Title  グリーン・カード 45  緑の札 45  ----時代----五十年後----  懸賞當選映畫小説  Note  大阪朝日新聞 夕刊  昭和五年九月二十一日(日曜日)  Author  石原榮三郎 原作  小島善太郎 畫  Subtitle  靈奪機 四  Description  ソウタが去つて間もなく、老僕 はタキ博士を研究室に案内して現 はれた。  デスクから立ち上つてアキラは それを迎へた。タキは冷靜に四方 を見廻してから、デスクに近寄つ た。 「どうです?妹さんは----?」 「痛味がすつかりなくなつたやう ですが視力は、少しも。」  少しも----といふ言葉にアキラ は何故か力を入れた。 「………」  タキは默つて顏を曇らせた。 「博士、」  心持ち、アキラの言葉は慄へた やうであつた。 「あの眼は治るでせうか?」  博士は苦しさうに答へた。 「奇蹟といふものゝない限り…… ……」 「駄目ですか?」 「駄目なやうに思ひます。もう、 盡せるだけ盡したはずですから… ……」  アキラは力なくデスクにもたれ てしまつた。たゞ一人の妹、その 妹が盲目になる!しかも、それは 妹を生んだ人----。母と呼ばれた ものゝ手で、光りの世界から闇黒 の世界へ叩き墮されるのだ。  〃何といふ哀しい戲れだ!〃  眼に見えない、大きい沈默の囁 きが、ひしとアキラの胸に應へ た。理性の奧でセキの顏が逆轉し た。  〃誰が惡魔の使徒だ?!〃  理性は彼自身の顏を惡魔の使徒 と見た。だが、次の刹那にその彼 の理性は、火を吐くセキの顏を見 たのである。憎惡はアキラの理性 を滅茶々々に碎いた。 「ハナド----」  依然としてタキの冷靜な聲は狂 へるだけ狂つてゐるアキラの胸裡 に、微な現實を送つた。 「診察にまゐりませう」  アキラは懸命に亂れた神經を統 一してタキを凝視めた。  タズの病室----。  おそらくアキラの研究室では最       【屋】    【屋】 高の「美」の部室----。この部室は            【屋】 彼の娯樂室だ。見給へ。部室には テレビジヨンのスクリーンが備へ られてゐるではないか。   ヽヽ  窓ぎわには幾つかの草花が竝べ られ、和洋とり%\の繪畫が無數             テーブル2 に掲げられてゐる。四角な卓子。  蛇の皮で造られた安樂椅子。 オレンジ色の----支那風なカーテ ン。スペインの古風なべツド。  そのべツドの上に、眼を病むタ ズの暗黒の神經が臥せられてゐる    【屋】 のだ。部室は眠つてゐるやうな靜 寂だ。  ガーゼに包まれた眼に對して、 光りの世界を諦めてゐる彼女の心 は今はもう澄み切つてゐた。  もう彼女の生には何一つ燃える ものが殘されてゐない。  諦めは燃え切つたものゝ、人生 の灰だ。  タズの心境が澄むに從つて、今 までの人生との約束は、希みは、 その足型さへも消えて終つた。  生を否定する力もなければ、自 殺をはかる希ひもない。たゞ彼女 の心に不思議に響いてきたのは、 老僕が隣室で朝夕に鳴らす「お祈 りの」鐘の音である。  老僕には祖先の傳統と習性がま だ忘れられないのであらう。彼は 子供の頃を想起して、鐘を叩き、 合掌を、祖先のために、また彼自 身の平和な終局の約束として、信   ヽヽ ずるものに捧げてゐるのにちがひ ない。  信ずるもの----。それは眼に見 えないものだ。眼に見えないもの の力を信じることは、理論のない 心證である。  End  Data  トツプ見出し:   奉天軍出動で急旋回の支那政局   一まづ石家莊へ   北方政府都落ち   更に太原に移す計畫   馮氏と協力して再起を策す  廣告:   婦人世界 價六十錢   ウテナ固煉白粉 \.60  底本::   紙名:  大阪朝日新聞 夕刊   発行:  昭和五年九月二十一日(日曜日) 第三版  入力::   入力者: 新渡戸 広明(info@saigyo.net)   入力機: Sharp Zaurus igeti MI-P1-A   編集機: IBM ThikPad s30 2639-42J   入力日: 2003年08月20日  校正::   校正者: 大黒谷 千弥   校正日: 2003年09月07日    $Id: gc45.txt,v 1.5 2005/09/16 02:35:24 nitobe Exp $