Title  古今著聞集  Subtitle  卷二  Description 西行法師大峯を通らむと思ふ心ざし深かりけれども入道の身にては常ならぬ亊なれば、思ひ煩ひて過ぎ侍りけるに、宗南坊僧都行宗その亊を聞きて何か苦しからむ、結縁の爲にはさのみこそあれといひければ、よろこびて思ひ立ちけり。かやうに候非人の山伏の禮法たゞしうて通り候はむことはすべて叶ふべからず、唯何亊をも免じ給ふべきならば御供仕らむといひければ、宗南坊、その亊はみな存じ侍り。人によるべき亊也。疑あるべからずといひければ、悦てすでに具して入りけり。宗南房(坊)さしもよく約束しつる旨を皆そむきて、殊に禮法をきびしくしてせめさいなみて、人よりも殊にいさめければ、西行泪を流して我はもとより名聞をこのまず、利養を思はず、唯結縁の爲にとこそ思ひつる亊を、かゝる=1【小喬】慢の職にて侍りけるを知らで、身をくるしめ心を碎くことこそ悔しけれとて、さめ%\と泣きけるを宗南坊聞きて、西行を呼びて云ひけるは、上人道心堅固にして、難行苦行し給ふ亊は世以て知れり、人以て許せり。其やんごとなきにこそ此亊をば許し奉れ。先達の命に有て身を苦しめ、木をこり水をくみ、或は勘發の詞を聞く、或は杖木を蒙る、これ地獄の苦をつぐなふ也。日食すこしきにして飢しのび難きは餓鬼の悲しみ吉報ふ也。又重き荷をかけてさかしき峰を越え、深き谷をわくるは、畜生の報をはたす也。かくひねもすに夜もすがら身をしぼりて、曉懺法をよみて罪障を消除するは、已に三惡道の苦患を果して早く無惱の寶土にうつる心也。上人出離生死の思ありといへども、この心をわきまへずして、みだりがはしく名聞利養の職也といへる亊ははなはだ愚かなりと恥しめければ、西行たなごゝろを合せて隨喜の涙を流しけり。誠に愚癡にして此心を知らざりけりとて、とがを悔て退きぬ。其後はこゝに於きてすくよかにかひ%\しくぞ振舞ける。もとより身はしたゝかなれば、人よりも殊にぞ仕へける。此詞をきぶくして又後も通りたりけるとぞ。大峯二度の行者也。  Subtitle  卷五  Description 保元の亂によりて新院讚岐國にうつらせおはしましけり。和歌の道すぐれさせ給ひたりしに、かゝるうき亊出で來たれば、此道すたれぬるにやと悲しく覺えて、寂念法師が許へよみて遣しける         西行法師  ことのはのなさけたえぬる折節にありあふ身こそ悲しかりけれ 返し                  寂念法師  しきしまや絶えぬる道もなく/\も君とのみこそ跡をしのばめ 西行法師法勝寺の花見にまかりけるに、其日上西門院の女房同じく見ける中に、兵衞局ありと聞きて、昔の花見の御幸思ひいで給らむなどいひて、其日雨の降bたりければ、かくぞ申しつかはし侍りける  見る人に花も昔を思ひ出でゝ戀しかるらむ雨にしほるゝ 返し                   兵衞局  古をしのぶる雨と誰か見む花に昔の友しなければ』 圓住上人昔よりみづからが詠みおきて侍る歌を抄出して三十六番につがひて、御裳濯歌合と名づけて、色々の色紙をつぎて慈鎭和尚に清書を申し、俊成卿に判の詞をかゝせけり。又一卷は宮河歌合と名付けて是も同じ番に番ひて定家卿の五位侍從にて侍りける時、判ぜさせけり。諸國修行の時も笈に入れて身をはなたざりけるを、家隆卿の未だ若くて坊城侍從とて寂蓮が聟にて同宿したりけるに尋ね行きていひけるは、圓位は往生の期既に近付き侍りぬ。此歌合は愚詠をあつめたれども祕藏の物也。末代に貴殿ばかりの歌詠はあるまじき也。思ふ所侍れば付屬し奉る也といひて、二卷の歌合をさづけゝり。げにもゆゝしくぞそうしたりける。彼卿非重代の身なれども、詠口世におぼえ人にすぐれて、新古今の撰者に加はり、重代の達者定家卿につがひて其名を殘せる、いみじき亊也。まことにや後鳥羽院始めて歌の道御沙汰有りける頃、後京極殿に申合せ參らせられける時、彼殿奏させ給ひけるは、家隆は末代の人丸にて候也。彼が歌を學ばせ給ふべしと申させ給ひける。是等を思ふに上人の相せられける亊思ひ合せられて目出度おぼえ侍る也。かの二卷の歌合、小宰相の許につたはりて侍るにや。御裳濯歌合の表紙にかきつけ侍るなる  藤なみをみもすそ川にせき入れてもゝ枝の松にかけよとぞ思ふ 返し                    俊成  藤なみもみもすそ川の末なれば下づ枝もかけよ松のもと葉に 又二首をそへて侍りける  契りおきしちぎりの上にそへおかむ和歌のうらぢのあまのもしほ火  この道のさとり難きを思ふにもはちすひらけばまづ尋ねみよ 返し                    上人  和歌の浦にしほきかさなる契をばかけるたくものあとにてぞ知る  さとり得て心のはなしひらけなばたづねぬさきに色ぞそふべき  Subtitle  卷十三  Description 鳥羽院かくれさせ給ひて御葬送の夜、西行法師思はざるほどに高野よりいでゝ、この亊に參りあひて詠み侍りける  今宵こそ思ひ知らるれあさからず君がちぎりのある身なりけり 同じ夜よみ侍りける  道かはるみゆき悲しき今宵かな限りのたびと見るにつけても 御送りの人々歸りけれども一人殘りゐてあくるまで御墓にてとぶらひ參らせて  とはゞやと思ひよらでぞなげかまし昔ながらの我身なりせば 西行法師當時より釋迦如來入滅の日終を取らむことを願ひて詠み侍りける  願はくは花のもとにて春死なむその二月のもち月の頃 かく詠みて遂に建久九年二月十五日に往生をとげてけり。此亊を聞きて、左近中將定家朝臣、菩提院三位中將の許へ申しつかはし侍りける  もち月の頃はたがはぬ空なればきえけむ雲の行方かなしな 返し  紫の雲ときくにぞなぐさむる消えけむそらは悲しけれども  Subtitle  卷十五  Description 西行法師出家よりさきは徳大寺左大臣の家人にて侍りけり。多年修行の後都へ歸りて、年比の主君にておはしますむつましさに、後徳大寺左大臣の御許にたどり參りてまづ門外より内を見入れければ、寢殿の棟に繩を張りけり。あやしう思ひて人に尋ねければ、あれは鳶すゑじとて張られたると答へけるを聞きて、鳶のゐる何か苦しきとて怨みて歸りぬべきに、實家の大納言はいづくにぞと尋ね聞きけるに、北の方の思ふやうにもおはせざりければ、あながちに利を求めたる御振舞うたてしとて尋ね行かず。實守の中納言ははやうせ給ひにけり。公衡の中將の有所を尋ね聞きて菩提院へ行きぬ。うかゞひ見れば、はなだの白裏の狩衣に織物の指貫ふみくゝみて、庭の櫻を詠めて高欄に寄り居たる氣色いと優にて徳大寺の御跡は比人におはしけりと思ひて、左右なく櫻の本に立寄りたりければ、中將「いかなる人にか」と尋ねられけるに、「西行と申す者の參りて候」と申しければ、「年來見參したりけるに」と殊に悦び給ひて、縁の上に呼びのぼせて、昔今の亊語られける。日やう/\暮にければ西行も歸りぬ。其後常に參りて物語しけり。かゝる程に任大臣有るべしと聞えけり。藏人頭にかの中將なるべき仁にあひたり給ひたりけるに、院は中將成經朝臣をなさむと思召しけり。殿下は又大藏卿頼宗朝臣を推擧ありければ、兩闕共に叶ふまじげに聞えけるを、西行きていそぎ中將の許にまうで、その由を語つて、人に越られ給ひなば、定めて世を遁れ給はむずらむなど申しけるを、中將聞きて誠にさこそ有るべけれど、母尼、堂を立つべき願有りて、其間の亊を申付け、唯出家の身にて口入せむ亊すゞめ法師に似たらむずれば、其願とげて後相はからふべしと答られければ、西行心劣りして歸りぬ。任大臣のついでに聞えしが如く、宗頼成經朝臣藤藏人頭に補せられにけり。其朝西行弟子を中將の許へやりて若しやとて亊がらを見せけるに、敢へて日來にかはる亊なかりければ、又文を持て「申候し亊は如何に」と尋ねたりけるに、「見參の時は委すべき」と返亊せられたりければ、むげの人にておはしけりとて、其後はむかはずなりにけり。世を遁れ身を捨てたれども心は猶昔にかはらず、だて/\しかりける也。  Subtitle  卷十九  Description 五月の頃圓位上人熊野へ參りける道の宿にあやめをばふかで、かつみを葺きたりけるを見てよみ侍りける  かつみふく熊野詣のやどりをばこもくろめとていふべかりける  Note ここんちょもんじゅう —ちよもんじふ 【古今著聞集】 説話集。二〇巻。橘成季編。1254年成立。のち一部増補。神祇・釈教・政道・公事など三〇編に分かれた、「今昔物語集」に次ぐ大部の説話集。当時の社会や風俗を伝える話が多い。著聞集。 たちばな-のなりすえ —なりすゑ 【橘成季】 鎌倉前期の文学者。橘光季の養子か。伊賀守。琵琶(びわ)を藤原孝時から伝授されたほか、漢詩文・和歌をよくした。著「古今著聞集」。生年未詳。1282年以前に没か。 大辞林 第二版 古今著聞集 ここんちょもんじゅう 鎌倉時代の説話集。 橘成季 (たちばなのなりすえ)編。 1254 年 (建長 6)成立。 20 巻。 序において,編者みずから本書を《宇治大納言物語》《江談抄》を継承するものとして位置づけ, 〈実録 (正統の歴史) 〉を補おうとする意気ごみを述べている。 跋 (ばつ) には,詩歌管絃の秀逸な説話を集めて絵にのこそうとしたものが発展して本書となった, と説かれる。 貴族社会の逸話・奇異談 697 話を 30 編に分類し, 各編の冒頭に編目の解説を付す。 全体の構成は中国の類書に似る。 30 編の編目は次のとおり。 神梢⊿(じんぎ),釈教 (しやつきよう),政道忠臣, 公事 (くじ),文学,和歌,管絃歌舞,能書, 術道,孝行恩愛,好色,武勇(ぶよう), 弓箭 (きゆうせん),馬芸,相撲強力 (すもうごうりき), 画図,蹴鞠 (しゆうきく),博奕 (ばくえき), 偸盗 (ちゆうとう),祝言 (しゆうげん),哀傷, 遊覧,宿執 (しゆくしゆう),闘諍 (とうじよう), 興言 (きようげん) 利口,怪異 (けい),変化 (へんげ), 飲食 (おんじき),草木,魚虫禽獣。 貴族社会の全体像を説話によって描き出したものといえる。 とくに,文学より偸盗にいたる諸編は, 文芸,武芸,雑芸を収録し,跋に説かれた成立事情とともに, 編者の才芸重視の姿勢を示すものである。 収録説話は,王朝貴族社会の価値観に立つものが多いが, 〈街談忌⊿説の偵⊿(ことわざ) 〉を資料として, 王朝貴族社会の枠を超えた,新しい中世的人間像をも描き出している。 とくに,笑話集である興言利口編には, 猥雑な,躍動的な中世的人間の登場する説話が多く収録され, 本書の特徴となっている。 出雲路 修 『ネットで百科@Home』  End  底本::   著名:  西行全集 第二巻   校訂:  久曾神 昇   発行者: 井上 了貞   発行所: ひたく書房   初版:  1981年02月16日 第 1刷発行  入力::   入力者: 新渡戸 広明(info@saigyo.net)   入力日: 2001年03月21日  校正::   校正者:   校正日: $Id: kokon.txt,v 1.5 2019/07/09 02:30:53 saigyo Exp $