Title  グリーン・カード 14  緑の札 14  ----五十年後の社會----  懸賞當選映畫小説  Note  大阪朝日新聞 夕刊  昭和五年八月六日(水曜日)  Author  石原榮三郎 原作  小島善太郎 畫  Subtitle  甦る呪れの日 四  Description  それから一時間も經つたであら うか----。  怖れてゐたものゝ眼が所長室に 現はれた。その眼は二倍の怖ろし い眼だ!。 「只今、この支拂手形に對する保 證を奧さまの會社が拒絶されまし た。あなたはこれに對して即刻、 責任を果して項きたい!」  その眼はぢり!と健二の前に詰 め寄つたのだ。  彼は慄へる唇で僅に答へた。           ヽヽ 「死に面してゐるこのわしを、も う一度生かしてくれる君に男の涙 はないか?」  に!とその眼は嗤つた。 「そんなことは聞き厭いてゐる! それはあなたが奧さまに言ふべき 言葉だ!奧さまの會社さへあなた の望み通り保證の約束を果してく れゝば、問題は解決する!そのた めにあなたが盡力するといふなら もう一日あなたが望まれる男の涙 をお賣りしよう……。」 「それが出來なければ?」 「工塲を閉鎖するまでだ!」 「そうしてわしの亊業を叩き潰し て終ふといふのだな?!」 「勿論!」 「やり給へ【。】わしはもう凡ての希み をこの世に捨てよう!生きるに は、あまりに呪はしい獸の世界 だ!!」 「さうか----。」 怖ろしい眼は去つた。  運命の決算だ!。彼はデスクに 寄つて、九月五日のカレンダーの 上に、「死」のペンを走らせたの だ。  書いては泣き、涙を拭うてはそ のペンは走りつゞけた。  遂にはすゝり泣きの聲さへ聞え た。それは亊業家としては、餘り にみじめな有樣だつた。そのとき の健二はすでに亊業家としての人 格を失ひ、一個の人間の姿に戻つ てゐた。  〃なんのためにこんなことを書 くのか、書き遺しておきたいのか、 父なるわしはお前達に對して、そ れをはつきりといふことが出來な い。しかし、わしは自殺する。  自殺する意味がなんであるかも 父なるわしは語るまい。だが、や がて學校を卒るお前達は、お前達 の前に展げられる裸の人生から、 今日の父なるわしの自殺を見るで あらう。  お前達はそれを憐れんでくれる かも知れない、又、嗤ふかも知れ ない。  その時のお前達の心はお前達の ものである以上、わしは何も考へ たくはない。  たゞ、お前達にとつては母であ り、わしにとつては妻であるセキ 子が母なる義務に從つて、これか らのお前達の養育に、義務だけの ことを盡してくれるに違ひない。  お前達はその義務を喜んでくれ るであらうか。  母と子の結びが、義務以外の何 でもないものだとすると、父なる わしがお前達の頃のことを思ひ出       ヽヽ す。その頃のわしの母のことを思 ひ出す。  わしの母はお前達の母のやうに 大きい會社の社長でもなければ、 巨萬の財の支配者でもなかつた。  從順な父の妻であり、父との別 居を要求し、父との面接日を定め て、女性の權利と自我を呼ぶやう な妻でなかつたことを、まだはつ きりと記憶してゐる。     ヽヽ  それがわしの母であつたのだ。  子のためには涙ぐんで微笑むこ との出來るわしの母は、わしのた めにはどれ程多くの勞苦を、子守 唄の奧で積み重ねてくれたことで あらうか。  子供の頃は、わしは病弱者であ つたと聞かされてゐる----。【〃】  End  Data  トツプ見出し:  廣告:  底本::   紙名:  大阪朝日新聞 夕刊   発行:  昭和五年八月六日(水曜日) 第三版  入力::   入力者: 新渡戸 広明(info@saigyo.net)   入力機: Sharp Zaurus igeti MI-P1-A   編集機: IBM ThikPad s30 2639-42J   入力日: 2003年07月24日  校正::   校正者: 大黒谷 千弥   校正日: 2003年07月31日  $Id: gc14.txt,v 1.6 2005/09/16 02:35:24 nitobe Exp $