Title  グリーン・カード 56  緑の札 56  ----時代----五十年後----  懸賞當選映畫小説  Note  大阪朝日新聞 夕刊  昭和五年九月七日(火曜日)  Author  石原榮三郎 原作  小島善太郎 畫  Subtitle  緑の札 九  Description  「アツ!」  と叫んで鮮血に染んだヒカル ----二人は思はず驅け寄つた。  只一發、ヒカルの胸には無聲ピ ストルの彈丸が深く食ひ込んでゐ た。  ヒカルは再び動かず、涙にぬれ た眼を美しく閉ぢたまゝで死ん だ。 「誰だツ!」  夢中に叫んだアキラの頭をかす めて第二彈が飛んだ。 「危い!」  シノブが思はずアキラをかばつ て立つた。 「シノブ!」  アキラはシノブを抱いた、お互 がお互の身體をかばひ合つて起 つた。  二分!三分! 彈丸はそれ切り つゞかなかつた。  どこから撃つたのか、誰が撃つ たのか、判らなかつた。  しかしそれはスパイの裏切りを 制裁するための彈丸にちがひなか つた。  無氣味な沈默が二人の間につゞ いた【。】 「氣の毒なヒカル。」  しばらくしてシノブはヒカルの 死體に近づいて、胸の鮮血を拭ひ 始めた。  いまのさつきまで快活そのものだ つた美しい若い女性の魂は、も うこの世のものではなかつた。  幾度か危ない境地に活躍したで あらうヒカルは遂に味方の彈丸で 斃された。 「あら、こゝにもう一つ古傷があ るわ」  ヒカルの胸に古い傷跡が殘つて ゐた。 「いつかタキがいつてゐた上海の 女スパイといふのもヒカルだつた んだ。」  アキラはひとりごとのやうにい つた。 「ありがたう、すみません、ヒカ ルもキツと喜んでゐるでせう。」 「科學者らしくもない、いやにセ ンチメンタルね。」  シノブはアキラの言葉にこたへ たが、その言葉もにやに淋しかつ た。  そのときあはたゞしいべルが鳴 りひゞいた。 「誰か來たやうだ。」  アキラはシノブと共にヒカルの 死體を、別の部屋へ運んで行つた。 「妾、とんだところへ來合せてし まつたわ、でもおかげで、ハナド とは、大變親しくしたやうな氣持 ちがするわ。」 「本當に、僕もさつき、あなたと 喧嘩したことなんか忘れてしまつ たやうだ。」 「ぢや用心なさいね、今度は妾の 囚子にならなにやうに!」 「まだとりこにする勇氣がありま すか。」  ヒカルの亊を何んとも思はずに といふ意味だつた。 「そんなこと平氣よ」  シノブは朗らかに答へた。 「けれど、妾にはヒカルのやうな 目的はないんですからね。」  さういつて笑つた。 「妾、失禮しようかしら!」 「ぢやあ、さようなら。」 「あら、まだ失禮するとはいつて ないわ。」 「ぢやあ、いらつしやい。」  このとき老僕が來訪者の名剌を 持つて來た、シラ・ソウタだつ た。 「會はないといつて返したまへ。」  アキラがさういつたとき、 「イヤ、ぜひ會ひたい。」  といふ聲がした、シラ・ソウタ がもうそこに入つて來てゐた。  End  Data  トツプ見出し:   宮内省明年度豫算も   大節約を加ふ   二大財源----御料林と株劵の   收入減三、四百萬圓  廣告:   赤マムシ活精絞り汁 養命酒 攜帶用 一圓廿錢  底本::   紙名:  大阪朝日新聞 夕刊   発行:  昭和五年九月七日(火曜日) 第三版  入力::   入力者: 新渡戸 広明(info@saigyo.net)   入力機: Sharp Zaurus igeti MI-P1-A   編集機: IBM ThikPad s30 2639-42J   入力日: 2003年08月27日  校正::   校正者: 大黒谷 千弥   校正日: 2003年09月07日    $Id: gc56.txt,v 1.5 2005/09/16 02:35:24 nitobe Exp $