Title  纂校山家集(六家集本山家集近衛本)  Data  底本:六家集本山家集近衛本  校合1:平井卓郎氏藏松屋本書入本  校合2:流布板本  校合3:温故堂舊藏本  校合4:神宮文庫本  注:記号はつぎの通り  連番(4):国歌大観番号(4):欠落記号(T:底本/M:松本/R:流布本に欠落)  Subtitle  春  0001:0001:M  たつはるのあしたよみける としくれぬ春くべしとはおもひねにまさしく見えてかなふ初夢  0002:0002:M 山のはのかすむけしきにしるきかなけさよりやさは春のあけぼの  0003:0003 はるたつとおひもあへぬあさいでにいつしかかすむおとは山かな  0004:0004 たちかはる春をしれとも見せがほにとしをへだつる霞なりけり  0005:xxxx:TM とけ初むるはつ若水の氣色にて春立つことのくまれぬるかな  0006:0005  家々翫春と云亊 門ごとにたつる小松にかざされてやどてふ宿に春はきにけり  0007:xxxx:TR  春立心を人々五首よみけるに 音羽山いつしかみねのかすむかなまたるる春は關こえにけり  0008:xxxx:TR 春たつをあづまよりくる人さへにせきのしみづのおとにしるかな  0009:xxxx:TR 春たちて音羽のさとのかげの雪にしたの清水のとくるまちける  0010:xxxx:TR いつしかにおとはの瀧のうぐひすぞまづみやこにははつねなくべき  0011:xxxx:TR 春たちぬかすみがさねの衣きてうめがかちらせうぐひすのこゑ  0012:0006  元日子日にて侍りけるに ねのひしてたてたる松にうゑそへむちよかさぬべきとしのしるしに  0013:0007  山ざとに春立つと云亊 山ざとはかすみわたれるけしきにて空にやはるの立つを知るらむ  0014:0008  なにはわたりにとしこしに侍りけるに、春たつこころをよみける いつしかとはるきにけりと津のくにの難波のうらを霞こめたり  0015:0009  春になりけるかたたがへに、しがのさとへまかりける人にぐしてまかりけるに、あふさか山のかすみけるを見て わきてけふあふさか山のかすめるはたちおくれたるはるやこゆらむ  0016:xxxx:TM  はるきて猶雪 かすめども春をばよその空にみてとけんともなき雪の下水  0017:0010  だいしらず はるしれと谷のほそみづもりぞくるいはまの氷ひまたえにけり  0018:0011 かすまずはなにをか春とおもはましまだゆききえぬみよしのの山  0019:0012  海邊霞と云亊を もしほやくうらのあたりは立ちのかでけぶりたちそふはるがすみかな  0020:0013  同じ心を、伊勢にふたみと云所にて 浪こすとふたみのまつの見えつるはこずゑにかかる霞なりけり  0021:0014  子日 はるごとにのべの小松をひく人はいくらのちよをふべきなるらむ  0022:0015 子日する人にかすみはさきだちてこまつがはらをたなびきてけり  0023:0016:M ねのひしにかすみたなびくのべに出てはつ鶯のこゑをききつる  0024:0017  わかなにはつねのあひたりければ、人のもとへ申しつかはしける わかなつむけふにはつねのあひぬればまつにや人のこころひくらむ  0025:0018  雪中若菜 けふはただおもひもよらでかへりなむゆきつむのべのわかななりけり  0026:xxxx:TR 野べごとに雪をかしらにいただきてわかなを人のつむにざりける  0027:0019  わかな かすがのはとしのうちにはゆきつみてはるはわかなのおふるなりけり  0028:0020  雨中若菜 春雨のふるののわかなおひぬらしぬれぬれつまむかたみたぬきれ  0029:0021  わかなによせてふるきをおもふと云亊を わかなつむのべのかすみぞあはれなるむかしをとほくへだつとおもへば  0030:0022  老人のわかなと云亊を うづえつきななくさにこそおひにけれとしをかさねてつめるわかなに  0031:0023  寄若菜述懷と云亊を わかなおふるはるののもりに我なりてうき世を人につみしらせばや  0032:0024  寄鶯述懷 うき身にてきくもをしきはうぐひすの霞にむせぶあけぼのの山  0033:0025  閑中鶯 鶯のこゑぞかすみにもれてくる人めともしき春の山ざと  0034:0026  雨中鶯 鶯のはるさめざめとなきゐたるたけのしづくやなみだなるらむ  0035:0027  すみけるたにに、うぐひすのこゑせずなりければ ふるすうとくたにの鶯なりはてば我やかはりてなかむとすらむ  0036:0028 鶯はたにのふるすを出ぬともわがゆくへをばわすれざらなむ  0037:0029 うぐひすは我をすもりにたのみてやたにのをかへはいでてなくらむ  0038:xxxx:TR  鶯の歌二首よみける、當座 うぐひすはふるすにこもるこゑのうちに春をばもちてつぐるなりけり  0039:0030 はるのほどはわがすむいほのともになりてふるすないでそ谷の鶯  0040:0031  きぎすを もえいづるわかなあさるときこゆなりきぎすなくのの春の明ぼの  0041:0032 おひかはるはるのわかくさまちわびてはらのかれのにきぎすなくなり  0042:0033 春の霞いへたちいでてゆきにけんきぎすたつ野をやきてけるかな  0043:0034 かた岡にしばうつりしてなくきぎすたつはおととてたかからぬかは  0044:xxxx:TM  梅を 香にぞまづ心しめおく梅のはな色はあだにもちりぬべければ  0045:0035  山家梅 かをとめむ人にこそまて山ざとの垣ねに梅のちらぬかぎりは  0046:0036:M 心せむしづがかきねの梅はあやなよしなくすぐる人とどめけり  0047:0037:M このはるはしづが垣ねにふれわびてうめがかとめむ人したしまむ  0048:0038  嵯峨にすみけるに、みちをへだてて坊の侍りけるより、梅の風にちりけるを ぬしいかに風わたるとていとふらむよそにうれしき梅のにほひを  0049:0039  いほりのまへなりける梅をみてよみける 梅が香をたてふところにふきためていりこむ人にしめよ春風  0050:0040  伊勢にもりやまと申す所に侍りけるに、いほりにうめのかうばしくにほひけるを しばのいほにとくとくうめのにほひきてやさしきかたもあるすまひかな  0051:0041  梅に鶯なきけるを うめがかにたぐへてきけばうぐひすのこゑなつかしき春の山ざと  0052:0042 つくりおきしこけのふすまに鶯は身にしむ梅のかやにほふらむ  0053:0043  たびのとまりのうめ ひとりぬるくさのまくらのうつりがは垣ねの梅のかやにほふらむ  0054:0044  古砌梅 なにとなくのきなつかしきうめゆゑにすみけむ人の心をぞしる  0055:0045  山家春雨と云亊を、大原にてよみけるに はるさめののきたれこむるつれづれにひとにしられぬひとのすみかか  0056:0046  霞中歸鴈 なにとなくおぼつかなきはあまのはらかすみにきえてかへるかりがね  0057:0047 かりがねはかへるみちにやまよふらむこしのなかやま霞へだてて  0058:0048  歸鴈 たまづさのはしがきかとも見ゆるかなとびおくれつつかへるかりがね  0059:0049:M  山家喚子鳥 山ざとへたれをまたこはよぶことりひとりのみこそすまむとおもふに  0060:0050:M  苗代 なはしろのみづをかすみはたなびきてうちひのうへにかくるなりけり  0061:0051  かすみに月のくもれるをみて くもなくておぼろなりともみゆるかな霞かかれる春のよの月  0062:0052  山家柳 山がつのかたをかかけてしむるいほのさかひにみゆるたまのをやなぎ  0063:xxxx:TR  庵の前なる柳に鶯のなきけるに 青柳のいとをしきけのしたるかなむすぼほれたるうぐひすの聲  0064:0053  雨中柳 なかなかに風のほすにぞみだれける雨にぬれたる青柳のいと  0065:0054  柳亂風 見わたせばさほのかはらにくりかけてかぜによらるるあをやぎのいと  0066:0055  水邊柳 みなそこにふかきみどりの色みえて風になみよるかはやなぎかな  0067:0056  待花忘他 まつによりちらぬこころをやまざくらさきなば花のおもひしらなむ  0068:0057:M  獨尋山花 たれかまた花をたづねてよしの山こけふみわくるいはつたふらむ  0069:0058  待花 いまさらに春をわするる花もあらじやすくまちつつけふもくらさむ  0070:0059 おぼつかないづれのやまのみねよりかまたるる花のさきはじむらむ  0071:0060 そらにいでていづくともなくたづぬればくもとははなの見ゆるなりけり  0072:0061:M ゆきとぢしたにのふるすを思ひいでてはなにむつるる鶯のこゑ  0073:0062  花の歌あまたよみけるに よしの山くもをはかりにたづねいりてこころにかけし花をみるかな  0074:0063 おもひやる心やはなにゆかざらむかすみこめたるみよしののやま  0075:0064 おしなべてはなのさかりになりにけりやまのはごとにかかるしらくも  0076:0065 まがふいろに花さきぬればよしの山はるははれせぬみねのしら雲  0077:0066 よし野山こずゑの花を見し日より心は身にもそはずなりにき  0078:0067 あくがるるこころはさてもやまざくらちりなむのちやみにかへるべき  0079:0068 花みればそのいはれとはなけれども心のうちぞくるしかりける  0080:0069 しらかはのこずゑをみてぞなぐさむるよしのの山にかよふ心を  0081:0070:M しらかはの春のこずゑの鶯ははなのことばをきくここちする  0082:0071:M ひきかへてはなみる春はよるはなく月見るあきはひるなからなむ  0083:0072:M 花ちらで月はくもらぬよなりせば物をおもはぬわが身ならまし  0084:0073:M たぐひなきはなをしえだにさかすれば櫻にならぶ木ぞなかりける  0085:0074:M 身をわけて見ぬこずゑなくつくさばやよろづのやまの花のさかりを  0086:0075:M さくらさくよものやまべをかぬるまにのどかにはなを見ぬここちする  0087:0076:M はなにそむこころのいかでのこりけむすてはててきと思ふ我身に  0088:0077:M ねがはくは花のしたにて春しなむそのきさらぎのもちづきのころ  0089:0078:M ほとけにはさくらの花をたてまつれわがのちのよを人とぶらはば  0090:0079:M なにとかやよにありがたき名をえたる花もさくらにまさりしもせじ  0091:0080:M 山ざくらかすみのころもあつくきてこの春だにも風つつまなむ  0092:0081:M おもひやるたかねのくものはなならばちらぬなぬかははれじとぞ思ふ  0093:0082:M 長閑なれこころをさらにつくしつつはなゆゑにこそ春はまちしか  0094:0073:M かざごしのみねのつづきにさく花はいつさかりともなくやちりなむ  0095:0084:M ならひありて風さそふとも山ざくらたづぬるわれをまちつけてちれ  0096:0085 すそのやくけぶりぞ春はよしの山花をへだつる霞なりける  0097:0086 いまよりは花みん人につたへおかむよをのがれつつやまにすまへと  0098:0087  しづかならんと思ひけるころ、花見に人々まうできたりければ 花見にとむれつつ人のくるのみぞあたらさくらのとがには有りける  0099:0088 花もちり人もこざらむをりはまたやまのかひにてのどかなるべし  0100:0089  かきたえ、こととはずなりにける人の、花みに山ざとへまうできたり、とききてよみける 年をへておなじこずゑににほへども花こそ人にあかれざりけれ  0101:0090  花のしたにて月をみてよみける くもにまがふ花のしたにてながむればおぼろに月は見ゆるなりけり  0102:0091  春のあけぼの花みけるに鶯のなきければ 花の色や聲にそむらむ鶯のなくねことなる春のあけぼの  0103:0092  春は花をともと云亊を、せか院の齋院にて人々よみけるに おのづから花なきとしの春もあらばなににつけてか日をくらすべき  0104:0093  老見花と云亊を 老づとになにをかせましこの春の花まちつけぬ我が身なりせば  0105:0094  ふる木のさくらの、ところどころさきたるをみて わきてみむおい木は花もあはれなりいまいくたびか春にあふべき  0106:0095  屏風の繪を人々よみけるに、春の宮人むれて花みける所に、よそなる人の見やりてたてりけるを このもとは見る人しげしさくらばなよそにながめてかをばをしまむ  0107:0096  山寺の花さかりなりけるに、昔を思ひ出でて よしの山ほきぢつたひにたづね入りて花見しはるはひとむかしかも  0108:0097  修行し侍りけるに、花のおもしろかりける所にて ながむるにはなのなだての身ならずばこのもとにてや春をくらさむ  0109:0098  くまのへまゐりけるに、やがみの王子の花おもしろかりければ、社に書きつけける まちきつるやがみのさくらさきにけりあらくおろすなみすの山かぜ  0110:0099  せか院の花ざかりなりけるころ、としたかのもとよりいひおくられける おのづからくる人あらばもろともにながめまほしき山ざくらかな  0111:0100  返し ながむてふかずにいるべき身なりせばきみがやどにて春はへぬべし  0112:0101  上西門院の女房、法勝寺の花見侍りけるに、雨のふりてくれにければかへられにけり。又の日、兵衞のつぼねのもとへ、花のみゆき思ひ出させ給ふらむとおぼえて、かくなむ申さまほしかりしとてつかはしける 見るひとに花もむかしをおもひいでてこひしかるべしあめにしをるる  0113:0102  返し いにしへをしのぶるあめとたれかみんはなもそのよのともしなければ  わかき人々ばかりなむ、おいにける身は、かぜのわづらはしさににとはるゝ亊にてとありける、やさしくきこえけり。  0114:0103  雨のふりけるに、花のしたにて車たててながめける人に ぬるともとかげをたのみておもひけむ人のあとふむけふにもあるかな  0115:0104  世をのがれて東山に侍りけるころ、白川の花ざかりに人さそひければ、まかりてかへりてむかし思ひ出でて ちるをみでかへるこころやさくらばなむかしにかはるしるしなるらむ  0116:0105:M  山路落花 ちりそむるはなのはつゆきふりぬればふみわけまうきしがの山ごえ  0117:0106  落花の歌あまたよみけるに ちよくとかやくだすみかどのいませかしさらばおそれてはなやちらぬと  0118:0107 浪もなく風ををさめし白川のきみのをりもや花はちりけむ  0119:0108 いかで我このよのほかのおもひでにかぜをいとはで花をながめむ  0120:0109:M 年をへてまつもをしむもやまざくら心を春はつくすなりけり  0121:0110 よしの山たにへたなびくしらくもはみねのさくらのちるにやあるらむ  0122:0111:MR 吉野山みねなる花はいづかたのたににかわきてちりつもるらむ  0123:0112 山おろしのこのもとうづむ花の雪はいはゐにうくもこほりとぞみる  0124:0113 はる風の花のふぶきにうづもれてゆきもやられぬしがのやまみち  0125:0114 立ちまがふみねの雲をばはらふとも花をちらさぬあらしなりせば  0126:0115 よしの山花ふきぐしてみねこゆるあらしはくもとよそにみゆらむ  0127:0116 をしまれぬ身だにもよにはあるものをあなあやにくの花の心や  0128:0117 うきよにはとどめおかじとはるかぜのちらすは花ををしむなりけり  0129:0118 もろともにわれをもぐしてちりね花うきよをいとふ心ある身ぞ  0130:0119 おもへただはなのちりなむこのもとになにをかげにて我身すみなむ  0131:0120 ながむとてはなにもいたくなれぬればちるわかれこそかなしかりけれ  0132:0121 をしめどもおもひげもなくあだにちるはなは心ぞかしこかりける  0133:0122 こずゑふく風のこころはいかにせんしたがふはなのうらめしきかな  0134:0123 いかでかはちらであれともおもふべきしばしとしたふなげきしれはな  0135:0124 このもとの花にこよひはうづもれてあかぬこずゑをおもひあかさむ  0136:0125 このもとにたびねをすればよしの山はなのふすまをきするはるかぜ  0137:0126:M ゆきとみえて風にさくらのみだるればはなのかさきる春のよの月  0138:0127:M ちる花ををしむこころやとどまりてまたこむはるのたねになるべき  0139:0128:M はるふかみえだもゆるがでちる花は風のとがにはあらぬなるべし  0140:0129:M あながちに庭をさへはくあらしかなさそふ心にはなをまかせめ  0141:0130:M あだにちるさこそこずゑの花ならめすこしはのこせ春の山風  0142:0131:M こころえつただひとすぢに今よりは花ををしまで風をいとはむ  0143:0132:M 吉野山さくらにまがふしら雲のちりなむのちははれずもあらなむ  0144:0133:M 花とみばさすがなさけをかけましをくもとて風のはらふなるべし  0145:0134:M 風さそふ花のゆくへはしらねどもをしむ心は身にとまりけり  0146:0135:M 花ざかりこずゑをさそふ風なくてのどかにちらむはるのあらばや  0147:0136:M  庭花似波と云亊を 風あらみこずゑのはなのながれきてにはになみたつしらかはのさと  0148:0137  しらかはの花にはおもしろかりけるをみて あだにちるこずゑの花をながむれば庭にはきえぬゆきぞつもれる  0149:0138  高野にこもりたりけるころ、草のいほりに花のちりつみければ ちる花のいほりのうへをふくならばかぜいるまじくめぐりかこはむ  0150:0139  夢中落花と云亊を、せか院の齋院にて人々よみけるに 春風のはなをちらすと見るゆめはさめてもむねのさわぐなりけり  0151:0140  風前落花 山ざくらえだきる風のなごりなく花をさながらわがものにする  0152:0141  雨中落花 こずゑうつあめにしをれてちる花のをしき心をなににたとへむ  0153:0142  遠山殘花 よしの山ひとむら見ゆるしらくもはさきおくれたるさくらなるべし  0154:0143  花歌十五首よみけるに よしの山人に心をつけがほにはなよりさきにかかるしら雲  0155:0144 山さむみ花さくべくもなかりけりあまりかねてもたづねきにけり  0156:0145 かたばかりつぼむとはなをおもふよりそらまたこゝろものになるらむ  0157:0146 おぼつかなたにはさくらのいかならむみねにはいまだかけぬしら雲  0158:0147 はなときくはたれもさこそはうれしけれおもひしづめぬ我こころかな  0159:0148 はつはなのひらけはじむるこずゑよりそばへてかぜのわたるなりけり  0160:0149 おぼつかなはるは心の花にのみいづれのとしかうかれそめけむ  0161:0150 いざことしちれとさくらをかたらはむなかなかさらば風やをしむと  0162:0151 風ふくとえだをはなれておつまじくはなとぢつけよあおやぎのいと  0163:0152 ふく風のなべてこずゑにわたるかなかばかり人のをしむさくらに  0164:0153 なにとかくあだなるはるのいろをしも心にふかくそめはじめけむ  0165:0154:M おなじみのめずらしからずをしめばや花もかはらずさけばちるらむ  0166:0155 みねにちる花はたになる木にぞさくいたくいとはじ春の山風  0167:0156 山おろしにみだれて花のちりけるをいははなれたるたきとみたれば  0168:0157 花もちり人もみやこへかへりなばやまさびしくやならんとすらむ  0169:0158  ちりてのち花を思ふと云亊を 青葉さへ見ればこゝろのとまるかなちりにし花のなごりとおもへば  0170:xxxx:TR  花の歌十首當座會しけるに 心ありてひるはをやめとおもふかな花まつころのはるの夜の雨  0171:xxxx:TR さかぬまの雨にも花のすすめられてとかれとおもふはるの山ざと  0172:xxxx:TR たづねゆくをごしに花の梢見ていそぐこころをさきにたてつる  0173:xxxx:TR うぐひすはさくらに梅のかをるをりは庭の小竹に夜がれをぞする  0174:xxxx:TR さかりみる花の梢にほととぎすはつこゑならすみやまべのさと  0175:xxxx:TR ほどもなき花の盛を待ちけりとおもひしりぬるかひもあらばや  0176:xxxx:TR さかりなりし梢の盛を待ちけりとおもひしりぬるかひもあらばや  0177:xxxx:TR みねの花ちるをさながらやどに見て白雲見よと人にいはばや  0178:xxxx:TR 春は猶よし野のおくへ入りにけりちるめる花ぞ根にはかへれる  0179:xxxx:TR はるくれぬその大かたはいかがせむ花をかたみととどめましかば  0180:0159:M  すみれ あとたえてあさぢしげれる庭のおもに誰わけいりてすみれつみけむ  0181:0160 誰ならむあらたのくろにすみれつむ人は心のわりなかるべし  0182:0161  さわらび なほざりにやきすてし野のさわらびはをる人なくてほどろとやなる  0183:0162  かきつばた ぬまみづにしげるまこものわかれぬをさきへだてたるかきつばたかな  0184:0163  山路躑躅 いはつたひをらでつつじをてにぞとるさかしきやまのとりどころには  0185:0164  つつじ山のひかりたり つつじさく山のいはかげゆふばえてをぐらはよそのなのみなりけり  0186:0165  山ぶき きしちかみうゑけむ人ぞうらめしきなみにをらるるやまぶきの花  0187:0166 山ぶきのはなさくさとになりぬればここにも井でとおもほゆるかな  0188:0167  かはづ ますげおふるやまたにみづをまかすればうれしがほにもなくかはづかな  0189:0168 みさびゐて月もやどらぬにごりえにわれすまむとてかはづなくなり  0190:0169  春のうちに郭公をきくと云亊を うれしともおもひぞわかぬ郭公はるきくことのならひなければ  0191:0170  伊勢にまかりたりけるに、みつと申すところにて、海邊の春の暮と云亊を神主どもよみけるに すぐるはるしほのみつよりふなでしてなみのはなをやさきにたつらむ  0192:0171  三月一日たらでくれにけるによみける 春ゆゑにせめてもものをおもへとやみそかにだにもたらでくれぬる  0193:0172  三月晦日に けふのみとおもへばながき春の日もほどなくくるるここちこそすれ  0194:0173:M ゆく春をとどめかねぬるゆふぐれはあけぼのよりもあはれなりけり  Subtit1e  夏  0195:0174 かぎりあればころもばかりはぬぎかへてこころははなをしたふなりけり  0196:0175  夏歌中に くさしげるみちかりあけてやまざとははな見し人の心をぞしる  0197:0176:M  みづのうへのうの花 たつた河きしのまがきを見わたせば井ぜきの浪にまがふうの花  0198:xxxx:TM 山川のなみにまがへる卯の花をたちかへりてや人はをるらむ  0199:0177  よるのうのはな まがふべき月なきころのうのはなはよるさへさらすぬのかとぞ見る  0200:0178  社頭卯花 神がきのあたりにさくもたよりあれやゆふかけたりとみゆるうの花  0201:0179:M  無言なりけるころ、郭公のはつこゑをききて 郭公ひとにかたらぬをりにしもはつねきくこそかひなかりけれ  0202:0180:M  たづねざるに郭公をきくと云亊を賀茂社にて人々よみける ほととぎすうづきのいみにいみめるをおもひしりても來なくなるかな  0203:0181  ゆふぐれの郭公といふことを さとなるるたそがれどきのほととぎすきかずかほにてまたなのらせむ  0204:0182  郭公 我やどにはなたちばなをうゑてこそ山ほととぎすまつべかりけれ  0205:0183 たづぬればききがたきかとほととぎすこよひばかりはまちこころみむ  0206:0184 郭公まつこころのみつくさせてこゑをばをしむさ月なりけり  0207:0185:M  人にかはりて まつ人の心をしらばほととぎすたのもしくてやよをあかさまし  0208:0186  郭公をまちてむなしくあけぬと云亊を ほととぎすきかであけぬとつげがほにまたれぬとりのねぞきこゆなる  0209:0187:M 郭公きかであけぬるなつのよのうらしまのこはまことなりけり  0210:0188:M  郭公歌五首よみけるに ほととぎすきかぬものゆゑまよはまし春をたづねぬ山路なりせば  0211:0189:M まつことははつねまでかとおもひしにききふるされぬほととぎすかな  0212:0190:M ききおくるこころをぐしてほととぎすたかまのやまのみねこえぬなり  0213:0191:M おほゐ川をぐらの山のほととぎす井ぜきにこゑのとまらましかば  0214:0192:M ほととぎすそののちこえむやまぢにもかたらふこゑはかはらざらなむ  0215:xxxx:TM  ほととぎすを ほととぎすきく折にこそ夏山の青葉は花におとらざりけり  0216:0193 郭公おもひもわかぬひと聲をききつといかに人にかたらむ  0217:0194 ほととぎすいかばかりなる契にてこころつくさで人のきくらむ  0218:0195 かたらひしそのよのこゑはほととぎすいかなるよにもわすれむものか  0219:0196 ほととぎすはなたちばなはにほふとも身をうの花のかきねわするな  0220:0197  雨中待郭公と云亊を 郭公しのぶうづきもすぎにしを猶こゑをしむさみだれの空  0221:0198  雨中郭公 さみだれのはれまも見えぬ雲ぢよより山ほととぎすなきてすぐなり  0222:0199  山寺郭公といふことを人々よみけるに 郭公ききにとてしもこもらねどはつせのやまはたよりありけり  0223:0200  五月つごもりに、山ざとにまかりてたちかへりけるを、郭公もすげなくききすててかへりし亊など、人の申しつかはしたりける返亊に ほととぎすなごりあらせでかへりしがききすつるにもなりにけるかな  0224:xxxx:TR  時鳥の歌五首よみけるに ほととぎすただ一こゑのしのびねをきくあはれなるあかつきの空  0225:xxxx:TR 時鳥しのだのもりの一こゑは夜だにあけばとおもはれぬかな  0226:xxxx:TR あやめふく宿のしるしに郭公一こゑなろとねをもかけなむ  0227:xxxx:TR ほととぎすいそぐさなへを取りさしてなきつるかたへこころをぞやる  0228:xxxx:TR ひるはいでてすがたの池にかげうつせ聲をのみきくやま時鳥  0229:0201:M  題不知 空はれてぬまのみかさをおとさずばあやめもふかぬさ月なるべし  0230:0202:M  高野の中院と申す所に、あやめふきたる房の侍りけるにさくらのちりけるがめづらしくおぼえてよみける 櫻ちるやどをかざれるあやめをばはなさうぶとやいふべかるらむ  0231:0203:M  坊なるちごこれをききて ちるはなをけふのあやめのねにかけてくすだまともやいふべかるらむ  0232:0204  さる亊ありて、人のもの申しつかはしたりける返亊に、五日 をりにあひて人にわが身やひかれましつくまのぬまのあやめなりせば  0233:0205  五月五日、山寺へ人のけふいる物なればとて、しやうぶをつかはしたりける返亊に にしにのみこころぞかかるあやめ草このよばかりのやどと思へば  0234:0206 みな人のこころのうきはあやめ草にしにおもひのひかぬなりけり  0235:xxxx:TM 五月雨の軒の雫に玉かけてやどをかざれるあやめぐさかな  0236:0207  さみだれ みづたたふいはまのまこもかりかねてむなでにすぐるさみだれのころ  0237:0208:M さみだれにみづまさるらしうち橋やくもでにかかるなみのしらいと  0238:0209:R 五月雨はいはせくぬまのみづふかみわけしいしまのかよひぢもなし  0239:0210:M こささしくふるさとをののみちのあとをまたさはになすさみだれのころ  0240:0211 つくづくと軒のしづくをながめつつ日をのみくらちさみだれのころ  0241:0212 あづまやのをがやがのきのいとみづにたまぬきかくるさみだれのころ  0242:0213:M さみだれにをだのさなえやいかならむあぜのうきひぢあらひこされて  0243:0214 さみだれのころにしなればあらをだに人もまかせぬみづたたへけり  0244:0215:M  あるところにさみだれの歌十五首よみ侍りしに、人にかはりて さみだれにほすひまなくてもしほ草けぶりもたてぬうらのあま人  0245:xxxx:TM 五雨はいささ小川の橋もなしいづくともなくみをにながれて  0246:0216:M みなせ河をちのかよひぢみづみちてふなわたりするさみだれのころ  0247:0217:M ひろせがはわたりのおきのみをじるしみかさぞふかきさみだれのころ  0248:0218:M はやせ河つなでのきしをおきにみてのぼりわづらふさみだれのころ  0249:0219:M みづわくるなにはほりえのなかりせばいかにかせましさみだれのころ  0250:0220:M ふねすゑしみなとのあしまさをたてて心ゆくらむさみだれのころ  0251:0221:M みなそこにしかれにけりなさみだれてみつのまこもをかりにきたれば  0252:0222:M さみだれのをやむはれまのなからめやみづのかさほせまこもかるふね  0253:0223:M さみだれにさののふなはしうきみればのりてぞ人はさしわたるらむ  0254:0224:M 五月雨のはれぬ日かずのふるま夫にぬまのまこもはみがくれにけり  0255:0225:M みづなしとききてふりにしかつまたのいけあらたむるさみだれのころ  0256:0226:M さみだれはゆくべきみちのあてもなしをざさかはらもうきにながれて  0257:0227:M 五月雨はやまだのあぜのたきまくらかずをかさねておつるなりけり  0258:0228:M かはわだのよどみにとまるながれぎのうきはしわたすさみだれのころ  0259:0229:M おもはずにあなづりにきくこがはかなさつきの雨に水まさりつつ  0260:0230  となりのいづみ 風をのみはななきやどはまちまちていづみのすゑをまたむすぶかな  0261:0231  水邊納涼と云亊をし北白川にてよみける 水の音にあつさわするるまとゐかなこずゑのせみの聲もまぎれて  0262:0232  深山水鷄 杣人のくれにやどかるここちして庵をたたく水鷄なりけり  0263:0233  題不知 夏山のゆふしたかぜのすずしさにならのこかげのたたまうきかな  0264:0234  なでしこ かきわけてをればつゆこそこぼれけれあさぢにまじるなでしこの花  0265:0235  雨中撫子 露おもみそののなでしこいかならんあらく見えつるゆふだちの空  0266:xxxx:TR  夏野草 みまくさにはら野のすすきかりにきて鹿のふしどをみおきつるかな  0267:0236:M みまくさにはらのをすすきしがふとてふしどあせぬとしかおもふらむ  0268:0237  旅行草深と云亊を 旅人のわくるなつのの草しげみはずゑにすげのをかさはづれて  0269:0238:M  行路夏といふことを ひばりあがるおほののちはらなつくればすずむこかげをたづねてぞ行く  0270:0239  ともし ともしするほぐしのまつもかへなくにしかめあはせであかすなつのよ  0271:0240  題不知 夏のよはしののこたけのふしちかみそよやほどなくあくるなりけり  0272:0241 なつの夜の月みることやなかるらむかやりびたつるしづのふせやは  0273:0242  海邊夏月 つゆのぼるあしのわか葉に月さえてあきをあらそふなにはえのうら  0274:0243:M  泉にむかひて月をみると云亊を むすびあぐるいづみにすめる月影はてにもとられぬかがみなりけり  0275:0244 むすぶてにすずしきかげをしたふかなしみづにやどるなつのよの月  0276:0245  夏月歌よみけるに 夏のよもをざさがはらにしもぞおく月のひかりのさえしわたれば  0277:0246 山川のいはにせかれてちる浪をあられと見する夏の夜の月  0278:0247  池上夏月 かげさえて月しもことにすみぬれば夏のいけにもつららゐにけり  0279:0248  蓮滿池と云亊 おのづから月やどるべきひまもなくいけにはちすの花さきにけり  0280:0249:M  雨後夏月 ゆふだちのはるれば月ぞやどりけるたまゆりすうるはすのうきはに  0281:0250  涼風如秋 まだきより身にしむ風のけしきかな秋さきだつるみやまべのさと  0282:0251  松風如秋と云亊を北白川なる所にて人々よみて、又水聲有秋と云亊を、かさねけるに 松風のおとのみならずいしばしる水にも秋はありけるものを  0283:0252  山家待秋 山ざとはそとものまくずはをしげみそらふきかへす秋をまつかな  0284:0253  みなづきはらへ みそぎしてぬさきりながす河のせにやがてあきめく風ぞすずしき  Subtitle  秋  0285:0254  山家初秋 さまざまのあはれをこめてこずゑふく風に秋しるみやまべのさと  0286:0255  山居初秋 秋たつと人はつげねどしられけりみ山のすその風のけしきに  0287:0256  ときはのさとにて、初秋月と云亊を人々よみけるに 秋たつとおもふにそらもただならでわれてひかりをわけむ三日月  0288:0257  はじめの秋ころ、なるをと申す所にて松風の音をききて つねよりも秋になるをの松風はわきて身にしむここちこそすれ  0289:0258  七夕 いそぎおきてにはのこぐさのつゆふまむやさしきかずに人やおもふと  0290:0259:M くれぬめりけふまちつけてたなばたはうれしきにもやつゆこぼるらむ  0291:0260 あまの川けふのなぬかはながきよのためしにもひきいみもしつべし  0292:0261 船よするあまの河邊のゆふ暮はすずしき風やふきわたるらむ  0293:0262 まちつけてうれしかるらむたなばたの心のうちぞ空にしらるる  0294:0263  くものいがきけるをみて ささがにのくもでにかけてひくいとやけふたなばたにかささぎのはし  0295:0264  草花みちをさへぎると云亊を ゆふ露をはらへばそでにたまきえてみちわけかぬるをののはぎはら  0296:0265  野徑秋風 すゑ葉ふく風はのもせにわたるともあらくはわけじはぎのしたつゆ  0287:0266:M  草花得時と云亊を いとすすきぬはれてしかのふすのべにほころびやすきふぢばかまかな  0298:0267:M  行路草花 をらで行くそでにも露ぞしをれけるはぎのはしげきのべのほそみち  0299:0268:M  霧中草花 ほにいづるみやまがすそのむらすすきまがきにこめてかこふ秋ぎり  0300:0269  終月見野花 みだれさくのべのはぎれらわけくれて露にも袖をそめてけるかな  0301:0270  萩滿野 さきそはむ所の野べにあらばやは萩よりほかのはなも見るべき  0302:0271  萩滿野亭 わけているにはしもやがてのべなれは萩のさかりをわがものにみる  0303:0272  秋野似錦 けふぞしるそのえにあらふからにしきはぎさくのべにありけるものを  0304:0273:M  草花を しげりゆきしはらの下草をばないでて招くは誰をしたふなるらむ  0305:0274  薄當道繁 はなすすきこころあてにぞわけてゆくほのみしみちのあとしなければ  0306:0175  古籬苅萱 まがきあれてすすきならねどかるかやもしげきのべともなりにける物を  0307:0276:M  女郎花 をみなへしわけつる袖とおもはばやおなじつゆにしぬるとみてそは  0308:0277 をみなへしいろめくのべにふれはらむたもとにつゆやこぼれかかると  0309:0278  草花露重 けさみればつゆのすがるにをれふしておきもあがらぬをみなへしかな  0310:0279:M おほかたの野べの露にはしをるれどれがなみだなきをみなへしかな  0311:0280:M  女郎花帶露 はながえに露のしらたまぬきかけてをる袖ぬらすをみなへしかな  0312:0281:M をらぬよりそでぞぬれぬる女郎花露むすぼれてたてるけしきに  0313:0282  水邊女郎花 いけのおもにかげをさやかにうつしてもみづかがみ見るをみなへしかな  0314:0283 たぐひなきはなのすがたを女郎花いけのかがみにうつしてぞみる  0315:0284  女郎花水近 女郎花いけのさなみにえだひぢてものおもふそでのぬるるがほなる  0316:0285  萩 おもふにもすぎてあはれにきこゆるは萩のはみだるあきのゆふ風  0317:0286:M おしなべて木草のすゑのはらまでになびきて秋のあはれ見えけり  0318:0287  萩風拂露 をじかふすはぎさくのべの夕露をしばしもためぬ萩のうはかぜ  0319:0288  隣夕萩風 あたりまであはれしれともいひかほにをぎのおとこすあきの夕風  0320:0289  秋歌中 ふきわたす風にあはれをひとしめていづくもすごき秋の夕ぐれ  0321:0290 おぼつかな秋はいかなるゆゑのあればすゞろにもののかなしかるらん  0322:0291 なにごとをいかにおもふとなけれどもたもとかわかぬ秋のゆふぐれ  0323:0292 なにとなくものがなしくぞ見えわたるとばたのおもの秋の夕ぐれ  0324:0293  野亭秋夜 ねざめつつながきよかなといはれのにいく秋までもわが身へぬらん  0325:0294  秋の歌に露をよむとて おほかたの露にはなにのなるならんたもとにおくはなみだなりけり  0326:0295  やまざとに人々まかりてあきの歌よみけるに 山ざとのそとものをかのたかき木にそぞろがましきあきぜみのこゑ  0327:0296  人々秋歌十首よみけるに たまにぬく露はこぼれてむさしののくさのはむすぶ秋のはつかぜ  0328:0297 ほにいでてしののをすすきまねくのにたはふてたてるをみなへしかな  0329:0298 はなをこそのべのものとは見にきつれくるればむしのねをもききけり  0330:0299 をぎのはをふきすぎてゆく風の音に心みだるる秋のゆふぐれ  0331:0300 はれやらぬみやまのきりのたえだえにほのかにしかのこゑきこゆなり  0332:0301 かねてよりこずゑのいろをおもふかなしぐれはじむるみやまべのさと  0333:0302 しかのねをかきねにこめてきくのみか月もすみけりあきの山ざと  0334:0303 いほりもる月の影こそさびしけれやまだはひたのおとばかりして  0335:0304 わづかなるにはのこ草のしら露をもとめてやどる秋のよの月  0336:0305 なにとなくこころをさへはつくすらむわがなげきにてくるるあきかは  0337:0306  月 秋のよの空にいづてふ名のみしてかげほのかなるゆふづくよかな  0338:0307 あまのはらつきたけのぼるくもぢをばわきても風のふきはらはなむ  0339:0308:M うれしとやまつ人ごとにおもふらむ山のはいづる秋のよの月  0340:0309 なかなかに心つくすもくるしきにくもらばいりね秋の夜の月  0341:0310 いかばかりうれしからまし秋のよの月すむ空にくもなかりせば  0342:0311 はりまがたなだのみおきにこぎいでてあたりおもはぬ月をながめむ  0343:XXXX:TM 月すみてなぎたる海のおもてかな雲の波さへたちもかからで  0344:0312 いざよはでいづるは月のうれしくているやまのははつらきなりけり  0345:0313 水のおもにやどる月さへいりぬるはいけのそこにもやまやあるらむ  0346:0314 したはるるこころやゆくとやまのはにしばしないりそ秋のよの月  0347:0315 あくるまでよひよりそらにくもなくてまたこそかかる月みざりつれ  0348:0316:M あさぢはら葉ずゑの露のたまごとにひかりつらぬく秋のよの月  0349:0317:M 秋のよの月をゆきかとまがふれば露もあられのここちこそすれ  0250:0318  閑待月 月ならでさしいるかげのなきままにくるるうれしき秋の山ざと  0351:0319  海邊月 きよみがた月すむ空のうきぐもは富士のたかねのけぶりなりけり  0352:0320  池上月 みさびゐぬいけのおもてのきよければやどれる月もめやすかりけり  0353:0321  同心を遍照寺にて人々よみけるに やどしもつ月のひかりのをかしさはいかにいへどもひろさはのいけ  0354:0322 いけにすむ月にかかれるうきぐもははらひのこせるみさびなりけり  0355:0323:M  月似池氷 水なくてこほりぞしたるかつまだの池あらたむる秋のよの月  0356:0324  名所月 きよみがたおきのいはこすしら浪にひかりをかはす秋のよの月  0357:0325:M なべてなを所のなをやをしむらむあかしはわきて月のさやけき  0358:XXXX:TR  海の上の月と申すことを三首よみけるに おなじ月のきよする浪にゆられきてみほがさきにもやどるなりけり  0359:XXXX:TR ちどりなくをりたるさきをめぐる舟の月を心にかけてすぐらむ  0360:XXXX:TR たたへおくこころの水にすむ月をあかしのなみにうつしてぞ見る  0361:0326:M  海邊明月 なにはがた月のひかりにそらさえてなみのおもてにこほりをぞしく  0362:0327  月前遠望 くまもなき月のひかりにさそはれていくくもゐまでゆく心ぞも  0363:0328  終夜見月 たれきなん月のひかりにさそはれてとおもふによはのあけぬなるかな  0364:0329:M  八月十五夜 山のはをいづるよひよりしるきかなこよひしらする秋のよの月  0365:0330 かぞへねどこよひの月のけしきにて秋のなかばを空にしるかな  0366:0331 あまのがはなにながれたるかひありてこよひの月はことにすみけり  0367:0332:M さやかなるかげにてしるき秋の月十夜にあまれるいつかなりけり  0368:0333 うちつけにまたこむ秋のこよひまで月すゑをしくなるいのちかな  0369:0334 秋はただこよひひとよのななりけりおなじくもゐに月はすめども  0370:0335:M おいもせぬ十五のとしもあるものをこよひの月のかからましかば  0371:XXXX:TR  八月十五夜、五首の歌人々よみ侍りけるに こよひしもあまのいはとをいづるよりかげくまもなくみゆる月かな  0372:XXXX:TR 山のはにいでつる月を見つるかななにごとをかはいひくらぶべき  0373:XXXX:TR おもひわく心なかりしむかしだに月をあはれと見てぞ過ぎこし  0374:XXXX:TR おしなべて秋の野てらす月影は花なる露を玉にみがける  0375:XXXX:TR きくたびにいつもはつねと思ひけむこころに我は月を見るかな  0376:0336:M  くもれる十五夜を 月見ればかげなくくもにつつまれてこよひならずばやみに見えまし  0377:0337  月あまたよみけるに いりぬとやあづまに人はをしむらんみやこにいづる山のはの月  0378:0338 まちいでてくまなきよひの月みれば雲ぞ心にまづかかりける  0379:0339 秋風やあまつ雲井をはらふらむふけゆくままに月のさやけき  0380:0340 いづくとてあはれならずはなけれどもあれたるやどぞ月はさびしき  0381:0341:M よもぎわけてあれたる庭の月みればむかしすみけむ人ぞ戀しき  0382:0342:M 身にしみてあはれしらする風よりも月にぞ秋のいろはありける  0383:0343 むしのねにかれゆく野べの草むらにあはれをそへてすめる月かげ  0384:0344 ひとも見ぬよしなき山のすゑまでにすむらむ月のかげをこそおもへ  0385:0345 このまもる有明の月をながむればさびしさそふるみねのまつ風  0386:0346 いかにせむかげをばそでにやどせども心のすめば月のくもるを  0387:0347 くやしくもしづのふせやとおとしめて月のもるをもしらですぎける  0388:0348 あばれたる草の庵にもる月を袖にうつしてながめつるかな  0389:0349 月をみて心うかれしいにしへのあきにもさらにめぐりあひぬる  0390:0350 なにごともかはりのみゆく世の中におなじかげにてすめる月かな  0391:0351 夜もすがら月こそ袖にやどりけれむかしの秋をおもひいづれば  0392:0352 ながむればほかのかげこそゆかしけれかはらじものをあきのよの月  0393:0353 ゆくへなく月に心のすみすみてはてはいかにかならんとすらむ  0394:0354 月影のかたぶく山をながめつつをしむしるしや有明の空  0395:0355 ながむるもまことしからぬ心ちしてよにあまりたる月の影かな  0396:0356 ゆくすゑの月をばしらずすぎきつるあきまたかかるかげはなかりき  0397:0357 まことともたれかおもはむひとり見てのちにこよひの月をかたらば  0398:0358 月のためひるとおもふがかひなきにしばしくもりてよるをしらせよ  0399:0359:M あまのはら朝日山よりいづればや月のひかりのひるにまがへる  0400:0360:M 有明の月のころにしなりぬればあきはよるなき心ちこそすれ  0401:0361 なかなかにときどきくものかかるこそ月をもてなすかざりなりけれ  0402:0362 雲はるるあらしのおとは松にあれや月もみどりの色にはえつつ  0403:0363 さだめなく鳥やなくらむあきのよの月のひかりをおもひまがえて  0404:0364 誰もみなことわりとこそさだむらめひるをあらそふ秋のよの月  0405:0365 かげさえてまことに月のあかき夜は心も空にうかれてぞすむ  0406:0366 くまもなき月のおもてにとぶ鴈のかげをくもかとまがへつるかな  0407:0367 ながむればいなや心のくるしきにいたくなすみそ秋のよの月  0408:0368 雲も見ゆ風もふくればあらくなるのどかなりつる月のひかりを  0409:0369 もろともにかげをならぶるひともあれや月のもりくるささのいほりに  0410:0370 なかなかにくもると見えてはるるよの月はひかりのそふここちする  0411:0371 うき雲の月のおもてにかかれどもはやくすぐるはうれしかりけり  0412:0372 すぎやらで月ちかくゆくうき雲のただよふみるはわびしかりけり  0413:0373 いとへどもさすがにくものうちちりて月のあたりをはなれざりけり  0414:0374 雲はらふあらしに月のみがかれてひかりえてすむあきの空かな  0415:0375 くまもなき月のひかりをながむればまづをばすてのやまぞこひしき  0416:0376 月さゆるあかしのせとに風ふけばこほりのうへにたたむしらなみ  0417:0377 あまのはらおなじいはとをいづれどもひかりことなる秋のよの月  0418:XXXX:TR 雲さえてさとごとにしく秋の夜の氷は月のひかりなりけり  0419:0378 かぎりなくなごりをしきは秋のよの月にともなふあけぼのの空  0420:0379  九月十三夜 こよひはと心えがほにすむ月のひかりもてなすきくのしらつゆ  0421:0380:M 雲きえし秋のなかばの空よりも月はこよひぞなにおへりける  0422:0381:M  後九月、月をもてあそぶと云亊を 月みればあきくははれるとしはまたあかぬ心もそふにもありける  0423:0382:M  月照瀧 雲きゆるなちのたかねに月たけてひかりをぬけるたきのしらいと  0424:0383  久待月 いでながらくもにかくるる月かげをかさねてまつやふたむらの山  0425:0384:M  雲間侍月 秋の月いさよふ山のはのみかは雲のたえまもまたれやはせぬ  0426:0385  月前薄 をしむよの月にならひて有明のにらぬをまねくはなすすきかな  0427:0386:M はなすすき月のひかりにまがはましふかきますほのいろにそめずば  0428:0387  月前荻 月すむとをぎうゑざらむやどならばあはれすくなき秋にやあらまし  0429:0388  月照野花 月なくばく小ばやどへやかへらましのべには花のさかりなりとも  0430:0389:M  月前野花 はなのいろをかげにうつせば秋のよの月ぞ野もりのかがみなりける  0431:0390:M  月前草花 月の色をはなにかさねてをみなへしうはものしたにつゆをかけたる  0432:0391:M よひのまの露にしをれて女郎花ありあけの月のかげにたはるる  0433:0392:M  月前女郎花 庭さゆる月なりけりなをみなへししもにあひぬるはなとみたれば  0434:0393  月前蟲 月のすむあさぢにすだくきりぎりす露のおくにや秋をしるらむ  0435:0394 露ながらこぼさでをらむ月かげにこはぎがえだのまつむしのこゑ  0436:0395:M  深夜聞蛬 わがよとやふけゆく月をおもふらむこゑもやすまぬきりぎりすかな  0436:0395:M  田家月 夕露のたましくをだのはなむしろかぶすほずゑに月ぞすみける  0438:0397  月前鹿 たぐひなき心ちこそすれ秋のよの月すむみねのさをしかの聲  0439:0398  月前紅葉 このまもる有あけの月のさやけきに紅葉をそへてながめつるかな  0440:0399  霧隔月 たつた山月すむみねのかひぞなきふもとにきりのはれぬかぎりは  0441:0400  月前懷舊 いにしへをなににつけてかおもひいでむ月さへくもるよならましかば  0442:0401  寄月述懷 世の中のうきをもしらですむ月のかげはわが身のここちこそすれ  0443:0402:M よの中はくもりはてぬる月なれやさりともとみしかげもまたれず  0444:0403 いとふよも月すむ秋になりぬればなからへずばとおもふなるかな  0445:0404:M さらぬだにうかれてものをおもふ身の心をさそふあきのよの月  0446:0405 すてていにしうきよに月のすまであれなさらば心のとまらざらまし  0447:0406:M あながちに山にのみすむこころかなたふかは月のいるををしまぬ  0448:0407  春日にまゐりたりけるに、つねよりも月あかくてあはれなりければ ふりさけし人の心ぞしられぬるこよひみかさの月をながめて  0449:0408  月明寺邊 ひるとみゆる月にあくるをしらましやときつくかねのおとせざりせば  0450:0409:M  人々すみよしにまゐりて、月をもてあそびけるに かたそぎのゆきあはぬまよりもる月やさえてみそでの霜におくらむ  0451:0410:M 浪にやどる月をみぎはにゆりよせてかがみにかくるすみよしのきし  0451:0411  たびなりけるとまりにて あかずのみみやこにてみしかげよりも旅こそ月はあはれなりけれ  0453:0412 見しままにすがたにかげもかはらねば月ぞみやこのかたみなりける  0454:0413:M  旅宿思月 月はなほよなよなごとにやどるべしれがむすびおくくさのいほりに  0455:----:TM  月の前にたにあふと云亊 うれしきは君にあふべきちぎりありて月に心のさそはれにけり  0456:0414  心ざすことありて、あきの一宮へまゐりけるにたかとみのうらと申す所に、風にふきとめられて程へにけり。とまふきたるいほりより月のもりくるをみて なみのおとを心にかけてあかすかなとまもる月のかげをともにて  0457:0415  まゐりつきて、月いとあかくてあはれにおぼえければ もろともにたびなる空の月もいでてすめばやかげのあはれなるらむ  0458:0416  旅宿月 あはれしる人みたらばとおもふかなたびねのとこにやどる月影  0459:0417:M 月やどるおなじうきねのなみにしもそでしぼるべき契ありける  0460:0418:M みやこにて月をあはれとおもひしはかずよりほかのすさびなりけり  0461:0419  船中初鴈 おきかけてやへのしほぢをゆくふねはほかにぞききしはつかりの聲  0462:0420  朝聞初鴈 よこ雲の風にわかるるしののめにやまとびこゆるはつかりのこゑ  0463:0421  入夜聞鴈 からすはにかくたまづさの心ちして鴈なきわたる夕やみの空  0464:0422:M  鴈聲遠近 しら雲をつばさにかにかけてゆく鴈のかど田のおものともしたふなり  0465:0423  霧中鴈 玉章のつゞきは見えで鴈がねのこゑこそきりにけたれざりけれ  0466:0424  霧上鴈 空いろのこなたをうらにたつきりのおもてにかりのかけるたまづさ  0467:0425  霧 うづらなくをりにしなればきりこめてあはれさびしきふかくさのさと  0468:0426:M  霧隔行客 なごりおほきむつごとつきでかへりゆく人をばきりも立ちへだてけり  0469:0427  山家霧 たちこむるきりのしたにもうづもれて心はれせぬみやまべのさと  0470:0428:M よをこめてたけのあみどにたつきりのはればやがてやあけむとすらむ  0471:0429  鹿 しだりさくはぎのふるえに風かけてすがひすがひにをじかなくなり  0472:0430 はぎがえのつゆためずふく秋風にをじかなくなりみやぎののはら  0473:0431 夜もすがらつまこひかねてなくしかのなみだやのべの露となるらむ  0474:0432 さらぬだに秋はもののみかなしきをなみだもよほすさをしかのこゑ  0475:0433 やまおろしにしかのねたぐふ夕暮をものがなしとはいふにやあるらむ  0476:0434:M しかもわぶ空のけしきもしぐるめりかなしかれともなれる秋かな  0477:0435 なにとなくすままほしくぞおもほゆるしかあはれなる秋の山ざと  0478:0436  をぐらのふもとにすみ待りけるにしかのなきけるをききて をじかなくをぐらの山のすそちかみただひとりすむ我が心かな  0479:0437  曉鹿 よをのこすねざめに聞くぞあはれなるゆめののしかもかくやなくらむ  0480:0438  夕暮聞鹿 しのはらやきりにまがひてなく鹿の聲かすかなる秋の夕ぐれ  0481:0439  幽居聞鹿 となりゐぬはらのかりやにあかすよはしかあはれなるものにぞ有りける  0482:0440  田菴鹿 をやまだの庵ちかくなく鹿の音におどろかされておどろかすかな  0483:0441  人を尋ねてをのの山里にまかりたりけるに、鹿のなきければ 鹿のねをきくにつけてもすむ人の心しらるるをのの山ざと  0484:0442:M  獨聞擣衣 ひとりねのよざむになるにかさねばやたがためにうつころもなるらん  0485:0443  隔里擣衣 さよ衣いづくのさとにうつならむとほくきこゆるつちのおとかな  0486:0444  としごろ申しなれたる人のふしみにすむとききてたづねまかりたりけるに、にはのくさ道見えぬほどにしげりてむしのなきければ わけているそでにあはれをかけよとて露けきにはにむしさへぞなく  0487:0445  むしの歌よみ侍りけるに ゆふされやたまおく露のこざさふに聲はつならすきりぎりすかな  0488:0446 秋風にほずゑなみよるかるかやのしたはにむしのこゑみだるなり  0489:0447:M きりぎりすなくなるのべはよそなるをおもはぬそでに露のこぼるる  0490:0448:M 秋風のふけゆくのべのむしのねにはしたなきまでぬるるそでかな  0491:0449 むしのねをよそにおもひてあかさねばたもとも露はのべにかはらじ  0492:0450 野べになく蟲もやものはかなしきとこたへましかばとひてきかまし  0493:0451 秋のよをひとりやなきてあかさましともなふむしの聲なかりせば  0494:0452 秋のよにこゑもやすまずなく蟲を露まどろまでききあかすかな  0495:0453 秋の野のをばなが袖にまねかせていかなる人をまつむしのこゑ  0496:0454:M よもすがらたもとに虫のねをかけてはらひわづらふ袖のしらつゆ  0497:XXXX:TM ひとりねのねざめのとこのさむしろに涙もよほすきりぎりすかな  0498:0455:M きりぎりす夜ざむになるをつげがほにまくらのもとにきつつなくなり  0499:0456:M 虫の音をよわりゆくかときくからに心の秋のひかずをぞふる  0500:0457:M 秋ふかみよわるはむしのこゑのみかきくわれとてもたのみやはある  0501:0458:M むしの音につゆけかるべきたもとかはあやしやこころものおもふべし  0502:XXXX:TM 物をおもふねざめとぶらふきりぎりす人よりもけに露けかるらむ  0503:0459:M  獨聞虫 ひとりねのともにはならできりぎりすなくねをきけばもの思ひそふ  0504:0460  故郷虫 草ふかみれけいりてとふ人もあれやふりゆく跡のすずむしのこゑ  0505:0461  雨中蟲 かべにおふるこぐさにわぶるきりざりすしぐるるにはのつゆいとふべし  0506:0462  田庵聞蟲 こはぎさく山田のくろのむしのねにいほもる人や袖ぬらすらむ  0507:0463:  暮路蟲 うちすぐる人なきみちのゆふさればこゑにておくるくつわむしかな  0508:0464:M  田家秋夕 ながむれば袖にも露ぞこぼれけるそとものをだの秋の夕ぐれ  0509:0465 ふきすぐる風さへことに身にぞしむ山田の庵のあきの夕ぐれ  0510:0466  京極太政大臣中納言と申しけるをり、きくをおびただしき程にしたてて鳥羽院にまゐらせ給ひたりけり。鳥羽の南殿の東面のつぼに、ところなきほどにうゑさせ給ひたりけり。公重の少將人々すすめてきくもてなされけるに、くははるべきよしありければ 君がすむやどのつぼをばきくぞかざる仙のみやといふべかるらむ  0511:XXXX:TR  とくうつろひたる菊をみて はつ霜の見えもわかれでおきてけるうつろひやすきしら菊の花  0512:0467  菊 いくあきにわれあひぬらむながつきのここぬかにつむやへのしらぎく  0513:0468 秋ふかみならぶはななき菊なればところをしものおけとこそおもへ  0514:0469  月前菊 ませなくばなにをしるしに思はまし月にまがよふしら菊の花  0515:0470  あき、ものへまかりけるみちにて こころなき身にもあはれはしられけりしぎたつさはの秋の夕ぐれ  0516:0471  さがにすみけるころ、となりの坊に申すべきことありてまかりけるに、みちもなくむぐらのしげりければ 立よりてとなりとふべきかきにそひてひまなくはへるやへむぐらかな  0517:0472  題不知 いつよりかもみぢの色はそむべきとしぐれにくもるそらにとはばや  0518:0473  紅葉未遍 いとか山しぐれに色をそめさせてかつかつおれるにしきなりけり  0519:0474:M  山家紅葉 そめてけり紅葉のいろのくれなゐをしぐると見えしみやまべのさと  0520:0475  秋のすゑにまつむしをききて さらぬだにこゑよわかりしまつむしの秋のすゑにはききもわかれず  0521:0476 かぎりあればかれゆくのべはいかがせむむしのねのこせ秋のやまざと  0522:0477:M  寂然高野にまゐりて深秋紅葉と云亊をよみけるに さまざまのにしきありける深山かなはなみしみねをしぐれそめつつ  0523:0478  紅葉色深 かぎりあればいかがは色のまさるべきあかずしぐるるをぐらやまかな  0524:0479 もみぢばのちらでしぐれのひかずへばいかばかりなる色にはあらまし  0525:0480  霧中紅葉 にしきはる秋のこずゑを見せぬかなへだつる霧のやみをつくりて  0526:0481  いやしかりける家に、つたの紅葉のおもしろかりけるをみて おもはずによしあるしづのすみかかなつたのもみぢを軒にはせて  0527:0482  あづまへまかりけるに、しのぶのおくに侍りけるやしろの紅葉を ときはなるまつのみどりに神さびてもみぢぞ秋はあけのたまがき  0528:0483:M  草花野路紅葉 もみぢちるのはらをわけてゆく人ははなならぬまでにしききるべし  0529:0484  秋のすゑに法輪にこもりてよめる おほゐ河井ぜきによどむみづの色にあきふかくなるほどぞしらるる  0530:0485 小倉山ふもとに秋の色はあれやこずゑのにしきかぜにたたれて  0531:0486:M わがものとあきのこずゑをおもふかなをぐらのせとににへゐせしより  0532:0487 山ざとは秋のすゑにぞおもひしるかなしかりけりこがらしのかぜ  0533:0488  暮秋 くれはつる秋のかたみにしばしみむもみぢちらすなこがらしのかぜ  0534:0489 秋くるる月なみわくるやまがつの心うらやむけふのゆふぐれ  0535:0490:M  夜すがら秋ををしむ をしめどもかねのおとさへかはるかなしもにやつゆをむすびかふらむ  Snbtitle  冬  0536:0491:M  長樂寺にて、よるもみぢを思ふと云亊を人人よみけるに 夜もすがらをしげなくふくあらしかなわざとしぐれのそむるこずゑを  0537:XXXX:TM 神無月木葉の落つるたびごとに心うかるるみ山べのさと  0538:0492:M  題不知 ねざめする人のこころをわびしめてしぐるるおとはかなしかりけり  0539:0493:M  十月はじめつかた、やまざとにまかりたりけるにきりぎりすのこゑわづかにしければよめる しもうづむむぐらがしたのきりぎりすあるかなきかのこゑきこゆなり  0540:0494:M  山家落葉 みちもなしやどはこのはにうづもれてまたきせさするふゆごもりかな  0541:0495:M このはちれば月に心ぞあらはるるみやまがくれにすまむとおもふに  0542:0496:M  曉落葉 時雨かとねざめのとこにきこゆるは嵐にたへぬこのはなりけり  0543:0497  水上落花 たつたひめそめし木ずゑのちるをりはくれなおあらふやまがはの水  0544:0498  落葉 あらしはくにはのこのはのをしきかなまことのちりになりぬとおもへば  0545:0499  月前落葉 山おろしの月にこのはをふきかけてひかりにまがふかげを見るかな  0546:0500  瀧上落葉 こがらしにみねの木のはやたぐふらむむらごに見ゆる瀧のしらいと  0547:XXXX:TR  いはくらにまかりてやしほの紅葉見侍りけるに、あやなく河の色に染みうつしけるを見て いはくらややしほそめたるくれなゐをながたに川におしひたしつる  0548:0501  山家時雨 やどかこふははそのしばの時雨さへしたひてそむるはつしぐれかな  0549:0502  閑中時雨 おのづからおとする人ぞなかりけるやまめぐりする時雨ならでは  0550:0503  時雨歌よみけるに あづまやのあまりにもふる時雨かなたれかはしらぬかみなづきとは  0551:0504  落葉留網代 もみぢよりあじろのぬのの色そめてひをくくりとは見えぬなりけり  0552:0505  山家枯草と云亊を覺雅僧都の房にて人々よみけるに かきこめしすそののすすきcもがれてさびしさまさるしばのいほかな  0553:0506  野邊寒草と云亊を雙林寺にてよみけるに さまざまに花さきけりと見しのべのおなじいろにろにもしもがれにける  0554:0507:M  枯野草 わけかねしそでに露をばとどぬおきてしもにくちぬるまののはぎはら  0555:0508:M 霜かづくかれのの草のさびしきにいつかは人のこころとむらむ  0556:0509 しもがれてもろくくだくるをぎのはをあらくわくなるかぜのおとかな  0557:0510  冬歌よみけるに なにはえのみぎはのあしにしもさえてうら風さむきあさぼらけかな  0558:0511 たまかけしはなのすがたもおとろへてしもをいただくをみなへしかな  0559:0512 山ざくらはつゆきふればさきにけりよしののtとにふゆごもれども  0560:0513 さびしさにたへたる人のまたもあれないほりならべむ冬の山ざと  0561:0514  水邊寒草 しもにあひていろあらたむるあしのほのさびしく見ゆるなにはえのうら  0562:0515  山里の冬といふことを人々よみけるに たままきしかきねのまくず霜がれてさびしく見ゆる冬の山ざと  0563:0516  寒夜旅宿 旅ねするくさのまくらにしもさえてあり明の月のかげぞまたるる  0564:0517  山家冬月 ふゆがれのすさまじげなるやまざとに月のすむこそあはれなりけれ  0565:0518 月いづるみねのこのはもちりはててふもとのさとはうれしかるらむ  0566:0519  月照寒草 はなにおくつゆにやどりしかげよりもかれのの月はあはれなりけり  0567:0520 こほりしくぬまのあしはら風さえて月もひかりぞさびしかりける  0568:0521  閑月冬月 霜さゆる庭の木のはをふみわけて月は見るやととふ人もがな  0569:0522  庭上冬月 さゆと見えて冬ふかくなる月影はみづなき庭にこほりをぞしく  0570:0523  鷹狩 あはせつるこゐのはしたかすはえかしいぬかひ人のこゑしきるなり  0571:0524  雪中鷹狩 かきくらす雪にきぎすは見えねどもはおとにすずをくはへてぞやる  0572:0525     と ふる雪に鳥だちも見えずうづもれてとりどころなきみかりのの原  0573:XXXX:TM  夜初雪 月出づる軒にもあらぬ山のはのしらむもしるしよはの白雪  0574:0526  庭雪似月 このまもる月のかげとも見ゆるかなはだらにふれる庭のしらゆき  0575:0527  雪のあした靈山と申す所にて眺望を人々よみけるに たちのぼる朝日の影のさすままに都の雪はきえみきえずみ  0576:0528  かれのに雪のふりたりけるを かれはつるかやがうははにふる雪はさらにをばなのここちこそすれ  0577:XXXX:TM  雪の歌よみけるに あらち山さかしくくだるたにもなくかじきの道をつくるしら雪  0578:0529 たゆみつつそりのはやをもつけなくにつもりにけりなこしのしらゆき  0579:0530  雪埋路 ふる雪にしをりししばもうづもれておもはぬやまに冬ごもりぬる  0580:0531:M  あきのころ高野へまゐるべきよしたのめてまゐらざりける人のもとへ、ゆきふりてのち申しつかはしける 雪ふかくうづみてけりなきみくやともみじのにしきしきし山ぢを  0581:0532  雪朝待人 わがやどに庭よりほかのみちもがなとひこむ人のあとつけでみむ  0582:0533  雪にいほりうづみて、せんかたなくおもしろかりけり。いまもきたらばとよみけむことおもひいでて見けるほどに、しかのわけてとほりけるを見て 人こばとおもひて雪をみる程にしかあとつくることもありけり  0583:0534  雪朝會友 あととむるこまのゆくへはさもあらばあれうれしく君にゆきもあひぬる  0584:0535  雪埋竹と云亊 雪うづむそののくれ竹をれふしてねぐらもとむるむらすずめかな  0585:0536  賀茂臨時祭返立の御神樂、土御門内裏にて侍りけるに、竹のつぼに雪のふりたりけるを見て うらかへすをみのころもと見ゆるかなたけのうれはにふれるしらゆき  0586:0537  社頭雪 たまがきはあけもみどりもうづもれてゆきおもしろきまつのをの山  0587:0538  雪歌よみけるに なにとなくくるるしづりのおとまでも雪あはれなるふかくさのさと  0588:0539 雪ふればのぢも山ぢもうづもれてをちこちしらぬたびのそらかな  0589:0540 あをねやまこけのむしろの上にしく雪はしとねのここちこそすれ  0590:0541 うの花のここちこそすれ山ざとのかきねのしばをうづむしらゆき  0591:0542 をりならめめぐりのかきのうの花をうれしく雪のさかせつるかな  0592:XXXX:TR  雪歌五首讀みけるに 庭の雪に跡つけじとてかへりなばとはぬ恨をかさぬべきかな  0593:0543 とへな君夕ぐれになるにはの雪をあとなきよりはあはれならまし  0594:XXXX:TR いかなれば雪しく野べのささのしたを分けゆく水のこほらざるらむ  0595:0544  舟中霰 せとわたるたななしをぶねこころせよあられみだるるしまきよこぎる  0596:0545  深山霰 杣人のまきのかりやのあだぶしにおとするものはあられなりけり  0597:0546  さくらの木にあられのたばしりけるを見て ただはおちでえだをつたへるあられかなつぼめる花のちるここちして  0598:0547  月前炭竈 かぎりあらむくもこそあらめすみがまのけぶりに月のすすけぬるかな  0599:0548  千鳥 あはぢ島いそわの千鳥こゑしげしせとのしほかぜさえわたるよは  0600:0549 あはぢ島せとのしほひのゆふぐれにすまよりかよふちどりなくなり  0601:0550 しもさへて汀ふけゆくうらかぜをおもひしりげになくちどりかな  0602:XXXX:TR 夜をさむみ聲こそしげく聞ゆなれ河せの千鳥友具してけり  0603:0551:M さゆれどもこころやすくぞききあかすかはせの千鳥ともぐしてけり  0604:0552 やせわたるみなとのかぜに月ふけてしほひるかたに千鳥なくなり  0605:0553  題不知 千鳥なくゑじまのうらにすむ月をなみにうつして見るこよひかな  0606:0554  氷留山水 いはませくこのはわけこし山水をつゆもらさぬはこほりなりけり  0607:0555  瀧上氷 みなかみに水や氷をむすぶらむくもると見えぬ瀧のしらいと  0608:0556  氷いかだをとづと云亊を こほりわるいかだのさほのたゆければもちやこさましほつの山ごえ  0609:0557  冬十首 はなもかれもみぢもちりぬ山ざとはさびしさをまたとふ人もがな  0610:0558 ひとりすむかた山かげのともなれやあらしにはるる冬のやまざと  0611:0559 つのくにのあしのまろやのさびしさは冬こそわけてとふべかりけれ  0612:0560 さゆる夜はよそのそらにぞをしもなくこほりにけりなこやの池みづ  0613:0561 よもすがらあらしの山に風さえておほ井のよどにこほりをぞしく  0614:0562 さえわたるうらかぜいかにさむからむちどりむれゐるゆふさきの浦  0615:0563 山ざとはしぐれしころのさびしさにあらしのおとはややまさりけり  0616:0564 かぜさえてよすればやがてこほりつつかへるなみなきしがのからさき  0617:0565 よしの山ふもとにふらぬ雪ならばはなかとみてやたづれいらまし  0618:0566 やどごとにさびしからじとはげむべしけぶりこめたりをののやまざと  0619:0567  題不知 山ざくらおもひよそへてながむれば木ごとのはなはゆきまさりけり  0620:0568  仁和寺の御室にて、山家閑居見雪と云亊をよませ給ひけるに ふりうづむ雪をともにて春まてば日をおくるべきみ山べの里  0621:0569  山家冬深 とふ人ははつ雪をこそわけこしかみちとぢてけりみやまべのさと  0622:0570  山居雪 としのうちはとふ人さらにあらじかし雪も山ぢもふかきすみかを  0623:0571  よをのがれてくらまのおくに侍りけるに、かけひこほりて水まうでこざりけり。はるになるまでかく侍るなりと申しけるをききてよめる わりなしやこほるかけひの水ゆゑにおもひすててしはるのまたるる  0624:0572  みちのくににてとしのくれによめる つねよりも心ぼそくぞおもほゆるたびのそらにてとしのくれぬる  0625:0573:M  山家歳暮 あたらしきしばのあみどをたてかへてとしのあくるをまちわたるかな  0626:0574  東山にて人々歳暮に懷を述べけるに としくれてそのいとなみはわすられであらぬさまなるいそぎをぞする  0627:0575:M  としのくれに、高野よりみやこなる人のもとにつかはしける おしなべておなじ月日のすぎゆけばみやこもかくやとしのくれぬる  0628:XXXX:TM 山ざとに家ゐをせずばみましやは紅ふかき秋のこずゑを  0629:0576:M  としのくれに人のもとへつかはしける おのづからいはぬをしたふ人やあるとやすらふほどにとしのくれぬる  0630:0577  つねなきことによせて いつかわれむかしの人といはるべきかさなるとしをおくりむかへて  Subtitle  戀  0631:0578  聞名尋戀 あはざらむことをばしらでははきぎのふせやとききて尋ねきにけり  0632:0579  自聞歸戀 たてそめてかへる心はにしきぎのちづかまつべき心ちこそせぬ  0633:0580  涙顯戀 おぼつかないかにと人のくれはとりあやむるまでにぬるる袖かな  0634:0581  夢會戀 なかなかに夢のうれしきあふことはうつつに物をおもふなりけり  0635:XXXX:TM あふことを夢なりけりと思ひわく心の今朝はうらめしきかな  0636:0582 あふと見ることをかぎれる夢ぢにてさむる別のなからましかば  0637:0583:M 夢とのみおもひなさるるうつつこそあひみしことのかひなかりけれ  0638:0584  後朝 けさよりぞ人の心はつらからであけはなれ行く空をうらむる  0639:0585:M あふことをしのばざりせばみちしばの露よりさきにおきてこましや  0640:0586  後朝郭公 さらぬだにかへりやられぬしののめにそへてかたらふ郭公かな  0641:0587:M  後朝花橘 かさねてはこひえまほしきうつりがを花たちばなにけさたぐへつつ  0642:0588  後朝霧 やすらはむおほかたのよはあけぬともやみとかこへる霧にこもりて  0642:0589  かへるあしたの時雨 ことづけてけさの別をやすらはむしぐれをさへや袖にかくべき  0644:0590  逢不遭戀 つらくともあはずばなにのならひにか身の程しらず人をうらみむ  0654:0591:M さらばたださらでぞ人のやみなましさてのちもさはさもあらじとや  0655:0592:M  恨 もらさじとそでにあまるをつつまましなさけを忍ぶなみだなりせば  0647:0593  再絶戀 から衣たちはなれにしままならばかさねてものはおもはざらまし  0648:0594  寄糸戀 しづのめがすそとるいとにつゆそひておもひにたがふ戀もするかな  0649:0595  寄梅戀 をらばやとなにおもはまし梅のはななつかしからぬにほひなりせば  0650:0596 ゆきずりにひとえだをりしうめがかのふかくも袖にしみにけるかな  0651:0597  寄花戀 つれもなき人にみせばやさくらばなかぜにしたがふ心よわさを  0652:0598 はなをみる心はよそにへだたりて身につきたるは君がおもかげ  0653:0599  寄殘花戀 はがくれにちりとどまれるはなのみぞしのびし人にあふ心ちする  0654:0600  寄歸鴈戀 つれもなくたえにし人をかりがねのかへる心とおもはましかば  0655:0601  寄草花戀 くちてただしをればよしや我袖もはぎのしたえの露によそへて  0656:0602:M  寄鹿戀 つまこひて人めつつまぬしかのねもうらやむ袖のみさをなるかな  0657:0603  寄苅萱戀 ひとかたにみだるともなき我戀や風さだまらぬのべのかるかや  0658:0604:M  寄霧戀 夕ぎりのへだてなくこそおもほゆれかくれて君があはぬなりけり  0659:0605:M  寄紅葉戀 わがなみだしぐれの雨にたぐへばやもみぢの色の袖にまがへる  0660:0606  寄落葉戀 朝ごとにこゑををさむる風の音はよをへてかかる人のこころか  0661:0607  寄氷戀 春をまつすはのわたりもある物をいつをかぎりにすべきつららぞ  0662:0608  寄水鳥戀 わがそでのなみだかかるとぬれであれなうらやましきは池のをしどり  0663:0609  賀茂のかたにささきと申すさとに、冬ふかく侍りけるに、隆信などまできて山家戀と云ふ亊をよみけるに かけひにも君がつららやむすぶらむ心ぼそくもたえぬなるかな  0664:610  商人に付文戀と云亊を おもひかねいちのなかには人おほみゆかりたづねてつくるたまづさ  0665:0611:M  海路戀 なみしのぐことをもなにかわづらはむ君にあふべきみちとおもはば  0666:0612:M  松風増戀 いはしろの松かぜきけば物をおもふ人も心ぞむすぼほれける  0667:0613  九月ふたつありけるとし、閏月をいむ戀と云亊を人々よみけるに ながつきのあまりにつらき心にていむとは人のいふにやあるらむ  0668:0614  みあれのころかもにまゐりたりけるに、精進に憚る戀といふことを人々よみけるに ことづくるみあれのほどをすぐしてもなほやうづきの心なるべき  0669:0615  同社にて祈神戀と云亊を神主どもよみけるに あまくだるかみのしるしのありなしをつれなき人の行へにてみむ  0670:XXXX:TR  戀によりて後の世を思ふといふことを人よみけるに 物おもふ涙を玉にみがきかへてころものそでにかけてつつまむ  0671:XXXX:TR  戀の歌五首よみけるに 契れどもながき心はにざやきみさりとてはさはと思ふばかりぞ  0672:XXXX:TR おもひきやよそになるみのうらみして涙に袖をあらふべしとは  0673:XXXX:TR うきをうしと思はざるべき我身にはなにとて人の戀しかるらむ  0674:XXXX:TR そめ草をさのみはいかがもたるべきげにとおぼゆる袖のうへかな  0675:XXXX:TR 君に染みし心の色のうらまでもしぼりはてねるむらさきのそで  0676:XXXX:TR  こひ三首よみけるに けふぞしるあらぬおもひのうさよりはさて後つらき色まさるとは  0677:XXXX:TR 河にながす涙たたはむみなと川あしわけなして舟をとほさむ  0678:XXXX:TR                      ばしカ きかせおかむせめて心のしかねなばあたりにし■■つきてなづまむ  0679:0616:M  月によする戀 月まつといひなされつるよひのまの心のにろをそでにみえぬる  0680:0617 しらざりき雲井のよそにみし月のかげをたもとにやどすべしとは  0681:0618 あはれとも見る人あらばおもひなむ月のおもてにやどる心は  0682:0619 月みればいでやとよのみおもほえてもたりにくくもなる心かな  0683:0620 ゆみはりの月にはづれて見しかげのやさしかりしはいつか忘れむ  0684:0621:M おもかげのわすらるまじき別かな名殘を人の月にとどめて  0685:0622 秋のよの月やなみだをかこつらむ雲なきかげをもてやつすとて  0686:0623 あまのはらさゆるみそらははれながらなみだぞ月の雲になりける  0687:0624 ものおもふ心のたけぞしられぬるよなよな月をながめあかして  0688:0625 月をみる心のふしをとがにしてたよりえがほにぬるる袖かな  0689:0626 おもひいづることはいつともいひながら月にはたへぬ心なりけり  0690:0627 あしひきのやまのあなたに君すまばいるとも月ををしまざらまし  0691:0628 なげけとて月やは物をおもはするかこちがほなるわがなみだかな  0692:0629 きみにいかで月にあらそふ程ばかりめぐりあひつつかげをならべむ  0693:0630 しろたへのころもかさぬる月かげのさゆるまそでにかかる白露  0694:0631 忍びねのなみだたたふる袖のうらになづまずやどる秋の夜の月  0695:0632 ものおもふそでにも月はやどりけりにごらですめるみづならねども  0696:0633 こひしさをもよほす月のかげなればこぼれかかりてかこつなりけり  0697:0634:M よしさらばなみだのいけにそでふれて心のままに月をやどさむ  0698:0635 うちたえてなげくなみだに我袖のくちなばなにに月をやどさむ  0699:0636 よよふともれすれがたみのおもひ出はたもとに月のやどるばかりぞ  0700:0637 なみだゆゑくまなき月ぞくもりぬるあまのはらはらとのみながれて  0701:0638 あやにくにしるくも月のやどるかなよにまぎれてとおもふたもとに  0702:0639 おもかげに君がすがたをみつるよりにはかに月のくもりぬるかな  0703:0640 よもすがら月をみがほにもてなして心のやみにまよふころかな  0704:0641 あきの月ものおもふ人のためとてやうきおもかげにそへていづらむ  0705:0642 へだてたる人の心のくまにより月をさやかにみぬがかなしき  0706:0643 なみだゆゑつねはくもれる月なればながれぬをりぞはれまなりける  0707:0644 くまもなきをりしも人をおもひいでて心と月をやつしつるかな  0708:0645 物おもふ心のくまをのごひすててくもらぬ月をみるよしもがな  0709:0646 こひしさやおもひよわるとながむればいとど心をくたす月影  0710:0647 ともすれば月すむ空にあくがるる心のはてをしるよしもがな  0711:0648 ながむるになぐさむことはなけれども月をともにてあかすころかな  0712:0649 ものおもひてながむるころの月の色にいかばかりなるあはれそふらむ  0713:0650 あま雲のわりなきひまをもる月のかげばかりだにあひみてしがな  0714:0651 あきの月しのだのもりの千えよりもしげきなげきやくまなかるらむ  0715:0652 おもひしる人ありあけのよなりせばつきせず身をばうらみざらまし  0716;0653  戀 かずならぬ心のとがになしはててしらせでこそは身をもうらみめ  0717:0654 うちむかふそのあらましのおもかげをまことになしてみるよしもがな  0718:0655:M やまがつのあらのをしめてすみそむるかただよりなき戀もするかな  0719:0656 ときは山しひのしたしばかりすてむかくれておもふかひのなきかと  0720:0657:M なげくともしらばやひとのおのづからあはれとおもふこともあるべき  0721:0658 なにとなくさすがにをしき命かなありへは人やおもひしるとて  0722:0659 なにゆゑかけふまでものをおもはまし命にかへてあふよなりせば  0723:0660 あやめつつ人しるとてもいかがせむしのびはつべきたもとならねば  0724:0661:M なみだがはふかくながるるみをならばあさき人めにつつまざらまし  0725:0662 しばしこそ人めつつみにせかれけれはてはなみだやなるたきの川  0726:0663:M ものおもへば袖にながるるなみだがはいかなるみをにあふせなりなむ  0727:0664:M うきにだになどなど人をおもへどもかなはでとしのつもりぬるかな  0728:0665:M なかなかになれぬおもひのままならばうらみばかりや身につもらまし  0729:0666:M なにせんにつれなかりしを恨みけむあはずばかかるおもひせましや  0730:0667 むかはらばわれがなげきのむくいにて誰ゆゑ君が物をおもはむ  0731:0668 身のうさのおもひしらるることわりにおさへられぬはなみだなりけり  0732:0669 日をふればたもとのあめのあしそひてはるべくもなき我が心かな  0733:0670 かきくらすなみだのあめのあししげみさかりにもののなげかしきかな  0734:0671 ものおもへどかからぬ人もある物をあはれなりける身のちぎりかな  0735:0672 なほざりのなさけは人のあるものをたゆるはつねのならひなれども  0736:0673:M なにとこはかずまへられぬ身の程に人をうらむるこころなりけむ  0737:0674:M うきふしをまづおもひしるなみだかなさのみこそはとなぐさむれども  0738:0675 さまざまにおもひみだるる心をば君がもとにぞつかねあつむる  0739:0676:M ものおもへばちぢに心ぞくだけぬるしのだのもりの千枝ならねども  0740:0677 かかる身におほしたてけむたらちねのおやさへつらき戀もするかな  0741:0678 おぼつかななにのむくいのかへりきて心せたむるあたとなるらむ  0742:0679 かきみだる心やすめのことぐさはあ以れあはれとなげくばかりぞ  0743:0680 身をしれば人のとがにはおもはぬにうらみがほにもぬるる袖かな  0744:0681:M なかなかになるるつらさにくらぶればうときうらみはみさをなりけり  0745:0682 人はうしなげきはつゆもなぐさまずさはこはいかにすべき心ぞ  0746:0683 ひにそへてうらみはいとどおほうみのゆたかなりけるわがおもひかな  0747:0684 さることのあるなりけりとおもひ出でて忍ぶ心をしのべとぞ思ふ  0748:0685 いまぞしるおもひいでよとちぎりしはわすれむとてのなさけなりけり  0749:0686 なにはがたなみのみいとどかずそひてうらみのひはや袖のかわかむ  0750:0687 心ざしありてのみやは人をとふなさけはなどとおもふばかりぞ  0751:0688 なかなかにおもひしるてふことのははとはぬにすぎてうらめしきかな  0752:0689 などかわれことのほかなるなげきせでみさをなる身にうまれざりけむ  0753:0690 くみてしる人もあらなむおのづからほりかねの井のそこの心を  0754:0691 けぶりたつふじにおもひのあらそひてよだけきこひをするがへぞ行く  0755:0692 なみだがはさかまくみをのそこふかみみなぎりあへぬわが心かな  0756:0693 いそのまになみあらげなるをりをりはうらみをかづく里のあま人  0757:0694 せとぐちにたけるうしほのおほよどみよどむととひのなき涙かな  0758:0695 あづまぢやあひのなか山ほどせばみ心のおくのみえばこそあらめ  0759:0696 いつとなくおもひにもゆる我身かなあさまのけぶりしめるよもなく  0760:0697 はりまぢやこころのすまにせきすゑていかで我身の戀をとどめむ  0761:0698 あはれてふなさけに戀のなぐさまばとふことのはやうれしからまし  0762:0699 ものおもへばまだゆふぐれのままなるにあけぬとつぐるしばとりのこゑ  0763:0700 夢をなどよごろたのまですぎきけむさらであふべき君ならなくに  0764:0701 さはといひて衣かへしてうちふせどめのあはばやはゆめもみるべき  0765:0702 こひらるるうき名を人にたてじとてしのぶわりなき我袂かな  0766:0703:M なつぐさのしげりのみゆくおもひかなまたるる秋のあはれしられて  0767:0704 くれなゐの色にたもとのしぐれつつそでにあきある心ちこそすれ  0768:0705 あはれとてとふ人ろなどなかるらむものおもふやどの萩のうはかぜ  0769:0706:M わりなしやさこそものおもふ袖ならめあきにあひてもおける露かな  0770:0707:M 秋ふかき野べの草はにくらべばやものおもふころの袖の白露  0771:0708 いかにせむこむよのあまとなるほどもみるめかたくてすぐるうらみを  0772:0709 ものおもふとなみだややがてみつせがは人をしづむるふちとなるらむ  0773:0710 あはれあはれこのよはよしやさもあらばあれこむよもかくや苦しかるべき  0774:0711 たのもしなよひあかつきのかねのおとものおもふつみもつきざらめやは  Subtitle  雜  0775:0712 つくづくとものをおもふにうちそへてをりあはれなるかねの音かな  0776:0713 なさけありしむかしのみなほしのばれてながらへまうき世にも有るかな  0777:0714 のきちかきはなたちばなに袖しめてむかしをしのぶなみだつつまむ  0778:0715 なにごともむかしをきくはなさけ有りてゆゑあるさまにしのばるるかな  0779:0716 わが宿は山のあなたにある物をなににうきよをしらぬこころぞ  0780:0717:M くもりなきかがみのうへにゐるちりをめにたててみるよとおもはばや  0781:0718 ながらへむとおもふ心ぞつゆもなきいとふにだにもたへぬ浮世は  0782:0719:M おもひいづるすぎにしかたをはづかしみあるに物うきこの世なりけり  0783:0720  世につかふべかりける人の、こもりゐたりけるもとへつかはしける よの中にすまぬもよしやあきの月にごれるみづのたたふさかりに  0784:0721  五日菖蒲を人のつかはしたりける返亊に よのうきにひかるる人はあやめぐさ心のねなき心ちこそすれ  0785:0722  寄花橘述懷 よのうさをむかしがたりになしはててはなたちばなにおもひいでばや  0786:0723  世にあらじと思ひたちけるころ東山にて人々寄霞述懷と云亊をよめる そらになる心は春のかすみにてよにあらじともおもひたつかな  0787:0724  同心を 世をいとふ名をだにもさはとどめおきてかずならぬ身のおもひでにせむ  0788:0725  いにしへころ、ひがしやまに、あみだ房とまをしける上人のあんしちにまかりてみけるに、なにとなくあはれにおぼえてよめる しばのいほときくはくやしきななれどもよにこのましきすまひなりけり  0789:0726  よをのがれけるをり、ゆかりありける人のもとへにひおくりける 世のなかをそむきはてぬといひおかむおもひしるべき人はなくとも  0790:XXXX:TR  思をのぶる心五首人々よみけるに さてもあらじいま見よ心思ひとりて我身は身かと我もうかれむ  0791:XXXX:TR いざ心花をたづぬといひなしてよし野のおくへふかくりりなむ  0792:XXXX:TR こけふかき谷の庵にすみしよりいはのかげふみ人もとひこず  0793:XXXX:TR ふかき山は人もとひこゐすまひなるにおびただしきはむらざるの聲  0794:XXXX:TR ふかくいりてすむかひあれと山道を心やすくもうづむこけかな  0795:0727  はるかなる所にこもりて、みやこなる人のもとへ月の比つかはしける 月のみやうはのそらなるかたみにておもひもいでば心かよはむ  0796:0728  世をのがれて伊勢のかたへまかりけるにすずか山にて すずか山うき世をよそにふりすてていかになり行くわが身なるらむ  0797:0729:M  述懷 なにごとにとまる心のありければさらにしもまたよのいとはしき  0798:0730  侍從大納言成通のもとへのちの世の亊おどろかし申したりける返亊 おどろかすきみによりてぞながき世のひさしきゆめはさむべかりける  0799:0731  返亊 おどろかぬ心なりせば世の中を夢ぞとかたるかひなからまし  0800:0732  中院右大臣、出家おもひたつよしの亊かたり給ひけるに、月いとあかくて、よもすがらあはれにてあけにければかへりにけり。そののち、その夜のなごりおほかりしよしにひおくりたまふとて よもすがら月をながめてちぎりおきしそのむつごとにやみははれにき  0801:0733  返し すむといひし心の月のしあらはればこの世もやみのはれざらめやは  0802:0734  ためなりときはにだう供養しける。よをのがれて山寺にすみ侍りけるしたしき人々まうできたるとききて、いひつかはしける いにしへにかはらぬ君がすがたこそけふはときはのかたみなるらめ  0803:0735  返し 色かへでひとりのこれるときはぎはいつをまつとか人はみるらむ  0804:0736  ある人さまかへて仁和寺のおくなるところにすむとききて、まかりてたづねければ、あからさまに京にとききてかへりにけり。そののち人つかはしてかくなむまゐりたりしと申したりける返亊に たちよりてしばのけぶりのあはれさをいかがおもひし冬の山ざと  0805:0737  返亊 山里にこころはふかくいりながらしばのけぶりのたちかへりにし  0806:0738  この歌もそへられたりける をしからぬ身をすてやらでふる程にながきやみにや又まよひなむ  0807:0739  返亊 よをすてぬ心のうちにやみこめてまよはむことは君ひとりかは  0808:0740  したしき人々あまたありければ、おなじ心に誰も御覽ぜよとてつかはしたりける返亊に又 なべてみなはれせぬやみのかなしさをきみしるべせよひかりみゆやと  0809:0741  又かへし おもふともいかにしてかはしるべせむをしふるみちにいらばこそあらめ  0810:0742  のちの世のこと、むげにおもはずしもなしとみえける人のもとへいひつかはしける よのなかに心ありあけの人はみなかくてやみにはまよはぬ物を  0811:0743  返し 世をそむく心ばかりはありあけのつきせぬやみは君にはるけむ  0812:0744  ある所の女房よをのがれて、西山にすむとききてたづねければ、すみあらしたるさまして、人のかげもせざりけり。あたりの人にかくと申しおきたりけるをききて、いひおくれける しほなれしとまやもあれてうき浪による方もなきあまとしらずや  0813:0745  返し とまのやになみたちよらぬけしきにてあまりすみうきほどはみえにき  0814:0746  待賢門院中納言のつぼね世をそむきてをぐら山のふもとにすまれけるころ、まかりたりけるに、ことがらまことにいうにあはれなり。風のけしきさへことにかなしかりければかきつけける。 やまおろすあらしのおとのはげしさをいつならひける君がすみかぞ  0815:0747  あはれなるすみかとひにまかりたりけるに、この歌をよみてかきつけける。   おなじ院の兵衞のつぼね うき世をばあらしのかぜにさそはれて家をいでにしすみかとぞみる  0816:0748  をぐらをすみすてて高野のふもとあまのと申す山にすまれけり。おなじ院の帥のつぼねみやこのほかのすみかとひ申さで、いかでかとてわけおはしたりける。ありがたくなむ。かへるさにこがはへまゐられけるに、御山よりいであひたりけるを、しるべせよとありければ、ぐし申してこがはへまゐりたりけり。かかるついではいまはあるまじき亊なり。ふきあげみむといふこと、ぐせられたりける人々申しいでてふきあげへおはしけり。道よりおほあめ風ふきてけうなくなりにけり。さりとてはふきあげにゆきつきたれども、見所なきやうにて、やしろにこしかきすゑて、おもふにもにざりけり。能因がなはしろ水にせきくだせとよみていひつたへられたるものをとおもひてやしろにかきつける あまくだるなをふきあげの神ならば雲はれのきてひかりあらはせ  0817:0749 なはしろにせきくだされしあまの川とむるもかみのこころなるべし   かきつけたりければやがてにしのかぜにふきかはりてたちまちにくもはれて、うらうらと日なりにけり。すゑのよなれどこころざしいたりぬる亊にはしるしあらたなることを人々申しつつしんおこしてふきあげわかのうらおもふやうにみてかへられにけり  0818:0750  待賢門院の女房堀河のつぼねのもとよりいひ送られける この世にてかたらひおかむほととぎすしでのやまぢのしるべともなれ  0819:0751  返し ほととぎすなくなくこそはかたらはめしでの山路に君しかからば  0820:0752  天王寺へまゐりけるにあめのふりければ、江口と申す所にやどかりけるにかさざりければ よのなかをいとふまでこそかたからめかりのやどりををしむ君かな  0821:0753  返し                  遊女妙 いへをいづる人としきけばかりのやどに心とむなとおもふばかりぞ  0822:0754  ある人よをのがれてきた山でらにこもりゐたりとききて、たづねまかりたりけるに月のあかかりければ よをすててたにそこにすむ人みよとみねのこのまをわくる月影  0823:0755  あるみやばらにつけつかうまつりける女房、よをそむきて、みやこはなれてとほくまからむとおもひたちて、まゐらせけるにかはりて くやしきはよしなき君になれそめていとふみやこのしのばれぬべき  0824:0756  だいしらず さらぬだに世のはかなさをおもふ身にぬえなきわたるあけぼのの空  0825:0757 とりべのを心のうちにわけゆけばいぶきの霧にそでぞそぼつる  0826:0758 いつのよにながきねぶりの夢さめておどろくことのあらむとするらむ  0827:0759 世中を夢とみるみるはかなくも猶おどろかぬわがこころかな  0828:0760:M なき人もあるをおもふもよの中はねぶりのうちの夢とこそみれ  0829:0761 きしかたの見しよのゆめにかはらねばいまもうつつのここちやはする  0830:0762:M こととなくけふくれねめりあすもまたかはらずこそはひますぐるかげ  0831:0763 こえぬればまたもこの世にかへりこぬしでの山こそかなしかりけれ  0832:0764:M はかなしやあだにいのちのつゆきえて野べに我身やおくりおかれむ  0833:0765 つゆの玉はきゆればまたもおくものをたのみもなきは我身なりけり  0834:0766:M あればとてたのまれぬかなあすはまた昨日とけふをいはるべければ  0835:0767:M 秋の色はかれ野ながらもあるものをよのはかなさやあさぢふのつゆ  0836:0768:M とし月をいかでわが身におくりけむきのふの人もけふはなき世に  0837:XXXX:TR  大原に侍りけるすみやきのまうで來けるが、うせにければ、子にてはべりけるものの、かはりてまうで來けり。それもなくなりて、まごにてはべりけるものの、かはらずまうで來けるを つづきつつあるもなくなるあとの人のまたくる人につづくなりけり  0838:XXXX:TR  熊野へまかりけるに、宿とりける所のあるじ、夜もすがら火をたきてあたりけり。あたりさえてさむきに柴をたかせよかしとおもひけれども、人には露もたかせずして、たきあかしけり。下向しけるに、猶そのくろめに宿とらむと申しけるに、あるじはやうなくなり侍りにき。ないり給ひそと申しければ柴たき侍りし亊おもひいでられて、いとあはれにて 宿のぬしや野べのけぶりに成りにける柴たく亊をこのみこのみて  0839:XXXX:TR のべの露草のはごとにすがれるは世にある人のいのちなりけり  0840:0769  范蠡長男の心を すてやらでいのちをこふる人はみなちぢのこがねをもてかへるなり  0841:0770  曉無常を つきはてしそのいりあひのほどなさをこのあかつきにおもひしりぬる  0842:0771  寄霞無常を なき人をかすめる空にまがふるは道をへだつるこころなるべし  0843:0772  花のちりたりけるにならびてさきはじめる櫻をみて ちると見ればまたさくはなのにほひにもおくれさきだつためしありけり  0844:0773  月前述惜 月をみていづれのとしの秋までかこの世にわれがちぎりあるらむ  0845:0774  七月十五日夜月あかかりけるにふなをかにまかりて いかでわれこよひの月を身にそへてしでの山路の人をてらさむ  0846:0775  物ごころぼそくあはれなりけるをりしも、きりぎりすのこゑの枕にちかくきこえければ そのおりのよもぎがもとの枕にもかくこそむしのねにはむつれめ  0847:0776:MR とりべ山にてとかくのわざしけるけぶりなかより、よふけていでける月のあはれに見えければ とりべのやわしのたかねのすゑならむけぶりを分けていづる月かげ  0848:0777  諸行無情の心を はかなくてすぎにしかたをおもふにもいまもさこそはあさがほの露  0849:0778  同行に侍りける上人、例ならぬ亊大亊に侍りけるに、月のあかくてあはれなりければよみける もろともにながめながめてあきの月ひとりにならむことぞかなしき  0850:0779  待賢門院かくれさせおはしましける御あとに、人々またの年しの御はてまで候はれけるに、みなみおもての花ちりけるころ堀川の局のもとへ申しおくりける たづぬともかぜのつてにもきかじかし花とちりにし君が行へを  0851:0780  返し ふくかぜの行へしらするものならばはなとちるにもおくれざらまし  0852:0781  近衞院の御はかに人々ぐしてまゐりたりけるに、つゆのふかかりければ みがかれし玉のすみかを露ふかき野べにうつして見るぞかなしき  0853:0782  一院かくれさせおはしまして、やがての御所へわたりまゐらせける夜、高野よりいであひてまゐりあひたりける、いとかなしかりけり。こののちおはしますべき所御覽じはじめけるそのかみの御もとに、右大臣さねよし、大納言と申しける候はれけり。しのばせおはしますことにて、又人さぶらはざりけり。その御ともにさぶらひけることのおもひいでられて、をりしもこよひにまゐりあひたる、むかしいまの亊おもひつづけられてよみける こよひこそおもひしらるれあさからぬ若にちぎりのあるみなりけり  0854:0783  をさめまゐらせける所へわたしまゐらせけるに みちかはるみゆきかなしきこよひかなかぎりのたびと見るにつけても  0855:0784  をさめまゐらせてのち、御ともにさぶらはれける人々、たとへむかたなくかなしながら、かぎりある亊なれば歸られにけり。はじめたる亊ありて、あくるまでさぶらひてよめる とはばやとおもひよらでぞなげかましむかしながらの我身なりせば  0856:0785  右大將公能父の服のうちに、母なくなりぬとききて、高野よりとぶらひ申しける かさねきるふぢのころもをたよりにて心の色をそめよとぞ思ふ  0857:0786  返し ふぢ衣かさぬる色はふかけれどあさき心のしまぬはかなさ  0858:0787  おなじなげきし侍りける人のもとへ 君がためあきはよにうきをりなれどこぞもことしも物思ひにて  0859:0788  返し はれやらぬこぞのしぐれのうへにまたかきくらさるる山めぐりかな  0860:0789  ははなくなりて山ざとにこもりゐたりける人を、程へておもひいでて人のとひたりければかはりて おもひいづるなさけを人のおなじくはそのをりとへなうれしからまし  0861:0790  ゆかりありける人はかなくなりにけり。とかくのわざにとりべ山へまかりてかへりけるに かぎりなくかなしかりけりとりべ山なきをおくりてかへる心は  0862:0790:TR  父のはかなくなりける、そとばをみてかへりける人に なきあとをそとばかりみてかへるらむ人の心を思ひこそやれ  0863:0791:R  おやかくれ、たのみたりけるむこなどうせてなげきしける人の、又ほどなくむすめにさへおくれにけりとききてとぶらひけるに このたびはさきざきみけむ夢よりもさめずやものはかなしかるらむ  0864:0792  五十日のはてつかたに、二條院の御はかに御佛供養しける人にぐしてまゐりたりけるに、月あかくしてあはれなりければ こよひ君しでの山ぢの月をみてくものうへをやおもひいづらむ  0865:0793  御あとにみかはの内侍侍りけるに、九月十三夜、人にかはりて かくれにし君がみかげの戀しさに月にむかひてねをやなくらむ  0866:0794  返し               内侍 わがきみのひかりかくれし夕べよりやみにぞまよふ月はすめども  0867:0795  寄紅葉懷舊と云亊を寶全剛院にてよみける いにしへをこふるなみだの色ににてたもとにちるはもみぢなりけり  0868:0796  故里述懷と云亊を、ときはの家にてためなりよみけるにまかりあひて しげきのをいくひとむらに分けなしてさらにむかしをしのびかへさむ  0869:0797  十月なかのころ、寶金剛院もみじみけるに、上西門院おはしますよしききて待賢門院の御時思ひいでられて、兵衞殿の局にさしおかせける もみぢみてきみかたもとやしぐるらむむかしのあきの色をしたひて  0870:0798  かへし 色ふかきこずゑをみてもしぐれつつふりにしことをかけぬ日ぞなき  0871:0799  周防内侍、われさへのきのとかきつけけるふるさとにて人々思ひのべける いにしへはついゐしやどもあるものをなにをかけふのしるしにはせむ  0872:0800  みちのくににまかりたりけるに、野の中につねよりもとおぼしきつかのみえけるを、人にとひければ、中將のみはかと申すはこれがことなりと申しければ、中將とは誰がことぞと又とひければ、さねかたの御亊なりと申しける。いとかなしかりけり。さらぬだにものあはれにおぼえけるに、しもかれがれのすすき、ほのぼの見えわたりてのちにかたらむも、ことばなきやうにおぼえて くちもせぬその名ばかりをとどめ置きてかれ野のすすき形見にぞみる  0873:0801  ゆかりなくなりて、すみうかれにける古里へかへりゐける人のもとへ すみすてしそのふるさとをあらためてむかしにかへる心ちもやする  0874:0802  おやにおくれてなげきける人を、五十日すぐるまでとはざりければ、とふべき人のとはぬ亊をあやしみて、人にたづぬとききてかくおもひていままで申さざりつるよし申して、つかはしける人にかはりて なべてみな君がなげきをとふかずにおもひなされぬことのはもがな  かくおもひて程へ侍りにけりと申して返亊かくなむ  0875:0803  ゆかりにつけてものおもひける人のもとより、などかとはざらむとうらみつかはしたりける返亊に あはれとも心におもふほどばかりいはれぬべくはとひこそはせめ  0876:0804  はかなくなりてとしへにける人の文を、もののなかよりみいだして、むすめに侍りける人のもとへ見せにつかはすとて なみだをやしのばむ人はながすべきあはれにみゆるみづぐきのあと  0877:0805  同行に待りける上人、をはりよく思ふさまなりとききて申しおくりける          寂然 みだれずとをはりきくこそうれしけれさてもわかれはなぐさまねども  0878:0806  かへし この世にてまたあふまじきかなしさにすすめし人ぞ心みだれし  0879:0807  とかくのわざはてて、あとのことどもひろひて、かうやへまゐりてかへりたりけるに     寂然 いるさにはひろふかたみものこりけりかへる山路の友はなみだか  0880:0808  返し いかにともおもひわかずぞすぎにける夢に山路を行く心ちして  0881:0809  侍從大納言入道はかなくなりて、宵あかつきにつとめする僧おのおのかへりける日、申しおくりける ゆきちらむけふのわかれをおもふにもさらになげきやそふ心ちする  0882:0810  返し ふししづむ身には心のあらばこそさらになげきもそふ心ちせめ  0883:0811  この歌もかへしのほかにぐせられたりける たぐひなきむかしの人のかたみには君をのみこそたのみましけれ  0884:0812  返し いにしへのかたみになるときくからにいとどつゆけきすみ染の袖  0885:0813  おなじ日のりつながもとへつかはしける なきあともけふまではなほのこりけるをあすや別をそへて忍ばむ  0886:0814  かへし おもへただけふのわかれのかなしさにすがたをかへて忍ぶ心を  やがてその日、さまかへてのち、この返亊かく申したりけり。いとあはれなり  0887:0815  おなじさまに世のがれて大原にすみ侍りけるいもうとの、はかなくなりにける、あはれとぶらひけるに いかばかりきみおもはましみちにいらでたのもしからぬ別なりせば  0888:0816  返し          寂然 たのもしきみちにはいりてゆきしかどわか身をつめばいかがとぞおもふ  0889:0817  院の二位のつぼねみまかりけるあとに十首歌人々よみけるに ながれ行くみづにたまなすうたかたのあはれあたなるこの世なりけり  0890:0818 きえぬめるもとのしづくをおもふにも誰かはすゑの露の身ならぬ  0891:0819 おくりきてかへりしのべのあさ露を袖にうつすは涙なりけり  0892:0820 ふなおかのすそののつかのかずそへてむかしの人に君をなしつる  0893:0821 あらぬ世の別はげにぞうかりけるあさぢがはらをみるにつけても  0894:0822 のちのよをとへとちぎりしことのはやわすらるまじきかたみなるべき  0895:0823 おくれゐてなみだにしづむ古里をたまのかげにもあはれとやみむ  0896:0824 あとをとふみちにやきみはいりぬらむくるしきしでの山へかからで  0897:0825:M 名殘さへほどなくすぎしかなし世になぬかのかずをかさねずもがな  0898:0826:M あとしのぶ人にさへまたわかるべきその日をかねて知るなみだかな  0899:0827  あとのことどもはてて、ちりぢりになりけるに、成範脩憲なみだながして、けふにさへ又と申しけるほどに、みなみおもてのさくらにうぐひすのなきけるをききてよみける さくら花ちりぢりになるこのもとになごりをおしむうぐひすのこゑ  0900:0828  返し          少將ながのり ちるはなはまたこむ春もさきぬべしわかれはいつかぬぐりあふべき  0901:0829  おなじ日、暮れけるままに雨のかきくらしふりければ あはれしる空も心のありければなみだに雨をそふるなりけり  0902:0830  返し          院少納言の局 あはれしるそらにはあらじわび人のなみだぞけふは雨とふるらむ  0903:0831  行きちりて又のあしたつかはしける けさいかにおもひの色のまさるらむ昨日にさへもまたわかれつつ  0904:0832  返し         少將ながのり 君にさへたち別れつつけふよりぞなぐさむかたはげになかりける  0905:0833  あにの入道はかなくなりにけるをとはざりければいひつかはしける         寂然 とへかしな別の袖につゆしげきよもぎがもとの心ぼそさを  0906:0834 まちわびぬおくれさきだつあはれをも君ならでさは誰かとふべき  0907:0835 わかれにし人をふたたびあとを見ばうらみやせましとはぬ心を  0908:0836 いかがせむあとのあはれはとはずとも別れし人のゆくへたづねよ  0909:0837 中々にとはぬはふかきかたもあらむ心あさくもうらみつるかな  0910:0838  返し 分けいりてよもきがつゆをこぼさじとおもふも人をとふにあらずや  0911:0839 よそにおもふわかれならねばたれをかは身より外にはとふべかりける  0912:0840 へだてなきのりのことばにたよりえてはちすの露にあはれかくらむ  0913:0841 なき人を忍ぶおもひのなぐさまばあとをもちたびとひこそはせめ  0914:0842 みのりをばことばなけれどとくときけばふかきあはれはとはでこそ思へ  0915:0843  これはぐしてつかはしける つゆふかきのべになり行くふるさとはおもひやるにも袖しをれけり  0916:0844  無常の歌あまたよみける中に いづくにかねぶりねぶりてたふれふさむとおもふかなしきみちしばのつゆ  0917:0845 おどろかむとおもふ心のあらばやはながきねぶりの夢も覺むべき  0918:0846 かぜあらきいそにかかれるあま人はつながぬふねの心ちこそすれ  0919:0847 おほなみにひかれいでたる心ちしてたすけぶねなきおきにゆらるる  0920:0848 なきあとをたれとしらねどとりべ山おのおのすごきつかの夕暮  0921:0849 なみたかきよをこぎこぎて人はみなふなをか山をとまりにぞする  0922:0850 死にてふさむこけのむしろを思ふよりかねてしらるるいはかげの露  0923:0851 つゆときえばれんだいのにをおくりおけねがふ心をなにあらはさむ  0924:0852:M  なちにこもりて、たきに入堂し侍りけるにこのうへに一二のたきおはします。それへまぬるなりと申す常住の僧侍りけるにぐしてまゐりけり。はなや咲きぬらむとたづねまほしかりけるをりふしにて、たよりあるここちして、わけまゐりたり。二のたきのもとへまゐりつきたり。如意輪のたきとなむ申すとききてをがみければ、まことにすこしうちかたぶきたるやうにながれくだりてたふとくおぼえけり。花山院の御庵室のあとの待りけるまへに、としふりたりける櫻の木の侍りけるをみて、すみかとすればとよませ給ひけむことおもひいでられて このもとにすみけるあとをみつるかななちのたかねの花を尋ねて  0925:0853  同行に侍りける上人、月のころ天王寺にこもりたろとききていひつかはしける いとどいかににしにかたぶく月かげをつねよりもけに君したふらむ  0926:0854  堀川の局仁和寺にすみけるにまゐるべきよし申したりけれども、まぎるる亊ありて程へにけり。月の比まへをすぎけるをききていひおくられける にしへ行くしるべとたのむ月かげのそらだのめこそかひなかりけれ  0927:0855  かへし さしいらでくもぢをよぎし月かげはまたぬ心ぞそらにみえける  0928:0856  寂超入道談義すとききてつかはしける ひろむらむのりにはあはぬ身なりともなをきくかずにいらざらめやは  0929:0857  返し つたへきくながれなりとものりの水くむ人からやふかくなるらむ  0930:0858  宮内大輔定のぶの入道、觀音寺にだうつくるに結縁すべきより申しつかはすとて     觀音寺入道生光 てらつくるこのわがたににつちうめぷ君ばかりこそ山もくづさめ  0931:0859  かへし やまくづすそのちからねはかたくとも心だくみをそへこそはせめ  0932:0860  あざり勝命千人あつめて法花經結縁させけるに、又の日つかはしける つらなりしむかしにつゆもかはらじとおもひしられし法のにはかな  0933:0861  人にかはりてこれもつかはしける いにしへにもれけむことのかなしさはきのふのにはに心ゆきにき  0934:0862:M  六波羅太政入道持經者千人あつめて津國わだと申す所にて供養侍りけり。やがてそのついでに萬燈會しけり。よふくるままに燈火のきえけるを、おのおのともしつぎけるを見て きえぬべきのりのひかりのともしびをかかぐるわたのとまりなりけり  0935:0863:M  天王寺へまゐりてかめ井の水をみてよみける あさからぬちぎりの程ぞくまれぬるかめ井の水にかげうつしつつ  0936:0864  心ざす亊ありて、扇を佛にまゐらせけるに、新院より給はりけるに、女房うけ給はりてつつみにかきつけられる ありがたきのりにあふぎのかぜならば心のちりをはらへとぞ思ふ  0937:0865  御返亊たてまつりける ちりばかりうたがふ心なからなむのりをあふぎてたのむとならば  0938:0866  心性さだまらずと云ふ亊を題にて、人々よみけるに ひばりたつあらのにおふるひめゆりのなににつくともなき心かな  0939:0867  懴悔業障と云亊を まどひつつすぎけるかたのくやしさになくなく身をぞけふはうらむる  0940:0868  遇教待龍花と云ふ亊を あさひまつほどはやみにやまよはまし有明の月のかげなかりせば  0941:0869  寄藤花述懷 にしをまつ心にふぢをかけてこそそのむらさきの雲をおもはめ  0942:0870  見月思西と云亊を 山端にかくるる月をながむればわれも心のにしにいるかな  0943:0871  曉念佛と云亊を 夢さむるかねのひびきにうちそへてとたびのみなをとなへつるかな  0944:0872  無量壽經易住無人の文の心を 西へ行く月をやよそにおもふらむ心にいらぬ人のためには  0945:0873  人命不停速於山水の文の心を 山川のみなぎる水の音きけばせむるいのちぞおもひしらるる  0946:0874  菩提心論に乃至身命而不恍惜文を あだならぬやがてさとりにかへりけり人のためにもすつる命は  0947:0875  疏文に心自悟心自證心 まどひきてさとりうべくもなかりつる心をしるは心なりけり  0948:0876  觀心 やみはれて心のそらにすむ月はにしの山べやちかくなるらむ  0949:XXXX:TR  天地 そのかどにいでての後ぞしられけるねをはなれたる草木やはある  0950:XXXX:TR  水 谷川のにごれるそこをすましつつおしてる波にながしいでつる  0951:XXXX:TR  火 ひかりそへむくるしみもゆるつみの火におもひけつべきゆゑなかりけり  0952:XXXX:TR  風 ふるき木のねをも何かは思ふべきそこにとほれる風にまかせて  0953:XXXX:TR  空 ちりもなき心のそらにとめつればむなしきかげもむなしからぬを  0954:XXXX:TR  識 おなじさとにおのおの宿をしめおきてわがかきねとはおもふなりけり  0955:XXXX:TR  四種曼多羅  大 さまざまにそめつつきけるきぬの色をやがてさとりにかへりつるかな  0956:XXXX:TR  三 かげかたちよろずのことはいろひ草さてひやうとうといふにぞありける  0957:XXXX:TR  法 書もおかずよみもたらねばいかにしてこのもとにだに心めぐらむ  0958:XXXX:TR  かつま たらちねのおふしたてたるすがたにてさとりはやがてありける物を  0959:0877:M  序品 ちりまがふはなのにほひをさきだててひかりを法のむしろにぞしく  0960:0878 はなのかをつらなるそでにふきしめてさとれと風のちらすなりけり  0961:0879  方便品深着五欲の文 こりもせずうき世のやみにまがふかな身をおもはぬは心なりけり  0962:0880:M  譬喩品 のりしらぬをぞ人けふはうしと見るみつのくるまに心かけねば  0963:0881  はかなくなりにける人のあとに五十日のうちに一品經供養しけるに、化城喩品 やすむべきやどをおもへばなかぞらのたびもなにかはくるしかるべき  0964:0882  五百弟子品 おのづからきよき心にみがかれてたまとぎかくるのりをしりぬる  0965:0883:M  提婆品 いさぎよきたまを心にみがき出でていはけなき身にさとりをぞえし  0966:0884 これやさはとしつもるまでこりつめし法にあふごのたきぎなりける  0967:0885 いかにしてきくことのかくやすからむあだにおもひてえける法かは  0968:0886  觀持品 あまぐものはるるみそらの月影にうらみなぐさむをばすての山  0969:0887:R いかにしてうらみしそでにやどりけむいでがたくみし有明の月  0970:0888  壽量品 わしの山月をいりぬとみる人はくらきにまよふ心なりけり  0971:0889 さとりえし心の月のあらはれてわしのたかねにすむにぞ有りける  0972:0890  なき人のあとに一品經くやうしけるに壽量品を人にかはりて 雲はるるわしのみやまの月影を心すみてや君ながむらむ  0973:0891  一心欲見佛の文を人々よみけるに わしの山誰かは月をみざるべき心にかかる雲しはれなば  0974:0892  神力品於我滅度後の文を 行すゑのためにとかかぬのりならばなにか我身にたのみあらまし  0975:0893  普賢品 ちりしきしはなのにほひの名殘おほみたたまうかりし法のにはかな  0976:0894  心經 なにごともむなしきのりの心にてつみある身とはつゆもおもはじ  0977:0895  無上菩提の心をよみける わしの山うへくらからぬみねならばあたりをはらふ有明の月  0978:0896  和光同塵結縁如と云亊を いかなればちりにまじりてますかがみつかふる人はきよまはるらむ  0979:0897  六歌道よみけるに地獄 つみ人のしぬるよもなくもゆるひのたきぎにならむことぞかなしき  0980:0898  餓鬼 あさ夕のこをやしなひにすときけばくにすぐれてもかなしかるらむ  0981:0899  畜生 かぐらうたにくさとりかふはいたけれど猶そのこまになることはうし  0982:0900  修羅 よしなしなあらそふことをたてにしていかりをのみもむすぶ心は  0983:0901  人 ありがたき人になりけるかひありてさとりもとむる心あらなむ  0984:0902  天 くものうへのたのしみとてもかひぞなきさてしもやがてすみしはてねば  0985:0903  心におもひける亊を にごりたる心の水のすくなきになにかは月の影やどるべき  0986:0904 いかでわれきよくくもらぬ身になりて心の月のかげをみがかむ  0987:0905 のがれなくつひにゆくべきみちをさはしらではいかがすぐべかりける  0988:0906 おろかなるこころにのみやまかすべきしとなることもあるなる物を  0989:0907 のにたてるえだなき木にもおとりけりのちの世しらぬ人の心は  0990:0908:M  五首述懷 身のうさをおもひしらでややみなましそむくならひのなき世なりせば  0991:0909:M いづくにか身をかくさましいとひてもうき世にふかき山なかりせば  0992:0910:M 身のうさのかくれがにせむ山ざとは心ありてぞすむべかりける  0993:0911:M あはれしるなみだの露ぞこぼれけるくさのいほりをむすぶちぎりは  0994:0912:M うかれいづる心は身にもかなはねばいかなりとてもいかにかはせむ  0995:0913  高野より京なる人につかはしける すむことは所がらぞといひながらたかのはもののあはれなるかな  0996:0914  仁和寺御室にて、道心逐年深と云亊をよませさせ給ひけるに あさくいでし心のみづやたたふらむすみゆくままにふかくなるかな  0997:0915  閑中曉 あらしのみときどきまどにおとづれてあけぬる空の名殘をぞ思ふ  0998:0916:M  ことのほかにあれさむかりけるころ、宮の法印高野へこもらせ給ひて、この程のさむさはいかがとて、こそで給はせたりける又のあした申しける こよひこそあはれみあつき心ちしてあらしのおとをよそにききつれ  0999:0917  みたけより笙のいはやへまゐりけるに、もらぬいはやもとありけむをりおもひいでられて 露もらぬいはやもそではぬれけりときかずばいかにあやしからまし  1000:0918  をざさのとまりと申す所にて、つゆのしげかりければ 分けきつるをざさのつゆにそぼちつつほしぞれづらふすみぞめの袖  1001:0919  あざり兼賢、よをのがれて高野へすみ侍りける、あからさまに仁和寺へいでてかへりもまゐらぬことにて、僧都になりぬとききていひつかはしける けさの色やわかむらさきにそめてけるこけのたもとをおもひかへして  1002:0920  秋ころ、風わづらひける人をとぶらひたりける返亊に きえぬべき露の命もきみがとふことのはにこそおきゐられけれ  1003:0921  かへし ふきすぐる風しやみなばたのもしみあきののもせの露の白玉  1004:0922:M  院の小侍從、例ならぬ亊大亊にふししづみてとし月へにけりときこえてとぶらひにまかりたりけるに、この程すこしよろしきよし申して、人にもきかせぬ和琴のてひきならしけるをききて ことのねになみだをそへてながすかなたえなましかばと思ふあはれに  1005:0923:M  返し たのむべきこともなき身をけふまでもなににかかれる玉のをならむ  1006:0924:M  かぜわづらひて山でらにかへりけるに、人々とぶらひてよろしくなりなばまたとくと申し侍りけるに、おのおのの心ざしをおもひて さだめなし風わづらはぬをりだにもまたこむことをたのむべきよに  1007:0925:M あだにちるこのはにつけておもふかなかぜさそふめる露の命を  1008:0926:M われなくばこのさと人やあきふかきつゆをたもとにかけて忍ばむ  1009:0927:M さまざまにあはれおほかるわかれかな心を君がやどにとどめて  1010:0928:M かへれども人のなさけにしたはれて心は身にもそはずなりぬる  かへしどもありけり。ききおよばねばかかず  1011:0929  新院歌あつめさせおはしますとききて、ときはに、ためただが歌の侍りけるをかきあつめてまゐらせけるを、おほはらよりみせにつかはすとて       寂超 もろともにちることのはをかくほどにやがてもそでのそぼちぬるかな  1012:0930  かへし としふれどくちぬときはのことの葉をさぞしのぶらむおほはらのさと  1013:0931  寂超ためただが歌に我歌かきぐし、又弟が寂然が歌などとりぐして、新院へまゐらせけるを、人にとりつたへてまゐらせさせけりとききて、あにに侍りける想空がもとより いへのかぜつたふばかりはなけれどもなどか散らさぬなげのことのは  1014:0932  返し いへのかぜむねとふくべきこのもとはいまちりなむとおもふことのは  1015:0933  新院百首歌めしけるにたてまつるとて、右大將きんよしのもとよりみせにつかはしたりける、返し申すとて いへのかぜふきつたへけるかひありてちることのはのめづらしきかな  1016:0934  返し いへのかぜふきつたふともわかのうらにかひあることのはにてこそしれ  1017:0935  題しらず こがらしにこの葉のおつるやまざとはなみだこそさへもろくなりけれ  1018:0936 みねわたるあらしはしげき山ざとにそへてきこゆる瀧川の水  1019:0937 とふ人もおもひたえたる山ざとのさびしさなくばすみうからまし  1020:0938 あかつきのあらしにたぐふかねのおとを心のそこにこたへてぞきく  1021:0939 またれつるいりあひのかねのおとすなりあすもやあらばきかむとすらむ  1022:0940 松かぜの音あはれなる山ざとにさびしさそふるひぐらしのこゑ  1023:0941 たにのまにひとりぞまつも立てりけるわれのみともはなきかとおもへば  1024:0942 いり日さすやまのあなたはしらねども心をかねておくりおきつる  1025:0943 なにとなくくむたびにすむ心かないはゐの水にかげうつしつつ  1026:0944 みづのおとはさびしきいほのともなれやみねのあらしのたえまたえまに  1027:0945:M うづらふすかりたのひづちおひいでてほのかにてらすみか月のかげ  1028:0946 あらしこすみねのこのまを分けきつつ谷のしみづにやどる月影  1029:0947 にごるべきいは井の水にあらねどもくまばやどれる月やさわがむ  1030:0948 ひとりすむいほりに月のさしこずはなにか山べの友にならまし  1031:0949 尋ねきてこととふ人のなきやどにこのまの月の影ぞさしくる  1032:0950 しばのいほはすみうきこともあらましを友なふ月の影なかりせば  1033:0951 かげきえてはやまの月はもりもこず谷はこずゑの雪とみえつつ  1034:0952 雲にただこよひの月をまかせてむいとふとてしもはれぬ物ゆゑ  1035:0953 月を見るほかもさこそはいとふらめくもただここの空にただよへ  1036:0954 はれまなく雲こそ空にみちにけれ月みることはおもひたえなむ  1037:0955 ぬるれども雨もる山のうれしきはいりこむ月をおもふなりけり  1038:0956 分けいりて誰かは人をたづぬべきいはかげ草のしげる山路を  1039:0957 山ざとは谷のかけひのたえだえにみづこひどりのこゑきこゆなり  1040:0958 つがはねばうつればかげをともとしてをしすみけりな山川の水  1041:0959 つらなりてかぜにみだれてなくかりのしどろにこゑのきこゆなるかな  1042:0960 はれがたき山路の雲にうづもれてこけのたもとはきりくちにけり  1043:0961 つづらはふはやまはしたもしげければすむ人いかにこぐらかるらむ  1044:0962 くまのすむこけのいはやまおそろしみうべなりけりな人もかよはぬ  1045:0963 おとはせでいはにたばしるあられこそよもぎのまどの友となりけれ  1046:0964 あはれにぞものめかしくはきこえけるかれたるならはのしばのおちばは  1047:0965 しばかこふいほりのうちはたびだちてすとほるかぜもとまらざりけり  1047:0965 しばかこふいほりのうちはたびだちてすとほるかぜもとまらざりけり  1048:0966 谷風はとをふきあげているものをなにとあらしのまどたたくらむ  1049:0967 春あさきすずのまがきにかぜさえてまだ雪きえぬしがらきのさと  1050:0968 みをよどむあまのかはぎしなみたたで月をばみるやさへさみのかみ  1051:0969 ひかりをばくもらぬ月ぞみがきけるいなばにかかるあさひこのたま  1052:0970 いはれののはぎがたえまのひきひまにこのでかしはのはなさきにけり  1053:0971 衣でにうつりしはなの色かれてそでほころぶるはぎが色ずり  1054:0972 をざさはらはずゑの露はたまににていしなき山を行く心ちする  1055:0973:M まさきわるひなのたくみやいでぬらむ村雨廠ぐるかさとりの山  1056:0974 かはあひやまきのすそやまいしたててそま人いかにすずしかるらむ  1057:XXXX:TM 杣くだすまくにが奧の河上にたつきうつべしこけさ浪よる  1058:0975 ゆきとくるしみみにしだくからさきのみちゆきにくきあしがらの山  1059:0976 ねわたしにしるしのさほやたてつらむこびきまちつるこしのなかやま  1060:0977 くもとりやしこの山路はさておきてをぐらかはらのさびしからぬか  1061:0978 ふもとゆくふな人いかにさむからむくま山だけをおろす嵐に  1062:0979 をりかくるなみのたつかとみゆるかなさすがにきゐるさぎの村とり  1063:0980 わづらはで月にはよるもかよひけりとなりへつたふあぜのほそみち  1064:0981 あれにけるさはだのあぜにくらら生ひて秋まつべくもなき渡るかな  1065:0982 つたひくるうちひをたえずまかすれば山田は水もおもはざりけり  1066:0983 身にしみしをきのおとにはかはれどもしぶく風こそけには物うき  1067:0984 こぜりつむさはのこほりのひまたえて春めきそむるさくらゐのさと  1068:0985 くる春はみねにかすみをさきだてて谷のかけひをつたふなりけり  1069:0986 はるになるさくらのえだはなにとなくはななけれどもむつまじきかな  1070:0987 空わたる雲なりけりなよしの山はなもてわたる風とみたれば  1071:0988 さらに又かすみに暮るる山路かな春をたづぬるはなのあけぼの  1072:0989 雲もかかれはなとをはるはみてすぎむいづれの山もあだにおもはで  1073:0990 雲かかるやまみばわれもおもひいでに花ゆゑなれしむつび忘れず  1074:0991 山ふかみかすみこめたるしばの庵にこととふ物はうぐひすのこゑ  1075:0992 うぐひすはゐなかの谷のすなれどもだみたるねをばなかぬなりけり  1076:0993 うぐひすのこゑにさとりをうべきかはきくうれしきもはかなかりけり  1077:0994:M すぎて行くはかぜなつかしうぐひすになづさひけりな梅の立枝に  1078:0995:M 山もなきうみのおもてにたなびきてなみのはなにもまがふしら雲  1079:0996 おなじくは月のおりさけ山ざくらはなみるよはのたえまあらせじ  1080:0997 ふるはたのそばのたつきにゐるはとの友よぶこゑのすごき夕暮  1081:0998 なみにつきていそわにいますあら神はしほふむきねをまつにや有るらむ  1082:0999 しほかぜにいせのはまをぎふせばまづほずゑをなみのあらたむるかな  1083:1000 あらいそのなみにそなれてはふまつはみさごのゐるぞたよりなりける  1084:1001 うらちかみかれたる松のこずゑにはなみのおとをや風はかくらむ  1085:1002 あはぢしませとのなごろはたかくともこのしほにだにおしわたらばや  1086:1003 しほぢ行くかとみのともろ心せよまだうづはやきせとわたるなり  1087:1004 いそにをるなみのけはしくみゆるかなおきになごろやたかく行くらむ  1088:1005 おぼつかないぶきおろしのかざさきにあさづまぶねはあひやしぬらむ  1089:XXXX:TR ふなぞこにみづりしぬべし心せよのみのさせるをたのまざらなむ  1090:1006 くれふねよあさづまわたりけさなせそいぶきのたけに雪しまくめり  1091:1007 あふみぢやのぢのたび人いそがなむやすがはらとてとほからぬかは  1092:XXXX:TM 錦をばいくのへこゆるからびつにをさめて秋は行くにかあるらむ  1093:1008 さと人のおほぬさこぬさたてなめてむまかたむすぶのべになりけり  1094:1009 いたけもるあまみがときになりにけりえぞがちしまを烟こめたり  1095:1010 もののふのならすすさみはおびただしあけそのしさりかものいれくび  1096:1011 むつのくのおくゆかしくぞおもほゆるつぼのいしぶみそとのはまかぜ  1097:1012 あさかへるかりゐうなこのむらとりははらのをか山こえやしぬらむ  1098:1013 すがるふす木ぐれがしたのくずまきを吹きうらがへす秋の初かぜ  1099:1014 もろごゑにもりかきみかぞきこゆなるいひあはせてやつまをこふらむ  1100:1015 すみれさくよこののつばなさきぬればおもひおもひに人かよふなり  1101:1016 くれなゐの色なりながらたでのほのからしや人のめにもたてぬは  1102:1017 よもぎふはさまことなりや庭のおもにからすあふぎのなぞしげるらむ  1103:1018 かりのこすみづのまこもにかくろへてかけもちがほになくかはづかな  1104:1019 やなぎはらかはかぜふかぬかげならばあつくやせみのこゑにならまし  1105:1020 ひさぎおひてすずめとなれるかげなれやなみうつきしに風わたりつつ  1106:1021 月のためみさびすゑじとおもひしにみどりにもしく池のうき草  1107:1022 おもふことみあれのしめにひくすずのかなはずばよもあらじとぞ思ふ  1108:1023 みくまののはまゆふおふるうらさびて人なみなみにとしぞかさなる  1109:1024:M いそのかみふるきすみかへ分けいれば庭のあさぢに露のこぼるる  1110:XXXX:TR いそのかみあれたる宿をとひに來てたもとに雨ぞさらにふりぬる  1111:1025 とほぢさすひだのおもてにひくしほにしづむ心ぞかなしかりける  1112:1026 ふるさとはみし世にもにずあせにけりいづちむかしの人ゆきにけむ  1113:1027 うつり行く色をばしらずことのはのなさへあだなるつゆくさのはな  1114:1028 かぜふけばあだにやれ行くばせをばのあればと身をもたのむべきかは  1115:1029 古里のよもぎはやどのなになればあれ行く庭にまづしげるらむ  1116:1030 ふるさとはみし世にもにずあせにけりいづちむかしの人ゆきにけむ  1117:1031 しぐるれば山めぐりする心かないつまでとのみうちしをれつつ  1118:1032 はらはらとおつるなみだぞあはれなるたまらずもののかなしかるべし  1119:1033 なにとなくせりときくこそあはれなれつみけむ人の心しられて  1120:1034 やま人よ吉野のおくのしるべせよはなもたずねむまたおもひあり  1121:1035 わび人のなみだににたるさくらかなかぜみににしめばまづこぼれつつ  1122:1036 よしの山やがていでじとおもふ身をはなちりなばと人やまつらむ  1123:1037 人もこず心もちらで山かぜははなを見るにもたよりありけり  1124:1038 かぜの音にものおもふわが色そめて身にしみれたる秋の夕暮  1125:1039 われなれやかぜをわずらふしのたけはおきふしものの心ぼそくて  1126:1040 こむ夜にもかかる月をし見るべくはいのちををしむ人なからまし  1127:1041 この世にてながめなれぬる月なればまよはむやみもてらさざらめや  Subtitle  雜(下)  1128:1042  八月、月のころよふけて、きたしらかはへまかりけり。よしあるやうなる家の侍りけるに、ものおとのしければ、たちどまりてききけり。をりあはれに、秋風樂と申すがくなりけり。庭を見いれければ、あさぢのつゆに月のやどれるけしきあはれなり。そひたるをぎの風身にしむらむとおぼえて、申しいれてとほりける 秋風のことに身にしむこよひかな月さへすめる庭のけしきに  1129:1043:M  いづみのぬしかくれて、あとつたへたりける人のもとにまかりて、いづみにむかひてふるきを思ふと云亊を、人々よみけるに すむ人の心くまるるいづみかなむかしをいかにおもひいづらむ  1130:1044  逢友戀昔と云亊を いまよりはむかしがたりはこころせむあやしきまでに袖しをれけり  1131:1045:M  あきのすゑに寂然高野にまゐりて、くれの秋によせて思ひをのべけるに なれきにし都もうとく成りはててかなしさそふる秋のくれかな  1132:1046:M  あひしりたりける人のみちの國へまかりけるに、別歌よみけるに 君いなば月まつとてもながめやらむあづまのかたの夕ぐれの空  1133:1047  大原に良暹がすみける所に、人々まかりて、述懷歌よみて扉戸に書付ける おほはらやまだすみがまもならはずといひけむ人を今あらせばや  1134:1048:M  大覺寺の瀧殿の石ども、閑院にうつされてあともなくなりたりとききて、見にまかりたりけるに、赤染が、いまだにかかりとよみけむ思出られて、あはれに覺えければ いまだにもかかりといひしたぎつせのそのをりまでは昔なりけむ  1135:1049  深夜水聲と云亊を、高野にて人々よみけるに まぎれつるまどのあらしの聲とめてふくるをつぐる水の音かな  1136:1050:M  竹風驚夢 たまみがく露ぞまくらにちりかかる夢おどろかす竹の嵐に  1137:1051:M  山家夕と云亊を人々よみけるに みねおろすまつのあらしの音に又ひびきをそふる入あひのかね  1138:1052  暮山路 ゆふされやひばらのみねをこえゆけばすごくきこゆるやまばとのこゑ  1139:1053  海邊重旅宿 なみちかき磯の松がねまくらにてうらがなしきはこよひのみかは  1140:1054:M  俊惠天王寺にこもりて、人々ぐして住吉にまゐりて歌よみけるにぐして すみよしの松がねあらふなみのおとをこずゑにかくるおきつしほかぜ  1141:1055:M  寂然、かうやにまゐりて、たちかへりて、大原よりつかはしける へだてこしそのとし月もあるものをなごりおほかる峯の秋ぎり  1142:1056:M  返し したはれしなごりをこそはながめつれ立かへりにし峯の秋霧  1143:1057:M  つねよりも、道たどらるる程に、雪ふかかりける比、高野へまゐるとききて、中宮太夫のもとより、かかる雪にはいかに思ひたつぞ、みやこへはいつ出づべきぞ、と申したりける返亊に ゆきわけてふかき山路にこもりなばとしかへりてや君にあふべき  1144:1058:M  返し                  時忠卿 わけてゆく山ぢの雪はふかくともとく立ちかへれとしにたぐへて  1145:1059  やまごもりして侍りけるに、としをこめてはるになりぬとききけるからに、かすみわたりて、山河のおとひごろにもにずきこえければ かすめどもとしのうちはとわかぬまに春をつぐなる山河の水  1146:1060  としのうちにはるたちて、あめのふりければ はるとしもなほおもはれぬ心かなあめふるとしのここちのみして  1147:1061  野に人のあまた侍りけるを、なにする人にかとひければ菜つむものなりとこたへければ、としのうちにたちかはるはるのしるしのわかなか、さはと思ひてよめる としははや月なみかけてこえにけりうべつみはへししばのわかたち  1148:1062  はるたつ日よみける なにとなく春になりぬときく日より心にかかるみよしののやま  1149:1063  正月元月にあめふりけるに いつしかもはつ春さめぞふりにけるのべのわかなもおひやしぬらむ  1150:1064:M  山ふかくすみ侍りける春たちぬとききて 山路こそゆきのした水とけざらめ都のそらは春めきぬらむ  1151:1065:M  深山不知春 雪分けて外山がたにの鶯はふもとの里に春やつぐらむ  1152:1066:M  さがにまかりたりけるに、ゆきふかかりけるをみおきていでしことなど、申しつかはすとて おぼつかな春の日かずのふるままにさがのの雪はきえやしぬらむ  1153:1067:M  返し                 靜忍法師 立ちかへり君やとひくと待つほどにまだきえやらずのべのあわ雪  1154:1068  なきたえたりけるうぐひすの、すみ侍りけるたににこゑのしければ おもひいでてふるすにかへる鶯はたびのねぐらやすみうかりつる  1155:1069  はるの月あかかりけるに、花まだしきさくらの枝をかぜのゆるがしけるをみて 月みればかぜに櫻のえだなえてはなよとつぐる心ちこそすれ  1156:1070  くにぐにめぐりまはりて、春かへりて、よしののかたへまゐらむとしけるに、人の、このほどはいづくにかあととむべきと申しければ 花をみしむかしの心あらためてよしのの里にすまむとぞ思ふ  1157:1071:M  みやたてと申しけるはした者の、としたかくなりてさまかへなどして、ゆかりにつきて、よしのにすみ侍りけり。おもひかけぬやうなれども、供養をのべんれうにとて、くだ物をつかはしたりけるに、花と申すものの侍りけるをみてつかはしける おもひつつはなのくだ物つみてけり吉野のひとのみやたてにして  1158:1072:M  かへし                みやたて こころざしふかくはこべるみやたてをさとりひらけむ春にたぐへよ  1159:1073  さくらにならびてたてりける柳に花のちりかかりけるを見て 吹きみだる風になびくとみる程に春をむすべる青柳の糸  1160:1074:M  寂然もみぢのさかり仁、高野にまゐりていでにけり。またのとしの花のをりに申しつかはしける もみぢみしたかののみねの花ざかりたのめぬ人のまたるるやなに  1161:1075:M  かへし                  寂然 ともにみし嶺のもみぢのかひなれや花のをりにも思ひ出でける  1162:1076:M  天王寺へまゐりたりけるに、松にさぎのゐたりけるを月のひかりにみてよめる にはよりはさぎゐる松のごずゑにぞ雪はつもれる夏の夜の月  1163:1077  夏熊野へまゐりけるに、いはたと申す所にすずみて下向しけるに人につけて、京へ、西住上人のもとへつかはしける まつがねのいはたの岸の夕すずみ君があれなとおもほゆるかな  1164:1078  かづらきをすぎはべりけるに、をりにもあらぬもみぢの見えけるを、なにぞといひければ、まさきなりとまをしけるを聞きて かづらきやまさきの色は秋ににてよそのこずゑはみどりなるかな  1165:1079  高野よりいでたりけるに、かくくゑん阿闍梨きかぬさまなりければ、きくをつかはすとて くみてなど心かよはばとはざらむいでたるものをきくの下水  1166:1080  返し                かくくゑん たにふかくすむかとおもひてとはぬまに恨をむすぶ菊の下水  1167:1081  たびにまかりけるに、入あひをききて おもへただ暮れぬとききし鐘のおとは都にてだにかなしかりしを  1168:1082  秋とほく修行し侍りけるにほどへけるところより、侍從大納言成通のもとへ申送りける あらし吹くみねのこのはにともなひていづちうかるる心なるらむ  1169:1083:M  返し なにとなくおつるこのはも吹くかぜにちりゆくかたはしられやはせぬ  1170:1084:M  宮の法印、高野にこもらせ給ひて、おぼろげにてはにてじし思ふに、修行のせまほしきよしかたらせ給ひけり。千日はてて、みたけにまゐらせ給ひて、いひつかはしける あくがれしこころを道のしるべにて雲にともなふ身とぞ成りぬる  1171:1085:M  返し やまのはに月すむまじとしられにき心のそらになるとみしより  1172:1086  としごろ申しなれたりける人に、とほく修行するよし申してまかりたりけり。なごりおほくてたちけるに、もみぢのしだりけるをみせまほしくて、まちつるかひなく、いかにと申しければ、このもとにたちよりてよみける こころをばふかきもみぢの色にそめてわかれてゆくやちるになるらむ  1173:1087  するがのくに久能の山でらにて、月をみてよみける なみだのみかきくらさるるたびなれやさやかにみよと月はすめども  1174:1088  題不知 身にもしみ物あはれなるけしきさへあはれをせむる風のおとかな  1175:1089 いかでかはおとに心のすまざらむくさきもなびくあらしなりけり  1176:1090 松風はいつもときはに身をしめどれきてさびしきゆふぐれのそら  1177:1091:M  とほく修行に思ひたち侍りけるに、遠行の別と云亊を、人々まできてよみ侍りしに ほどふればおなじみやこのうちだにもおぼつかなさはとはまほしきを  1178:1092  としひさしくあひたのみたる同行にはなれて、とほく修行してかへらずもやと思ひける、なにとなくあはれにて さだめなしいくとせ君になれなれしわかれをけふはおもふなるらむ  1179:1093:M  としごろききわたりける人に、はじめて對面申してかへりけるあしたに わかるともなるるおもひやかさねましすぎにしかたのこよひなりせば  1180:1094:M  修行して伊勢にまかりけるに、月のころみやこ思ひ出られて みやこにも旅なる月のかげをこそおなじくもゐの空にみるらめ  1181:1095:M  そのかみまゐりつかうまつりけるならひに、世をのがれてのちもかもにまゐりけり。としたかくなりて、四國のかたへ修行しけるに、またかへりまゐらぬこともやとて、仁安三年十月十日の夜まゐり、幤まゐらせけり。うちへもいらぬ亊なれば、たなうのやしろにとりつきてまゐらせ給へとて、心ざしけるに、このまの月ほのぼのに、つねよりも神さびあはれにおぼえてよみける かしこまるしでになみだのかかるかな又いつかはとおもふあはれに  1182:1096:M  はりまの書冩へまゐるとて、野中のしみづをみける亊ひとむかしなりにけり。としへてのち修行すとてとほりけるに、おなじさまにてかはらざりければ むかし見しのなかのしみづかはらねばわがかげをもや思ひ出づらむ  1183:XXXX:TM  天王寺へまゐりけるに、かた野など申す渡り過ぎて、みはるかされたる所の侍りけるを問ひければ、あまの川と申すをききて、宿からむといひけむことを思ひ出だされてよみける あくがれしあまのかはらと聞くからに昔の波の袖にかかれる  1184:1097  四國のかたへぐしてまかりたりける同行、みやこへかへりけるに かへりゆく人のこころを思ふにもはなれがたきは都なりけり  1185:1098  ひとりみおきて、かへりまかりなむずるこそあはれに、いつかみやこへはかへるべき、など申しければ 柴のいほのしばしみやこへかへらじとおもはむだにもあはれなるべし  1186:1099  たびの歌よみけるに 草枕たびなる袖におく露をみやこの人や夢にみゆらむ  1187:1100 こえきつる都へだつる山さへにはてはかすみに消えぬめるかな  1188:1101:M わたのはらはるかに波をへだてきて都にいでし月をみるかな  1189:1102:M わたの原波にも月はかくれけりみやこの山を何いとひけむ  1190:1103  西の國の方へ修行してまかり待りけるに、みづのと申す所にぐしならひたる同行の侍りけるが、したしきものの例ならぬ亊侍りとてぐせざりければ やましろのみづのみくさにつながれてこまものうげにみゆる旅かな  1191:1104:M  大みねのしむせんと申す所にて ふかき山にすみける月を見ざりせば思ひ出もなき我身ならまし  1192:1105:M みねのうへもおなじ月こそてらすらめ所がらなるあはれなるべし  1193:1106:M 月すめばたににぞくもはしづむめるみね吹きはらふ風にしかれて  1194:1107:M  をばすてのみねと申す所の、みわたされて思なしにや月ことに見えければ をばすてはしなのならねどいづくにも月すむみねの名にこそ有りけれ  1195:1108:M  こいけと申すすくにて いかにしてこずゑのひまをもとめえてこいけにこよひ月のすむらむ  1196:1109:M  ささのすくにて いほりさすくさのまくらにともなひてささの露にもやどる月かな  1197:1110:M  へいちと申すすくにて、月をみけるに、こずゑの露のたもとにかかりければ こずゑもる月もあはれをおもふべしひかりにぐして露のこぼるる  1198:1111:M  あづまやと申す所にてしぐれののち月をみて 神無月しぐれはるればあづまやの峯にぞ月はむねとすみける  1199:1112:M かみな月たににぞ雲はしぐるめる月すむ峯はあきにかはらで  1200:1113:M  ふるやと申すすくにて 神無月しぐれふるやにすむ月はくもらぬかげもたのまれぬかな  1201:1114:M  平等院の名かかれたるそとばに、もみぢのちりかかりけるをみて、はなよりほかのとありける、ひとむかしとあはれにおぼえてよめる あはれとてはなみしみねになをとめてもみぢぞけふはともにふりける  1202:1115:M  千ぐさのたけにて わけて行く色のみならずこずゑさへ千ぐさのたけは心そみけり  1203:1116:M  ありのとわたりと申す所にて ささふかみきりこすくきをあさたちてなびきわづらふありのとわたり  1204:1117:M  行者がへり、ちごのとまりつづきたるすくなり。春の山ぶしはびやうぶだてと申す所をたひらかにすぎむことをかたく思ひて、行者ちごのとまりにて思ひわづらふなるべし びやうぶにや心をたてておもひけむ行者はかへりちごはとまりぬ  1205:1118:M  三重のたきををがみけるに、ことにたふとくおぼえて、三業のつみもすすがるるここちしければ 身につもることばのつみもあらはれて心すみぬるみかさねのたき  1206:1119:M  天ほうれんのたけと申す所にて、釋迦の説法の座のいしと申す所をがみて こここそはのりとかれける所よときくさとりをもえつるけふかな  1207:1120  修行して遠くまかりけるをり、人の思ひへだてたるやうなる亊の侍りければ よしさらばいくへともなく山こえてやがても人にへだてられなむ  1208:1121:M  おもはずなる亊おもひたつよし、きこえける人のもとへ高野よりいひつかはしける しをりせでなほ山ふかくわけいらむうき亊きかぬ所ありやと  1209:1122  しほゆにまかりたりけるに、ぐしたりけるひと、九月つごもりにさきにのぼりければつかはしける人にかはりて あきはくれ君はみやこへかへりなばあはれなるべき旅の空かな  1210:1123  返し             大宮の女房 加賀 君をおきてたち出づる空の露けさに秋さへくるる旅のかなしさ  1211:1124  しほゆいでて、京へかへりきてふるさとのはな霜がれけるあはれなりけり。いそぎかへりし人のもとへ又かはりて 露おきし庭のこはぎもかれにけりいづく都に秋とまるらむ  1212:1125  かへし                おなじ人 したふ秋は露もとまらぬ都へとなどていそぎしふなでなるらむ  1213:1126  みちのくにへ修行してまかりけるに、白川のせきにとまりてところがらにやつねよりもおもしろくあはれにて、能因が秋かぜぞふくと申しけむをりいつなりけむと思ひいでられて、なごりおほくおぼえければ、せきやの柱にかきつけける しらかはのせきやを月のもるかげは人の心をとむるなりけり  1214:1127  せきにいりて、しのぶと申すわたり、あらぬよのことにおぼえてあはれなり。みやこいでし日かずおもひつづけられて、かすみとともにと侍ることのあとたどまりまできにける心ひとつに思ひしられてよみける みやこいでてあふさかこえしをりまでは心かすめし白川のせき  1215:1128  たけくまのまつもむかしになりたりけれども、あとをだにとてみにまかりてよみける かれにける松なきあとにたけくまはみきといひてもかひなかるべし  1216:1129  ふりたるたなはしをもみぢのうづみたりける、わたりにくくてやすらはれて、人にたづねければおもはくのはしと申すはこれなりと申しけるとききて ふままうきもみぢのにしきちりしきて人もかよはぬおもはくのはし  しのぶの里より奧へ二日ばかりいりてある橋なり  1217:1130  なとり河をわたりけるににしきのもみぢのかげを見て なとり河きしのもみぢのうつるかげはおなじにしきをそこにさへしく  1218:1131  十月十二日ひらいづみにまかりつきたりけるに、ゆきふり、あらしはげしく、ことのほかにあれたりけり。いつしか衣河みまほしくてまかりむかひてみけり。かはのきしにつきて、衣河の城しまはしたることからやうかはりてものを見る心ちしけり。みぎはこほりてとりわきさえければ とりわきて心もしみてさえぞわたる衣何みにきたるけふしも  1219:1132 又のとしの三月に出羽國にこえて、たきの山と申す山寺に侍りけるに、さくらのつねよりもうすくれなゐの色こき花にてなみたてりけるを、てらの人々も見、けうじければ たぐひなきおもひいでばのさくらかなうすくれなゐの花のにほひは  1220:1133  下野國にてしばのけぶりをみて みやこちかきをのおほはらを思出づるしばのけぶりのあはれなるかな  1221:1134  おなじたびにて かぜあらきしばの庵はつねよりもねざめぞものはかなしかりける  1222:1135  津の國にやまもとと申す所にて、人をまちて日かずへければ なにとなくみやこのかたをきくそらはむつまじくてぞながめられける  1223:1136  新院さぬきにおはしましけるに、たよりにつけて、女房のもとより みづぐきのかきながすべきかたぞなき心のうちはくみてしらなむ  1224:1137  かへし ほどとほみかよふ心のゆくばかりなほかきながせみづぐきのあと  1225:1138:M  又女房つかはしける いとどしくうきにつけてもたのむかな契りし道のしるべたがふな  1226:1139:M かかりける涙にしづむ身のうさを君ならで又誰かうからむ  1227:1140:M  かへし たのむらむしるべもいさやひとつよの別にだにもまどふ心は  1228:1141:MR ながれ出づる涙にけふはしづむともうかばむすゑを猶思はなむ  1229:1142  とほく修行する亊ありけるに、菩提院のさきの齋宮にまゐりたりけるに、人々わかれの歌つかうまつりけるに さりともと猶あふことをたのむかなしでの山ぢをこえぬわかれは  1230:1143  おなじをりつぼのさくらのちりけるをみて、かくなむおぼえ侍ると申しける この春は君にわかれのをしきかな花のゆくへを思ひ忘れて  1231:1144  かへしせよとうけ給はりて、ひあふぎにかきてさしいでける             女房六角のつぼね 君がいなむかたみにすべき櫻さへ名殘あらせず風さそふなり  1232:1145  西國へ修行してまかりけるをり、こじまと申す所に、八幡のいはれたまひたりけるにこもりたりけり。としへて又その社を見けるに、松どものふる木になりたりけるをみて むかし見し松はおい木に成りにけり我がとしへたるほどもしられて  1233:1146  山里へまかりて侍りけるに、竹の風のをぎにまがへてきこえければ 竹のおとも荻ふくかぜのすくなきにたぐへて聞けばやさしかりけり  1234:1147  世のがれてさがにすみける人のもとにまかりて、のちのよの亊おこたらずつとむべきよし申してかへりけるに、竹のはしらを立てたりけるをみて よよふとも竹のはしらの一すぢに立てたるふしはかはらざらなむ  1235:1148  題不知 あばれたる草のいほりのさびしさは風よりほかにとふ人ぞなき  1236:1149 あはれなりよもよもしらぬのの末にかせぎを友になるるすみかは  1237:1150:M  高野にこもりたりける人を、京よりなにごとか又いつかいづべきと申したるよしききて、其人にかはりて 山水のいついづべしとおもはねば心ぼそくてすむとしらずや  1238:1151  松のたえまよりわづかに月のかげろひて見えけるをみて かげうすみ松のたえまをもりきつつ心ぼそしやみかづきのそら  1239:XXXX:TM  松の木のまよりわづかに月のかげろひけるを見て、月をいただきて道を行くといふことを くみてこそ心すむらめしづのめがいただく水にやどる月影  1240:1152  木陰納涼と云亊を人々よみけるに けふもまた松のかぜふくをかへゆかむきのふすずみしともにあふやと  1241:1153  いりひのかげかくれけるままに、月のまどにさしいりければ さしきつるまどのいり日をあらためてひかりをかふる夕づくよかな  1242:1154  月蝕を題にて歌よみけるに いむといひてかげにあたらぬこよひしもわれて月みるなやたちぬらむ  1243:1155  寂然入道大原にすみけるにつかはしける 大原はひらのたかねのちかければゆきふるほどをおもひこそやれ  1244:1156  かへし おもへただみやこにてだに袖さえしひらのたかねの雪のけしきを  1245:1157  高野のおくの院のはしのうへにて、月あかかりければ、もろともにながめあかして、そのころ西住上人京へいでにけり。その夜の月わすれがたくて、又おなじはしの月のころ、西住上人のもとへいひつかはしける こととなく君こひわたるはしのうへにあらそふものは月の影のみ  1246:1158  みかへし                 西住 おもひやるこころはみえではしの上にあらそいけりな月の影のみ  1247:1159  西忍入道にしやまのふもとにすみける、あきの花いかにおもしろかるらむと、ゆかしうと、申しつかはしたりける返亊に、いろいろの花ををりあつめて しかのねや心ならねばとまるらむさらではのべをみなみするかな  1248:1160  かへし しかのたつのべのにしきのきりはしはのこりおほかる心ちこそすれ  1249:1161  人あまたして、ひとりにかくして、あらぬさまにいひなしけることの侍りけるをききてよみける ひとすぢにいかでそま木のそろひけむいつはりつくる心だくみに  1250:1162  陰陽頭に侍りけるものに、ある所のはした物もの申しけり。いとおもふやうにもなかりければ、六月つごもりにつかはしけるにかはりて わがためにつらき心をみなづきのてづからやがてはらへうてなむ  1251:1163  ゆかりありける人の、新院のかんだうなりけるを、ゆるしたぶべきよし申しいれたりける御返亊に もがみ川つなでひくらむいなぶねのしばしがほどはいかりおろさむ  1252:1164  御返ごとたてまつりける つよくひくつなでとみせよもがみ川そのいなぶねのいかりをさめて  かく申したりければゆるしたびてけり  1253:1165  屏風の繪を人々よみけるに、うみのきはに、をさなくいやしきもののある所を いそなつむあまのさをとめ心せよおき吹く風になみたかくなる  1254:1166  同繪にとまのうちに人の子おどろきたる所を いそによるなみに心のあらはれてねざめがちなるとまやかたかな  1255:1167  庚申の夜くじくばりをして歌よみけるに、古今、後撰、拾遺これを、むめ、さくら、やまぶきによせたる題をとりてよみける。  古今梅によす くれなゐのいろこきむめををる人の袖にはふかきかやとまるらむ  1256:1168  後撰さくらをよす 春風の吹きおこせむに櫻花となりくるしくぬしやおもはむ  1257:1169  拾遺にやまぶきをよす やまぶきのはなさく井でのさとこそはやしうゐたりとおもはざらなむ  1258:1170:M  いはひ ひまもなくふりくる雨のあしよりも數かぎりなき君がみよかな  1259:1171 ち世ふべき物をさながらあつむとも君がよはひをしらむものかは  1260:1172 こけうづむゆるがめいはのふかきねは君がちとせをかためたるべし  1261:1173 むれたちてくもゐにたづのこゑすなり君がちとせや空にみゆらむ  1262:1174:M さはべよりすだちはじむるつるのこは松のえだにやうつりそむらむ  1263:1175 おほうみのしほひてやまになるまでに君はかはらぬ君にましませ  1264:1176 君が世のためしになにをおもはましかはらぬ松の色なかりせば  1265:1177 君かよはあまつそらなるほしなれや數もしられぬここちのみして  1266:1178 ひかりさす三笠の山の朝日こそげによろづよのためしなりけれ  1267:1179 よろづよのためしにひかむかめ山のすそのの原にしげる小松を  1268:1180 かずかくる波にしづえのいろ染めて社さびまさるすみよしの松  1269:1181 若葉さすひらのの松はさらにまた枝にやちよの數をそふらむ  1270:1182 竹の色もきみがみどりにそめられていくよともなくひさしかるべし  1271:1183  むまごまうけてよろこびける人のもとへいひつかはしける 千世ふべきふたばの松のおひさきをみる人いかにうれしかるらむ  1272:1184:M  五葉のしたにふたばなる小松どもの侍りけるを、ねの日にあたりける日、をりびつにひきそへて京へつかはすとて きみがためごえふのねの日しつるかなたびたびちよをふべきしるしに  1273:1185:M  ただのまつをひきそへて、このまつの思ひ合す亊申すべくなむとて ねのひするのべのわれこそぬしなるをごえふなしとてひく人のなき  1274:1186:M  世につかへぬべきゆかりあまたにありける人の、さもなかりけることを思ひて、きよみづにとしこしにこもりたりけるにつかはしける このはるはえだえだまでにさかゆべしかれたる木だに花はさくめり  1275:1187:M  これもぐして あはれにぞふかきちかひのたのもしききよきながれのそこくまれつつ  1276:1188:M  八條院宮と申しけるをり、しらかはどのにて、女房むしあはせられけるに、人にかはりてむしぐしてとりいだしける物に水に月のうつりたるよしをつくりて、その心をよみける ゆくすゑの名にやながれむつねよりも月すみわたる白川の水  1277:1189  二條院の内に、かひあはせせむとせさせ給ひけるに人にかはりて かぜたたで波ををさむるうらうらにこがひをむれてひろふなりけり  1278:1190 なにはがたしほひにむれて出でたたむしらすのさきのこがひひろひに  1279:1191 かぜふけばはなさくなみのをるたびに櫻がひよるみしまえのうら  1280:1192 なみあらふ衣のうらの袖がひをみぎはに風のたたみおくかな  1281:1193 なみかくるふきあげのはまのすだれかひ風もぞおろすいそぎひろはむ  1282:1194 しほそむるますほのこがひひろふとていろのはまとはいふにやあるらむ  1283:1195 なみふするたけのとまりのすずめがひうれしきよにもあひにけるかな  1284:1196 なみよするしららのはまのからすがひひろひやすくもおもほゆるかな  1285:1197 かひありなきみがみそでにおほはれて心にあはぬこともなきよは  1286:1198  入道寂然大原に住み侍りけるに、高野よりつかはしける やまふかみさこそあらめときこえつつおとあはれなる谷の川水  1287:1199 山ふかみまきのはわくる月かげははげしき物のすごきなりけり  1288:1200 山ふかみまどのつれづれとふものはいろづきそむるはじのたちえだ  1289:1201 山ふかみこけのむしろのうへにゐて何心なくなくましらかな  1290:1202 山ふかみいはにしたたる水とめむかつかつおつるとちひろふほど  1291:1203 山ふかみけぢかきとりのおとはせで物おそろしきふくろふのこゑ  1292:1204 やまふかみこぐらきみねのこずゑよりものものしくもわたる嵐か  1293:1205 山ふかみほだきるなりと聞えつつところにぎはふをののおとかな  1294:1206 やまふかみいりてみと見るものはみなあはれもよほすけしきなるかな  1295:1207 山ふかみなるるかせぎのけぢかさによにとほざかるほどぞしらるる  1296:1208  返し                   寂然 あはれさはかうやときみもおもひやれ秋くれがたのおほはらのさと  1297:1209 ひとりすむおぼろのしみづともとては月をぞすますおほはらのさと  1298:1210 すみがまのたなびくけぶり一すぢに心ぼそきは大原のさと  1299:1211 なにとなくつゆぞこぼるるあきの田にひたひきならす大原のさと  1300:1212 水のおとはまくらにおつるここちしてねざめがちなる大原のさと  1301:1213 あだにふく草のいほりのあはれよりそでに露おく大原のさと  1302:1214 やまかぜにみねのささぐりはらはらと庭におちしく大原の里  1303:1215 ますらをがつまぎにあけびさしそへて暮るればかへる大原のさと  1304:1216 むぐらはふかどはこのはにうづもれて人もさしこぬ大原の里  1305:1217 もろともに秋もやまぢもふかければしかぞかなしき大原の里  1306:XXXX:TM  神樂に星を ふけて出づるみ山もみねのあか星は月まちえたる心ちこそすれ  1307:1218:M  承安元年六月一日、院熊野へまゐらせ給ひける跡に、すみよしに御幸ありけり。修業しまはりて、二日、かの社にまゐりたりけるに、すみのえあたらしくしたてたりけるを見て、後三條院のみゆき神思出で給ひけむとおぼえてよみける たえたりし君が御幸をまちつけてかみいかばかりうれしかるらむ  1308:1219:M  松のしづえをあらひけむなみ、いにしへにかはらずやとおぼえて いにしへの松のしづえをあらひけむ波を心にかけてこそみれ  1309:1220  齋院おはしまさぬ比にて、まつりのかへさもなかりければ、むらさき野もとほるとて むらさきの色なき比の野べなれやかたまつりにてかけぬあふひは  1310:1221:M  きたまつりのころ、かもにまゐりたりけるに、をりうれしくて、またるるほどにつかひまゐりたり。はし殿につきてついぶしをがまるるまではさる亊にて、舞人のけしきふるまひみしよのことともおぼえず。あづまあそびにことうつ倍從もなかりけり。さこそすゑのよならめ、神にかにみたまふらむとはづかしきここちしてよみ侍りける 神のよもかはりにけりと見ゆるかなそのことわざのあらずなるにも  1311:1222  ふけたるままにみたらしのおとかみさびてきこえければ みたらしのながれはいつもかはらじをすゑにしなればあさましのよや  1312:1223  伊勢にまかりたりけるに太神宮にまゐりてよみける さかきばに心をかけむゆふしでておもへは神もほとけなりけり  1313:1224  齋院おりさせ給ひて本院のまへをすぎけるに、人のうちへいりければゆかしくおぼえて、ぐして見侍りけるに、かくやはありけむとあはれにおぼえて、おりておはしましける所へ、せんじのつぼねのもとへ申しつかはしける 君すまぬみうちはあれてありすがはいむすがたをもうつしつるかな  1314:1225  かへし おもひきやいみこし人のつてにしてなれしみうちにきかむ物とは  1315:1226:M  伊勢の齋王おはしまさでとしへにけり。齋宮こだちばかりさはと見えて、ついがきもなきやうなりたりけるを見て いつかまたいつきのみやのいつかれてしめのちうちにちりをはらはむ  1316:1227  世中に大亊いできて、新院あらぬさまにならせおはしまして御ぐしおろして仁和寺の北院におはしましけるにまゐりて、けんげんあざりいであひたり。月あかくてよみける。 かかるよにかげもかはらずすむ月をみる我がみさへうらめしきかな  1317:1228  さぬきにおはしましてのち、歌と云ふ亊の世にいときこえざりければ、寂然がもとよりいひつかはしける ことのはのなさけたえたる折節にありあふ身こそかなしかりけれ  1318:1229  かへし                  寂然 しきしまのたえぬる道になくなくも君とのみこそ跡を忍ばめ  1319:1230  さぬきにて、御こころひきかへて、のちのよの御つとめひまなくせさせおはしますとききて、女房のもとへ申しける。この文をかきぐして、若人不嗔打、以何修忍辱 世の中をそむくたよりやなからましうき折ふしに君あはずして  1320:1231:M  これもついでにぐしてまゐらせける あさましやいかなるゆゑのむくいにてかかることしも有る世なるらむ  1321:1232:M ながらへてつひにすむべき都かは此の世はよしやとてもかくても  1322:1233:M まぼろしの夢をうつつにみる人はめもあはせでや世をあかすらむ  1323:1234:M  かくてのち、人のまゐりけるにつけてまゐらせける 其の日よりおつる涙をかたみにておもひ忘るる時のまもなし  1324:1235:M  かへし                  女房 目の前にかはりはてにし世のうさに涙を君もながしけるかな  1325:1236:M 松山の涙はうみにふかくなりてはちすの池にいれよとぞ思ふ  1326:1237:M 波のたつ心のみづをしづめつつさかむはちすを今はまつかな  1327:1238  老人述懷と云ふ亊を人々よみけるに 山深みつゑにすがりている人の心のおくのはづかしきかな  山里なる人のかたるにしたがひて書きたるなり。さればひがごとどもや  1328:1239  左京大夫俊成、歌あつめらるると聞きて、歌つかはすとて はなならぬことのはなれどおのづから色もやあると君ひろはなむ  1329:1240  かへし                  俊成 世をすてて入りにし道のことのはぞあはれも深き色はみえける  1330:1241  戀百十首 おもひあまりいひ出でてこそ池水の深き心のほどはしられめ  1331:1242 なき名こそしかまのいちにたちにけれまだあひそめぬ戀する物を  1332:XXXX:TR しら玉をつつみあつむるわが袖をくちなむときやちらむとすらむ  1333:1243:M つつめども涙の色にあらはれてしのぶ思は袖よりぞちる  1334:1244 わりなしや我も人めをつつむまにしひてもいはぬ心づくしは  1335:1245:M なかなかにしのぶけしきやしるからむかかる思にならひなき身は  1336:1246 けしきをばあやめて人のとがむとも打ちまかせてはいはじとぞ思ふ  1337:1247 心にはしのぶとおもふかひもなくしるきは戀の涙なりけり  1338:1248 色に出でていつより物はおもふぞととふ人あらばいかがこたへむ  1339:1249:M あふ亊のなくてやみぬる物ならば今みよ世にもありやはつると  1340:1250:M うき身とてしのばばこひのしのばれて人のなだてになりもこそすれ  1341:1251 みさをなる涙なりせばから衣かけても人にしられましやは  1342:1252 なげきあまり筆のすさみにつくせども思ふばかりはかかれざりけり  1343:1253:M わがなげく心のうちのくるしさも何にたとへて君にしられむ  1344:1254 いまはただしのぶ心ぞつつまれぬなげかば人や思ひしるとて  1345:1255 こころには深くしめども梅の花をらぬにほひはかひたかりけり  1346:1256 さりとよとほのかに人をみつれじもおぼえぬ夢のここちこそすれ  1347:1257 きえかへりくれまつ袖ぞしぼれぬるおきつる人は露ならねども  1348:1258 いかにせむそのさみだれのなごりよりやがてをやまぬ袖のしづくを  1349:1259 さるほどの契りは君に有りながらゆかぬ心のくるしきやなぞ  1350:1260:M いまはさはおぼえぬ夢になしはてて人にかたらでやみねとぞ思ふ  1351:1261 をる人のてにはとまらで梅の花たがうつりがにならむとすらむ  1352:1262 うたたねの夢をいとひし床の上にけさいかばかりおきうかるらん  1353:1263 ひきかへてうれしかるらむ心にもうかりしことは忘れざらなむ  1354:1264:M 七夕はあふをうれしとおもふらむ我は別れのうきこよひかな  1355:1265 おなじくはさきそめしよりしめおきて人にをられぬ花と思はで  1356:1266 朝露にぬれにし袖をほす程にやがてゆふだつ我が袂かな  1357:1267 まちかねて夢にみゆやとまどろめばねざめすずむる荻のうはかぜ  1358:1268 つつめども人しる戀やおほ井がはゐぜきのひまをくぐる白波  1359:1269 あふまでの命もがなとおもひしはくやしかりける我が心かな  1360:1270 いまよりはあはで物をばおもふとものちうき人に身をばまかせじ  1361:XXXX:TR おさふれど涙ぞさらにとどまらぬころものせきにあらぬたもとは  1362:1271:M いつかはとこたへむことのねたきかな思ひしらずとうらみきかせよ  1363:1272 袖の上の人めしられしをりまではみさをなりける我涙かな  1364:1273:M あやにくに人めもしらぬ涙かなたえぬ心にしのぶかひなく  1365:1274 荻のおとは物おもふわれか何なればこぼるる露の袖におくらむ  1366:1275 草しげみさはにぬはれてふすしぎのいかによそだつ人の心ぞ  1367:1276 あはれとて人の心のなさけあれな數ならぬにはよらぬなげきを  1368:1277 いかにせむうき名をばよにたてはてて思もしらぬ人の心を  1369:1278 わすられむことをばかねて思ひにき何おどろかす涙なるらむ  1370:1279 とはれぬもとはぬ心のつれなさもうきはかはらぬここちこそすれ  1371:1280 つらからむ人ゆゑ身をばうらみじと思ひしことも叶はざりけり  1372:1281 今さらに何かは人もとがむべきはじめてぬるる袂ならねば  1373:1282 れりなしな袖になげきのみつままに命をのみもいとふ心は  1374:1283 色ふかき涙の川のみなかみは人を忘れぬここちなりけり  1375:1284 待ちかねてひとりはふせどしきたへの枕ならぶるあらましぞする  1376:1285 とへかしななさけは人の身のためをうき我とても心やはなき  1377:1286 ことのはのしもがれにしにおもひにき露のなさけもかからましとは  1378:1287 よもすがらうらみを袖にたたふれば枕に波の音ぞきこゆる  1379:1288 ながらへて人のまことを見るべきに戀に命のたえむ物かは  1380:1289 たのめおきしそのいひごとやあだなりし波こえぬべき末の松山  1381:1290 かはのせによにきえやすきうたかたの命をなぞや君がたのむる  1382:1291 かりそめにおく露とこそ思ひしか秋にあひぬる我が袂かな  1383:1292:M おのづからありへばとこそおもひつれ頼みなくなる我が命かな  1384:1293 身をもいとひ人のつらさもなげかれて思ひ數あるころにもあるかな  1385:1294 すがのねのながく物をばおもはじとたむけし神にいのりし物を  1386:1295 うちとけてまどろまばやはから衣よなよなかへすかひも有るべき  1387:1296 我がつらきことにをなさむおのづから人めをおもふ心ありやと  1388:1297 ことといへばもてはなれたるけしきかなうららかなれや人のこころの  1389:1298 物思ふ袖になげきのたけみえてしのぶしらぬは涙なりけり  1390:1299 草のはにあらぬたもとも物思へば袖に露おく秋の夕暮  1391:1300 あふことのなきやまひにて戀ひしなばさすがに人やあはれと思はむ  1392:1301 いかにぞやいひやりたりしかたもなく物をおもひて過ぐる比かな  1393:1302 わればかり物おもふ人や又もあるともろこしまでも尋ねてしがな  1394:1303 君にわれいかばかりなる契ありて二なくものを思ひそめけむ  1395:1304 さらぬだにもとの思ひのたえぬみになげきを人のそふるなりけり  1396:1305 我のみぞわが心をばいとほしむあはれむ人のなきにつけても  1397:1306 恨みじとおもふ我さへつらきかなとはで過ぎぬる心づよさを  1398:1307 いつとなきおもひはふじのけぶりにて打ふす床やうき嶋がはら  1399:1308 これもみな昔のことといひながらなど物おもふ契りなりけむ  1400:1309:M などかわれつらき人ゆゑ物をおもふ契りを霜はむすびおきけむ  1401:1310:M くれなゐにあらふ袂のこき色はこがれて物をおもふなりけり  1402:1311 せきかねてさはとてながす瀧つせにわくしら玉は涙なりけり  1403:1312 なげかじとつつみし比の涙だにうちまかせたるここちやはせし  1404:1313 今はわれ戀せむ人をとぶらはん世にうきこととおもひしられぬ  1405:1314 ながめこそうき身のくせに成りなてて夕ぐれならぬをりもせらるれ  1406:1315 おもへどもおもふかひこそなかりけれ思ひもしらぬ人もおもへは  1407:1316 あやひねるささめのこみのきぬにきむ涙の雨もしのぎがてらに  1408:1317 なぞもかくことあたらしく人のとふ我が物おもひふりにしものを  1409:1318 しなばやと何おもふらむのちの世も戀はよにうきこともこそきけ  1410:1319 わりなしやいつをおもひのはてにして月日を送る我がみなるらむ  1411:1320 いとほしやさらに心のをさなびてたまぎれらるる戀もするかな  1412:1321 君したふ心のうちはちごめきて涙もろくもなるわが身かな  1413:1322 なつかしき君が心のいろをいかで露もちらさで袖につつまむ  1414:1323 いくほどもながらふまじき世の中に物をおもはでふるよしもがな  1415:1324 いつかわれちりつむ床をはらひあげてこむと頼めむ人をまつべき  1416:1325 よだけたつ袖にたぐへて忍ぶかな袂のたきにおつる涙を  1417:1326 うきによりつひに朽ちぬる我が袖を心づくしに何しのびけむ  1418:1327 こころから心に物を思はせて身をくるしむる我が身なりけり  1419:1328 ひとりきてわが身にまとふから衣しほしほとこそなきぬらさるれ  1420:1329 いひたててうらみばにかにつらからむおもへばうしや人の心は  1421:1330 なげかるる心のうちのくるしさを人のしらばや君にかたらむ  1422:1331 人しれぬ涙にむせぶゆふぐれはひきかづきてぞ打ふされける  1423:1332 おもひきやかかる戀路に入りそめてよぐがたもなき歎せむとは  1424:1333 あやふさに人めぞつねによがれける岩のかどふむほきのがけ道  1425:1334:M しらざりき身にあまりたる嘆きしてひまなく袖をしぼるべしとは  1426:1335 吹く風に露もたまらぬくずのはのうらがへれとは君をこそ思へ  1427:1336 われからともにすむむしのなにしをへば人をばさらに恨みやはする  1428:1337 むなしくてやみぬべきかなうつせみのこの身ながらぞ思ふ歎は  1429:1338 つつめども袖よりほかにこぼれいでてうしろめたきは涙なりけり  1430:1339:M われながらうたがはれぬる心かなゆゑなく袖をしぼるべきかは  1431:1340:M さることのあるべきかはとしのばれて心いつまでみさを成りけむ  1432:1341 とりのくしおもひもかけぬ露はらひあなくらしたのわれが心や  1433:1342 君にそむ心の色のふかさにはにほひもさらにみえぬなりけり  1434:1343 さもこそは人めおもはず成りはててあなさまにくの袖のしづくや  1435:1344 かつすすぐ澤のこぜりのねをしろみきよげに物をおもはずもがな  1436:1345 いかさまにおもひつづけてうらみましひとへにつらき君ならなくに  1437:1346 うらみてもなぐさめてまし中々につらくて人のあはぬと思へば  1438:1347 うちたえて君にあふ人ひかなれやわが身もおなじよにこそはふれ  1439:1348 とにかくにいとはまほしきよなれども君がすむにもひかれぬるかな  1440:1349:M なにごとにつけてかよをばいとはましうるはし人ぞけふはうれしき  1441:1350 あふとみしそのよの夢のさめであれなながきねぶりはうかるべけれど  この歌、題も又人にかはりたることどももありげなれどもかかず  この歌どもやまとなる人のかたるにしたがひてかきたるなり。さればひがごとどもや、むかしいまのこととりあつめたればときをりふしたがひたることどもも  1442:1351  このしうをみてかへしけるに 院の少納言のつぼね まきごとにたまのこゑせしたまづさのたぐひは又も有りけるものを  1443:1352  かへし よしさらばひかりなくともたまといひてことばのちりは君みがかなむ  1444:1353  さぬきにまうでて、まつやまのつと申す所に、院おはしましけむ御あとたづねけれどかたもなかりければ まつ山のなみにながれてこしふねのやがてむなしく成りにけるかな  1445:1354 まつ山のなみのけしきはかはらじをかたなく君はなりましにけり  1446:1355  しろみねと申しける所に御はかの侍りけるにまゐりて よしやきみむかしのたまのゆかとてもかからむ後は何にかはせむ  1447:1356  おなじくにに、大師のおはしましける御あたりの山に、いほりむすびてすみけるに、月いとあかくて、うみのかたくもりなく見えければ くもりなき山にてうみの月みればしまぞこほりのたえまなりける  1448:1357  すみけるままに、いほりいとあはれにおぼえて いまよりはいとはじ命あればこそかかるすまひのあはれをもしれ  1449:1358  いほりのまへにまつのたてりけるをみて ひさにへてわが後のよをとへよまつ跡しのぶべき人もなき身ぞ  1450:1359 ここをまたれれすみうくてうかれなばまつはひとりにならむとすらむ  1451:1360  ゆきのふりけるに まつのしたはゆきふるをりの色なれや皆白妙にみゆる山ぢに  1452:1361 雪つみて木もわかずさく花なれやときはの松もみえぬなりけり  1453:1362 はなとみるこずゑの雪に月さえてたとへむかたもなきここちする  1454:1363 まがふいろはむめとのみみてすぎゆくに雪のはなにはかぞなかりける  1455:1364 をりしもあれうれしく雪のうづむかなかきこもりなむとおもふ山ぢを  1456:1365 中々にたにのほそみちうづめゆきありとて人のかよふべきかは  1457:1366 谷の庵にたまのすだれをかけましやすがるたるひののきをとぢずば  1458:1367  はなまゐらせけるをりしも、をしきにあられのちりけるを しきみおくあかのをしきのふちなくば何にあられの玉とまらまし  1459:1368 いはにせくあかゐの水のわりなきに心すめともやどる月かな  1460:1369  大師のむまれさせ給ひたる所とて、めぐりのしまはして、そのしるしにまつのたてりけるをみて あはれなりおなじ野山にたてる木のかかるしるしの契りありける  1461:1370  又ある本に  まんだらじの行だうのところへのぼるはよの大亊にて、手をたてたるやうなり。大師の御經かきてうづませおはしましたるやまのみねなり。ばうのそとは一丈ばかりなるだんつきてたてられたり。それへ日ごとにのぼらせおはしまして行道しおはしましけると申しつたへたり。めぐり行道すべきやうに、だんも二重につきまはされたり。のぼるほどのあやふさことに大亊なり。かまへてはひまはりつきて めぐりあはむことのちぎりぞ有がたききびしき山のちかひみるにも  1462:1371  やがて、それが上は大師の御師にあひまゐらせさせおはしましたるみねなり。わかはいし山とその山をば申すなり。そのあたりの人はわかはいしとぞ申しならひたる、山もじをばすてて申さず。又ふでの山ともなづけたり。とほくてみればふでに似て、まろまろと山のみねのさきのとがりたるやうなるを申しならはしたるなめり。行道どころより、かまへてかきつきのぼりて、みねにまゐりたれば、師にあはせおはしましたるところのしるしに、たふをたておはしましたりけり。たふのいしずゑはかりなくおほきかり。高野の大たふなどばかりなりけるたふのあととみゆ。こけはふかくうづみたれどもいしおほきにして、あらはに見ゆ。ふでのやまと申すなにつきて ふでの山にかきのぼりてもみつるかなこけのしたなる岩のけしきを  善通寺の大師の御影には、そばにさしあげて、大師の御師かき具せられたりき。大師の御てなどもおはしましき。四の門のがく少くれれておほかたはたがはずして侍りき。すゑにこそいかがなりなむずらむとおぼつかなくおぼえ侍りしか  1463:1372  備前國に小島と申す島にわたりたりけるに、あみと申す物とる所は、おのおのわれわれしめてながきさほに袋をつけてたてわたすなり。そのさほのたてはじめをば一のさほとぞなづけたる。なかにとしたかきあま人のたてそむるなり。たつると申すなることはきき侍りしこそ、なみだこぼれて申すばかりなくおぼえてよみける たてそむるあみとるうらのはつさほはつみのなかにもすぐれたるらむ  1464:1373  ひびしぶかはと申す方へまかりて、四國のかたへわたらむとしけるに、風あしくてほどへけり。しぶかはのうらと申す所に、をさなきものどものあまたものをひろひけるをとひければ、つみと申す物ひろふなりと申しけるをききて おりたちてうらたにひろふあまのこはつみよりつみをならふなりけり  1465:1374  まなべと申す島に、京よりあき人どものくだりて、やうやうのつみのものどもあきなひて、又しはくの島にわたりたり。あきなはむずるよし申しけるをききて まなべよりしはくへかよふあき人はつみをかひにて渡るなりけり  1466:1375  くしにさしたる物をあきなひけるを、なにぞととひければはまぐりをほして侍るなりと申しけるをききて おなじくはかきをぞさしてほしもすべきはまぐりよりはなもたよりあり  1467:1376  うしまどのせとにあまのいでいりて、さだえと申すものをとりてふねにいれいれしけるをみて さだえすむせとの岩つぼもとめいでていそぎしあまのけしきなるかな  1468:1377  おきなるいはにつきて、あまどものあはびとりけるところにて いはのねにかたおもむきになみうきてあはびをかづくあまのむらぎみ  1469:1378  題不知 こだいひくあまのうけなはよりくめりうきしわざなるしほさきのうら  1470:1379 かすみしくなみのはつはなをりかけて櫻だひつる沖のあま舟  1471:1380 あま人のいそしてかへるひじきものはこにしはまぐりがうなしただみ  1472:1381 いそなつまむいまおひそむる若ふのりみるめきはさひじきこころぶと  1473:1382  いせのたうしと申す島には、こいしのしろのかぎり侍る濱にてくろはひとつもまじらず。むかひてすがしまと申すはくろのかぎり侍るなり すがしまやたうしのこいしわけかへてくろしろまぜよ浦の濱かぜ  1474:1383 さぎしまのこいしのしろをたか波のたうしの濱に打ちよせてける  1475:1384 からすざきのはまのこいしと思ふかなしろもまじらめすが島のくろ  1476:1385:M あはせばやさぎとからすとごをうたばたうしすが島くろしろのはま  1477:1386  いせのふたみのうらに、さるやうなるめのわらはどものあつまりて、わざとのこととおぼしく、はまぐりをとりあつめけるをにふかひなきあま人こそあらめ、うたてきことなりと申しければ、かひあはせに京より人の申させ給ひたれば、えりつつとるなりと申しけるに いまぞしるふた見の浦のはまぐりをかひあはせとておほふなりけり  1478:1387  いらごへわたりたりけるに、ゐがひと申すはまぐりに、あこやのむねと侍るなり。それをとりたるからをたかくつみおきたりけるをみて あこやとるゐがひのからをつみおきてたからのあとをみするなりけり  1479:1388  おきのかたより風のあしきとて、かつをと申すいをつりけるふねどものかへりけるに いらござきかつをつりふねならびうきてはがちの波にうかびてぞよる  1480:1389  ふたつありけるたかの、いらごわたりをすると申しけるが、ひとつのたかはとどまりて、きのすゑにかかりて侍ると申しけるをききて すたかわたるいらごがさきをうたがひてなほきにかへる山がへりかな  1481:1390:M はしたかのすずろかさでもふるさせてすゑたる人のありがたのよや  1482:1391:M  うぢがはをくだりけるふねの、かなつきと申す物をもて、こひのくだるをつきけるをみて うぢ川のはやせおちまふれうふねのかづきにちがふこひのむらまけ  1483:1392:M こばへつどふぬまのいりえのもの下は人つけおかぬふしにぞありける  1484:1393:M たねつくるつぼゐの水のひくすゑにえふなあつまるおちあひのはた  1485:1394:M しらなわにこあゆひかれてくだるせにもちまうけたるこめのしきあみ  1486:1395:M みるもうきはうなはににぐるいろくづをのがらかさでもしたむもちあみ  1487:1396:M 秋かぜにすずきつりぶねはしるめりうのひとはしのなごりしたひて  1488:1397:M  新宮より伊勢のかたへまかりけるに、みきしまにふねのさたしける浦人の、くろきかみはひとすぢもなかりけるをよびよせて としへたるうらのあま人こととはむ波をかづきていくよ過ぎにき  1489:1398:M くろかみはすぐるとみえし白波をかづきはてたる身にはしれあま  1490:1399:M  ことりどものうたよみける中に こゑせずばいろこくなるとおもはまし柳のめはむひわのむらとり  1491:1400:M ももぞのの花にまがへるてりうそのむれたつをりはちるここちする  1492:1401:M ならびゐてともをはなれぬこがらめのねぐらに頼むしひの下枝  1493:1402:M  月のよ、かもにまゐりてよみ侍りける 月のすむみおやが原に霜さえて千鳥とほだつ聲きこゆなり  1494:1403:M  くまのへまゐりけるに、ななこしのみねの月をみてよみける 立ちのぼる月のあたりに雲きえて光かさなるななこしのみね  1495:1404:M  さぬきのくにへまかりてみのつと申すつにつきて、月あかくてひびのてもかよはぬほどに、とほくみえわたりけるにみづとりのひびのでにつきてとびわたりけるを しきわたす月のこほりをうたがひてひびのてまはるあぢのむらとり  1496:1405:M いかでわれ心の雲にちりすゑでみるかひありて月をながめむ  1497:1406:M ながめをりて月のかげにぞよをばみる住むもすまぬもさなりけりとは  1498:1407:M 雲はれて身にうれへなき人の身ぞさやかに月のかげはみるべき  1499:1408:M さのみやはたもとにかげをやどすべきよわし心よ月なながめそ  1500:1409:M 月にはぢてさし出られぬ心かなながむる袖にかげのやどれる  1501:1410:M 心をばみる人ごとにくるしめて何かは月のとりどころなる  1502:1411:M つゆけさはうき身の袖のくせなるを月みるとがにおふせつるかな  1503:1412:M ながめきて月いかばかりしのばれむこのよしくものほのかになりなば  1504:1413:M いつかわれこのよのそらをへだたらむあはれあはれと月をおもひて  1505:1414:M 露もありつかへすがへすも思ひしりてひとりぞみつるあさがほのはな  1506:1415:M ひときれはみやこをすてていづれどもめぐりてはなほきそのかけはし  1507:1416:M すてたれどかくれてすまぬ人になればなほよにあるににたるなりけり  1508:1417:M 世中をすててすてえぬここちしてみやこはなれめ我が身なりけり  1509:1418:M すてしをりのこころをさらにあらためてみるよの人に別れはてなむ  1510:1419:M おもへこころ人のあらばや世にもはぢむさりとてやはといさむばかりぞ  1511:1420:M くれ竹のふししげからぬよなりせばこの君はとてさしいでなまし  1512:1421:M あしよしをおもひわくこそくるしけれただあらざればあられけるみを  1513:1422:M ふかく入らば月ゆゑとしもなきものをうきよしのばむみよしのの山  1514:1423:M  さがののみしよにもかはりて、あらぬやうになりて、人いなんとしたりけるをみて この里やさがのみかりのあとならむ野山もはてはあせかはりけり  1515:1424:M  大覺寺の金岡がたてたるいしをみて 庭のいはにめたつる人もなからましかどあるさまに立てしをかずば  1516:1425:M  たきのわたりのこだちあらぬことになりて、松ばかりなみたちたりけるをみて ながれみしきしのこだちもあせはてて松のみこそは昔なるらめ  1517:1426:M  りゆうもんにまゐるとて せをはやみみやたきがはをれたり行けば心のそこのすむここちする  1518:1427:M おもひ出でてたれかはとめてわけもこむいるやまみちの露の深さを  1519:1428:M 呉竹の今いくよかはおきふしていほりのまどをあげおろすべき  1520:1429:M そのすぢにいりなば心なにしかも人めおもひてよにつつむらむ  1521:1430:M みどりなるまつにかさなる白雪は柳のきぬを山におほへる  1522:1431:M さかりならぬ木もなく花のさきにけるとおもへば雪を今る山みち  1523:1432:M 波とみゆるゆきをわけてぞこぎ渡るきそのかけはしそこもみえねば  1524:1433:M まなづるはさはの氷のかがみにてちとせのかげをみてやなすらむ  1525:1434:M さはも解けずつめどかたみにとどまらでめにもたまらゐゑぐのくさぐき  1526:1435:M きみがすむきしのいはよりいづる水のたえぬ末をぞ人もくみける  1527:1436:M たしろみゆるいけのつつみのかさそへてたたふる水や春のよのため  1528:1437:M にはにながすしみづの末をせきとめてかどだやしなふころにもあるかな  1529:1438:M ふしみすぎぬをかのやになほとどまらじ日野までゆきてこまこころみむ  1530:1439:M 秋のいろはかせぞのもせにしきわたすしぐれは音を袂にぞきく  1531:1440:M しぐれそむるはなぞのやまに秋暮れてにしきのいろをあらたむるかな  1532:1441:M  いせのいそのへぢのにしきの島に、いそわのもみぢのちりけるを なみにしくもみぢの色をあらふゆゑににしきのしまといふにやあるらむ  1533:1442:M  みちのくにに、ひらいづみにむかひて、たばしねと申す山の侍るに、こと木はすくなきやうに、さくらのかぎりみえて、はなのさきたりけるをみてよめる ききもせずたばしねやまのさくら花よしののほかにかかるべしとは  1534:1443:M おくに猶人みぬ花のちらぬあれやたづねをいらむ山ほととぎす  1535:1444:M つばなぬくきたののちはらあせゆけば心すみれぞ生ひかはりける  1536:1445:M  れいならぬ人の大亊なりけるが、四月になしのはなのさきたりけるを見て、なしのほしきよしをねがひけるに、もしやと人にたづねければ、かれたるかしはにつつみたる梨を、ただひとつつかはして、こればかりなど申したりける はなのおりかしはにつつむしなのなしはひとつなれどもありのみとみゆ  1537:1446:M  さぬきの院、位におはしましけるをりの、みゆきのすずのそうをききてよみける ふりにけり君がみゆきのすずのそうはいかなる世にもたえずきこえて  1538:1447:M  日のいるつづみのごとし 浪のうつおとをつづみにまがふれば入日のかげのうちてゆらるる  1539:1448:M  題不知 山里の人もこずゑのまつがうれにあはれにきゐるほととぎすかな  1540:1449:M ならべける心はわれかほととぎす君まちえたるよひの枕に  1541:1450:M  つくしに、はらかと申すいをのつりをば、十月ついたちにおろすなり。しはすにひきあげて、京へはのぼせ侍る、そのつりのなは、はるかにとほくひきわたして、とほるふねのそのなはにあたりめるをば、かこちかかりてがうけがましく申してむづかしく侍るなり。その心をよめる。 はらかつるおほわださきのうけなはに心かけつつすぎむとぞ思ふ  1542:1451:M いせしまやいるるつきてすまうなみにけことおぼゆるいりとりのあま  1543:1452:M いそなつみて波かけられてすぎにけりわにのすみけるおほいそのねを  Subtitle  百首  1544:1453  花十首 よしの山花のちりにしこのもとにとめし心はわれをまつらむ  1545:1454 吉野山たかねの櫻さきそめばかからむものかはなのうすぐも  1546:1455 人はみなよしのの山へ入りぬめり都の花にわれはとまらむ  1547:1456 たづねいる人にはみせじ山櫻われとを花にあはむと思へば  1548:1457 山櫻さきぬとききてみにゆかむ人をあらそふこころとどめて  1549:1458 やま櫻ほどなくみゆるにほひかなさかりを人にまたれまたれて  1550:1459 花のゆきのにはにつもるにあとつけじかどなきやどといひちらさせて  1551:1460 ながめつるあしたの雨の庭のおもに花のゆきしく春の夕ぐれ  1552:1461 よしの山ふもとのたきにながす花や峯につもりし雪のした水  1553:1462:M ねにかへる花をおくりてよしの山夏のさかひに入りて出でぬる  1554:1463  郭公十首 なかむこゑやちりぬる花の名殘なるやがてまたるるほととぎすかな  1555:1464 はるくれてこゑにはなさくほととぎす尋ぬることもまつもかはらぬ  1556:1465 きかでまつ人おもひしれ郭公ききても人は猶ぞまつめる  1557:1466 ところがらききがたきかとほととぎすさとをかへても待たむとぞ思ふ  1558:1467 はつこゑをききてののちはほととぎす待つも心のたのもしきかな  1559:1468 さみだれのはれまたづねてほととぎす雲井につたふ聲きこゆなり  1560:1469 ほととぎすなべてきくにはにざりけりふるき山べのあかつきのこゑ  1561:1470 ほととぎすふかき山べにすむかひはこずゑにつづくこゑをきくかな  1562:1471 よるのとこをなきうかさなむ郭公物おもふ袖をとひにきたらば  1563:1472 ほととぎす月のかたぶく山のはにいでつるこゑのかへりいるかな  1564:1473  月十首 いせじまや月の光のさひが浦はあかしにはにぬかげぞすみける  1565:1474 いけ水に底きよくすむ月影はなみにこほりをしきわたすかな  1566:1475 月をみてあかしのうらを出づる舟はなみのよるとやおもはざるらむ  1567:1476 はなれたるしららのはまのおきのいしをくだかであらふ月の白波  1568:1477 おもひとけばちさとのかげもかずならずいたらぬくまも月にあらせじ  1569:1478 おほかたのあきをば月につつませて吹きほころばす風の音かな  1570:1479 なにごとかこのよにへたるおもひ出をとへかし人に月ををしへむ  1571:1480 おもひしるをよにはくまなきかげならずわがめにくもる月の光は  1572:1481 うき世ともおもひとほさじおしかへし月のすみけるひさかたのそら  1573:1482 月のよやともとをなりていづくにも人しらざらむすみかをしへよ  1574:1483  雪十首 しがかきのそまのおほてはとどめてよ初雪ふりぬむこの山人  1575:1484 いそがずば雪にわか身やとめられて山べの里に春をまたまし  1576:1485 あはれしりて誰かわけこむ山里の雪ふりうづむ庭の夕暮  1577:1486 みなと川とまにゆきふく友舟はむやひつつこそよをあかしけれ  1578:1487 いかだしのなみのしづむと見えつるは雪をつみつつくだるなりけり  1579:1488 たまりをるこずゑの雪の春ならば山里いかにもてなされまし  1580:1489 おほはらはせれうを雪の道にあけてよもには人もかよはざりけり  1581:1490 はれやらでふたむら山にたつ雲はひらのふぶきのなごりなりけり  1582:1491 ゆきしのぐいほりのつまをさしそへて跡とめてこむ人をとどめむ  1583:1492 くやしくもゆきのみやまへわけいらでふもとにのみもとしをつみける  1584:1493  戀十首 ふるきいもがそのにうゑたるからなづなたれなづさへとおふしたつらむ  1585:1494 くれなゐのよそなる色はしられねばふでにこそまづそめはじめつれ  1586:1495 さまざまのなげきを身にはつみおきていつしめるべきおもひなるらむ  1587:1496 きみをいかでこまかにゆへるしげめゆひたちもはなれずならびつつみむ  1588:1497 こひすともみさをに人にいはればや身にしたがはぬ心やはある  1589:1498 おもひいでよみつのはままつよそだつとしがのうら波たたむたもとを  1590:1499 うとくなる人は心のかはるともわれとは人に心おかれじ  1591:1500 月をうしとながめながらもおもふかなそのよばかりのかげとやはみし  1592:1501 我はただかへさでをきむさよ衣きてねしことをおもひいでつつ  1593:1502 川かぜにちどりなきけむふゆのよはわがおもひにてありける物を  1594:1503  述懷十首 いざさらばさかりおもふもほどもあらじはこやがみねの花にむつれし  1595:1504 山ふかくこころはかねておくりてき身こそうきよを出でやらねども  1596:1505 月にいかでむかしのことをかたらせてかげにそひつつ立ちもはなれじ  1597:1506 うき世としおもはでも身のすぎにける月の影にもなづさはりつつ  1598:1507 雲につきてうかれのみゆく心をば山にかけてをとめむとぞ思ふ  1599:1508 すててのちはまぎれしかたはおぼえぬを心のみをば世にあらせける  1600:1509 ちりつかでゆがめるみちをなをくなしてゆくゆく人をよにつがへばや  1601:1510 ひとしまむとおもひも見えぬ世にあれば末にさこそはおほぬさのはら  1602:1511:R 深き山はこけむすいはをたたみあげてふりにしかたををさめたるかな  1603:1512 ふりにける心こそなほあはれなれおよばぬ身にもよをおもはする  1604:1513  無常十首 はかなしな千年おもひしむかしをもゆめのうちにて過ぎにける代は  1605:1514 ささがにのいとにつらぬく露のたまをかけてかざれる世にこそありけれ  1606:1515 うつつをもうつつとさらにおもえねば夢をも夢と何かおもはむ  1607:1516 さらぬこともあとかたなきをわきてなど露もあだにもいひもおきけむ  1608:1517 ともしびのかかげぢからもなくなりてとまるひかりを待つわが身かな  1609:1518 みづ干たるいけにうるほふしたたりを命にたのむいろくづやたれ  1610:1519 みぎはちかくひきよせらるるおほあみにいくせのものの命こもれり  1611:1520 うらうらとしなむずるなどおもひとげば心のやがてさぞとこたふる  1612:1521:M いひすてて後のゆくへをおもひ出ばさてさはいかにうらしまのはこ  1613:1522:M よの中になくなる人をきくたびにおもひはしるをおろかなる身に  1614:1523  神祇十首 神樂二首 めづらしなあさくら山の雲井よりしたひ出でたるあかぼしのかげ  1615:1524 なごりいかにかへすがへすもをしからじそのこまにたつかぐらどねりは  1616:1525  賀茂二首 みたらしに若なすすぎて宮人のまでにささげてみとひらくめる  1617:1526:M ながつきのちからあはせにかちにけりわがかたをかをつよくたのみて  1618:1527  男山二首 こま日 けふのこまはみつのさうぶをおひてこそかたきをらちにかけてとほらめ  1619:1528  放生會 みこしをさのこゑさきだててくだりますおとかしこまる神のみや人  1620:1529  熊野二首 みくまののむなしきことはあらじかしむしたれいたのはこぶ歩みは  1621:1530 あらたなるくまのまうでのしるしをばこほりの垢離にうべきなりけり  1622:1531  みもすそ二首 はつ春をくまなくてらすかげをみて月にみづしるみもすそのきし  1623:1532 みもすそのきしの岩ねによをこめてかためたてたる宮ばしらかな  1624:1533  釋教十首 きりきわうのゆめのうちに三首 まどひてし心をたれもわすれつつひかへらるなることのうきかな  1625:1534 ひきひきにれがたてつるとおもひける人のこころやせばまくのきぬ  1626:1535 末の世の人の心もみがくべき玉をもちりにまぜてけるかな  1627:1536  無量義經三首 さとりひろきこの法をまづとき置きてふたつなしとはいひきはめける  1628:1537 山櫻つぼみはじむる花の枝に春をばこめてかすむなりけり  1629:1538 身につきてもゆるおもひのきえましや涼しき風のあふがさりせば  1630:1539  千手經三首 花まてば身ににざるべし朽ちはてて枝もなき木のねをなからしそ  1631:1540 ちかひありてねがはむくにへ行くべくはにしのかどよりさとりひらかむ  1632:1541:M さまざまにたな心なるちかひをばなものことばにふさねたるかな  1633:1542  又一首この心をやうばいのはるのにほひへんきちのくどくなり。しらんの秋の色は普賢菩薩のしんさうなり 野邊の色も春のにほひもおしなべて心そめけるさとりにぞなる  1634:1543  雜十首 さはのおもにふけたるたづの一こゑにおどろかされて千鳥なくなり  1635:1544 ともになりておなじみなとを出る舟のゆくへもしらずこぎわかれぬる  1636:1545 たきおつるよしののおくの宮川の昔をみけむ跡したはばや  1637:1546 わがそののをかべにたてる一つ松をともとみつつもおいにけるかな  1638:1547 さまざまのあはれありつる山里を人につたへて秋の暮ぬる  1639:1548 山がつの住みぬとみゆるわたりかなふゆにあせゆくしづはらの里  1640:1549 やま里の心の夢にまどひをれば吹きしらまかす風の音かな  1641:1550 月をこそながめば心うかれ出でめやみなる空にただよふやなぞ  1642:1551 波たかきあしやのおきをかくるふねのことなくてよをすぎむとぞおもふ  1643:1552 ささがにのいとよをかくてすぎにける人のひとなるてにもかからで  以上歌數千五百五十三首 本云一千五百七十二首云々 凡此書本落字僻字太多之 又不審歌繁多也 尤可校諸本 今山家集之外又有山家心中抄 被略拔此集内書出者也 〔底本奧書〕  本書本云。山家集歌三千百十二首也。其中より三重集をばえらびいでられたるなり。但百首をのぞかれたり。此山家集本歌の次第もしどけなく亂れ侍り。歌の數も三十一首たらず、正本はなら伊勢にぞ侍なる。たづねとりてかかるべし 〔竹柏園舊藏本古鈔本・松屋本奧書〕  以上歌數千五百五十三首 本云一千五百七十二首云々 凡此書本落字僻字大多之 又不審歌繁多也 尤可校諸本 今山家集之外又有山家心中抄被略拔此集内書者也 西行法師俗名範清號佐藤兵衞尉 建久元年二月十五日入滅之由隆信朝臣集也此山家集密々申出禁裏御本遂書冩校合畢 尤可爲證本乎 干時文祿三年季春上澣 玄旨判 〔温古堂本・神宮文庫本奧書〕  End  親本::  六家集本山家集近衞本  底本::   著名:  西行全集 第一巻        纂校山家集   校訂:  伊藤 嘉夫   発行者: 井上 了貞   発行所: ひたく書房   初版:  1981年02月16日 第 1刷発行  入力::   入力者: 新渡戸 広明(info@saigyo.net)   入力機: Sharp Zaurus igeti MI-P1-A   編集機: Apple Macintosh Performa 5280   入力日: 2000年12月10日-2001年03月10日  校正1::   校正者:vol   校正日:2005年02月07日    0181:0160   誰ならむあらたのくろにすみれつむ人は心のりなかるべし    0181:0160   誰ならむあらたのくろにすみれつむ人は心のりなかるべし $id$