Title  山家集  Book  山家集上  Subtitle  春  0001:  たつはるのあしたよみける としくれぬ春くべしとはおもひねにまさしく見えてかなふ初夢  0002: 山のはのかすむけしきにしるきかなけさよりやさは春のあけぼの  0003: はるたつとおもひもあへぬあさいでにいつしかかすむおとは山かな  0004: たちかはる春をしれとも見せがほにとしをへだつる霞なりけり  0005:  家々翫春と云ふ事 かどことにたつる小松にかざられてやどてふやどに春はきにけり  0006:  元日子日にて侍りけるに ねのひしてたてたる松にうゑそへんちよかさぬべきとしのしるしに  0007:  山ざとに春立つと云ふ事 山ざとはかすみわたれるけしきにて空にやはるの立つを知るらん  0008:  なにはわたりに、としこしに侍りけるに、春立つこころをよみける いつしかとはるきにけりと津のくにの難波のうらを霞こめたり  0009:  春になりけるかたたがへに、しがのさとへまかりける人にぐしてまかりけるに、あふさか山のかすみけるをみて わきてけふあふさか山のかすめるはたちおくれたる春やこゆらん  0010:  だいしらず はるしれと谷のほそみづもりぞくるいはまの氷ひまたえにけり  0011: かすまずはなにをか春とおもはましまだゆききえぬみよしのの山  0012:  海辺霞と云ふ事を もしほやくうらのあたりは立ちのかでけぶりたちそふはるがすみかな  0013:  同じ心を伊勢にふたみと云ふ所にて 波こすとふたみのまつの見えつるはこずゑにかかる霞なりけり  0014:  子日 はるごとにのべの小松をひく人はいくらの千よをふべきなるらん  0015: 子日する人にかすみはさきだちてこまつがはらをたなびきてけり  0016: ねのびしにかすみたなびくのべに出でてはつ鶯のこゑをききつる  0017:  わかなにはつねのあひたりければ、人のもとへ申しつかはしける わかなつむけふにはつねのあひぬればまつにや人のこころひくらん  0018:  雪中若菜 けふはただおもひもよらでかへりなむゆきつむのべのわかななりけり  0019:  わかな かすがのはとしのうちにはゆきつみてはるはわかなのおふるなりけり  0020:  雨中若菜 春雨のふるののわかなおひぬらしぬれぬれつまんかたみたぬきれ  0021:  わかなによせてふるきをおもふと云ふ事を わかなつむのべのかすみにあはれなるむかしをとほくへだつとおもへば  0022:  老人のわかなと云ふ事を うづゑつきななくさにこそおいにけれとしをかさねてつめるわかなに  0023:  寄若菜述懐と云ふ事を わかなおふるはるののもりに我なりてうき世を人につみしらせばや  0024:  寄鶯述懐 うき身にてきくもをしきはうぐひすの霞にむせぶあけぼのの山  0025:  閑中鶯 鶯のこゑぞかすみにもれてくる人めともしき春の山ざと  0026:  雨中鶯 鶯のはるさめざめとなきゐたるたけのしづくやなみだなるらん  0027:  すみけるたにに、うぐひすのこゑせずなりければ ふるすうとくたにの鶯なりはてば我やかはりてなかんとすらん  0028: 鶯はたにのふるすを出でぬともわがゆくへをばわすれざらなん  0029: うぐひすはわれをすもりにたのみてやたにのをかへはいでてなくらむ  0030: はるのほどはわがすむいほのともに成りてふるすな出でそ谷の鶯  0031:  きぎすを もえいづるわかなあさるときこゆなりきぎすなくのの春の明ぼの  0032: おひかはるはるのわかくさまちわびてはらのかれのにきぎすなくなり  0033: 春の霞いへたちいでてゆきにけんきぎたつ野をやきてけるかな  0034: かた岡にしばうつりしてなくきぎすたつはおととてたからぬかは  0035:  山家梅 かをとめん人にこそまて山ざとの垣ねの梅のちらぬかぎりは  0036: 心せんしづがかきねの梅はあやなよしなくすぐる人とどめけり  0037: このはるはしづが垣ねにふればひてむめがかとめん人したしまん  0038:  さがにすみけるに、みちをへだてて房の侍りけるより梅の風にちりけるを ぬしいかに風わたるとていとふらんよそにうれしき梅のにほひを  0039:  いほりのまへなりける梅をみてよみける 梅が香をたにふところにふききためていりこん人にしめよ春風  0040:  伊勢にもりやまと申す所に侍りけるに、いほりにむめのかうばしくにほひけるを しばのいほにとくとくむめのにほひきてやさしきかたもあるすみかかな  0041:  梅に鶯なきけるを むめがかにたぐへてきけばうぐひすのこゑなつかしき春の山ざと  0042: つくりおきしこけのふすまに鶯は身にしむ梅のかやにほふらん  0043:  たびのとまりのむめ ひとりぬるくさのまくらのうつりがは垣ねのむめのにほひなりけり  0044:  古砌梅 なにとなくのきなつかしきむめゆゑにすみけん人の心をぞしる  0045:  山家春雨と云ふ事を、大原にてよみけるに はるさめののきたれこむるつれづれにひとにしられぬひとのすみかか  0046:  霞中帰雁 なにとなくおぼつかなきはあまのはらかすみにきえてかへるかりがね  0047: かりがねはかへるみちにやまよふらんこしのなかやま霞へだてて  0048:  帰雁 たまづさのはしがきかとも見ゆるかなとびおくれつつかへるかりがね  0049:  山家喚子鳥 山ざとへたれをまたこはよぶこどりひとりのみこそすまんとおもふに  0050:  苗代 なはしろのみづをかすみはたなびきてうちひのうへにかくるなりけり  0051:  かすみに月のくもれるをみて くもなくておぼろなりともみゆるかな霞かかれる春のよの月  0052:  山家柳 山がつのかたをかかけてしむるいほのさかひにみゆるたまのをやなぎ  0053:  雨中柳 なかなかに風のほすにぞみだれける雨にぬれたる青柳のいと  0054:  柳乱風 見わたせばさほのかはらにくりかけてかぜによらるるなをやぎのいと  0055:  水辺柳 みなそこにふかきみどりの色みえて風になみよるかはやなぎかな  0056:  待花忘他 まつによりちらぬこゝろをやまざくらさきなば花のおもひしらなん  0057:  独尋山花 たれかまた花をたづねてよしの山こけふみわくるいはつたふらん  0058:  待花 いまさらに春をわするる花もあらじやすくまちつつけふもくらさん  0059: おぼつかないづれのやまのみねよりかまたるる花のさきはじむらん  0060: そらにいでていづくともなくたづぬればくもとははなの見ゆるなりけり  0061: ゆきとぢしたにのふるすを思ひいでてはなにむつるる鶯のこゑ  0062:  花の歌あまたよみけるに よしの山くもをはかりにたづねいりてこころにかけし花をみるかな  0063: おもひやる心やはなにゆかざらんかすみこめたるみよしののやま  0064: おしなべてはなのさかりに成にけりやまのはごとにかかるしらくも  0065: まがふいろに花さきぬればよしの山はるははれせぬみねのしら雲  0066: よし野山こずゑの花を見し日より心は身にもそはず成にき  0067: あくがるるこころはさてもやまざくらちりなんのちやみにかへるべき  0068: 花みればそのいはれとはなけれども心のうちぞくるしかりける  0069: しらかはのこずゑをみてぞなぐさむるよしのの山にかよふ心を  0070: しらかはの春のこずゑの鶯ははなのことばをきくここちする  0071: ひきかへてはなみる春はよるはなく月見るあきはひるなからなん  0072: 花ちらで月はくもらぬよなりせば物をおもはぬわが身ならまし  0073: たぐひなきはなをしえだにさかすれば桜にならぶ木ぞなかりける  0074: 身をわけて見ぬこずゑなくつくさばやよろづのやまの花のさかりを  0075: さくらさくよものやまべをかぬるまにのどかにはなを見ぬここちする  0076: はなにそむこころのいかでのこりけんすてはててきと思ふ我が身に  0077: ねがはくは花のしたにて春しなんそのきさらぎのもちづきのころ  0078: ほとけにはさくらの花をたてまつれわがのちのよを人とぶらはば  0079: なにとかやよにありがたき名をえたる花もさかりにまさりしもせじ  0080: 山ざくらかすみのころもあつくきてこの春だにも風つつまなん  0081: おもひやるたかねのくものはなならばちらぬなぬかははれじとぞ思ふ  0082: 長閑なれこころをさらにつくしつつはなゆゑにこそ春はまちしか  0083: かざこしのみねのつづきにさく花はいつさかりともなくやちりけん  0084: ならひありて風さそふとも山ざくらたづぬるわれをまちつけてちれ  0085: すそのやくけぶりぞ春はよしの山花をへだつる霞なりける  0086: いまよりは花みん人につたへおかんよをのがれつつやまにすまへと  0087:  しづかならんと思ひけるころ、花見に人人まうできたりければ 花見にとむれつつ人のくるのみぞあたらさくらのとがには有りける  0088: 花もちり人もこざらんをりはまたやまのかひにてのどかなるべし  0089:  かきたえ、こととはずなりにける人の、花みに山ざとへまうできたり、とききてよみける 年をへておなじこずゑににほへども花こそ人にあかれざりけれ  0090:  花のしたにて月をみてよみける くもにまがふ花のしたにてながむればおぼろに月は見ゆるなりける  0091:  春のあけぼの花みけるに鶯のなきければ 花の色や声にそむらん鶯のなくねことなる春のあけぼの  0092:  春は花をともと云ふ事をせか院の齋院にて人人よみけるに おのづから花なきとしの春もあらばなににつけてか日をくらすべき  0093:  老見花と云ふ事を おもひいでになにをかせましこの春の花まちつけぬ我が身なりせば  0094:  ふる木のさくらの、ところどころさきたるをみて わきてみんおい木は花もあはれなりいまいくたびか春にあふべき  0095:  屏風の絵を人人よみけるに、春の宮人むれて花みける所に、よそなる人の見やりてたてりけるを このもとは見る人しげしさくらばなよそにながめてかをばをしまん  0096:  山寺の花、さかりりなりけるに、昔を思ひ出でて よしの山ほきぢづたひにたづね入りて花見しはるはひとむかしかも  0097:  修行し侍りけるに、花のおもしろかりける所にて ながむるにはなのなたての身ならずはこのさとにてや春をくらさん  0098:  くまのへまゐりけるに、やがみの王子の花おもしろかりければ、社に書きつけける まちきつるやがみのさくらさきにけりあらくおろすなみすの山かぜ  0099:  せか院の花、さかりなりけるころ、としたかのもとよりいひおくられける おのづからくる人あらばもろともにながめまほしき山ざくらかな  0100:  返し ながむてふかずに入るべき身なりせばきみがやどにて春はへぬべし  0101:  上西門院の女房、法勝寺の花見侍りけるに、雨のふりてくれにければかへられにけり、又の日、兵衛のつぼねのもとへ、花のみゆき思ひ出でさせ給ふらんとおぼえて、かくなん申さまほしかりしとてつかはしける 見るひとに花もむかしをおもひいでてこひしかるべしあめにしをるる  0102:  返し いにしへをしのぶるあめとたれかみんはなもそのよのともしなければ  わかき人人ばかりなん、おいにける身は、かぜのわづらはしさにいとはるる事にてとありける、やさしくきこえけり  0103:  雨のふりけるに、花のしたにて車たててながめける人に ぬるともとかげをたのみておもひけん人のあとふむけふにも有るかな  0104:  世をのがれて東山に侍りけるころ、白川の花ざかりに人さそひければまかりて、かへりてむかし思ひ出でて ちるをみてかへるこころやさくらばなむかしにかはるしるしなるらん  0105:  山路落花 ちりそむる花のはつゆきふりぬればふみわけまうきしがの山ごえ  0106:  落花の歌あまたよみけるに ちよくとかやくだすみかどのいませかしさらばおそれてはなやちらぬと  0107: 波もなく風ををさめし白川のきみのをりもや花はちりけん  0108: いかで我このよのほかのおもひでにかぜをいとはで花をながめん  0109: 年をへてまつもをしむもやまざくら心を春はつくすなりけり  0110: よし野山たにへたなびくしらくもはみねのさくらのちるにやあるらん  0111: 吉野山みねなる花はいづかたのたににかわきてちりつもるらん  0112: 山おろしのこのもとうづむ春の雪はいはゐにうくもこほりとぞみる  0113: はる風の花のふぶきにうづまれてゆきもやられぬしがのやまみち  0114: 立ちまがふみねの雲をばはらふとも花をちらさぬあらしなりせば  0115: よしの山花ふきぐしてみねこゆるあらしはくもとよそにみゆらん  0116: をしまれぬ身だにもよにはあるものをあなあやにくの花の心や  0117: うきよにはとどめおかじとはるかぜのちらすは花ををしむなりけり  0118: もろともにわれをもぐしてちりね花うきよをいとふ心ある身ぞ  0119: おもへただはなのちりなんこのもとになにをかげにて我が身すみなん  0120: ながむとてはなにもいたくなれぬればちるわかれこそかなしかりけれ  0121: をしめどもおもひげもなくあだにちるはなは心ぞかしこかりける  0122: こずゑふく風のこころはいかがせんしたがふはなのうらめしきかな  0123: いかでかはちらであれともおもふべきしばしとしたふなげきしれはな  0124: このもとの花にこよひはうづもれてあかぬこずゑをおもひあかさん  0125: このもとにたびねをすればよしの山はなのふすまをきするはるかぜ  0126: ゆきとみえて風にさくらのみだるればはなのかさきる春のよの月  0127: ちる花ををしむこころやとどまりてまたこんはるのたねになるべき  0128: はるふかみえだもゆるがでちる花は風のとがにはあらぬなるべし  0129: あながちに庭をさへはくあらしかなさこそ心にはなをまかせめ  0130: あだにちるさこそこずゑの花ならめすこしはのこせ春の山風  0131: こころえつただひとすぢに今よりは花ををしまで風をいとはん  0132: 吉野山さくらにまがふしら雲のちりなんのちははれずもあらなん  0133: 花とみばさすがなさけをかけましをくもとて風のはらふなるべし  0134: 風さそふ花のゆくへはしらねどもをしむ心は身にとまりけり  0135: 花ざかりこずゑをさそふ風なくてのどかにちらすはるにあはばや  0136:  庭花似波と云ふ事を 風あらみこずゑのはなのながれきてにはになみたつしらかはのさと  0137:  しらかはの花にはおもしろかりけるをみて あだにちるこずゑの花をながむれば庭にはきえぬゆきぞつもれる  0138:  高野にこもりたりけるころ、草のいほりに花のちりつみければ ちる花のいほりのうへをふくならばかぜいるまじくめぐりかこはん  0139:  夢中落花と云ふ事を、せか院の斎院にて人人よみけるに 春風のはなをちらすと見るゆめはさめてもむねのさわぐなりけり  0140:  風前落花 山ざくらえだきる風のなごりなく花をさながらわがものにする  0141:  雨中落花 こずゑうつあめにしをれてちる花のをしき心をなににたとへん  0142:  遠山残花 よしの山ひとむら見ゆるしらくもはさきおくれたるさくらなるべし  0143:  花歌十五首よみけるに よしの山人に心をつけがほにはなよりさきにかかるしら雲  0144: 山さむみ花さくべくもなかりけりあまりかねてもたづねきにける  0145: かたばかりつぼむとはなをおもふよりそらまたこころものになるらん  0146: おぼつかなたにはさくらのいかならんみねにはいまだかけぬしら雲  0147: はなときくはたれもさこそはうれしけれおもひしづめぬ我がこころかな  0148: はつはなのひらけはじむるこずゑよりそばへてかぜのわたるなりけり  0149: おぼつかなはなは心の春にのみいづれのとしかうかれそめけん  0150: いざことしちれとさくらをかたらはんなかなかさらば風やおしむと  0151: 風ふくとえだをはなれておつまじくはなとぢつけよあをやぎのいと  0152: ふく風のなめてこずゑにあたるかなかばかり人のをしむさくらに  0153: なにとかくあだなるはるのいろをしも心にふかくそめはじめけん  0154: おなじみのめづらしからずをしめばや花もかはらずさけばちるらん  0155: みねにちる花はたになる木にぞさくいたくいとはじ春の山風  0156: 山おろしにみだれて花のちりけるをいははなれたるたきとみたれば  0157: 花もちり人もみやこへかへりなばやまさびしくやならんとすらん  0158:  ちりてのち花を思ふと云ふ事を 青葉さへ見ればこころのとまるかなちりにし花のなごりとおもへば  0159:  すみれ あとたえてあさぢしげれる庭のおもに誰わけいりてすみれつみてん  0160: 誰ならんあらたのくろにすみれつむ人は心のわりなかるべし  0161:  さわらび なほざりにやきすてしののさわらびはをる人なくてほどろとやなる  0162:  かきつばた ゐまみづにしげるまこものわかれぬをさきへだてたるかきつばたかな  0163:  山路躑躅 にはつたひをらでつつじをてにぞとるさかしきやまのとりどころには  0164:  つつじ山のひかりたり つつじさく山のいはかげゆふばえてをぐらはよそのなのみなりけり  0165:  山ぶき きしちかみうゑけん人ぞうらめしきなみにをらるるやまぶきの花  0166: 山ぶきのはなさくさとになりぬればここにもゐでとおもほゆるかな  0167:  かはづ ますげおふるやまだにみづをまかすればうれしがほにもなくかはづかな  0168: みさびゐて月もやどらぬにごりえにわれすまんとてかはづなくなり  0169:  春のうちに郭公をきくと云ふ事を うれしともおもひぞわかぬ郭公はるきくことのならひなければ  0170:  伊せにまかりたりけるに、みつと申す所にて、海辺暮と云ふ事を神主どもよみけるに すぐるはるしほのみつよりふなでしてなみのはなをやさきにたつらん  0171:  三月一日たらでくれにけるによみける 春ゆゑにせめてもものをおもへとやみそかにだにもたらでくれぬる  0172: けふのみとおもへばながき春の日もほどなくくるるここちこそすれ  0173: ゆく春をとどめかねぬるゆふぐれはあけぼのよりもあはれなりけり  Subtitle  夏  0174: かぎりあればころもばかりはぬぎかへてこころははるをしたふなりけり  0175:  夏歌中に くさしげるみちかりあけてやまざとははな見し人の心をぞしる  0176:  みつの上のうの花 たつた河きしのまがきを見わたせばゐせきの浪にまがふうの花  0177:  よるのうの花 まがふべき月なきころのうのはなはよるさへさらすぬのかとぞ見る  0178:  社頭卯花 神がきのあたりにさくもたよりあれやゆふかけたりとみゆるうの花  0179:  無言なりけるころ、郭公のはつこゑをききて 郭公ひとにかたらぬをりにしもはつねきくこそかひなかりけれ  0180:  たづねざるに郭公をきくと云ふ事を賀茂社にて人人よみける ほととぎすうづきのいみにいこもるをおもひしりてもきなくなるかな  0181:  ゆふぐれの郭公 さとなるるたそがれどきのほととぎすきかずがほにてまたなのらせん  0182:  郭公 我がやどにはなたちばなをうゑてこそ山ほととぎすまつべかりけれ  0183: たづぬればききがたきかとほととぎすこよひばかりはまちこころみん  0184: 郭公まつこころのみつくさせてこゑをばをしむさ月なりけり  0185:  人にかはりて まつ人の心をしらばほととぎすたのもしくてやよをあかさまし  0186:  郭公をまちてむなしくあけぬと云ふ事を ほととぎすきかであけぬとつげがほにまたれぬとりのねぞきこゆなる  0187: 郭公きかであけぬるなつのよのうらしまのこはまことなりけり  0188:  郭公歌五首よみけるに ほととぎすきかぬものゆゑまよはまし春をたづねぬ山路なりせば  0189: まつことははつねまでかとおもひしにききふるされぬほととぎすかな  0190: ききおくるこころをぐしてほととぎたかまのやまのみねこえぬなり  0191: おほゐ川をぐらの山のほととぎすゐせきにこゑのとまらましかば  0192: ほととぎすそののちこえんやまぢにもかたらふこゑはかはらざらなん  0193:  ほととぎすを 郭公おもひもわかぬひと声をききつといかが人にかたらん  0194: ほととぎすいかばかりなる契にてこころつくさで人のきくらん  0195: かたらひしそのよのこゑはほととぎすいかなるよにもわすれんものか  0196: ほととぎすはなたちばなはにほふとも身をうの花のかきねわすれな  0197:  雨中待郭公と云ふ事を 郭公しのぶうづきもすぎにしを猶こゑをしむさみだれのそら  0198:  雨中郭公 さみだれのはれまも見えぬ雲ぢより山ほととぎすなきてすぐなり  0199:  山寺郭公人人よみける 郭公きくにとてしもこもらねどはつせのやまはたよりありけり  0200:  五月つごもりに、山ざとにまかりて、たちかへりけるを、郭公もすげなくききすててかへりし事など、人の申しつかはしたりける返事に ほととぎすなごりあらせてかへりしがききすつるにもなりにけるかな  0201:  題不知 空はれてぬまのみかさをおとさずはあやめもふかぬさ月なるべし  0202:  高野の中院と申す所に、あやめふきたる房の侍りけるにさくらのちりけるがめづらしくおぼえて、よみける 桜ちるやどをかざれるあやめをばはなさうぶとやいふべかるらん  0203:  坊なるちごこれをききて ちるけふをけふのあやめのねにかけてくすだまともやいふべかるらん  0204:  さる事ありて、人のもの申しつかはしたりける返事に、五日 をりにあひて人にわが身やひかれましつくまのぬまのあやめなりせば  0205:  五月五日、山寺へ人のけふいる物なればとて、しやうぶをつかはしたりける返事に にしにのみこころぞかかるあやめ草このよばかりのやどと思へば  0206: みな人の心のうきはあやめ草にしにおもひのひかぬなりけり  0207:  さみだれ みづたたふいは間のまこもかりかねてむなでにすぐるさみだれのころ  0208: さみだれにみづまさるらしうち橋やくもでにかかるなみのしらいと  0209: 五月雨はいはせくぬまのみづふかみわけしいしまのかよひどもなし  0210: こざさしくふるさとをののみちのあとをまたさはになすさみだれのころ  0211: つくづくと軒のしづくをながめつつ日をのみくらすさみだれの比  0212: あづまやのをがやがのきのいとみづにたまぬきかくるさみだれの比  0213: さみだれにをだのさなへやいかならんあぜのうきつちあらひこされて  0214: さみだれのころにしなればあらをだに人もまかせぬみづたたひけり  0215:  あるところにさみだれの歌十五首よみ侍りしに、人にかはりて さみだれにほすひまなくてもしほ草けぶりもたてぬうらのあま人  0216: みなせ川をちのかよひぢみづみちてふなわたりするさみだれのころ  0217: ひろせがはわたりのおきのみをじるしみかさぞふかきさみだれの比  0218: はやせ川つなでのきしをおきにみてのぼりわづらふさみだれの比  0219: みづわくるなにはほりえのなかりせばいかにかせましさみだれのころ  0220: ふねすゑしみなとのあしまさをたてて心ゆくらんさみだれのころ  0221: みなそこにしかれにけりなさみだれてみつのまこもをかりにきたれば  0222: さみだれのをやむはれまのなからめやみづのかさほせまこもかるふね  0223: さみだれにさののふなはしうきぬればのりてぞ人はさしわたるらん  0224: 五月雨のはれぬ日かずのふるままにぬまのまこもはみがくれにけり  0225: みづなしとききてふりにしかつまたのいけあらたむるさみだれの比  0226: さみだれはゆくべきみちのあてもなしをざさがはらもうきにながれて  0227: 五月雨はやまだのあぜのたきまくらかずをかさねておつるなりけり  0228: かはばたのよどみにとまるながれぎのうきはしわたすさみだれの比  0229: おもはずにあなづりにくきこがはかなさつきの雨に水まさりつつ  0230:  となりのいづみ 風をのみはななきやどはまちまちていづみのすゑをまたむすぶかな  0231:  水辺納涼と云ふ事を、北白川にてよみける 水の音にあつさわするるまとゐかなこずゑのせみの声もまぎれて  0232:  深山水鶏 杣人のくれにやどかるここちして庵をたたく水鶏なりけり  0233:  題不知 夏山のゆふしたかぜのすずしさにならのこかげのたたまうきかな  0234:  なでしこ かきわけてをればつゆこそこぼれけれあさぢにまじるなでしこの花  0235:  雨中撫子 露おもみそののなでしこいかならんあらく見えつるゆふだちの空  0236:  夏野草 みまぐさにはらのをすすきしがふとてふしどあせぬとしかおもふらん  0237:  旅行草深と云ふ事を 旅人のわくるなつのの草しげみはずゑにすげのをがさはづれて  0238: ひばりあがるおほののちはらなつくればすずむこかげをたづねてぞ行く  0239:  ともし ともしするほぐしのまつもかへなくにしかめあはせであかすなつのよ  0240:  題不知 夏のよはしののこたけのふしちかみそよやほどなくあくるなりけり  0241: なつの夜の月みることやなかるらんかやりびたつるしづのふせやは  0242:  海辺夏月 つゆのちるあしのわか葉に月さえてあきをあらそふなにはえのうら  0243:  泉にむかひて月をみると云ふ事を むすびあぐるいづみにすめる月影はてにもとられぬかがみなりけり  0244: むすぶてにすずしきかげをしたふかなしみづにやどるなつのよの月  0245:  夏月歌よみけるに 夏のよもをざさがはらにしもぞおく月のひかりのさえしわたれば  0246: 山川のいはにせかれてちる浪をあられと見する夏の夜の月  0247:  池上夏月 かげさえて月しもことにすみぬれば夏のいけにもつららゐにけり  0248:  蓮満池と云ふ事を おのづから月やどるべきひまもなくいけにはちすの花さきにけり  0249:  雨中夏月 ゆふだちのはるれば月ぞやどりけるたまゆりすうるはすのうきはに  0250:  涼風如秋 まだきより身にしむ風のけしきかな秋さきだつるみやまべのさと  0251:  松風如秋と云ふ事を北白川なる所にて人人よみて、又水声に有秋と云ふ事をかさねけるに 松風のおとのみならずいしばしる水にも秋はありけるものを  0252:  山家待秋 山ざとはそとものまくずはをしげみうらふきかへす秋をまつかな  0253:  みなづきばらへ みそぎしてぬさきりながす河のせにやがてあきめく風ぞすずしき  Subtitle  秋  0254:  山家初秋 さまざまのあはれをこめてこずゑふく風に秋しるみやまべのさと  0255:  山居初秋 秋たつと人はつげねどしられけりみ山のすその風のけしきに  0256:  ときはのさとにて、初秋月と云ふ事を人人よみけるに 秋たつとおもふにそらもただならでわれてひかりをわけん三か月  0257:  はじめの秋ごろ、なるをと申す所にて松風の音をききて つねよりも秋になるをの松風はわきて身にしむここちこそすれ  0258:  七夕 いそぎおきてにはのこぐさのつゆふまんやさしきかずに人やおもふと  0259: くれぬめりけふまちつけてたなばたはうれしきにもやつゆこぼるらん  0260: あまの川けふのなぬかはながきよのためしにもひきいみもしつべし  0261: 船よするあまの河辺のゆふ暮はすずしき風やふきわたるらん  0262: まちつけてうれしかるらんたなばたの心のうちぞ空にしらるる  0263:  くものいかきけるをみて ささがにのくもでにかけてひくいとやけふたなばたにかささぎのはし  0264:  草花みちをさいぎると云ふ事を ゆふ露をはらへばそでにたまきえてみちわけかぬるをののはぎはら  0265:  野径 すゑ葉ふく風はのもせにわたるともあらくはわけじはぎのしたつゆ  0266:  草花得時と云ふ事を いとすすきぬはれてしかのふすのべにほころびやすきふぢばかまかな  0267:  行路草花 をらで行くそでにも露ぞこぼれけるはぎのはしげきのべのほそみち  0268:  霧中草花 ほにいづるみやまがすそのむらすすきまがきにこめてかこふ秋ぎり  0269:  終日見野花 みだれさくのべのはぎはらわけくれて露にも袖をそめてけるかな  0270:  萩満野 さきそはん所の野べにあらばやは萩よりほかのはなも見るべき  0271:  萩満野亭 わけているにはしもやがてのべなれば萩のさかりをわがものにみる  0272:  野萩似錦 けふぞしるそのえにあらふからにしきはぎさくのべに有りけるものを  0273:  草花を しげりゆきしはらのした草をばないでてまねくはたれをしたふなるらん  0274:  薄当道繁 はなすすきこころあてにぞわけてゆくほのみしみちのあとしなければ  0275:  古籬苅萱 まがきあれてすすきならねどかるかやもしげきのべとも成にけるものを  0276:  女郎花 をみなへしわけつるのべとおもはばやおなじつゆにしぬるとみてそは  0277: をみなへしいろめくのべにふればはんたもとにつゆやこぼれかかると  0278:  草花露重 けさみればつゆのすがるにをれふしておきもあがらぬをみなへしかな  0279: おほかたの野べの露にはしをるれどわがなみだなきをみなへしかな  0280:  女郎花帯露 はながえに露のしらたまぬきかけてをる袖ぬらすをみなへしかな  0281: をらぬよりそでぞぬれぬる女郎花露むすぼれてたてるけしきに  0282:  水辺女郎花 いけのおもにかげをさやかにうつしてもみづかがみ見るをみなへしかな  0283: たぐひなきはなのすがたを女郎花いけのかがみにうつしてぞみる  0284:  女郎花水近 女郎花いけのさなみにえだひぢてものおもふそでのぬるるがほなる  0285:  荻 おもふにもすぎてあはれにきこゆるは荻のはみだるあきのゆふ風  0286: おしなべて木草のすゑのはらまでになびきて秋のあはれ見えけり  0287:  荻風払露 をしかふすはぎさくのべの夕露をしばしもためぬをぎのうはかぜ  0288:  隣夕荻風 あたりまであはれしれともいひがほにをぎのおとこすあきの夕風  0289:  秋歌中に ふきわたす風にあはれをひとしめていづくもすごき秋の夕ぐれ  0290: おぼつかな秋はいかなるゆゑのあればすずろにもののかなしかるらん  0291: なにごとをいかにおもふとなけれどもたもとかわかぬ秋のゆふぐれ  0292: なにとなくものがなしくぞ見えわたるとばたのおもの秋の夕ぐれ  0293:  野亭秋夜 ねざめつつながきよかなといはれのにいくあきさてもわが身へぬらん  0294:  露を おほかたの露にはなにのなるならんたもとにおくはなみだなりけり  0295:  やまざとに人人まかりてあきの歌よみけるに 山ざとのそとものをかのたかき木にそぞろがましきあきぜみのこゑ  0296:  人人秋歌十首よみけるに たまにぬく露はこぼれてむさしののくさのはむすぶ秋のはつかぜ  0297: ほにいでてしののをすすきまねくのにたはれてたてるをみなへしかな  0298: はなをこそのべのものとは見にきつれくるればむしのねをもききけり  0299: をぎのはをふきずぎてゆく風の音に心みだるる秋のゆふぐれ  0300: はれやらぬみやまのきりのたえだえにほのかにしかのこゑきこゆなり  0301: かねてよりこずえのいろをおもふかなしぐれはじむるみやまべのさと  0302: しかのねをかきねにこめてきくのみかつきもすみけりあきの山ざと  0303: いほにもる月の影こそさびしけれやまだはひたのおとばかりして  0304: わづかなるにはのこ草のしら露をもとめてやどる秋のよの月  0305: なにとかくこころをさへはつくすらんわがなげきにてくるるあきかは  0306:  月 秋のよの空にいづてふなのみしてかげほのかなるゆふづくよかな  0307: あまのはらつきたけのぼるくもぢをばわきても風のふきはらはなん  0308: うれしとやまつ人ごとにおもふらん山のはいづる秋のよの月  0309: なかなかに心つくすもくるしきにくもらばいりね秋の夜の月  0310: いかばかりうれしからまし秋のよの月すむ空にくもなかりせば  0311: はりまがたなだのみおきにこぎいでてあたりおもはぬ月をながめん  0312: いざよはでいづるは月のうれしくているやまのははつらきなりけり  0313: 水のおもにやどる月さへいりぬるはいけのそこにもやまやあるらん  0314: したはるるこころやゆくとやまのはにしばしないりそ秋のよの月  0315: あくるまでよひよりそらにくもなくてまたこそかかる月みざりつれ  0316: あさぢはら葉ずゑの露のたまごとにひかりつらぬく秋のよの月  0317: 秋のよの月をゆきかとまがふれば露もあられのここちこそすれ  0318:  閑待月 月ならでさしいるかげのなきままにくるるうれしき秋の山ざと  0319:  海辺月 きよみがた月すむ空のうきくもは富士のたかねのけぶりなりけり  0320:  池上月 みさびゐぬいけのおもてのきよければやどれる月もめやすかりけり  0321:  同じ心を、遍照寺にて人人よみけるに やどしもつ月のひかりのををしさはいかにいへどもひろさはのいけ  0322: いけにすむ月にかかれるうきくもははらひのこせるみさびなりけり  0323:  月似池 水なくてこほりぞしたるかつまたの池あらたむる秋のよの月  0324:  名所月 きよみがたおきのいはこすしら波にひかりをかはす秋のよの月  0325: なべてなほ所のなをやをしむらんあかしはわきて月のさやけき  0326:  海辺明月 なにはがた月のひかりにうらさえてなみのおもてにこほりをぞしく  0327:  月前遠望 くまもなき月のひかりにさそはれていくくもゐまでゆく心ぞも  0328:  終夜見月 たれきなん月のひかりにさそはれてとおもふによはのあけぬなるかな  0329:  八月十五夜 山のはをいづるよひよりしるきかなこよひしらする秋のよの月  0330: かぞへねどこよひの月のけしきにて秋のなかばを空にしるかな  0331: あまのがはなにながれたるかひありてこよひの月はことにすみけり  0332: さやかなるかげにてしるし秋の月とよにあまれるいつかなりけり  0333: うちつけにまたこん秋のこよひまで月ゆゑをしくなるいのちかな  0334: 秋はただこよひひとよのななりけりおなじくもゐに月はすめども  0335: おいもせぬ十五のとしもあるものをこよひの月のかからましかば  0336:  くもれる十五夜を 月見ればかげなくくもにつつまれてこよひならずばやみに見えまし  0337:  月歌あまたよみけるに いりぬとやあづまに人はをしむらんみやこにいづる山のはの月  0338: まちいでてくまなきよひの月みれば雲ぞ心にまづかかりける  0339: 秋風やあまつ雲井をはらふらんふけゆくままに月のさやけき  0340: いづくとてあはれならずはなけれどもあれたるやどぞ月はさびしき  0341: よもぎわけてあれたる庭の月みればむかしすみけん人ぞ恋しき  0342: 身にしみてあはれしらする風よりも月にぞ秋のいろはありける  0343: むしのねにかれゆく野べの草むらにあはれをそへてすめる月かげ  0344: ひとも見ぬよしなき山のすゑまでにすむらん月のかげをこそおもへ  0345: このまもる有明の月をながむればさびしさそふるみねのまつ風  0346: いかにせんかげをばそでにやどせども心のすめば月のくもるを  0347: くやしくもしづのふせやとおとしめて月のもるをもしらですぎける  0348: あばれたる草の庵にもる月を袖にうつしてながめつるかな  0349: 月をみて心うかれしいにしへのあきにもさらにめぐりあひぬる  0350: なにごともかはりのみゆく世の中におなじかげにてすめる月かな  0351: 夜もすがら月こそ袖にやどりけれむかしの秋をおもひいづれば  0352: ながむればほかのかげこそゆかしけれかはらじものをあきのよの月  0353: ゆくへなく月に心のすみすみてはてはいかにかならんとすらん  0354: 月影のかたぶく山をながめつつをしむしるしや有明の空  0355: ながむるもまことしからぬ心ちしてよにあまりたる月の影かな  0356: ゆくすゑの月をばしらずすぎきつるあきまたかかるかげはなかりき  0357: まことともたれかおもはんひとり見てのちにこよひの月をかたらば  0358: 月のためひるとおもふがかひなきにしばしくもりてよるをしらせよ  0359: あまのはらあさひやまよりいづればや月のひかりのひるにまがへる  0360: 有明の月のころにしなりぬればあきはよるなき心ちこそすれ  0361: なかなかにときどきくものかかるこそ月をもてなすかざりなりけれ  0362: 雲はるるあらしのおとは松にあれや月もみどりの色にはえつつ  0363: さだめなく鳥やなくらんあきのよの月のひかりをおもひまがへて  0364: 誰もみなことわりとこそさだむらめひるをあらそふ秋のよの月  0365: かげさえてまことに月のあかきよは心も空にうかれてぞすむ  0366: くまもなき月のおもてにとぶ雁のかげをくもかとまがへつるかな  0367: ながむればいなや心のくるしきにいたくなすみそ秋のよの月  0368: 雲も見ゆ風もふくればあらくなるのどかなりつる月のひかりを  0369: もろともにかげをならぶるひともあれや月のもりくるささのいほりに  0370: なかなかにくもると見えてはるるよの月はひかりのそふここちする  0371: うき雲の月のおもてにかかれどもはやくすぐるはうれしかりけり  0372: すぎやらで月ちかくゆくうき雲のただよふみるはわびしかりけり  0373: いとへどもさすがにくものうちちりて月のあたりをはなれざりけり  0374: 雲はらふあらしに月のみがかれてひかりえてすむあきの空かな  0375: くまもなき月のひかりをながむればまづをばすてのやまぞこひしき  0376: 月さゆるあかしのせとに風ふけばこほりのうへにたたむしらなみ  0377: あまのはらおなじいはとをいづれどもひかりことなる秋のよの月  0378: かぎりなくなごりをしきは秋のよの月にともなふあけぼのの空  0379:  九月十三夜 こよひはと心えがほにすむ月のひかりもてなすきくのしらつゆ  0380: 雲きえし秋のなかばの空よりも月はこよひぞなにおへりける  0381:  後九月、月をもてあそぶと云ふ事を 月みればあきくははれるとしはまたあかぬ心も空にぞありける  0382:  月照滝 雲きゆるなちのたかねに月たけてひかりをぬけるたきのしらいと  0383:  久待月 いでながらくもにかくるる月かげをかさねてまつやふたむらの山  0384:  雲間待月 秋のよのいざよふ山のはのみかは雲のたえまもまたれやはせぬ  0385:  月前薄 をしむよの月にならひて有明のいらぬをまねくはなすすきかな  0386: はなすすき月のひかりにまがはましふかきますほのいろにそめずば  0387:  月前荻 月すむとをぎうゑざらんやどならばあはれすくなき秋にやあらまし  0388:  月照野花 月なくはく【る】れはやどへやかへらましのべには花のさかりなりとも      (脱カ)  0389:  月前野花 はなのころをかげにうつせば秋のよの月も野もりのかがみなりけり  0390:  月前草花 月の色をはなにかさねてをみなへしうはものしたにつゆをかけたる  0391: よひのまの露にしをれて女郎花ありあけの月のかげにたはるる  0392:  月前女郎花 庭さゆる月なりけりなをみなへししもにあひぬるはなとみたれば  0393:  月前虫 月のすむあさぢにすだくきりぎりす露のおくにや秋をしるらん  0394: 露ながらこぼさでをらん月かげにこはぎがえだのまつむしのこゑ  0395:  深夜聞蛬 わがよとやふけゆく空をおもふらんこゑもやすまぬきりぎりすかな  0396:  田家月 夕露のたましくをだのいなむしろかぶすほずゑに月ぞすみける  0397:  月前鹿 たぐひなき心ちこそすれ秋のよの月すむみねのさをしかの声  0398:  月前紅葉 このまもる有あけの月のさやけきに紅葉をそへてながめつるかな  0399:  霧隔月 たつた山月すむみねのかひぞなきふもとにきりのはれぬかぎりは  0400:  月前懐旧 いにしへをなににつけてかおもひいでん月さへくもるよならましかば  0401:  寄月述懐 世の中のうきをもしらですむ月のかげはわが身のここちこそすれ  0402: よの中はくもりはてぬる月なれやさりともとみしかげもまたれず  0403: いとふよも月すむ秋になりぬればながらへずばとおもふなるかな  0404: さらぬだにうかれてものをおもふ身の心をさそふあきのよの月  0405: すてていにしうきよに月のすまであれなさらば心のとまらざらまし  0406: あながちに山にのみすむこころかなたれかは月のいるををしまぬ  0407:  春日にまゐりたりけるに、つねよりも月あかくてあはれなりければ ふりさけし人の心ぞしられぬるこよひみかさの月をながめて  0408:  月明寺辺 ひるとみゆる月にあくるをしらましやときつくかねのおとせざりせば  0409:  人人すみよしにまゐりて、月をもてあそびけるに かたそぎのゆきあはぬまよりもる月やさえてみそでの霜におくらん  0410: 浪にやどる月をみぎはにゆりよせてかがみにかくるすみよしのきし  0411:  たびまかりけるとまりにて あかずのみみやこにてみしかげよりも旅こそ月はあはれなりけれ  0412: 見しままにすがたもかげもかはらねば月ぞみやこのかたみなりける  0413:  旅宿思月 月はなほよなよなごとにやどるべしわがむすびおくくさのいほりに  0414:  心ざすことありてあきの一宮へまゐりけるに、たかとみのうらと申す所に、風にふきとめられてほどへにけり、とまふきたるいほりより月のもりくるをみて なみのおとを心にかけてあかすかなとまもる月のかげをともにて  0415:  まゐりつきて、月いとあかくてあはれにおぼえければ もろともにたびなる空に月もいでてすめばやかげのあはれなるらん  0416:  旅宿月 あはれしる人見たらばとおもふかなたびねのとこにやどる月影  0417: 月やどるおなじうきねのなみにしもそでしをるべき契り有りける  0418: みやこにて月をあはれとおもひしはかずよりほかのすさびなりけり  0419:  船中初雁 おきかけてやへのしほぢをゆくふねはほかにぞききしはつかりの声  0420:  朝聞雁 よこ雲の風にわかるるしののめにやまとびこゆるはつかりのこゑ  0421:  入夜聞雁 からすばにかくたまづさの心ちして雁なきわたる夕やみの空  0422:  雁声遠近 しら雲をつばさにかけてゆく雁のかどたのおものともしたふなり  0423:  霧中雁 玉章のつづきは見えで雁がねのこゑこそきりにけたれざりけれ  0424:  霧上雁 空いろのこなたをうらにたつきりのおもてにかりのかけるたまづさ  0425:  霧 うづらなくをりにしなればきりこめてあはれさびしきふかくさのさと  0426:  霧隔行客 なごりおほきむつごとつきてかへりゆく人をばきりも立ちへだてけり  0427:  山家霧 たちこむるきりのしたにもうづもれて心はれせぬみやまべのさと  0428: よをこめてたけのあみどにたつきりのはればやがてやあけんとすらん  0429:  鹿 しだりさくはぎのふるえに風かけてすかひすかひにをしかなくなり  0430: はぎがえのつゆためずふく秋風にをしかなくなりみやぎののはら  0431: 夜もすがらつまこひかねてなくしかのなみだやのべの露と成るらん  0432: さらぬだに秋はもののみかなしきをなみだもよほすさをしかのこゑ  0433: やまおろしにしかのねたぐふ夕暮にものがなしとはいふにや有るらん  0434: しかもわぶ空のけしきもしぐるめりかなしかれともなれる秋かな  0435: なにとなくすままほしくぞおもほゆるしかあはれなる秋の山ざと  0436:  をぐらのふもとにすみ侍りけるに、しかのなきけるをききて をしかなくをぐらの山のすそちかみただひとりすむ我が心かな  0437:  暁鹿 よをのこすねざめに聞くぞあはれなるゆめののしかもかくやなくらん  0438:  夕聞鹿 しのはらやきりにまがひてなく鹿の声かすかなる秋の夕ぐれ  0439:  幽居聞鹿 となりゐぬはらのかりやにあかすよはしかあはれなるものにぞ有りける  0440:  田庵鹿 をやまだの庵ちかくなく鹿の音におどろかされておどろかすかな  0441:  人を尋ねてをのにまかりたりけるに、鹿のなきければ 鹿のねをきくにつけてもすむ人の心しらるるをのの山ざと  0442:  独聞擣衣 ひとりねのよさむになるにかさねばやたがためにうつころもなるらん  0443:  隔里擣衣 さよ衣いづくのさとにうつならんとほくきこゆるつちのおとかな  0444:  としごろ申しなれたる人の、ふしみにすむとききて、たづねまかりたりけるに、にはのくさ道も見えぬほどにしげりて、むしのなきければ わけているそでにあはれをかけよとて露けきにはにむしさへぞなく  0445:  むしの歌よみ侍りけるに ゆふざれやたまおく露のこざさふに声はつならすきりぎりすかな  0446: 秋風にほずゑなみよるかるかやのしたばにむしのこゑみだるなり  0447: きりぎりすなくなるのべはよそなるをおもはぬそでに露のこぼるる  0448: 秋風のふけゆくのべのむしのねにはしたなきまでめるるそでかな  0449: むしのねをよそにおもひてあかさねばたもとも露はのべにかはらじ  0450: 野べになく虫もやものはかなしきにこたへましかばとひてきかまし  0451: 秋のよをひとりやなきてあかさましともなふむしの声なかりせば  0452: 秋のよにこゑもやすまずなく虫を露まどろまでききあかすかな  0453: 秋の野のをばなが袖にまねかせていかなる人をまつむしのこゑ  0454: よもすがらたもとに虫のねをかけてはらひわづらふ袖のしらつゆ  0455: きりぎりす夜さむになるをつげがほにまくらのもとにきつつなくなり  0456: 虫の音をよわりゆくかときくからに心に秋のひかずをぞふる  0457: 秋ふかみよわるはむしのこゑのみかきくわれとてもたのみやはある  0458: むしの音につゆけかるべきたもとかはあやしやこころものおもふべし  0459:  独聞虫 ひとりねのともにはなれてきりぎりすなくねをきけばもの思ひそふ  0460:  故郷虫 草ふかみわけいりてとふ人もあれやふりゆく跡のすずむしのこゑ  0461:  雨中虫 かべにおふるこぐさにわぶるきりぎりすしぐるるにはのつゆいとふべし  0462:  田庵聞虫 こはぎさく山だのくろのむしのねにいほもる人や袖ぬらすらん  0463:  暮路虫 うちすぐる人なきみちのゆふざれはこゑにておくるくつわむしかな  0464:  田家秋夕 ながむれば袖にも露ぞこぼれけるそとものをだの秋の夕ぐれ  0465: ふきすぐる風さへことに身にぞしむ山田の庵のあきの夕ぐれ  0466:  京極太政大臣中納言と申しけるをり、きくをおびただしき程にしたてて、鳥羽院にまゐらせ給ひたりけり、鳥羽の南殿の東面のつぼに、ところなきほどにうゑさせ給ひたりけり、公重の少将、人人すすめてきくもてなされけるに、くははるべきよしありければ 君がすむやどのつぼをばきくぞかざる仙のみやとやいふべかるらん  0467:  菊 いくあきにわれあひぬらんながつきのここぬかにつむやへのしらぎく  0468: 秋ふかみならぶはななき菊なればところをしものおけとこそおもへ  0469:  月前菊 ませなくばなにをしるしに思はまし月にまがよふしら菊の花  0470:  あき、ものへまかりけるみちにて こころなき身にもあはれはしられけりしぎたつさはの秋の夕ぐれ  0471:  さがにすみけるころ、となりの坊に、申すべきことありてまかりけるに、みちもなくむぐらのしげりければ 立よりてとなりとふべきかきにそひてひまなくはへるやへむぐらかな  0472:  題不知 いつよりかもみぢの色はそむべきとしぐれにくもるそらにとはばや  0473:  紅葉未遍 いとか山しぐれに色をそめさせてかつがつおれるにしきなりけり  0474:  山家紅葉 そめてけり紅葉のにろのくれなゐをしぐると見えしみやまべのさと  0475:  秋のすゑにまつむしをききて さらぬだにこゑよわかりしまつむしの秋のすゑにはききもわかれず  0476: こずゑあればかれゆくのべはいかがせんむしのねのこせ秋のやまざと  0477:  寂然、高野にまゐりて、深秋紅葉と云ふ事をよみけるに さまざまのにしきありける深山かなはなみしみねをしぐれそめつつ  0478:  紅葉色深 かぎりあればいかがは色のまさるべきあかずしぐるるをぐらやまかな  0479: もみぢばのちらでしぐれのひかずへばいかばかりなる色にはあらまし  0480:  霧中紅葉 にしきはる秋のこずゑを見せぬかなへだつる霧のやみをつくりて  0481:  いやしかりける家に、つたの紅葉のおもしろかりけるをみて おもはずによしあるしづのすみかかなつたのもみぢを軒にははせて  0482:  あづまへまかりけるに、しのぶのおくに侍りけるやしろの紅葉を ときはなるまつのみどりに神さびてもみぢぞ秋はあけのたまがき  0483:  草花の野路の紅葉 もみぢちるのばらをわけてゆく人ははなならぬまたにしききるべし  0484:  秋のすゑに法輪にこもりてよめる おほゐ何ゐせきによどむみづの色にあきふかくなるほどぞしらるる  0485: 小倉山ふもとに秋の色はあれやこずゑのにしきかぜにたたれて  0486: わがものとあきのこずゑをおもふかなをぐらのさとにいへゐせしより  0487: 山ざとは秋のすゑにぞおもひしるかなしかりけりこがらしのかぜ  0488:  暮秋 くれはつる秋のかたみにしばしみんもみぢちらすなこがらしのかぜ  0489: 秋くるる月なみわくるやまがつの心うらやむけふのゆふぐれ  0490:  夜すがら秋ををしむ をしめどもかねのおとさへかはるかなしもにやつゆをむすびかふらん  Subtitle  冬  0491:  長楽寺にて、よるもみぢを思ふと云ふ事を、人人よみけるに 夜もすがらをしげなくふくあらしかなわざとしぐれのそむるこずゑを  0492:  題不知 ねざめする人のこころをわびしめてしぐるるをとはかなしかりけり  0493:  十月はじめつかた、やまざとにまかりたりけるに、きりぎりすのこゑのわづかにしければよめる しもうづむむぐらがしたのきりぎりすあるかなきかのこゑきこゆなり  0494:  山家落葉 みちもなしやどはこのはにうづもれてまだきせさするふゆごもりかな  0495:  暁落葉 このはちれば月に心ぞあらはるるみやまがくれにすまんとおもふに  0496: 時雨かとねざめのとこにきこゆるは嵐にたへぬこのはなりけり  0497:  水上落葉 たつたひめそめし木ずゑのちるをりはくれなゐあらふやまがはの水  0498:  落葉 あらしはくにはのこのはのをしきかなまことのちりに成りぬとおもへば  0499:  月前落葉 山おろしの月にこのはをふきかけてひかりにまがふかげを見るかな  0500:  滝上落葉 こがらしにみねの木のはやたぐふらんむらごに見ゆる滝のしらいと  0501:  山家時雨 やどかこふははそのしばの時雨さへしたひてそむるはつしぐれかな  0502:  閑中時雨 おのづからおとする人ぞなかりけるやまめぐりする時雨ならでは  0503:  時雨歌よみけるに あづまやのあまりにもふる時雨かなたれかはしらぬかみなづきとは  0504:  落葉留網代 もみぢよるあじろのぬのの色そめてひをくくりとは見えぬなりけり  0505:  山家枯草と云ふ事を、覚範僧都房にて人人よみけるに かきこめしすそののすすきしもがれてさびしさまさるしばのいほかな  0506:  野辺寒草と云ふ事を、双林寺にてよみけるに さまざまに花さきけりと見しのべのおなじいろにもしもがれにける  0507:  枯野草 わけかねしそでに露をばとどめおきてしもにくちぬるまののはぎはら  0508: 霜かづくかれのの草のさびしきにいづくは人のこころとむらん  0509: しもがれてもろくくだくるおぎのはをあらくわくなるかぜのおとかな  0510:  冬歌よみけるに なにはえのみぎはのあしにしもさえてうら風さむきあさぼらけかな  0511: たまかけしはなのすがたもおとろへてしもをいただくをみなへしかな  0512: 山ざくらはつゆきふればさきにけりよしのはさとにふゆごもれども  0513: さびしさにたへたる人のまたもあれないほりならべん冬の山ざと  0514:  水辺寒草 しもにあひていろあらたむるあしのほのさびしく見ゆるなにはえのうら  0515:  山家冬 たままきしかきねのまくず霜がれてさびしく見ゆる冬の山ざと  0516:  寒夜旅宿 旅ねするくさのまくらにしもさえてあり明の月のかげぞまたるる  0517:  山家冬月 ふゆがれのすさまじげなるやまざとに月のすむこそあはれなりけれ  0518: 月いづるみねのこのはもちりはててふもとのさとはうれしかるらん  0519:  月照寒草 はなにおくつゆにやどりしかげよりもかれのの月はあはれなりけり  0520: こほりしくぬまのあしはら風さえて月もひかりぞさびしかりける  0521:  閑夜冬月 霜さゆる庭の木のはをふみわけて月は見るやととふ人もがな  0522:  庭上冬月 さゆと見えて冬ふかくなる月影はみづなき庭にこほりをぞしく  0523:  鷹狩 あはせつるこゐのはしたかそばえかしいぬかひ人のこゑしきりなり  0524:  雪中鷹狩 かきくらす雪にきぎすは見えねどもはおとにすずをくはへてぞやる  0525: ふる雪にとだちも見えずうづもれてとりどころなきみかりのの原  0526:  庭雪似月 このまもる月のかげとも見ゆるかなはだらにふれる庭のしらゆき  0527:  雪のあした、霊山と申す所にて、眺望を人人よみけるに たちのぼる朝日の影のさすままに都の雪はきえみきえずみ  0528:  かれのに雪のふりたりけるを かれはつるかやがうはばにふる雪はさらにをばなのここちこそすれ  0529:  雪の歌よみけるに たゆみつつそりのはやをもつけなくにつもりにけりなこしのしらゆき  0530:  雪埋路 ふる雪にしをりししばもうづもれておもはぬやまに冬ごもりぬる  0531:  あきごろ、高野へまゐるべきよしたのめてまゐらざりける人のもとへ、ゆきふりてのち、申しつかはしける 雪ふかくうづみてけりなきみくやともみぢのにしきしきし山ぢを  0532:  雪朝待人 わがやどに庭よりほかのみちもがなとひこん人のあとつけでみん  0533:  雪にいほりうづみて、せんかたなくおもしろかりけり、いまもきたらば、とよみけんことおもひいでて、見けるほどに、しかのわけてとほりけるを見て 人こばとおもひて雪をみる程にしかあとつくることもありけり  0534:  雪朝会友 あととむるこまのゆくへはさもあらばあれうれしく君にゆきにあひぬる  0535:  雪埋竹と云ふ事を 雪うづむそののくれ竹をれふしてねぐらもとむるむらすずめかな  0536:  賀茂臨時祭返立の御神楽、土御門内裏にて侍りけるに、竹のつぼに雪のふりたりけるを見て うらがへすをみのころもと見ゆるかなたけのうれはにふれるしらゆき  0537:  社頭雪 たまがきはあけもみどりもうづもれてゆきおもしろきまつのをの山  0538:  雪歌よみけるに なにとなくくるるしづりのおとまでも雪あはれなるふかくさのさと  0539: 雪ふればのぢも山ぢもうづもれてをちこちしらぬたびのそらかな  0540: あをねやまこけのむしろの上にしく雪はしらねのここちこそすれ  0541: うの花のここちこそすれ山ざとのかきねのしばをうづむしらゆき  0542: をりならぬめぐりのかきのうの花をうれしく雪のさかせつるかな  0543: とへなきみゆふぐれになるにはの雪をあとなきよりはあはれならまし  0544:  舟中霰 せとわたるたななしをぶねこころせよあられみだるるしまきよこぎる  0545:  深山霰 杣人のまきのかりやのあだぶしにおとするものはあられなりけり  0546:  さくらの木にあられのたばしりけるを見て ただはおちでえだをつたへるあられかなつぼめる花のちるここちして  0547:  月前炭竈 かぎりあらんくもこそあらめすみがまのけぶりに月のすすけぬるかな  0548:  千鳥 あはぢ島いそわの千鳥こゑしげみせとのしほかぜさえわたるよは  0549: あはぢ島せとのしほひのゆふぐれにすまよりかよふちどりなくなり  0550: しもさえて汀ふけゆくうらかぜをおもひしりげになくちどりかな  0551: さゆれどもこころやすくぞききあかすかはせの千鳥ともぐしてけり  0552: やせわたるみなとのかぜに月ふけてしほひるかたに千鳥なくなり  0553:  題不知 千鳥なくゑじまのうらにすむ月をなみにうつして見るこよひかな  0554:  氷留山水 いはまゆくこのはわけこし山水をつゆもらさぬはこほりなりけり  0555:  滝上氷 みなかみに水や氷をむすぶらんくるとも見えぬ滝のしらいと  0556:  氷いかだをとづと云ふ事を こほりわるいかだのさをのたゆければもちやこさましほづの山ごえ  0557:  冬歌十首 はなもかれもみぢもちらぬ山ざとはさびしさをまたとふ人もがな  0558: ひとりすむかた山かげのともなれやあらしにはるる冬のやまざと  0559: つのくにのあしのまろやのさびしさは冬こそわけてとふべかりけれ  0560: さゆる夜はよそのそらにぞをしもなくこほりにけりなこやの池みづ  0561: よもすがらあらしの山に風さえておほ井のよどにこほりをぞしく  0562: さえわたるうらかぜいかにさむからんちどりむれゐるゆふさきの浦  0563: 山ざとはしぐれしころのさびしさにあらしのおとはややまさりけり  0564: かぜさえてよすればやがてこほりりつつかへるなみなきしがのからさき  0565: よしの山ふもとにふらぬ雪ならばはなかとみてやたづねいらまし  0566: やまごとにさびしからじとはげむべしけぶりこめたりをののやまざと  0567:  題不知 山ざくらおもひよそへてながむれば木ごとのはなはゆきまさりけり  0568:  仁和寺の御室にて、山家閑居見雪と云ふ事をよませ給ひけるに ふりうづむ雪をともにて春きては日をおくるべきみ山べの里  0569:  山家冬深 とふ人ははつ雪をこそわけこしかみちとぢてけりみやまべのさと  0570:  山居雪 としのうちはとふ人さらにあらじかし雪も山ぢもふかきすみかを  0571:  よをのがれてくらまのおくに侍りけるに、かけひこほりて水まうでこざりけり、はるになるまでかく侍るなりと申しけるをききてよめる わりなしやこほるかけひの水ゆゑにおもひすててしはるのまたるる  0572:  みちのくににて、としのくれによめる つねよりも心ぼそくぞおもほゆるたびのそらにてとしのくれぬる  0573:  山家歳暮 あたらしきしばのあみどをたてかへてとしのあくるをまちわたるかな  0574:  東山にて歳暮述懐 としくれてそのいとなみはわすられてあらぬさまなるいそぎをぞする  0575:  としのくれに、高野よりみやこなる人のもとにつかはしける おしなべておなじ月日のすぎゆけばみやこもかくやとしはくれぬる  0576:  としのくれに、人のもとへつかはしける おのづからいはぬをしたふ人やあるとやすらふほどにとしのくれぬる  0577:  つねなきことによせて いつかわれむかしの人といはるべきかさなるとしをおくりむかへて  Subtitle  恋  0578:  聞名尋恋 あはざらんことをばしらでははきぎのふせやとききて尋ねきにけり  0579:  自門帰恋 たてそめてかへる心はにしきぎのちつかまつべき心ちこそせね  0580:  涙顕恋 おぼつかないかにと人のくれはとりあやむるまでにぬるる袖かな  0581:  夢会恋 なかなかに夢にうれしきあふことはうつつに物をおもふなりけり  0582: あふとみることをかぎれる夢ぢにてさむる別のなからましかば  0583: 夢とのみおもひなさるるうつつこそあひみしことのかひなかりけれ  0584:  後朝 けさよりぞ人の心はつらからであけはなれ行く空をうらむる  0585: あふことをしのばざりせばみちしばの露よりさきにおきてこましや  0586:  後朝郭公 さらぬだにかへりやられぬしののめにそへてかたらふ郭公かな  0587:  後朝花橘 かさねてはこひえまほしきうつりがをはなたちばなにけさたぐへつつ  0588:  後朝霧 やすらはんおほかたのよはあけぬともやみとかいへる霧にこもりて  0589:  かへるあしたの時雨 ことづけてけさの別をやすらはんしぐれをさへや袖にかくべき  0590:  逢不遭恋 つらくともあはずはなにのならひにか身の程しらず人をうらみん  0591: さらばたださらでぞ人のやみなましさてのちもさはさもあらじとや  0592:  恨 もらさじとそでにあまるをつつまましなさけを忍ぶなみだなりせば  0593:  再絶恋 から衣たちはなれにしままならばかさねてものはおもはざらまし  0594:  寄糸恋 しづのめがすそとるいとにつゆそひておもひにたがふ恋もするかな  0595:  寄梅恋 をらばやとなにおもはまし梅のはななつかしからぬにほひなりせば  0596: ゆきずりにひとえだをりしむめがかのふかくも袖にしみにけるかな  0597:  寄花恋 つれもなき人にみせばやさくらばなかぜにしたがふ心よわさを  0598: はなをみる心はよそにへだたりて身につきたるは君がおもかげ  0599:  寄残花恋 はがくれにちりとどまれるはなのみぞしのびし人にあふ心ちする  0600:  寄帰雁恋 つれもなくたえにし人をかりがねのかへる心とおもはましかば  0601:  寄草花恋 くちてただしをればよしや我が袖もはぎのしたえの露によそへて  0602:  寄鹿恋 つまこひて人めつつまぬしかのねもうらやむ袖のみさをなるかは  0603:  寄苅萱恋 ひとかたにみだるともなき我が恋や風さだまらぬのべのかるかや  0604:  寄霧恋 夕ぎりのへだてなくこそおもほゆれかくれて君があはぬなりけり  0605:  寄紅葉恋 わがなみだしぐれの雨にたぐへばやもみぢの色の袖にまがへる  0606:  寄落葉恋 あさごとにこゑをとどむる風の音はよをへてかかる人のこころか  0607:  寄氷恋 春をまつすはのわたりもあるものをいつをかぎりにすべきつららぞ  0608:  寄水鳥恋 わがそでのなみだかかるとぬれであれなうらやましきは池のをしどり  0609:  賀茂のかたにささきと申すさとに、冬ふかく侍りけるに、隆信などまできて、山家恋と云ふ事をよみけるに かけひにも君がつららやむすぶらん心ぼそくもたえぬなるかな  0610:  売人に付文恋と云ふ事を おもひかねいちのなかには人おほみゆかりたづねてつくるたまづさ  0611:  海路恋 なみしのぐことをもなにかわづらはん君にあふべきみちとおもはば  0612:  松風増恋 いはしろの松かぜきけば物おもふ人もこころぞむすぼほれける  0613:  九月ふたつありけるとし、閏月をいむ恋と云ふ事を人人よみけるに ながつきのあまりにつらき心にていむとは人のいふにやあるらん  0614:  みあれのころ、かもにまゐりたりけるに、精進憚恋を人人よみけるに ことづくるみあれのほどをすぐしてもなほやうづきの心なるべき  0615:  同じ社にて祈神恋と云ふ事を、神主どもよみけるに あまくだるかみのしるしのありなしをつれなき人の行へにてみん  0616:  月 月まつといひなされつるよひのまの心のいろをそでにみえぬる  0617: しらざりき雲井のよそにみし月のかげをたもとにやどすべしとは  0618: あはれともみる人あらばおもひなん月のおもてにやどる心は  0619: 月みればいでやとよのみおもほえてもたりにくくもなる心かな  0620: ゆみはりの月にはづれて見しかげのやさしかりしはいつか忘れん  0621: おもかげのわすらるまじき別かな名残を人の月にとどめて  0622: 秋のよの月やなみだをかこつらん雲なきかげをもてやつすとて  0623: あまのはらさゆるみそらははれながらなみだぞ月の雲になりける  0624: ものおもふ心のたけぞしられぬるよなよな月をながめあかして  0625: 月をみる心のふしをとがにしてたよりえがほにぬるる袖かな  0626: おもひいづることはいつともいひながら月にはたへぬ心なりけり  0627: あしびきのやまのあなたに君すまばいるとも月ををしまざらまし  0628: なげけとて月やは物をおもはするかこちがほなるわがなみだかな  0629: きみにいかで月にあらそふ程ばかりめぐりあひつつかげをならべん  0630: しろたへのころもかさぬる月かげのさゆるまそでにかかる白露  0631: 忍びねのなみだたたふる袖のうらになづまずやどる秋のよの月  0632: ものおもふそでにも月はやどりけりにごらですめるみづならねども  0633: こひしさをもよほす月のかげなればこぼれかかりてかこつなみだか  0634: よしさらばなみだのいけにそでなれて心のままに月をやどさん  0635: うちたえてなげくなみだに我が袖のくちなばなにに月をやどさん  0636: よよふともわすれがたみのおもひ出はたもとに月のやどるばかりか  0637: なみだゆゑくまなき月ぞくもりりぬるあまのはらはらとのみなかれて  0638: あやにくにしるくも月のやどるかなよにまぎれてとおもふたもとに  0639: おもかげに君がすがたをみつるよりにはかに月のくもりぬるかな  0640: よもすがら月をみがほにもてなして心のやみにまよふ比かな  0641: あきの月ものおもふ人のためとてやうきおもかげにそへていづらん  0642: へだてたる人の心のくまにより月をさやかにみぬがかなしさ  0643: なみだゆゑ月はくもれる月なればながれぬをりぞはれまなりける  0644: くまもなきをりしも人をおもひいでて心と月をやつしつるかな  0645: 物おもふ心のくまをのごひうててくもらぬ月をみるよしもがな  0646: こひしさやおもひよわるとながむればいとど心をくだく月影  0647: ともすれば月すむ空にあくがるる心のはてをしるよしもがな  0648: ながむるになぐさむことはなけれども月をともにてあかす比かな  0649: ものおもひてながむるころの月の色にいかばかりなるあはれそむらん  0650: あま雲のわりなきひまをもる月のかげばかりだにあひみてしがな  0651: あきの月しのだのもりの千えよりもしげきなげきやくまなかるらん  0652: おもひしる人ありあけのよなりせばつきせず身をばうらみざらまし  0653:  恋 かずならぬ心のとがになしはてじしらせてこそは身をもうらみめ  0654: うちむかふそのあらましのおもかげをまことになしてみるよしもがな  0655: やまがつのあらのをしめてすみそむるかただよりなる恋もするかな  0656: ときは山しひのしたしばかりすてんかくれておもふかひのなきかと  0657: なげくともしらばやひとのおのづからあはれとおもふこともあるべき  0658: なにとなくさすがにをしき命かなありへば人やおもひしるとて  0659: なにゆゑかけふまでものをおもはまし命にかへてあふよなりせば  0660: あやめつつ人しるとてもいかがせんしのびはつべきたもとならねば  0661: なみだがはふかくながるるみをならばあさき人めにつつまざらまし  0662: しばしこそ人めつつみにせかれけれはてはなみだやなるたきの川  0663: ものおもへばそでにながるるなみだがはいかなるみをにあふせなりなん  0664: うきにだになどなど人をおもへどもかなはでとしのつもりぬるかな  0665: なかなかになれぬおもひのままならばうらみばかりや身につもらまし  0666: なにせんにつれなかりしを恨みけんあはずばかかるおもひせましや  0667: むかはらばわれがなげきのむくいにて誰ゆゑ君が物をおもはん  0668: 身のうさのおもひしらるることわりにおさへられぬはなみだなりけり  0669: 日をふればたもとのあめのあしそひてはるべくもなき我が心かな  0670: かきくらすなみだのあめのあししげみさかりにもののなげかしきかな  0671: ものおもへどもかからぬ人もあるものをあはれなりける身のちぎりかな  0672: なほざりのなさけは人のあるものをたゆるはつねのならひなれども  0673: なにとこはかずまへられぬ身の程に人をうらむるこころなりけん  0674: うきふしをまづおもひしるなみだかなさのみこそはとなぐさむれども  0675: さまざまにおもひみだるる心をば君がもとにぞつかねあつむる  0676: ものおもへばちぢに心ぞくだけぬるしのだのもりの千えならねども  0677: かかる身におほしたてけんたらちねのおやさへつらき恋もするかな  0678: おぼつかななにのむくいのかへりきて心せたむるあたとなるらん  0679: かきみだる心やすめぬことぐさはあはれあはれとなげくばかりか  0680: 身をしれば人のとがにはおもはぬにうらみがほにもぬるる袖かな  0681: なかなかになるるつらさにくらぶればうときうらみはみさをなりけり  0682: 人はうしなげきはつゆもなぐさまずさはこはいかにすべき心ぞ  0683: ひにそへてうらみはいとどおほうみのゆたかなりけるわがおもひかな  0684: さることのあるなりけりとおもひ出でて忍ぶ心をしのべとぞ思ふ  0685: けふぞしるおもひいでよとちぎりしはわすれんとてのなさけなりけり  0686: なにはがたなみのみいとどかずそひてうらみのひまや袖のかわかん  0687: 心ざしありてのみやは人をとふなさけはなどとおもふばかりぞ  0688: なかなかにおもひしるてふことのははとはぬにすぎてうらめしきかな  0689: などかわれことのほかなるなげきせでみさをなる身にむまれざりけん  0690: くみてしる人もあらなんおのづからほりかねの井のそこの心を  0691: けぶりたつふににおもひのあらそひてよだけきこひをするがへぞ行く  0692: なみだがはさかまくみをのそこふかみみなぎりあへぬわが心かな  0693: いそのまになみあらげなるをりをりはうらみをかづく里のあま人  0694: せとぐちにたけるうしほのおほよどみよどむとしひのなき涙かな  0695: あづまぢやあひの中山ほどせばみ心のおくのみえばこそあらめ  0696: いつとなくおもひにもゆる我が身かなあさまのけぶりしめるよもなく  0697: はりまぢやこころのすまにせきすゑていかで我が身の恋をとどめん  0698: あはれてふなさけに恋のなぐさまばとふことのはやうれしからまし  0699: ものおもへばまだゆふぐれのままなるにあけぬとつぐるしばどりのこゑ  0700: 夢をなどよごろたのまですぎきけんさらであふべき君ならなくに  0701: さはといひて衣かへしてうちふせどめのあはばやはゆめもみるべき  0702: こひらるるうき名を人にたてじとてしのぶわりなき我がたもとかな  0703: なつぐさのしげりのみゆくおもひかなまたるる秋のあはれしられて  0704: くれなゐの色にたもとのしぐれれつつそでににあきある心ちこそすれ  0705: あはれとてとふ人のなどなかるらんものおもふやどの荻のうはかぜ  0706: わりなしやさこそものおもふ袖ならめあきにあひてもおける露かな  0707: 秋ふかき野べの草ばにくらべばやものおもふころの袖の白露  0708: いかにせんこむよのあまとなるほども見るめかたくてすぐるうらみを  0709: ものおもふとなみだややがてみつせがは人をしづむるふちとなるらん  0710: あはれあはれこのよはよしやさもあらばあれこんよもかくやくるしかるべき  0711: たのもしなよひあかつきのかねのおとものおもふつみもつきざらめやは  Book   本是以下ガ下帖  Subtitle  雑  0712: つくづくとものをおもふにうちそへてをりあはれなるかねの音かな  0713: なさけありしむかしのみなほしのばれてながらへまうき世にも有るかな  0714: のきちかきはなたちばなに袖しめてむかしをしのぶなみだつつまん  0715: なにごともむかしをきくはなさけ有りてゆゑあるさまにしのばるるかな  0716: わが宿は山のあなたにあるものをなににうきよをしらぬこころぞ  0717: くもりなうかがみのうへにゐるちりをめにたててみるよとおもはばや  0718: ながらへんとおもふ心ぞつゆもなきいとふにだにもたへぬ浮身は  0719: おもひいづるすぎにしかたをはづかしみあるに物うきこの世なりけり  0720:  世につかうべかりける人の、こもりゐたりけるもとへつかはしける よの中にすまぬもよしやあきの月にごれるみづのたたふさかりに  0721:  五日、菖蒲を人のつかはしたりける返事に よのうきにひかるる人はあやめぐさ心のねなき心ちこそすれ  0722:  寄花橘述懐 よのうさをむかしがたりになしはててはなたちばなにおもひいでめや  0723:  世にあらじと思ひたちけるころ、東山にて、人人、寄霞述懐と云ふ事をよめる そらになる心は春のかすみにてよにあらじともおもひたつかな  0724:  同じ心を 世をいとふ名をだにもさはとどめおきてかずならぬ身のおもひでにせん  0725:  いにしへごろ、東山にあみだ房と申しける上人の庵室にまかりてみけるに、なにとなくあはれにおぼえてよめる しばのいほときくはくやしきななれどもよにこのもしきすまひなりけり  0726:  よをのがれけるをり、ゆかりありける人のもとへいひおくりける 世のなかをそむきはてぬといひおかんおもひしるべき人はなくとも  0727:  はるかなる所にこもりて、みやこなる人のもとへ、月の比つかはしける 月のみやうはのそらなるかたみにておもひもいでば心かよはん  0728:  世をのがれて伊勢のかたへまかりけるに、すずか山にて すずか山うき世をよそにふりすてていかになり行くわが身なるらん  0729:  述懐 なにごとにとまる心のありければさらにしもまたよのいとはしき  0730:  侍従大納言成通のもとへ、のちのよの事おどろかし申したりける返事に おどろかすきみによりてぞながき世のひさしきゆめはさむべかりける  0731:  返事 おどろかぬ心なりせばよの中を夢ぞとかたるかひなからまし  0732:  中院右大臣、出家おもひたつよしの事かたり給ひけるに、月いとあかくて、よもすがらあはれにて、あけにければかへりにけり、そののち、その夜のなごりおほかりしよしいひおくりたまふとて よもすがら月をながめてちぎりおきしそのむつごとにやみははれにき  0733:  返し すむといひし心の月しあらはればこの世もやみのはれざらめやは  0734:  ためなり、ときはにだう供養しける、よをのがれて山寺にすみ侍りけるしたしき人人、まうできたるとききて、いひつかはしける いにしへにかはらぬ君がすがたこそけふはときはのかたみなりけれ  0735:  返し 色かへでひとりのこれるときはぎはいつをまつとか人はみるらん  0736:  ある人、さまかへて仁和寺のおくなるところにすむとききて、まかりてたづねければ、あからさまに京にとききてかへりにけり、そののち人つかはしてかくなんまゐりたりしと申したりける返事に たちよりてしばのけぶりのあはれさをいかがおもひし冬の山ざと  0737:  返事 山里にこころはふかくいりながらしばのけぶりのたちかへりにし  0738:  この歌もそへられたりける をしからぬ身をすてやらでふる程にながきやみにや又まよひなん  0739:  返し よをすてぬ心のうちにやみこめてまよはんことは君ひとりかは  0740:  したしき人人あまたありければ、おなじ心に誰も御覧ぜよとてつかはしたりける返事に又 なべてみなはれせぬやみのかなしさをきみしるべせよひかりみゆやと  0741:  又かへし おもふともいかにしてかはしるべせんをしふるみちにいらばこそあらめ  0742:  のちのよの事、むげにおもはずしもなしとみえける人のもとへつかはしける よのなかに心ありあけの人はみなかくてやみにはまよはぬものを  0743:  返し 世をそむく心ばかりはありあけのつきせぬやみは君にはるけん  0744:  ある所の女房、よをのがれて西山にすむとききて、たづねければ、すみあらしたるさまして、人のかげもせざりけり、あたりの人にかくと申しおきたりけるをききて、いひおくれりける しほなれしとまやもあれてうき浪による方もなきあまとしらずや  0745:  返し とまのやになみたちよらぬけしきにてあまりすみうきほどはみえにき  0746:  侍賢門院中納言のつぼね、よをそむきてをぐら山のふもとにすまれけるころ、まかりたりけるに、ことがらまことにいうにあはれなりけり、風のけしきさへことにかなしかりければ、かきつけける やまおろすあらしのおとのはげしさをいつならひける君がすみかぞ  0747:  あはれなるすみかとひにまかりたりけるに、この歌をみてかきつけける                     同じ院の兵衛の局 うき世をばあらしのかぜにさそはれて家をいでにしすみかとぞみる  0748:  をぐらをすみすてて、高野のふもとあまのと申す山にすまれけり、おなじ院の帥のつぼね、みやこのほかのすみかとひ申さでいかでかとて、わけおはしたりける、ありがたくなん、かへるさにこかはへまゐられけるに、御山よりいであひたりけるを、しるべせよとありければ、ぐし申してこかはへまゐりたりけり、かかるついでは、いまはあるまじきことなり、ふきあげみんといふこと、ぐせられたりける人人申しいでて、ふきあげへおはしけり、道よりおほあめ風ふきて、きようなくなりにけり、さりとてはふきあげにゆきつきたりけれども、見所なきやうにて、やしろにこしかきすゑて、おもふにもにりけり、能因が、なはしろ水にせきくだせ、とよみていひつたへられたるものをとおもひて、やしろにかきつけける あまくだるなをふきあげの神ならば雲はれのきてひかりあらはせ  0749: なはしろにせきくだされしあまの川とむるもかみのこころなるべし  かくかきつけたりければ、やがてにしのかぜふきかはりて、たちまちにくもはれてうらうらと日になりにけり、すゑのよなれど、こころざしいたりぬる事には、しるしあらたなりけることを人人申しつつ、しんおこして、ふきあげわかのうらおもふやうにみてかへられにけり  0750:  侍賢門院の女房堀河のつぼねもとよりいひおくられける この世にてかたらひおかんほととぎすしでのやまぢのしるべともなれ  0751:  返し ほととぎすなくなくこそはかたらはめしでの山路に君しかからば  0752:  天王寺へまゐりけるに、あめのふりければ、江口と申す所にやどをかりけるに、かさざりければ よのなかをいとふまでこそかたからめかりのやどりををしむ君かな  0753:  返し いへをいづる人としきけばかりのやど心とむなとおもふばかりぞ  0754:  ある人よをのがれて、きた山でらにこもりゐたりとききて、たづねまかりたりけるに、月のあかかりければ よをすててたにそこにすむ人見よとみねのこのまを分くる月影  0755:  あるみやばらにつけつかうまつりける女房、よをそむきて、みやこはなれてとほくまからんとおもひたちて、まゐらせけるにかはりて くやしきはよしなき君になれそめていとふみやこのしのばれぬべき  0756:  だいしらず さらぬだに世のはかなさをおもふ身にぬえなきわたるあけぼのの空  0757: とりべのを心のうちにわけゆけばいぶきの露に矢ごぞそぼつる  0758: いつのよにながきねぶりの夢さめておどろくことのあらんとすらん  0759: 世の中を夢とみるみるはかなくも猶おどろかぬわがこころかな  0760: なき人もあるをおもふもよの中はねぶりのうちの夢とこそみれ  0761: きしかたの見しよのゆめにかはらねばいまもうつつのここちやはする  0762: こととなくけふくれぬめりあすもまたかはらずこそはひますぐるかげ  0763: こえぬればまたもこの世にかへりこぬしでの山こそかなしかりけれ  0764: はかなしやあだににのちのつゆきえて野べに我が身やおくりおくらん  0765: つゆの玉はきゆればまたもおくものをたのみもなきは我が身なりけり  0766: あればとてたのまれぬかなあすはまた昨日とけふをいはるべければ  0767: 秋の色はかれ野ながらもあるものをよのはかなさやあさぢふのつゆ  0768: とし月をいかでわが身におくりけんきのふの人もけふはなき世に  0769:  范蠡長男の心を すてやらでいのちをこふる人はみなちぢのこがねをもてかへるなり  0770:  暁無常を つきはてしそのいらあひのほどなさをこのあかつきにおもひしりぬる  0771:  寄霞無常を なき人をかすめる空にまがふるは道をへだつるこころなるべし  0772:  花のちりたりけるにならびてさきはじめける桜をみて ちると見ればまたさくはなのにほひにもおくれさきだつためしありけり  0773:  月前述懐 月をみていづれのとしの秋までかこの世にわれがちぎりあるらん  0774:  七月十五夜、月あかかりけるに、ふなをかにまかりて いかでわれこよひの月を身にそへてしでの山路の人をてらさん  0775:  物こころぼそくあはれなりけるをりしも、きりぎりすのこゑの枕にちかくきこえければ そのをりのよもぎがもとの枕にもかくこそむしのねにはむつれめ  0776:  とりべ山にてとかくのわざしけるけぶりなかより、よふけていでける月のあはれに見えければ とりべのやわしのたかねのすゑならんけぶりを分けていづる月かげ  0777:  諸行無常の心を はかなくてすぎにしかたをおもふにもいまもさこそはあさがほの露  0778:  同行に侍りける上人、例ならぬ事大事に侍りけるに、月のあかくてあはれなりければよみける もろともにながめながめてあきの月ひとりにならんことぞかなしき  0779:  侍賢門院、かくれさせおはしましにける御あとに、人人またのとしの御はてまで候はれけるに、みなみおもての花ちりけるころ、堀河の局のもとへ申しおくりける たづぬともかぜのつてにもきかじかし花とちりにし君が行へを  0780:  返し ふくかぜの行へしらするものならばはなとちるにもおくれざらまし  0781:  近衛院の御はかに人人ぐしてまゐりたりけるに、つゆのふかかりければ みがかれし玉のすみかを露ふかき野べにうつして見るぞかなしき  0782:  一院かくれさせおはしまして、やがての御所へわたしまゐらせけるよ、高野よりいであひてまゐりあひたりける、いとかなしかりけり、この、のちおはしますべき所御覧じはじめけるそのかみの御ともに、右大臣さねよし、大納言と申しける、候はれけり、しのばせおはしますことにて、又人さぶらはざりけり、その御ともにさぶらひけることのおもひいでられて、をりしもこよひにまゐりあひたる、むかしいまの事おもひつづけられてよみける こよひこそおもひしらるれあさからぬ君にちぎりのあるみなりけり  0783:  をさめまゐらせける所へわたしまゐらせけるに みちかはるみゆきかなしきこよひかなかぎりのたびと見るにつけても  0784:  をさめまゐらせてのち、御ともにさぶらはれける人人、たとへんかたなくかなしながら、かぎりある事なればかへられにけり、はじめたることありて、あくるまでさぶらひてよめる とはばやとおもひよらでぞなげかましむかしながらの我が身なりせば  0785:  右大将公能、父の服のうちにははなくなりぬとききて、高野よりとぶらひ申しける かさねきるふぢのころもをたよりにて心の色をそめよとぞ思ふ  0786:  返し ふぢ衣かさぬる色はふかけれどあさき心のしまぬはかなさ  0787:  おなじなげきし侍りける人のもとへ 君がためあきはよにうきをりなれやこぞもことしも物思ひにて  0788:  返し はれやらぬこぞのしぐれのうへにまたかきくらさるる山めぐりかな  0789:  ははなくなりて山ざとにこもりゐたりける人を、程へておもひいでて人のとひたりければ、かはりて おもひいづるなさけを人のおなじくはそのをりとへなうれしからまし  0790:  ゆかりありける人はかなくなりにけり、とかくのわざにとりべ山へまかりて、かへりけるに かぎりなくかなしかりけりとりべ山なきをおくりてかへる心は  0791:  おやかくれ、たのみたりけるむこなどうせて、なげきしける人の、又ほどなくむすめにさへおくれにけりとききて、とぶらひけるに このたびはさきざきみけん夢よりもさめずやものはかなしかるらん  0792:  五十日のはてつかたに、二条院の御はかに御仏供養しける人にぐしてまゐりたりけるに、月あかくてあはれなりければ こよひ君しでの山ぢの月をみてくものうへをやおもひいづらん  0793:  御あとに、みかはの内侍候ひけるに、九月十三夜、人にかはりて かくれにし君がみかげの恋しさに月にむかひてねをやなくらん  0794:  返し わがきみのひかりかくれし夕よりやみにぞまよふ月はすめども  0795:  寄紅葉懐旧と伝ふ事を、宝金剛院にてよみける いにしへをこふるなみだの色ににてたもとにちるはもみぢなりけり  0796:  故郷述懐と伝ふ事を、ときはの家にてためなりよみけるに、まかりあひて しげきのをいくひとむらに分けなしてさらにむかしをしのびかへさん  0797:  十月なかのころ、宝金剛院のもみぢみけるに、上西門院おはしますよしききて、侍賢門院の御時思ひいでられて、兵衛殿の局にさしおかせける もみぢみてきみがためとやしぐるるらんむかしのあきの色をしたひて  0798:  かへし 色ふかきこずゑをみてもしぐれつつふりにしことをかけぬ日ぞなき  0799:  周防内侍、われさへのきの、とかきつけけるふるさとにて、人人思ひをのべける いにしへはついゐしやどもあるものをなにをかけふのしるしにはせん  0800:  みちのくににまかりたりけるに、野の中につねよりもとおぼしきつかのみえけるを、人にとひければ、中将のみはかと申すはこれがことなりと申しければ、中将とは誰がことぞと、又とひければ、さねかたの御事なりと申しける、いとかなしかりけり、さらぬだにものあはれにおぼえけるに、しもがれのすすきほのぼの見えわたりて、のちにかたらんもことばなきやうにおぼえて くちもせぬそのなばかりをとどめ置きてかれののすすき形見にぞみる  0801:  ゆかりなくなりて、すみうかれにける古郷へかへりゐける人のもとへ すみすてしそのふるさとをあらためてむかしにかへる心ちもやする  0802:  おやにおくれてなげきける人を、五十日すぐるまでとはざりければ、とふべき人のとはぬ事をあやしみて、人にたづぬとききて、かくおもひていままで申さざりつるよし申してつかはしける人にかはりて なべてみな君がなげきをとふかずにおもひなされぬことのはもがな  かくおもひて程へ侍りにけりと申して、返事かくなん  0803:  ゆかりにつけてものおもひける人のもとより、などかとはざらんと、うらみつかはしたりける返事に あはれとも心におもふほどばかりいはれぬべくはとひこそはせめ  0804:  はかなくなりてとしへにける人の文を、もののなかより見いだしてむすめに侍りける人のもとへみせにつかはすとて なみだをやしのばん人はながすべきあはれにみゆるみづぐきのあと  0805:  同行に侍りける上人、をはりよく思ふさまなりとききて、申しおくりける                     寂然 みだれずとをはりきくこそうれしけれさてもわかれはなぐまねども  0806:  かへし この世にてまたあふまじきかなしさにすすめし人ぞ心みだれし  0807:  とかくのわざはてて、あとのことどもひろひて、かうやへまゐりてかへりたりけるに                     寂然 いるさにはひろふかたみものこりけりかへる山路の友はなみだか  0808:  返し いかにともおもひわかずぞすぎにける夢に山路を行く心ちして  0809:  侍従大納言入道はかなくなりて、よひあかつきにつとめする僧おのおのかへりける日、申しおくりける ゆきちらんけふのわかれをおもふにもさらになげきやそふ心ちする  0810:  返し ふししづむ身には心のあらばこそさらになげきもそふ心ちせめ  0811:  この歌もかへしのほかにぐせられたりける たぐひなきむかしの人のかたみには君をのみこそたのみましけれ  0812:  返し いにしへのかたみになるときくからにいとどつゆけきすみ染の袖  0813:  おなじ日、のりつながもとへつかはしける なきあともけふまではなほのこりけるをあすや別をそへて忍ばん  0814:  かへし おもへただけふのわかれのかなしさにすがたをかへて忍ぶ心を  やがてその日、さまかへてのち、この返事かく申したりけり、いとあはれなり  0815:  おなじさまに世のがれて大原にすみ侍りけるいもうとの、はかなくなりにけるあはれとぶらひけるに いかばかりきみおもはましみちにいらでたのもしからぬ別なりせば  0816:  返し                     寂然 たのもしきみちにはいりてゆきしかどわが身をつめばいかがとぞおもふ  0817:  院の二位のつぼねみまかりけるあとに、十首歌人人よみけるに ながれ行くみづにたまなすうたかたのあはれあだなるこの世なりけり  0818: きえぬめるもとのしづくをおもふにも誰かはすゑの露の身ならぬ  0819: おくりおきてかへりしのべのあさ露を袖にうつすは涙なりけり  0820: ふなをかのすそののつかのかずそへてむかしの人に君をなしつる  0821: あらぬ世の別はけふぞうかりけるあさぢがはらをみるにつけても  0822: のちのよをとへとちぎりしことのはやわすらるまじきかたみなるべき  0823: おくれゐてなみだにしづむ古郷をたまのかげにもあはれとやみん  0824: あとをとふみちにやきみはいりぬらんくるしきしでの山へかからで  0825: 名残さへほどなくすぎばかなし世になぬかのかずをかさねずもがな  0826: あとしのぶ人にさへまたわかるべきその日をかねてちるなみだかな  0827:  あとのことどもはてて、ちりぢりになりけるに、成範、脩憲なみだながして、けふにさへ又と申しけるほどに、みなみおもてのさくらにうぐひすのなきけるをききてよみける さくら花ちりぢりになるこのもとになごりををしむうぐひすのこゑ  0828:  返し                     少将ながのり ちるはなはまたこん春もさきぬべしわかれはいつかめぐりあふべき  0829:  おなじ日、暮れけるままに、雨のかきくらしふりければ あはれしる空も心のありければなみだに雨をそふるなりけり  0830:  返し                     院少納言の局 あはれしるそらにはあらじわび人のなみだぞけふは雨とふるらん  0831:  行きちりて、又のあしたつかはしける けさいかにおもひの色のまさるらん昨日にさへもまたわかれつつ  0832:  返し                     少将ながのり 君にさへたち別れつつけふよりぞなぐさむかたはげになかりける  0833:  あにの入道想空はかなくなりにけるを、とはざりければいひつかはしける                     寂然 とへかしな別の袖につゆしげきよもぎがもとの心ぼそさを  0834: まちわびぬおくれさきだつあはれをも君ならでさは誰かとふべき  0835: わかれにし人をふたたびあとを見ばうらみやせましとはぬ心を  0836: いかがせんあとのあはれはとはずとも別れし人のゆくへたづねよ  0837: 中中にとはぬはふかきかたもあらん心あさくもうらみつるかな  0838:  返し 分けいりてよもぎがつゆをこぼさじとおもふも人をとふにあらずや  0839: よそにおもふわかれならねばたれをかは身より外にはとふべかりける  0840: へだてなきのりのことばにたよりえてはちすの露にあはれかくらん  0841: なき人を忍ぶおもひのなぐさまばあとをもちたびとひこそはせめ  0842: みのりをばことばなけれどとくときけばふかきあはれはとはでこそ思へ  0843:  これはぐしてつかはしける つゆふかきのべになり行くふるさとはおもひやるにも袖しをれけり  0844:  無常の歌あまたよみける中に いづくにかねぶりねぶりてたふれふさんとおもふかなしきみちしばのつゆ  0845: おどろかんとおもふ心のあらばやはながきねぶりの夢も覚むべき  0846: かぜあらきいそにかかれるあま人はつながぬふねの心ちこそすれ  0847: おほなみにひかれいでたる心ちしてたすけぶねなきおきにゆらるる  0848: なきあとをたれとしらねどとりべ山おのおのすごきつかの夕暮  0849: なみたかきよをこぎこぎて人はみなふなをか山をとまりにぞする  0850: しにてふさんこけのむしろを思ふよりかねてしらるるいはかげの露  0851: つゆときえばれんだいのにをおくりおけねがふ心をなにあらはさん  0852:  なちにこもりてたきに入堂し侍りけるに、このうへに一二のたきおはします、それへまゐるなりと申す常住の僧の侍りけるに、ぐしてまゐりけり、はなやさきぬらんとたづねまほしかりけるをりふしにて、たよりあるここちしてわけまゐりたり、二のたきのもとへまゐりつきたる、如意輪のたきとなん申すとききて、をがみければ、まことにすこしうちかたぶきたるやうにながれくだりて、たふとくおぼえけり、花山院の御庵室のあとの侍りけるまへに、としふりたりける桜の木の侍りけるをみて、すみかとすれば、とよませ給ひけんことおもひいでられて このもとにすみけるあとをみつるかななちのたかねの花を尋ねて  0853:  同行に侍りける上人、月のころ天王寺にこもりたりとききていひつはしける いとどいかににしへかたぶく月かげをつねよりもけに君したふらん  0854:  堀河の局、仁和寺にすみけるに、まゐるべきよし申したりけれども、まぎるる事ありて程へにけり、月の比、まへをすぎけるをききていひおくりける にしへ行くしるべとたのむ月かげのそらだのめこそかひなかりけれ  0855:  かへし さしいらでくもぢをよぎし月かげはまたぬ心ぞそらにみえける  0856:  寂超入道談義すとききてつかはしける ひろむらんのりにはあはぬ身なりともなをきくかずにいらざらめやは  0857:  返し つたへきくながれなりとものりの水くむ人からやふかくなるらん  0858:  さだのぶの入道、観音寺にだうつくるに、結縁すべきよし申しつかはすとて                     観音寺入道生光 てらつくるこのわがたににつちうめよ君ばかりこそ山もくづさめ  0859:  かへし やまくづすそのちからねはかたくとも心たくみをそへこそはせめ  0860:  あざり勝命、千人あつめて法花経結縁せさせけるに、又の日つかはしける つらなりしむかしにつゆもかはらじとおもひしられし法のにはかな  0861:  人にかはりて、これもつかはしける いにしへにもれけんことのかなしさはきのふのにはに心ゆきにき  0862:  六波羅太政入道、持経者千人あつめて津国わだと申す所にて供養侍りけり、やがてそのついでに万灯会しけり、よふくるままに、ともし火のきえけるを、おのおのともしつぎけるを見て きえぬべきのりのひかりのともしびをかかぐるわだのとまりなりけり  0863:  天王寺へまゐりてかめ井の水をみてよみける あさからぬちぎりの程ぞくまれぬるかめ井の水にかげうつしつつ  0864:  心ざすことありて、あふぎを仏にまゐらせけるに、院より給はりけるに、女房うけ給はりて、つつみがみにかきつけられける ありがたきのりにあふぎのかぜならば心のちりをはらへとぞ思ふ  0865:  御返事たてまつりける ちりばかりうたがふ心なからなんのりをあふぎてたのむとならば  0866:  心性さだまらずと云ふ事を題にて、人人よみけるに ひばりたつあらのにおふるひめゆりのなににつくともなき心かな  0867:  懺悔業障と云ふ事を まどひつつすぎけるかたのくやしさになくなく身をぞけふはうらむる  0868:  遇教待竜花と云ふ事を あさ日まつほどはやみにやまよはまし有明の月のかげなかりせば  0869:  寄藤花述懐 にしをまつ心にふぢをかけてこそそのむらさきの雲をおもはめ  0870:  見月思西と云ふ事を 山端にかくるる月をながむればわれと心のにしにいるかな  0871:  暁念仏と云ふ事を 夢さむるかねのひびきにうちそへてとたびのみなをとなへつるかな  0872:  易往無人の文の心を 西へ行く月をやよそにおもふらん心にいらぬ人のためには  0873:  人命不停速於山水の文の心を 山川のみなぎる水の音きけばせむるいのちぞおもひしらるる  0874:  菩提心論に乃至身命而不悋惜文を あだならぬやがてさとりにかへりけり人のためにもすつる命は  0875:  疏文に悟心証心心 まどひきてさとりうべくもなかりつる心をしるは心なりけり  0876:  観心 やみはれて心のそらにすむ月はにしの山べやちかくなるらん  0877:  序品 ちりまがふはなのにほひをさきだててひかりを法のむしろにぞしく  0878: はなのかをつらなるそでにふきしめてさとれと風のちらすなりけり  0879:  深着五欲の文 こりもせずうき世のやみにまがふかな身をおもはぬは心なりけり  0880:  譬喩品 のりしらぬ人をぞけふはうしと見るみつのくるまに心かけねば  0881:  はかなくなりにける人のあとに、五十日のうちに一品経供養しけるに  化城喩品 やすむべきやどをおもへばなかぞらのたびもなににかくるしかるべき  0882:  五百弟子品 おのづからきよき心にみがかれてたまときかくるのりをしりぬる  0883:  提婆品 いさぎよきたまを心にみがき出でていはけなき身にさとりをぞえし  0884: これやさはとしつもるまでこりつめし法にあふこのたきぎなりける  0885: いかにしてきくことのかくやすからんあだにおもひてえける法かは  0886:  勧持品 あまぐものはるるみそらの月影にうらみなぐさむをばすての山  0887: いかにしてうらみしそでにやどりけんいでがたくみし有明の月  0888:  寿量品 わしの山月をいりぬとみる人はくらきにまよふ心なりけり  0889: さとりえし心の月のあらはれてわしのたかねにすむにぞ有りける  0890:  なき人のあとに一品経くやうしけるに、寿量品を人にかはりて 雲はるるわしのみやまの月影を心すみてや君ながむらん  0891:  一心欲見仏の文を人人よみけるに わしの山誰かは月をみざるべき心にかかる雲しはれなば  0892:  神力品 行すゑのためにととかぬのりならばなにか我が身にたのみあらまし  0893:  普賢品 ちりしきしはなのにほひの名残おほみたたまうかりし法のにはかな  0894:  心経 なにごともむなしきのりの心にてつみある身とはつゆもおもはじ  0895:  無上菩提の心をよみける わしの山うへくらからぬみねなればあたりをはらふ有明の月  0896:  和光同塵結縁始と云ふ事を いかなればちりにまじりてますかがみつかふる人はきよまはるらん  0897:  六道歌よみけるに地獄 つみ人のしぬるよもなくもゆるひのたきぎなるらんことぞかなしき  0898:  餓鬼 あさ夕のこをやしなひにすときけばくにすぐれてもかなしかるらん  0899:  畜生 かぐらうたにくさとりかふはいたけれど猶そのこまになることはうし  0900:  修羅 よしなしなあらそふことをたてにしていかりをのみもむすぶ心は  0901:  人 ありがたき人になりけるかひありてさとりもとむる心あらなん  0902:  天 くものうへのたのしみとてもかひぞなきさてしもやがてすみしはてねば  0903:  心におもひける事を にごりたる心の水のすくなきになにかは月の影やどるべき  0904: いかでわれきよくくもらぬ身になりて心の月のかげをみがかん  0905: のがれなくつひにゆくべきみちをさはしらではいかがすぐべかりける  0906: おろかなるこころにのみやまかすべきしとなることもあるなるものを  0907: のにたてるえだなき木にもおとりけりのちの世しらぬ人の心は  0908:  五首述懐 身のうさをおもひしらでややみなましそむくならひのなき世なりせば  0909: いづくにか身をかくさましにとひてもうき世にふかき山なかりせば  0910: 身のうさのかくれがにせん山ざとは心ありてぞすむべかりける  0911: あはれしるなみだの露ぞこぼれけるくさのいほりをむすぶちぎりは  0912: うかれいづる心は身にもかなはねばいかなりとてもいかにかはせん  0913:  高野より京なる人につかはしける すむことは所がらぞといひながらたかのはもののあはれなるかな  0914:  仁和寺御室にて、道心逐年深と云ふ事をよまさせ給ひけるに あさくいでし心のみづやたたふらんすみ行くままにふかくなるかな  0915:  閑中暁 あらしのみときどきまどにおとづれてあけぬる空の名残をぞ思ふ  0916:  ことのほかにあれさむかりけるころ、宮の法印、高野にこもらせ給ひて、この程のさむさはいかがとて、こそで給はせたりける又のあした申しける こよひこそあはれみあつき心ちしてあらしのおとをよ所にききつれ  0917:  みたけより笙のいはやへまゐりけるに、もらぬいはやも、とありけんをりおもひいでられて 露もらぬいはやもそではぬれけりときかずはいかがあやしからまし  0918:  をざさのとまりと申す所にて、つゆのしげかりければ 分けきつるをざさのつゆにそほちつつほしぞわづらふすみぞめの袖  0919:  あざり源賢、よをのがれて高野にすみ侍りける、あからさまに仁和寺へいでて、かへりもまゐらぬことにて、僧都になりぬとききて、いひつかはしける けさの色やわかむらさきにそめてけるこけのたもとをおもひかへして  0920:  秋ごろ、風わづらひける人をとぶらひたりける返事に きえぬべき露の命もきみがとふことのはにこそおきゐられけれ  0921:  かへし ふきすぐる風しやみなばたのもしみ秋ののもせの露の白玉  0922:  院の小侍従、例ならぬ事大事にふししづみて、とし月へにけりときこえて、とぶらひにまかりたりけるに、この程すこしよろしきよし申して、人にもきかせぬ和琴のてひきならしけるをききて ことのねになみだをそへてながすかなたえなましかばと思ふあはれに  0923:  返し たのむべきこともなき身をけふまでもなににかかれる玉のをならん  0924:  かぜわづらひて山でらにかへりけるに、人人とぶらひて、よろしくなりなばまたとくと申し侍りけるに、おのおのの心ざしをおもひて さだめなし風わづらはぬをりだにもまたこんことをたのむべきよか  0925: あだにちるこのはにつけておもふかなかぜさそふめる露の命を  0926: われなくはこのさと人やあきふかきつゆをたもとにかけて忍ばん  0927: さまざまにあはれおほかるわかれかな心を君がやどにとどめて  0928: かへれども人のなさけにしたはれて心は身にもそはずなりぬる  かへしどもありけり、ききおよばぬはかかず  0929:  新院、歌あつめさせおはしますとききて、ときはにためただが歌の侍りけるを、かきあつめてまゐらせけるを、おほはらよりみせにつかはすとて                     寂超 もろともにちることのはをかくほどにやがてもそでのそほちぬるかな  0930:  かへし としふれどくちぬときはのことの葉をさぞしのぶらんおほはらのさと  0931:  寂超、ためただが歌に我が歌かきぐし、又おとうとの寂然が歌などとりぐして、新院へまゐらせけるを、人にとりつたへてまゐらせさせけりとききて、あにに侍りける想空がもとより いへのかぜつたふばかりはなけれどもなどかちらさぬなげのことのは  0932:  返し いへのかぜむねとふくべきこのもとはいまちりなんとおもふことのは  0933:  新院百首歌めしけるにたてまつるとて、右大将きんよしのもとよりみせにつかはしたりける、返し申すとて いへのかぜふきつたへけるかひありてちることのはのめづらしきかな  0934:  返し にへのかぜふきつたふともわかのうらにかひあることのはにてこそしれ  0935:  題しらず こがらしにこの葉のおつるやまざとはなみだこそさへもろくなりけれ  0936: みねわたるあらしはげしき山ざとにそへてきこゆる滝川の水  0937: とふ人もおもひたえたる山ざとのさびしさなくはすみうからまし  0938: あかつきのあらしにたぐふかねのおとを心のそこにこたへてぞきく  0939: またれつるいりあひのかねのおとすなりあすもやあらばきかんとすらん  0940: 松かぜの音あはれなる山ざとにさびしさそふるひぐらしのこゑ  0941: たにのまにひとりぞまつも立てりけるわれのみともはなきかとおもへば  0942: いり日さすやまのあなたはしらねども心をかねておくりおきつる  0943: なにとなくくむたびにすむ心かないは井の水にかげうつしつつ  0944: みづのおとはさびしきいほのともなれやみねのあらしのたえまたえまに  0945: うづらふすかりたのひつちおひいでてほのかにてらすみか月のかげ  0946: あらしこすみねのこのまを分けきつつ谷のしみづにやどる月影  0947: にごるべきいは井の水にあらねどもくまばやどれる月やさわがん  0948: ひとりすむいほりに月のさしこずばなにか山べの友にならまし  0949: 尋ねきてこととふ人のなきやどにこのまの月の影ぞさしくる  0950: しばのいほはすみうきこともあらましを友なふ月の影なかりせば  0951: かげきえてはやまの月はもりもこず谷はこずゑの雪とみえつつ  0952: 雲にただこよひの月をまかせてんいとふとてしもはれぬものゆゑ  0953: 月を見るほかもさこそはいとふらめくもただここの空にただよへ  0954: はれまなく雲こそ空にみちにけれ月みることはおもひたえなん  0955: ぬるれども雨もる宿のうれしきはいりこん月をおもふなりけり  0956: 分けいりて誰かは人をたづぬべきいはかげ草のしげる山路を  0957: 山ざとは谷のかけひのたえだえにみづこひどりのこゑきこゆなり  0958: つがはねどうつればかげをともとしてをしすみけりな山川の水  0959: つらならでかぜにみだれてなくかりのしどろにこゑのきこゆなるかな  0960: はれがたき山路の雲にうづもれてこけのたもとはきりくちにけり  0961: つづらはふはやまはしたもしげければすむ人いかにこぐらかるらん  0962: くまのすむこけのいはやまおそろしみむべなりけりな人もかよはぬ  0963: おとはせでいはにたばしるあられこそよもぎのまどの友となりけれ  0964: あはれにぞものめかしくはきこえけるかれたるならのしばのおちばは  0965: しばかこふいほりのうちはたびだちてすどほるかぜもとまらざりけり  0966: 谷風はとをふきあけているものをなにとあらしのまどたたくらん  0967: 春あさきすずのまがきにかぜさえてまだ雪きえぬしがらきのさと  0968: みをよどむあまのかはぎしなみたたで月をばみるやさへさみのかみ  0969: ひかりをばくもらぬ月ぞみがきけるいなばにかかるあさひこのたま  0970: いはれののはぎがたえまのひまびまにこのてがしはのはなさきにけり  0971: 衣でにうつりしはなの色かれてそでほころぶるはぎが花ずり  0972: をざさはらはずゑの露はたまににていしなき山を行く心ちする  0973: まさきわるひだのたくみやいでぬらん村雨過ぐるかさとりの山  0974: かはあいやまきのすそやまいしたててそま人いかに涼しかるらん  0975: ゆきとくるしみみにしたくかざさきのみちゆきにくきあしがらの山  0976: ねわたしにしるしのさをやたてつらんこびきまちつるこしのなか山  0977: くもとりやしこの山路はさておきてをぐちがはらのさびしからぬか  0978: ふもと行くふな人いかにさむからんくま山だけをおろす嵐に  0979: をりかくるなみのたつかとみゆるかなさすがにきゐるさぎの村とり  0980: わづらはで月にはよるもかよひけりとなりへつたふあぜのほそみち  0981: あれにけるさはだのあぜにくららおひて秋まつべくもなきわたりかな  0982: つたひくるうちひをたえずまかすれば山田は水もおもはざりけり  0983: 身にしみしをぎのおとにはかはれどもしぶく風こそげには物うき  0984: こぜりつむさはのこほりのひまたえて春めきそむるさくらゐのさと  0985: くる春はみねにかすみをさきだてて谷のかけひをつたふなりけり  0986: はるになるさくらのえだはなにとなくはななけれどもむつましきかな  0987: 空わたる雲なりけりなよしの山はなもてわたる風とみたれば  0988: さらに又かすみに暮るる山路かな春をたづぬるはなのあけぼの  0989: 雲もかかれはなとをはるはみてすぎんいづれの山もあだにおもはで  0990: 雲かかるやまみればわれもおもひいでに花ゆゑなれしむつび忘れず  0991: 山ふかみかすみこめたるしばの庵にこととふ物はうぐひすのこゑ  0992: うぐひすはゐなかの谷のすなれどもだびたるねをばなかぬなりけり  0993: うぐひすのこゑにさとりをうべきかはきくうれしきもはかなかりけり  0994: すぎて行くはかぜなつかしうぐひすになづさひけりな梅の立枝に  0995: 山もなきうみのおもてにたなびきてなみの花にもまがふしら雲  0996: おなじくは月のをりさけ山ざくらはなみるよはのたえまあらせじ  0997: ふるはたのそばのたつきにゐるはとの友よぶこゑにすごき夕暮  0998: なみにつきていそわにいますあらがみはしほふむきねをまつにや有るらん  0999: しほかぜにいせのはまをぎふせばまづほすしほなみのあらたむるかな  1000: あらいそのなみにそなれてはふまつはみさごのゐるぞたよりなりける  1001: うらちかみかれたる松のこずゑにはなみのおとをや風はかるらん  1002: あはぢしませとのなごろはたかくともこのしほにだにおしわたらばや  1003: しほぢ行くかこみのともろ心せよまたうづはやきせとわたる程  1004: いそにをるなみのけはしくみゆるかなおきになごろやたかく行くらん  1005: おぼつかないぶきおろしのかざさきにあさづまぶねはあひやしぬらん  1006: くれふねよあさづまわたりけさなせそにぶきのたけに雪しまくめり  1007: あふみぢやのぢのたび人いそがなんやすがはらとてとほからぬかは  1008: さと人のおほぬさこぬさたてなめてむまがたむすぶのべになりけり  1009: いたけもるあま見るときになりにけりえぞかけしまを煙こめたり  1010: もののふのならすすさみはおもだたしあちそのしさりかものいれくび  1011: むつのくのおくゆかしくぞおもほゆるつぼのいしぶみそとのはまかぜ  1012: あさかへるかりゐうなこのむらともははらのをか山こえやしぬらん  1013: すがるふすこぐれがしたのくずまきを吹きうらがへす秋の初かぜ  1014: もろごゑにもりかきみかぞきこゆなるいひあはせてやつまをこふらん  1015: すみれさくよこののつばなさきぬればおもひおもひに人かよふなり  1016: くれなゐの色なりながらたでのほのからしや人のめにもたてぬは  1017: よもぎふはさまことなりや庭のおもにからすあふぎのなぞしげるらん  1018: かりのこす水のまこもにかくろへてかげもちがほになくかはづかな  1019: やなぎはらかはかぜふかぬかげならばあつくやせみのこゑにならまし  1020: ひさぎおひてすずめとなれるかげなれやなみうつきしに風わたりつつ  1021: 月のためみさびすゑじとおもひしにみどりにもしく池のうき草  1022: おもふことみあれのしめにひくすずのかなはずばよもならじとぞ思ふ  1023: みくまののはまゆふおふるうらさびて人なみなみにとしぞかさなる  1024: いそのかみふるきすみかへ分けいれば庭のあさぢに露のこぼるる  1025: とをちさすひたのおもてにひくしほにしづむ心ぞかなしかりける  1026: ませにさくはなにむつれてとぶてふのうらやましくもはかなかりけり  1027: うつり行く色をばしらずことのはのなさへあだなるつゆくさのはな  1028: かぜふけばあだにやれ行くばせをばのあればと身をもたのむべきかは  1029: 古郷のよもぎはやどのなになればあれ行く庭にまづしげるらん  1030: ふるさとはみし世にもにずあせにけりいづちむかしの人ゆきにけん  1031: しぐるれば山めぐりする心かないつまでとのみうちしをれつつ  1032: はらはらとおつるなみだぞあはれなるたまらずもののかなしかるべし  1033: なにとなくせりときくこそあはれなれつみけん人の心しられて  1034: やま人よ吉野のおくのしるべせよはなもたづねんまたおもひあり  1035: わび人のなみだににたるさくらかなかぜみにしめばまづこぼれつつ  1036: よしの山やがていでじとおもふ身をはなちりなばと人やまつらん  1037: 人もこず心もちらで山かげははなをみるにもたよりありけり  1038: かぜの音にものおもふわれか色そめて身にしみわたる秋の夕暮  1039: われなれやかぜをわづらふしのだけはおきふしものの心ぼそくて  1040: こん世にもかかる月をし見るべくばいのちををしむ人なからまし  1041: この世にてながめられぬる月なればまよはんやみもてらさざらめや  Book  山家集下  Subtitle  雑(下)  1042:  八月、月のころ、よふけてきたしらかはへまかりけり、よしあるやうなる家の侍りけるに、ことのおとのしければ、たちとまりてききけり、をりあはれに秋風楽と申すがくなりけり、庭を見いれければ、あさぢのつゆに月のやどれるけしきあはれなり、そひたるをぎの風身にしむらんとおぼえて、申しいれてとほりける 秋風のことに身にしむこよひかな月さへすめる庭のけしきに  1043:  いづみのぬしかくれて、あとつたへたりける人のもとにまかりて、いづみにむかひてふるきを思ふと云ふ事を、人人よみけるに すむ人の心くまるるいづみかなむかしをいかにおもひいづらん  1044:  逢友恋昔と云ふ事も いまよりはむかしがたりはこころせんあやしきまでに袖しをれけり  1045:  あきのすゑに、寂然高野にまゐりてくれの秋によせて思ひをのべけるに なれきにし都もうとく成りはててかなしさそふる秋のくれかな  1046:  あひしりたりける人の、みちの国へまかりけるに、別歌よみけるに 君いなば月まつとてもながめやらんあづまのかたの夕ぐれの空  1047:  大原に良暹がすみける所に、人人まかりて、述懐歌よみて、妻戸に書付けける おほはらやまだすみがまもならはずといひけん人を今あらせばや  1048:  大覚寺の滝殿の石ども、閑院にうつされて、あともなくなりたりとききて、見にまかりたりけるに、赤染が、いまだにかかり、とよみけん思ひ出でられて、あはれに覚えければ いまだにもかかりといひしたきつせのそのをりまでは昔なりけん  1049:  深夜水声と云ふ事を、高野にて人人よみけるに まぎれつるまどのおらしの声とめてふくるをつぐる水の音かな  1050:  竹風驚夢 たまみがく露ぞまくらにちりかかる夢おどろかす竹の嵐に  1051:  山家夕と云ふ事を人人よみけるに みねおろすまつのあらしの音に又ひびきをそふる入あひのかね  1052:  暮山路 ゆふざれやひばらのみねをこえ行けばすごくきこゆるやまばとのこゑ  1053:  海辺重旅宿 なみちかき磯の松がねまくらにてうらがなしきはこよひのみかは  1054:  俊恵、天王寺にこもりて、人人ぐして住吉にまゐりて歌よみけるにぐして すみよしの松がねあらふなみのおとをこずゑにかくおきつしほかぜ  1055:  寂然、高野にまゐりて、たちかへりて、大原よりつかはしける へだてこしそのとし月もあるものをなごりおほかる峰の秋ぎり  1056:  返し したはれしなごりをこそはながめつれ立ちかへりにし峰の秋霧  1057:  つねよりも、みちたどらるる程に雪ふかかりける比、高野へまゐるとききて、中宮大夫のもとより、かかる雪にはいかに思ひたつぞ、みやこへはいつ出づべきぞ、と申したりける返事に ゆきわけてふかき山路にこもりなばとしかへりてや君にあふべき  1058:  返し わけてゆく山ぢの雪はふかくともとくたちかへれとしにたぐへて  1059:  やまごもりして侍りけるに、としをこめてはるになりぬとききけるからに、かすみわたりて、山河のおとひごろにもにずきこえければ かすめどもとしのうちはとわかぬまに春をつぐなる山河の水  1060:  としのうちにはるたちて、あめのふりければ はるとしもなほおもはれぬ心かなあめふるとしのここちのみして  1061:  野に人のあまた侍りけるを、なにする人にかととひければ、なつむものなりとこたへければ、としのうちにたちかはるはるのしるしのわかなか、さはと思ひてよめる としははや月なみかけてこえにけりむべつみはへししばのわかだち  1062:  はるたつ日よみける なにとなく春になりぬときく日より心にかかるみよしののやま  1063:  正月元日にあめふりけるに いつしかもはつ春さめぞふりにけるのべのわかなもおひやしぬらん  1064:  山ふかくすみ侍りける、春たちぬとききて 山路こそゆきのした水とけざらめ都のそらは春めきぬらん  1065:  深山不知春 雪分けてと山がたにの鶯はふもとの里に春やつぐらん  1066:  さがにまかりたりけるに、ゆきふかかりけるをみおきていでし、となど申しつかはすとて おぼつかな春の日かずのふるままにさがのの雪はきえやしぬらん  1067:  返し                     静忍法師 立ちかへり君やとひくと待つほどにまだきえやらずのべのあは雪  1068:  なきたえたりけるうぐひすの、すみ侍りけるたににこゑのしければ おもひはててふるすにかへる鶯はたびのねぐらやすみうかりつる  1069:  はるの月あかかりけるに、花まだしきさくらの枝を、かぜのゆるがしけるをみて 月みればかぜに桜のえだなえてはなよとつぐる心ちこそすれ  1070:  くにぐにめぐりまはりて、春かへりて、よしののかたへまゐらんとしけるに、人の、このほどはいづくにかあととむべきと申しければ 花をみしむかしの心あらためてよしのの里にすまんとぞ思ふ  1071:  みやたてと申しけるはした物の、としたかくなりて、さまかへなどして、ゆかりにつきて、よしのにすみ侍りけり、おもひかけぬやうなれども、供養をのべんれうにとて、くだ物をつかはしたりけるに、花と申すものの侍りけるをみてつかはしける おもひつつはなのくだ物つみてけり吉野のひとのみやたてにして  1072:  かへし                     みやたて こころざしふかくはこべるみやたてをさとりひらけん春にたぐへよ  1073:  さくらにならびてたてりける柳に、花のちりかかりけるをみて 吹きみだる風になびくとみる程に春をむすべる青柳の糸  1074:  寂然、もみぢのさかりに高野にまゐりていでにけり、またのとしの花のをりに申しつかはしける もみぢみしたかののみねの花ざかりたのめぬ人のまたるるやなに  1075:  かへし                     寂然 共にみしみねのもみぢのかひなれや花のをりにも思ひ出でける  1076:  天王寺へまゐりたりけるに、松にさぎのゐたりけるを、月のひかりにみてよめる にはよりはさぎゐる松のこずゑにぞ雪はつもれる夏の夜の月  1077:  夏、熊野へまゐりけるに、いはたと申す所にすずみて、下向しける人につけて、京へ、西住上人のもとへつかはしける まつがねのいはたの岸の夕すずみ君があれなとおもほゆるかな  1078:  かづらきをすぎ侍りけるに、をりにもあらぬもみぢの見えけるを、なにぞととひければ、まさきなりと申しけるを聞きて かづらきやまさきの色は秋ににてよそのこずゑはみどりなるかな  1079:  高野よりいでたりけるに、かくくゑん阿闍梨きかぬさまなりければ、きくをつかはすとて くみてなど心かよはばとはざらんいでたるものをきくの下水  1080:  返し                     かくくゑん たにふかくすむかとおもひてとはぬまに恨をむすぶ菊の下水  1081:  たびまかりけるに、入あひをききて おもへただ暮れぬとききし鐘のおとは都にてだにかなしかりしを  1082:  秋、とほく修行し侍りけるに、ほどへけるところより、侍従大納言成通のもとへ申送りける あらし吹くみれのこのはにともなひていづちうかるる心なるらん  1083:  返し なにとなくおつるこのはも吹くかぜにちりゆくかたはしられやはせぬ  1084:  宮の法印、高野にこもらせ給ひて、おぼろけにてはいでじと思ふに、修行のせまほしきよしかたらせ給ひけり、千日はてて、みたけにまゐらせ給ひて、いひつかはしける あくがれしこころを道のしるべにて雲にともなふ身とぞ成りぬる  1085:  返し やまのはに月すむまじとしられにき心のそらになるとみしより  1086:  としごろ申しなれたりける人に、とほく修行するよし申してまかりたりけり、なごりおほくてたちけるに、もみぢのしたりけるをみせまほしくて、まちつるかひなく、いかにと申しければ、このもとにたちよりてよみける こころをばふかきもみぢの色にそめてわかれてゆくやちるに成るらん  1087:  するがのくにくのの山でらにて、月をみてよみける なみだのみかきくらさるるたびなれやさやかにみよと月はすめども  1088:  題不知 身にもしみ物あはれなるけしきさへあはれをせむる風のおとかな  1089: いかでかはおとに心のすまざらんくさ木もなびくあらしなりけり  1090: 松かぜはいつもときはに身にしめどわきてさびしきゆふぐれのそら  1091:  とほく修行に思ひたち侍りけるに、遠行の別と云ふ事を、人人まできてよみ侍りしに ほどふればおなじみやこのうちだにもおぼつかなさはとはまほしきを  1092:  としひさしくあひたのみたりける同行にはなれて、とほく修行してかへらずもやと思ひける、なにとなくあはれにて さだめなしいくとせ君になれなれてわかれをけふはおもふなるらん  1093:  としごろききわたりける人に、はじめて対面申してかへりけるあしたに わかるともなるるおもひやかさねましすぎにしかたのこよひなりせば  1094:  修行して伊せにまかりけるに、月のころみやこ思ひ出でられて みやこにも旅なる月のかげをこそおなじくも井の空にみるらめ  1095:  そのかみまゐりつかうまつりけるならひに、世をのがれてのちもかもにまゐりけり、としたかくなりて、四国のかたへ修行しけるに、またかへりまゐらぬこともやとて、仁安二年十月十日の夜まゐり、幣まゐらせけり、うちへもいらぬ事なれば、たなうのやしろに、とりつぎてまゐらせ給へとて、心ざしけるに、このまの月ほのぼのに、つねよりも神さびあはれにおぼえて、よみける かしこまるしでになみだのかかるかな又いつかはとおもふあはれに  1096:  はりまの書写へまゐるとて、野中のし水をみける事、ひとむかしになりにけり、としへてのち、修行すとてとほりけるに、おなじさまにてかはらざりければ むかし見しのなかのし水かはらねばわがかげをもや思ひ出づらん  1097:  四国の方へぐしてまかりたりける同行、みやこへかへりけるに かへりゆく人のこころを思ふにもはなれがたきは都なりけり  1098:  ひとりみおきて、かへりまかりなんずるこそあはれに、いつかみやこへはかへるべき、など申しければ 柴のいほのしばしみやこへかへらじとおもはんだにもあはれなるべし  1099:  たびの歌よみけるに 草枕たびなる袖におく露をみやこの人や夢にみゆらん  1100: こえきつる都へだつる山さへにはてはかすみに消えぬめるかな  1101: わたのはらはるかに波をへだてきて都にいでし月をみるかは  1102: わたの原波にも月はかくれけりみやこの山を何いとひけん  1103:  西の国の方へ修行してまかり侍りけるに、みづのと申す所にぐしならひたる同行の侍りけるが、したしきものの例ならぬ事侍るとて、ぐせざりければ やましろのみづのみくさにつながれてこまものうげにみゆる旅かな  1104:  大みねのしんせんと申す所にて、月をみてよみける ふかき山にすみける月を見ざりせば思出もなき我が身ならまし  1105: みねのうへもおなじ月こそてらすらめ所がらなるあはれなるべし  1106: 月すめばたににぞくもはしづむめるみね吹きはらふ風にしかれて  1107:  をばすてのみねと申す所のみわたされて、思ひなしにや、月ことに見えければ をばすてはしなのならねどいづくにも月すむみねの名にこそ有りけれ  1108:  こいけと申すすくにて いかにしてこずゑのひまもをもとめえてこいけにこよひ月のすむらん  1109:  ささのすくにて いほりさすくさのまくらに友なひてささの露にもやどる月かな  1110:  へいちと申すすくにて、月をみけるに、こずゑの露のたもとにかかりければ こずゑもる月もあはれをおもふべしひかりにぐして露のこぼるる  1111:  あづまやと申す所にて、しぐれののち月をみて 神無月しぐれはるればあづまやの峰にぞ月はむねとすみける  1112: かみな月たににぞ雲はしぐるめる月すむ峰はあきにかはらで  1113:  ふるやと申すすくにて 神無月しぐれふるやにすむ月はくもらぬかげもたのまれぬかな  1114:  平等院の名かかれたるそとばに、もみぢのちりかかりけるをみて、はなよりほかの、とありける、ひとむかしとあはれにおぼえてよめる あはれとてはなみしみねになをとめてもみぢぞけふはともにふりける  1115:  千くさのたけにて わけて行く色のみならずこずゑさへ千くさのたけは心そみけり  1116:  ありのとれたりと申す所にて ささふかみきりこすくきをあさたちなびきわづらふありのとわたり  1117:  行者がへり、ちごのとまり、つづきたるすくなり、春の山ぶしはびやうぶだてと申す所をたひらかにすぎんことをばただ思ひて、行者、ちごのとまりにて、思ひわづらふなるべし びやうぶにや心をたてておもひけん行者はかへりちごはとまりぬ  1118:  三重のたきををがみけるに、ことにたふとくおぼえて、三業のつみもすすがるるここちしければ 身につもることばのつみもあらはれて心すみぬるみかさねのたき  1119:  天ぽふりんのたけと申す所にて、釈迦の説法の座のいしと申す所をがみて こここそはのりとかれける所よときくさとりをもえつるけふかな  1120:  修行してとほくまかりけるをり、人の思ひへだてたるやうなる事の侍りければ よしさらばいくへともなく山こえてやがても人にへだてられなん  1121:  おもはずなる事おもひたつよしきこえける人のもとへ、高野よりいひつかはしける しをりせじなほ山ふかくわけいらんうき事きかぬ所ありやと  1122:  しほゆにまかりたりけるに、ぐしたりけるひと、九月つごもりにさきにのぼりければ、つかはしける人にかはりて あきはくれ君はみやこへかへりなばあはれなるべき旅の空かな  1123:  返し                     大宮の女房加賀 君をおきてたち出づる空の露けさに秋さへくるる旅のかなしさ  1124:  しほゆいでて、京へかへりまできて、ふるさとのはな、しもがれける、あはれなりけり、いそぎかへりし人のもとへ、又かはりて 露おきし庭のこはぎもかれにけりいづら都に秋とまるらん  1125:  かへし                     おなじ人 したふ秋は露もとまらぬ都へとなどていそぎしふなでなるらん  1126:  みちのくにへ修行してまかりけるに、白川のせきにとどまりて、ところがらにや、つねよりも月おもしろくあはれにて、能因が、秋風ぞ吹く、と申しけんをりいつなりけんと思ひいでられて、なごりおほくおぼえければ、せきやのはしらにかきつけける しらかはのせきやを月のもるかげは人の心をとむるなりけり  1127:  せきにいりて、しのぶと申すわたり、あらぬよのことにおぼえてあはれなり、みやこいでし日かずおもひつづけられて、かすみとともに、と侍ることのあと、たどりまできにける心ひとつに思ひしられてよみける みやこいでてあふさかこえしをりまでは心かすめし白川のせき  1128:  たけくまのまつもむかしになりたりけれども、あとをだにとてみにまかりてよみける かれにける松なきあとのたけくまはみきといひてもかひなかるべし  1129:  ふりりたるたなはしをもみぢのうづみたりける、れたりにくくてやすらはれて、人にたづねければ、おもはくのはしと申すはこれなり、と申しけるをききて ふままうきもみぢのにしきちりしきて人もかよはぬおもはくのはし  しのぶのさとよりおくへ二日ばかりいりてあるはしなり  1130:  なとり河をわたりけるに、きしのもみぢのかげをみて なとり河きしのもみぢのうつるかげはおなじにしきをそこにさへしく  1131:  十月十二日、ひらいづみにまかりつきたりけるに、ゆきふり、あらしはげしく、ことのほかにあれたりけり、いつしか衣河みまほしくて、まかりむかひてみけり、かはのきしにつきて、衣河の城しまはしたる、ことがらやうかはりてものをみる心ちしけり、みぎはこほりてとりわきさえければ とりわきて心もしみてさえぞわたる衣河みにきたるけふしも  1132:  又のとしの三月に出羽国にこえて、たきの山と申す山寺に侍りけるに、さくらのつねよりもうすくれなゐの色こき花にて、なみたてりけるを、てらの人人も見きようじければ たぐひなきおもひいではのさくらかなうすくれなゐの花のにほひは  1133:  下野国にてしばのけぶりをみて みやこちかきをの大はらを思ひ出づるしばのけぶりのあはれなるかな  1134:  おなじたびにて かぜあらきしばの庵はつねよりもねざめぞものはかなしかりける  1135:  津の国にやまもとと申す所にて、人をまちて日かずへければ なにとなくみやこのかたをきくそらはむつまじくてぞながめられける  1136:  新院さぬきにおはしましけるに、たよりにつけて女房のもとより みづぐきのかきながすべきかたぞなき心のうちはくみてしらなん  1137:  かへし ほどとほみかよふ心のゆくばかりなほかきながせみづぐきの跡  1138:  又、女房つかはしける いとどしくうきにつけてもたのむかな契りし道のしるべたがふな  1139: かかりける涙にしづむ身のうさを君ならで又誰かうかべん  1140:  かへし たのむらんしるべもいさやひとつよの別にだにもまどふ心は  1141: ながれ出づる涙にけふはしづむともうかばんすゑを猶思はなん  1142:  とほく修行する事ありけるに、菩提院のさきの斎宮にまゐりたりけるに、人人わかれの歌つかうまつりけるに さりともと猶あふことをたのむかなしでの山ぢをこえぬわかれは  1143:  おなじをり、つぼのさくらのちりけるをみて、かくなんおぼえ侍ると申しける この春は君にわかれのをしきかな花のゆくへを思ひ忘れて  1144:  かへしせよとうけ給はりて、ひあふぎにかきてさしいでける                     女房六角の局 君がいなんかたみにすべき桜さへ名残りあらせず風さそふなり  1145:  西国へ修行してまかりけるをり、こじまと申す所に、八幡のいははれたまひたりけるに、こもりたりけり、としへて又そのやしろを見けるに、松どものふるきになりたりけるをみて むかし見し松はおい木に成りにけり我がとしへたるほどもしられて  1146:  山里へまかりて侍りけるに、竹の風の、をぎにまがへてきこえければ 竹のおとも荻ふくかぜのすくなきにたぐへて聞けばやさしかりけり  1147:  世のがれてさがにすみける人のもとにまかりて、のちのよの事おこたらずつとむべきよし、申してかへりけるに、竹のはしらを立てたりけるをみて よよふとも竹のはしらの一すぢに立てたるふしはかはらざらなん  1148:  題不知 あばれたる草のいほりのさびしさは風よりほかにとふ人ぞなき  1149: あはれなりよりよりしらぬのの末にかせぎを友になるるすみかは  1150:  高野にこもりたりける人を、京より、なにごとか又いつかいづべきと申したるよしききて、其人にかはりて 山水のいついづべしとおもはねば心ぼそくてすむとしらずや  1151:  松のたえまより、わづかに月のかげろひて見えけるをみて かげうすみ松のたえまをもりきつつ心ぼそしやみかづきのそら  1152:  木蔭納涼と云ふ事を人人よみけるに けふもまた松のかぜふくをかへゆかんきのふすずみしともにあふやと  1153:  いりひのかげかくれけるままに、月のまどにさしいりければ さしきつるまどのいり日をあらためてひかりをかふる夕づくよかな  1154:  月蝕を題にて歌よみけるに いむといひてかげにあたらぬこよひしもわれて月みるなやたちぬらん  1155:  寂然入道、大原にすみけるにつかはしける 大原はひらのたかねのちかければゆきふるほどをおもひこそやれ  1156:  かへし おもへただみやこにてだに袖さえしひらのたかねの雪のけしきを  1157:  高野のおくの院のはしのうへにて、月あかかりければ、もろともにながめあかして、そのころ西住上人京へいでにけり、その夜の月わすれがたくて、又おなじはしの月のころ、西住上人のもとへいひつかはしける こととなく君こひわたるはしのうへにあらそふ物は月の影のみ  1158:  かへし                     西住 おもひやるこころはみえではしの上にあらそひけりな月の影のみ  1159:  忍西入道、よしの山のふもとにすみける、あきの花いかにおもしろかるらんとゆかしう、と申しつかはしたりける返事に、いろいろの花ををりあつめて しかのねや心ならねばとまるらんさらではのべをみな見するかな  1160:  かへし しかのたつのべのにしきのきりはしはのこりおほかる心ちこそすれ  1161:  人あまたして、ひとりにかくして、あらぬさまにいひなしけることの侍りけるをききて、よみける ひとすぢにいかでそま木のそろひけんいつはりつくる心たくみに  1162:  陰陽頭に侍りけるものに、ある所のはした物もの申しけり、いとおもふやうにもなかりければ、六月つごもりにつかはしけるにかはりて わがためにつらき心をみなつきのてづからやがてはらへうてなん  1163:  ゆかりありける人の、新院のかんだうなりけるを、ゆるしたぶべきよし、申しいれたりける御返事に もがみ川なべてひくらんいなぶねのしばしがほどはいかりおろさん  1164:  御返したてまつりける つよくひくつなでとみせよもがみ川そのいなぶねのいかりをさめて  かく申したりければ、ゆるしたびてけり  1165:  屏風の絵を人人よみけるに、うみのきはに、をさなくいやしきもののある所を いそなつむあまのさをとめ心せよおき吹く風になみたかくなる  1166:  同じ絵に、とまのうちに人の子おどろきたる所を いそによるなみに心のあらはれてねざめがちなるとまやかたかな  1167:  庚申の夜、孔子くばりをして歌よみけるに、古今、後撰、拾遺、これを、むめ、さくら、やまぶき、によせたる題をとりてよみける  古今、梅によす くれなゐのいろこきむめををるる人の袖にはふかきかやとまるらん  1168:  後撰、さくらをよす 春風の吹きおこせむに桜花となりくるしくぬしやおもはん  1169:  拾遺に、山ぶきをよす やまぶきのはなさくゐでのさとこそはやしうゐたりとおもはざらなん  1170:  いはひ ひまもなくふりくる雨のあしよりも数かぎりなき君がみよかな  1171: ち世ふべきものをさながらあつむとも君がよはひをしらんものかは  1172: こけうづむゆるがぬいはのふかきねは君がちとせをかためたるべし  1173: むれたちてくも井にたづのこゑすなり君がちとせや空にみゆらん  1174: さはべよりすだちはじむるつるのこは松のえだにやうつりそむらん  1175: おほうみのしほひてやまになるまでに君はかはらぬ君にましませ  1176: 君が世のためしになにをおもはましかはらぬ松の色なかりせば  1177: 君がよはあまつそらなるほしなれや数もしられぬここちのみして  1178: ひかりさす三笠の山の朝日こそげによろづ世のためしなりけれ  1179: よろづよのためしにひかんかめ山のすそのの原にしげる小松を  1180: かずかくる波にしづえのいろ染めて神さびまさるすみよしの松  1181: 若葉さすひらのの松はさらに又枝にやちよの数をそふらん  1182: 竹の色もきみがみどりにそめられていくよともなくひさしかるべし  1183:  むまごまうけてよろこびける人のもとへいひつかはしける 千世ふべきふたばの松のおひさきをみる人いかにうれしかるらん  1184:  五葉のしたに、ふたばなる小松どもの侍りけるを、ねのびにあたりける日、をりびつにひきうゑて、京へつかはすとて きみがためごえふのねの日しつるかなたびたびちよをふべきしるしに  1185:  ただのまつをひきそへて、このまつの思ひ合はする事申すべくなんとて ねのびするのべのわれこそぬしなるをごえふなしとてひく人のなき  1186:  世につかへぬべきゆかりあまたありける人の、さもなかりけることを思ひて、きよみづにとしこしにこもりたりけるに、つかはしける このはるはえだえだまでにさかゆべしかれたる木だに花はさくめり  1187:  これもぐして あはれにぞふかきちかひのたのもしききよきながれのそこくまれつつ  1188:  八条院、宮と申しけるをり、しらかはどのにて、女房むしあはせられけるに、人にかはりてむしぐして、とりいだしける物に、水に月のうつりたるよしをつくりて、その心をよみける ゆくすゑの名にやながれんつねよりも月すみわたる白川の水  1189:  内にかひあはせせんとせさせ給ひけるに、人にかはりて かぜたたで波ををさむるうらうらにこがひをむれてひろふなりけり  1190: なにはがたしほひばむれて出でたたんしらすのさきのこがひひろひに  1191: かぜふけばはなさくなみのをるたびに桜がひよるみしまえのうら  1192: なみあらふ衣のうらの袖がひをみぎはに風のたたみおくかな  1193: なみかくるふきあげのはまのすだれがひ風もぞおろすいそぎひろはん  1194: しほそむるますほのこがひひろふとていろのはまとはいふにやあるらん  1195: なみふするたけのとまりのすずめがひうれしきよにもあひにけるかな  1196: なみよするしららのはまのからすがひひろひやすくもおもほゆるかな  1197: かひありなきみがみそでにおほはれて心にあはぬこともなきよは  1198:  入道寂然、大原に住み侍りけるに、高野よりつかはしける やまふかみさこそあらめときこえつつおとあはれなる谷の川水  1199: 山ふかみまきのはわくる月かげははげしきもののすごきなりけり  1200: 山ふかみまどのつれづれとふものはいろづきそむるはじのたちえだ  1201: 山ふかみこけのむしろのうへにゐて何心なくなくましらかな  1202: やまふかみいはにしだるる水ためんかつがつおつるとちひろふほど  1203: 山ふかみけぢかきとりのおとはせで物おそろしきふくろふのこゑ  1204: やまふかみこぐらきみねのこずゑよりものものしくもわたる嵐か  1205: 山ふかみほたきるなりと聞えつつところにぎはふをののおとかな  1206: やまふかみいりてみと見るものはみなあはれもよほすけしきなるかな  1207: 山ふかみなるるかせぎのけぢかさによにとほざかるほどぞしらるる  1208:  かへし                     寂然 あはれさはかうやときみもおもひやれ秋くれがたのおほ原のさと  1209: ひとりすむおぼろのしみづともとては月をぞすますおほはらのさと  1210: すみがまのたなびくけぶり一すぢに心ぼそきは大原のさと  1211: なにとなくつゆぞこぼるるあきの田にひたひきならす大原のさと  1212: 水のおとはまくらにおつるここちしてねざめがちなる大原のさと  1213: あだにふく草のいほりのあはれよりそでに露おく大原のさと  1214: やまかぜにみねのささぐりはらはらと庭におちしく大原の里  1215: ますらをがつまきにあけびさしそへて暮るればかへる大原のさと  1216: むぐらはふかどはこのはにうづもれて人もさしこぬ大原の里  1217: もろともに秋もやまぢもふかければしかぞかなしき大原の里  1218:  承安元年六月一日、院、熊野へまゐらせ給ひける跡に、すみよしに御幸ありけり、修行しまはりて、二日、かの社にまゐりたりけるに、すみのえあたらしくしたてたりけるを見て、後三条院のみゆき、神、思ひ出で給ひけんとおぼえてよみける たえたりし君が御幸をまちつけてかみいかばかりうれしかるらん  1219:  松のしづえをあらひけんなみ、いにしへにかはらずやとおぼえて いにしへの松のしづえをあらひけん波を心にかけてこそみれ  1220:  斎院おはしまさぬ比にて、まつりのかへさもなかりければむらさきのもとほるとて むらさきの色なき比の野べなれやかたまつりにてかけぬあふひは  1221:  きたまつりのころ、かもにまゐりたりけるに、をりうれしくて、またるるほどぞつかひまゐりたり、はし殿につきて、ついふしをがまるるまではさる亊にて、まひ人のけしきふるまひ、みしよのことともおぼえず、あづまあそびにことうつ陪従もなかりけり、さこそすゑのよならめ、神いかにみたまふらむと、はづかしきここちしてよみ侍りける 神のよもかはりにけりと見ゆるかなそのことわざのあらずなるにも  1222:  ふけけるままに、みたらしのおとかみさびてきこえければ みたらしのながれはいつもかはらじをすゑにしなればあさましのよや  1223:  伊勢にまかりたりけるに、大神宮にまゐりてよみける さかきばに心をかけんゆふしでておもへば神もほとけなりけり  1224:  斎院おりさせ給ひて、本院のまへをすぎけるに、人のうちへいりければ、ゆかしくおぼえて、ぐして見侍りけるに、かうやはありけんとあはれにおぼえて、おりておはしましける所へ、せんじのつぼねのもとへ申しつかはしける 君すまぬみうちはあれてありすがはいむすがたをもうつしつるかな  1225:  かへし おもひきやいみこし人のつてにしてなれしみうちにきかん物とは  1226:  伊せに斎王おはしまさで、としへにけり、斎宮、こだちばかりさかと見えて、ついかきもなきやうになりたりけるを見て いつかまたいつきの宮のいつかれてしめのみうちにちりをはらはん  1227:  世の中に大事いできて、新院あらぬさまにならせおはしまして、御ぐしおろして、仁和寺の北院におはしましけるにまゐりて、けんげんあざりいであひたり、月あかくてよみける かかるよにかげもかはらずすむ月をみる我がみさへうらめしきかな  1228:  さぬきにおはしましてのち、歌と云ふ事のよにいときこえざりければ、寂然がもとへいひつかはしける ことのはのなさけたえにし折節にありあふ身こそかなしかりけれ  1229:  かへし                     寂然 しきしまやたえぬる道になくなくも君とのみこそ跡を忍ばめ  1230:  さぬきにて、御こころひきかへて、のちのよの御つとめひまなくせさせおはしますとききて、女房のもとへ申しける、この文をかきぐして、若人不嗔打、以何修忍辱 世の中をそむくたよりやなからましうき折ふしに君あはずして  1231:  これもついでにぐしてまゐらせけれ あさましやいかなるゆゑのむくいにてかかることしも有る世なるらん  1232: ながらへてつひにすむべき都かは此世はよしやとてもかくても  1233: まぼろしの夢をうつつにみる人はめもあはせでや世をあかすらん  1234:  かくてのち、人のまゐりけるにつけてまゐらせける 其日よりおつる涙をかたみにておもひ忘るる時のまもなし  1235:  かへし                     女房 めの前にかはりはてにし世のうさに涙を君にながしけるかな  1236: 松山の涙はうみにふかくなりてはちすの池にいれよとぞ思ふ  1237: 波のたつ心のみづをしづめつつさかんはちすを今はまつかな  1238:  老人述懐と云ふ事を人人よみけるに 山深みつゑにすがりている人の心のおくのはづかしきかな  1239:  左京大夫俊成、歌あつめらるると聞きて、歌つかはすとて はなならぬことのはなれどおのづから色もやあると君ひろはなん  1240:  かへし                     俊成 世をすてて入りにし道のことのはぞあはれも深き色もみえける  1241:  恋百十首 おもひあまりいひ出でしこそ池水の深き心のほどはしられめ  1242: なき名こそしかまのいちにたちにけれまだあひそめぬ恋するものを  1243: つつめども涙の色にあらはれてしのぶ思ひは袖よりもちる  1244: わりなしや我も人めをつつむまにしひてもいはぬ心づくしは  1245: なかなかにしのぶけしきやしるからんかはる思ひにならひなき身は  1246: けしきをばあやめて人のとがむとも打ちまかせてはいはじとぞ思ふ  1247: 心にはしのぶとおもふかひもなくしるきは恋の涙なりけり  1248: 色に出でていつより物はおもふぞととふ人あらばいかがこたへん  1249: あふ事のなくてやみぬる物ならば今みよ世にもありやはつると  1250: うき身とてしのばばこひのしのばれて人のなたてに成りもこそすれ  1251: みさをなる涙なりせばから衣かけても人にしられましやは  1252: なげきあまり筆のすさみにつくせども思ふばかりはかかれざりけり  1253: わがなげく心のうちのくるしさも何にたとへて君にしられん  1254: いまはただしのぶ心ぞつつまれぬなげかば人や思ひしるとて  1255: こころには深くしめども梅の花をらぬにほひはかひなかりけり  1256: さりとよとほのかに人をみつれどもおぼえぬ夢のここちこそすれ  1257: きえかへりくれまつ袖ぞしをれぬるおきつる人は露ならねども  1258: いかにせんそのさみだれのなごりよりやがてをやまぬ袖のしづくを  1259: さるほどの契りは君に有りながらゆかぬ心のくるしきやなぞ  1260: いまはさはおぼえぬ夢になしはてて人にかたらでやみねとぞ思ふ  1261: をる人のてにはとまらで梅の花たがうつりがにならんとすらん  1262: うたたねの夢をいとひし床の上にけさいかばかりおきうかるらん  1263: ひきかへてうれしかるらん心にもうかりしことは忘れざらなん  1264: 七夕はあふをうれしとおもふらん我は別れのうきこよひかな  1265: おなじくはさきそめしよりしめおきて人にをられぬ花と思はん  1266: 朝露にぬれにし袖をほす程にやがてゆふだつ我が袂かな  1267: まちかねて夢にみゆやとまどろめばねざめすすむる荻のうはかぜ  1268: つつめども人しる恋やおほゐがは井せきのひまをくぐる白波  1269: あふまでの命もがなとおもひしにくやしかりける我が心かな  1270: いまよりはあはで物をばおもふとものちうき人に身をばまかせじ  1271: いつかはとこたへんことのねたきかな思ひしらずとうらみきかせば  1272: 袖の上の人めしられしをりまではみさをなりける我が涙かな  1273: あやにくに人めもしらぬ涙かなたへぬ心にしのぶかひなく  1274: 荻のおとは物おもふわれか何なればこぼるる露の袖におくらん  1275: 草しげみさはにぬはれてふすしぎのいかによそだつ人の心ぞ  1276: あはれとて人の心のなさけあれな数ならぬにはよらぬなげきを  1277: いかにせんうき名をばよにたてはてて思ひもしらぬ人の心を  1278: わすられんことをばかねて思ひにき何おどろかす涙なるらん  1279: とはれぬもとはぬ心のつれなさもうきはかはらぬここちこそすれ  1280: つらからん人ゆゑ身をばうらみじと思ひしことも叶はざりけり  1281: 今さらに何かは人もとがむべきはじめてぬるる袂ならねば  1282: わりなしな袖になげきのみつままに命をのみもいとふ心は  1283: 色ふかき涙の川のみなかみは人を忘れぬこころなりけり  1284: 待ちかねてひとりはふせどしきたへの枕ならぶるあらましぞする  1285: とへかしななさけは人の身のためをうき我とても心やはなき  1286: ことのはのしもがれにしにおもひにき露のなさけもかからましとは  1287: よもすがらうらみを袖にたたふれば枕に波の音ぞきこゆる  1288: ながらへて人のまことを見るべきに恋に命のたえんものかは  1289: たのめおきしそのいひごとやあだなりし波こえぬべき末の松山  1290: かはのせによにきえやすきうたかたの命をなぞや君がたのむる  1291: かりそめにおく露とこそ思ひしか秋にあひぬる我が袂かな  1292: おのづからありへばとこそ思ひつれ憑なくなる我が命かな  1293: 身をもいとひ人のつらさもなげかれて思ひ数あるころにも有るかな  1294: すがのねのながく物をばおもはじとたむけし神にいのりしものを  1295: うちとけてまどろまばやはから衣よなよなかへすかひも有るべき  1296: 我がつらきことにをなさんおのづから人めをおもふ心ありやと  1297: ことといへばもてはなれたるけしきかなうららかなれや人のこころの  1298: 物思ふ袖になげきのたけ見えてしのぶしらぬは涙なりけり  1299: 草のはにあらぬたもとも物思へば袖に露おく秋の夕暮  1300: あふことのなきやまひにて恋ひしなばさすがに人やあはれと思はん  1301: いかにぞやいひやりたりしかたもなく物をおもひて過ぐる比かな  1302: わればかり物おもふ人や又もあるともろこしまでも尋ねてしがな  1303: 君にわれいかばかりなる契りありて二なく物を思ひそめけん  1304: さらぬだにもとの思ひのたえぬみになげきを人のそふるなりけり  1305: 我のみぞわが心をばいとほしむあはれぶ人のなきにつけても  1306: 恨みじとおもふ我さへつらきかなとはで過ぎぬる心づよさを  1307: いつとなきおもひはふじのけぶりにて打ちふす床やうき島がはら  1308: これもみな昔のことといひながらなど物おもふ契りなりけん  1309: などかわれつらき人ゆゑ物をおもふ契りをしもはむすびおきけん  1310: くれなゐにあらふ袂のこき色はこがれて物をおもふなりけり  1311: せきかねてさはとてながす滝つせにわくしら玉は涙なりけり  1312: なげかじとつつみし比の涙だにうちまかせたるここちやはせし  1313: 今はわれ恋せん人をとぶらはん世にうきこととおもひしられぬ  1314: ながめこそうき身のくせに成りはてて夕ぐれならぬをりもせらるれ  1315: おもへどもおもふかひこそなかりけれ思ひもしらぬ人をおもへば  1316: あやひねるささめのこみのきぬにきん涙の雨もしのぎがてらに  1317: なぞもかくことあたらしく人のとふ我物おもふふりにしものを  1318: しなばやと何おもふらんのちの世も恋はよにうきこととこそきけ  1319: わりなしやいつをおもひのはてにして月日を送る我がみなるらん  1320: いとほしやさらに心のをさなびてたまぎれらるる恋もするかな  1321: 君したふ心のうちはちこめきて涙もろくもなるわが身かな  1322: なつかしき君が心のいろをいかで露もちらさで袖につつまん  1323: いくほどもながらふまじき世の中に物をおもはでふるよしもがな  1324: いつかわれちりつむ床をはらひあげてこんと憑めん人をまつべき  1325: よだけたつ袖にたたへて忍ぶかな袂のたきにおつる涙を  1326: うきによりつひに朽ちぬる我が袖を心づくしに何しのびけん  1327: こころから心に物を思はせて身をくるしむる我が身なりけり  1328: ひとりきてわが身にまとふから衣しほしほとこそなきぬらさるれ  1329: いひたててうらみばいかにつらからんおもへばうしや人の心は  1330: なげかるる心のうちのくるしさを人のしらばや君にかたらん  1331: 人しれぬ涙にむせぶゆふぐれはひきかづきてぞ打ちふされける  1332: おもひきやかかる恋路に入りそめてよくかたもなき歎きせんとは  1333: あやふさに人めぞつねによがれける岩のかどふむほきのかけ道  1334: しらざりき身にあまりたる歎きしてひまなく袖をしぼるべしとは  1335: 吹く風に露もたまらぬくずのはのうらがへれとは君をこそ思へ  1336: われからともにすむむしのなにしおへば人をばさらに恨みやはする  1337: むなしくてやみぬべきかなうつせみのこの身からにて思ふ歎きは  1338: つつめども袖よりほかにこぼれいでてうしろめたきは涙なりけり  1339: われながらうたがはれぬる心かなゆゑなく袖をしぼるべきかは  1340: さることのあるべきかはとしのばれて心いつまでみさをなるらん  1341: とりのこしおもひもかけぬ露はらひあなくらたかのわれが心や  1342: 君にそむ心の色のふかさにはにほひもさらにみえぬなりけり  1343: さもこそは人めおもはず成りはててあなさまにくの袖のしづくや  1344: かつすすぐ沢のこぜりのねをしろみきよげに物をおもはずもがな  1345: いかさまにおもひつづけてうらみましひとへにつらき君ならなくに  1346: うらみてもなぐさめてまし中中につらくて人のあはぬと思へば  1347: うちたえで君にあふ人いかなれやわが身もおなじよにこそはふれ  1348: とにかくにいとはまほしきよなれども君がすむにもひかれぬるかな  1349: なにごとにつけてかよをばいとはましうかりし人ぞけふはうれしき  1350: あふとみしそのよの夢のさめであれなながきねぶりはうかるべけれど  この歌、題も又人にかはりたることどもも、ありげなれども、かかず  この歌ども、やまざとなる人のかたるにしたがひて、かきたるなり、さればひがことどもや、むかしいまのこと、とりあつめたれば、とき、をりふしたがひたることども  1351:  このしふをみてかへしけるに 院の少納言のつぼね まきごとにたまのこゑせしたまづさのたぐひは又も有りけるものを  1352:  かへし よしさらばひかりなくともたまといひてことばのちりは君みがかなん  1353:  さぬきにまうでて、まつやまのつと申す所に、院おはしましけん御あとたづねけれど、かたもなかりければ まつ山のなみにながれてこしふねのやがてむなしく成りにけるかな  1354: まつ山のなみのけしきはかはらじをかたなく君はなりましにけり  1355:  しろみねと申しける所に、御はかの侍りけるにまゐりて よしやきみむかしのたまのゆかとてもかからん後は何にかはせん  1356:  おなじくにに、大師のおはしましける御あたりの山に、いほりむすびてすみけるに、月いとあかくて、うみのかたくもりなく見えければ くもりなき山にてうみの月みればしまぞこほりのたえまなりける  1357:  すみけるままに、いほりいとあはれにおぼえて いまよりはいとはじ命あればこそかかるすまひのあはれをもしれ  1358:  いほりのまへに、まつのたてりけるをみて ひさにへてわが後のよをとへよまつ跡しのぶべき人もなきみぞ  1359: ここをまたわれすみうくてうかれなばまつはひとりにならんとすらん  1360:  ゆきのふりけるに まつのしたはゆきふるをりの色なれや皆白妙にみゆる山ぢに  1361: 雪つみて木もわかずさく花なれやときはの松もみえぬなりけり  1362: はなと見るこずゑの雪に月さえてたとへんかたもなきここちする  1363: まがふいろはむめとのみみてすぎゆくに雪のはなにはかぞなかりける  1364: をりしもあれうれしく雪のうづむかなかきこもりなんとおもふ山ぢを  1365: 中中にたにのほそみちうづめゆきありとて人のかよふべきかは  1366: 谷の庵にたまのすだれをかけましやすがるたるひののきをとぢずは  1367:  はなまゐらせけるをりしも、をしきにあられのちりけるを しきみおくあかのをしきのふちなくは何にあられの玉とちらまし  1368: いはにせくあか井の水のわりなきに心すめともやどる月かな  1369:  大師のむまれさせ給ひたる所とて、めぐりのしまはして、そのしるしにまつのたてりけるをみて あはれなりおなじの山にたてる木のかかるしるしの契りありける  1370:  又ある本に  まんだらじの行だうどころへのぼるは、よの大事にて、手をたてたるやうなり、大師の、御経かきてうづませをりましたるやまのみねなり、ばうのそとは、一丈ばかりなるだんつきてたてられたり、それへ日ごとにのぼらせおはしまして、行道しをりましけると、申しつたへたり、めぐり行道すべきやうに、だんも二重につきまはされたり、のぼるほどのあやふさ、ことに大事なり、かまへてはひまはりつきて めぐりあはんことのちぎりりぞ有りがたききびしき山のちかひみるにも  1371:  やがてそれが上は、大師の、御師にあひまゐらせさせをりましたるみねなり、わがはいしさと、その山をば申すなり、その辺の人は、わがはいしとぞ申しならひたる、山もじをばすてて、申さず、又ふでの山ともなづけたり、とほくてみればふでににて、まろまろと山のみねのさきのとがりたるやうなるを、申しならはしたるなめり、行道どころより、かまへてかきつきのぼりて、みねにまゐりたれば、師にあはせおはしましたる所のしるしに、たふをたておはしましたりけり、たふのいしずゑ、はかりなくおほきなり、高野の大たふなどばかりなりけるたふのあととみゆ、こけはふかくうづみたれども、いしおほきにして、あらはに見ゆ、ふでのやまと申すなにつきて ふでの山にかきのぼりてもみつるかなこけのしたなる岩のけしきを  善通寺の大師の御影には、そばにさしあげて、大師の御師かきぐせられたりき、大師の御てなどもおはしましき、四の門のがく少少われて、おほかたはたがはずして侍りき、すゑにこそいかがなりなんずらんと、おぼつかなくおぼえ侍りしか  1372:  備前国に、小島と申す島にわたりたりけるに、あみと申す物とる所は、おのおのわれわれしめて、ながきさをにふくろをつけて、たてわたすなり、そのさをのたてはじめをば、一のさをとぞなづけたる、なかにとしたかきあま人のたてそむるなり、たつるとて申すなることばきき侍りしこそ、なみだこぼれて、申すばかりなくおぼえて、よみける たてそむるあみとるうらのはつさをはつみのなかにもすぐれたるかな  1373:  ひび、しぶかはと申す方へまはりて、四国のかたへわたらんとしけるに、風あしくて、ほどへけり、しぶかはのうらと申す所に、をさなきものどもの、あまたものをひろひけるをとひければ、つみと申す物ひろふなり、と申しけるをききて おりたちてうらたにひろふあまのこはつみよりつみをならふなりけり  1374:  まなべと申す島に、京よりあき人どものくだりて、やうやうのつみのものどもあきなひて、又しわくの島にわたり、あきなはんずるよし申しけるをききて まなべよりしわくへかよふあき人はつみをかひにて渡るなりけり  1375:  くしにさしたる物をあきなひけるを、なにぞととひければ、はまぐりをほして侍るなり、と申しけるをききて おなじくはかきをぞさしてほしもすべきはまぐりよりはなもたよりあり  1376:  うしまどのせとにあまのいでいりて、さだえと申すものをとりて、ふねにいれいれしけるをみて さだえすむせとの岩つぼもとめいでていそぎしあまのけしきなるかな  1377:  おきなるいはにつきて、あまどものあはびとりけるところにて いはのねにかたおもむきになみうきてあはびをかづくあまのむらきみ  1378:  題不知 こだひひくあみのうけなはよりくめりうきしわざあるしほざきのうら  1379: かすみしくなみのはつはなをりかけて桜だひつる沖のあま舟  1380: あま人のいそしくかへるひじきものはこにしはまぐりがうなしただみ  1381: いそなつまんいまおひそむるわかふのりみるめぎばさひじきこころぶと  1382:  伊せのたふしと申す島には、こいしのしろのかぎり侍る浜にて、くろはひとつもまじらず、むかひてすがじまと申すは、くろのかぎり侍るなり すがじまやたふしのこいしわけかへてくろしろまぜよ浦の浜かぜ  1383: さきしまのこいしのしろをたか波のたふしの浜に打ちよせてける  1384: からすざきのはまのこいしと思ふかなしろもまじらぬすが島のくろ  1385: あはせばやさぎとからすとごをうたばたふしすが島くろしろのはま  1386:  伊せのふたみのうらに、さるやうなるめのわらはどものあつまりて、わざとのこととおぼしく、はまぐりをとりあつめけるを、いふかひなきあま人こそあらめ、うたてきことなりと申しければ、かひあはせに京より人の申させ給ひたれば、えりつつとるなりと申しけるに いまぞしるふた見の浦のはまぐりをかひあはせとておほふなりけり  1387:  いらこへわりたりけるに、いがひと申すはまぐりに、あこやのむねと侍るなり、それをとりたるからをたかくつみおきたりけるをみて あこやとるいがひのからをつみおきてたからのあとをみするなりけり  1388:  おきのかたより風のあしきとて、かつをと申すいをつりけるふねどものかへりけるに いらこざきにかつをつりぶねならびうきてはがちの波にうかびつつぞよる  1389:  ふたつありけるたかの、いらこわたりをすると申しけるが、ひとつのたかはとどまりて、きのすゑにかかりて侍ると申しけるをききて すたかわたるいらこがさきをうたがひてなほきにかへる山がへりかな  1390: はしたかのすずろがさでもふるさせてすゑたる人の有りがたのよや  1391:  うぢがはをくだりけるふねの、かなつきと申す物をもて、こひのくだるをつきけるをみて うぢ川のはやせおちまふれふぶねのかづきにちがふこひのむらまけ  1392: こはえつどふぬまのいりえのもの下は人つけおかぬふしにぞありける  1393: たねつくるつぼ井の水のひくすゑにえぶなあつまるおちあひのわだ  1394: しらなはにこあゆひかれてくだるせにもちまうけたるこめのしきあみ  1395: みるもうきはうなはににぐるいろくづをのがらかさでもしたむもちあみ  1396: 秋かぜにすずきつりぶねはしるめり其ひとはしのなごりしたひて  1397:  新宮より伊勢のかたへまかりけるに、みきしまにふねのさたしける浦人の、くろきかみはひとすぢもなかりけるをよびよせて としへたるうらのあま人こととはん波をかづきていくよ過ぎにき  1398: くろかみはすぐるとみえし白波をかづきはててたる身にはしれあま  1399:  ことりどものうたよみける中に こゑせずばいろこくなるとおもはまし柳のめはむひはの村とり  1400: ももぞのの花にまがへるてりうそのむれたつをりはちるここちする  1401: ならびゐてともをはなれぬこがらめのねぐらに憑むしひの下えだ  1402:  月のよ、かもにまゐりてよみ侍りける 月のすむみおやが原に霜さえて千鳥とほだつ声きこゆなり  1403:  くまのへまゐりけるに、ななこしのみねの月をみて、よみける 立ちのぼる月のあたりに雲きえて光かさぬるななこしのみね  1404:  さぬきのくにへまかりて、みのつと申すつにつきて、月あかくて、ひびのてもかよはぬほどに、とほく見えわたりたりけるに、みづとりのひびのてにつきてとびわたりけるを しきわたす月のこほりをうたがひてひびのてまはるあぢのむらとり  1405: いかでわれ心の雲にちりすゑでみるかひありて月をながめん  1406: ながめをりて月のかげにぞよをばみる住むもすまぬもさなりけりとは  1407: 雲はれて身にうれへなき人の身ぞさやかに月のかげはみるべき  1408: さのみやはたもとにかげをやどすべきよわし心よ月なながめそ  1409: 月にはぢてさし出でられぬ心かなながむか袖にかげのやどれば  1410: 心をばみる人ごとにくるしめて何かは月のとりどころなる  1411: つゆけさはうき身の袖のくせなるを月みるとがにおほせつるかな  1412: ながめきて月いかばかりしのばれんこのよしくものほかになりなば  1413: いつかわれこのよのそらをへだたらんあはれあはれと月をおもひて  1414: 露もありつかへすがへすも思ひしりてひとりぞみつるあさがほのはな  1415: ひときれはみやこをすてていづれどもめぐりてはなほきそのかけはし  1416: すてたれどかくれてすまぬ人になれば猶よにあるににたるなりけり  1417: 世の中をすててすてえぬここちしてみやこはなれぬ我がみなりけり  1418: すてしをりのこころをさらにあらためてみるよの人に別れはてなん  1419: おもへこころ人のあらばや世にもはぢむさりとてやはといさむばかりぞ  1420: くれ竹のふししげからぬよなりせばこの君はとてさしいでなまし  1421: あしよしをおもひわくこそくるしけれただあらざればあられけるみを  1422: ふかく入るは月ゆゑとしもなきものをうきよしのばんみよしのの山  1423:  さがのの、みしよにもかはりて、あらぬやうになりて、人いなんとしたりけるをみて この里やさがのみかりのあとならん野山もはてはあせかはりけり  1424:  大覚寺の金岡がたてたるいしをみて 庭のいはにめたつる人もなからましかどあるさまに立てしおかずば  1425:  たきのわたりのこだちあらぬことになりて、松ばかりなみたちたりけるをみて ながれみしきしのこだちもあせはてて松のみこそは昔なるらめ  1426:  りうもんにまゐるとて せをはやみみやたきがはをれたり行けば心のそこのすむここちする  1427: おもひ出でてたれかはとめてわけもこんいるやまみちの露の深さを  1428: 呉竹の今いくよかはおきふしていほりのまどをあげおろすべき  1429: そのすぢにいりなば心なにしかも人めおもひてよにつつむらん  1430: みどりなるまつにかさなる白雪は柳のきぬを山におほへる  1431: さかりならぬ木もなく花のさきにけるとおもへば雪を分くる山みち  1432: 波と見ゆるゆきをわけてぞこぎ渡るきそのかけはしそこも見えねば  1433: まなづるはさはの氷のかがみにてちとせのかげをもてやなすらん  1434: さはもとけずつめどかたみにとどまらでめにもたまらぬゑぐのくさぐき  1435: きみがすむきしのいはよりいづる水のたえぬ末をぞ人もくみける  1436: たしろみゆるいけのつつみのかさそへてたたふる水や春のよのため  1437: にはにながすしみづの末をせきとめてかどたやしなふ心にも有るかな  1438: ふしみすぎぬをかのやになほとどまらじ日野までゆきてこま心みん  1439: 秋のいろはかぜぞのもせにしきわたすしぐれは音を袂にぞきく  1440: しぐれそむるはなぞのやまに秋暮れてにしきのいろをあらたむるかな  1441:  伊せのいそのへちのにしきの島に、いそわのもみぢのちりけるを なみにしくもみぢの色をあらふゆゑににしきのしまといふにや有るらん  1442:  みちのくににひらいづみにむかひて、たはしねと申す山の侍るに、こと木はすくなきやうにさくらのかぎりみえて、はなのさきたりけるをみてよめる ききもせずたはしねやまのさくら花よしののほかにかかるべしとは  1443: おくに猶人みぬ花のちらぬあれやたづねをいらん山ほととぎす  1444: つばなぬくきたののちはらあせゆけば心すみれぞおひかはりける  1445:  れいならぬ人の大事なりけるが、四月になしのはなのさきたりけるを見て、なしのほしきよしをねがひけるに、もしやと人にたづねければ、かれたるかしはにつつみたるなしを、ただひとつつかはして、こればかりなど申したりける はなのをりかしはにつつむしなのなしはみどりなれどもあかしのみと見ゆ  1446:  さのきの院におはしましけるをりの、みゆきのすずのそうをききてよみける ふりにけり君がみゆきのすずのそうはいかなる世にもたえずきこえて  1447:  日のいる、つづみのごとし 浪のうつおとをつづみにまがふれば入日のかげのうちてゆらるる  1448:  題不知 山里の人もこずゑのまつがうれにあはれにきゐるほととぎすかな  1449: ならべける心はわれかほととぎす君まちえたるよひの枕に  1450:  つくしに、はらかと申すいをのつりをば、十月ついたちにおろすなり、しはすにひきあげて、京へはのぼせ侍る、そのつりのなは、はるかにとほくひきわたして、とほるふねのそのなはにあたりぬるをば、かこちかかりて、かうけがましく申して、むつかしく侍るなり、その心をよめる はらかつるおほわださきのうけなはに心がけつつすぎんとぞ思ふ  1451: イセ ミヤ イルル はらかつるお□〔 〕つきてすまふなみにけことおぼゆるいりとりのあま  1452: いそなつみて波かけられてすぎにけるわにのすみけるおほいそのねを  1453:  百首  花十首 よしの山花のちりにしこのもとにとめし心はわれをまつらん  1454: 吉野山たかねの桜さきそめばかからんものかはなのうすぐも  1455: 人はみなよしのの山へ入りぬめり都の花にわれはとまらん  1456: たづね入る人にはみせじ山桜われとを花にあはんと思へば  1457: 山桜さきぬとききてみにゆかん人をあらそふこころとどめて  1458: やま桜ほどなくみゆるにほひかなさかりを人にまたれまたれて  1459: 花のゆきのにはにつもるにあとつけじかどなきやどといひちらさせて  1460: ながめつるあしたの雨の庭のおもに花のゆきしく春の夕ぐれ  1461: よしの山ふもとのたきにながす花や峰につもりし雪のした水  1462: ねにかへる花をおくりてよしの山夏のさかひに入りて出でぬる  1463:  郭公十首 なかんこゑやちりぬる花の名残なるやがてまたるるほととぎすかな  1464: はるくれてこゑにはなさくほととぎす尋ぬることもまつもかはらぬ  1465: きかでまつ人おもひしれ郭公ききても人は猶ぞまつめる  1466: ところがらききがたきかとほととぎすさとをかへても待たんとぞ思ふ  1467: はつこゑをききてののちはほととぎす待つも心のたのもしきかな  1468: さみだれのはれまたづねてほととぎす雲井につたふ声きこゆなり  1469: ほととぎすなべてきくにはにざりけりふるき山べのあかつきのこゑ  1470: ほととぎすふかき山べにすむかひはこずゑにつづくこゑをきくかな  1471: よるのとこをなきうかさなん郭公物おもふ袖をとひにきたらば  1472: ほととぎす月のかたぶく山のはにいでつるこゑのかへりいるかな  1473:  月十首 いせしまや月の光のさひか浦はあかしにはにぬかげぞすみける  1474: いけ水に底きよくすむ月影はなみにこほりをしきわたすかな  1475: 月をみてあかしのうらを出づる舟はなみのよるとやおもはざるらん  1476: はなれたるしららのはまのおきのいしをくだかであらふ月の白波  1477: おもひとけばちさとのかげもかずならずいたらぬくまも月にあらせじ  1478: おほかたのあきをば月につつませて吹きほころばす風の音かな  1479: なにごとかこのよにへたるおもひ出をとへかし人に月ををしへん  1480: おもひしるをよにはくまなきかげならずわがめにくもる月の光は  1481: うき世ともおもひとほさじおしかへし月のすみけるひさかたのそら  1482: 月のよやがてともとをなりていづくにも人しらざらんすみかおしへよ  1483:  雪十首 しがらきのそまのおほぢはとどめてよ初雪ふりぬむこの山人  1484: いそがずは雪にわが身やとめられて山べの里に春をまたまし  1485: あはれしりて誰かわけこん山里の雪ふりうづむ庭の夕暮  1486: みなと川とまにゆきふく友舟はむやひつつこそよをあかしけれ  1487: いかだしのなみのしづむと見えつるは雪をつみつつくだるなりけり  1488: たまりをるこずゑの雪の春ならば山里いかにもてなされまし  1489: おほはらはせれふを雪の道にあけてよもには人もかよはざりけり  1490: はれやらでふたむら山にたつ雲はひらのふぶきのなごりなりけり  1491: ゆきしのぐいほりのつまをさしそへて跡とめてこん人をとどめん  1492: くやしくもゆきのみやまへわけいらでふもとにのみもとしをつみける  1493:  恋十首 ふるきいもがそのにうゑたるからなづなたれなづさへとおほしたるらん  1494: くれなゐのよそなる色はしられねばふでにこそまづそめはじめつれ  1495: さまざまのなげきを身にはつみおきていつしめるべきおもひなるらん  1496: きみをいかでこまかにゆへへるしげめゆひたちもはなれずならびつつみん  1497: こひすともみさをに人にいはればや身にしたがはぬ心やはある  1498: おもひいでよみつのはままつよそだつとしがのうら波ただんたもとを  1499: うとくなる人は心のかはるともわれとは人に心おかれじ  1500: 月をうしとながめながらもおもふかなそのよばかりのかげとやはみし  1501: 我はただかへさでをきんさよ衣きてねしことをおもひいでつつ  1502: 川かぜにちどりなきけんふゆのよはわがおもひにてありけるものを  1503:  述懐十首 いざさらばさかりおもふもほどもあらじはこやがみねの花にむつれし  1504: 山ふかくこころはかねておくりてき身こそうきよを出でやらねども  1505: 月にいかでむかしのことをかたらせてかげにそひつつ立ちもはなれじ  1506: うき世としおもはでも身のすぎにける月の影にもなづさはりつつ  1507: 雲につきてうかれのみゆく心をば山にかけてをとめんとぞ思ふ  1508: すててのちはまぎれしかたはおぼえぬを心のみをば世にあらせける  1509: ちりつかでゆがめるみちをなほくなしてゆくゆく人をよにつがへばや  1510: ひとしまんとおもひも見えぬ世にあれば末にさこそはおほぬさのそら  1511: 深き山はこけむすいはをたたみあげてふりにしかたををさめたるかな  1512: ふりにける心こそなほあはれなれおよばぬ身にもよをおもはする  1513:  無常十首 はかなしな千世おもひしむかしをもゆめのうちにて過ぎにける代は  1514: ささがにのいとにつらぬく露のたまをかけてかざれる世にこそありけれ  1515: うつつをもうつつとさらにおもへねば夢をも夢と何かおもはん  1516: さらぬこともあとかたなきをわきてなど露をあだにもいひもおきけん  1517: ともしびのかかげぢからもなくなりてとまるひかりを待つわが身かな  1518: みづひたるいけにうるほふしただりを命にたのむいろくづやたれ  1519: みぎはちかくひきよせらるるおほあみにいくせのものの命こもれり  1520: うらうらとしなんずるなとおもひとけば心のやがてさぞとこたふる  1521: いひすてて後のゆくへをおもひ出でばさてさはいかにうらしまのはこ  1522: よの中になくなる人をきくたびにおもひはしるをおろかなる身に  1523:  神祇十首  神楽二首 めづらしなあさくら山の雲井よりしたひ出でたるあかほしのかげ  1524: なごりいかにかへすがへすもをしからしそのこまにたつかぐらどねりは  1525:  賀茂二首 みたらしに若なすすぎて宮人のまてにささげてみとひらくめる  1526: ながつきのちからあはせにかちにけりわがかたをかをつよくたのみて  1527:  男山二首 けふのこまはみつのさうぶをおひてこそかたきをらちにかけてとほらめ  1528:  放生会 みこしをさのこゑさきだててくだりますをとかしこまる神の宮人  1529:  熊野二首 みくまののむなしきことはあらじかしむしたれいたのはこぶあゆみは  1530: あらたなるくまのまうでのしるしをばこほりのこりにうべきなりけり  1531:  みもすそ二首 はつ春をくまなくてらすかげをみて月にまづしるみもすそのきし  1532: みもすそのきしの岩ねによをこめてかためたてたる宮ばしらかな  1533:  釈教十首  きりきわうのゆめのうちに、三首 まどひてし心をたれもわすれつつひかへらるなることのうきかな  1534: ひきひきにわがうてつるとおもひける人のこころやせばまくのきぬ  1535: 末の世の人の心もみがくべき玉をもちりにまぜてけるかな  1536:  無量義経、三首 さとりひろきこの法をまづとき置きてふたつなしとはいひきはめける  1537: 山桜つぼみはじむる花の枝に春をばこめてかすむなりけり  1538: 身につきてもゆるおもひのきえましや涼しき風のあふがざりせば  1539:  千手経、三首 花までは身ににざるべし朽ちはてて枝もなき木のねをなからしそ  1540: ちかひありてねがはんくにへ行くべくはにしのかどよりさとりひらかん  1541: さまざまにたなごころなるちかひをばなものことばにふさねたるかな  1542:  また一首この心を  やうばいのはるのにほひへんきちのくどくなり  しらんの秋の色は普賢菩薩のしんさうなり 野辺の色も春のにほひもおしなべて心そめけるさとりにぞなる  1543:  雑十首 さはのおもにふけたるたづの一こゑにおどろかされて千鳥なくなり  1544: ともになりておなじみなとを出舟のゆくへもしらずこぎわかれぬる  1545: たきおつるよしののおくの宮川の昔をみけん跡したはばや  1546: わがそののをかべにたてる一松をともとみつつもおいにけるかな  1547: さまざまのあはれありつる山里を人につたへて秋の暮れぬる  1548: 山がつの住みぬとみゆるわたりかなふゆにあせゆくしづはらの里  1549: やま里の心の夢にまどひをれば吹きしらまかす風の音かな  1550: 月をこそながめば心うかれ出でめやみなる空にただよふやなぞ  1551: なみたかきあしやのおきをかくれぶねのことなくてよをすぎんとぞおもふ  1552: ささがにのいとよをかくてすぎにける人のひとなるてにもかからで  End:  底本::   著名:  新編国歌大観 第三巻 私歌集編Ⅰ 歌集   著者:  [125山家] 西行   編著者: 「新編国歌大観」編集委員会   発行所: 株式会社角川書店   発行:  昭和60年05月16日 初版発行   国際標準図書番号: ISBN4-04-020132-9  入力::   入力者: 新渡戸 広明(info@saigyo.net)   入力機: Sharp Zaurus igeti MI-P1-A   編集機: Fujitsu FMV DESK POWER   入力日: 2001年05月22日-2001年06月21日  校正::   校正者: 大山 輝昭   校正日: 2001年06月27日    0569    山家冬深   とふ人ははつ雪をこそ(れ>)わけこしかみちとぢてけりみやまべのさと              $Id: sanka_taikan.txt,v 1.8 2020/01/20 00:07:46 saigyo Exp $