Title  纂訂 西行法師全歌集  Subtitle   例言  Description 一 本書は、「西行法師全歌集」「存疑・誤傳西行法師和歌」より   成り、附録として「西行上人談抄」及び拙稿「西行の諸集と諸   撰集に於ける西行の和歌に就いて」を載せる。 一 「西行法師全歌集」は現在世に知られたる西行の短歌及び連歌   を綱羅せんとし、西行の諸集、勅撰集、私撰集、諸家集及び諸   書等に於ける西行の歌を輯め、これを校合して重出を削り出典   を註し、題に從つて排列したものである。 一 「西行法師全歌集」は山家集類題(松本柳齋−文化九年刊)を   底本とし、先づ、底本の排列のいまだしきを正し、六家集本山   家集の古冩本なる、竹柏園本山家集(玄旨校本)、及び玄旨校   本の一本、佐佐木弘綱翁が古冩本によつて板本山家集に書入せ   られた本、竹柏園本古山家集等を校合して、底本にもれたる歌   は△符を附して補入しその旨を註した。 一 次に、周嗣本山家集の系統なる古冩本及びその抄出本なる、傳   後小松院宸翰本山家集、竹柏園本西行法師集、家藏西行上人家   集、山家心中集(宮内省圖書寮御本)、六家抄中の山家抄、及   び板本活版本なる西行法師家集、異本山家集を以て校訂増補し、   さらに西行の集なる、聞書集(伊達伯家藏)、聞書殘集(圖書   寮御本)及び西行の自撰歌合なる御裳濯河歌合、宮河歌合を以   て校訂増補し、増補せる歌頭には〇符を附し、出典を脚註した。 一 次に西行の歌の見える詞花和歌集以下十六の勅撰集、及び私撰   集なる、後葉和歌集、續詞花和歌集、月詣和歌集(竹柏園藏冩   本)、玄玉和歌集、雲葉和歌集、御裳濯和歌集(延明自筆本)、   萬代集(竹柏園本井上文雄母書冩本)、夫木和歌抄(竹柏園藏   古抄本)、拾遺風躰和歌集等の所載西行の歌に就いて本文と校   合を行ひ、増補の歌頭に〇印を附し、出典を註した。 一 さらに諸家集及び「一品經懷紙」の如き中に見える西行の歌を   以て校訂補入し、補入歌には〇印を附して出典を註した。   【△及び〇符、脚注は歌番號の後に記入した。にとべ】 一 しかして、底本と諸本、又は諸本相互間の重出ある歌は、それ   ぞれ書名を脚注した。脚注書名略稱は次の如くである。  (周)  周嗣本山家集    (心)  山家心中集  (聞)  聞書集       (殘)  聞書殘集  (御裳) 御裳濯河歌合    (宮河) 宮河歌合  (詞花) 詞花和歌集     (千載) 千載和歌集  (新古) 新古今和歌集    (新勅) 新勅撰和歌集  (續後撰)續後撰和歌集    (續古) 續古今和歌集  (續拾) 續拾遺和歌集    (新後) 新後撰和歌集  (玉葉) 玉葉和歌集     (續千載)續千載和歌集  (新千載)新千載和歌集    (新拾) 新拾遺和歌集  (新後拾)新後拾遺和歌集   (新續古)新續古今和歌集  (後葉) 後葉和歌集     (續詞花)續詞花和歌集  (月)  月詣和歌集     (玄玉) 玄玉和歌集  (雲葉) 雲葉和歌集     (御裳集)御裳和歌集濯  (萬代) 萬代和歌集     (夫木) 夫木和歌抄  (風躰) 拾遺風躰和歌集 一 本文の詞句は、諸本校合の結果、異同の甚しきもの、又決し難   きものは傍書して殘し、書名略稱を附した。イは周嗣本山家集、   (イ)は六家集本山家集一本、フは夫木抄、その他は脚註略稱   に準じる。猶、題詞小序の異同は、傍書又は脚註に出し、其や   ゝ長きものは、行間に六ポイント活字を以て出し、書名略稱を   附した。 一 以上によつて重出歌を整理して得たる歌數は短歌二千百九首、   連歌十八句で、底本に増加した歌數は短歌五百四十三首、連歌   十八句である。(但し全體で他人の歌 八十七首、連歌九句で   ある。)即ち、短歌二千二十二首、連歌九句が本書の有する西   行の全歌である。因みに、藤岡本異本山家集に附する「追而加   書西行上人和歌」又、西行の歌を集めたといふ「歌枕もしほ草」   は正しき西行の集とみとめがたく、附録拙槁中に論じたる如き   理由により、この校合書中には用ゐなかつた。したがつてこの   本によつて歌數は増加していない。 一 「存疑・誤傳西行法師和歌」中、「存疑」は、西行一生涯草紙、   西行物語、西行四季物語、異本山家集所收追加西行上人和歌、   歌枕もしほ草等に出でた歌で、西行の諸集及び諸撰集の正しき   集に所見のない歌、並びに、異傳あつて決しがたき歌を集めた。   「誤傳」は、西行の作にあらざる歌を西行の歌として、諸撰集、   又異本山家集所收追而加書西行上人和歌中にかかげるものを收   めた。即ち、存疑の歌十八首、誤傳の歌十一首である。 一 「西行上人談抄」は家藏の延寶三年の冩本を底本とし、數種の   古鈔本を以て校訂した。 一 拙稿「西行の諸集と諸撰集に於ける西行の歌に就いて」は、か   つて日本文學講座、雜誌心の花、文學、日本歌人、立正、橘等   に發表したものを要約補訂しさらに幾篇かを書きたしたもので、   不備な點も多からうと思ふが、西行の歌の全面的分布を論じた   文が鮮ないと思ふのでいまだしきを省みず附載した。 一 初句索引、事項索引は讀者の便を思うてこれを附したのである。  Subtitle 春歌  0001:  年のうちに春たちて雨のふりければ 春としもなほおもはれぬ心かな雨ふる年のここちのみして  0002:  山ごもりして侍りけるに、年をこめて春  に成りぬと聞きけるからに、霞みわたり  て、山河の音日頃にも似ず聞えければ かすめども年のうちとはわかぬまに春を告ぐなる山川の水  0003:  山ふかく住み侍りけるに、春立ちぬと聞  きて 山路こそ雪のした水とけざらめ都のそらは春めきぬらむ  0004:  山里に春たつといふことを 山里は霞みわたれるけしきにて空にや春の立つを知るらむ  0005:  難波わたりに年越えに侍りけるに、春立  つこころをよみける    〔に1(イ)〕 いつしかも春きにけりと津の國の難波の浦を霞こめたり  0006:宮河二番右  春になりける方たがへに、志賀の里へま  かりける人に具してまかりけるに、逢坂  山の霞みたりけるを見て 山きて今日あふさか山の霞めるは立ちおくれたる春や越ゆらむ  0007:〇殘・夫木「家集中」     〔雲1(殘)〕  奈良の法興院のこうよはふげんのもと  にて立春をよみける 三笠山春をおとにて知らせけり氷をたたくうぐひすの瀧  0008:周「初春」  〔周一本によりてこの詞書補入〕  山水春を告ぐるといふことを菩提院の  前齋宮にて人々よみ侍りしに      〔したみづ4(イ)〕             〔ゆく2イ〕 春しれと谷のほそみづもりぞくる岩間のこほりひま絶えにけり  0009:夫木「家集」  立春朝よみける          〔思はねど4フ〕 年くれぬ春くべしとは思ひ寢にまさしく見えてかなふ初ゆめ  0010: 山の端の霞むけしきにしるきかな今朝よりやさは春のあけぼの  0011:       〔あへぬ3(イ)〕 春たつと思ひもはてぬ朝とでにいつしか霞む音羽山かな  0012:御裳十一番右・周・心「初春の朝に」 たちかはる春を知れとも見せがほに年をへだつる霞なりけり  0013:夫木「家集春立ちける日」         〔こほり3イ〕    〔まづくまれぬる7イ〕 とけそむる初若水のけしきにて春たつことのくまれぬるかな  0014:周「花」  春立つ日よみける 何となく春になりぬと聞く日より心にかかるみ吉野の山  0015:  正月元日雨ふりけるに いつしかも初春雨ぞふりにける野邊の若菜も生ひやしぬらむ  0016:  家々に春を翫ぶといふことを 門ごとにたつる小松にかざされて宿てふやどに春は來にけり  0017:〇周・御裳十一番右・御裳集春上・新古一・玄玉四  初春 岩間とぢし氷も今朝はとけそぬて苔の下水みちもとむらむ  0018:〇周・御裳十三番右・御裳集春上・新古一・玄玉二 降りつみし高嶺のみ雪とけにけり清瀧川の水の白浪  0019:宮河二番左・周 くる春は嶺の霞をさきだてて谷のかけひをつたふなりけり  0020:夫木「家集」・周           〔みえて3イ〕                 〔にけり3イ〕 小ぜりつむ澤の氷のひまたえて春めきそむる櫻井のさと  0021:周・夫木「家集」    〔すゞ1〕 春あさみ篠のまがきに風さえてまだ雪消ぬしがらきの里  0022:夫木「雪歌中」           〔かささぎの4フ〕 雪とくるしみみにしだくから崎の道行きにくきあしがらの山  0023:周・心「春きて猶雪さゆ」  春きて猶雪 かすめども春をばよその空に見て解けんともなき雪の下水  0024:〇聞  松上殘雪 春になればところどころは緑にて雪の浪こす末の松やま  0025:〇聞・夫木「家集」 箱根山こずゑもまだや冬ならむふたみは松の雪のむらぎえ  0026:  嵯峨にまかりたりけるに、雪ふかかりけ  るを見おきて出でしことなど申し遺は  すとて おぼつかな春の日數のふるままにさが野の雪は消えやしぬらむ  0027:  かへし                靜忍法師 立ち歸り君やとひくと待つほどにまだ消えやらず野邊のあわ雪  0028:  元日子日にて侍りけるに 子日してたてたる松に植ゑそへむ千代かさぬべき年のしるしに  0029:周  子日 春ごとに野邊の小松を引く人はいくらの千代をふべきなるらむ  0030: ねの日する人に霞はさきだちて小松が原をたなびきにけり  0031:                       〔ききつる4(イ)〕 子日しに霞たなびく野邊に出でて初うぐひすの聲をきくかな  0032:  五葉の下に二葉なる小松どもの侍りけ  るを、子日にあたりける日、折櫃にひきそ  へて京へ遣すとて 君が爲ごえふの子日しつるかなたびたび千代をふべきしるしに  0033:  ただの松ひきそへて、この松の思ふこと  申すべくなむとて 子日する野邊の我こそぬしなるをごえふなしとて引く人のなき  0034:  若菜 春日野は年のうちには雪つみて春は若菜のおふるなりけり  0035:續拾一「題しらず」・周  雪中若菜     〔忍び2(續拾)〕 〔雪のふりつむ野邊の若菜を12(續拾)〕 けふはただ思ひもよらで歸りなむ雪つむ野邊の若菜なりけり  0036:周  雨中若菜                     〔かたみ1〕                      〔ぬきいれ4イ〕 春雨のふる野の若菜おひぬらしぬれぬれ摘まん籠手ぬきれ  0037:周         〔ぬれば5イ〕  若菜に初子のあひたりければ、人のもと  へ申しつかはしける       〔は1イ〕 わか菜つむ今日に初子のあひぬれば松にや人の心ひくらむ  0038:宮河三番左・御裳集春上  若菜に寄せてふるきを思ふといふこと  を わか菜つむ野邊の霞ぞあはれなる昔を遠く隔つと思へば  0039:  老人の若菜といへることを          〔出で2(イ)〕 卯杖つき七くさにこそおひにけれ年をかさねて摘める若菜は  0040:宮河三番右・周  寄若菜述懷といふことを  〔おふ3イ〕 若菜おふる春の野守に我なりてうき世を人につみ知らせばや  0041:夫木「家集」  野に人あまた侍りけるを、何する人ぞと  聞きければ、菜摘む者なりと答へけるに、  年の内に立ちかはる春のしるしの若菜  か、さはと思ひて            〔て1フ〕 年ははや月なみかけて越えにけりうべつみけらしゑぐの若だち  0042:  題しらず        〔かたみ1〕 澤もとけずつめど籠にとどまらでめにもたまらぬゑぐの草ぐき  0043:  海邊の霞といふことを もしほやく浦のあたりは立ちのかで烟あらそふ春霞かな  0044:周・夫木  同じこころを、伊勢の二見といふところ  にて  〔海邊霞と申すことを伊勢にて神主どもよみはべりしに(心)〕  〔海邊霞と申す事を伊勢にて詠み侍りしに(周)〕 浪こすとふたみの松の見えつるはこずえにかかる霧なりけり  0045:〇聞  海邊眺望 心やる山なしとみるおふの浦は霞ばかりぞ自にかかりける  0046:〇聞  霞を 吉野山梢のそらのかすむにて櫻の枝も春しりぬらむ  0047:〇聞・夫木家集 花の火を櫻の枝にたきつけて煙になれる朝がすみかな  0048:  霞によせてつれなきことを なき人を霞める空にまがふるは道をへだつる心なるべし  0049:  世にあらじと思ひける頃、東山にて、人々  霞によせて思をのべけるに そらになる心は春の霞にて世にあらじとも思ひたつかな  0050:新古十八「題しらず」  おなじ心をよみける 世を厭ふ名をだにもさはとどめ置きて數ならぬ身の思出にせむ  0051:續後撰一「春の歌の中に」  題しらず 霞まずは何をか春と思はましまだ雪消えぬみ吉野の山  0052:  梅を 香にぞまづ心しめ置く梅の花色はあだにも散りぬべければ  0053:〇周               〔數1イ〕 とめゆきてぬしなき宿の梅ならば勅ならずともをりて歸らむ  0054:〇周 梅をのみ我が垣根には植ゑ置きて見に來む人に跡しのばれむ  0055:〇聞・周「梅」  雪こうばいをうづむ   〔は1(周)〕 色よりも香はこきものを梅の花かくれむものかうづむ白雪  0056:〇聞・夫木 雪の下の梅がさねなる衣の色を宿のつまにもぬはせてぞみる  0057:  山家の梅 香をとめむ人をこそまて山里の垣根の梅のちらぬかぎりは  0058: 心せむ賤が垣ほの梅はあやなよしなく過ぐる人とどめける  0059:夫木「梅花中」        〔ね1フ〕           〔し1フ〕 この春はしづが垣ほにふれわびて梅が香とめむ人したしまむ  0060:周「旅宿の梅を」・新拾一「旅宿梅を」  旅のとまりの梅 ひとりぬる草の枕のうつり香は垣根の梅のにほひなりけり  0061:  古砌梅 何となく軒なつかしき梅ゆゑに住みけむ人の心をぞ知る  0062:〇聞  梅薫船中 にほひくる梅のかむかふこち風にをらで又いづる舟とももがな  0063:〇聞・御裳十二番右・周「梅」・新古一・御裳集春上・玄玉六  對梅待客 とめこかし梅さかりなる我が宿をうときも人はをりにこそよれ  0064:周・紫葉一      〔侍りしに3イ〕 〔隣の梅のちりこしをEイ〕  嵯峨に住みけるに、道を隔てて坊の侍り  けるより、梅の風にちりけるを ぬしいかに風渡るとていとふらむよそにうれしき梅の匂を  0065:夫木「家集中」  いほりの前なりける梅を見てよめる 梅が香を山ふところに吹きためて入りこん人にしめよ春風  0066:  伊勢のにしふく山と申す所に侍りける  に、いほの梅かうばしくにほひけるを 柴のいほによるよる梅の匂ひ來てやさしき方もあるすまひかな  0067:〇聞・夫木「家集」  元日聞鶯 しめかけてたてたる宿の松に來て春の戸あくる鶯のこゑ  0068:周「鶯」  閑中鶯といふことを うぐひすのこゑぞ霞にもれてくる人目ともしき春の山里  0069:  雨中鶯 うぐひすの春さめざめとなきゐたる竹のしづくや涙なるらむ  0070:周・宮河四番左・御裳集春上   〔侍し2イ〕      〔しかば何となく哀にて4イ〕  住みける谷に、鶯の聲せずなりにければ 古巣うとく谷の鶯なりはてば我やかはりてなかむとすらむ  0071: うぐひすは谷の古巣を出でぬともわが行方をば忘れざらなむ  0072:夫木               〔ほか1〕 鶯は我を巣もりにたのみてや谷の外へは出でて行くらむ  0073: 春のほどは我が住む庵の友になりて古巣な出でそ谷の鶯  0074:  寄鶯述懷 うき身にて聞くも惜しきはうぐひすの霞にむせぶ曙のこゑ  0075:周・心       〔侍りしに3イ〕  梅に鶯の鳴きけるを  〔梅に鶯の聲かをりてきこえ侍りしかば(心)〕                        〔明ぼの3イ〕 梅が香にたぐへて聞けばうぐひすの聲なつかしき春の山ざと  0076:夫木      〔こけ1フ〕      〔はな1イ〕 つくり置きし梅のふすまに鶯は身にしむ梅の香やうつすらむ  0077:〇宮河四番右・御裳集春上 色にしみ香もなつかしき梅が枝にをりしもあれや鶯のこゑ  0078:〇周  鶯    〔しろ1イ〕      〔まてや3イ〕                     〔なく2イ〕 我なきて鹿秋なりと思ひけり春をぞさてや鶯のしる  0079:〇夫木「家集みのぶの里」 雨しのぐ身延の里のかき柴に巣立ちはじむる鶯のこゑ  0080:〇御裳十二番左・夫木「家集」・雲紫一             〔ぎ1フ(雲)〕 色つつむ野邊の霞のしたもえて心をそむる鶯のこゑ  0081:玉葉十四Γ題しらず」 山ふかみ霜こめたる柴の庵にこととふものは谷のうぐひす  0082:周「初春」            〔よ1イ〕       〔に1イ〕 すぎて行く羽風なつかし鶯のなづさひけりな梅の立枝を  0083:周「初春」・夫木            〔旅なる4イ〕                〔音をば2イフ〕 鶯は田舍の谷の巣なれどもだみたる聲は鳴かぬなりけり  0084:            〔な1(イ)〕 鶯の聲にさとりをうべきかは聞く嬉しさもはかなかりけり  0085:夫木「家集春歌中」  鳴き絶えたりける鶯の、住み侍りける谷  に、聲のしければ                       〔りつる3フ〕 思ひ出でて古巣にかへる鶯は旅のねぐらや住みうかるらむ  0086:  深山不知春といふことを                 〔の1(イ)〕 雪分けて外山が谷のうぐひすは麓の里に春や告ぐらむ  0087:周・新古十七・御裳十三左・御裳集春上  〔家1イ〕  山里の柳 〔かげ2(イ)〕   〔野1(御裳)イ〕 山がつの片岡かけてしむる庵のさかひにたてる玉のを柳  0088:周「柳風にしたがふ」・新拾二十  柳風にみだる 見渡せばさほの川原にくりかけて風によらるる青柳の糸  0089:  雨中柳 なかなかに風のおすにぞ亂れける雨にぬれたる青柳のいと  0090:  水邊柳 水底にふかきみどりの色見えて風に浪よる河やなぎかな  0091:周「早蕨を」  さわらび なほざりに燒き捨てし野のさ蕨は折る人なくてほどろとやなる  0092:  霞に月のくもれるを見て 雲なくておぼろなりとも見ゆるかな霞かかれる春の夜の月  0093:  山里の春雨といふことを、大原にて人々  よみけるに 春雨の軒たれこむるつれづれに人に知られぬ人のすみかか  0094:周・夫木「家集」  きぎすを                     〔なる1フ〕 もえ出づる若菜あさるときこゆなりきぎす鳴く野の春の曙  0095:周・夫木 生ひかはる春の若草まちわびて原の枯野にきぎす鳴くなり  0096:夫木「家集春歌中」 片岡にしばうつりして鳴くきぎす立羽おとしてたかからぬかは  0097:        【でて2】        【ママ】      〔たつ2(イ)〕 春霞いづち立ち出てで行きにけむきぎす棲む野を燒きてけるかな  0098:〇夫木「御裳濯河歌合」・御裳二十三右         〔まかすればかたち8フ〕 枯野うづむ雪に心をしらすればあたりの原に雉子鳴くなり  0099:周・夫木「家集」  歸雁  〔歸雁を長樂寺にて(周)〕 玉づさのはしがきかとも見ゆるかなとびおくれつつ歸る雁がね  0100:〇周「歸雁」 いかで我とこよの花のさかり見てことわり知らむ歸る雁がね  0101:周   〔かへるかりを8イ〕  霞中歸雁といふことを 何となくおぼつかなきは天の原かすみに消えて歸る雁がね  0102: かりがねは歸る道にやまどふらむ越の中山かすみへだてて  0103:〇周  燕 歸る雁にちがふ雲路のつばくらめこまかにこれや書ける玉章  0104:  山家呼子鳥   〔に1(イ)〕           〔めりと3(イ)〕      〔又こは3(イ)〕 山ざとへ誰をこは又よぶこ鳥ひとりのみこそ住まむと思ふに  0105:〇夫木「家集」 駒なづむ木曾のかけ路の呼子鳥たれともわかぬ聲きこゆなり  0106: ませにさく花にむつれて飛ぶ蝶の羨しきもはかなかりけり  0107:夫木  春の月あかかりけるに、花まだしき櫻の  枝を風のゆるがしけるを見て     〔は1(イ)〕 〔よと2フ〕         〔たれ2フ〕 月みれば風に櫻の枝なべて花かとつぐるここちこそすれ  0108:周「花」・夫木「待花」  花を待つ心を              〔おもひのどめて7イ〕 今さらに春を忘るる花もあらじやすく待ちつつ今日も暮らさむ  0109:玉葉一「花の歌よ侍りみける中に【ママ】」 おぼつかないづれの山の峰よりか待たるる花の咲きはじむらむ  0110:  待花忘他といふことを まつによりちらぬ心を山ざくら咲きなば花の思ひ知らなむ  0111:〇聞・宮河五番左・周「霞」  漸待花 雲にまがふ花のさかりを思はせてかつかつかすむみ吉野の山  0112:〇聞  漸欲尋 待たでただ尋ねを入らむ山櫻さてこそ花に思ひしられめ  0113:〇聞・夫木    〔不1フ〕  花待雨未開 春は來ておそくさくらの梢かな雨の脚待つ花にやあるらむ  0114:周「朝に花を尋ぬといふ事を」  〔朝赴花(心)〕 さらにまた霞にくるる山路かな花をたづぬる春のあけぼの  0115:〇聞・周「花」  客來勸春興 君來ずばかすみにけふもくれなまし花まちかぬる物語りせで  0116:風雅二「題しらず」・周「初春」  題しらず     〔が1イ〕        〔なつかしきかな7(風雅)〕 春になる櫻の枝は何となく花なけれどもむつまじきかな  0117:周(二個所に出づ)・萬代春下「題しらず」 打はるる4イ〕 打はなるる4イ〕     〔なかりけり5イ〕 空晴るる雲なりけりな吉野山花もてわたる風と見たれば  0118:       〔も1(イ)〕 雲もかかれ花とを春は見て過ぎむいづれの山もあだに思はで  0119:             〔き1(イ)〕 雲かかる山とは我も思ひ出でよ花ゆゑ馴れしむつび忘れず  0120::周「獨尋花」  獨尋山花 誰かまた花を尋ねてよしの山苔ふみわくる岩つたふらむ  0121:〇聞・夫木「家集泊舟尋花」  浮海船尋花                        〔しらくも4(聞)〕 漕ぎ出でてたかしの山を見渡せばまだ一むらも咲かぬなりけり  0122:〇聞・夫木  尋花至古寺 これやきく雲の林の寺ならむ花をたづめる心やすめむ  0123:〇聞  尋花欲菩提 花の色の雪のみ山にかよへばやふかき吉野の奧へ入らるる  0124:周・續古十七 〔老2イ〕  ふる木の櫻のところどころに咲きたる  を見て  〔修行し侍ける時花の蔭に休みて讀侍ける(續古)〕 わきて見む老木は花もあはれなり今いくたびか春にあふべき  0125:周「花」・夫木「家集」  老見花といふことを 老づとに何をかせまし此春の花待ちつけぬわが身なりせば  0126:〇聞・宮河七番左  老人翫花 山櫻かざしの花にをりそへてかぎりの春の家づとにせむ  0127:〇聞・夫木  老人見花 ながむ/\散りなむことを君も思へ黒髮山に花さきにけり  0128:〇聞  峯花似瀧 瀧にまがふ峯の櫻の花ざかり麓は風に浪たたみけり  0129:〇聞・夫木「家集」  堺花主不定           〔と1フ〕    〔ざ1フ〕 散りまさむかたをやぬしにさだむべき峯をかぎれる花のむら立ち  0130:〇聞  海波映花色 花と見えて風にをられて散る波の櫻貝をばよするなりけり  0131:〇聞  花下契後會 花を見て名殘くれぬるこのもとは散らさぬさきにとたのめてぞたつ  0132:  春は花を友といふことを、せが院の齋院  にて人々よみけるに                         〔すべき(イ)〕 おのづから花なき年の春もあらば何につけてか日をくらさまし  0133:  せが院の花盛なりける頃、としただがい  ひ送りける おのづから來る人あらばもろともにながめまほしき山櫻かな  0134:  返し ながむてふ數に入るべき身なりせば君が宿にて春は經なまし  0135:周・心  上西門院の女房、法勝寺の花見られける  に雨のふりて暮れにければ、歸られにけ  り。又の日、兵衞の局のもとへ、花の御幸  おもひ出させ給ふらむとおぼえて、かく  なむ申さまほしかりし、とて遣しける                 〔らし2イ〕 見る人に花も昔を思ひ出でて戀しかるべし雨にしをるる  0136:周・心  返し         〔にlイ〕 いにしへを忍ぶる雨と誰か見む花もその世の友しなければ     〔はべり(心)〕  若き人々ばかりなむ、老いにける身は  風のわづらはしさに、厭はるることに  てとありけるなむ、やさしくきこえは  べりき  0137:〇殘・夫木  奈良のこうよ法印の坊にて雨中落花と  云ふ事を 春雨の花のみぞれの散りけるを消えでつもれる雪と見たれば  0138:心「花」  白河の花、庭面白かりけるを見て あだにちる梢の花をながむれば庭には消えぬ雪ぞつもれる  0139:周「花」  庭花似波といふことを 風あらみこずゑの花のながれきて庭に波立つしら川の里  0140:〇聞  花雪に似たりといふことをある處にて  よみけるに ひらの山春もきえせぬ雪とてや花をも人のたづねざるらむ  0141:  山寺の花さかりなりけるに、昔を思ひ出  でて よしの山ほき路づたひに尋ね入りて花みし春は一むかしかも  0142:  雨のふりけるに、花の下に車を立ててな  がめける人に ぬるともとかげを頼みて思ひけむ人の跡ふむ今日にもあるかな  0143:聞・千載十七・月七  世をのがれて東山に侍る頃、白川の花ざ  かりに人さそひければ、まかり歸りける  に昔おもひ出でて  〔世をのがれてのち白河の花をみてよめる(月・千載)〕  〔白河の花の盛に人のいざなひ侍しかばみにまかりてかへりしに(周)〕                     〔ならまし4(千)〕 ちるを見て歸る心や櫻花むかしにかはるしるしなるらむ  0144:周  かきたえてこととはずなりにける人の、  花見に山里へまうできたりと聞きてよ  みける 年を經ておなじ梢に匂へども花こそ人にあかれざりけれ  0145:周「花のしたにて月を見て」  花の下にて月を見てよみける       〔した1イ〕     〔の1イ〕 雲にまがふ花の下にてながむれば朧に月は見ゆるなりけり  0146:  春のあけぼの、花見けるに、うぐひすの鳴  きければ 花の色や聲に染むらむ鶯のなく音ことなる春のあけぼの  0147:  屏風の繪を人々よみけるに、春の宮人む  れて花見ける所に、よそなる人の見やり  てたてりけるを 木のもとは見る人しげし櫻花よそにながめて我は惜しまむ  0148:夫木「歌集」  寂然紅葉のさかりに高野にまうでて、出  でにける又の年の花の折に、申しつかは  しける 紅葉みし高野の峯の花ざかりたのめし人の待たるるやなぞ  0149:夫木「歌集」  かへし                寂然 ともに見し嶺の紅葉のかひなれや花の折にもおもひ出ける  0150:〇周  那智に籠りし時花のさかりに出ける人  につけて遣しける 散らで待てと都の花をおもはまし春かへるべき我身なりせば  0151:玉葉二         〔侍りける頃3(玉葉)〕  閑かならんと思ひける頃、花見に人々ま  うできたりければ 花見にとむれつつ人のくるのみぞあたら櫻のとがにはありける  0152: 花もちり人もこざらむ折は又山のかひにてのどかなるべし  0153:  國々めぐりまはりて、春歸りて吉野の方  へまからむとしけるに、人の、このほどは  いづくにか跡とむべきと申しければ 花を見し昔の心あらためて吉野の里にすまむとぞ思ふ  0154:  花の歌あまたよみけるに 野1(イ)〕 空に出でていづくともなく尋ぬれば雪とは花の見ゆるなりけり  0155: 雪とぢし谷の古巣を思ひ出でて花にむつるる鶯の聲  0156:周「尋花心を」・夫木「花歌中」 よしの山雲をはかりに尋ね入りて心をかけし花を見るかな  0157: おもひやる心や花にゆかざらむ霞こめたるみよしのの山  0158:周・千載一「花の歌とて詠る」・御裳集春・御裳三番左 おしなべて花の盛に成りにけり山の端ごとにかかる白雲  0159: まがふ色に花咲きぬればよしの山春は晴れせぬ嶺の白雲  0160:周・續後拾二「花歌中に」・玄玉六 吉野山梢の花を見し日より心は身にも添はずなりにき  0161:周・新後撰二 あくがるる心はさても山櫻ちりなむ後や身にかへるべき  0162:夫木「家集花歌中」          〔も1(イ)〕         〔り1イ〕 花みればそのいはれとはなけれども心のうちぞ苦しかりける  0163:周「花」 白河の梢を見てぞなぐさむる吉野の山にかよふ心を  0164:周・玉葉十八「雜歌」                      〔るらむ3(玉葉)〕 ひきかへて花見る春は夜はなく月みる秋は晝なからなむ  0165:月九・周・風雅十二「題しらず」 花ちらで月はくもらぬ世なりせば物を思はぬわが身ならまし  0166: たぐひなき花をし枝にさかすれば櫻にならぶ木ぞなかりける  0167: 身を分けて見ぬ梢なくつくさばやよろづの山の花の盛を  0168: 櫻さくよもの山邊をかぬる間にのどかに花をみぬ心地する  0169:周・千載十七・御裳八番左・御裳集春下・月二  〔白河の花を見てよめる(月詣)〕                 〔に1イ〕   〔を1イ〕 花にそむ心のいかで殘りけむ捨てはててきと思ふわが身に  0170:夫木「家集」 白河の春の梢のうぐひすは花の言葉を聞くここちする  0171:周・續古十七「花の歌の中に」・御裳七番左          〔われ1(イ)〕       〔もと1(續古)〕 ねがはくは花の下にて春死なむそのきさらぎのもち月の頃  0172:周・千載十七 佛には櫻の花をたてまつれわが後の世を人とぶらはば  0173:                 〔も1(イ)〕 何とかや世にありがたき名をえたる花に櫻にまさりしもせじ  0174: 山ざくら霞の衣あつくきてこの春だにも風つつまなむ  0175:夫木「家集花歌中」 思ひやる高嶺の雲の花ならばちらぬ七日は晴れじとぞ思ふ  0176:          〔すぐし3(イ)〕        〔ら1(イ)〕 のどかなる心をさへにつくしつつ花ゆゑにこそ春を待ちしか  0177:周・宮河十番左・玄玉六                      〔て1イ〕 かざこしの嶺のつづきに咲く花はいつ盛ともなくや散るらむ  0178: ならひありて風さそふとも山櫻たづぬる我を待ちつけてちれ  0179:   〔た1(イ)〕 すそ野やく煙ぞ春は吉野山花をへだつるかすみなりける  0180: 今よりは花見む人に傳へおかむ世をのがれつつ山に住まむと  0181:〇聞・夫木「家集花歌中」 とき花や人よりさきにたづぬると吉野にゆきて山まつりせむ  0182:〇聞・夫木「花の歌とて詠みけるに」                   〔そで2フ〕 山櫻吉野まうでのはなしねをたづねむ人のかてにつつまむ  0183:〇聞 谷のまも峯のつづきも吉野山花ゆゑふまぬ岩ねあらじを  0184:〇聞 山ざくらまた來む年の春のため枝をることは誰もあなかま  0185:〇聞・夫木「花歌中に」 今もなしむかしもきかずしきしまや吉野の花を雪のうづめる  0186:〇聞・夫木 紅の雪はむかしのことときくに花のにほひにみつるはるかな  0187:〇聞 花ざかり人もこぎ來ぬ深き谷になみをぞたつる春の山風  0188:〇聞 思ひいでに花の波にもながればや峯の白雲瀧くだすめり  0189:〇聞・夫木「花歌中に」 ときはなる花もやあると吉野山奧なく入りてなほたづねみむ  0190:〇聞 吉野山奧をも我ぞしりぬべき花ゆゑ深く入りならひつつ  0191:〇聞・周・御裳集春上・御裳九番左・新古今一・玄玉六 吉野山去年のしをりの道かへてまだ見ぬ方の花をたづねむ  0192:〇聞 月はみやこ花のにほひはこしの山と思ふよ雁のゆきかへりつつ  0193:〇聞 花散りて雲はれぬればよし野山こずゑの空はみどりにぞなる  0194:〇聞 花ちりぬやがてたづねむほととぎす春をかぎらじみよし野の山  0195:周「述懷」・萬代春下「題しらず」  題しらず わび人の涙に似たる櫻かな風身にしめばまづこぼれつつ  0196:周・新古十七・自讚歌・御裳十番左・御裳集春下・玄玉六 吉野山やがて出でじと思ふ身を花ちりなばと人や待つらむ  0197:      〔さ1(イ)〕 人もこず心もちらで山里は花をみるにもたよりありけり  0198:周・風雅二「題しらず」               〔よひ2イ〕 おなじくは月の折さけ山櫻花みるをりのたえまあらせじ  0199:新後撰一「題しらず」・周「花」・心  花のうた十五首よみけるに              〔まつみね4(心)〕 よしの山人に心をつけがほに花よりさきにかかる白雲  0200:玉葉一「花の歌よみ侍りし中に」・周                    〔ぞ1イ〕 〔る1イ〕 山寒み花咲くべくもなかりけりあまりかねても尋ね來にけり  0201:夫木「家集花歌中」・周「花」・月二               〔そよぎし風の5(月)〕 かたばかりつぼむと花を思ふよりそらまた心ものになるらむ  0202: おぼつかな谷は櫻のいかならむ嶺にはいまだかけぬ白雲  0203:   〔けば2(イ)〕 花と聞くは誰もさこそは嬉しけれ思ひしづめぬわが心かな  0204:周「花」                      〔なりけり4(イ)〕 初花のひらけはじむる梢よりそばへて風のわたるなるかな  0205:新續古二「花の歌の中に」・萬代春下 おぼつかな春は心の花にのみいづれの年かうかれそめけむ  0206: いざ今年ちれと櫻をかたはらむ中々さらば風や惜しむと  0207:夫木「花歌中」 風ふくと枝をはなれておつまじく花とぢつけよ春柳の糸  0208:夫木「花歌中」                        〔に1フ〕 吹く風のなべて梢にあたるかなかばかり人の惜しむ櫻を  0209:新後撰二・周「花」  〔に(イ)〕            〔おもひそめけむ7イ(新後)〕 なにとかくあだなる花の色をしも心にふかく染めはじめけむ  0210:                      〔けば2(イ)〕 同じ身の珍らしからず惜しめばや花もかはらず咲きは散るらむ  0211:周「花」 嶺にちる花は谷なる木にぞ咲くいたくいとはじ春の山風  0212:         〔ぞちりにける6(イ)〕 山おろしに亂れて花の散りけるを岩はなれたる瀧とみたれば  0213:萬代雜一・周「花」 花もちり人も都へ歸りなば山さびしくやならむとすらむ  0214:〇聞・夫木「家集」  花歌十首人々よみけるに                 〔春めきぬらむ7フ〕              〔が1フ〕 鶯の鳴く音に春をつげられて櫻の枝やめぐみそむらむ  0215:〇聞・周「花」 山人に花さきぬやとたづぬればいさしらくもと答へてぞ行く  0216:〇聞 かすみしく吉野の里にすむ人はみねの花にや心かくらむ  0217:〇聞・宮河七番右・御裳集春上   〔も1(宮)〕 花よりはいのちをぞなほをしむべき待ちつぐべしと思ひやはせし  0218:〇聞             〔むそぢ2〕 春ごとの花に心をなぐさめて六十あまりの年をへにける  0219:〇聞               〔き1〕 ひと時に遲れさきだつこともなく木ごとに花のさかりなるかな  0220:〇聞 さかりなるこの山櫻思ひおきていづち心のまたうかるらむ  0221:〇聞 吉野山雲と見えつる花なれば散るも雪にはまがふなりけり  0222:〇聞 よし野山雲もかからぬたかねかなさこそは花のねにかへりなめ  0223:〇聞・夫木「家集」           〔しきるらし5フ〕 みなかみに花のゆふだちふりにけり吉野の川の浪のまされる  0224:〇周・新古一・自讚歌・御裳集春上  花 吉野山さくらがえだに雪ちりて花おそげなる年にもあるかな  0225:〇周 咲きやらぬものゆゑかねてものぞ思ふ花に心のたえぬならひに  0226:〇周・宮河六番右・玉葉十四 花を待つ心こそなほ昔なれ春にはうとくなりにしものを  0227:〇宮河五番右 深く入と花の咲なむをりこそあれともにたづねむ山人もがな  0228:〇周 またれつる吉野の櫻さきにけり心をちらせ春の山かぜ  0229:〇周・玄玉六 さきそむる花を一えだまづ折りて昔の人のためとおもはむ  0230:〇周・新勅撰二「題しらず」                      〔ゆづらむ4イ〕 あはれわがおほくの春の花を見てそめおく心誰につたへむ  0231:〇周・御裳六番左・御裳集春中 春をへて花のさかりにあひきつつ思ひ出おほき我が身なりけり  0232:〇周 ちらぬ間はさかりに人もかよひつつ花に春あるみよしのの山  0233:〇夫木「家集」・御裳四番左・雲葉二 なべてならぬ四方の山べの花は皆吉野よりこそ種はちりけめ  0234:〇周・御裳集春中 よし野山花をのどかに見ましやはうきがうれしき我身なりけり  0235:〇周 山路わけ花をたづねて日はくれね宿かし鳥の聲もかすみて  0236:〇周 鶯のこゑを山路のしるべにて花みてつたふ岩のかけ道  0237:〇周・雲紫二 ちらばまたなげきやそはむ山ざくらさかりになるはうれしけれども  0238:〇周 白川の關路のさくら咲きにけりあづまより來る人のまれなる  0239:〇周 谷風の花の波をし吹きこせばゐぜきにたてる嶺の村まつ  0240:〇周 いにしへの人の心のなさけをばふる木の花の梢にぞしる  0241:〇周 春といへば誰も吉野の山とおもふ心に深きゆゑやあるらむ  0242:〇周 あかつきとおもはまほしき音なれや花にくれぬる入あひの鐘  0243:〇周 今の我も昔の人も花見てんこころの色はかはらじものを  0244:〇周 花いかに我をあはれと思ふらむ見て過ぎにけり春をかぞへて  0245:〇周・心                〔と1(心)〕 さかぬ間の花には雲のまがふとも雲には花の見えずもあらなむ  0246:〇周・心    〔こすくきにさくはなは9(心)〕 吉野山風にすすきに花咲けば人の折るさへをしまれぬかな  0247:〇周 誰ならむ吉野の山のはつ花をわがものがほにをりてかへれる  0248:〇周・夫木「家集」 山櫻散らぬまでこそ惜しみつれふもとへ流せ谷川のみづ  0249:〇周 をしむ人の心をさへに散らすかな花をさそへる春のやま風  0250:〇周・新古十六「題しらず」・宮河九番左・玄玉六 世の中を思へばなべて散る花の我身をさてもいづちとかせむ  0251:〇御裳五番左・雲葉 思ひかへす悟りやけふはなからまし花にそめおく色なかりせば  0252:〇周・宮河十番右・玄玉六                  〔いづ2(宮)〕            〔に1(宮)〕 風もよし花をも散らせいかがせんおもひはつればあらまうき世ぞ  0253:〇新勅二「題しらず」 風吹けば花の白浪岩こえてわたりわづらふ山川のみづ  0254:〇周 鶯の聲にさくらぞ散りまがふ花のことばを聞くここちして  0255:〇周 花も散りなみだももろき春なれやまたやはとおもふ夕暮の空  0256:〇月三 ありとてもいでやさこそはあらめとて花ぞ憂き世を思ひしりける  0257:  百首の歌の中に花十首 吉野山花の散りにし木のもとにとめし心は我を待つらむ  0258:              〔て1(イ)〕 よしの山高嶺のさくらさきそめばかからんものか花の薄雲  0259: 人はみな吉野の山へ入りぬめり都の花にわれはとまらむ  0260:       〔見せじ3(イ)〕  〔いる2(イ)〕       〔と1(イ)〕 尋ねつる人には具さじ山櫻われとを花にあはむと思へば  0261: 山櫻さきぬと聞きて見にゆかむ人をあらそふ心とどめて  0262: 山ざくらほどなくみゆる匂ひかな盛を人にまたれ/\て  0263:             〔やど2(イ)〕        〔に1(イ)〕 花の雪庭につもると跡つけじかどなき宿といひちらさせて  0264: ながめつるあしたの雨の庭の面に花の雪しく春の夕暮  0265: 吉野山ふもとの瀧にながす花や嶺につもりし雪の下水  0266: ねにかへる花をおくりて吉野山夏のさかひに入りて出でぬる  0267:周「花」  遠山殘花 吉野山一むら見ゆる白雲は咲きおくれたる櫻なるべし  0268:周・夫木「花歌中」  落花の歌あまたよみけるに 勅とかやくだす御門のいませかしさらば恐れて花やちらぬと  0269:周「花」 波もなく風ををさめし白川の君のをりもや花は散りけむ  0270: いかでわれ此世の外の思ひ出に風をいとはで花をながめむ  0271:宮河六番左・御裳集春中・續拾遺二          〔と1(イ)〕      〔と1(イ)〕〔花に心を4(續拾)〕 年を經て待つも惜しむも山櫻心を春はつくすなりけり  0272:周「花」 吉野山谷へたなびく白雲は嶺の櫻の散るにやあるらむ  0273:△此の歌一首古冩本によりて補ふ 吉野山嶺なる花はいづかたの谷にかわきて散りつもるらむ  0274: 山おろしの木のもとうづむ花の雪は岩井にうくも氷とぞみる  0275:周・夫木「山路落花」・心     〔錦3イ〕               〔ごえ(心)〕 春風の花のふぶきにうづもれて行きもやられぬ志賀の山道  0276:周 たちまがふ嶺の雪をば拂ふとも花をちらさぬ嵐なりせば  0277:夫木「家集花歌」 よしの山花ふき具して峰こゆる嵐は雲とよそに見ゆらむ  0278:周・宮河八番左 惜しまれぬ身だにも世にはあるものをあなあやにくの花の心や  0279:月七・周・宮河八番右・夫木・玉葉二・御裳集春・玄玉六 うき世にはとどめおかじと春風のちらすは花を惜しむなりけり  0280:周・夫木「家集」 もろともに我をも具してちりね花うき世をいとふ心ある身ぞ  0281:周      〔なからむ4イ〕 思へただ花のちりなむ木のもとは何をかげにて我身住みなむ  0282:周・自讚歌・新古二「題しらず」 ながむとて花にもいたく馴れぬれば散る別こそ悲しかりけれ  0283:   〔ども2(イ)〕 惜しめばと思ひげもなくあだにちる花は心ぞかしこかりける  0284:周 梢ふく風の心はいかがせんしたがふ花のうらめしきかな  0285:周                     〔なさけ3イ〕 いかでかは散らであれとも思ふべき暫しと慕ふなげき知れ花  0286: 木のもとの花に今宵は埋もれてあかぬ梢を思ひあかさむ  0287:周・夫木「家集落花を」    〔に1イ・フ〕 このもとの旅寢をすれば吉野山花のふすまを着する春風  0288: 雪と見えてかぜに櫻の亂るれば花のかさ着る春の夜の月  0289:周                   〔たねと3イ〕 ちる花を惜しむ心やとどまりて又こむ春のたねになるべき  0290:周      〔うご2(イ)〕 春ふかみ枝もゆるがでちる花は風のとがにはあらぬなるべし  0291:周         〔吹く2(イ)〕 あながちに庭をさへはく嵐かなさこそ心に花をまかせめ  0292:夫木「家花集歌中」【ママ】 あだにちるさこそ梢の花ならめすこしはのこせ春の山風  0293: 心えつただ一すぢに今よりは花を惜しまで風をいとはむ  0294: よしの山櫻にまがふ白雲の散りなむ後は晴れずもあらなむ  0295: 花を見ばさすがなさけをかけましを雲とて風の拂ふなるべし  0296:周 〔にちる3イ〕 風さそふ花の行方は知らねども惜しむ心は身にとまりけり  0297:周 花ざかり梢をさそふ風なくてのどかに散らむ春にあはばや  0298:〇聞  花のちりけるを見てよみける 命をしむ人やこの世になからまし花にかはりて散る身と思はば  0299:〇聞 山櫻さけばこそ散るものは思へ花なき世にてなどなかりけむ  0300:夫木「家集」  雨中落花 梢うつ雨にしをれてちる花の惜しき心を何にたとへむ  0301:夫木「家集」  風の前の落花といふことを 山ざくら枝きる風の名殘なく花をさながらわが物にする  0302:玉葉二・夫木「山路ちる花」・周「花」  山路落花 ちりそむる花の初雪ふりぬればふみ分けまうき志賀の山越  0303:  夢中落花といふことを、前齋院にて人々  よみけるに 春風の花をちらすと見る夢は覺めても胸のさわぐなりけり  0304:周「卯月朔日になりて後、花を思ふといふことを」  散りて後花を思ふといふことを 青葉さへみれば心のとまるかな散りにし花の名殘と思へば  0305:  讚にならびてたてりける柳に、花の散り  かかりけるを見て               〔に1(イ)〕 吹きみだる風になびくと見しほどは花ぞ結べる青柳の糸  0306:周      〔る櫻に4イ〕  花の散りたりけるに並びて咲きはじめ 〔し花を4イ〕  ける櫻を見て   〔みて3イ〕 ちるとみれば又咲く花の匂ひにもおくれさきだつためしありけり  0307:〇聞・周「花」・宮河九番右・玄玉六  寄花述懷          〔し1イ〕 花さへに世を浮草になりにけり散るををしめばさそふ山みづ  0308:〇聞 花の色にかしらの髮し咲きぬれば身は老い木にぞなりはてにける  0309:  苗代 苗代の水を霞はたなびきてうちひのうへにかくるなりけり  0310:  題しらず たしろみゆる池のつつみのかさそへてたたふる水や春のよの爲め  0311: 庭にながす清水の末をせきとめて門用やしなふ頃にもあるかな  0312:周・宮河廿一番左・風雅三「春歌中」・御裳集春上・月二  蛙     〔荒田2イ(風・宮)〕 ま菅おふる山田に水をまかすれば嬉しがほにも鳴く蛙かな  0313: みさびゐて月も宿らぬ濁江にわれすまむとて蛙鳴くなり  0314:夫木「家集みづの川にて」  題しらず             〔へ1フ〕 かり殘すみづの眞菰にかくろひてかけもちがほに鳴く蛙かな  0315:  菫 あとたえて淺茅しげれる庭の面に誰分け入りて菫つみけむ  0316:夫木「家集菫菜」                  〔わかなかるべし7(イ)〕 誰ならむあら田のくろに菫つむ人は心のわりなかりけり  0317:〇周・御裳集春上 古さとの昔の庭を思ひ出でてすみれつみにとくる人もがな  0318:夫木「家集よこ野」  題しらず 菫さくよこ野のつばな生ひぬれば思ひ/\に人かよふなり  0319:夫木「家集」        〔しばふ2フ〕     〔さき2フ〕 つばなぬく北野の茅原あせ行けば心すみれぞ生ひかはりける  0320:夫木  山路躑躅 はひ1(イ)〕 岸1フ〕 岩つたひ折らでつつじを手にぞとるさかしき山のとり所には  0321:夫木  躑躅山の光たりといふことを        〔ね1フ〕       〔ねに2イ〕 躑躅咲く山の岩かげ夕ばえてをぐらはよその名のみなりけり  0322:〇夫木「家集」  題しらず 神路山いはねのつつじ咲きにけりこらがまそでの色にふりつつ  0323:風躰一  かきつばた             〔にへだてゝさける7(風躰)〕        〔も1(風躰)〕 沼水にしげる眞菰のわかれぬを咲き隔てたるかきつばたかな  0324:〇夫木「家集」 廣澤のみぎはに咲ける杜若いくむかしをかへだて來ぬらむ  0325:〇周                       〔うらわかみ2〕 つくりすてあらしはてたる澤小田にさかりにさける杜若かな  0326:  山吹 きし近みうゑけん人ぞ恨めしき波にをらるる山吹の花  0327:周    〔ちるやど3(イ)〕    〔のさかり3イ〕 山吹の花咲く里に成りぬればここにもゐでとおもほゆるかな  0328:  伊勢にまかりたりけるに、みつと申す所  にて、海邊の春の暮といふことを、神主ど  もよみけるに 過ぐる春潮のみつより船出して波の花をやさきに左つらむ  0329:周  春のうちに郭公をきくといふことを       〔はてぬ3イ〕 嬉しとも思ひぞわかぬ郭公春きくことの習ひなければ  0330:〇周  暮春 春くれて人ちりねめり芳野山花のわかれを思ふのみかは  0331:周         〔侍りし3イ〕  三月一日たらで暮れけるによみける 春ゆゑにせめても物を思へとやみそかにだにもたらで暮れぬる  0332:  三月晦日に 今日のみと思へばながき春の日も程なく暮るる心地こそすれ  0333: 行く春をとどめかねぬる夕暮はあけぼのよりもあはれなりけり  Subtitle 夏歌  0334:萬代夏  題しらず 限あれば衣ばかりをぬぎかへて心は花をしたふなりけり  0335:周       〔侍しに3イ〕  夏の歌をよみけるに 草しげる道かりあけて山ざとは花みし人の心をぞみる  0336:  夜卯花 まがふべき月なきころの卯花はよるさへさらす布かとぞ見る  0337:夫木「家集水邊卯花」  水邊卯花 立田川きしのまがきを見渡せばゐせぎの波にまがふ卯花  0338: 山川の波にまがへるうの花を立かへりてや人は折るらむ  0339:周  社頭卯花 神垣のあたりに咲くもたよりあれやゆふかけたりとみゆる卯花  0340:〇周  卯花似雪 雪わけてとやまをいでし心地して卯花しげきを野のほそ徑  0341:周  時鳥 わが宿に花たちばなをうゑてこそ山時鳥待つべかりけれ  0342: 尋ぬれば聞きがたきかと時鳥こよひばかりはまちこころみむ  0343: 時鳥まつ心のみつくさせて聲をば惜しむ五月なりけり  0344:〇聞 我ぞまつはつね聞かましほととぎすまつ心をも思ひしられば  0345:〇聞・周・雲葉「題しらず」        〔れかし3(雲)〕 たち花のさかり知らなむほととぎす散りなむのちに聲はかるとも  0346:〇聞 よそに聞くはおぼつかなきにほととぎすわが軒にさく橘になけ  0347:  雨中待郭公といふことをよみける ほととぎすしのぶ卯月も過ぎにしを猶聲惜しむ五月雨の空  0348:周  郭公を待ちてむなしく明けぬといふこ  とを                     〔こそ聞ゆれ5イ〕 時鳥なかで明けぬと告げがほにまたれぬ鳥のねぞ聞ゆなる  0349: 郭公きかで明ぬる夏の夜の浦島の子はまことなりけり  0350:  人にかはりて まつ人の心を知らば郭公たのもしくてや夜をあかさまし  0351:新後撰十七「無言の行し侍りける頃郭公を聞きて」・周   〔し侍りし頃6イ〕  無言なりけるころ、郭公の初聲を聞きて 時鳥人にかたらぬ折にしも初音聞くこそかひなかりけれ  0352:  不尋聞子規といふことを、賀茂社にて人  々よみけるに 郭公卯月のいみにゐこもるを思ひ知りても來鳴くなるかな  0353:〇殘  夢にほととぎすを聞くといふことを ひとかたにうつつおもはぬ夢ならば又もやきくとまどろみなまし  0354:周・御裳十六番右・御裳集夏  雨中時鳥 五月雨の晴間もみえぬ雲路より山時鳥なきて過ぐなり  0355:〇殘・夫木 橘のにほふ梢にさみだれて山ほととぎす聲かをるなり  0356:〇殘 ほととぎす五月の雨をわづらひて尾の上のくまの杉に鳴くなり  0357:〇殘・夫木  隣をあらそひて郭公を聽くといふ事を 誰がかたに心さすらむ郭公さかひの松のうれに鳴くなり  0358:〇殘・夫木「家集」  取草苗聞郭公 郭公聲にうゑめのはやされて山田のさ苗たゆまでぞ取る  0359:周・玉葉三・萬代夏  夕暮時鳥といふことを 里なるるたそがれどきの郭公きかずがほにてまた名のらせむ  0360:夫木「山寺時鳥」  山寺の時鳥といふここを人々よみける  に 郭公ききにとてしもこもらねど初瀬の山はたよりありけり  0361:〇聞  月前郭公 五月雨の雲かさなれる空はれて山ほととぎす月に鳴くなり  0362:  時鳥を 時鳥きく折にこそ夏山の青葉は花におとらざりけれ  0363:周・新後拾三「題しらず」                  〔で1(新後)〕                        〔ば1(新後)〕 蜀魂おもひもわかぬ一聲を聞きつといかが人にかたらむ  0364: ほととぎすいかばかりなる契にて心つくさで人の聞くらむ  0365: かたらひしその夜の聲は時鳥いかなる世にも忘れむものか  0366:                   〔かげを2(イ)〕 ほととぎす花橘はにほふとも身をうの花の垣根忘るな  0367:周「時鳥の歌あまたよみ侍りしに」  時鳥の歌五首よみけるに                 〔ぬる2(イ)〕                 〔ねし2イ〕                     〔ならねば4イ〕 時鳥きかめものゆゑまよはまし花を尋ねぬ山路なりせば  0368:續千載三 まつことは初音までかと思ひしに聞きふるされぬ郭公かな  0369:周「時鳥の歌あまたよみ侍りしに」 聞きおくる心を具して時鳥たかまの山の嶺こえぬなり  0370: 大井川をぐらの山の子規ゐぜきに聲のとまらましかば  0371: 時鳥そののちこえむ山路にもかたらふ聲はかはらざらなむ  0372:  百首の歌の中に郭公十首 なかむ聲や散りぬる花の名殘なるやがて待たるる時鳥かな  0373: 春くれてこゑに花咲く時鳥尋ぬることも待つもかはらぬ  0374: きかで待つ人思ひしれ時鳥ききても人は猶ぞまつめる  0375: 所がら聞きがたきかと郭公さとをかへても待たむとぞ思ふ  0376: 初聲を聞きての後は時鳥待つも心のたのもしきかな  0377: さみだれの晴間尋ねて郭公雲井につたふ聲聞ゆなり  0378: 郭公なべて聞くには似ざりけり深き山べのあかつきの聲  0379:                      〔かな2(イ)〕 時鳥ふかき山邊にすむかひは梢につづく聲を聞くなり  0380:          〔なむ(イ)〕 よるの床をなきうかされむ時鳥物思ふ袖をとひにきたらば  0381:                   〔かは2(イ)〕 郭公月のかたぶく山の端に出でつるこゑのかへりいるかな  0382:〇聞  郭公 あやめふく軒ににほへる橘に杜鵑啼くさみだれのころ  0383:〇殘「五日待郭公といふことを」・夫木 あやめふく軒ににほへる橘に來てこゑ具せよ山ほととぎす  0384:〇聞 ほととぎす曇りわたれる久方のさ月の空に聲のさやけさ  0385:〇聞 烏羽玉のよる鳴く鳥はなきものを又たぐひなき山時鳥  0386:〇聞 よる啼くにおもひしられぬ杜鵑かたらひてけりかつらぎの神  0387:〇聞 待つはなほたのみありけり時鳥聞くともなしにあくるんののめ  0388:〇聞・夫木・周・御裳十五番左 鶯の古巣より立つほととぎすあゐよりもこき聲の色かな  0389:〇聞 冬きくはいかにぞいひてほととぎすいむをりの名かしでのたをさは  0390:〇聞 こゑたてぬ身をうの花のしのび音は哀ぞふかき山ほととぎす  0391:〇聞 うの花のかげにかくるる音のみかは涙をしのぶ袖もありけり  0392:〇聞 あはれこもるおもひをかこふかきねをばすぎて語らへ山時鳥  0393:〇聞・周 わが思ふ妹がりゆきてほととぎすねざめの袖のあはれつたへよ  0394:〇聞 つく%\とほととぎすもや物を思ふ鳴く音にはれぬ五月雨の空  0395:〇周・殘・御裳十五右・新古三・御裳集夏 間かずともここをせにせむ郭公山田の原の杉のむらだち  0396:〇周 世のうきをおもひし知ればやすきねをあまりこめたる時鳥かな  0397:〇周 うき身しりて我とはまたじ時鳥たちばなにほふとなりたのみて  0398:〇周 待ちかねて寢たらばいかにうからまし山ほととぎす夜をのこしけり  0399:〇周 ほととぎす花橘になりにけり梅にかをりし鶯のこゑ  0400:〇周 時鳥こゑのさかりになりにけりたづねし人にさかりつぐらし  0401:〇周・御裳十四番右 浮世おもふ我かはあなや時鳥あはれもこもるしのびねの聲  0402:〇周・雲葉四「題しらず」                       〔なりけん4(雲)〕 ほととぎすいかなる聲の契りにてかかる聲ある鳥となるらん  0403:〇周 高砂の尾の上をゆけど人もあはず山ほととぎす里なれにけり  0404:〇周・御裳十六番左・御裳集夏・新古三 ほととぎすふかきみねより出にけり外山のすそにこゑのおちくる  0405:夫木「家集」 郭公なきわたるなる波の上にこゑたたみおく志賀のうら風  0406:夫木「家集」 晝はいでてすがたの池にかげうつせ聲をのみきく山ほととぎす  0407:御裳十四番左・御裳集夏 つくづくと物思ひをれば時鳥こころにあまる聲きこゆなり  0408:宮河廿二番左・御裳集夏                   〔なりつるみねつづきかな10(御裳集)〕 ほととぎす谷のまにまにおとづれてあはれに見ゆる藤つつじかな  0409:宮河二十二番右 人聞かぬ深き山べの時鳥なくねもいとどさびしかるらん  0410: 山里の人もこずゑの松がうれにあはれにきゐる時鳥かな  0411: ならべける心はわれか郭公君まちえたる宵のまくらに  04l2:〇聞「夏の歌に」 卯の花をかきねに植ゑて橘の花まつものを山ほととぎす  0413:  五月の晦日に、山里にまかりて立ちかへ  りにけるを、時鳥もすげなく聞き捨てて  歸りしことなど、人の申し遣しける返ご  とに 時鳥なごりあらせて歸りしが聞き捨つるにも成りにけるかな  0414:  五日、さうぶを人の遣したりけるかへり  事に 世のうきにひかるる人はあやめ草心のねなき心地こそすれ  0415:夫木「家集」  さることありて人の物申し遣しける返  ごとに、五日             〔にし2(イ)〕   〔らまし3イ〕 折にあひて人に我身やひかれましつくまの沼の菖蒲なりせば  0416:夫木「家集」 〔かやう院に3フ〕  高野の中院と申す所に、菖蒲ふきたる坊  の侍りけるに、櫻のちりけるが珍らしく  おぼえてよみける     〔をかざれる5フ〕  〔さうふ3フ〕 櫻ちるやどにかさなるあやめをば花あやめとやいふべかるらむ  0417:  坊なる稚兒これを聞きて〔この詞書冩本による、流布本になし〕 ちる花を今日の菖蒲のねにかけてくすだまともやにふべかるらむ  0418:  五月五日、山寺へ人の今日いるものなれ  ばとて菖蒲を遣したりける返事に 西にのみ心そかかるあやめ草この世ばかりの宿と思へば  0419: みな人の心のうきはあやめ草西に思ひのひかぬなりけり  0420: 五月雨の軒の雫に玉かけて宿をかざれるあやめぐさかな  0421:〇周  五月會に能野へまゐりて下向しけるに  日高に、宿にかつみを菖蒲にふきたりけ  るを見て かつみふく態野詣のとまりをばこもくろめとはいふべかるらむ  0422:夫木「夏歌中」  題しらず                        〔ならまし4フ〕 空晴れて沼のみかさをおとさずばあやめもふかぬ五月なるべし  0423:宮河廿一番右  五月雨                  〔すつる3(イ)〕 水たたふ入江の眞菰かりかねてむな手にすぐる五月雨の頃  0424:周・夫木「家集五月雨」                  〔かかる3(イ)〕 五月雨に水まさるらし宇治橋のくもでにかくる波のしら糸  0425:△この一首古冩本を以て補ふ 五月雨は岩せく沼の水深みわけし石まのかよひ路もなし  0426:夫木 こ笹しく古里小野の道のあとを又さはになす五月雨のころ  0427: つくづくと軒の雫をながめつつ日をのみ暮らす五月雨のころ  0428: 東屋のをがやが軒のいと水に玉ぬきかくるさみだれの頃  0429: 五月雨に小田のさ苗やいかならむあぜのうき土あらひこされて  0430:                        〔へ1イ〕 さみだれの頃にしなれば荒小田に人にまかせぬ水たたひけり  0431:  ある所にて五月雨の歌十五首よみ侍り  し、人にかはりて  〔十五首とあれども實數十六首あり〕 さみだれにほすひまなくてもしほぐさ煙もたてぬ浦の海士人  0432: 五月雨はいささ小川の橋もなしいづくともなくみをに流れて  0433:夫木「家集五月雨【」】 水無瀬河をちのかよひぢ水みちて船わたりする五月雨の頃  O434:夫木「家集五月雨」           〔みをつくし5(イ)〕        〔おき2(イ)〕   〔ぞふかき4(イ)〕 ひろせ河わたりのせきのみをじるしみかさそふらし五月雨のころ  0435:周 はやせ川綱手のきしをよそに見てのぼりわづらふさみだれの頃  0436: 水わくる難波ほり江のなかりせばいかにかせまし五月雨のころ  0437:夫木「家集五月雨」                   〔ら1フ〕 〔すゑ2(イ)〕    〔絶2(イ)フ〕 舟とめしみなとのあし間さをたてて心ゆくみむ五月雨のころ  0438: みな底にしかれにけりなさみだれてみづの眞菰をかりにきたれば  0439:夫木「家集夏歌中」   〔も1フ〕 五月雨のをやむ晴間のなからめや水のかさほせまこもかり舟  0440:夫木「家集五月雨歌中」 さみだれに佐野の舟橋うきぬればのりてぞ人はさしわたるらむ  0441: 五月雨の晴れぬ日數のふるままに沼の眞菰はみがくれにけり  0442:夫木「家集五月雨」/周 水なしと聞きてふりにしかつま田の池あらたむる五月雨の頃  0443:夫木「五月雨」                    〔たき2(イ)〕 五月雨は行くべき道のあてもなしを笹が原もうきに流れて  0444:夫木「家集五月雨十五首中」 さみだれは山田のあぜの瀧枕かずをかさねておつるなりけり  0445:周                 〔になる3イ〕 河わだのよどみにとまる流木のうき橋わたす五月のころ  0446:    〔に1(イ)〕 おもはずもあなづりにくき小川かな五月の雨に水まさりつつ  0447:○聞「夏歌に」  題しらず 五月雨れて沼田のあぜにせしかきに水もせかれぬしがらみのしば  0448:○聞「夏歌に」・夫木「家集五月雨」        〔ほそ1(聞)〕 流れやらでつたの入江にまく水は舟をぞむやふ五月雨のころ  0449:○夫木「百首歌」・雲紫夏「題しらず」 五月雨ははら野の原に水みちていづくみかはの沼の八つ橋  0450:  深山水鷄 杣人の暮にやどかる心地していほりをたたく水鷄なりけり  0451:○聞  連夜聞水鷄 たけの戸を夜ごとにたたく水鷄かなふしながら聞く人をいさめて  0452:○雲葉夏  題しらず 夜もすがらささで人待つ槇の戸をなぞしもたたく水鷄なるらむ  0453:萬代夏 夏の夜はしのの小竹のふし近みそよや程なく明くるなりけり  0454:  夏月歌よみけるに なつの夜も小笹が原に霜ぞおく月の光のさえしわたれば  0455:                 〔ぞみる3(イ)〕 山川の岩にせかれてちる波をあられとみする夏の夜の月  0456:周・夫木「家集」  雨後夏月                      〔上2イ〕 夕立のはるれば月ぞやどりける玉ゆりすうる荷のうき葉に  0457:夫木「家集月歌中」・周  海邊夏月 露のぼる蘆の若葉に月さえて秋をあらそふ難波江の浦  0458:  池上夏月    〔し1(イ)〕 かげさえて月しも殊にすみぬれば夏の池にもつららゐいにけり  0459:  泉にむかひて月をみるといふことを むすびあぐる泉にすめる月かげは手にもとられぬ鏡なりけり  0460:周           〔したふ3(イ)〕 むすぶ手に涼しきかげをそふるかな清水にやどる夏の夜の月  0461:  撫子 かき分けて折れば露こそこぼれけれ清水にやどる夏の夜の月  0462:  雨中撫子 露おもみそのの撫子いかならむ荒らく見えつる夕立のそら  0463:○  撫子のませに瓜の蔓のはひかかりたり  けるに、小さき瓜どものなりたりけるを  見て、人のよめと申せば 撫子のませにぞはへるあたこ瓜おなじつらなる名をしたひつつ  0464:  照射 ともしするほぐしの松もかへなくにしかめあはせで明す夏の夜  0465:周  夏野草 みまくさに原の小薄しがふとてふしどあせぬとしか思ふらむ  0466:○・夫木「家集」・萬代夏 みまくさにはら野の薄かりに來て鹿のふしどを見おきつるかな  0467:○・聞  山家夏深しといへることをよみけるに 山里は雪深かりしをりよりはしげる葎ぞ道はとめける  0468:周  旅行野草深といふことを たび人の分くる夏野の草しげみ葉末にすげの小笠はづれて  0469:  行旅夏といふことを 雲雀あがるおほ野の茅原夏くれば涼む木かげをねがひてぞ行く  0470:周「述懷」  題しらず                          〔ねば2イ〕 くれなゐの色なりながら蓼の穗のからしや人のめにもたてぬは  0471:夫木「家集草歌」  〔は1(イ)〕 蓬生のさることあれや庭の面にからすあふぎのなどしげるらむ  0472:○夫木「百首歌」 あさてほす賤がはつきをたよりにてまとはれて咲く夕がほの花  0473: 夏の夜の月みることやなかるらむかやり火たつる賤の伏屋は  0474:○萬代夏「題しらず」 露つつむ池のはちすのまくり葉にころもの玉を思ひしるかな  0475:  蓮滿池といふことを                 〔は1(イ)〕 おのづから月やどるべきひまもなく池に蓮の花咲きにけり  0476:  となりの泉 風をのみ花なきやどは待ち/\て泉のすゑを又むすぶかな  0477:  題しらず 君がすむきしの岩より出づる水の絶えぬ末をぞ人も汲みける  0478:○聞  水邊柳 さとにくむふるかはかみのかげになりて柳の枝も水むすびけり  0479:  水邊納涼といふことを、北白河にてよみ  ける 水の音にあつさ忘るるまとゐかな梢のせみの聲もまぎれて  0480:  木陰納涼といふことを人々よみけるに けふもまた松の風ふく岡へゆかむ昨日すずみし友にあふやと  0481:周  夕暮の涼みをよみ侍りしに〔詞書「周」による〕 夏山の夕下風のすずしさにならの木かげのたたまうきかな  0482:○新古三・御裳集夏・玄玉二  題不知   〔に1(新古)〕              〔け1(玄)〕 道のべの清水ながるる柳かげしばしとてこそたちどまりつれ  0483:○新古三「題しらず」 よられつる野もせの草のかげろひて涼しく曇るゆふ立の空  0484:○夫木「家集」 なみたてる川原柳のあをみどり涼しくわたる岸のゆふ風  0485:○聞・夫木「家集夏歌中」 澤水に螢のかげのかずぞそふわが魂やゆきてくすらむ  0486:○聞・夫木「家集夏歌中」 覺えぬをたがたましひの來るらむと思へば軒に螢とびかふ  0487: 柳はら河風ふかぬかげならばあつくやせみの聲にならまし  0488:周・夫木「家集」・宮河廿三番右・御裳集夏 ひと木生ひて6(御裳集)〕    〔たつ2イ〕 ひさぎ生ひて涼めとなれるかげなれや波打つ岸に風わたりつつ  0489:○聞「夏の歌に」 なかなかに浮草しげる夏の池は月すまねどもかげぞすずしき  0490:○聞・夫木 底すみて浪こまかなるさざれ水渡りやられぬ山がはのかげ  0491:  涼風如秋 まだきより身にしむ風のけしきかな秋さきだつるみ山べの里  0492:  松風如秋といふことを、北白河なる所に  て人々よみて、又水有聲秋といふことを  かさねけるに       〔にか2(イ)〕 松風の音のみならず石ばしる水にも秋はありけるものを  0493:周・續後撰四「題しらず」  山家待秋                        〔こそ待て4(續後)〕 山里はそとものまくず葉をしげみうら吹きかへす秋を待つかな  0494:○聞・夫木  雨中待秋 萩が葉に露のたまもる夕立は花待つ秋のまうけなりけり  0495:萬代雜三「題しらず」  題しらず 荒れにける澤田のあぜにくらら生ひて秋待つべくもなきわたりかな  0496:夫木「家集」     〔うちひのみづを6フ〕     〔およばざりけり7フ〕 つたひくるかけひを絶ずまかすれば山田は水もおもはざりけり  0497:  六月祓       〔とり2(イ)〕 みそぎしてぬさきりながす河の瀬にやがて秋めく風ぞ涼しき  Subtitle 秋歌  0498:周  山家初秋    〔に1イ〕 さまざまのあはれをこめて梢ふく風に秋しるみ山べのさと  0499:  山居初秋 秋たつと人は告げねど知られけり山のすそ野の風のけしきに  0500:○御裳集秋上  題しらず 思ひそむる心の色もかはりけりけふ秋になる夕ぐれの空  0501:周・新拾四  初秋の頃、なるをと申す所にて、松風の音  を聞きて      〔の1(新)〕        〔物にぞありける6イ〕 つねよりも秋になるをの松風はわきて身にしむ心地こそすれ  0502:○周・宮河廿六番左・新古四・玄玉四・御裳集秋上  秋風 おしなべて物を思はぬ人にさへ心をつくす秋のはつ風  0503:○新古四・玄玉三・御裳十七番左・御裳集秋上・周 あはれいかに草葉の露のこぼるらむ秋風たちぬ宮城野のはら  0504:夫木「家集」  題しらず         〔たに1フ〕 すがるふすこぐれが下の葛まきを吹うらがへす秋の初風  0505:○夫木「家集夕下風」 夏やまの夕した風のいつの間におと吹かへて秋の來ぬらむ  0506:夫木「家集初秋月」  ときはの里にて初秋月といふことを人  々よみけるに                      〔にひ2(イ)〕 秋立つと思ふに空もただならでわれて光を分けむ三日月  0507:夫木「家集夕歌七【七夕歌3】中」  七夕 いそぎ起きて庭の小草の露ふまむやさしき數に人や思ふと  0508: 暮れぬめり今日まちつけて棚機は嬉しきにもや露こぼるらむ  0509:夫木「家集七夕を」                   〔き1フ〕 天の河けふの七日は長き世のためしにもひくいみもしつべし  0510:周「七夕を」        〔瀬1イ〕          〔す1イ〕 ふねよする天の川べの夕ぐれは涼しき風や吹きわたるらむ  0511: 待ちつけて嬉しかるらむたなばたの心のうちぞ空に知らるる  0512:○周「七夕を」 七夕のながき思ひもくるしきにこの瀬をかぎれ天の川なみ  0513:○御裳十七番右・雲葉五 七夕の今朝の別の涙をばしぼりやかぬる天のはごろも  0514:  蜘蛛のいがきたるを見て ささがにのくもでにかけて引く糸やけふ棚機にかささぎの橋  0515:○夫木「百首歌」 天の川ながれてくだる雨をうけてたまのあみはる笹蟹のいと  0516:千載四「題しらず」・周・御裳十八番左・御裳集秋上  秋の歌に露をよむとて          〔なりならむ5(御裳)〕 おほかたの露には何のなるならむ袂におくは涙なりけり  0517:  題しらず          〔に1(イ)〕 いそのかみ古きすみかへ分け入れば庭のあさぢに露ぞこぼるる  0518:夫木「家集」   〔末葉3フ〕    〔石2フ〕 小笹原葉ずゑの露の玉に似てはしなき山を行く心地する  0519:周・新續古十七「秋の歌の中に」・萬代秋上「秋の歌中に」  荻                   〔わたる3イ〕 思ふにも過ぎてあはれにきこゆるは荻の葉みだる秋の夕風  0520:  荻の風露をはらふ をじか伏す萩咲く野邊の夕露をしばしもためぬ荻の上風  0521:  隣の夕ベの荻の風 あたりまであはれ知れともいひがほに荻の音する秋の夕風  0522:  題しらず          〔はし1(イ)〕 おしなべて木草の末の原までもなびきて秋のあはれ見えける  0523:周  野萩似錦といふことを 今日ぞ知るその江にあらふ唐錦萩さく野邊にありけるものを  0524:  萩滿野 咲きそはん所の野邊にあらばやは萩より外の花も見るべく  0525:  萩滿野亭 分けて出づる庭しもやがて野邊なれば萩のさかりをわが物にみる  0526:夫木「秋歌中」  題しらず いはれ野の萩が絶間のひま/\にこの手がしはの花咲にけり  0527: 衣手にうつりし花の色なれや袖ほころぶる萩の花ずり  0528:  終日見野花 亂れ咲く野邊の萩原分け暮れて露にも袖を染めてけるかな  0529:周  野徑秋風 〔葉1(イ)〕 末は吹く風は野もせにわたるともあらくは分けじ萩の下露  0530:  女郎花                        〔しならば4(イ)〕 をみなへし分けつる袖と思はばやおなじ露にもぬると知れれば  0531:夫木「家集女郎花」            〔へん2フ〕 女郎花色めく野邊にふれはらふ袂に露やこぼれかゝると  0532:夫木「家集池邊女郎花と云事を」  水邊女郎花                    〔する2(イ)〕 池の面にかげをさやかにうつしても水かがみ見る女郎花かな  0533: たぐひなき花のすがたを女郎花池のかがみにうつしてぞ見る  0534:夫木・萬代秋上「水邊女郎花といへることを」  女郎花近水 をみなへし池のさ波に枝ひじて物思ふ袖のぬるるがほなる  0535:周・宮河十七番右・玄玉七  女郎花帶露 〔がえ2イ(宮)〕 花の枝に露のしら玉ぬきかけて折る袖ぬらす女郎花かな  0536: 折らぬより袖ぞぬれける女郎花露むすぼれて立てるけしきに  0537:  草花露重 けさみれば露のすがるに折ふして起きもあがらぬ女郎花かな  0538:夫木「女郎花を」 大方の野邊の露にはしをるれど我が涙なきをみなへしかな  0539:○宮河十七番左  題しらず 秋きぬと風にいはせてくちなしの色にぞ染むる女郎花かな  0540:夫木「家集秋歌中」 糸すすきぬはれて鹿の伏す野べにほころびやすき藤袴かな  0541:  霧中草花 穗に出づるみ山が裾のむら薄まがきにこめてかこふ秋霧  0542:周・夫本「家集野路と云ふ所にて」  行路草花                〔のみしげき5フイ〕               〔荻1(イ)〕         〔はかかりけり6イ・フ〕 〔路1フ〕 折らで行く袖にも露ぞこぼれける萩の葉しげき野邊の細道  0543:  草花道をさへぎるといふことを                 〔わぶる3イ〕           〔ちりて3イ〕 ゆふ露をはらへば袖に玉消えて道分けかぬる小野の萩原  0544:○聞  秋のうたに 秋の野をわくとも散らぬ露なれなたまさく萩のえだを折らまし  0545:○聞 ふるさとを誰かたづねてわけも來む八重のみしげるむぐらならねば  0546:○聞 都うとくなりにけりとも見ゆるかなむぐらしげれるみちのけしきに  0547:周・續詞花集四 〔西山にすみける頃さが野の花どもを折〕 〔りて人のもとへ遣すとて靜蓮法師  〕 〔            續詞花集四〕 〔西忍2イ〕  忍而入道西山の麓に住みけるに秋の花  いかにおもしろからんとゆかしうと申  遣しける返事に色々の花折りあつめて         〔のこるらむ5(續詞)〕 鹿の音や心ならねばとまるらむさらでは野邊をみな見するかな  0548:周・續詞花集四  かへし             〔ら1(イ)〕 鹿の立つ野邊の錦のきりはしは殘り多かる心地こそすれ  0549:  草花を しげり行く芝の下草をばな出でて招くや誰をしたふなるらむ  0550:○玄玉七  題しらず 萩が枝の露に心のむすぼれて袖にうらある秋のゆふぐれ  0551: 月のためみさびすゑじと思ひしにみどりにもしく池の浮草  0552:夫木 うつり行く色をばしらず言の葉の名さへあだなる露草の花  0553:周 〔薄當路野滋といふことを 周〕  薄當路繁 花すすき心あてにぞ分けて行くほの見し道のあとしなければ  0554:  古籬苅萱 まがき1〕 籬あれて薄ならねどかるかやも繁き野邊とはなりけるものを  0555:新勅四「題しらず」  人々秋の歌十首よみけるに 玉にぬく露はこぼれてむさし野の草の葉むすぶ秋の初風  0556: 穗に出でてしののを薄まねく野にたはれてたてる女郎花かな  0557:周「野花蟲」                          〔くなり3(イ)〕 花をこそ野邊のものとは見に來つれ暮るれば蟲の音をも聞きけり  0558:新後撰四「題しらず」 荻の葉を吹きすてて行く風の音に心みだるる秋の夕ぐれ  0559:周「夢中鹿」 晴れやらぬみ山の霧の絶え/\にほのかに鹿の聲きこゆなり。  0560:周「時雨」 かねてより梢の色を思ふかな時雨はじむるみ山べの里  0561:周・夫木「家集」玉葉四「秋歌中」 鹿の音をかき根にこめて聞くのみか月もすみけり秋の山里  0562:周 〔秋の歌ども詠み侍りしに 周〕 庵にもる月のかげこそさびしけれ山田はひたの音ばかりして  0563: わづかなる庭の小草の白露をもとめて宿る秋の夜の月  0564:周「秋の暮」宮河廿番右・御裳集秋下  〔な1イ〕 何とかく心ささへはつくすらむ我がなげきにて暮るる秋かは  0565:夫木「家集秋歌中」  秋の歌よみける中に      〔に1フ〕    〔す1(イ)〕 吹きわたる風も哀をひとしめていづくも凄き秋の夕ぐれ  0566:新古四「題しらず」・御裳集秋上「秋の歌とてよめる」 おぼつかな秋はいかなる故のあればすずろに物の悲しかるらむ  0567:續後撰集「題しらず」 何ごとをいかに思ふとなけれども袂かわかぬ秋の夕ぐれ  0568:風雅六「題しらず」・周 なにとなくものがなしくぞ見え渡る鳥羽田の面の秋の夕暮  0569:○周・新古十一七・宮河廿六番右・玄玉三 誰すみてあはれ知るらん山ざとの雨降りすさむ夕ぐれのそら  0570:○周・新古十六「題しらず」 雲かかる遠山ばたの秋されば思ひやるだにかなしきものを  0571:○周 たへぬ身に哀おもふもくるしきに秋の來ざらむ山里もがな  0572:○新古五・玄玉七・御裳廿一番右・御裳集秋下「落葉のうたとて」 松にはふまさきのかつらちりにけり外山の秋は風すさぶらむ  0573:夫木「家集」  山里に人々まかりて秋の歌よみけるに            〔すずろ3フ〕            〔心かなしき7(イ)〕        〔たかがきに4(イ)〕〔秋蝉のこゑ5フ〕 山里の外面の岡の高き木にそぞろがましき秋の蝉かな  0574:  田家秋夕 ながむれば袖にも露ぞこぼれける外面の小田の秋の夕暮  0575: 吹き過ぐる風さへことに身にぞしむ山田の庵の秋の夕ぐれ  0576:○周・御裳十九番左・御裳集秋上  ひぐらし 足曳の山陰なればと思ふまに木ずゑにつぐる日ぐらしの聲  0577:萬代雜一「秋の夕を」  題しらず 風の音に物思ふ我が色そめて身にしみわたる秋の夕暮  0578:  野亭秋夜 ねざめつつ長き夜かなといはれ野に幾秋までも我が身へぬらむ  0579:  蟲の歌よみ侍りけるに     〔おく3(イ)〕   〔ば1(イ)〕 夕されや玉うごく露の小ざさ生に聲まづならすきりぎりすかな  0580:夫木「家集秋歌中」・周・續拾遺五「題しらず」                   〔よわる2(續拾遺)〕 あき風に穗ずえ波よる苅萱の下葉に蟲の聲亂るなり  0581: きりぎりすなくなる野邊はよそなるを思はぬ袖に露ぞこぼるる  0582:夫木「秋歌中」 あき風のふけ行く野邊の蟲の音にはしたなきまでぬるる袖かな  0583: 蟲の音をよそに思ひてあかさねば袂も露は野邊にかはらじ  0584: 野邊になく蟲もや物は悲しきとこたへましかば問ひて聞かまし  0585:                    〔で1(イ)〕 あきの夜に聲も惜しまず鳴く蟲を露まどろまず聞きあかすかな  0586:玉葉四「蟲をよめる」 秋の夜を獨や鳴きてあかさましともなふ蟲の聲なかりせば  0587: あきの野の尾花が袖にまねかせていかなる人をまつ蟲の聲  0588:周 よもすがら袂に蟲の音をかけてはらひわづらふ袖の白露  0589: ひとりねの寢ざめの床のさむしろに涙催すきり%\すかな  0590: きり%\す夜寒になるを告げがほに枕のもとに來つつ鳴くなり  0591:○周・新古五「題しらず」・御裳廿一番左・自讚歌 きりぎりす夜ざむに秋のなるままによわるか聲の遠ざかりゆく  0592: 蟲の音を弱り行くかと聞くからに心に秋の日數をぞふる  0593:玉葉五「暮秋蟲をよみ侍りける」 秋深みよわるは蟲の聲のみか聞く我とてもたのみやはある  0594:周    〔つゆけかるべき7(イ)〕     〔べく2イフ〕 蟲のねにさのみぬるべき袂かはあやしや心物思ふらし  0595: 物を思ふねざめとぶらふきり%\す人よりもけに露けかるらむ  0596:周  獨聞蟲 ひとりねの友にはならで蛬なく音をきけば物思ひそふ  0597:  深夜聞蛬         〔そら1(イ)〕 我が世とやふけゆく月を思ふらむ聲もやすめぬ蛬かな  0598:  故郷蟲 草ふかみ分け入りて訪ふ人もあれやふり行く宿の鈴むしの聲  0599:夫木  雨中蟲                       〔べ1フ〕 かべに生ふる小草にわぶる蛬しぐるる庭の露いとふらし  0600:夫木「田家蟲といふことを」・周「田家蟲」  田庵聞蟲 こ萩咲く山田のくろの蟲の音に庵もる人や袖ぬらすらむ  0601:  夕道蟲  〔すぐ1(イ)〕     〔に1(イ)〕 うち具する人なき道の夕されば聲立ておくるくつわ蟲かな  0602:周 〔きりぎりすの枕べ近く鳴き侍りしに 周〕  もの心ぼそう哀なる折しも庵の枕ちか  う蟲の音きこえければ その折の蓬がもとの枕にもかくこそ失の音にはむつれめ  0603:玉葉四・周  年ごろ申なれたる人の伏見に住むと聞  きて尋ねまかりたりけるに庭の草道見  えぬほどに繁りて蟲のなきければ 〔玉葉、周、詞書少異あり〕 分けて入る袖にあはれをかけよとて露けき庭に蟲さへぞ鳴く  0604:  秋の末に松蟲を聞きて さらぬだに聲よわりにし松蟲の秋のすゑには聞きもわかれず  0605: 限あればかれ行く野邊はいかがせむ蟲の音のこせ秋の山ざと  0606:周・宮河二十四番左・御裳集秋下  十月初つかた山里にまかりたりけるに  蛬の聲のわづかにしければよみける 霜うづむ葎が下のきり%\すあるかなきかの聲きこゆなり  0607:周「曉初雁を聞きて」・新古五「題しらず」・御裳集秋上  朝聞初雁 よこ雲の風にわかるる東明に山とびこゆる初雁のこゑ  0608:  船中初雁             〔の1(イ)〕 沖かけて八重の潮路を行く船はほのかにぞ聞く初雁のこゑ  0609:周「雁」・新捨五・宮河十九番右・御裳集秋上  入夜聞雁 からす羽にかく玉づさのここちして雁なき渡る夕やみの空  0610:周・新古五「題しらず」・宮河十九番左・御裳集秋上  雁聲遠近        〔とぶ2イ〕 白雲を翅にかけて行く雁の門田のおもの友したふなり  0611:  霧中雁 玉づさのつづきは見えで雁がねの聲こそ霧にけたれざりけれ  0612:  霧上雁 空色のこなたをうらに立つ霧のおもてに雁のかくる玉章  0613:  題しらず つらなりて風に亂れて鳴く雁のしどろに聲のきこゆなるかな  0614:周「鴫」・新古四「題しらず」・御裳十八番右・御裳集秋上  秋ものへまかりける道にて 心なき身にもあはれは知られけり鴫たつ澤の秋の夕ぐれ  0615:周・夫木「曉鹿といふことを」  曉鹿                         〔くらむ3イフ〕 夜を殘す寢ざめに聞くぞあはれなる夢野の鹿もかくや鳴きけむ  0616:周「夕暮鹿」  夕暮聞鹿      〔ど1イ〕 篠原や霧にまがひて鳴く鹿の聲かすかなる秋の夕ぐれ  0617:新古五「題しらず」・周・御裳集秋上  田庵鹿 小山田の庵近く鳴く鹿の音におどろかされておどろかすかな  0618:夫木  幽居聞鹿             〔もの2(イ)〕 隣ゐぬ畑の假屋に明かす夜はしか哀なるものにぞありける  0619:新後撰四・夫木  秋の頃人を尋ねて小野にまかりたりけ  るに鹿の鳴きければ 鹿の音を聞くにつけても住む人の心しらるる小野の山里  0620:  小倉の麓に住み侍りけるに鹿の鳴きけ  るを聞きて をじか鳴く小倉の山の裾ちかみただひとりすむ我が心かな  0621:  鹿 しだり咲く萩のふる枝に風かけてすがひ/\にを鹿なくなり  0622: 萩が枝の露ためず吹く秋風にをじか鳴くなり宮城野の原  0623: よもすがら妻こひかねて鳴く鹿の涙や野邊のつゆとなるらむ  0624: さらぬだに秋は物のみかなしきを涙もよほすさをしかの聲  0625: 山おろしに鹿の音たぐふ夕暮を物がなしとはいふにやあるらむ  0626: しかもわぶ空のけしきもしぐるめり悲しかれともなれる秋かな  0627:周「山家鹿」                〔鹿のねたえぬ6(イ)〕 何となく住ままほしくぞおもほゆる鹿あはれなる秋の山里  0628:○聞・周・宮河十八番左・御裳集秋上                         〔よ1イ〕 山里はあはれなりやと人とはば鹿の鳴く音をきけと答へむ  0629:○周 三笠山月さしのぼる影さえて鹿鳴きそむる春日野の原  0630:○周・心「待月聞鹿」・新拾遺五・雲葉五 かねてより心ぞいとどすみのぼる月待つ峯のさを鹿のこゑ  0631:○御裳二十番左     【ひかりの5】     【ママ】 長月の月のありあけの影ふけてすそのの原にをじか鳴くなり  0632:○周・新勅四「題しらず」・宮河十八番右 小倉山麓をこむる夕霧に立ちもらさるるさをしかのこゑ  0633:  霧 鶉なく折にしなれば霧こめてあはれさびしき深草の里  0634:  霧隔行客 名殘多みむつごとつきで歸り行く人をば霧も立ちへだてけり  0635:  山家霧 立ちこむる霧の下にも埋もれて心はれせぬみ山べの里  0636: 夜をこめて竹のあみ戸に立つ霧の晴ればやがてや明けむとすらむ  0637:  題しらず 晴れがたき山路の雲に埋もれて苔の袂は霧くちにけり  0638:  寂然高野にまうでて立ち歸りて大原よ  り遣しける へだて來しその年月もあるものを名殘多かる嶺の朝霧  0639:  かへし したはれし名殘をこそはながめつれ立ち歸りにし嶺の朝ぎり  0640:  松の絶間よりわづかに月のかげろひて  見えけるを見て かげうすみ松の絶間をもり來つつ心ぼそしや三日月の空  0641:  入日影かくれけるままに月の窓にさし  入りたりければ さしきつる窓の入日をあらためて光をかふる夕月夜かな  0642:  久持月 出でながら雲にかくるる月かげをかさねて待つや二むらの山  0643:  雲間待月 秋の月いさよふ山の端のみかは雲の絶間も待たれやはせぬ  0644:  閑待月 月ならでさし入るかげもなきままに暮るる嬉しき秋の山里  0645:  八月十五夜 山の端を出づる宵よりしるきかなこよひ知らする秋の夜の月  0646:宮河十一番左・周・玄玉三 かぞへねど今宵の月のけしきにて秋の半を空に知るかな  0647: 天の川名にながれたるかひありて今宵の月はことにすみけり  0648:周       〔も1(イ)〕〔とよ2〕〔りて2イ〕 さやかなる影にてしるし秋の月十夜にあまれる五日なりけり  0649:周 うちつけに又こむ秋のこよひまで月ゆゑ惜しくなる命かな  0650:周・御裳三番右・御裳集秋中・玄玉四 秋はただこよひ一夜の名なりけりおなじ雲井に月はすめども  0651:周 おもひせぬ5〕 老いもせぬ十五の年もあるものをこよひの月のかからましかば  0652:周「八月十五夜くもりたるに」  くもれる十五夜を 〔まてば3イ〕 月みればかげなく雲につつまれて今夜ならずば闇にみえまし  0653:萬代雜二「夜もすがら月を見て」  終夜見月 誰きなむ月の光に誘はれてと思ふに夜半の明けにけるかな  0654:  霧隔月 立田山月すむ嶺のかひぞなきふもとに霧の晴れぬかぎりは  0655:周・夫木「家集月歌中」・宮河十二番左 清見潟おきの岩こすしら波に光をかはす秋の夜の月  0656: なべてなき所の名をや惜しむらむ明石はわきて月のさやけき  0657:夫木「月照瀧水」  月照瀧 雲消ゆる那智の高嶺に月たけて光をぬける瀧のしら糸  0658:  月似池氷 水なくて氷りぞしたるかつまたの池あらたむる秋の夜の月  0659:○聞 夜もすがらあかしの浦の浪の上にかげたたみおく秋の夜の月  0660:○聞「月」 あはれいかにゆたかに月をながむらむ八十船めぐるあまのつり船  0661:○聞  海上明月を伊勢にてよみけるに 月やどる浪のかひにはよるぞなきあけて二見をみる心地して  0662:○聞  古郷月 いにしへのかたみにならば秋の月さし入るかげをやどにとどめよ  0663:夫木「池上月」  池上月といふことを みさびゐぬ池のおもての清ければ宿れる月もめやすかりけり  0664:  同じこころを遍照寺にて人々よみける  に やどしもつ月の光の大澤はいかにいづこもひろ澤の池  0665:周「廣澤にて人々月を翫ぶこと侍し」・夫木「家集」 池にすむ月にかかれる浮雲は拂ひのこせるみさびなりけり  0666:○聞「月」・夫木 なにはえの岸にそなれて這ふ松をおとせてあらふ月の白浪  0667:夫木「家集月歌中」  海邊明月 難波がた月の光にうらさえて波のおもてに氷をぞしく  0668:夫木「月前女郎花」  月前草花 月の色を花にかさねて女郎花うは裳のしたに露をかけたる  0669: 宵のまの露にしをれでをみなへし有明の月の影にたはるる  0670:周  月前野花 花の色を影にうつせば秋の夜の月ぞ野守のかがみなりける  0671:  月照野花    〔はやとくや4(イ)〕 月なくば暮るれば宿へ歸らまし野べには花のさかりなりとも  0672:  月前荻 月すむと荻植ゑざらむ宿ならばあはれすくなき秋にやあらまし  0673:周  月前女花 庭さゆる月なりけりなをみなへし霜にあひぬる花と見たれば  0674:  月前薄 をしむ夜の月にならひて有明のいらぬをまねく花薄かな  0675:夫木「家集月前薄」 花すすき月の光にまがはまし深きますほの色にそめずば  0676:  月前紅葉 木の間もる有明の月のさやけきに紅葉をそへて詠めつるかな  0677:  月前鹿 たぐひなき心地こそすれ秋の夜の月すむ嶺のさを鹿の聲  0678:宮河十一番右  月前蟲 月のすむ淺茅にすだくきりぎりす露のおくにや秋を知るらむ  0679:夫木「家集月前蟲」 露ながらこぼさで折らむ月影にこ萩がえだの松蟲のこゑ  0680:周・夫木「田上月」             〔かけほすすゑに6イ〕 夕露の玉しく小田の稻むしろかへす穗末に月ぞ宿れる  0681:夫木「家集雜歌中」・周「述懷」  題しらず         〔は1フ〕 わづらはで月にはよるも通ひけり隣へつたふあぜの細道  0682:夫木「月をいただきて道を行くと云ふことを」  松の木の間よりわづかに月のかげろひ  けるを見て月をいただきて道を行くと  いふことを 汲みてこそ心すむらめ賤の女がいただく水にやどる月影  0683:  旅宿思月 月は猶よな/\毎にやどるべし我がむすび置く草のいほりに  0684:周「月」・萬代雜五  旅宿月 あはれしる人見たらばと思ふかな旅寢の床にやどる月影  0685: 月やどるおなじうきねの波にしも袖しぼるべき契ありけり  0686:新古十・周「旅にまかるとて」                   〔すまひ3イ〕              〔よりほかの5(イ)〕 都にて月をあはれと思ひしは數にもあらぬすさびなりけり  0687:周・心 〔底本「月前遠望」とありこの題「周」による〕  菩提院の前の齋院にて月の歌よみ待り  しに 〔月前遠望といへることを菩提院の前〕 〔齋宮にて人々よみ侍りしに 周・心〕 くもりなき5イ〕 くまもなき月の光にさそはれて幾雲井まで行く心ぞも  0688:  月前に友に逢ふといふことを    〔友(イ)〕 嬉しきは君にあふべき契ありて月に心の誘はれにけり  0689:周「旅にまかるとて」・新古十四「題しらず」  遙かなる所にこもりて都なりける人の  もとへ月のころ遣しける 月のみやうはの空なるかたみにて思ひも出でば心通はむ  0690:夫木「住吉にて翫月」・周  人々住吉にまゐりて月を翫びけるに 〔院熊野の御幸の次に住吉に參らせ給ひたりしに 周〕      〔ひの2(イ)〕〔の1フ〕 片そぎの行あはぬ間よりもる月やさして御袖の霜におくらむ  0691:夫木「家集」 波にやどる月を汀にゆりよせて鏡にかくるすみよしの岸  0692:周・御裳十番右  春日にまゐりたりけるに常よりも月あ  かくあはれなりしに三笠山を見あげて  かく覺え侍りし 〔「あはれなり」以下「周」による〕 ふりさけし人の心ぞ知られける今宵三笠の山をながめて  0693:夫木「家集」  月明寺邊                〔をつくひ3フ〕 晝とみる月にあくるを知らましや時つく鐘の音なかりせば  0694:周  月前懷舊 いにしへを何につけてか思ひ出でむ月さへかはる世ならましかば  0695:○周  老人翫月といふ心を 我なれや松の梢に月たけてみどりの色に霜ふりにけり  0696:○周  伊勢にて菩提山上人對月述懷し侍りし  に めぐりあはで雲のよそにはなりぬとも月になりゆくむつび忘るな  0697:周・玉葉十八・宮河十五番左・御裳集秋中  寄月述懷                        〔にぞある4イ〕 世の中のうきをも知らですむ月のかげは我が身の心地こそすれ  0698: よの中はくもりはてぬる月なれやさりともと見し影も待たれず  0699:周「月」                      〔ひける3イ〕 いとふ世も月すむ秋になりぬれば長らへずばと思ふなるかな  0700: さらぬだにうかれて物を思ふ身の心をさそふ秋の夜の月  0701:周・玉葉十八「百首歌の中に」 捨てていでし憂世に月のすまであれなさらば心のとまらざらまし  0702: あながちに山にのみすむ心かな誰かは月の入るを惜しまぬ  0703:周「月前無常を」  月前述懷                 〔のなかにたのみ4イ〕 月を見ていづれの年の秋までかこの世に我が契あるらむ  0704:○聞・夫木・周「述懷の心を」・宮河卅三左                          〔下2イ〕 うき世とて月すまずなることもあらばいかにかすべき天のまし人  0705:  題しらず こむ世にもかかる月をし見るべくは命を惜しむ  0706: この世にて詠めなれぬる月なれば迷はむ闇も照らさざらめや  0707:周  月 秋の夜の空に出づてふ名のみして影ほのかなる夕月夜かな  0708:              〔わき2(イ)〕 天のはら月たけのぼる雲路をば分けても風の吹きはらはなむ  0709:周 嬉しとや待つ人ごとに思ふらむ山の端出づる秋の夜の月  0710:周 なか/\に心つくすもくるしきにくもらば入りね秋の夜の月  0711: いかばかり嬉しからまし秋の夜の月すむ空に雲なかりせば  0712:周・夫木「家集月歌中」              〔にしに山なき月を見るかなEイ〕 はりま潟灘のみ沖に漕ぎ出でてあたり思はぬ月をながめむ  0713: 月すみてなぎたる海のおもてかな雲の波さへ立ちもかからで  0714: いさよはで出づるは月の嬉しくて入る山の端はつらきなりけり  0715:周               〔池1イ〕             〔れば2?〕    〔りける3イ〕 水の面にやどる月さへ入りぬるは浪の底にも山やあるらむ  0716: したはるる心や行くと山の端にしばしな入りそ秋の夜の月  0717: あくるまで宵より空に雲なくて又こそかかる月みざりけれ  0718: 淺茅はら葉ずゑの露の玉ごとに光つらぬる秋のよの月  0719: 秋の夜の月を雪かとながむれば露も霰のここちこそすれ  0720:周  月の歌あまたよみけるに     〔入りぬと人や4イ〕 あづまには5イ〕〔おもふらむ5イ〕 入りぬとや東に人はをしむらむ都に出づる山の端の月  0721:周 待ち出でてくまなき宵の月みれば雲ぞ心にまづかかりける  0722:周 秋風や天つ雲井をはらふらむ更け行くままに月のさやけき  0723:周・風雅六・玄玉三・宮河十三番右・御裳集秋中          〔ぬ1(イ)〕        〔さやけき(風)〕 いづくとてあはれならずはなけれども荒れたる宿ぞ月は寂しき  0724:        〔庭1(イ)〕 蓬分けて荒れたる宿の月見ればむかし住みけむ人ぞこひしき  0725:周・御裳五番右・玄玉三                       〔あり2(イ)〕 身にしみてあはれ知らする風よりも月にぞ秋の色は見えける  0726:            〔むら2(イ)〕 蟲の音もかれ行く野邊の草の原にあはれをそへてすめる月影  0727:周・玉葉五「月を詠み侍りける」 人も見ぬよしなき山の末までにすむらむ月のかげをこそ思へ  0728: 木の間もる有明の月をながむればさびしさ添ふる嶺の松風  0729: いかにせむ影をば袖にやどせども心のすめば月のくもるを  0730:周・夫木「月歌中」         〔の戸を3イ〕          〔ぬ1イ〕 悔しくもしづの伏屋とおとしめて月のもるをも知らで過ぎける  0731: 荒れわたる草のいほりにもる月を袖にうつしてながめつるかな  0732:周・新古十六「題しらず」・御裳集秋中 月を見て心うかれしいにしへの秋にも更にめぐりあひぬる  0733:周・續拾遺八「題しらず」                   〔にも2イ〕 何事もかはりのみ行く世の中におなじかげにてすめる月かな  0734:周・新古十六「題しらず」 よもすがら月こそ袖に宿りけれむかしの秋を思ひ出づれば  0735:周     〔ほか1イ〕 ながむれば外のかげこそゆかしけれ變らじものを秋の夜の月  0736:周 ゆくへなく月に心のすみ/\て果はいかにかならむとすらむ  0737: 月影のかたぶく山を眺めつつ惜しむしるしや有明の空  0738:周 ながむるもまことしからぬ心地してよにあまりたる月の影かな  0739:周            〔ぬ1イ〕 行末の月をば知らず過ぎ來つる秋まだかかる影はなかりき  0740:新後拾遺五・雲葉秋中・萬代秋上 まこととも誰か思はむひとり見て後に今宵の月をかたらば  0741:周 月のため晝と思ふがかひなきにしばしくもりて夜を知らせよ  0742: 天の原朝日山より出づればや月の光の晝にまがへる  0743:周                〔よるなき4イ〕 有明の月のころにしなりぬれば秋は夜ながき心地こそすれ  0744:夫木「月歌中」                      〔けしき1フ〕 なか/\にときどき雲のかかるこそ月をもてなす限なりけれ  0745: 雲はるる嵐の音は松にあれや月もみどりの色にはえつつ  0746:周 さだめなくとりや鳴くらむ秋の夜は月の光を思ひまがへて  0747: 誰もみなことわりとこそ定むらめ晝をあらそふ秋の夜の月  0748: かげさえてまことに月のあかきには心も空にうかれてぞすむ  0749:夫木「月歌中」・玄玉三 〔もり2(イ)〕            〔まがへつるかな6(イ)〕 くまもなき月のおもてに飛ぶ雁のかげを雲かと思ひけるかな  0750:萬代秋下 ながむればいなや心の苦しきにいたくなすみそ秋の夜の月  0751: 雲も見ゆ風もふくればあらくなるのどかなりつる月の光を  0752: もろともに影を並ぶる人もあれや月のもりくるささのいほりに  0753:周 なか/\にくもると見えてはるる夜の月は光のそふ心地する  0754:     〔ひかり3(イ)〕 浮雲の月のおもてにかかれどもはやく過ぐるは嬉しかりけり  0755: 過ぎやらで月ちかく行く浮雲のただよふ見ればわびしかりけり  0756: いとへどもさすがに雲のうちちりて月のあたりを離れざりけり  0757: 雲はらふ嵐に月のみがかれて光えてすむ秋の空かな  0758: くまもなき月のかりをながむればまづ姨捨の山ぞ戀しき  0759:夫木「家集月歌中」・玉葉五「月歌中」・周 月さゆる明石のせとに風吹けば氷の上にたたむしら波  0760:周・續後撰六「月の歌の中に」 天の原おなじ岩戸を出づれども光ことなる秋の夜の月  0761: かぎりなく名殘をしきは秋の夜の月にともなふあけぼのの空  0762:○聞  秋の月を詠みけるに 足曳のおなじ山よりいづれども秋の名を得てすめる月かな  0763:○聞 あはれなる心のおくをとめゆかば月ぞおもひのねにはなりける  0764:○聞・夫木「家集秋月」 秋の夜の月の光のかげふけてすそ野の原にを鹿鳴くなり  0765:○聞 むぐらしく庵のにはのゆふ露を玉にもてなす秋の夜の月  0766:○御裳十九番右・御裳集秋上「百首歌」 山里の月まつ秋の夕ぐれは門田の風のおとのみぞする  0767:○宮河十五番右・玄玉三 かくれなくもに棲む蟲は見ゆれどもわれからくもる秋の夜の月  0768:○夫木「家集」 おしなべてなびく尾花の穗なりけり月のいでつる峯のしら雲  0769:○夫木「家集」 浪にしく月のひかりをたかさごの尾の上の峰の空よりぞ見る  0770:○雲葉十「旅にて」 昔おもふ心ありてぞながめつるすみだがはらの有明の月  0771:○夫木「百首歌」 よそふなる月のみかほをやどす池にところをえても咲く蓮かな  0772:○御裳四番右・雲葉秋上「月歌中に」 秋になれば雲居のかげのさかふるは月のかつらに枝やさすらん  0773:○周・新古十七・宮河十三番左  月 山かげにすまぬ心のいかなれやをしまれて入る月もある世に  0774:○周 いかにぞや殘りおほかる心地して雲にかくるる秋の夜の月  0775:○周・新古十・御裳集秋中・御裳廿番右・玄玉三・自讚歌      〔おきてし4(玄)〕 月見ばと契りておきしふるさとの人もやこよひ袖ぬらすらん  0776:○周 月のため心やすきは雲な水や浮世にすめる影をかくせば  0777:○周 わび人のすむ山里のとがならむくもらじものを秋の夜の月  0778:○周・玉葉五・萬代雜二・御裳集秋中・御裳六番右・玄玉三                          〔にける3(御裳)〕 うき身こそいとひながらもあはれなれ月をながめて年をへぬれば  0779:○周・續後撰六「月の歌の中に」 世のうさに一かたならずうかれゆく心さだめよ秋の夜の月  0780:○周・新古十六・宮河十六番右・玄玉三 すつとならば憂世をいとふしるしあらむ我にはくもれ秋の夜の月  0781:○周 いにしへのかたみに月ぞなれとなるさらでのことは有るはあるかは  0782:○周 ながめつつ月に心ぞおいにける今いくたびか世をもすさめむ  0783:○周 山里をとへかし人にあはれみせむ露しく庭にすめる月かげ  0784:○新古十六「題しらず」・宮河十四番左 月の色に心を深く染めましや都をいでぬ我が身なりせば  0785:○宮河三十三番右 ながらへて誰かはさらにすみとげむ月かくれにし浮世なりけり  0786:○宮十六番左・殘「題なき歌」・玄玉三 うき世にはほかなかりけり秋の月ながむるままに物ぞかなしき  0787:○殘 山のはにいづるも入るも秋の月うれしくつらき人の心か  0788:○殘 いかなればそらなるかげはひとつにてよろづの水に月やどるらむ  0789:○新古十八「題しらず」 月のゆく山に心を送り入れてやみなるあとの身をいかにせむ  0790:○千載十六・周・御裳七番右・御裳集秋 來む世には心のうちにあらはさむあかでやみぬる月の光を  0791:○周・御裳卅三番右 あらはさぬ我が心をぞうらむべき月やはうときをばすての山  0792:○周「述懷の心を」 浮世いとふ山の奧にもしたひ來て月ぞ住家の哀をも知る  0793:夫木「家集月歌中」  題しらず みをよどむ天の川岸波かけて月をば見るやさくさみの神  0794:周「述懷」・夫木「家集月歌中」 光をばくもらぬ月ぞみがきける稻葉にかかるあさひこの玉  0795:周「述懷」   〔こす2イ〕 あらし吹く嶺の木の間を分けきつつ谷の清水にやどる月かげ  0796:夫木「家集」   〔なく2フ〕  〔生ひ2フ〕 うづらふす苅田のひつぢ思ひ出でてほのかにてらす三日月の影  0797: 濁るべき岩井の水にあらねども汲まばやどれる月やさわがむ  0798:雲葉六   〔ふす2(雲)〕 ひとりすむいほりに月のさし來ずば何か山べの友とならまし  0799: 尋ね來てこととふ人もなき宿に木のまの月の影ぞさし入る  0800:周「述懷」 柴の庵はすみうきこともあらましをともなふ月の影なかりせば  0801:周「述懷」 かげ消えて端山の月はもりもこず谷は梢の雪と見えつつ  0802:周「述懷」 雪にただこよひの月をまかせてむ厭ふとてしも晴れぬものゆゑ  0803:周「述懷」・夫木「家集」    〔よそ2イ〕 月をみるほかもさこそは厭ふらめ雲ただここの空にただよへ  0804: 晴間なく雲こそ空にみちにけれ月見ることは思ひたたなむ  0805: ぬるれども雨もるやどのうれしきは入りこむ月を思ふなりけり  0806:  百首の歌の中月十首        〔さびしからば5(イ)〕 伊勢島や月の光のさひが浦は明石には似ぬかげぞすみける  0807: いけ水に底きよくすむ月かげは波に氷を敷きわたすかな  0808:          【づる】          【ママ】 月を見て明石の浦を出るづ舟は波のよるとは思はざるらむ  0809: はなれたるしららの濱の沖の石をくだかで洗ふ月の白浪  0810:           〔なに1(イ)〕    〔に1(イ)〕 思ひとけば千里のかげも數ならずにたらぬくまも月はあらせじ  0811: 大かたの秋をば月につつませて吹きほころばす風の音かな  0812:                  〔の1(イ)〕            〔と1(イ)〕 何事か此世にへたる思ひ出を問へかし人に月ををしへむ  0813: 思ひしる5(イ)〕     〔む1(イ)〕 思ひしるを世には隈なきかげならず我がめにくもる月の光は  0814: うきことも思ひとほさじおしかへし月のすみける久方の空  0815: 〔よかて3(イ)〕 月の夜や友とをなりていづくにも人しらざらむ栖をしへよ  0816:  八月月の頃夜ふけて北白河へまかりけ  るよしある樣なる家の侍りけるに琴の  音のしければ立ちどまりてききけり  折あはれに秋風樂と申す樂なりけり  庭を見入れければ淺茅の露に月のやど  れるけしきあはれなり 垣にそひたる  荻の風身にしむらむとおぼえて申し入  れて通りたり 秋風のことに身にしむ今宵かな月さへすめる宿のけしきに  0817:夫木「家集九月十三夜に」・周  九月十三夜     〔ところ1(イ)〕 こよひはと心えがほにすむ月の光もてなす菊の白露  0818:周                     〔出に2イ〕 雲消えし秋のなかばの空よりも月は今宵ぞ名におへりける  0819:周「後の九月に」  後九月月を翫ぶといふことを 月みれば秋くははれる年はまたあかぬ心もそふにぞありける  0820:周「擣衣」  獨聞擣衣 ひとりねの夜寒になるにかさねばや誰がためにうつ衣なるらむ  0821:夫木  隔里擣衣   〔いるのの4(フ)〕〔し(フ)〕 さよ衣いづこの里にうつならむ遠くきこゆるつちの音かな  0822:夫木「家集菊を」  菊 いく秋に我があひぬらむ長月のここぬかにつむハ重の白菊  0823: 秋ふかみならぶ花なき菊なれば所を霜のおけとこそ思へ  0824:  月前菊 ませなくば何をしるしに思はまし月もまがよふ白菊の花  0825:  京極太政大臣中納言と申しける折菊を  おびただしきほどにしたてて鳥羽院に  まゐらせ給ひたりける鳥羽の南殿の東  おもてのつぼに所なきほどに植ゑさせ  給ひけり。公重少將人々すすめて菊も  てなさせけるにくははるべきよしあり  ければ                〔ひじり1〕 君が住むやどのつぼには菊ぞかざる仙の宮といふべかるらむ  0826:  高野より出でたりけるを覺堅阿闇梨き  かぬさまなりければ菊を遣はすとて 汲みてなど心かよはばとはざらむ出でたるものを菊の下水  0827:  かへし               覺堅 谷ふかく住むかと思ひてとはぬ間に恨をむすぶ菊の下水  0828:  題しらず   〔りか(イ)〕 いつよはる紅葉の色は染むべきと時雨にくもる空にとはばや  0829:夫木  紅葉未遍 いとか山時雨に色を染めさせてかつがつ織れる錦なりけり  0830:周  山家紅葉 染めてけりもみぢの色のくれなゐをしぐると見えしみ山べの里  0831:○周  深山紅葉を 名におひて紅葉の色のふかき山を心にそむる秋もあるかな  0832:夫木  霧中紅葉 錦はる秋の梢をみせぬかな隔つる霧のやみをつくりて  0833:新勅五「題しらず」  紅葉色深          〔まさるべき6(新)〕           〔す1(イ)〕 限あればいかがは色のまさるべきをあかずしぐるる小倉山かな  0834: もみぢ葉の散らで時雨の日數へばいかばかりなる色かあらまし  0835:  いやしかりける家に蔦のもみぢ面白か  りけるを見て 思はずよよしある賤のすみかかなつたのもみぢを軒にははせて  0836:周 〔寂蓮2(イ)〕  寂然高野にまうでて深山紅葉といふこ  とを宮の法印の御庵室にて歌よむべき  よし申し侍りしにまゐりあひて 〔といふこと以下「周」による〕    〔の1イ〕 さまざまに錦ありけるみ山かな花見し嶺を時雨そめつつ  0837:  題しらず 秋の色は風ぞ野もせにしきわたす時雨は音を袂にぞきく  0838:夫木「家集」                 〔を1フ〕 しぐれそむる花園山に秋くれて錦の色もあらたむるかな  0839:○夫木「家集」 いはくらや八しほそめたる紅葉ばを長たに川におしひたしたる  0840:○夫木「百首歌」 朝かぜにみなといづるとも舟はたかしの山のもみぢなりけり  0841:  秋の末に法輪寺にこもりてよめる 大井河ゐぜきによどむ水の色に秋ふかくなるほどぞ知らるる  0842: をぐら山麓に秋の色はあれや梢のにしき風にたたれて  0843:夫木「秋の頃法輪寺にて」 わがものと秋の梢を思ふかな小倉の里に家ゐせしより  0844:周・新勅五 山里は秋の末にぞ思ひしる悲しかりけりこがらしの風  0845:  暮秋 〔この題古冩木によりて補ふ〕 暮れ果つる秋のかたみにしばし見む紅葉散らすなこがらしの風  0846: 秋暮るる月なみわかぬ山がつの心うらやむ今日の夕暮  0847:周  終夜秋を惜しむといふことを北白川に  て人々よみ侍りしに 〔詞書「周」による〕                   〔を1〕 をしめども鐘の音さへかはるかな霜にや露の結びかふらむ  0848:夫木「家集秋歌中」  題しらず                       〔や1フ〕 錦をばいくのへこゆるからびつに收めて秋は行くにかあるらむ  0849:周・雲葉七  秋の末に寂然高野にまゐりて暮の秋に  よせておもひをのべけるに 〔高野にまゐりて元性法印の庵室にて〕 〔暮秋述壞を (雲葉)〕 なれきにし都もうとくなり果てて悲しさ添ふる秋の暮かな  Subtitle 冬歌  0850:  長樂寺にて夜紅葉を思ふといふことを  人々よみけるに                        〔こずゑを2(イ)〕 よもすがらをしげなく吹く嵐かなわざと時雨の染むる紅葉を  0851:○周  時雨 初時雨あはれしらせてすぎぬなりおとに心の色をそめにし  0852:○周・新古六・玄玉三・御裳九番右        〔も1(玄)〕〔あるべき4(御裳)〕 月をまつ高ねの雲は晴れにけり心ありけるはつ時雨かな  0853:○周 立田山しぐれしぬべく曇る空に心の色をそめはじめつる  0854:○新古六・宮河二十番左・玄玉三       〔おく1(玄)〕 秋しのや外山の里や時雨るらむいこまのたけに雲のかかれる  0855:續後撰八「冬の始の歌とて」・萬代冬 東屋のあまりにもふる時雨かな誰かは知らぬ神無月とは  0856:夫木「家集山家時雨を」  山家時雨  〔よ1フ〕              〔村1フ〕 宿かこふははその柴の色をさへしたひて染むる初時雨かな  0857:玉葉六「閑居時雨」  閑中時雨      〔なふ2イ〕 おのづから音する人もなかりけり山めぐりする時雨ならでは  0858:  題しらず ねざめする人の心をわびしめてしぐるる音は悲しかりけり  0859:夫木「月前落葉」  落葉     〔おちば3(イ)〕 〔ふ1フ〕 嵐はく庭のこのはのをしきかなまことのちりになりぬと思へば  0860:○周 くれなゐの木の葉の色をおろしつつあくまで人に見ゆる山風  0861:○周 瀬にたたむ岩のしがらみ浪かけて錦をながす山川のみづ  0862:續後撰八「題しらず」・周  曉落葉 時雨かとねざめの床にきこゆるは嵐に堪へぬ木の葉なりけり  0863:周  月前落葉    〔イナシ〕   〔ためて3イ〕 山おろしの月に木葉を吹きかけて光にまがふ影をみるかな  0864:  瀧上落葉       〔このは2(イ)〕 こがらしに峯の紅葉やたぐふらむ村濃に見ゆる瀧の白糸  0865:  水上落葉 立田姫染めし梢のちるをりはくれなゐあらふ山川のみづ  0866:夫木「家集」  落葉留網代                〔くくり3フ〕           〔とめて3フ〕           〔かへて3(イ)〕 紅葉よるあじろの布の色染めてひをくるるとは見ゆるなりけり  0867:  草花野路落葉 もみぢちる野原を分けて行く人は花ならぬまで錦きるべし  0868:  山家落葉 道もなし宿は木の葉に埋もれぬまだきせさする冬ごもりかな  0869:         〔あらはるる5(イ)〕 木葉ちれば月に心ぞあくがるるみ山がくれにすまむと思ふに  0870:  題しらず 神無月木葉の葉つるたびごとに心うかるるみ山べの里  0871:新拾遺六「寒草帶霜といふ事を」  冬の歌よみけるに    〔入江3(イ)〕 難波江のみぎはの蘆に霜さえて浦風寒きあさぼらけかな  0872:夫木「家集冬歌中」・周 玉かけし花のかつらもおとろへて霜をいただく女郎花かな  0873:○新古六・玄玉七・周・御裳廿九番右・自讚歌  題しらず つの國の難波の春は夢なれや芦のかれ葉に風わたるなり  0874:周  水邊寒草             〔は1イ〕 霜にあひて色あらたむる芦の穗の寂しくみゆる難波江の浦  0875:  枯野草 分けかねし袖に露をばとめ置きて霜に朽ちぬる眞野の萩原  0876:        〔の1(イ)〕〔らに2(イ)〕 霜かづく枯野の草は寂しきにいづくは人の心とむらむ  0877:夫木「家集野邊枯草」                        〔音1(イ)〕 霜がれてもろくくだくる荻の葉を荒らくわくなる風の色かな  0878:夫木「山里の枯れたる草といふことを」・周「山家寒草」           〔範1(イ)〕  山家枯草といふ事を覺雅僧都の坊にて  人々詠けるに かきこめし裾野の薄霜がれてさびしさまさる柴の庵かな  0879:  野邊枯草といふことを雙林寺にてよみ  けるに さま%\に花咲きたりと見し野邊の同じ色にも霜がれにけり  0880:月十一「氷留山水と云事をよめる」  氷留山水  〔ゆ1(イ)〕 岩間せく木葉わけこし山水をつゆ洩らさぬは氷なりけり  0881:周「氷」  瀧上氷 水上に水や氷をむすぶらむくるとも見えぬ瀧の白糸  0882:夫木「家集氷筏を閉づと云ことを」  氷筏をとづといふことを                        〔をば1(イ)〕                 〔すらむ3(イ)〕 氷わる筏のさをのたゆければもちやこさましほつの山越  0883:  世をのがれて鞍馬の奧に侍りけるにか  けひの氷りて水までこざりけるに春に  なるまではかく侍るなりと申しけるを  聞きてよめる わりなしやこほるかけひの水ゆゑに思ひ捨ててし春の待たるる  0884:○聞・夫木 川わたにおの/\つくるふし柴をひとつにくさるあさ氷かな  0885:○夫木  百首歌中に とぢそむる氷をいかにいとふらむあぢむらわたる諏訪のみづうみ  0886:○聞  題しらず さえもさえこほるもことに寒からむ氷室の山の冬の臥しぎは  0887:萬代冬「千鳥を」  千鳥 淡路がた磯わのちどり聲しげしせとの鹽風冴えまさる夜は  0888:周  夕暮千鳥〔この題「周」による〕 あはぢ潟せとの汐干の夕ぐれに須磨よりかよふ千鳥なくなり  0889:周  寒夜千鳥〔この題「周」による〕 さゆれども心やすくぞ聞きあかす河瀬のちどり友ぐしてけり  0890:○聞「月」・夫木「家集」・周「千鳥」  月歌中に 千鳥鳴くふけひのかたを見渡せば月かげさびしなには江のうら  0891:夫木「家集」  題しらず 千鳥なく繪嶋の浦にすむ月を波にうつして見る今宵かな  0892: 霜さえて汀ふけ行く浦風を思ひしりげに鳴く千鳥かな  0893: やせわたる湊の風に月ふけて汐ひる方に千鳥鳴くなり  0894:○宮河十二番右 月すみてふくる千鳥の聲すなり心くだくやすまの關守  0895:○雲葉八・御裳二十二番右  冬歌とて 山川にひとりはなれて住むをしの心しらるる波の上かな  0896:○周  冬月 秋はすぎて庭のよもぎのすゑみれば月もむかしになる心ちする  0897:○周・雲葉八           〔へ1(雲)〕 さびしさは秋見し空にかはりけりかれ野をてらす有明の月  0898:○周・新古六・宮河二十四番右 小倉山ふもとの里に木の葉ちれば梢にはるる月をみるかな  0899:○周 まきのやの時雨の音をきく袖に月のもり來てやどりぬるかな  0900:玉葉六「月照寒草」  月照枯草 花におく露にやどりし影よりも枯野の月はあはれなりけり  0901: 氷しく沼の蘆原かぜ冴えて月も光ぞさびしかりける  0902:周・千載十六「寒夜月といへる心をよみ侍りける」・御裳廿二番左  閑夜冬月 霜さゆる庭の木葉をふみ分けて月は見るやと訪ふ人もがな  0903:  庭上冬月 冴ゆと見えて冬深くなる月影は水なき庭に氷をぞ敷く  0904:玉葉六・夫木「家集冬月といふ事を」  山家冬月 冬枯のすさまじげなる山里に月のすむこそあはれなりけれ  0905: 月出づる嶺の木葉もちりはてて麓の里は嬉しかるらむ  0906:周  舟中霰 せと渡るたななし小舟心せよ霰みだるるしまきよこぎる  0907:夫木「家集」  深山霰          〔あだ1(イ)〕 杣人のまきのかり屋の下ぶしに音するものは霰なりけり  0908:夫木「櫻の花に霰のはしりけるをみて」  櫻木に霰のたばしるを見て ただは落ちで枝をつたへる霰かなつぼめる花の散るここちして  0909:夫木「家集」・周  題しらず     〔に1イフ〕 〔はして3フ〕          〔と1イフ〕 〔は1イ〕        〔が1イ〕〔あは2(イ)〕 音もせで岩間たばしる霰こそ蓬の宿の友になりけれ  0910: 霰にぞものめかしくはきこえける枯たるならの柴の落葉は  0911:○夫木「家集」 竹のおとのわきて枕にさゆるかな風に霰の具せられにけり  0912:周  冬の歌よみける中に                  〔ら1イ〕 山ざくら初雪ふれば咲きにけり吉野はさとに冬ごもれども  0913:○聞・夫木「家集冬歌中」  冬のうたに 初雪は冬のしるしに降りにけりあきしの山の杉のこずゑに  0914:○聞 葎かれてたけのとあくる山ざとにまた道とづる雪つもるめり  0915:  題しらず 山櫻おもひよそへてながむれば木ごとの花は雪まさりけり  0916:  夜初雪                 〔に1(イ)〕〔初1(イ)〕 月出づる軒にもあらぬ山の端のしらむもしるし夜はの白雪  0917:○聞・夫木「隔里見雪と云事を」  かくが僧都の六條の房にて忠季[宮内大輔]登  蓮法師なむど哥よみけるにまかりあひ  て里を隔てて雪を見るといふことを詠  みけるに  〔はら2フ〕               〔はふりける5フ〕 小竹むらやみかみがたけを見渡せばひとよの程に雪のつもれる  0918:○周  雪 道とぢて人とはずなる山里のあはれは雪にうづもれにけり  0919:  庭雪以月 木の間もる月の影とも見ゆるかなはだらにふれる庭の白雪  0920:夫木「家集」  枯野に雪のふりたるを 枯れはつるかやがうは葉に降る雪は更に尾花の心地こそすれ  0921:  雪埋道 降る雪にしをりし柴も埋もれて思はぬ山に冬ごもりする  0922:周「雪」・玉葉六  雪埋竹といふことを 雪埋むそのの呉竹折れふしてねぐら求むるむら雀かな  0923:  仁和寺の御室にて山家閑居見雪といふ  ことをよませ給ひけるに  〔うづむ3(イ)〕 降りつもる雪を友にて春までは日を送るべきみ山べの里  0924:  山居雪 年の内はとふ人更にあらじかし雪も山路も深き住家を  0925:  雪朝待人 わがやどに庭より外の道もがな訪ひこむ人の跡つけで見む  0926:  雪朝會友 跡とむる駒の行方はさもあらばあれ嬉しく君にゆきも逢ひぬる  0927:夫木「家集」・周  雪の朝靈山と申す所にて眺望を人々よ  みけるに                〔に1(イ)〕 たち2イ〕    〔さまざまに5(イ)〕 たけのぼる朝日の影のさすままに都の雪は消えみ消えずみ  0928:  社頭雪 玉がきはあけも緑も埋もれて雪おもしろき松の尾の山  0929:夫木・周「雪」  加茂の臨時の祭かへり立の御神樂士御  門内裏にて侍りけるに竹のつぼに雪の  ふりたりけるを見て                 〔葉わけに4フ〕 打返す5イ〕          〔上2イ〕 うらがへすをみの衣と見ゆるかな竹のうら葉にふれる白雪  0930:萬代雜一  雪の歌どもよみけるに    〔くるる3(イ)〕〔山邊は雪ぞあはれなりける10(イ)〕    〔おつる3(イ)〕 何となくくぐる雫の音までも雪あはれなる深草の里  0931: 雪降れば野路も山路も埋もれて遠近しらぬ旅のそらかな  0932:夫木「家集」 あをね山苔のむしろの上にして雪はしとねの心地こそすれ  0933: うの花の心地こそすれ山ざとの垣ねの柴をうづむ白雪  0934:夫木「家集雪歌中」                       (ける2(イ)〕 折ならぬめぐりの垣のうの花をうれしく雪の咲かせつるかな  0935: とへな君夕ぐれになる庭の雪を跡なきよりはあはれならまし  0936:夫木「家集雪歌中」  〔し1フ〕        〔ら1フ〕 あらち山さかしく下る谷もなくかじきの道をつくる白雪  0937:夫木「家集」 たゆみつつそりのはや緒もつけなくに積りにけりな越の白雪  0938:  題しらず 緑なる松にかさなる白雪は柳のきぬを山におほへる  0939: 盛ならぬ木もなく花の咲きにけり思へば雪をわくる山道  0940: 波とみゆる雪を分けてぞこぎ渡る木曾のかけはし底もみえねば  0941:  百首歌の中雪十首         〔くて2(イ)〕     〔そ1(イ)〕 しがらきの杣のおほぢはとどめてよ初雪降りぬむこの山人  0942:          〔とめ3(イ)〕 急がずば雪に我が身やとどめられて山べの里に春をまたまし  0943:          〔け1(イ)〕 あはれしりて誰か分けこむ山里の雪降り埋む庭の夕ぐれ  0944:             〔か1(イ)〕 みなと川苫に雪ふく友舟はむやひつつこそ夜をあかしけれ  0945:                      〔くだる2(イ)〕 いかだしの浪にしづむと見えつるは雪を積みつつ下すなりけり  0946:         〔春1(イ)〕 たまりをる梢の雪の花ならば山里いかにもてなされまし  0947: 大原はせれうを雪の道にあけて四方には人も通はざりけり  0948: 晴れやらで二むら山に立つ雪は比良のふぶきの名殘なりけり  0949: 雪しのぐいほりのつまをさしそへて跡とめてこむ人をとどめむ  0950: くやしくも雪のみ山へ分け入らで麓にのみも年をつみける  0951:新勅六・玄玉三・御裳二十三番左  寂然入道大原に住みけるに遣しける 〔高野に侍りける時寂然法師大原に住み侍りけるに遣〕 〔はしける(新勅)〕  〔は1(イ)〕       〔戸ぼそ3(新勅)〕 大原や比良の高嶺の近ければ雪ふるほどを思ひこそやれ  0952:新勅六  かへし 思へただ都にてだに袖さえしひらの高嶺の雪のけしきを  0953:  秋の頃高野へまゐるべきよしたのめて  まゐらざりける人のもとへ雪ふりての  ち申し遣しける 雪深くうづめてけりな君くやと紅葉の錦しきし山路を  0954:  雪に庵うづもれてせんかたなく面白か  りけり 今も來らばとよみけむことを  思ひ出でて見けるほどに鹿の分けて通  りけるを見て 人こばと思ひて雪をみる程にしか跡つくることもありけり  0955:周「冬の歌どもよみ侍りしに」  冬歌十首 花もかれもみぢも散りぬ山里はさびしさを又とふ人もがな  0956:周「冬月」 ひとりすむ片山かげの友なれや嵐にはるる冬の夜の月  0957:周 津の國の芦の丸屋のさびしさは冬こそわきて訪ふべかりけれ  0958: さゆる夜はよその空にぞをしも鳴くこほりにけりなこやの池水  0959:周・夫木「家集」        〔に月さえて5フ〕 よもすがら嵐の山は風さえて大井のよどに氷をぞしく  0960:夫木「家集冬歌十首歌中」 さえ渡る浦風いかに寒からむ千鳥むれゐるゆふさきの浦  0961:周                〔し1(イ)〕 山里は時雨しころのさびしさにあられの音はややまさりけり  0962:周・新勅六・宮河二十五番右 〔さむく3(宮)〕 風さえてよすればやがて氷りつつかへる波なき志賀の唐崎  0963:続千六「題しらず」・周・宮河廿五番左 よしの山麓にふらぬ雪ならば花かと見てや尋ね入らまし  0964: 宿ごとにさびしからじとはげむべし煙こめたる小野の山里  0965:夫木「家集鷹狩」  鷹狩   〔た1(イ)〕 〔おはへかし5(イ)〕 あはせつる木ゐのはし鷹をきとらし犬かひ人の聲しきるなり  0966:  雪中鷹狩 かきくらす雪にきぎすは見えねども羽音に鈴をたぐへてぞやる  0967: 降る雪にとだちも見えず埋もれてとり所なきみかり野の原  0968:  月前炭竈 限あらむ雪こそあらめ炭がまの烟に月のすすけぬるかな  0969:周「山家雪深といふこと」  山家冬深               〔たえに3イ〕 とふ人も初雪をこそ分けこしか道とぢてけりみ山邊のさと  0970:  山里の冬といふことを人々よみけるに 玉まきし垣ねのまくず霜がれてさびしくみゆるふゆの山里  0971:新古六「題しらず」・周「山家の冬の心を」  冬の歌よみける中に さびしさに堪へたる人の又もあれないほりならべむ冬の山ざと  0972:  題しらず 柴かこふいほりのうちは旅だちてすとほる風もとまらざりけり  0973:周「述懷」 谷風は戸を吹きあけて入るものをなにと嵐の窓たたくらむ  0974: 身にしみし荻の音にはかはれども柴吹く風もあはれなりけり  0975:  寒夜旅宿 旅寢する草のまくらに霜さえて有明の月の影ぞまたるる  0976:  山家歳暮 あたらしき柴のあみ戸をたちかへて年のあくるを待ちわたるかな  0977:○聞・周・宮河二十九番右・玄玉四・新古三  古郷歳暮      〔たき2(宮)〕 昔思ふにはにうき木をつみおきてみし世にも似ぬ年のくれかな  0978:周・玉葉十四「歳暮述懷といふ心を」  東山にて人々年の暮におもひをのべけ  るに 〔世をのがれて東山に侍りし頃年の暮に人々まうで來て述〕 〔懷し侍りしに(周)〕 年暮れしそのいとなみは忘られてあらぬさまなるいそぎをぞする  0979:周「年の暮に高野より京へ申し遣しけるに」     〔あがた2(イ)〕  年の暮に高野より都なる人のもとへ申  しつかはしける おしなべて同じ月日の過ぎ行けば都もかくや年は暮れぬる  0980: 山里に家ゐをせずば見ましやはくれなゐふかき秋のこずゑを  0981:新古六「歳暮に人に遣しける」  歳暮に人のもとへつかはしける         〔もとふ3(イ)〕 おのづからいはぬをしたふ人やあるとやすらふ程に年の暮れぬる  0982:  常なきことをよせて いつかわれ昔の人といはるべきかさなる年を送りむかへて  Subtitle 離別歌  0983:周・新古九  あひ知りたりける人のみちのくにへま  かりけるに別の歌よむとて 〔年頃相知りたりける人のみちのくにへま〕 〔かるとて遠き國の別と申すことをよみ侍りしに イ〕 〔みちのくにへまかりける人にむまのはなむけし侍りける〕 〔に(新古)〕 君いなば月待つとてもながめやらむあづまのかたの夕暮の空  0984:  年頃申しなれたりける人に遠く修行す  るよし申してまかりたりける名殘おほ  くて立ちけるに紅葉のしたりけるを見  せまほしくて待ちつるかひなくいかに  と申しければ木のもとに立ちよりてよ  みける           〔そへ2(イ)〕 心をば深きもみぢの色にそめて別れて行くやちるになるらむ  0985:周「旅の心を」・續後撰十九・宮河廿七番右・月二  遠く修行に思ひ立ち侍りけるに遠行別  といふことを人々まで來てよみ侍りし  に 〔遠く修行にいでにけるに別の心をよみ侍りけるに(月詣)〕                    〔とはましものを7(月)〕                          〔を1イ〕 程ふれば同じ都のうちだにもおぼつかなさはとはまほしきに  0986:  年ひさしく相頼みたりける同行にはな  れて遠く修行して歸らずもやと思ひけ  るに何となくあはれにてよみける                〔わがかげをもや思ひいづらむ11(古本)〕 さだめなしいくとせ君になれ/\て別をけふは思ふなるらむ  0987:○新古九・周  遠き所に修行せむとて出て立ちけるに  人々別を惜しみて詠み侍りける 〔遠く修行しけるに人々まうで來てはなむけしけるによみ〕 〔侍りける(周)〕                         〔なくとも4(新古)〕 たのめおかむ君も心やなぐさむとかへらむことはいつとなけれど  0988:周・新古九  遠く修行することありけるに菩提院の  前の齋宮にまゐりたりけるに人々別の  歌つかうまつりけるに さりともと猶あふことを頼むかな死出の山路をこえぬ別は  0989:  同じ折つぼの櫻の散りけるを見てかく  なむおぼえ侍ると申しける 此春は君に別のをしきかな花のゆくへは思ひわすれて  0990:  かへしせよと承りて扇にかきてさし出  でける                女房六角局 君がいなむかたみにすべき櫻さへ名殘あらせず風さそふなり  Subtitle 羇旅歌  0991:  旅へまかりけるに入相をききて 思へただ暮れぬとききし鐘の音は都にてだに悲しきものを  0992:  旅にまかりけるにとまりにて あかずのみ都にて見し影よりも旅こそ月はあはれなりけれ  0993: 見しままにすがたも影もかはらねば月ぞ都のかたみなりける  0994:御裳廿九番左・雲葉十  天王寺へまゐりけるに交野など申すわ  たり過ぎて見はるかされたる所の侍り  けるを問ひければ天の川と申すを聞き  て宿からむといひけむこと思ひ出ださ  れてよみける 狩りくれし5(雲)〕 あくがれしあまのがはらと聞くからにむかしの波の袖にかかれる  0995:周・新古十  天王寺にまゐりけるに俄に雨のふりけ  れば江口と申す所に宿を借りけるにか  さざりければ                   〔やどをも4イ〕 世の中をいとふまでこそかたからめかりのやどりを惜しむ君かな  0996:周・新古十  かへし                遊女たへ 世をいとふ5イ(新古)〕 家を出づる人とし聞けばかりの宿に心とむなと思ふばかりぞ  かく申してやどしたりけり  0997:  天王寺へまゐりたりけるに松に鷺の居  たりけるを月の光に見て 庭よりも鷺居る松のこずゑにぞ雪はつもれる夏のよの月  0998:  天王寺へ參りて龜井の水を見てよめる あさからぬ契の程ぞくまれぬる龜井の水に影うつしつつ  0999:  六波羅太政入道持經者千人あつめて津  の國和田と申す所にて供養侍りけるや  がてそのついでに萬燈會しけり 夜更  くるままに灯の消えけるをおの/\と  もしつぎけるを見て 消えぬべき法の光のともし火をかがくるわたのみさきなりけり  1000:板本には「明石に人をまちて」云々  攝津のやまとと申すところにて人を待  ちて日數へにけるに 何となく都のかたと聞く空はむつまじくてぞながめられぬる  1001:○周  長柄をすぎ侍りしに 津の國のながらの橋のかたもなし名はとどまりて聞えわたれど  1002:續後撰十九・夫木「家集」・周  播磨書冩へまゐるとて野中の清水を見  けること一むかしになり侍ける年へて  後修行すとて通りけるに同じさまにて  かはらざりければ 〔物へまかるとて野中の清水を見て(續後撰)〕 昔見し野中の清水かはらねば我が影をもや思ひ出づらむ  1003:新後撰七・萬代雜四 〔修行し待りける時(新後撰・萬代)〕  四國のかたへ具してまかりたりける同  行の都へ歸りけるに かへり行く人の心を思ふにもはなれがたきは都なりけり  1004:玉葉八  人を見おきて歸りまかりなむずるこそ  あはれにいつか都へは歸るべきなど申  しければ 〔四國の方修行し侍けるに同行の都へかへり侍けるが〕 〔につかなど申侍りければ(玉葉)〕 柴の庵のしばし都へかへらじと思はむだにもあはれなるべし  1005:  旅の歌よみけるに くさまくら旅なる袖におく露を都の人や夢にみるらむ  1006: こえきつる都へだつる山さへにはては霞にきえにけるかな  1007:月三・千載八  世三そむきて後修行し侍けるに海路に  て月を見てよめる わたの原はるかに波を隔てきて都に出でし月をみるかな  1008:周・玉葉五「月の歌中に」宮河十四番右 わたの原波にも月はかくれけり都の山を何いとひけむ  1009:○周 旅ねする嶺のあらしにつたひ來て哀なりける鐘のおとかな  1010:○新古十  旅の歌とて おもひおく人の心にしたはれて露わくる袖のかへりぬるかな  l011:  讚岐の國へまかりてみの津と申す津に  つきて月のあかくてひびのてもかよは  ぬほどにとほく見えわたりけるに水と  りのひびのてにつきて飛びわたりける  を しきわたす月の氷をうたがひてひびのてまはる味のむら鳥  1012: いかで我心の雲にちりすべき見るかひありて月を詠めむ  1013: 詠めをりて月の影にぞ夜をば見るすむもすまぬもさなりけりとは  1014: 雲はれて身に愁なき人のみぞさやかに月の影はみるべき  1015: さのみやは袂に影を宿すべきよわし心に月な眺めそ  1016: 月にはぢてさし出でられぬ心かな詠むる袖に影のやどれば  1017: 心をば見る人ごとにくるしめて何かは月のとりどころなる  1018: 露けさはうき身の袖のくせなるを月見るとがにおほせつるかな  1019: 詠めきて月いかばかりしのばれむ此の世し雲の外になりなば  1020: いつかわれこの世の空を隔たらむあはれ/\と月を思ひて  1021:周・宮河卅二番右  讚岐にまうでて松山と申す所に院おは  しましけむ御跡尋ねけれどもかたもな  かりければ  〔へ1(イ)〕 松山の彼に流れてこし舟のやがてむなしくなりにけるかな  1022:      〔しげき3(イ)〕 まつ山の波のけしきはかはらじをかたなく君はなりましにけり  1023:周  白峰と申す所に御墓の侍りけるにまゐ  りて        〔ゆか1イ〕 よしや君昔の玉の床とてもかからむ後は何にかはせむ  1024:  同じ國に大師のおはしましける御あた  りの山に庵むすびて住みけるに月いと  あかくて海の方くもりなく見え侍りけ  れば 〔讚岐の善光寺の山にて海の月を見て(周)〕 くもりなき山にて海の月みれば島ぞ氷の絶間なりける  1025:  住みけるままに庵いとあはれに覺えて 今よりは厭はじ命あればこそかかるすまひのあはれをもしれ  1026:周・玉葉十六  庵のまへに松のたてりけるを見て 〔庵のまへに松のたてりけるを見てよみ〕〔侍りける(玉葉)〕 〔通善寺の山に住侍りしに庵の前なりし〕〔松を見て〔周)〕 谷のとにひとりぞ松はたてりける我のみ友はなきかとおもへば  1027:周・玉葉十六 久にへて我が後の世をとへよ松跡しのぶべき人もなき身ぞ  1028:周  土佐のかたへやまからましと思ひ立つ  こと侍りしに〔周よりて詞書を補ふ〕 ここを又我が住うくてうかれなば松はひとりにならむとすらむ  1029:  雪のふりけるに 松の下は雪ふる折の色なれやみな白妙に見ゆる山路に  1030:                  〔と1(イ)〕 雪つみて木も分かず咲く花なればときはの松も見えぬなりけり  1031: 花とみる梢の雪に月さえてたとへむ方もなき心地する  1032: まがふ色は梅とのみ見て過ぎ行くに雪の花には香ぞなかりける  1033:周・玉葉十四「雪の歌の中に」          〔つもる2イ〕 折しもあれ嬉しく雪の埋むかなかきこもりなむと思ふ山路を  1034:周     〔濱1イ〕 なか/\に谷の細道うづめ雪ありとて人の通ふべきかは  1035: 柴1(イ)〕 谷の庵に玉の簾をかけましやすがるたるひの軒をとぢずば  1036:周・夫木  花まゐらせける折しもをしきに霰のふ  りかかりければ                       〔なら2イ〕 しきみおくあかのをしきにふちなくば何に霰の玉とまらまし  1037:  大師の生れさせ給ひたる所とてめぐり  しまはしてそのしるしの松のたてりけ  るを見て                  〔契のしるしありける9(イ)〕 あはれなり同じ野山にたてる木のかかるしるしの契ありけり  1038: 岩にせくあか井の水のわりなきは心すめともやどる月かな  1039:  まんだら寺の行道どころへのぼるはよ  の大事にて手をたてたるやうなり 大  師の御經かきてうづませおはしました  る山の嶺なり 坊の外は一丈ばかりな  るだんつきてたてられたり それへ日  毎にのぼらせおはしまして行道しおは  しましけると申し傳へたり めぐり行  道すべきやうにだんも二重につきまは  されたり 登る程のあやふさことに大  事なり かまへてはひまはりつきて めぐりあはむことの契ぞたのもしききびしき山の誓見るにも  1040:  やがてそれが上は大師の御師にあひま                 〔我1(イ)〕  ゐらせさせおはしましたる嶺なり わ 〔は石山と5(イ)〕  かはいしさとその山をば申すなり そ      〔我はいし4(イ)〕  の邊の人はわかいしとぞ申しならひた  る 山もじをばすてて申さず また筆  の山ともなづけたり 遠くて見れば筆  に似てまろ/\と山の嶺のさきのとが  りたるやうなるを申しならはしたるな  めり 行道所よりかまへてかきつき登  りて嶺にまゐりたれば師に遇はせおは  しましたる所のしるしに塔を建ておは  しましたりけり 搭の石ずゑはかりな  く大きなり 高野の大搭ばかりなりけ  る塔の跡と見ゆ 苔は深くうづみたれ  ども石おほきにしてあらはに見ゆ 筆  の山と申す名につきて 筆の山にかきのぼりても見つるかな苔の下なる岩のけしきを  善通寺の大師の御影にはそばにさしあ  げて大師の御師かき具せられたりき  大師の御手などもおはしましき 四の  門の額少々われて大方はたがはずして                〔な1(イ)〕  はべりき すゑにこそいかがなりけむ  ずらんとおぼつかなくおぼえはべりし  か  1041:  備前國に小島と申す島に渡りたりける  にあみと申すものをとる所はおの/\  われ/\占めてながきさをに袋をつけ  てたてわたすなり そのさをのたては  じめをば一のさをとぞ名付けたる な  かに年たけたる海人のたて初むるなり  たつるとて申すなる詞きき侍りしこそ  涙こぼれて申すばかりなく覺えてよみ  ける                          〔らん2(イ)〕 たて初むるあみとる浦の初さをはつみの中にもすぐれたるかな  1042: 〔ひこ2(イ)〕  ひゝしぶかはと申す方へまかりて四國  の方へ渡らむとしけるに風あしくて程  へけり しぶかはのうらたと申す所の  野に幼きものどものあまた物を拾ひけ  るを問ひければつみと申すもの拾ふな  りと申しけるを聞きて おりたちてうらたに拾ふ海人の子はつみよりつみを習ふなりけり  1043:  まなべと申す島に京よりあき人どもの  くだりてやうやうのつみのものどもあ  きなひて又しはくの島に渡りてあきな  はむずるよし申しけるを聞きて                     〔ぞ1(イ)〕 まなべよりしはくへ通ふあき人はつみをかひにて渡るなりけり  1044:  年にさしたる物をあきなひけるを何ぞ  と問ひければはまぐりを干して侍るな  りと申しけるを聞きて 同じくはかきをぞさして干しもすべきはまぐりよりは名もたよりあり  1045:  うしまどの迫門に海士の出で入りてさ  だえと申すものをとりて船に入れ/\  しけるを見て さだえすむ迫門の岩つぼもとめ出でていそぎし海人の氣色なるかな  1046:  沖なる岩につきて海士どもの鮑とりけ  る所にて 岩のねにかたおもむきになみうきてあはびをかづく海人のむらぎみ  1047:  題しらず      〔うけ2(イ)〕   〔さはなる4(イ)〕           〔くらし3(イ)〕 小鯛ひく網のかけ繩よりめぐりうきしわざあるしほさきの浦  1048: 霞しく波の初花をりかけてさくら鯛つる沖のあま舟  1049: あま人のいそしく歸るひじきものは小にしはまぐりがうなしただみ  1050:                           【こゝろぶと5】  磯菜つまむいまおひそむるわかふのりみるめきふはさひじきころろぶと  1051:新千載十八  西の國のかたへ修行してまかり侍ると  てみづのと申す所に具しならひたる同  行の侍りけるにしたしき者の例ならぬ  こと侍るとて具せざりければ 山城のみづのみくさにつながれてこまものうげに見ゆるたびかな  1052:  西の國へ修行してまかりける折小島と  申す所に八幡のいははれ給ひたりける  にこもりたりけり 年へて又その社を  見けるに松どものふる木になりたりけ  るを見て 昔みし松は老木になりにけり我がとしへたる程も知られて  1053:周・玉葉八  志すことありて安藝の一宮へ詣でける  にたかとみの浦と申す所に風に吹きと  められてほど經けり 苫ふきたる庵よ  り月のもりけるを見て 波のおとを心にかけてあかすかな苫もる月の影を友にて  1054:  まうでつきて月いとあかくてあはれに  おぼえければよみける 諸ともに旅なる空に月も出でてすめばやかげの哀なるらむ  1055:  筑紫にはらかと申すいをの釣をば十月  一日におろすなり しはすにひきあげ  て京へはのぼせ侍る その釣の繩はる  かに遠く曵きわたして通る船のその繩  にあたりぬるをばかこちかかりてがう  けがましく申してむづかしく侍るなり  その心をよめる はらか釣るおほわたさきのうけ繩に心かけつつ過ぎむとぞ思ふ  1056: いせじまやいるるつきてすまふなみにけことおぼゆるいりとりのあま  1057: 磯菜つみて波かけられて過ぎにける鰐の住みける大磯の根を  1058:  りうもんにまゐるとて 瀬をはやみ宮瀧河を渡り行けば心の底のすむ心地する  1059:周  承安元年六月一日院熊野へ參らせ給ひ  けるついでに住吉に御幸ありけり 修  行しまはりて二日かの社に參りたりけ      〔の釣殿新らしく5イ〕  るに住の江あたらしくしたてたりける  を見て後三條院の御幸神も思ひ出で給        〔釣殿に書付け侍る3イ〕  ふらむと覺えてよめる 絶えたりし君が御幸を待ちつけて神いかばかり嬉しかるらむ  1060:周  松の下枝をあらひけむ浪いにしへにか  はらずこそはと覺えて 古への松のしづえをあらひけむ波を心にかけてこそ見れ  1061:周・玉葉十四・夫木  夏熊野へまゐりけるに岩田と申す所に  すずみて下向しける人につけて京へ西  住上人のもとへ遣しける       〔川1イ〕 松がねの岩田の岸の夕すずみ君があれなとおもほゆるかな  1062:夫木  かつらぎをすぎ侍りけるに折にもあら  ぬ紅葉の見えけるを何ぞと問ひければ  正木なりと申すを聞きて 〔葛城山をすぎけるに正木の紅葉を見て〕 〔:夫木〕            〔して2フ〕〔は青葉4フ〕 かつらぎや正木の色は秋に似てよその梢のみどりなるかな  1063:周・夫木  熊野へまゐりけるにやがみの王子の花  面白かりければ社に書きつけける 〔熊野へ詣りけるに屋上の王子の御前に〕 〔て:夫木〕 待ちきつるやがみの櫻咲きにけりあらくおろすなみすの山風  1064:風雅十五・夫木  那智に籠りて瀧に入堂し侍りけるに此  上に一二の瀧おはします それへまゐ  るなりと申す住僧の侍りけるにぐして  まゐりけり 花や咲きぬらむと尋ねま  ほしかりける折ふしにてたよりある心  地して分けまゐりたり 二の瀧のもと  へまゐりつきたり 如意輪の瀧となむ  申すと聞きてをがみければまことに少  しうちかたぶきたるやうに流れくだり  て尊くおぼえけり 花山院の御庵室の  跡の侍りける前に年ふりたる櫻の木の  侍りけるを見て栖とすればとよませ給  ひけむこと思ひ出でられて 木のもとに住みけむ跡をみつるかな那智の高嶺の花を尋ねて  1065:  熊野へまゐりけるにななこしの嶺の月  を見てよみける 立ちのぼる月のあたりに雲消えて光重ぬるななこしの嶺  1066:○寂蓮法師集  熊野に籠りける頃正月に下向する人に  つけて寂蓮に遣しける文の奧にただ今  覺ゆる事を筆にまかす也と書きて 霞しく熊野がはらを見渡せば波の音さへゆるくなりぬる  1067:○寂蓮法師集  かへし                寂蓮 霞さへあはれ重ぬるみ熊野の濱ゆふぐれを思ひこそやれ  1068:  新宮より伊勢の方へまかりけるにみき  しまに舟のさたしける浦人の黒き髮は  ーすぢもなかりけるを呼びよせて 年へたる浦のあま人こととはむ波をかづきて幾世過ぎにき  1069: 黒髮は過ぐると見えし白波をかづきはてたる身には知るあま 〔編者云、「黒髮は」の歌四五頁の「ち〕 〔る花は」【0417】の如く詞書(作者)〕 〔欠けたるにあらざる歟〕  1070:周  御嶽より笙の岩屋へ參りたりけるにも  らぬ岩屋もとありけむ折思出でられて 〔大峯の笛の窟にてもらぬいはやと平等〕 〔院僧正よみ給ひけんこと思ひ出されて〕 〔:周〕 露もらぬ岩屋も袖はぬれけると聞かずばいかにあやしからまし  1071:  小笹の泊と申す所に露の繁かりければ 分けきつるをざさの露にそぼちつつほしぞわづらふ墨染の袖  1072:周・風雅六「月をよめる」  大峯のしんせんと申す所にて月を見て  よみける 深き山にすみける月を見ざりせば思ひ出もなき我が身ならまし  1073: 嶺の上も同じ月こそてらすらめ所がらなるあはれなるべし  1074:周・夫木「月歌中」・玉葉五           〔みける3イフ〕 月すめば谷にぞ雲はしづむめる嶺吹きはらふ風にしかれて  1075:周  をばすての嶺と申す所の見渡されて思  ひなしにや月ことに見えければ をば捨は信濃ならねどいづくにも月すむ嶺の名にこそありけれ  1076:       〔すく1〕  こいけと申す宿にて いかにして梢のひまをもとめえてこいけに今宵月のすむらむ  1077:周    〔すく1〕  ささの宿にて いほりさす草の枕にともなひてささの露にも宿る月かな  1078:周       〔すく1〕  へいちと申す宿にて月を見けるに梢の  露の袂にかかりければ 〔も1イ〕             〔も1イ〕 梢なる月もあはれを思ふべし光に具して露のこぼるる  1079:夫木  東屋と申す所にて時雨の後月を見て 神無月時雨はるれば東屋の峰にぞ月はむねとすみける  1080: かみなづき谷にぞ雲はしぐるめる月すむ嶺は秋にかはらで  1081:       〔すく1〕  ふるやと申す宿にて 神無月時雨ふるやにすむ月はくもらぬ影もたのまれぬかな  1082: 〔行尊僧正ナリ〕  平等院の名かかれたるそとばに紅葉の  散りかかりけるを見て花より外にとあ  りけむ人ぞかしと哀に覺えてよみける あはれとも花みし嶺に名をとめて紅葉ぞ今日はともに散りける  1083:夫木「大峯の千くさのたけにて」 〔ちぐさ2〕 分けて行く色のみならず梢さへちくさのたけは心そみけり  1084:  蟻のとわたりと申す所にて 笹ふかみきりこすくきを朝立ちてなびきわづらふありのとわたり  1085:  行者がへりちごのとまりにつづきたる 〔すく1〕  宿なり 春の山伏は屏風だてと申す所  〔たひらか1〕  を平に過ぎむことを難く思ひて行者ち  ごのとまりにても思ひ煩ふなるべし 屏風にや心を立てて思ひけむ行者はかへりちごはとまりぬ  1086:夫木「家集」 〔那智にまうでけるとき三重の瀧を拜み〕 〔けるに:フ〕  三重の瀧をがみけるにことに尊く覺え  て三業の罪もすすがるる心地しければ 身につもることばの罪もあらはれて心すみぬるみかさねの瀧  1087:  轉法輪のたけと申す所にて釋迦の説法  の座の石と申す所ををがみて 此處こそは法とかれたる所よと聞くさとりをも得つる今日かな  1088:夫木「家集」  題しらず   〔の1フ〕     〔やす2〕  〔ちか1(イ)〕 近江路や野ぢの旅人急がなむ野州かはらとて遠からぬかは  1089:新古十七・周  世をのがれて伊勢の方へまかりけるに  鈴鹿山にて      〔のなかを4〕 鈴鹿山うき世をよそにふりすてていかになり行く我身なるらむ  1090:○千載二十・御裳三十六番左  高野の山を住みうかれて後伊勢の國二  見の浦の山寺に侍りけるに太神宮の御  山をば神路山と申す 大日如來の御垂  跡を思ひてよみ侍りける                        〔春1(御裳)〕 深く入リて神路の奧をたづぬればまたうへもなき峯の松風  1091:○周・御裳卅六番右・玄玉一  伊勢にて ながれたえぬ浪にや世をばをさむらむ神風すずしみもすその岸  1092:  伊勢にまかりたりけるに太神宮にまゐ  りてよみける 榊葉に心をかけんゆふしでて思へば神も佛なりけり  1093:○新古十九「題しらず」・御裳一首右・御裳集秋上  内宮にまうでて月を見てよみ侍りける 神路山月さやかなるちかひありて天の下をばてらすなりけり  1094:○御裳一番左・萬代春下「花の歌とて」・御裳集春中  御裳濯河のほとりにて 岩とあけしあまつみことのそのかみに櫻をたれか植ゑはじめけむ  1095:○神祇百首の引歌  内宮のかたはらなる山陰に庵むすびて  侍りける頃 ここもまた都のたつみしかぞすむ山こそかはれ名は宇治の里  1096:○夫木「家集風の宮にて」  風の宮にて この春は花ををしまでよそならむ心を風の宮にまかせて  1097:○御裳集春中・續古七「題しらず」・御裳二番左  内宮にまうでて侍りけるに櫻の宮を見  てよみ侍りける 神風に心やすくぞまかせつる櫻の宮の花のさかりを  1098:○夫木「家集」 神路山みしめにこもる花ざかりこらいかばかりうれしかるらむ  1099:○新古十九・御裳二番右・玄玉一  伊勢の月よみの社に詣りて月を見てよ  める           〔ま1(玄)〕 さやかなる鷲の高嶺の雲井より影やはらぐる月よみの森  1100:  修行して伊勢にまかりたりけるに月の  項都思ひ出でられてよみける 都にも旅なる月の影をこそおなじ雲井の空に見るらめ  1101:夫木「家集」  伊勢のいそのへちのにしきの嶋にいそ  わの紅葉のちりけるを 浪にしく紅葉の色をあらふゆゑに錦の嶋といふにやあるらむ  1102:  伊勢のたふしと申す嶋には小石の白の  かぎり侍る濱にて黒は一つもまじらず  むかひてすが嶋と申すには黒かぎり侍  るなり        〔こいし2〕 すが嶋やたふしの小石わきかへて黒白まぜよ浦の濱風  1103: さぎじまのごいしの白をたか浪のたふしの濱に打ち寄せてける  1104:夫木「家集」   【ざ1】 からすぎきの濱のごいしと思ふかな白もまじらぬすが嶋の黒  1105:夫木 あはせばやさぎと烏と碁をうたばたふしすがしま黒白の濱  1106:夫木「家集」               〔め1〕  伊勢の二見の浦にさるやうなる女の童  どもの集りてわざとの事とおぼしく蛤  をとりあつめけるをいふがひなきあま  人こそあらめうたてきことなりと申し  ければ貝合に京より人の申させ給ひた  ればえりつつとるなりと申しけるに 今ぞ知るふたみの浦のはまぐりを貝あはせとておほふなりけり  1107:○周  伊勢より小貝ひろひて箱に入れてつつ  みこめて皇后太夫のつぼねへ遣はすと  て書きつけ侍りける 浦島がこは何ものと人とはばあけてかひあるはことこたへよ  1108:○聞  五條三位入道のもとへ伊勢より濱木綿  遣はしけるに 濱木綿に君が千歳の重なればよにたゆまじき和歌のうら波  1109:○聞  返し                釋阿 濱木綿に重なるとしぞあはれなるわかの浦浪よにたえずとも  1110:○聞  伊勢にて神主氏良がもとより二月十五  の夜くもりたりければまうしおくりけ  る                氏良 今宵しも月のかくるるうき雲や昔の空のけぶりなるらむ  1111:○聞  かへし 霞みにし鶴の林はなごりまでかつらのかげもくもるとをしれ  1112:  いらごへ渡りたりけるにゐがひと申す  はまぐりにあこやのむねと侍るなりそ  れをとりたるからを高く積みおきたり  けるを見て あこやとるゐがひのからを積み置きて寶の跡を見するなりけり  1113:夫木  沖の方より風のあしきとて松魚と申す  いを釣りける舟どもの歸りけるを見て いらご崎にかつをつる舟ならび浮きてはかちの浪にうかびてぞよる  1114:夫木「家集」  二つありける鷹のいらごわたりすると  申しけるが一つの鷹はとどまりて木の  末にかかりて侍ると申しけるを聞きて                       〔山烏かな5フ〕 すたか渡るいらごが崎をうたがひてなほきにかへる山歸りかな  1115: はし鷹のすずろかさでもふるさせてすゑたる人のありがたの世や  1116:○周・新古十・自讚歌  あづまの方へあひ知りたる人のもとへ  まかりけるにさやの中山見しことの昔  になりたりけるを思ひいでられて 〔東の方へまかりけるに詠める:(新古)〕 年たけてまたこゆべしと思ひきや命なりけりさやの中山  1117:  駿河の國久能の山寺にて月を見てよみ  ける 涙のみかきくらさるる旅なれやさやかに見よと月はすめども  1118:○新古十七・周「戀」・自讚歌  あづまの方へ修行し侍りけるに富士の  山をみてよめる 風になびく富士の煙の空にきえて行へも知らぬ我が思ひかな  1119:○周・夫木・萬代雜四  下野武藏のさかひ川に舟わたりをしけ  るに霧深かりければ 〔武藏の國と下野の國にあるこがの渡り〕 〔すとて霧ふかりければ詠める:(夫木・萬代)〕    〔けふ2イ〕 霧ふかきこがのわたりのわたしもり岸の舟つき思ひさだめよ  1120:  下野の國にて柴の煙をみてよみける 都近き小野大原を思ひ出づる柴の煙のあはれなるかな  1121:玉葉八「旅の歌の中に」  おなじ旅にて 風あらき柴のいほりは常よりも寢覺ぞものはかなしかりける  1122:周・新古八  みちのくににまかりたりけるに野中に  常よりもとおぼしき塚の見えけるを人  に問ひければ中將の御墓と申すはこれ  が事なりと申しければ中將とは誰がこ  とぞと又問ひければ實方の御ことなり  と申しけるいと悲しかりけり さらぬ  だにものあはれにおぼえけるに霜がれ  の薄ほの%\見え渡りて後にかたらむ  も詞なきやうにおぼえて 朽ちもせぬ其名ばかりをとどめ置きて枯野の薄かたみにぞ見る  1123:周・新拾九・後葉九  みちのくにへ修行してまかりけるに白  川の關にとまりて所がらにや常よりも  月おもしろくあはれにて能因が秋風ぞ  吹くと申しけむ折いつなりけむと思ひ  出でられて名殘おほくおぼえければ關  屋の柱に書き付けける 白川の關屋を月のもる影は人のこころをとむるなりけり  1124:  せきにいりてしのぶと申すわたりあら  ぬ世のことにおぼえてあはれなり 都  出でし日數思ひつづくれば霞とともに  と侍ることのあとたどるまで來にける  心ひとつに思ひ知られてよみける みやこ出でてあふ坂越えし折まではこころかすめし白川の關  1125:  たけくまの松は昔になりたりけれども  跡をだにとて見にまかりてよめる 枯れにける松なきあとのたけくまはみきと云ひてもかひなからまし  1126:  あづまへまかりけるにしのぶの奧には  べりける社の紅を ときはなる松の緑も神さびて紅葉ぞ秋はあけの玉垣  1127:夫木「家集」  ふりたるたな橋を紅葉のうづみたりけ  る渡りにくくてやすらはれて人に尋ね  ければおもはくの橋と申すはこれなり  と申しけるを聞きて ふままうき紅葉の錦散りしきて人も通はぬおもはくの橋  しのぶの里より奧に二日ばかり入り  てある橋なり  1128:夫木  名取川をわたりけるに岸の紅葉の影を  見て なとり川きしの紅葉のうる影は同じ錦を底にさへ敷く  1129:  十月十二日平泉にまかりつきたりける  に雪ふり嵐はげしくことの外に荒れた  りけり いつしか衣川見まほしくてま  かりむかひて見けり 河の岸につきて  衣川の城しまはしたることがらやうか  はりてものを見るここちしけり 汀氷  りてとりわけさびしければ とりわきて心もしみてさえぞ渡る衣川見にきたる今日しも  1130:  陸奧國にて年の暮によめる 常よりも心ぼそくぞおもほゆる旅の空にて年の暮れぬる  1131:○  奈良の僧とがの事によりてあまた陸奧  の國へ遣されしに中尊と申す所にまか  りあひて都の物語すれば涙を流す い  とあはれなり かかることはかたきこ  となり命あらば物語にせむと申して遠  國述懷と申すことを詠み侍りしに 涙をば衣川にぞ流しつるふるき都をおもひ出でつつ  1132:  みちのくにに平泉にむかひてたはしね  と申す山の待るにこと木は少なきやう  に櫻のかぎり見えて花の咲きたるを見  てよめる 聞きもせずたはしね山の櫻ばな吉野のほかにかかるべしとは  1133: 奧に猶人みぬ花の散らぬあれや尋ねを入らむ山ほととぎす  1134:  又の年の三月に出羽の國に越えてたき  の山と申す山寺に侍りけるに櫻の常よ  りも薄紅の色こき花にてなみたてりけ  るを寺の人々も見興じければ           〔かたみ1(イ)〕 たぐひなき思ひいではの櫻かな薄くれなゐの花のにほひは  1135:玉葉二  修行し侍るに花おもしろかりける所に  てよみ侍りける                         〔おくらん4(イ)〕 ながむるに花の名だての身ならずばこのもとにてや春を暮らさむ  1136:  修行して遠くまかりける折人の思ひ隔  てたるやうなる事の侍りければ よしさらば幾重ともなく山こえてやがても人に隔てられなむ  1137:周・續拾遣九・萬代雜一・雲集八「冬歌とて」  秋遠く修行し侍りけるほどにほど經け     〔權大納言成通7(續拾)〕  る所より侍從大納言成通のもとへ遣し  ける          〔さそはれて5イ〕 あらし吹く峰の木葉にともなひていづちうかるる心なるらむ  1138:周  かへし 何となく落っる木葉も吹く風に散り行くかたは知られやはせぬ  1139:夫木「雜歌中」  みやだてと申しけるはしたものの年た  かくなりてさまかへなどしてゆかりに  つきて吉野に住み侍りけり 思ひかけ  ぬやうなれども供養をのべむ料にとて  くだ物を高野の御山へつかはしたりけ  るに花と申すくだ物待りけるを見て申  しつかはしける をりびつに花のくだ物つみてけり吉野の人のみやだてにして  1140:  かへし                みやだて 心ざし深くはこべるみやだてを悟りひらけむ花にたぐへて  1141:  常よりも道たどらるるほどに雪ふかか  りける頃高野へまゐると聞きて中宮大  夫のもとよりいつか都へは出づベきか  かる雪にはいかにと申したりければ返  りごとに 雪分けて深き山路にこもりなば年かへりてや君にあふべき  1142:  かへし                時忠卿 分けて行く山路の雪は深くともとく立ち歸れ年にたぐへて  1143:周  ことの外に荒れ寒かりける頃宮法印高  野にこもらせ給ひて比ほどの寒さはい  かがするとて小袖給はせたりける又の  朝申しける                  〔は1イ〕 今宵こそあはれみあつき心地して嵐の音をよそに聞きつれ  1144:  宮の法印高野にこもらせ給ひておぼろ  げにては出でじと思ふに修行せまほし  きよし語らせ給ひけり 千日果てて御  嶽にまゐらせ給ひていひ遣しける あくがれし心を道のしるベにて雲にともなふ身とぞ成ぬる  1145:  かへし 山の端に月すむまじと知られにき心の空になると見しより  1146:周  待賢門院の中納言の局世をそむきて小  倉の麓に住み侍りける頃まかりたリけ  るにことがらまことに憂にあはれなり  けり 風のけしきさへことにかなしか  りけわば書きつけける           〔きは2イ〕  〔む1〕 山おろす嵐の音のはげしきをいつならひける君がすみかぞ   1147:周  哀なるすみかをとひにまかりたりける  に此の歌を見てかきつけける                同じ院の兵衞局 〔同院の兵衞局かの小倉山のすみかへま〕 〔かりけるに此の歌をみて書付られける〕 〔(周)〕                    〔にし2〕 うき世をばあらしの風にさそはれて家を出でぬる栖とぞ見る  1148:  小倉をすてて高野の麓に天野と申す山  に住まれけり おなじ院の帥の局都の  外の栖とひ申さではいかがとて分けお  はしたりける ありがたくなむ 歸る  さに粉河へまゐられけるに御山よりい  であひたりけるをしるべせよとありけ  ればぐし申して粉河へ參りたりける  かかるついでは今はあるまじまことな  り吹上みむといふ事具せられたりける  人々申し出でて吹上へおはしけり 通  より大雨風吹きて興なくなりにけり  さりとてはとて吹上に行きつきたりけ  れども見所なきやうにて社にこしかき  すゑて思ふにも似ざりけり 能因が苗  代水にせきくだせとよみていひ傅へら  れたるものをと思ひてやしろに書きつ  けける (天の川苗代水にせきくだせあま降ります神ならば神) (              能因法師--金葉集十) あまくだる名を吹上の神ならば雲晴れのきて光あらはせ  1149: 苗代にせきくだされし天の川とむるも神の心なるべし  かくかきたりければやがて西の風吹  きかはりて忽ちに雲はれてうら/\  と日なりにけり 末の代なれど志い  たりぬることにはしるしあらたなる  ことを人々申しつつ信おこして吹上  若の浦おもふやうに見て歸られにけ  り  1150:新後撰十九「夏のころ西行法師のもとへ遣しける」・周  待賢門院の女房堀川の局のもとよりい  ひ送られける                待賢門院堀河 此世にてかたらひおかむ郭公しでの山路のしるべともなれ  1151:周  かへし                     〔かく2イ〕 時鳥なく/\こそは語らはめ死出の山路に君しかからば  1152:夫木「家集」  深夜水聲といふことを高野にて人々よ  みけるに まぎれつる窓の嵐の聲とめてふくると告ぐる水の音かな  1153:夫木「家集」  高野の奧の院の橋の上にて月あかかり  ければもろともに夜もすがら眺めあか  してその頃西住上人京へ出でにけり  その夜の月忘れがたくて又おなじ橋の  月の頃西住上人のもとへいひ遣しける こととなく君こひ渡る橋の上にあらそふものは月の影のみ  1154:  かへし                西住上人 思ひやる心は見えで橋の上にあらそひけりな月の影のみ  1155:玄玉三  入道寂然大原に住み侍りけるに高野よ  り遣しける 山ふかみさこそあらめときこえつつ音あはれなる谷川の水  1156:玄玉三 山ふかみまきの葉わくる月影ははげしきもののすごきなりけり  1157:夫木                        〔たちえぞ2(イ)〕 山ふかみ窓のつれづれとふものは色づきそむるはじの立枝  1158: 山ふかみ苔の莚の上にゐてなに心なく啼くましらかな  1159: 山ふかみ岩にしたたる水とめむかつ%\落つるとちひろふ程  1160:夫木 山ふかみけぢかき鳥のおとはせでもの恐しきふくろふの聲  1161: 山ふかみこぐらき嶺の梢よりもの/\しくも渡る嵐か  1162: 山ふかみほだ切るなりときこえつつ所にぎはふ斧の音かな  1163: 山ふかみ入りて見と見るものは皆あはれ催すけしきなるかな  1164:玉葉十六・夫木 山ふかみなるるかせぎのけぢかさに世に遠ざかる程ぞ知らるる  1165:  かへし                寂然 あはれさはかうやと君も思ひ知れ秋暮れがたの大原の里  1166:                  〔やどす3〕 ひとりすむおぼろの清水友とては月をぞすます大原の里  1167: 炭がまのたなびくけぶリひとすぢに心ぼそきは大原の里  1168: 何となく露ぞこぼるる秋の田にひた引きならす大原の里  1169:夫木(西行の歌とて誤り載せたり) 水の音は枕に落つるここちしてねざめがちなる大原の里  1170: あだにふく草のいほりのあはれより袖に露おく大原の里  1171: 山かぜに嶺のささぐりはら/\と庭に落ちしく大原の里  1172:        〔あけび2〕     〔つま1〕 ますらをが爪木に通草さしそへて暮るれば歸る大原の里  1173: むぐらはふ門は木の葉に埋もれて人もさしこぬ大原の里  1174: もろともに秋も山路も深ければしかぞかなしき大原の里  1175:〇  高野にまゐりける時葛城山に虹の立ち  ければ 〔この詞書夫木。周「太神宮の祭日によめる」〕 〔の次にありて詞書なし〕 さらにまたそり橋わたす心ちしておふさかかれる葛城の山  1176:夫木  高野に籠りたりける頃草の庵に花の散  りつみければ ちる花のいほりの上をふくならば風入るまじくめぐりかこはむ  1177:  高野より京なる人のもとへいひつかは  しける 住むことは所がらぞといひながらかうやは物のあはれなるベき  1178:周・新古十七・御裳三十番右  思はずなること思ひ立つよしきこえけ  る人のもとへ高野より云ひつかはしけ  る しをりせで猶山深く分けむ入らむうきこと聞かぬ所ありやと  1179:  高野にこもりたる人を京より何ごとか  又いつか出づべきと申したるよし聞き  てその人にかはりて 山水のいつ出づべしと思はねば心細くてすむと知らずや  1180:  海邊重旅宿といへることを 波ちかき磯の松がね枕にてうらがなしきは今宵のみかは  1181:  しほ湯にまかりたりけるに具したりけ  る人九月晦日にさきへのぼりければつ  かはしける人にかはりて 秋は暮れ君は都へ歸りなばあはれなるべき旅のそらかな  1182:  かへし                大宮の女房加賀               〔に1(イ)〕 君をおきて立ち出づる空の露けさは秋さへくるる旅の悲しさ  1183:  しほ湯出でて京へ歸りまうで來て古郷  の花霜がれにけるあはれなりけり い  そぎ歸りし人のもとへ又かはりて      〔このは2(イ)〕 〔ち1(イ)〕 露おきし庭の小萩も枯れにけりいづら都に秋とまるらむ  1184:  かへし                おなじ人 したふ秋は露もとまらぬ都へとなどて急ぎし舟出なるらむ  Subtitle 賀歌  1185:  うまごまうけて悦びける人のもとへい  ひつかはしける 千代ふべき二葉の松のおひさきを見る人いかに嬉しかるらむ  1186:  祝 ひまもなくふりくる雨のあしよりも數かぎりなき君が御代かな  1187:周                    〔の數にとるべき8イ〕              〔めてや3イ〕 千代ふベきものをさながらあつむとも君が齡を知らむものかは  1188:夫木・家集「百首祝」 苔うづむゆるがぬ岩の深き根は君が千年をかためたるべし  1189: むれ立ちて雲井にたづの聲すなり君が千年や空にみゆらむ  1190:御裳三十四番右                       〔す1(イ)〕 澤ベより巣立ちはじむる鶴の子は松の枝にやうつりそむらむ  1191: 大海のしほひて山になるまでに君はかはらぬ君にましませ  1192:周・新後撰二十 君が代のためしに何を思はましかはらぬ松の色なかりせば  1193: 君が代は天つ空なる星なれや數も知られぬここちのみして  1194: 光さす三笠の山の朝日こそげに萬代のためしなりけれ  1195:夫木「家集」 萬代のためしにひかむ龜山の裾野の原にしげる小松を  1196: かずかくる波にしづ枝の色染めて神さびまさる住の江の松  1197:周・夫木「家集祝歌」・御裳卅四番左                〔八千代3(イ)〕 若葉さす平野の松はさらにまた枝にや千代の數をそふらむ  1198: 竹の色も君が緑に染められて幾世ともなく久しかるべし  Subtitle 戀歌  1199:  聞名尋戀                        〔ゆくかな4(イ)〕 あはざらむことをば知らず帚木のふせやと聞きて尋ねきにけり  *入力中  End  親本::  「山家集類題」  底本::   書名:  纂訂 西行法師全歌集   著者:  伊藤 嘉夫   發行:  大岡山書店 (東京市麻布區一本松町廿七)   初版:  昭和十年二月十五日發行  入力::   入力者: 新渡戸 廣明(info@saigyo.net)   入力機: Sharp Zaurus igeti MI-P1-A   編集機: IBM ThinkPad X31 2672-CBJ   入力日: 2004年08月20日-  校正::   校正者:   校正日:  $Id: sanka_santei.txt,v 1.53 2020/01/20 00:07:46 saigyo Exp $