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冲方丁『天地明察』は『伊能忠敬測量隊』の流用 #2


====以下「伊能忠敬測量隊」初版P104L13より引用
いろいろの経緯があったが、第二次測量では相模、伊豆沿岸から房総半島を経て下北半
島まで本州東海岸を測ることになる。お手当は少し上がって一日一〇匁になっただけで
あったが、宿泊と人足の提供について、道中奉行・勘定奉行から沿道の村々に先触れが出された。勘定奉
行ら五人が印を押し、人足二人、馬一匹、長持一棹の持ち人足(四人)を、お定めの賃銭を受取って提供
するよう命じている。さらに追って書きで「この触れは昼夜を限らず、早々継ぎ送り、請け書を添えて最
後の村から最寄の幕府代官に返すように」と指示され、村々へは幕府代官が伝達した。代官は添え状をつ
け「お先触れが出ているから、刻付で早々継ぎ送るように」と求めている(『測量日記』)。刻付の廻状は、
たとえ深夜でも受信すれば、受信時刻を記し、自分用の写しをとって、すぐ人足に持たせて次の村に送ら
なければならない。

====以下「伊能忠敬の地図をよむ」改訂増補版初版P58UL1より引用
第2次測量———本州東岸への旅

 第1次測量で実績を認められた伊能隊の待     【UL7】
遇は少しだけ昇格した。前回の旅行で忠敬は、
自分の「先触れ」に幕府・勘定奉行の部下の
勘定衆(旗本)からもらった「添え触れ」の
写しをつけて、宿泊と運搬用人馬の提供を求
めていた。今回は勘定奉行から直接、幕府代
官経由で沿道に対して先触れが出された。手
当も第1次測量の1日銀7.5匁から10匁に昇格     【ML1】
した。
 先触れには「この触れは昼夜を限らず急い
で継ぎ送り、請書を添えて最終の村から最寄
りの幕府代官に返せ」と書かれていた。受け
取った村は、昼夜を限らず深夜でも内容を写
しとり、お請けする旨を記入して、ただちに
次の村に送らなければならない。非常に強い
指示である。お金よりもこの通達の威力のほ
うが大きかった。この命令により、村々では
村役人が村境まで出迎えて案内をした。

====以下文庫本「天地明察」(上)初版P201L11より引用
 観測隊が訪れる土地には先触れが出され、幕府の今回の事業を援けるため、各藩と
村々が、昼夜を問わず伝書を書き写して道中の各宿営地へと派遣される。
 まがりなりにも幕命を受けての行動であるので、村役人の他、町奉行の者や、藩が
派遣した附き廻り役もやって来て、ともに宿営地へ随伴した。

こりゃ、受け取った方が迷惑だわ。先触れ。
「観測隊が~」・・・それにしても、日本語が変だ。と思うのは私だけだろうか?何が「派遣される」のか、私にはさっぱりわからない。加齢による認識力低下でなければよいのだが・・・。

====以下「伊能忠敬測量隊」初版P145L8より引用
・・例をあげると、測量中の私的荷物の中で一番扱いが面倒だったのは大刀である。あまり離れるわけに
いかないし、一人に何本も持たせるわけにもいかなかった。測量風景を描いた図では、測量班のすぐ近く
に村人足が一本ずつ刀を持ってしたがっている絵が出てくる。

====以下文庫本「天地明察」(上)初版P200L7より引用
 腰の二刀のうち、大刀中間の一人に預け、脇差しだけでいられたのがせめてもの
救いである。

ただでさえ荷物が多いのに中間大刀を持たせるとは何様だ?中象限儀でも馬二頭なのに、大象限儀を運んでるんだぞ!それにしても、140年経つと、皆、春海の様な腑抜けた武士に成り下がってしまうのか?嘆かわしい。

6/16追記:
「伊能忠敬測量隊」が刀を持たなかったのは、羅針盤への影響を考慮したためだったらしい。
====以下「伊能忠敬測量隊」初版P141L13より引用
 また、どのくらい効き目があったかわからないが、
羅針を見る者は大刀を身につけず、竹光の小刀だけ
を帯するようにした。

 

— posted by nitobe at 09:28 pm   commentComment [0] 

冲方丁『天地明察』は『伊能忠敬測量隊』の流用


佐藤賢一先生のタイトルをパクってみた。

====単行本「天地明察」第12版P174L8より引用
 中間たちが距離を測るための間縄を張り巡らせ、一尺鎖をじゃらじゃら鳴らしながら観測器
具の設置場所に見当をつける。また従者たちがそれぞれ特異な道具を携え、準備にあたる。
 後世、彎窠羅針と呼ばれることになる、羅針盤を杖の先につけ、あらゆる傾斜面でも正確に
方角を測れるよう工夫した道具を複数用いて、方角誤差を修正する。十間ごとに梵天と呼ばれ
る紙切れを何枚もつけた竹竿を目印に立てる。小象限儀という、円を四分の一にした、四半円
形の測定具で値を出し、割円対数表という勾配を平面に置き換えるための算術表に照らし合わ
せ、勾配による誤差を修正する。【以下略】

間縄、一尺鎖、彎窠羅針、梵天、小象限儀、いずれも、地形を測る道具である。北極出地には不要である。勢い余ってパクリすぎである。特に、(明記すらしていない)参考文献が、内法一尺の鉄鎖彎窠羅針は伊能忠敬のオリジナルとしているのに、140年前に現存させてしまう強引さ。伊能忠敬がパクったとでも言いたいのだろうか?そもそも「彎窠羅針」なんて変な言葉、伊能忠敬関連文書にしか出てこない。一応、「後世~呼ばれることになる」と弱腰、「一尺鎖」という単語は造語(フィクション)の様だが。パクリ疑惑解消の布石か?「帰国子弟だから知りませんでした」といういつぞやの言い逃れはできない。

名称はどうあれ、140年も未来の品物が出てくる時点でアウトだ。既に都市伝説になっている、TVドラマ水戸黄門に腕時計|電柱|電車|スーツのおっさん・・・etc.etc.の世界だ。「後世F15と呼ばれることになる戦闘機が明治5年の東京の空を飛ぶ」という記述は、SF以外の何物でもない。これはこれで「あり」だけどね。「維新自衛隊」・・・思えば「戦国自衛隊」も角川だった。得意だなぁ角川。

それはさておき、移動用の中象限儀は、正確な子午線と水平・垂直が保たれていればよい。正確に子午線を出すには太陽の南中を観測しなければならないので、前日以前現地入りが鉄則だ。午後到着して段取りして観測する場合は羅針盤による簡易計測となる。彎窠羅針は精度10分(十分じゃないよ)なので、精度1分の中象限儀の調整には精度不足だ。簡易計測とはいえ、もうちょっと精度の高い大型の羅針盤を使おうよ。水平は「水盛り」、垂直は「下げ振り」で確保できる。江戸時代の町場の大工でもできる。ひょっとしたら象限儀自体に水を入れるための溝が掘ってあった可能性もある。大象限儀だとしても何日もかけて子午線と水平を念入りに調整するだけだ。土地は傾斜していないことに越したことはないが、万一傾斜していても建造物は水平・垂直に建てることができる。

梵天を立てて小象限儀で傾斜を測り割円(八線)対数表で平面に置き換えるという作業は、地図作成に必要なプロセスであって、象限儀設置には何の関係もない標高補正であれば、道中ずっと計測してこなければならない。現場に着いてあわてて計測しても、その場所の傾斜しかわからない。水平は水を張れば確保できる。斜めに建てて水平補正計算するバカはいない。

(6/12追記:北極出地に高度補正は不要。象限儀の子午線、水平、垂直の調整が正確なら、北極星の高度がその場所の緯度。)

春海一行は、地図も作っていた!という落ちかな?それにしては、道中だらだら歩いているだけだったよね。

実際、地理も測っている記述なのだが、
====単行本「天地明察」第12版P182L18より引用
 建部が言った通り、中間たちが率いる別の隊によって道中の距離が測定されながら移動が行われた。
====単行本「天地明察」第12版P189L2より引用
 春海たちは東海道を進み、浜松でいったん二隊にわかれて地理を測り誤差を出来る限り少な
くする努力が行われた。【云々】

本隊の14人の他に別働隊があったのか、本隊を分離したのかあやふやだが、やはり地図を作る話だ。距離測定の緯度、傾斜分の抽出データが天測データの補正に使えるほどの精度があったのかな?北極出地で各地の正確な緯度を測定し、地形・距離などの測量結果の誤差の補正を行うというなら話はわかる。天地明察ではなく本末転倒である。

ちなみに「割円(八線)対数表」はその名の通り「数表」であり、「算術表」などではない。どこにも「」は書かれていない。

映画でも豪華な測地ショウが観られるのかな?映画館で爆笑しているおやじがいたら、それは私です。不謹慎?

 

— posted by nitobe at 09:58 pm   commentComment [0] 

(単行本)天地明察 「刀」


第二版から第十一版までの間に変更が加えられている。

====以下単行本初版P45L10より引用
 それなら、ある日突然、己の体重の三分の一にも等しい(春海が実際に量ったところ、正
確には三分の一よりもっと重かった)などを抱えるようなことにはならなかった。
====以下単行本第12版P45L10より引用
 それなら、ある日突然、己の体重の十三分の一にも等しい二刀(春海が実際に量ったところ、
正確には十三分の一よりもっと重かった)などを抱えるようなことにはならなかった。

文庫は第十二版と同様。

江戸時代の方々は己の体重を認識していたのだろうか?タニタのヘルスメーターでも存在したんだろうか?

 

— posted by nitobe at 01:00 am   commentComment [0] 

(文庫)天地明察訂正箇所確認#11 「規矩要明算法」



ここが違うよ『天地明察』:参考文献の著者から(1)Link (佐藤賢一先生)2010/06/12 指摘済み

====以下単行本第12版P114L6より引用
『規要明算法』

====以下文庫本(上)初版P133L9より引用
『規要明算法』

佐藤賢一先生は『規矩要明算法』が関孝和の著作ではない可能性が高い、という立場をとっている。字を間違えたままにしておいて、「フィクションだから現実とは違う本です」と強弁するという手もあったのに・・・。直しちゃったのね。

 

— posted by nitobe at 09:02 pm   commentComment [0] 

(文庫)天地明察訂正箇所確認#10 「黒石」


天地明察 雲外の峰(たくせんさん) 2010年06月19日Link 指摘済

====(文庫)天地明察(上)P68
道策が春海に「黒石」を持たせようとする件。

単行本初版からそうなのだが、ついに直らなかった。この人、端から碁を分かっていない。周りの雁首も同罪。
ちなみに碁に関して、私は「ど」がつく程の素人です。情けない。

「将棋やりましょうよ」と言って、相手に「玉」を持たせようとする・・・くらいどうでもいい話なのだが。
ちなみに将棋に関して、私は「ど」がつく程の素人です。情けない。

気の弱い私は、オセロでも先手の場合は黒を打ってしまいます。ばーか。

 

— posted by nitobe at 10:52 pm   commentComment [0] 

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