Title  続三十六番歌合 号宮河歌合 (中大図書館蔵本)  0001:  一番 左持             玉津島海人 万代を山田のはらのあや杉に風しきたててこゑよばふなり  0002:   右                三輪山老翁 流れいでてみ跡たれますみづがきは宮河よりやわたらひのしめ  Description   左右歌、義隔凡俗、興入幽玄、聞杉上之風声、摸柿下之露詞、見宮河之流、深蒼海之底、短慮易迷、浅才難及者歟、仍先為持  0003:  二番 左 くる春は嶺に霞を先だててたにのかけひをつたふなりけり  0004:   右勝 わきてけふ相坂山のかすめるは立ちおくれたる春やこゆらん  Description   左は、先立つ霞に谷の道の春をしり、右は、おくれたる春を関山の霞にみる、詞はかはるに似て、心はすでに同じけれど、峰にかすみをとおきて、谷の懸樋をといへる、よき歌にもおほくよめる事には侍れど、此右歌は、今すこしとどこほる所なくいひくだされて侍れば、まさるべくや  0005:  三番 左勝 若菜つむ野べの霞ぞあはれなるむかしを遠くへだつと思へば  0006:   右 わかなおふる春の野守に我成りてうきよを人につみしらせばや  Description   右歌も、詞巧に心をかしくはみえ侍るを、末の句やなべての歌には猶如何にぞ聞ゆべからん、むかしをへだつるのべの霞は、あはれなるかたも立ちまさり侍らむ  0007:  四番 左持 ふる巣うとく谷の鶯なりはてばわれやかはりてなかんとすらん  0008:   右 色にしみかもなつかしき梅がえにをりしもあれや鶯のなく  Description   右、対紅梅之濃香、感黄鶯之妙曲、左、聞新路之嬌音、譜旧巣之閑居、景気雖異、歌詞是均者歟  0009:  五番 左持 雲にまがふ花のさかりをおもはせてかつがつかすむみよしのの山  0010:   右 ふかく入ると花のさきなむをりこそあれともに尋ねん山人もがな  Description   左右の歌、心詞誠にをかしくも侍るかな、花より前に花を思へる心もおなじさまなるを、右の末の句は猶えんに聞え侍れど、芳野山の春の気色も猶劣と申しがたし  0011:  六番 左持 年をへてまつもをしむも山ざくら花に心をつくすなりけり  0012:   右 花をまつ心こそ猶むかしなれ春にはうとく成りにしものを  Description   春にはうとくなど、哀にはきこえ侍れど、左も、花を思へる心ふかく、詞やすらかにいひくだされて侍れば、又おなじ程の事にや  0013:  七番 左 山桜かしらのはなに折りそへてかぎりの春の家づとにせん  0014:   右勝 花よりも命をぞ猶をしむべきまちつくべしとおもひやはせし  Description   左の、かぎりの春といひ、右の、いのちをぞ猶といへる、いづれもあはれふかくは侍るを、頭の花にとおける、此歌にとりてはさこそはとみゆれど、霜雪などはつねに聞きなれたる事なるを、花といへるもある事にはあれど、いかがと聞え侍るにや、大かたは歌合のためによみ集められたる歌には侍らねば、かやうの事しひて申すべきにはあらねど、右の歌耳にたつ所なきに付きて、勝と申すべし  0015:  八番 左 をしまれぬ身だにも世には有るものをあなあやにくの花や心や  0016:   右勝 うき世にはとどめおかじと春風のちらすは花を思ふなりけり  Description   右、花を思へるあまりに、ちらす風をうらみぬ心、まことにふかく侍るうへに、左、あなあやにくのとおける、人つねによむ事には侍れど、わざとえんなる詞にはあらぬにや、ちらすは花をなどいへるは、猶まさり侍らむ  0017:  九番 左勝 世の中を思へばなべてちる花の我が身をさてもいかさまにせん  0018:   右 花さへに世をうき草に成りにけりちるををしめばさそふ山水  Description   右歌、心詞にあらはれて、すがたもをかしうみえ侍れば、山水の花の色、心もさそはれ侍れど、左歌、世の中を思へばなべてといへるより、をはりの句の末まで、句ごとにおもひ入れて、作者の心ふかくなやませる所侍れば、いかにも勝ち侍らん  0019:  十番 左 かざこしの峰のつづきにさく花はいつさかりともなくや散るらん  0020:   右勝 風もよし花をもさそへいかがせん思ひはつればあらまうき世ぞ  Description   左、よのつねのうるはしき歌のさまなれど、右、風もよしとおけるより、終句のすゑまで、詞心たくみに、人及びがたきさまなれば、勝と申すべし  0021:  十一番 左勝 かぞへねど今夜の月のけしきにて秋の半を空にしるかな  0022:   右 月のすむあさぢにすだく蛬露のおくにやよるをしるらん  Description   仲秋三五天、歌のすがたたかく、こと葉清くして、二千里の外もまことにのこるくまなからんと思ひやられて侍れば、あさぢがしたのむしの音、月の光はおなじくひるにまがふとも、露の詞は猶難及空哉  0023:  十二番 左 清見がたおきの岩こす白波に光をかはす秋のよの月  0024:   右勝 月すみて深くる千鳥のこゑすなり心くだくや須まの関守  Description   清見潟、須磨関、名所のさま、左まさる、右おとるとはまことに申しがたく侍れど、すがたにつきては猶、いはこす波により、心を思へば、又夜ぶかき関にとまりぬべく侍るを、崇徳院御製の中に、浦わの風に空晴れてと侍るは、ちかき世の事なれど、玉のこゑ久しくとどまりて、今はむかしといふばかりに時代へだたりて侍りにければ、猶右勝とや申すべからん  0025:  十三番 左 山かげにすまぬ心は何なれやをしまれて入る月もある世に  0026:   右勝 いづくとてあはれならずはなけれどもあれたる宿ぞ月はさびしき  Description   左右、心すがたうるはしくくだりて、いづれと申しがたけれど、あれたるやどぞ月はさびしき、といひはてたる、猶よろしく侍るかな  0027:  十四番 左 月の色に心をふかくそめましや宮こを出でぬ我が身なりせば  0028:   右勝 わたの原波にも月はかくれけりみやこの山をなにいとひけん  Description   両首歌、洛外之月色、海上之暁影、又しひてわきがたく侍れど、右、浪にも月はなどいへる、今すこしつよく聞え侍らむ  0029:  十五番 左 世の中のうきをもしらですむ月の影はわが身の心ちこそすれ  0030:   右勝 かくれなくもにすむ虫はみゆれども我からくもる秋の夜の月  Description   右歌、みるべき月をわれはただ、といふふるき歌思ひ出でられて、くもる涙もあはれふかく、もにすむ虫かくれぬ月のひかりも、空清く侍れば、まさると申すべきにや  0031:  十六番 左持 憂世にはほかなかりけり秋の月ながむるままに物ぞかなしき  0032:   右 すつとならばうき世をいとふしるしあらんわれみばくもれ秋のよの月  Description   月はうき世のといふ歌の詞につきて心をおもへる、共にふかくみえ侍れば、持とや申すべからん  0033:  十七番 左 秋きぬと風にいはせて口なしの色そめそむるをみなへしかな  0034:   右勝 花がえに露のしら玉ぬきかけてをる袖ぬらす女郎花かな  Description   左歌、風にいはせてくちなしのといへるも、いとよろしくは見え侍るを、右歌のすがた心猶尤優也、仍為勝  0035:  十八番 左 山里はあはれなりやと人とはばしかのなくねをきけとこたへよ  0036:   右勝 をぐら山ふもとをこむる夕霧に立ちもらさるるさをしかの声  Description   たちもらさるるさをしかのこゑ、まだきかぬたもとまで露おく心ちし侍れば、猶まさると申すべし  0037:  十九番 左勝 しら雲を翅にかけて行くかりの門田の面の友したふなる  0038:   右 からすばにかく玉づさの心ちしてかりなきわたる夕やみの空  Description   烏羽の玉章、あとなき事にはあらねど、ちかき世より人このみよむ事に侍るべし、左歌、心詞ことにこひねがはれ侍れば、勝に申すべし  0039:  二十番 左勝 秋篠やとやまの里や時雨るらんいこまのたけに雲のかかれる  0040:   右 なにとかく心をさへはつくすらん我がなげきにてくるる秋かは  Description   心をさへはつくすらんなどいへる言のはのよせありて、殊にとがなく侍れど、いこまのたけの雲をみてと山の里の時雨をおもへる心、猶をかしく聞え侍れば、左勝とや申すべからむ  0041:  廿一番 左持 ま菅おふるあら田に水をまかすればうれしがほにもなく蛙かな  0042:   右 水たたふ入江のまこもかりかねてむなてに過ぐる五月雨の比  Description   左右、心姿同じさまの事に侍るべし、あら田に水をといひ、むな手にすぐるといへるは、いづれもいひしりて聞え侍れば、よき持にて侍るめり  0043:  廿二番 左勝 時鳥たにのまにまにおとづれてさびしかりける嶺つづきかな  0044:   右 人きかぬふかき山路の郭公なくねもいかにさびしかるらん  Description   左歌、おもかげありて優にこそ侍るめれ、右歌も、鳴く音もいかになどいへる、誠にさびては聞ゆれど、左の、谷のまにまに、猶ふかく思入りたるところ侍れば、勝と申すべし  0045:  廿三番 左持 しのおふるあたりもすずし川社榊にかかる波のしらゆふ  0046:   右 楸生ひてすずめとなれる陰なれや波うつ岸に風わたりつつ  Description   左右の波のけしき、納涼の心、又ことにわくべき所侍らぬにや  0047:  廿四番 左持 霜うずむ葎がしたの蟋蟀あるかなきかのこゑ聞ゆなり  0048:   右 小倉山ふもとの里に木の葉ちれば梢にはるる月をみるかな  Description   両首歌、左、暮秋霜底、聞暗蛬残声、右、寒夜月前、望黄葉落色、意趣各宜、歌品是同、仍為持  0049:  廿五番 左 よし野山ふもとにふらぬ雪ならば花かとみてや尋ねいらまし  0050:   右勝 風さえてよすればやがて氷りつつかへる波なきしがのからさき  Description   左も、うるはしきさまによろしく侍れど、帰る浪なきなどいへるは、花にまがふ吉野の雪よりは、深くや聞え侍らむ、仍以右為勝  0051:  廿六番 左持 おしなべて物をおもはぬ人にさへ心をつくる秋のはつかぜ  0052:   右 誰すみて哀しるらむ山里の雨ふりすさむ夕ぐれの空  Description   左の秋風、右の暮雨、心かれこれにみだれて、又わきがたく侍れば、持とや申すべからん  0053:  廿七番 左 わが心さこそみやこにうとくならめ里のあまりにながゐしてけり  0054:   右勝 程ふればおなじ宮このうちだにもおぼつかなさはとはまほしきを  Description   左歌も、すがたさびて、いとあはれに聞え侍るを、右、猶とどこほる所なくいひながされて侍れば、勝とや申すべからん  0055:  廿八番 左勝 時雨かは山めぐりする心かないつまでとのみうちしをれつつ  0056:   右 わがやどは山のあなたにあるものを何と憂世をしらぬ心ぞ  Description   時雨かはとおけるより、いつまでとのみうちしをれつつ、といひはてたるすゑの句も、なほ左やまさり侍らん  0057:  廿九番 左 年月をいかで我が身におくりけむ昨日見し人けふはなき世に  0058:   右勝 昔思ふ庭にうき木を積みおきてみし世にも似ぬ年の暮かな  Description   昨日見し人けふは無き世、実にさることときこえて、いと哀に侍るを、庭にうき木をつみおきてとおける、さだめて思ふところありけんとみえ侍るうへに、見し世にもにぬとしのくれかなといへるも、猶優に侍れば、勝とや申すべからん  0059:  三十番 左持 またれつる入あひのかねの音すなりあすもやあらばきかむとすらん  0060:   右 何事にとまる心のありければさらにしも又世のいとはしき  Description   左の、鐘のこゑに心つきはてて勝と申すべきを、右の、さらにしも又といへる、負くべき歌の詞とはみえ侍らねば、勝劣わきがたくや  0061:  卅一番 左勝 なき人をかぞふる秋のよもすがらしをるる袖やとりべのの露  0062:   右 はかなしやあだに命の露きえて野べにや誰も送りおかれん  Description   おくりおかれむ野べの哀も、あさくみなさるるには侍らねど、左の下句、猶ながき夜の袖の露もふかくおきまさる心ちして侍るにや、仍為持  0063:  卅二番 左(持) 道かはるみゆきかなしき今夜かなかぎりのたびとみるにつけても  0064:   右 松山の波にながれてこし舟のやがてむなしく成りにけるかな  Description   左右共に為旧日之重事、故不加判  0065:  卅三番 左持 うき世とて月すまずなる事もあらばいかがはすべき天の下人  0066:   右 ながらへて誰かはさらにすみとげむ月かくれにしうき世なりけり  Description   左、月をおもへる余の心に侍るめり、右、生滅無常を知る詞のつづき、又耳にたつ所侍らねば、持と申すべし  0067:  卅四番 左 身をしれば人のとがとも思はぬに恨がほにもぬるる袖かな  0068:   右勝 中中になれぬ思ひのままならばうらみばかりや身につもらまし  Description   左も心あるさまなれど、右、猶優にきこえ侍れば、勝と申すべし  0069:  卅五番 左持 あはれとてとふ人のなどなかるらん物思ふ宿の荻のうはかぜ  0070:   右 思ひしる人あり明の世なりせばつきせず身をばうらみざらまし  Description   左、寔によろしくはみえ侍るを、右の、人有明の世なりせばつきせず身をばなどいへるや、猶おとると申しがたからん  0071:  三十六番 左持 逢ふと見しその夜の夢のさめであれなながき睡はうかるべけれど  0072:   右 哀哀此世はよしやさもあらばあれこむ世もかくやくるしかるべき  Description   両首の歌、心共にふかく、詞及びがたきさまにはみえ侍るを、右、此世とおき、こむ世といへる、偏に風情を先として、詞をいたはらずは見え侍れど、かやうの難は此歌合に取りては、すべてあるまじき事に侍れば、なずらへて又持とや申すべからん   神風宮河の歌合、勝負をしるし付くべきよし侍りし事は、玉くしげ二とせあまりにも成りぬれど、かくれては道をまもる神のふかくみそなはさむ事をおそれ、あらはれては家につたはること葉にあさき色を見えん事をつつむのみにあらず、纔みそもじあまりをつらぬれど、いまだ六つのすがたの趣をだにしらず、おのづから難波津の跡をならへど、さらに出雲八雲のゆくへくらくのみ侍るうへに、もろこしのむかしの時だに、いくももとせのうちとかや、詩人才士の文体三たびあらたまりにければ、ましてやまとことの葉の定まれるところなき心すがた、いづれをよしあしといひ、いかなるをふかしあさしと思ひはかるべしとは、誰に随ひてなにをまこととしるべきにもあらず、時により所につけて、このみよみほめそしるならひにぞあるべき、然るを、此歌合はわざとしづみ思ひてあはせつがはれたるにもあらず、ただおほくの年来つもれることの葉をひろひて、ならびぬべきふしぶし、かよへるところどころを思ひあはせつつ、左右にたてられて侍れば、事の心かすかに歌のすがたたかくして、空よりも及びがたく、雲よりもはかりがたし、つもるあはれはふかけれど、雪まの草のみじかきこと葉みだれて、かきあらはさんかたもなく、おもふふししげけれど、浪路のあしのうきたる心のみただよひて、うちいづべくも思う給へられねば、春のあら田かへすがへす思ひやみぬべくのみ成りぬれど、ひじりの契を仰ぎたてまつることも此世ひとつのあだのよしびにもあらず、仏の道にさとりひらけん朝は先ひるがへす縁をむすびおかんと思ふ、又はたかきいやしきそこらの道好む輩をおきて、よはひいまだみそぢにおよばず、位猶五のしなにしづみて、みかさの山の雲の外に、ひとり拾遺の名をはぢ、九重の月の下に、久しく陸沈のうれへにくだけたる、あさぢの末、むぐらの下の塵の身をたづねて、浦のはまゆふかさなれるあと、まさきのかずらたえぬ道ばかりをあはれみて、鈴鹿の関のふりはへ、八十瀬の波のたちかへりつつ、思ふゆゑあり、猶かならずつとめおけと侍りしかば、宮川のきよきながれに契をむすばば、位山のとどこほる道までも、その御しるべや侍るとて、いまききのちみん人のあざけりをもしらず、むかしをあふぎふるきをしのぶ心ひとつにまかせてかきつけ侍りぬるになむ  0073: 君はまづうき世の夢のさめぬとも思ひあはせむのちの春秋  0074:  返し 春秋を君おもひいでば我は又花と月とにながめおこせん  Description  作者 西行上人 左右同之  判者 侍従藤原定家  此二巻御裳濯河歌合宮河歌合高祖大納言雅綱卿  之芳翰也最可謂奇観者歟  延宝第三初夏中旬 雅章  End  親本::   中央大学図書館蔵伝飛鳥井雅綱筆本 巻子本一巻  底本::   著名:  新編国歌大観 第五巻        歌合編、歌学書・物語・日記等収録歌編 歌集   編者:  「新編国歌大観」編集委員会   発行者: 角川歴彦   発行所: 株式会社角川書店   発行日: 昭和62年04月10日 初版発行        平成07年12月20日 三版発行   入力::   入力者: 新渡戸 広明(info@saigyo.net)   入力日: 2001年07月01日-2001年07月07日  校正::   校正者: 大山 輝昭   校正日: 2001年07月08日   校正個所:   ・・・鈴鹿の関のふりはへ、八十瀬の波のたちか(_)へりつつ、思ふゆゑあり、猶かならずつとめおけと侍りしかば、・・・   校正者: 新渡戸 広明(info@saigyo.net)   校正日: 2001年07月18日 $Id: miya_taikan.txt,v 1.8 2020/01/20 00:41:59 saigyo Exp $