見するに如何樣  書殘されたるを文書の中に有ける歟   定家卿眞筆たる間相傳了                祕々抄歟と                   見えたり                     但不足  右一册定家卿筆跡尤  可謂鴻寶者也(花押)  Description  解題           【久松潛一】  藤原定家の著で成立年代は未詳である。定家自筆本が存し、近時玻璃版として複製された。本文はそれによつた。流布本は冩本として傳はり、また群書類從にも收められて居るが、自筆本に比して著しく簡略である。流布本では歌の數も二十餘首であるが自筆本近代秀歌には六十八首である。秀歌之體大略と一致する歌も多い。  さうして六十八首の中十八首は小倉百人一首と一致して居る。本書は初めに歌の變遷をとき次に歌は心よりいでてみづから悟る物であると言つてゐる。さうして詞は古を慕ひ心は新しきを求め、高き姿を望んで寛平以住の歌にならふべきを言つて居る。最後に秀歌の例を擧げてあるのである。近代秀歌は毎月抄に比すれば所説簡單であるが、その例歌を豐富に擧げた所重んずべく、且つ定家の自筆本の存することによつて定家歌論書中最も信ずべきものであるところに大きな價値がある。  End  底本::   著名:  中世歌論集   編者:  久松 潛一 編   発行所: 岩波書店   初版:  昭和九年三月五日   発行:  昭和十三年七月三十日 第四刷  入力::   入力者: 新渡戸 広明(info@saigyo.net)   入力機: Sharp Zaurus igeti MI-P1-A   編集機: IBM ThikPad s30 2639-42J   入力日: 2003年3月1日〜2003年3月10日  校正::   校正者: 大黒谷 千弥   校正日: 2003年05月03日