Title 山家集  Note 親本: 筑波大学図書館蔵山家集(六家集本) 【〇〇一左】  Section 山家集 上  Subtitle 春  0001:  たつ春のあしたよみける 年くれぬ春くへしとは思ねに まさしくみえてかなふ初夢  0002: 山のはのかすむけしきにしるき哉 けさよりはさは春の明ほの  0003:             戸 春たつと思ひもあへぬあさo出に いつしかかすむ音羽山かな  0004: 立かはる春をしれともみせかほに 年をへたつるかすみ成けり  0005:【補入】 解そむるはつ若水のけ色にて 春立ことのくまれぬるかな  0006:  家に翫春といふことを かとことにたつる小松にかさゝれて 宿てふやとに春はきにけり  0007:  元日子日にて侍けるに 【〇〇二右】 子日してたてたる松にうへそへん 千代かさぬへき年のしるしに  0008:  山里に存立と云ことを 山里はかすみわたれるけ色にて 空にや春の立を知らん  0009:  なにはわたりにとしこしに侍けるに春立心をよみける     もイ1 いつしかと春きにけりと津の国の なにはの浦をかすみこめたり  0010:  春になりけるかたゝかへに、しかのさとへまいりける人  にくしてまかりけるに、逢坂山のかすみけるを見て、 わきてけふあふさか山のかすめるは 立をくれたる春やこゆらん 【〇〇二左】  0011:  題しらす 春しれと谷の下水もりそくる 岩まの氷ひま絶にけり  0012:続後 かすますは何をか春と思はまし また雪きえぬみよしのゝ山  0013:  海辺霞と云ことを                  あらイ1 もしほやく浦のあたりは立のかて 煙立そふ春かすみかな  0014:  同心を、伊勢の二見といふところにて 浪こすと二見の松の見えつるは 梢にかゝるかすみ成けり  0015:  子日 春ことに野への小松を引人は いくらの千世をふへきなるらん  0016: 子日する人にかすみは先立て 小松か原をたな引にけり 【〇〇三右】  0017: 子日してかすみたなひくのへに出て はつ鶯のこゑをきゝつる  0018:  わかなにはつ音のあひたりけれは、人のもとへ申つかは  しける わかなつむけふに初音のあひぬれは 待にや人の心ひくらん  0019:続拾  雪中若菜 けふはたゝ思ひもよらて帰なん 雪つむ野へのわかななりけり  0020:  わかな 春日野は年の内には雪つみて 春はわかなのおふるなりけり  0021:  雨中若菜 春雨のふるのゝ若な生ぬらし ぬれ/\つまんかたみたぬきれ 【〇〇三左】  0022:  わかなによせてふるきをおもふと云ことを わかなつむ野への霞そ哀れなる むかしをとをくへたつと思へは  0023:  老人の若なといふことを うつえつきなゝくさにこそおひにけれ 年を重ねてつめる若なは  0024:  寄若菜述懐と云ことを わかな生る春の野守に我なりて 浮世を人につみしらせはや  0025:  寄鶯述懐 うき身にてきくもおしきは鶯の かすみにむせふ明ほのゝこゑ  0026:  閑中鶯 鶯のこゑはかすみにもれてくる 人めともしき春のやま里 【〇〇四右】  0027:  雨中鶯        となきいたるイ6 鶯の春さめ/\になきたるは 竹のしつくやなみた成らん  0028:  すみける谷に鶯こゑせす成にけれは ふるすうとく谷の鶯なりはては 我やかはりてなかむとすらん  0029: 鶯は谷のふるすを出ぬとも わか行衛をは忘れさら南  0030: うくひすはわれをす守に頼みてや 谷のほかへは出て鳴らん  0031: 春の程はわかすむ庵の友に成て ふるすな出そ谷の鶯  0032:  きゝすを 萌出るわかなあさると聞ゆ也 きゝすなく野の春の明ほの  0033: 生かはる春の若草待わひて 原のかれ野にきゝすなく也 【〇〇四左】  0034: 春霞いつち立いてゝゆきに劔 雉子住のを焼てける哉  0035: 片岡のしはうつりしてなく雉子 たつはおとゝてたかゝらぬかは  0036:  山家梅 香を留て人をこそまて山里の かきねの梅のちらぬかきりは  0037: 心せんしつか垣ねの梅はあやな よしなく過る人とゝめける  0038: この春はしつか垣ねにふれわひて 梅かゝとめん人したしまむ  0039:  さかにすみける、みちをへたてゝ家の侍けるより、梅の  風にちりけるを ぬしいかに風わたるとていとふらん よそにうれしき梅の匂ひを  0040:  いほりのまへなる梅を見てよみける 【〇〇五右】     山イ1 梅かゝを谷ふところに吹ためて 入こん人にしめよ春風  0041:    のにしふく山5  伊勢にもりやまと申所に侍けるに、庵りに梅のかうはし  くにほひけるを 柴の庵による/\梅の匂ひきて やさしき方もある栖哉  0042:  梅に鶯なきけるを 梅かゝにたくへてきけは鶯の こゑなつかしき春のやま里  0043: つくり置しこけのふすまに鶯は 身にしむ梅のかやうつすらん  0044:  旅のとまりの梅 独ぬる草の枕のうつりかは かきねのむめの匂ひなりけり  0045:  古砌梅 【〇〇五左】 何となく軒なつかしき梅ゆへに すみけん人の心をそしる  0046:   里イ1  山家春雨と云ことを、大原にてよみけるに 春雨の軒たれこむるつれ/\に 人にしられぬ人の栖か  0047:  霞中帰雁 何となくおほつかなきは天の原 かすみにきえてかへる雁かね  0048: 雁かねはかへる道にやまよふらん こしの中山かすみへたてゝ  0049:  帰雁 玉章のはしかきかとも見ゆる哉 とひをくれつゝかへるかりかね  0050:  山家喚子鳥 山里に誰を又こはよふこ鳥 独のみこそすまむと思ふに 【〇〇六右】  0051:  苗代 なわしろの水をかすみはたな引て うちひのうへにかゝる成けり  0052:  霞に月のくもれるを見て 雲なくておほろなりともみゆる哉 霞かゝれる春のよの月  0053:新古   里イ1  山家柳 山かつのかた岡かけてしむる庵の さかひにみゆる玉のをやなき  0054:  雨中柳 中/\に風のほかにそ乱れける 雨にぬれたる青柳の糸  0055:  柳乱風 みわたせはさほのかはらにくりかけて 風によらるゝ青柳の糸 【〇〇六左】  0056:  水辺柳 水そこにふかきみとりの色みえて 風になみよる河柳かな  0057:  待花忘時 まつによりちらぬ心を山さくら さきなは花の思ひしらなん  0058:  独尋山花 誰か又花を尋てよし野山 苔ふみ分る岩つたふらむ  0059:  待花 今更に春をわするゝ花もあらし やすく待つゝけふもくらさん  0060:玉 おほつかないつれの山の峯よりか 待るゝ花のさきはしむらん  0061:  花哥あまたよみけるに 空に出ていつくともなく尋ぬれは 雲とは花のみゆる成けり 【〇〇七右】  0062: 雪とちし谷のふるすを思ひ出て 花にむつるゝ鶯のこゑ  0063:  花哥あまたよみけるに  〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃 吉野山雲をはかりに尋入て 心にかけし花を見るかな  0064: 思ひやる心や花にゆかさらん かすみこめたるみよし野の山  0065:千 をしなへて花のさかりに成にけり 山のはことにかゝる白雲  0066: まかふ色に花さきぬれはよしの山 春は晴せぬみねの白くも  0067: よし野山梢の花をみし日より 心は身にもそはす成にき  0068:新後 あくかるゝ心はさても山さくら ちりなん後や見にかへるへき  0069: 花みれはそのいはれとはなけれとも 心のうちそくるしかりける  0070: 白河の梢をみてそなくさむる よしのゝ山にかよふこゝろを 【〇〇七左】  0071: 引かへて花みる春はよるはなく 月みる秋はひるなからなむ  0072: 花ちらて月はくもらぬ世成せは ものを思はぬ我身ならまし  0073: たくひなき花をし枝にさかすれは 桜にならふ木はなかりけり  0074: 身を分て見ぬ梢なくつくさはや よろつの山の花の盛を  0075: 桜さく四方の山へをかぬるまに のとかに花を見ぬ心ちする  0076: 花にそむ心のいかて残けむ 捨はてゝきとおもふ我身を  0077:【補入】続古 白川の春の梢のうくひすは 花の詞をきくこゝちする  0078: ねかはくは花のもとにて春しなん その二月の望月の比  0079:千 仏には桜の花を奉れ わか後の世を人とふらはゝ  0080: なにとかやよに有かたき名をえたる 花も桜にまさらしものを  0081: 山桜かすみの衣あつくきて 此春たにもかせつゝま南 【〇〇八右】  0082: 思ひやるたかねの雲の花ならは ちらぬなぬかははれしとそ思  0083: のとかなる心をさらにつくしつゝ 花ゆへにこそ春は待しか  0084:  さ1 かきこしの峯のつゝきに咲花は いつさかりともなくやちるらん  0085: ならひ有て風さそふとも山桜 たつぬる我を待つけてちれ  0086: すそのやく煙そ春はよしの山 花をへたつるかすみなりける  0087: 今よりは花みん人につたへをかん 世をのかれつゝ山にすまへと  0088:玉  しつかならんと思ひけるころ花見に人/\まうてきたり  けれは 花見にとむれつゝ人のくるのみそ あたら桜のとかには有ける  0089: 花もちり人もこさらん折は又 山のかひにてのとかなるへし 【〇〇八左】  0090:  かきたえこととはす成にける人の、花見に山里へまうて  きたると聞てよみける         とイ1            (ママ) 年をへておなし梢に匂へとも 花こそ人にあかれさりけり  0091:  花のしたにて月を見てよみける 雲にまかふ花の下にて詠れは おほろに月はみゆる成けり  0092:  春の明ほの花見けるに、うくひすの鳴けれは 花の色やこゑにそむらん鶯の なく音ことなる春の明ほの  0093:  はるは花を友といふことを、さかの院の斎院にて人/\  よみけるに をのつから花なき年の春もあらは 何に付てか日を暮すへき 【〇〇九右】  0094:  老見花と云ことを 老つとに何をかせまし此春の 花まちつけぬ我身成せは  0095:続古  老イ2  ふる木の桜の所/\咲たるをみて わきてみんおひ木は花も哀也 いまいくたひか春に逢へき  0096:  屏風のゑを人/\よみけるに、春のみや人むれて花見け  る所に、よそなる人の見やりてたてりけるを                       我イ2 このもとはみる人しけし桜はな よそになかめてかをはおしまむ  0097:  山寺の花さかり成けるに、むかしを思ひ出て よし野山ほきちつたひに尋入て 花みし春は一むかしかも 【〇〇九左】  0098:玉  修行し侍けるに、花のおもしろかりける所にて                   もとイ1 なかむるに花のなたての身ならすは 此里にてや春をくらさん  0099:  くま野へまいりけるに、やかみの皇子の花おもしろかり  けれは、社にかきつけゝる まちきつるやかみの桜咲にけり あらくおろすなみすの山風  0100:  せか院の花さかりなりけるころ、としたゝのもとよりい  ひをくれりける をのつからくる人あらはもろ友に なかめまほしき山さくらかな  0101:  返し なかむてふ数にいるへき身なりせは 君か宿にて春はへぬへし 【〇一〇右】  0102:  上西門院の女房、法勝寺の花見侍けるに、雨のふりて暮  にけれはかへられにけり、又の日兵衛の局のもとへ、花                  えイ1  のみゆき思ひ出させ給ふらんとおほして、かくなん申さ  まほしかりしとてつかはしける 見る人に花もむかしを思出て 恋しかるへし雨にしほるゝ  0103:  返し いにしへを忍ふる雨と誰かみん 花もそのよの友しなけれは  わかき人/\はかりなん、おいにける身は風のわつらは  しさにいとはるゝ事にて、と有けるなむ 【〇一〇左】  やさしくきこえける  0104:  雨のふりけるに花の下にて、車たてゝ詠めける人に ぬるともとかけをたのみてをもひ劔 人の跡ふむけふにも有哉  0105:千  世をのかれて東山に侍けるころ、白河の花さかりに人さ  そひけれはまかりて、かへりてむかしおもひいてゝ ちるをみてかへる心や桜はな むかしにかはるしるし成らん  0106:玉  山路落花 ちり初る花の初雪降ぬれは ふみ分まうきしかの山こえ 【〇一一右】  0107:  落花哥あまたよみけるに 勅とかやくたすみかとのいませかし さらはおそれて花やちらぬと  0108: 波もなく風をおさめし白河の 君のおりもや花はちり劔  0109: いかて我この世の外の思ひ出に 風をいとはて花をなかめん  0110: 年をへて待もおしむも山桜 こゝろを春はつくす成けり  0111: 吉野山谷へたなひく白雲は 峯の桜のちるにやあるらん  0112: よし野山峯なる花はいつ方も たにゝかわきてちりつもるらん  0113: 山颪のこのもとうつむ花の雪は いは井にうくも氷とそみる  0114:           (ママ) 春風の花のふゝきにうつまれて 行もやられぬしかの山道  0115:   か 立まよふ峯の雲をははらふとも 花をちらさぬ嵐成せは   〃 【〇一一左】  0116:        に おしまれぬ身たoも世には有物を あなあやにくの花の心や  0117:玉 うき世にはとゝめをかしと春風の ちらすは花をおしむ成けり  0118:                            そ もろともに我をもくしてちりね花 うき世をいとふ心ある身に                            〃  0119:                   に 思へたゝ花のちりなむ木本に 何をかけoて我身すまなむ  0120: なかむとて花にもいたくなれぬれは ちる別こそかなしかりけれ  0121:    はと2 おしめともおもひけもなくあたにちる 花は心そかしこかりける  0122: よし野山花ふきくして峯こゆる 嵐は雲とよそにみゆ覧  0123: 梢ふく風の心はいかゝせん したかふ花のうらめしきかな  0124: いかてかはちらてあれとも思ふへき しはしとしたふ歎しれ花  0125: このもとの花にこよひは埋れて あかぬ梢を思ひあかさん 【〇一二右】  0126: 木のもとにたひねをすれは吉野山 花のふすまをきする春かせ  0127: 雪と見えて風に桜のみたるれは 花のかさきる春のよの月  0128: ちる花をおしむ心やとゝまりて 又こん春の種になるへき  0129: 春ふかみ枝もゆるかてちる花は 風のとかにはあらぬ成へし  0130: あなかちに庭をさへはく嵐哉 さこそ心に花をまかせめ  0131: あたにちるさこそ梢の花ならめ すこしは残せ春の山かせ  0132: 心えつたゝ一筋に今よりは 花をおしまて風をいとはん  0133: 吉野山桜にまかふ白雲の ちりなんのちは晴すもあら南  0134: 花とみはさすか情をかけましを 雲とて風のはらふなる也  0135: 風さそふ花の行衛は知ねとも おしむ心は身にとまりけり 【〇一二左】  0136: 花さかり梢をさそふ風ならて のとかにちらす春にあはゝや  0137:  庭花似波と云ことを 風あらみ梢の花のなかれきて 庭になみたつ白川の里  0138:  白河の花にはおもしろかりけるを見て                       そ あたにちる梢の花をなかむれは 庭にはきえぬ雪oつもれる  0139:  高野にこもりたる比草の庵に花ちりつみけれは ちる花の庵のうへを吹ならは 風いるましくめくりかこはむ  0140:  夢中落花と云ことを、さかの斎院にて人ゝよみけるに 【〇一三右】 春風の花をちらすとみる夢は 覚てもむねのさはく成けり  0141:  風前落花 山桜枝きる風の名こりなく 花をさなからわか物にする  0142:  雨中落花 梢うつ雨にしほれてちる花の おしき心を何にたとへん  0143:  遠山残花 よし野山一村みゆるしら雲は 咲をくれたる桜なるへし  0144:新後  花哥十五首よみけるに 吉野山人に心をつけかほに 花より先にかゝるしら雲  0145: 山寒み花咲へくもなかりけり あまりかねても尋きにけり 【〇一三左】  0146: かたはかりつほむと花を思ふより 空また心ものになるらん  0147: おほつかな谷は桜のいかならむ 峯にはいまたかけぬ白雲  0148: 花ときくは誰もさこそはうれしけれ 思ひしつめぬ我心かな  0149: 初花のひらけはしむる梢より そはへて風のわたる成けり  0150: おほつかな春は心の花にのみ いつれのとしかうかれそめ劔  0151: いさことしちれと桜をかたらはむ 中/\さらは風やおしむと  0152: 風ふくとえたをはなれておつましく 花とちつけよ青柳の糸  0153: 吹風のなへて梢にあたるかな かはかり人のおしむさくらに  0154:新後 何となくあたなる花の色をしも 心にふかくそめはしめ劔  0155: おなし身のめつらしからすおしめはや 花もかはらすさけはちるらん 【〇一四右】  0156: 峯にちる花は谷なる木にそ咲 いたくいとはし春のやま風  0157: 山颪にみたれて花のちりけるを いはゝなれたるたきとみたれは  0158: 花もちり人も都へかへりなは 山さひしくやならむとすらん  0159:  ちりて後花をおもふといふことを 青葉さへみれは心のとまる哉 ちりにし花の名残と思へは  0160:  すみれ 跡たえて浅ち茂れる庭の面に 誰わけ入てすみれつみてん  0161: 誰ならんあらたのくろに董つむ 人は心のわりなかるへし  0162:  さわらひ なをさりにやき捨しのゝ早蕨は 折人なくてほとろとやなる 【〇一四左】  0163:  かきつはた 沼水に茂るまこものわかれぬを 咲へたてたるかきつはた哉  0164:  山路躑躅 岩つたひおらてつゝしを手にそとる さかしき山のとり所には  0165:  つゝし山のひかりたりといふことを            へ つゝし咲山の岩かけ夕はらて をくらはよそのなのみ成けり            〃  0166:  やまふき 岸ちかみうへけん人そうらめしき 波におらるゝ山吹のはな  0167:                    と 山吹の花さく里に成ぬれは こゝにもゐてもおもほゆる哉                    〃  0168:  かはつ 【〇一五右】            (ママ) ま菅生るあらたに水を任すれと うれしかほにもなくかはつ哉  0169: みさひゐて月もやとらぬ濁江に 我すまむとてかはつなく也  0170:  春のうちに郭公をきくと云ことを うれしとも思ひそわかぬ子規 春きくことのならひなけれは  0171:  伊勢にまかりたりけるに、みつと申所にて、海辺暮春と  云ことを神主ともよみけるに 過る春しほのみつより舟出して 浪の花をやさきに立らん  0172:  三月一日たらて暮にけるによみける 春ゆへにせめても物を思へとや みそかにたにもたらて暮ぬる  0173:  三月晦日に けふのみと思へはなかき春の日も ほとなくくるゝ心地こそすれ  0174:【補入】 行はるをとゝめかねぬる夕暮は 明ほのよりもあはれなりけり 【〇一五左】  Subtitle 夏  0175:         を 限あれは衣はかりはぬきかへて 心は花をしたふなりけり         〃  0176:  夏歌中に            にイ1 草茂る道かりあけて山里は 花みし人のこゝろをそ見る  0177:  みつのえのうの花 立田川岸のまかきを見わたせは ゐせきの波にまかふ卯花  0178:【補入】 やま川のなみにまかへる卯花を たちかへりてやひとはおるらん  0179:  よるの卯花 まかふへき月なき比の卯花は よるさへさらす布かとそみる  0180:  社頭卯花 神垣のあたりに咲もたよりあれや ゆふかけたりとみゆる卯花 【〇一六右】  0181:新後  無言なりける比、郭公の初こゑをきゝて 郭公人にかたらぬ折にしも 初音聞こそかひなかりけれ  0182:  たつねさるにほとゝきすをきくといふことを、賀茂社に  て人/\よみけるに         (ママ) 時鳥卯月のいみにゐこめるを 思ひしりてもきなく成哉  0183:  夕暮の郭公 里なるゝたそかれ時の子規 きかすかほにて又なのらせん  0184:  時鳥 わか宿に花橘をうへてこそ 山ほとゝきす待へかりけれ  0185: 尋れはきゝかたきかと子規 こよひはかりはまつこゝろみん 【〇一六左】  0186:                    む 時鳥まつ心のみつくさせて こゑをはおしきさ月成けり                    〃  0187:  人にかはりて 待人の心をしらはほとゝきす たのもしくてやよを明さまし  0188:  郭公を待てむなしく明ぬと云ことを                      (ママ) 子規なかて明ぬとつけかほに 待れぬ鳥の音そ聞ゆる  0189: 時鳥きかて明ぬる夏のよの 浦嶋の子はまこと成けり  0190:  子規哥五首よみけるに 時鳥聞ぬものゆへまよはまし 花を尋ぬ山路なりせは  0191: 待ことは初音まてかと思ひしに 聞ふるされぬほとゝきす哉  0192: 聞をくる心をくして時鳥 たかまの山の見ねこえぬ也 【〇一七右】  0193: 大井川をくらの山の時鳥 ゐせきにこゑのとまらましかは  0194:                     (ママ) 時鳥その後こえん山ちにも かたらふこゑはかたらさらなん  0195:【補入】  ほとゝきすを ほとゝきすきく折にこそなつ山の 青はゝ花におとらさりけれ  0196: 子規おもひもわかぬ一こゑを きゝつといかゝ人にかたらむ  0197: 時鳥いか許なる契りにて こゝろつくさて人のきくらん  0198: かたらひしその夜のこゑは時鳥 いかなる世にも忘んものか  0199: 子規花橘は匂ふとも 身をうの花のかきね忘るな  0200:  雨中待郭公と云ことを 時鳥しのふ卯月も過にしを 猶こゑおしむ五月雨の空  0201:  雨中郭公 【〇一七左】 五月雨のはれまも見えぬ雲ちより 山時鳥鳴てすく也  0202:      といふことを  山寺子規o人/\よみけるに 時鳥きゝにとてしもこもらねと 初せの山はたより有けり  0203:  五月つこもりに山寺にまかりて立かへりけるを、時鳥も  すけなく聞すてゝかへりし事なと、人の申つかはしたり  ける返事に 時鳥名残あらせてかへりしか きゝ捨るにも成にけるかな  0204:  たいしらす 空晴て沼のみかさををとさすは あやめもふかぬ五月なるへし  0205:  高野の中院と申所にあやめふきたる坊 【〇一八右】  の侍けるに、さくらのちりけるかめつらしくおほえてよ  みける     に 桜ちる宿をかされるあやめをは 花あやめとやいふへかるらん     〃  0206:  坊なるちこ、これを聞て ちる花をけふのあやめのねにかけて くす玉ともや云へかるらん  0207:  さる事ありて人のもの申つかはしたりける返事に、五日 折に逢て人に我身やひかれまし つくまの沼のあやめなりせは  0208:  五月五日山寺へ人のけふいるものなれはとて、しやうふ  をつかはしたりける返事に  【〇一八左】  0208: 西にのみ心そかゝるあやめ草 この世はかりの宿とおもへは  0209: みな人の心のうきはあやめ草 西に思ひのひかぬ成けり  0210:【補入】 五月雨の軒の雫に玉かけて 宿をかされるあやめ草かな  0211:  五月雨 水たゝふ入江のまこもかりかねて むなてに過る五月雨のころ  0212: 五月雨に水まさるらしうち橋や くもてにかゝる浪の白糸  0213: 五月雨は岩せく浪の水深み わけし石まのかよひちもなし  0214: こさゝしくふるさとをのゝ道のあとを 又さはになす五月雨の比  0215:                      (ママ) つく/\と軒の雫を詠めつゝ 日をのみくらす五月のころ  0216: 東やのをかやか軒の糸水に 玉ぬきかくる五月雨のころ  0217: 五月雨にをたのさなへやいかならん あせのうき土あらひこされて 【〇一九右】  0218: 五月雨の比にしなれはあらをたに 人も任せぬ水たゝいけり  0219:  あるところに五月雨の哥十五首詠侍しに、人にかはりて 五月雨にほすひまなくてもしほ草 煙もたてぬ浦のあま人  0220:【補入】 五月雨はいさゝ小川の橋もなし いつくともなくみほになかれて  0221: 水無瀬川をちのかよひち水みちて 舟渡しする五月雨のころ  0222:  河澪標事 ひろせ川渡りの奥の身をつくし みかさそふらし五月雨の比  0223: はやせ川つなての岸を奥にみて のほりわつらふ五月雨の比  0224: 水わくるなにはほり江のなかりせは いかにかせまし五月雨の比  0225:                  ゆきみんイ4  とめしイ3      たえてイ3 舟すへしみなとの芦まさほたてゝ 心ゆくらんさみたれのころ  0226: 水そこにしかれにけりなさみたれて 水のまこもをかりにきたれは 【〇一九左】  0227:                       せ 五月雨のをやむ晴間のなかれめや みつのかさほのまこもかる舟                       〃  0228: 五月雨にさのゝ舟橋うきぬれは のりてそ人はさしわたるらん  0229: 五月雨のはれぬ日数のふるまゝに 沼のまこもはみかくれにけり  0230: 水なしと聞てふりにしかつまたの 池あらたむる五月雨の比  0231: 五月雨は行へき道のあてもなし をさゝか原もうきになかれて  0232: 五月雨は山田のあせのたき枕 数をかさねておつる也けり  0233:            流 川はたのよとみにとまるo木の うきはし渡す五月雨のころ  0234: 思はすにあなつりにくき小川かな 五月の雨に水まさりつゝ  0235:  となりのいつみ 風をのみ花なき宿はまち/\て いつみの末を又むすふかな 【〇二〇右】  0236:  水辺納涼と云ことを、北白川にてよみける 水の音にあつさ忘るゝまとゐかな 梢の蝉のこゑもまきれて  0237:  深山水鶏 そま人のくれにやとかる心ちして いほりをたゝく水鶏成けり  0238:  題しらす 夏山のゆふした風の涼しさに ならの木陰のたゝまうき哉  0239:  なてしこ かきわけてをれは露こそこほれけれ 浅ちにましる撫子の花  0240:  雨中撫子                      (ママ) 露をもみそのゝなてしこいかならん あらく見えつゝ夕立の空 【〇二〇左】  0241:  夏野草 みまくさに原のをすゝきしかふとて ふしとあせぬとしか思ふらん  0242:  旅行草深と云ことを 旅人の分る夏野の草茂み はすゑに菅のをかさはつれて  0243:  行路友といふことを ひはりあかるおほ野のちはら夏くれは すゝむこかけを尋てそゆく  0244: ともしするほくしの松もかへなくに しかめあはせて明す夏のよ  0245:  題しらす 夏のよはしのゝ小竹のふしちかみ そよや程なく明る成けり  0426: 夏のよの月みることやなかるらん かやり火たつるしつのふせやは 【〇二一右】  0247:  海辺夏月 露のほる芦の若はに月さえて 秋をあらそふ難波津の浦  0248:  泉にむかひて月を見ると云ことを 結ひあくるいつみにすめる月影は 手にもとられぬ鏡成けり  0249:           そふるイ3 結ふ手にすゝしき影をしたふ哉 清水にやとる夏のよの月  0250:  夏月哥よみけるに 夏のよもをさゝか原に霜そをく 月の光のさえしわたれは  0251: 山川の岩にせかれてちる波を あはれとみする夏のよの月  0252:  池上夏月 影さえて月しもことにすみぬれは 夏の池にもつらゝゐにけり 【〇二一左】  0253:  蓮満池と云ことを をのつから月やとるへきひまもなく 池に蓮の花咲にけり  0254:  雨中夏月 夕立のはるれは月そやとりける 玉ゆりすふる蓮のうきはに  0255:  涼風如秋                     つ またきより身にしむ風のけしき哉 秋さきたoる深山への里  0256:  松風如秋といふことを、北白川なるところにて人/\よ  みて、又水声有秋といふことをかさねけるに 松風の音のみならす石はしる 水にも秋は有ける物を 【〇二二右】  0257:  山家待秋 山里は外面のまくすはを茂み うら吹返す秋をまつかな  0258:  みな月はらへ みそきしてぬさきりなかす川のせに やかて秋めく風そ涼しき  Subtitle 秋  0259:   里イ1  山家初秋 さま/\にあはれをこめて梢ふく 風に秋しるみ山への里  0260:  山居初秋 秋立と人はつけねと知れけり み山のさとの風のけしきに  0261:  ときはの里にて、初秋の月といふことを人ゝ 【〇二二左】  よみけるに 秋たつと思ふに空もたゝならて われて光を分ん三か月  0262:  はしめ秋のころころなるをと申所にて、松風の音を聞て         〃〃 常よりも秋になるをの松風は 分て身にしか心ちこそすれ  0263:  七夕 いそき置て庭のこ草の露ふまむ やさしき数に人や思ふと  0264: 暮ぬめりけふ待つけて七夕は うれしきにもや露こほるらん  0265:  河                  く 天川けふの七日はなかき夜の ためしにもひきいみもしつへし  〃                  〃  0266: 舟よする天の川への夕暮は 涼しき風や吹わたるらむ 【〇二三右】  0267: 待つけてうれしかるらん七夕の 心のうちそ空に知るゝ  0268:  くものゐかきけるをみて さゝかにのくもてにかけて引糸や けふ七夕にかさゝきのはし  0269:  草花みちをさいきると云ことを 夕露をはらへは袖に玉きえて 道分かぬるをのゝ萩はら  0270:  野径秋風 末はふく風はのもせにわたるとも あらくは分し萩の下露  0271:  草花得時と云ことを いと薄ぬはれてしかのふすのへに ほころひやすき藤はかまかな  0272:  行路草花 【〇二三左】 おらて行袖にも露そしほれける 萩のは茂き野へのほそ道  0273:  霧中草花 ほにいつるみ山かすその花薄 まかきにこめてかこふ秋霧  0274:  終日見野花 乱さく野への萩原分くれて 露にも袖をそめてける哉  0275:  萩満野          あらはやはイ4 咲そはむ所の野へに帰らはや 萩より外の花もみるへき  0276:  萩満野亭   いつるイ1 分て入庭しもやかて野へなれは 萩のさかりをわか物にみる  0277:  野萩似錦 【〇二四右】                         物 けふそしるそのえにあらふから錦 萩咲野へに有けるoを  0278:  草花     (ママ) 茂りゆきし原の下草お花いてゝ まねくは誰をしたふなるらん  0279:  薄当道繁 花薄心あてにそ分て行 ほのみしみちのあとしなけれは  0280:  古籬刈萱 まかきあれて薄ならねと刈かやも 茂き野へとも成にける哉  0281:  女郎花                    にもぬるとしれらはイ9 をみなへし分つるそてと思はゝや 同し露にしぬるとしならは  0282: 女郎花色めく野へにふれはゝん 袂に露やこほれかゝると 【〇二四左】  0283:  草花露重 けさみれは露のすかるにおりふして おきもあからぬ女郎花哉  0284: 大かたの野への露にはしほるれと わか涙なき女郎花かな  0285:  女郎花帯露 はなのえに露の白玉ぬきかけて おる柚ぬらすをみなへしかな  0286: おらぬより柚そぬれぬる女郎花 露むすほれてたてるけしきに  0287:  水辺女郎花 池の面にかけをさやかにうつしもて 色かゝみゝる女郎花かな  0288: たくひなき花のすかたを女郎花 池のかゝみにうつしてそみる  0289:  女郎花近水 【〇二五右】 をみなへし池のさなみに枝ひちて 物思ふ柚のぬるゝかほなる  0290:  荻 思ふにも過て哀に聞ゆるは 荻のはみたる秋のゆふかせ  0291: をしなへて木草の末の原まても なひきて秋の哀見えける  0292:  荻風払露 をしかふす萩咲野への夕露を しはしもためぬ荻の上風  0293:  隣夕荻風 あたりまて哀しれともいひかほに 荻の音する秋の夕かせ  0294:  秋哥中に 吹わたす風に哀を人しめて いつくもすこき秋の夕暮 【〇二五左】  0295: おほつかな秋はいかなるゆへのあれは すゝろにものゝかなしかるらん  0296: 何ことをいかにおもふとなけれとも 袂かはかぬ秋のゆふくれ  0297: 何となく物かなしくそ見え渡る 鳥羽田の面の秋の夕暮  0298:  野亭秋夜 ね覚つゝなかき夜かなといはれ野に 幾秋まても我身へぬらん  0299:  露を 大かたの露には何のなるならん 袂にをくはなみたなりけり  0300:  山里に人/\まかりて秋の哥よみける 山里のそともの岡の高き木に そゝろかましきせみの声哉  0301:  人ゝ秋哥十首よみけるに 【〇二六右】 玉にぬく露はこほれてむさしのゝ 草のは結ふ秋のはつかせ  0302: ほにいてゝしのゝを薄まねくのみ たはれてたてる女郎花哉  0303: 花をこそ野への物とはみにきつれ 暮れは虫の音をも聞けり  0304: 荻のはを吹過て行かせの音に 心みたるゝ秋の夕くれ  0305: 晴やらぬみやまの霧の絶/\に ほのかにしかのこゑ聞ゆ直  0306: かねてより梢の色を思ふ哉 時雨はしむるみ山へのさと  0307: しかの音をかきねにこめてきくのみか 月もすみけり秋の山里  0308:                   の いほにもる月の影こそさひしけれ 山田はひたの音はかりして                   〃  0309: わつかなる庭のこ草の白露を もとめてやとる秋のよの月  0310: 何となく心をさへはつくすらん わかなけきにてくるゝ秋かは 【〇二六左】  0311:  月 秋のよの空にいつてふなのみして かけほのかなる夕月夜哉  0312: 天の原月たけのほる雲路をは わきても風の吹はらは南  0313: うれしとや待人ことに思ふらん 山のはいつるあきのよの月  0314: 中/\に心つくすもくるしきに くもらは入ね秋の夜の月  0315: いか許うれしからまし秋の夜の 月すむ空に雲なかりせは  0316: はりまかたなたのみをきにこき出て あたり思はぬ月を詠ん  0317:【補入】 月すみてなきたる海の面かな 雲の浪さへ立もかゝらて  0318: いさよはて出るは月のうれしくて いる山のはゝつらき成けり  0319:           入 水の面にやとる月さへoぬるは 浪のそこにも山やあるらん  0320: したはるゝ心やゆくと山のはに しはしないりそ秋のよの月 【〇二七右】  0321: 明るまてよひより空に雲なくて またこそかゝる月みさりけれ  0322: あさちはらはすゑの露の玉ことに ひかりつらぬる秋のよの月  0323:【補入】 秋のよの月をゆきかとなかむれは 露も霰の心ちこそすれ  0324:  閑に月を待といふことを 月ならてさし入かけもなきまゝに くるゝ嬉しき秋の山さと  0325:  海辺月 清見かた月すむ夜半のうき雲は ふしの高根の煙也けり  0326:  池上月といふことを みさひゐぬ池の面のきよけれは やとれる月もめやすかりけり  0327:  同心を、遍照寺にてひと/\よみけるに やとしもつ月の光のおほさはゝ いかにいつとも広沢の池  0328: 池にすむ月にかゝれる浮雲は はらひのこせるみさひ也けり 【〇二七左】  0329:  月池の氷に似たりといふことを 水なくて氷そしたるかつまたの 池あらたむる秋のよの月  0330:  名所の月といふことを 清見かた沖の岩こすしら浪に 光をかはす秋のよの月  0331: なへてなき所の名をやおしむらん あかしは分て月のさやけき  0332:  海辺明月 難波かた月の光にうらさえて 波のおもてに氷をそしく  0333:  月前にとをくのそむといふことを くまもなき月の光にさそはれて いく雲ゐまて行心そも  0334:  終夜月をみる 誰きなん月の光にさそはれて 思によはの明にけるかな 【〇二八右】  0335:  八月十五夜 山のはを出るよひよりしるき哉 今宵しらする秋のよの月  0336: かそへねとこよひの月のけしきにて 秋の半を空にしるかな  0337: 天川名になかれたるかひありて 今宵の月はことにすみけり  0338: さやかなる影にてしるし秋の月 とよにあまれる五日也けり  0339: うちつけに又こむ秋の今宵にて 月故おしくなる命哉  0340: 秋はたゝこよひ一夜の名也けり おなし雲ゐに月はすめとも  0341: おもひせぬ十五のとしもある物を こよひの月のかゝらましかは  0342:  くもれる十五夜を 月みれはかけなく雲につゝまれて 今宵ならすはやみに見えまし  0343:  月哥あまたよみけるに 【〇二八左】 いりぬとや東に人はおしむらん 都に出る山のはのつき  0344: 待出てくまなきよひの月みれは 雲そ心にまつかゝりける  0345: 秋風やあまつ雲ゐをはらふらん 更行まゝに月のさやけき  0346: いつくとて哀ならすはなけれとも あれたるやとそ月はさひしき  0347: よもき分てあれたるやとの月みれは 昔住けん人そ恋しき  0348: 身にしみて哀しらするかせよりも 月にそ秋の色はみえける  0349: 虫の音もかれ行のへの草の原に 哀をそへてすめる月影  0350: 人も見ぬよしなき山の末まてに すむらん月の影をこそ思へ  0351: 木のまもる有明の月をなかむれは さひしさそふる嶺の松風  0352: いかにせんかけをは袖にやとせとも 心のすめは月のくもるを 【〇二九右】  0353:                            けるイ2 くやしくも賤のふせやとをとしめて 月のもるをもしらて過ぬる  0354: あはれたるイ5 あれわたる草の庵りにもる月を 袖にうつしてなかめつるかな  0355: 月をみて心うかれしいにしへの 秋にもさらにめくりあひぬる  0356: 何こともかはりのみゆく世中に おなしかけにてすめる月哉  0357: 夜もすから月こそ袖にやとりけれ むかしの秋を思ひいつれは  0358: なかむれはほかのかけこそゆかしけれ かはらし物を秋のよの月  0359:                    か ゆくゑなく月に心のすみ/\て はてはいoにかならむとすらん  0360: 月影のかたふく山をなかめつゝ おしむしるしや在明のそら  0361: なかむるもまことしからぬ心ちして よにあまりたる月の影哉  0362: 行末の月をはしらす過きつる 秋またかゝるかけはなかりき 【〇二九左】  0363: まことゝも誰か思はむ独みて のちにこよひの月をかたらは  0364: 月のためひると思ふかかひなきに しはしくもりてよるを知せよ  0365: 天の原朝日山よりいつれはや 月のひかりのひるにまかへる  0366: 在明の月のころにし成ぬれは 秋はよるなき心ちこそすれ  0367: 中/\にとき/\雲のかゝるこそ 月をもてなすかさり成けれ  0368: 雲はるゝ嵐の音は松にあれや 月もみとりの色にはへつゝ  0369:                      ひ 定めなく鳥やなくらん秋のよは 月の光をおもへまかへて                      〃  0370: 誰もみなことはりとこそ定むらめ ひるをあらそふ秋のよの月  0371: 影さえてまことに月のあかき夜は 心も空にうかれてそすむ  0372: くまもイ3 くもりなき月のおもてにとふかりの かけを雲かとまかへつる哉 【〇三〇右】  0373: なかむれはいなや心のくるしきに いたくなすみそ秋のよの月  0374: 雲も見ゆ風もふくれはあらくなる のとかなりける月の光を  0375: もろ友にかけをならふる人もあれや 月のもりくるさゝの庵に  0376: 中/\にくもるとみえて晴るよの 月は光のそふ心ちする  0377: うき雲の月のおもてにかゝれとも はやく過るはうれしかりける  0378:                  みれイ2 過やらて月近く行うき雲の たゝよふみるはわひしかりける  0379: いとへともさすかに雲のうちゝりて 月のあたりをはなれさりけり  0380: 雲はらふ嵐に月のみかゝれて 光えてすむ秋の空かな  0381: くまもなき月の光をなかむれは まつをは捨の山そこひしき  0382: 月さゆるあかしのせとに風ふけは 氷のうへにたゝむしら浪 【〇三〇左】  0383: 天の原おなし岩戸を出れとも 光ことなる秋のよの月  0384: かきりなく名残おしきは秋のよの 月に友なふ明ほのゝ空  0385:  九月十三夜 こよひはと心へかほにすむ月の 光もてなす菊のしら露  0386: 雲きえし秋の中はの空よりも 月はこよひそなにおへりける 0387:  後九月つきをもてあそふと云ことを 月みれは秋くはゝれる年はまた あかぬ心もそふにそ有ける  0388:  月照滝 雲消るなちの高ねに月たけて 光をぬける滝の白糸  0389:  夕待月 【〇三一右】 いてなから雲にかくるゝ月かけを 重て待や二むらのやま  0390:  雲間待月 秋の月いさよふ山のはのみかは 雲の絶まもまたれやはせぬ  0391:  月前薄 おしむよの月にならひて在明の いらぬをまねく花薄哉  0392: 花すゝき月のひかりにまかはまし ふかきますほの色にそめすは  0393:  月前荻 月すむとをきうへさらん宿ならは 哀すくなき秋にやあらまし  0394:  月照野花 月なくはくれは宿へや帰らまし 野へには花のさかり成とも 【〇三一左】  0395:  月前野花   色 花の比をかけにうつせは秋のよの 月も野守の鏡成けり   〃  0396:  月前草花 月の色を花にかさねて女郎花 うはもの下に露をかけたる  0397: よひのまの露にしほれて女郎花 在明の月のかけにたはるゝ  0398:  月前女郎花 庭さゆる月成けりな女郎花 霜にあひぬる花とみたれは  0399:  月前虫 月のすむあさちにすたく蛬 露のをくにや秋をしるらん  0400: 露なからこほさておらん月影に 小萩か枝の松虫のこゑ 【〇三二右】  0401:  深夜聞蛬        月 わかよとや更行空を思ふらん こゑもやすめぬきり/\す哉        〃  0402:  田家月 夕露の玉しく小田のいなむしろ かへすほ末に月そやとれる  0403:  月前鹿 たくひなき心ちこそすれ秋のよの 月すむみねのさをしかのこゑ  0404:  月前紅葉 木間もる在明の月のさやけきに もみちをそへてなかめつる哉  0405:  霧隔月 立田山月すむ峯のかひそなき ふもとに霧のはれぬかきりは 【〇三二左】  0406:  月前懐旧                    かはるイ3 いにしへを何につけてか思ひ出む 月さへくもる世ならましかは  0407:  寄月述懐 世中のうきをもしらてすむ月の かけは我身の心こそすれ  0408: 世中はくもり果ぬる月なれや 去ともとみしかけも待れす  0409:                        ふ いとふよも月すむ秋に成ぬれは なからへすはと思ひなる哉  0410: さらぬたにうかれて物を思ふ身の 心をさそふ秋のよの月  0411: すてゝいにしうき世に月のすまてあれな さらは心のとまらさらまし  0412: あなかちに山にのみすむ心哉 誰かは月の入をおしまぬ  0413:  春日にまいりたりけるに、つねよりも月あ 【〇三三右】  かくて哀なりけれは ふりさけし人の心そしられける 今夜みかさの月をなかめて  0414:  月明寺辺 ひるとみゆる月に明るをしらましや 時つくかねのこゑせさりせは  0415:  人/\住よしに参りて、月をもてあそひけるに かたそきのゆきあはぬよりもる月や さえてみそてのしもにをくらん  0416: 浪にやとる月を汀にゆりよせて 鏡にかくる住よしのきし  0417:  たひまかりけるとまりにて あかすのみみやこにてみしかけよりも 旅こそ月はあはれ成けれ  0418: みしまゝにすかたにかけもかはらねは 月そみやこの形見成ける 【〇三三左】  0419:  旅宿思月                   (ママ) 月は猶よな/\ことにやとるへし わか結ひく草のいほりに  0420:【補入】  月前に友にあふといふことを うれしきは君にあふへきちきりありて 月にこゝろのさそはれにけり  0421:  こゝろさす事ありて、あきの一宮へまいりけるに、たか  とみのうらと申ところに風にふきとめられてほとへけり、  とまふきたるいほりより、月のもりけるを見て、 浪の音を心にかけてあかすかな とまもる月のかけを友にて  0422:  まいりつきて、月いとあかくてあはれにおほえけれは もろ共に旅なる空に月も出て すめはやかけの哀なるらん 【〇三四右】  0423:  旅宿月 あはれしる人えたらはと思ふかな 旅ねの床にやとる月かけ  0424: 月やとる同しうきねのなみにしも 袖しほるへき契有ける  0425: みやこにて月をあはれと思ひしは かすより外のすさひ成けり  0426:  船中初雁 おきかけてやへの塩ちを行舟は ほのかにそきく初雁のこゑ  0427:  朝聞初雁 よこ雲の風にわかるゝしのゝめに 山とひこゆる初雁のこゑ  0428:  入夜聞雁 からすはにかく玉つさの心ちして 雁なきわたる夕闇の空 【〇三四左】  0429:  雁声遠近 白雲を翅にかけてゆくかりの 門田の面の友したふなり  0430:  霧中雁 玉章のつゝきは見えて雁かねの こゑこそ霧にけたれさりけれ  0431:  霧上雁        うら 空色のこなたを空に立霧の おもてにかりのかゝる玉章        〃  0432:  霧 うつらなくおりふしなれは霧こめて 哀さひしき深草のさと  0433:  霧隔行客 名残おほみむつことつきて帰行 人をは霧もたちへたてけり 【〇三五右】  0434:  山家霧 立こむる霧の下にも埋れて 心はれせぬ深山へのさと  0435: 夜をこめて竹のあみとに立霧の はれはやかてや明むとすらん  0436:  鹿 したりさく萩の古枝に風かけて すかひ/\にをしかなく也  0437:           秋 萩かえの露ためすふくo風に をしかなく也みやきのゝ原  0438: よもすから妻こひかねて鳴鹿の 涙や野への露と成らん  0439: さらぬたに秋は物のみかなしきを 泪もよほすさをしかの声  0440: 山颪にしかの音たくふ夕暮を ものかなしとはいふにや有らん  0441: しかもわふ空のけしきもしくるめり かなしかれともなれる秋哉 【〇三五左】  0442:                    の音たえぬイ5 何となくすまゝほしくそおもほゆる しかあはれなる秋の山里  0443:  をくらのふもとに住侍けるに、しかの啼けるを聞て をしかなくをくらの山のすそちかみ たゝ独すむわかこゝろ哉  0444:  暁鹿 夜を残すね覚にきくそ哀なる 夢のゝしかもかくやなき劔  0445:  夕聞鹿 しのはらや霧にまかひてなく鹿の こゑかすかなる秋の夕暮  0446:  幽居聞鹿 となりゐぬ原のかり屋に明すよは しか哀なるものにそ有ける  0447:  田庵鹿 【〇三六右】 小山田の庵ちかくなくしかの音に おとろかされておとろかす哉  0448:  人をたつねて小野にまかりたりけるに、鹿のなきけれは しかの音を聞につけても住人の 心しらるゝをのゝ山里  0449:  独聞擣衣 独ねのよ寒になるに重はや 誰為にうつころもなるらん  0450:  隔里擣衣 さ夜衣いつくのさとにうつならむ 遠く聞ゆるつちの音哉  0451:  年ころ申なれたる人の、ふしみにすむと聞て尋ねまかり  たりけるに、庭の草道見えぬ程に 【〇三六左】  しけりて虫のなきけれは 分て入袖にあはれをかけよとや 露けき庭に虫さへそなく  0452:  むしの歌よみ侍けるに                 ま 夕去や玉をく露のこさゝふに こゑはつならすきり/\すかな                 〃  0453: 秋風にほすゑなみよるかるかやの 下はに虫のこゑみたる也  0454: きり/\すなくなる野へはよそなるを 思はぬ袖に露のこほるゝ  0455: 秋風の更行野への虫の音に はしたなきまてぬるゝ袖かな  0456: 虫の音をよそに思ひて明さねは 袂も露の野へにかはらし  0457:               と 野へになく虫もや物はかなしきに こたへましかは問ひて聞まし               〃  0458: 秋のゝのおはなか袖にまねかせて いかなる人をまつ虫の声 【〇三七右】  0459: 秋のよを独やなきて明さまし ともなふ虫のこゑなかりせは  0460: 秋のよにこゑもやすます鳴虫を つゆまとろまて聞明すかな  0461: 夜もすから袂にむしのねをかけて はらひわつらふ袖の白露  0462:【補入】 ひとりねのねさめのとこのさむしろに なみたもよほすきり/\すかな  0463: きり/\すよ寒になるをつけかほに 枕のもとにきつゝなく也  0464: 虫の音をよはりゆくかと聞からに 心に秋の日かすをそふる  0465: 秋ふかみよはるは虫のこゑのみか きく我とてもたのみやは有  0466: 虫の音に露けかるへき袂かは あやしや心ものおもふへし  0467:【補入】 ものおもふねさめとふらふきり/\す 人よりもけに露けかるらん  0468:  独聞虫 独ねにともにはなれて蛬 なく音を聞はものおもひそふ  0469:  故郷虫 【〇三七左】 草深み分入てとふ人もあれや ふりゆく跡のすゝ虫のこゑ  0470:  雨中虫                         らしイ2 かへにおふるこ草にわふる蛬 しくるゝ庭の露いとふへし  0471:   家イ1  田庵聞虫 小萩さく山田の畔の虫の音に 庵もる人や袖ぬらすらん  0472:  暮路虫 うち過る人なき道の夕されは こゑにてをくるくつはむし哉  0473:  田家秋夕 なかむれは柚にも露そこほれける 外面の小田の秋の夕暮  0474:            そ 吹過る風さへことに身にoしむ 山田の庵の秋のゆふくれ 【〇三八右】  0475:  京極太政大臣中納言と申けるおり、きくをおひたゝしき  ほとにしたゝめ、鳥羽院にまいらせ給たりけり、鳥羽の  南殿の東面のつほにところなきほとにうへさせ給ひけり、  公重少将人/\すゝめて菊もてなされけるに、くはゝる  へきよし有けれは 君か住宿のつほをはきくそかさる 仙のみやとやいふへかるらん  0476:  菊 いく秋にわれあひぬらん長月の 九日につむ八重の白菊  0477: 秋ふかみならふ花なき菊なれは 所を霜のをけとこそ思へ 【〇三八左】  0478:  月前菊 ませなくは何をしるしに思はまし 月にまかよふしら菊の花  0479:  秋ものへまかりける道にて 心なき身にもあはれはしられけり 鴫たつさはの秋の夕暮  0480:  さかにすみける比、となりの坊に申へき事有てまかりけ  るに、道もなくむくらの茂けれは 立よりてとなりとふへきかきにそひて ひまなくはへる八重葎哉  0481:  題しらす いつよりか紅葉の色はそむへきと 時雨にくもる空に問はや  0482:  紅葉未遍 【〇三九右】 いとゝ山時雨に色を染させて かつ/\をれる錦なりけり  0483:  山家紅葉 染てけりもみちの色のくれなゐを しくるとみえしみ山への里  0484:  秋の末に松虫を聞て さらぬたにこゑよはかりし松虫の 秋の末には聞もわかれす  0485:【補入】 限あれはかれゆくのへはいかゝせん 虫のね残せ秋のやまさと  0486:   蓮イ1  寂然高野にまいりて、深山紅葉といふことをよみけるに さま/\の錦有けるみ山かな 花みし峯をしくれそめつゝ  0487:  紅葉色深 限あれはいかゝは色のまさるへき あかすしくるゝをくら山かな 【〇三九左】  0488: 紅葉ゝのちらてしくれの日数へは いか許なる色かあらまし  0489:  霧中紅葉 錦はる秋のこすゑを見せぬ哉 へたつる霧のやみをつくりて  0490:  いやしかりける家につたのもみちのおもしろかりけるを  見て 思はすによしある賤のすみか哉 蔦の紅葉を軒にはゝせて  0491:【補入】  寄紅葉恋 我なみたしくれの雨にたくへはや もみちのいろのそてにまかへる  0492:  あつまへまかりけるに、しのふのおくに侍ける社のもみ  ちを ときはなる松のみとりに神さひて 紅葉そ秋は丹の玉垣  0493:  草花の野ちの紅葉 【〇四〇右】 もみちゝる野原を分て行人は 花ならぬまて錦きるへし  0494:  秋の末に法輪にこもりてよめる 大井河ゐせきによとむ水の色に 秋ふかくなる程そ知るゝ  0495: をくら山ふもとに秋の色はあれや 梢の錦風にたゝれて  0496: わか物と秋の梢をおもふかな をくらのさとに家ゐせしより  0497: 山里は秋の未にそ思ひしる かなしかりける木からしのかせ  0498:【補入】 くれはつる秋のかたみにしはしみむ 紅葉ちらすなこからしのかせ  0499: 秋くるゝ月なみ分る山かつの 心うらやむけふのゆふくれ  0500:  よすから秋をおしむ おしめとも鐘の音さへかはる哉 霜にや露を結ひかふらん  Subtitle 冬 【〇四〇左】  0501:  長楽寺にて、よる紅葉をおもふといふことを人/\よみ  けるに                         紅葉イ1 夜もすからおしけなくふく嵐かな わさと時雨の染る梢を  0502:【補入】 かみな月木葉のおつるたひことに こゝろうかるゝみやまへのさと  0503:  題しらす ね覚する人の心をわひしめて しくるゝ音はかなしかりけり  0504:  十月はしめつかた山里にまかりたりけるに、蛬こゑのわ  つかにしけれはよめる 霜うつむ葎の下のきり/\す 有かなきかのこゑ聞ゆ也  0505:  山家落葉            ぬイ1 道もなし宿は木葉に埋れて またきせさする冬こもり哉 【〇四一右】  0506:  暁落葉  〃〃〃 木葉ちれは月に心そあくかるゝ み山かくれにすまむと思ふに  0507:  暁落葉 しくれかとね覚の床に聞ゆるは 嵐に絶ぬ木葉也けり  0508:  水上落葉 立田姫そめし梢のちるおりは くれなゐあらふ山川のみつ  0509:  落葉        落イ1 あらしはく庭の木葉のおしき哉 まことの塵に成ぬとおもへは  0510:  月前落葉 山颪の月に木葉を吹かけて 光にまかふかけをみる哉  0511:  滝上落葉 【〇四一左】      紅葉やたくふらんイ7 木枯に峯の木葉や多からん むらこにみゆるたきの白糸  0512:  山家時雨 宿かこふ柞のしはの時雨さへ したひてそむる初しくれかな  0513:  閑中時雨 をのつから音する人そなかりける 山めくりする時雨ならては  0514:  時雨哥よみけるに 東やのあまりにもふる時雨哉 誰かはしらぬ神無月とは  0515:  落葉留網代 もみちよるあしろのぬのゝ色染て ひをくゝりとは見えぬ成けり  0516:  山家枯草といふことを、覚範僧都坊にて 【〇四二右】  人/\よみけるに 垣とめしすそのゝ薄霜かれて さひしさまさる柴の庵かな  0517:  野辺寒草と云ことを、雙林寺にて読けるに さま/\に花咲けりとみし野への 同し色にも霜かれにける  0518:  枯野草 分かねし袖に露をはとゝめ置て 霜に朽ぬるさのゝ萩原  0519: 霜かつくかれのゝ草のさひしきに いつくは人のこゝろとむらん  0520: 霜かれてもろくくたくるをきのはを あらくふくなる風の音哉  0521:  冬哥よみけるに           さえイ2 なにはえの汀の声に霜かれて うら風寒き朝ほらけかな 【〇四二左】  0522:       かつらイ3 玉かけし花のすかたもおとろへて 霜をいたゝく女郎花かな  0523: 山桜初雪ふれは咲にけり よしのゝ里に冬こもれとも  0524: さひしさにたへける人の又もあれな 庵りならへん冬の山里  0525:  水辺寒草 霜にあひて色あらたむる芦のほの さひしくみゆるなには江の浦  0526:  山家冬 玉まきし垣ねのまくす霜枯て さひしく見ゆる冬の山里  0527:  寒夜旅宿 旅ねする草の枕に霜さえて 在明の月のかけそまたるゝ  0528:  山家冬月 【〇四三右】 冬かれのすさましけなる山里に 月のすむこそ哀也けれ  0529: 月出る峯の木葉も散はてゝ ふもとの里はうれしかるらん  0530:  月照寒草 花にをく露にやとりしかけよりも かれのゝ月はあはれ成けり  0531: こほりしく沼の芦原風さえて 月も光そさひしかりける  0532:  閑夜冬月 霜さゆる庭の木葉をふみ分て 月はみるやととふ人もかな  0533:  庭上冬月   と                   を さゆoみえて冬ふかくなる月影は 水なき庭に氷oそしく  0534:  鷹狩 【〇四三左】            (ママ) あはせつるこゐのはし鷹おはゝかし いぬかひ人のこゑしきる也  0535:  雪中鷹狩                       たくへてイ4 かきくらす雪にきゝすはみえねとも 羽音に鈴をくはへてそやる  0536: ふる雪にとたちも見えす埋れて とり所なきみかりのゝ原  0537:【補入】  夜初雪 月出る軒にもあらぬ山のはの しらむもしるしよはのしらゆき  0538:  庭雪似月 木間もる月のかけともみゆる哉 はたらにふれる庭の白雪  0539:  雪のあした霊山と申ところにて、眺望を人/\よみける  に 立のほる朝日の影のさすまゝに みやこの雪はきえみ消すみ  0540:  かれ野に雪のふりたりけるを 【〇四四右】 枯はつるかやかうはゝにふる雪は さらにお花の心ちこそすれ  0541:【補入】  雪哥よみけるに あらちやまさかしくくたるたにもなく かしきのみちをつくるしらゆき  0542: たゆみつゝそりのはやをもつけなくに 積りにけりな越の白雪  0543:  雪理路 ふる雪にしほりししはも埋れて おもはぬ山に冬こもりぬる  0544:  秋のころ高野へまいるへきよし頼めて参らさりける人の  もとへ、雪ふりて後申つかはしける 雪ふかく埋みてけりな君くやと もみちの錦しきし山路を  0545:  雪朝待人 わか宿ににはよりほかの道もかな とひこむ人の跡つけて見ん 【〇四四左】  0546:  雪に庵りうつみて、せん方なくおもしろかりけり、今もき  たらはとよみけむ事思ひ出て、みける程にしかのわけて  とをりけるを見て 人こはと思ひて雪をみるほとに しか跡つくることも有けり  0547:  雪朝会友            も 跡とむるこまの行ゑはさoあらはあれ うれしく君に雪も逢ぬる  0548:  雪埋竹と云ことを 雪うつむそのゝ呉竹おきふして ねくらもとむる村雀かな  0549:  賀茂臨時祭返立の御神楽、土御門内裡にて侍けるに、竹  のつほに雪のふりたりけるをみて 【〇四五右】 うらかへすおみの衣と見ゆる哉 竹のうれ葉にふれる白雪  0550:  社頭雪 玉垣はあけもみとりも埋れて 雪おもしろき松の尾の山  0551:  雪哥よみけるに 何となくくるゝしつりの音まても 雪あはれなる深草の里  0552: 雪ふれは野ちも山ちもうつもれて 遠近しらぬ旅の空かな  0553: 青根山苔の莚のうへにしく 雪はしとねの心ちこそすれ  0554: 卯花の心ちこそすれ山里の 垣ねの柴をうつむしら雪  0555: 折ならぬめくりの垣の卯花を うれしく雪のさかせつるかな  0556: とへなきみ夕暮になる庭の雪を 跡なきよりは哀ならまし 【〇四五左】  0557:  船中霰 せと渡るたなゝし小舟心せよ あられみたるゝしまきよこきる  0558:  深山霰           したイ2 杣人のまきのかりやのあたふしに 音するものはあられ成けり  0559:  桜の木に霰のたはしりけるを見て たゝはをちて枝をつたへる霰かな つほめる花のちる心ちして  0560:  月前炭竈 限あらん雲こそあらめ炭かまの けふりに月のすゝけぬる哉  0561:  千鳥    潟イ1 あはち嶋いそはの千鳥こゑ茂み せとの塩風さえ渡るよは 【〇四六右】  0562: あはち嶋せとのしほひの夕暮に すまよりかよふ千鳥なく也  0563: 霜さえて汀更ゆくうら風を 思ひしりけになく千鳥かな  0564: さゆれとも心やすくそ聞あかす 河せの千鳥友くしてけり  0565: やせわたるみなとの風に月更て しほひるかたに千鳥なく也  0566:  題不知 千鳥なくえしまのうらに澄月を 浪にうつしてみるこよひ哉  0567:  氷留山水   近くイ2 岩まゆく木葉分こし山水を 露もらさぬは氷なりけり  0568:  滝上氷 みなかみに水や氷を結ふらん くるとも見えぬ滝のしらいと 【〇四六左】  0569:  氷筏をとつと云ことを 氷はるいかたのさほのたゆけれは もちやこさましほつの山越  0570:  冬哥十首 花もかれもみちもちりぬ山里は さひしさを又とふ人もかな  0571: 独すむかた山かけの友なれや あらしにはるゝ冬の夜の月  0572: 津の国の芦の丸屋のさひしさは 冬こそわきて問へかりけれ  0573: さゆる夜はよそのうらにそをしもなく 氷にけりなこやの池水  0574: よもすから嵐の山に風さえて 大ゐのよとに氷をそしく  0575: さえわたるうら風いかにさむからん 千鳥むれゐるゆふさきのうら  0576: 山里はしくれしころのさひしきに 嵐の音はやゝまさりけり 【〇四七右】  0577: 風さえてよすれはやかて氷つゝ かへる浪なきしかのから崎  0578: よし野山ふもとにふらぬ雪ならは 花かとみてや尋いらまし  0579: 宿ことにさひしからしとはけむへし 煙こめたるをのゝ山里  0580:  題しらす 山桜思ひよそへてなかむれは 木ことの花は雪まさりけり  0581:  仁和寺の御室にて、山家閑居見雪といふことをよませ給  ふけるに 降うつむ雪をともにて春たては 日をゝくるへきみ山への里  0582:  山家冬深 問人ははつ雪をこそ分こしか 道とちてけりみやまへの里 【〇四七左】  0583:  山家雪 年の内はとふ人さらにあらしかし 雪も山ちもふかき栖を  0584:  世をのかれてくらまのおくに侍けるに、かけひこほりて  水まうてこさりけり、春になるまてかく侍なりと申ける    〃  を聞てよめる わりなしやこほる筧の水ゆへに 思ひすてゝし春のまたるゝ  0585:        て  みちのくにゝo年の暮によめる 常よりも心ほそくそおもほゆる 旅の空にて年の暮ぬる  0586:  山家歳暮 あたらしき柴のあみ戸を立かへて 年の明るを待わたる哉 【〇四八右】  0587:  東山にて歳暮述懐 年暮しそのいとなみは忘られて あらぬさまなるいそきをそする  0588:  年の暮に高野より都なる人の許につかはしける をしなへておなし月日の過行は 都もかくや年の暮ぬる  0589:  としの暮に人のもとへつかはしける をのつからいはぬをしたふ人や有と やすらふ程に年の暮ぬる  0590:  つねなきことによせて いつか我むかしの人といはるへき かさなるとしををくりむかへて   (一行余白)   (白紙四枚アリ。丁数二数エズ) 【〇四八左】  Section 山家集 中  Subtitle 恋  0591:  聞名尋恋                        ゆくかなイ4 あはさらんことをはしらて帚木の ふせやと聞て尋きにけり  0592:  自門帰恋 立そめてかへる心は錦木の ちつかまつへき心ちこそせね  0593:  涙顕恋 おほつかないかにと人のくれはとり あやむるまてにぬるゝ袖哉  0594:  夢会恋                      を 中/\に夢にうれしき逢ことは うつゝにものはおもふなりけり                      〃  0595: 逢事をゆめなりけりと思わく こゝろの今朝はうらめしきかな 【〇四九右】  0596: 逢とみることをかきれる夢ちにて さむる別のなからましかは  0597: 夢とのみ思ひなさるゝ現こそ あひみしことのかひなかりけれ  0598:  後朝 けさよりそ人の心はつらからて 明はなれゆく空をうらむる  0599: 逢ことをしのはさりせは道芝の 露より先におきてこましや  0600:  後朝郭公 さらぬたにかへりやられぬしのゝめに そへてかたらふ時鳥かな  0601:  後朝花橘 かさねてはこからまほしき移かを 花橘にけさたくへつゝ  0602:  後朝霧 【〇四九左】 休らはんおほかたのよはあけぬとも やみとかいへるきりにこもりて  0603:  かへるあしたの時雨 ことつけてけさの別はやすらはむ 時雨をさへや袖にかくへき  0604:  逢不遇恋 つらくともあはすは何のならひにか 身の程知らす人をうらみん  0605: さらはたゝさらてそ人のやみなまし さて後もさはさもあらしとや  0606:  恨 もらさしと袖にあまるをつゝまゝし 情を忍ふなみたなりせは  0607:  再  年絶恋  〃 から衣立はなれにしまゝならは かさねてものはおもはさらまし 【〇五〇右】  0608:  寄糸恋 しつのめかすそとるいとに露そひて 思ひにたかふ恋もする哉  0609:  寄梅恋 おらはやとなに思はまし梅花 なつかしからぬにほひなりせは  0610: ゆきすりに一枝おりし梅かゝの ふかくも袖にしみにける哉  0611:  寄花恋 つれもなき人にみせはや桜はな 風にしたかふこゝろよはさを  0612: 花をみる心はよそにへたゝりて 身につきたるは君かおもかけ  0613:  寄残花恋 葉かくれにちりととまれる花のみそ 忍ひし人にあふ心ちする 【〇五〇左】  0614:  寄帰雁恋           かり つれもなく絶にし人を尋かねの かへる心とおもはましかは           〃  0615:  寄草花恋 朽てたゝしほれはよしや我袖も 萩の下えの露によそへて  0616:  寄鹿恋 つま恋て人めつゝまぬしかの音を うらやむ袖のみさほなるかは  0617:  寄刈萱恋 一かたにみたるともなき我恋や 風さたまらぬ野へのかるかや  0618:  寄霧恋 夕霧のへたてなくこそおもほゆれ かくれて君かあはぬ成けり 【〇五一右】  0619:  寄紅葉恋 わか涙しくれの雨にたくへはや もみちの色の袖にまかへる  0620:  寄落葉恋       (ママ) 朝ことにこゑをたゝむる風の音は 世をへてかゝる人の心か  0621:  寄氷恋 春をまつすはのわたりも有物を いつをかきりにすへきつららそ  0622:  寄水鳥恋 わか袖の涙かゝるとぬれてあれな うらやましきは池のをし鳥  0623:  賀茂のかたにさゝきと申さとに冬ふかく侍けるに、隆信  なとまてきて、山家恋と 【〇五一左】  いふことをよみけるに かけひにも君かつらゝやむすふらん 心ほそくもたえぬなる哉  0624:     文  商人付久恋といふことを     〃 思ひかねいちのなかには人おほみ ゆかりたつねてつくる玉章  0625:  海路恋 浪しのくことをも何かわつらはん 君にあふへき道とおもはゝ  0626:  松風増恋 いはしろの松風きけは物おもふ 人もこゝろそむすほゝれける  0627:  九月ふたつ有けるとし、閏月をいむ恋と云ことを人/\  よみけるに 【〇五二右】 なか月のあまりにつらき心にて いむとは人のいふにや有らん  0628:  みあれのころ賀茂にまいりたりけるに、精進憚恋を人/\  よみけるに                     (ママ) ことつくるみあれの程を過しても なをやうつき心なるへき  0629:  同社にて祈神恋と云ことを、神主ともよみけるに あまくたる神のしるしの有なしを つれなき人のゆくゑにてみん  0630:  月                      の 月まつといひなされつるよひのまの 心のいろを袖に見えぬる                      〃  0631: 知さりき雲井のよそにみし月の かけをたもとにやとすへしとは 【〇五二左】  0632: あはれともみる人あらは思はなむ 月のおもてにやとすこゝろを  0633: 月みれはいてやとよのみおもほえて もたりにくゝもなる心かな  0634: ゆみはりの月にはつれてみしかけの やさしかりしはいつか忘れん  0635: 俤の忘らるましき別かな 名残を人の月にとゝめて  0636: 秋のよの月や涙をかこつらん 雲なきかけをもてやつすとて  0637: 天の原さゆるみ空ははれなから 涙そ月のくもりなりける  0638: 物おもふ心のたけそしられぬる よな/\月をなかめあかして  0639: 月をみる心のふしをとかにして たよりえかほにぬるゝ袖哉  0640: 思出ることはいつもといひなから 月にはたえぬこゝろなりけり  0641: あし引の山のあなたに君すまは いるとも月をおしまさらまし 【〇五三右】  0642: なけゝとて月やは物を思はする かこちかほなるわか涙かな  0643: 君にいかて月にあらそふ程はかり めくりあひつゝかけをならへん  0644: 白たへの衣かさぬる月かけの さゆるま袖にかゝるしら露  0645: しのひねの涙たゝふる袖のうらに なつますやとる秋のよの月  0646: 物おもふ柚にも月はやとりけり にこらてすめる水ならねとも  0647: 恋しさをもよほす月のかけなれは こほれかゝりてかこつ涙か  0648: よしさらは涙の池に身をなして 心のまゝに月をやとさむ  0649: 打たえてなけく泪にわか袖の くちなはなにゝ月をやとさん  0650: よゝふともわすれかたみの思出は たもとに月のやとるはかりそ  0651: 泪ゆへくまなき月そくもりぬる あまのはら/\ねのみなかれて 【〇五三左】  0652: あやにくにしるくも月のやとる哉 よにまきれてとおもふ袂に  0653: 面かけに君かすかたをみつるより にはかに月のくもりぬる哉  0654: よもすから月を見かほにもてなして 心のやみにまよふ比哉  0655:                         て 秋の月ものおもふ人の為とてや かけにあはれをそへoいつらん  0656: へたてたる人の心のくまにより 月をさやかにみぬかかなしさ  0657: 涙ゆへ月はくもれる月なれは なかれぬ折そはれま成ける  0658: くまもなきおりしも人を思出て 心と月をやつしつる哉  0659: ものおもふ心のくまをのこひすてゝ くもらぬ月をみるよしもかな  0660:                          かなイ2 恋しさや思ひよはるとなかむれは いとゝ心をくたく月かけ  0661: ともすれは月すむ空にあくかるゝ 心のはてをしるよしもかな 【〇五四右】  0662: なかむるになくさむことはなけれ共 月をともにて明す比哉  0663: 物思ひてなかむる比の月の色に いかはかりなる哀そむらん  0664: あま雲のわりなきひまをもる月の 影はかりたに逢みてしかな  0665:                       (ママ) 秋の月しのたの杜の千えよりも 茂きなけきやくまになるらん  0666: 思ひしる人在明のよなりせは つきせす身をはうらみさらまし  0667:  恋 数ならぬ心のとかになしはてし 知せてこそは身をもうらみめ  0668: 打むかふそのあらましの俤を まことになしてみるよしもかな  0669:                   (ママ) 山かつのあら野をしめて住初る 方たよりなき恋もする哉  0670: ときは山しゐの下柴刈すてん かくれておもふかひのなきかと 【〇五四左】  0671: 歎くとも知はや人のをのつから あはれとおもふこともあるへき  0672: 何となくさすかにおしき命哉 ありへは人や思ひしるとて  0673: 何ゆへかけふまて物を思はまし いのちにかへてあふ世なりせは  0674:  やイ1 あつめつゝ人しるとてもいかゝせむ しのひはつへき袂ならねは  0675: 涙川ふかくなかるゝみおならは あさき人めにつゝまさらまし  0676: しはしこそ人めつゝみにせかれけれ はては涙やなる滝の川  0677: ものおもへは袖になかるゝ涙川 いかなるみおにあふせありなん  0678: うきたひになと/\人を思へとも かなはて年のつもりぬる哉  0679: 中/\になれぬ思ひのまゝならは うらみはかりや身につもらまし  0680: 何せんにつれなかりしを恨劔 あはすはかゝるおもひせましや 【〇五五右】  0681: むかはらはわれか歎きのむくひにて 誰ゆへ君かものを思はん  0682: 身のうさの思ひ知るゝことはりに をさへられぬは涙なりけり  0683: 日をふれは袂の雨のあしそひて はるへくもなき我心かな  0684: かきくらす涙の雨のあし茂み さかりにものゝなけかしきかな  0685:     と 物おもへはかゝらぬ人もある物を あはれなりける身の契かな     〃  0686:【補入】 いはしろの松風きけは物をおもふ 人も心はむすほゝれけり  0687: なをさりの情は人の有物を たゆるは常のならひなれとも  0688: 何とこはかすまへられぬ身の程に 人をうらむる心ありけん  0689: うきふしをまつ思ひしる涙哉 さのみこそはとなくさむれとも  0690: さま/\に思ひみたるゝ心をは 君かもとにそつかねあつむる  0691: 物おもへはちゝに心そくたけぬる しのたの杜の枝ならねとも 【〇五五左】  0692: かゝる身におほしたてけんたらちねの 親さへつらき恋もする哉  0693:                  (ママ) おほつかな何のむくひのかへりきて 心せたむるあたと成らん  0694:                             そ かきみたる心やすめぬことくさは あはれ/\となけくはかりか                             〃  0695: 身をしれは人のとかには思はぬに うらみかほにもぬるゝ袖哉  0696: 中/\になるゝつらさにくらふれは うときうらみはみさほ成けり  0697: 人はうしなけきはつゆもなくさます さはこはいかにすへき心そ  0698: 日にそへて恨はいとゝおほうみの ゆたかなりけるわか涙哉  0699: さることのある成けりと思ひ出て しのふ心をしのへとそ思ふ  0700: いまイ1 けふそしる思ひいてよと契しは 忘むとてのなさけ成けり  0701:                           (ママ) なにはかた浪のみいとゝ数そひて うらみのひまや袖のかはらん 【〇五六右】  0702: 心さしありてのみやは人をとふ なさけはなとゝ思ふはかりそ  0703: なか/\に思ひしるてふことのはは とはぬにすきてうらめしき哉  0704: なとかわれことの外なる歎せて みさほなる身にむまれさりけん  0705:        ありけんイ4 くみてしる人もあらなんをのつから ほりかねの井のそこの深さを  0706: けふり立ふしに思ひのあらそひて よたけき恋をするかへそゆく  0707: 涙川さかまくみおの底深み みなきりあへぬわかこゝろ哉  0708: いそのまになみあらけなる折/\は 恨をかつくさとのあま人  0709:                み    (ママ) せとくちにたけるうしほの大よとの よらんとゝひのなき涙哉                〃  0710: 東ちやあひの中山ほとせはみ 心のおくの見えはこそあらめ  0711: いつとなく思ひにもゆるわか身哉 浅まのけふりしめるよもなく 【〇五六左】  0712: はりまちや心のすまにせきすへて いかてわか身の恋をとゝめん  0713: 哀てふなさけに恋のなくさまは とふことのはやうれしからまし  0714:    ひ 物おもへはまた夕くれのまゝなるに 明ぬとつくるしは鳥の声    〃  0715: 夢をなとよころたのまて過きけん さらて逢へき君ならなくに  0716: さはといひて衣かへして打ふせと めのあはゝやは夢もみるへき  0717: こひらるゝうき名を人にたてしとて しのふわりなき我袂哉  0718: なつくさの茂りのみゆく思ひかな またるゝ秋のあはれ知れて  0719: 紅の色に袂のしくれつゝ 袖に秋あるこゝちこそすれ  0720: あはれとてなととふ人のなかるらん 物おもふ宿の荻の上風  0721: わりなしやさこそ物おもふ袖ならめ 秋にあひても置る露哉 【〇五七右】  0722: 秋ふかき野への草葉にくらへはや 物おもふ比の袖の白露  0723:                に いかにせんこんよのあまとなる程も みるめかたくて過る恨を                〃  0724: 物おもふ涙やゝかてみつせ川 人をしつむる淵となるらん  0725: あはれ/\この世はよしやさもあらはあれ こん世もかくやくるしかるへき  0726: たのもしなよひ暁のかねの音に 物おもふつみはつきさらめやは  本是以下為下帖  Subtitle 雑  0727: つく/\と物をおもふに打そひて おり哀なるかねの音かな  0728: 情ありしむかしのみなを忍はれて なからへまうき世にも有哉  0729: 軒ちかき花橘に袖しめて むかしをしのふなみたつゝまん  0730: なにことも昔をきくは情有て 故あるさまにしのはるゝかな 【〇五七左】  0731:                  とイ1 わか宿は山のあなたにある物を なにゝうき世をしらぬ心そ  0732: くもりなきかゝみのうへにゐる塵を めにたてゝみるよと思はゝや  0733: なからへんと思ふ心そ露もなき いとふにたにもたえぬうきみは  0734: 思出る過にしかたをはつかしみ あるに物うき此世なりけり  0735:  世につかうへかりける人のこもりゐたりけるもとへ、つ  かはしける 世中にすまぬもよしや秋の月 にこれる水のたゝふさかりに  0736:  五日、菖蒲を人のつかはしたりける返事に よのうきにひかるゝ人はあやめ草 心のねなき心ちこそすれ  0737:  寄花橘述懐 【〇五八右】 世のうさを昔かたりになしはてゝ 花橘におもひいてはや  0738:         (ママ)  世にあらしと思ひけちけるころ、東山にて人ゝ寄霞述懐  と云事をよめる 空になる心は春の霞にて 世にあらしとも思ひたつかな  0739:  同し心を 世をいとふ名をたにもさはとゝめ置て 数ならぬ身の思ひ出にせん  0740:  いにしへころ東山にあみた房と申ける上人の庵室にまか  りて見けるに、なにとなくあはれにおほえてよめる       (ママ) 柴の庵ときくはいやしきなゝれとも よにこのもしき住居成けり 【〇五八左】  0741:  世をのかれけるおり、ゆかり有ける人のもとへいひをく  りける 世中をそむきはてぬといひ置ん 思ひしるへき人はなくとも  0742:  はるかなるところにこもりて、みやこなる人のもとへ月  のころつかはしける 月のみやうはの空なるかたみにて 思ひもいては心かよはむ  0743:  世をのかれて伊勢のかたへまかりけるに、鈴鹿山にて すゝか山うき世をよそにふりすてゝ いかに成ゆく我身なるらん  0744:  述懐 【〇五九右】 何ことにとまる心の有けれは さらにしも又世のいとはしき  0745:  侍従大納言成通のもとへのちの世のこと、おとろかし申  たりける返ことに おとろかす君によりてそ長夜の 久しき夢はさむへかりける  0746:  返事 おとろかぬ心なりせは世中を 夢そとかたるかひなからまし  0747:  中院右大臣、出家思ひたつよしのことかたり給けるに、  月いとあかくて夜もすから哀にて明にけれは、かへりに      (ママ)  けり、その後のその夜の名残おほかりしよしいひをくり  給ふとて 【〇五九左】 夜もすから月をなかめて契置し そのむつことにやみははれにき  0748:  返し   みしイ2  しイ1         はイ1 住といひし心の月もあらはれは 此世もやみのはれさらめやは  0749:  ためなりときはにたう供養しけるに、世をのかれて山寺  に住侍けるしたしき人/\、まうてきたりと聞ていひつ  かはしける いにしへにかはらぬ君かすかたこそ けふはときはのかたみなるらめ  0750:  返し 色かへて独のこれるときは木は いつをまつとか人はみるらん  0751:  ある人さまかへて仁和寺のおくなるところに住と 【〇六〇右】  聞て、まかりて尋けれは、あからさまに京にと聞てかへ  りにけり、その後人つかはしてかくなんまいりたりしと  申たりける返事に 立よりて柴の煙のあはれさを いかゝおもひし冬の山里  0752:  返し         すみイ2 山里に心そふかくいりなから しはのけふりの立かへりにし  0753:  此歌もそへられたりける おしからぬ身を捨やらてふる程に 長き闇にや又まよひ南  0754:  返し 世を捨ぬ心のうちにやみこめて まよはんことは君ひとりかは 【〇六〇左】  0755:  したしき人/\あまた有けれは、おなし心に誰も御覧せ  よとて、つかはしたりける返ことに又 なへてみなはれせぬやみのかなしさを 君しるへせよひかりみゆやと  0756:  又かへし 思ふともいかにしてかはしるへせん をしふる道にいらはこそあらめ  0757:  後の世の事むけに思はすしもなし、とみえける人のもと  へつかはしける 世のなかに心あり明の人はみな かくてやみにはまよはぬ物を  0758:  返し 世をそむく心はかりは在明の つきせぬやみは君にはるけん 【〇六一右】  0759:  ある所の女房、世をのかれて西山にすむときゝて尋けれ  は、すみあらしたるさまして人のかけもせさりけり、あ  たりの人にかくと申をきたりけるを聞ていひをくれりけ  る しほなれしとまやもあれてうき波に よる方もなきあまと知すや  0760:  返し                          けりイ2 苫のやに浪立よらぬけしきにて あまり住うき程はみえにき  0761:  待賢門院中納言のつほね、世をそむきて小倉山のふもと  にすまれける比まかりたりけるに、ことからまことにい  うにあはれなり 【〇六一左】  けり、風のけしきさへことにかなしかりけれは、かきつ  けゝる 山おろすあらしの音のはけしきを いつならひける君かすみかそ  0762:  あはれなるすみかとひにまかりたりけるに、このうたを  かきつけゝる、おなし院の兵衛のつほね うき世をは嵐のかせにさそはれて 家を出にしすみかとそみる  0763:  小倉をすてゝ高野のふもとにあまのと申山にすまれけり、  おなし院のつほね、都のほかのすみかとひ申さてはいか  ゝとて、わけ 【〇六二右】  おはしたりける、ありかたくなん、かへるさにこかはへ  まいられけるに、御山よりゐてあひたりけるをしるへせ  よとありけれは、くし申てこかはへまいりたりける、か          は  ゝるつゐてはいまのあるましきこと也、吹上見んといふ          〃  こと、くせられたりける人/\申いてゝ、吹上へおはし  けり、みちより大雨風ふきてけうなくなりにけり、さり  とて吹上にゆきつきたりけれとも、見所なきやうにて、                  に  やしろにこしかきすへておもふにもoさりけり、能因か  なはしろ水に 【〇六二左】  せきくたせとよみていひつたへられたるものをとおもひ  て、社にかきつけゝる あまくたる猶ふきあけの神ならは 雲晴のきて光あらはせ  0764:【補入】 苗代にせきくたされし天川 とむるも神の心なるへし  かく書つけたりけれは、やかて西の風吹かはりて、(たち  まちに雲はれてうら/\と日なりに)けり、末の世なれ  と、心さしいたりぬることにはしるしあらたなることを、  人/\申つゝしんおこして、吹上和哥の浦おもふやうに  見てかへられにけり  0765:  待賢門院の女房、堀川の局のもとよりいひをくられけ  る 【〇六三右】 此世にてかたらひをかん時鳥 しての山ちのしるへともなれ  0766:  返し 時鳥なく/\こそはかたらはめ しての山ちに君しかゝらは  0767:  天王寺へまいりけるに、雨のふりけれは江口と申所に宿  をかりけるに、かさゝりけれは 世中をいとふまてこそかたからめ かりのやとりをおしむ君哉  0768:  返し                に 家をいつる人としきけはかりの宿o 心とむなとおもふはかりそ  0769:  ある人世をのかれて北山寺にこもりゐたりと聞て、たつ  ねまかりたりけるに、月の明かり 【〇六三左】  けれは 世をすてゝ谷そこにすむ人見よと 峯の木間を分る月影  0770:  あるみやはらにつけつかうまつりける女房、世をそむき  てみやこはなれてとをくまからんと思ひたちて、まいら  せけるにかはりて くやしきはよしなく君になれそめて いとふ都の忍れぬへき  0771:  題しらす 更ぬたに世のはかなさを思ふ身に ぬえ鳴渡る明ほのゝ空  0772:               いまきイ3 鳥へのを心のうちに分ゆけは いふきの露に袖そゝほつる  0773: いつの世になかき眠の夢覚て おとろくことのあらんとすらん 【〇六四右】  0774: 世中を露とみる/\はかなくも 猶おとろかぬ我こゝろかな  0775: なき人もあるを思ふも世中は 眠のうちの夢とこそしれ  0776: きし方のみしよの夢にかはらねは 今もうつゝの心ちやはする  0777: ことゝなくけふ暮ぬめりあすも又 かはらすこそはひま過るかけ  0778: こえぬれは又もこの世にかへりこぬ しての山こそかなしかりけれ  0779: はかなしやあたに命の露きえて 野へに我身やをくり置れん  0780: 露の玉きゆれは又もをく物を たのみもなきは我身也けり  0781: あれはとてたのまれぬ哉あすは又 昨日とけふはいはるへけれは  0782: 秋の色はかれのなからも有物を 世のはかなさや浅ちふの露  0783: 年月をいかて我身にをくり劔 昨日の人もけふは無世に 【〇六四左】  0784:  范蠡長男の心を 捨やらて命をおふる人はみな ちゝのこかねをもてかへる也  0785:  暁無常を つきはてしその入あひの程なさを このあかつきに思ひしりぬる  0786:  寄霞無常を なき人をかすめる空にまかふるは 道をへたつる心なるへし  0787:  花のちりたりけるにならひて、咲はしめけるさくらを見  て ちるとみれは又さく花の匂ひにも をくれさき立例ありけり  0788:  月前述懐 【〇六五右】 月を見ていつれの年の秋まてか この世にわれか契有らん  0789:  七月十五夜月あかゝりけるに、舟岡にまかりて いかてわれこよひの月を身にそへて しての山ちの人を照さん  0790:  物心はそくあはれなりけるおりしも、きり/\すのこゑ  の枕にちかく聞えけれは そのおりの蓬かもとの枕にも かくこそ虫の音にはむつれめ  0791:  鳥へ山にてとかくのわさしけるけふりのなかより、夜ふ  けて出ける月のあはれに見えけれは 鳥へ野やわしの高ねの末ならん けふりを分ていつる月影  0792:  諸行無常の心を 【〇六五左】     て行イ2 はかなくも過にしかたを思ふにも 今もさこそは朝かほの露  0793:  同行に侍ける上人、れいならぬ事大事に侍けるに、月の  あかくてあはれなりけれは読ける もろ友になかめ/\て秋の月の ひとりにならんことそかなしき  0794:  待賢門院かくれさせおはしましにける御あとに、人/\  みなとしの御はてまて候はれけるに、みなみおもての花  ちりけるころ、堀川の局のもとへ申をくりける 尋ぬとも風のつてにもきかしかし 花とちりにし君かゆくゑを  0795:  返し 【〇六六右】 吹風のゆくゑしらするものならは 花とちるにもをくれさらまし  0796:  近衛院の御はかに人/\くしてまいりたりけるに、露の  ふかゝりけれは みかゝれし玉のすみかを露深き 野へにうつしてみるそかなしき  0797:  一院かくれさせおはしまして、やかての御所へわたしま       夜  いらせけるに、高野よりいてあひてまいりあひたりける、       〃  いとかなしかりけり、この後おはしますへき所御覧しは  しめけるそのかみの御ともに、右大臣さねよし大納言と  申ける候はれけり、しのはせおはします事にて 【〇六六左】  又人さふらはさりけり、そのおりしも御ともにさふらひ  けることのおもひ出られて、おりしもこよひにまいりあ  ひたる、むかし今の事おもひつゝけられてよみける こよひこそ思ひしらるれ浅からぬ 君に契りのある身成けり  0798:  おさめまいらせける所へわたしまいらせけるに 道かはるみゆきかなしき今夜哉 かきりの旅とみるにつけても  0799:  おさめまいらせて後、御ともにさふらはれける人/\、  たとへんかたなくかなしなから、かきりある事なれはか  へられにけり、はしめたる事ありて 【〇六七右】  明るまてさふらひてよめる 問はやと思ひよらてそ歎かまし むかしなからのわか身成せは  0800:  右大将公能、父の服のうちにはゝなくなりぬと聞て、高  野よりとふらひ申ける かさねきる藤の衣をたよりにて 心の色をそめよとそおもふ  0801:  返し 藤ころもかさぬる色はふかけれと 浅き心のしまぬはかりそ  0802:  同し歎し侍ける人のもとへ       のイ1 君か為秋は世にうき折なれや こそもことしも物をおもひて  0803:  返し 【〇六七左】 晴やらぬこそのしくれのうへにまた かきくらさるゝ山めくり哉  0804:  母なくなりて山寺に籠居たりける人を程へて思ひいてゝ、  人のとひたりけれはかはりて 思ひいつる情を人のおなしくは そのおりとへなうれしからまし  0805:  ゆかりありける人はかなく成にけり、とかくのわさにと    (ママ)  りへ山まかりてかへりけるに 限なくかなしかりけり鳥へ山 なきをゝくりてかへるこゝろは  0806:  父のはかなくなりにける、そとはをみてかへりける人に なきあとをそとはかりみてかへるらん 人の心をおもひこそやれ  0807:  おやかくれ、たのみたりけるむこなとうせて歎しける人  の、ほとなくむすめにさへをくれにけりと聞てとふらひ  けるに 【〇六八右】 此たひはさき/\みけん夢よりも さめすや物はかなしかるらん  0808:  五十日のはてつかた、二条院の御はかに御仏供養堂しけ  る人にくしてまいりたりけるに、月あかくて哀なりけれ  は こよひ君しての山ちの月をみて 雲のうへをや思ひ出らん  0809:  御あとにみかはの内侍候けるに、九月十三夜人にかはり  て かくれにし君かみかけの恋しさに 月にむかひて音をやなくらん  0810:  返し               内侍 わか君の光かくれし夕より やみにはまよふ月はすめとも 【〇六八左】  0811:  寄紅葉懐旧と云ことを、宝金剛院にてよみける いにしへをこふる涙の色にゝて たもとにちるは紅葉成けり  0812:  故郷述懐と云ことを、ときはの家にてためなりよみける  に、まかりあひて 茂きのをいく一むらにわけなして さらにむかしを忍ひかへさん  0813:    十日  十月なかのころ宝金剛院の紅葉みけるに、上西門院おは  しますよし聞て、待賢門院の御時おもひ出られて、兵衛  のつほねにさしをかせける 【〇六九右】 紅葉みて君か袂やしくるらん むかしの秋の色をしたひて  0814:  返し        も 色深き梢をみてはしくれつゝ ふりにしことをかけぬ日そなき        〃  0815:  周防内侍、われさへ軒のとかきつけけるふるさとにて、  人/\思ひをのへけるに      (ママ) いにしへはつかゐしやうもある物を なにをかけふのしるしにはせん  0816:  みちのくにゝまかりたりけるに、野の中に常よりもとお  ほしきつかの見えけるを、人にとひけれは、中将のみは  かと申はこれ也と申けれは、中将とはたれかことそとま  たとひけれは 【〇六九左】  実方の御事なりと申ける、いとかなしかりけり、さらぬ  たにものあはれにおほえけるに、霜枯の薄ほの/\見え  わたりて、のちにかたらむもことはなきやうにおほえて 朽もせぬその名はかりをとゝめ置て かれのゝ薄かたみにそみる  0817:  ゆかりなくなりて、すみうかれにけるふるさとへかへり  ゐける人のもとへ すみ捨しその故郷をあらためて むかしにかへる心ちもやする  0818:  おやにをくれてなけきける人を、五十日すくるまてとは  さりけれは、とふへき人のとはぬこと 【〇七〇右】  をあやしみて、人にたつぬときゝて、かく思ひていまゝ  て申さゝりつるよし申てつかはしける、人にかはりて なへてみな君か歎をとふかすに 思ひなされぬことのはもかな  かく思ひてほとへ侍にけりと申て、返事かくなん  0819:  ゆかりにつけてものおもひする人のもとより、なとかと  はさらんとうらみつかはしたりける返ことに 哀とも心におもふほとはかり いはれぬへくはとひこそはせめ  0820:  はかなくなりてとしへにける人の文を、ものゝ 【〇七〇左】  なかより見いたして、むすめに侍ける人の許へみせにつ  かはすとて 泪をやしのはん人はなかすへき 哀にみゆるみつくきの跡  0821:  同行に侍ける上人、をはりよく思さまなりときゝて、申  をくりける                寂然 みたれすとをはり聞こそ嬉しけれ 扨も別はなくさまねとも  0822:  返し この世にて又あふましきかなしさに すゝめし人そ心みたれし  0823:  とかくのわさはてゝあとの事ともひろひて 【〇七一右】  高野へ参て帰りたりけるに、                寂然 いるさにはひろふかたみも残りけり かへる山路の友は涙か  0824:  返事 いかてともおもひわかてそ過にける 夢に山路を行心ちして  0825:  侍従大納言入道はかなくなりて、よひ暁につとめする僧、  をの/\帰りける日申送りける 行ちらんけふの別をおもふにも さらになけきは添心ちする  0826:  かへし 臥しつむ身には心のあらはこそ さらに歎もそふ心ちせめ  0827:  此うたも返しの外にくせられたりける たくひなき昔の人のかたみには 君をのみこそ頼ましけれ 【〇七一左】  0828:  返し いにしへのかたみになると聞からに いとゝ露けき墨染の袖  0829:  同日のりつなかもとへつかはしける なき跡もけふまては猶名残あるを 明日や別を添て忍ん  0830:  返し おもへたゝけふの別のかなしさに 姿をかへてしのふ心を  0831:  やかてその日さまかへて後、此返事かく申たりけり、い  と哀也、おなしさまに世をのかれて大原にすみ侍りける  いもうとの、はかなく成にける、哀とふらひけるに いかはかり君おもはまし道にいらて たのもしからぬ別なりせは 【〇七二右】  0832:  返し                寂然 たのもしき道にはいりてゆきしかと 我身をつめはいかゝとそ思  0833:  院の二位のつほね身まかりける跡に、十首哥人/\よみ  けるに        なすイ2 流ゆく水にたまれるうたかたの 哀あたなる此世成けり  0834: きえぬめるもとの雫を思ふにも 誰かは末の露のみならぬ  0835: をくり置てかへりし野への朝露を 袖にうつせは涙なりけり  0836: ふな岡のすそのゝつかの数そへて 昔の人に君をなしつる  0837: あらぬよのわかれはけにそうかりける 浅ちか原をみるにつけても  0838:                           らんイ2 後の世をとへと契りしことのはや 忘らるましきかたみ成へき 【〇七二左】  0839:                          るイ1 をくれゐて涙にしつむふる郷を 玉のかけにも哀とやみん  0840: 跡をとふ道にや君は入ぬらん くるしきしての山へかゝらて  0841: 名こりさへ程なく過はかなしきに なぬかの数を重ねすもかな  0842: 跡しのふ人にさへまたわかるへき その日をかねてしる泪哉  0843:  跡の事ともはてゝちり/\になりけるに、成範修憲涙な  かして、けふにさへ又と申けるほとに、みなみおもての  さくらにうくひすの鳴けるを聞てよめる 桜花ちり/\になるこのもとに 名残をおしむ鶯のこゑ  0844:  返し                少将なかのり 【〇七三右】 ちる花は又こん春も咲ぬへし わかれはいつかめくりあふへき  0845:  おなし日暮けるまゝに、雨のかきくらしふりけれは 哀しる空も心の有けれは 涙に雨をそふるなりけり  0846:  返し                院少納言局 哀しる空にはあらしわひ人の 涙そけふは雨とふるらん  0847:  行ちりて又のあしたつかはしける けさいかに思ひの色のまさるらん 昨日にさへも又わかれつゝ  0848:  返し                少将なかのり               そ 君にさへ立わかれつゝけふよりも なくさむかたはけになかりける               〃 【〇七三左】  0849:  あにの入道想空はかなくなりにけるを、とはさりけれは  いひつかはしける                寂然 とへかしなわかれの袖に露茂き 蓬かもとのこゝろほそさを  0850: まちわひぬをくれ先立哀をも 君ならてさは誰か問へき  0851: わかれにし人の二たひ跡をみは うらみやせましとはぬ心を  0852: いかゝせん跡の哀はとはすとも わかれし人のゆくゑたつねよ  0853: 中/\にとはぬはふかき方もあらん 心あさくもうらみつる哉  0854:  返し わけいりて蓬か露をこほさしと おもふも人をとふにあらすや 【〇七四右】  0855: よそに思別ならねは誰をかは 身より外には問へかりける  0856: へたてなき法のことはにたよりえて 蓮の露にあはれかくらん  0857: なき人を忍ふ思ひのなくさまは 跡をも千たひとひこそはせめ  0858: みのりをはことはなけれととくときけは 深き哀はとはてこそ思へ  0859:  これにくしてつかはしける 露ふかき野へになりゆくふる郷は 思ひやるにも袖しほれけり  0860:  無常の哥あまたよみける中に いつくにかめくり/\てたふれふさんと 思ふかなしき道芝の露  0861:                           くイ1 おとろかむと思ふ心のあらはやは なかき眠の露もさむへき  0862: 風あらき磯にかゝれるあま人は つなかぬ舟の心ちこそすれ 【〇七四左】  0863: おほなみにひかれ出たる心ちして たすけ舟なき沖にゆらるゝ  0864: なき跡を誰と知ねと鳥へ山 をの/\すこきつかの夕暮  0865: 浪たかきよをこき/\て人はみな 舟岡山をとまりにそする  0866: しにてふさん苔の筵を思ふより かねて知るゝいはかけの露  0867:        (ママ) 露ときえは蓮台野にをくりをけ ねかふ心を名にあらはさん  0868:  那智にこもりて滝に入堂し侍けるに、このうへに一二の  たきおはします、それへまいる也と申住僧の侍けるに、  くしてまいりけり、はなやさきぬらんとたつねまほしか  りけるおりふしにて、たよりある心ちしてわけまいりた  り 【〇七五右】                      (ママ)  二の滝のもとへまいりつきたる、如意輪滝なん申申と聞て、  おかみけれは、まことすこしうちかたふきたるやうになか  れくたりて、たうとく覚えたり、花山院の御庵室の跡の侍  けるまへに、としふりたりける桜の木の侍けるをみて、す  みかとすれはとよませ給けんことをおもひいてられて         んイ1 木のもとにすみける跡をみつる哉 なちのたかねの花を尋て  0869:  同行に侍ける上人、月のころ天王寺にこもりたりと聞て、  いひつかはしける 【〇七五左】        にイ1 いとゝいかに西へかたふく月かけを 常よりもけに君したふらん  0870:  堀河の局、仁和寺にすみけるに、まいるへきよし申たり  けれとも、まきるゝ事ありてほとへにけり、月のころま  へをすきけるを聞て、いひをくりける 西へゆくしるへとたのむ月影の 空たのめこそかひなかりけれ  0871:  返し                     やイ1 さしいらて雲ちをよきし月かけは またぬ心そ空にみえける  0872:  (ママ)  寂照入道談義すと聞てつかはしける ひろむらんのりにはあはぬ身成とも なをきくかすにいらさらめやは 【〇七六右】  0873:  返し つたへきくなかれなりとも法の水 くむ人からやふかく成らん  0874:  さたのふの入道、観音寺にてたうつくるに結縁すへきよ  し申つかはすとて                      光イ1                観音寺入道生先              かめよイ3 寺つくるこのわかたにゝつちうめは 君はかりこそ山もくつさめ  0875:  返し 山くつすそのちからねはかたくとも 心たくみをそへはこそせめ  0876:  あさり勝命、千人あつめて法華経結縁せさせけるにまい  りて、又の日つかはしける 【〇七六左】 つらなりし昔に露もかはらしと 思ひしられし法の庭かな  0877:  人にかはりて、これもつかはしける いにしへにもれけんことのかなしさは 昨日の庭に心ゆきにき  0878:  六原大政入道、持経者千人あつめて津国わたと申ところ  にて、供養侍けり、やかてそのつゐてに万灯会しけり、  夜ふくるまゝにともし火のきえけるを、ほの/\ともし  つきけるを見て                        みさきイ3 消ぬへき法のひかりのともし火を かゝくるわたのとまり成けり  0879:  天王寺へまいりて、亀井の水を見てよみける 【〇七七右】 浅からぬ契のほとそくまれぬる 亀井の水にかけうつしつゝ  0880:                        新  心さす事ありて、あふきを仏にまいらせけるに、o院よ  り給はりけるに女房うけ給はりて、つゝみかみに書つけ  られける 有かたき法にあふきの風ならは 心のちりをはらへとそおもふ  0881:  御かへり事たてまつりける 塵はかりうたかふ心なからなむ 法をあふきてたのむとならは  0882:  心性さたまらすといふことを題にて、人/\よみけるに ひはり立あら野におふる姫ゆりの 何につくともなき心かな 【〇七七左】  0883:  懺悔業障と云ことを 迷ゐつゝすきけるかたのくやしさに なく/\身をそけふは恨る  0884:  遇教待竜花といふことを 朝日さす程は闇にやまよはまし 在明の月のかけなかりせは  0885:  寄藤花述懐 西をまつ心に藤をかけてこそ そのむらさきの雲をおもはめ  0886:  見月思西と云ことを 山のはにかくるゝ月をなかむれは 我も心のにしにいるかな  0887:  暁念仏と云ことを 夢覚るかねのひゝきに打そへて とたひのみなをとなへつる哉 【〇七八右】  0888:  易住無人の文の心を にしへゆく月をやよそに思ふらん こゝろにいらぬ人の為には  0889:  人命不停過於山水の文の心を 山川のみなきる水の音きけは せむるいのちそ思ひしらるゝ  0890:  菩提心論に乃至身命而不悋惜文を あたならぬやかてさとりに帰けり 人の為にもすつる命は  0891:    〃心自  疏文o悟心自澄心 迷ゐきてさとりうへくもなかりつる 心をしるは心なりけり  0892:  観心 やみはれて心の空にすむ月は にしの山へやちかくなるらん 【〇七八左】  0893:  序品 散まかふ花の匂ひをさき立て ひかりを法のむしろにそしく  0894: 花のかをつらなる袖に吹しめて さとれとかせのちらす也けり  0895:  方便品  深着於五欲の文 こりもせすうき世の闇にまよふ哉 身を思はぬは心なりけり  0896:  譬喩品         に 法しらぬ人をそけふはうしとみる みつの車に心かけねは         〃  0897:  はかなくなりにける人のあとに、五十日の中に一品経供  養しける  化城喩品 【〇七九右】          半大歟 やすむへき宿を思へは巻の たひもなにかはくるしかるへき  0898:  五百弟子品                          しるかなイ4 をのつからきよき心にみかゝれて 玉ときかくるのりをしりぬる  0899:  提婆品 いさ清き玉を心にみかきいてゝ いはけなき身にさとりをそえし  0900:           まてイ2              らんイ2 これやさはとしつもるへくこりつめし 法にあふこのたきゝ成ける  0901: いかにしてきくことのかくやすからん あたに思ひてえつる法かは  0902:  観持品 あま雲のはるゝみ空の月影に 恨なくさむをはすての山  0903: いかにして恨し袖にやとり劔 出かたくみしありあけの月 【〇七九左】  0904:  寿量品 わしの山月をいりぬとみる人は くらきにまよふ心なりけり  0905: さとりえし心の月の顕れて わしの高ねにすむにそ有ける  0906:  なき人の跡に一品経供養しけるに、寿量品、人にかはりて 雲はるゝわしのみ山の月かけを 心すみてや君なかむらん  0907:  一心欲見仏の文を人/\よみけるに わしの山誰かは月をみさるへき 心にかゝる雲しはれなは  0908:  神力品、於我滅度後の文を ゆく末のためにとゝめぬ法ならは なにか我身にたのみあらまし 【〇八〇右】  0909:  普賢品 散しきし花の匂ひのなこりおほみ たゝまうかりし法の庭かな  0910:  心経                    とは露イ3 何こともむなしき法の心にて つみある身とや夢も思はし  0911:  無上菩提の心をよみけるに わしの山うへくらからぬ峯なれは あたりをはらふ在明の月  0912:  和光同塵結縁始と云ことを いかなれは塵にましりてます鏡 つかふる人はきよまはるらん  0913:  六道の哥よみけるに、地獄                     と つみ人のしめるよもなくもゆる火の たきゝo成らんことそかなしき 【〇八〇左】  0914:  餓鬼 あさゆふのこをやしなひにすときけは くにすくれてもかなしかるらん  0915:  畜生     に かくらうたふくさとりかうはいたけれと なをそのこまに成ことはうし     〃  0916:  修羅 よしなしなあらそふことをたてにして いかりをのみも結ふ心は  0917:  人 有難き人になりけるかひありて さとり求る心あらなん  0918:  天 雲の上のたのしみとてもかひそなき 扨しもやかてすみし果ねは 【〇八一右】  0919:  心におもひけることを にこりたる心の水のすくなきに なにかは月のかけやとるへき  0920: いかて我きよくくもらぬ身に成て 心の月のかけをみるらん  0921: のかれなくつゐにゆくへき道をさは しらてはいかゝすくへかりける  0922: をろかなる心にのみやまかすへき しとなることもあるなる物を  0923: 野にたてる枝なき木にもおとりけり 後の世しらぬ人の心は  0924:  五首述懐 身のうさを思ひしらてややみなまし そむくならひの無よ成せは  0925: いつくにか身をかくさましいとひても うき世に深き山なかりせは  0926: 身のうさのかくれかにせん山里は 心ありてそすむへかりける 【〇八一左】  0927: あはれしる涙の露そこほれける 草の庵りを結ふちきりは  0928: うかれいつる心は身にもかなはねは いかなりとてもいかにかはせん  0929:  高野より京なる人につかはしける 住ことは所からそといひなから たか野はものゝあはれなるかな  0930:  仁和寺の御室にて道心逐年深といふことを、よませ給け  るに 浅く出し心の水やたゝふらん すみゆくまゝにふかくなる哉  0931:  閑中暁心と云ことを、同夜 嵐のみ時/\窓に音つれて 明ぬる空のなこりをそおもふ  0932:  ことのほかにあれ、さむかりけるころ、宮の 【〇八二右】  法印高野にこもらせ給て、このほとのさむさはいかゝと  て小袖たまはせたりける、又のあした申ける こよひこそあはれみあつき心地して 嵐の音をよそに聞つれ  0933:  みたけより生のいは屋へまいりけるに、もらぬいはやも  とありけむおり、思ひ出られて 露もらぬ岩屋も袖はぬれけりと きかすはいかゝあやしからまし  0934:  をさゝのとまりと申ところにて、露のしけかりけれは 分きつるをさゝの露にそほちつゝ ほしそわつらふすみ染の袖 【〇八二左】  0935:     兼イ1  あさり源賢、世をのかれて高野にすみ侍ける、あからさ  まに仁和寺へいてゝかへりもまいらぬ事にて、僧都にな  りぬときゝていひつかはしける けさの色や若紫に染てける 苔のたもとを思ひかへして  0936:  秋比風わつらひける人を、とふらひたりける返ことに 消ぬへき露の命も君かとふ ことの葉にこそおきいられけれ  0937:  返し 吹過る風しやみなはたのもしみ 秋の野もせの露のしら玉 【〇八三右】  0938:  院の小侍従れいならぬ事大事にふししつみ、とし月へに  けりと聞て、とふらひにまかりたりけるに、このほとす  こしよろしきよし申て、人にもきかせぬ和琴の手ひきな  らしけるを聞て ことの音に涙をそへてなかす哉 絶なましかはとおもふ哀に  0939:  返し 頼むへきこともなき身をけふまても 何にかゝれる玉のをならむ  0940:  かせわつらひて山寺にかへりけるに、人/\とふらひて、  よろしくなりなはまたとくと申侍 【〇八三左】  けるに、をの/\心さしを思ひて 定なし風わつらはぬおりたにも 又こんことをたのむへきよか  0941: あたにちる木葉につけて思ふ哉 風さそふめる露のいのちを  0942: 我なくはこのさと人や秋ふかき 露をたもとにかけて忍はん  0943: さま/\にあはれおほかる別かな 心を君かやとにとゝめて  0944: かへれとも人のなさけにしたはれて 心は身にもそはす成ぬる  かへしともありけり、きゝをよはねはかゝす  0945:  新院哥あつめさせおはしますと聞て、ときはにためたゝ  か哥の侍けるをかきあつめてまいらせけるを、おほ原よ  り見せにつかはすとて 【〇八四右】                寂超 木のもとイ3 もろ友に散言のはをかくほとに やかても袖のそほちぬるかな  0946:  返し 年ふれと朽ぬときはの言のはを さそ忍ふらんおほはらの里  0947:  寂超、ためたゝか哥に我哥かきくし、又おとうとの寂然  か哥なととりくして新院へまいらせけるを、人にとりつ  たへてまいらせさせけりと聞て、あにゝ侍ける想空かも  とより 家の風つたふはかりはなけれとも なとかちらさぬなけの言のは  0948:  返し 【〇八四左】      と 家の風むねをふくへきこのもとは いまちりなんとおもふことのは      〃  0949:  新院、百首哥めしけるにたてまつるとて、右大将きんよ  しのもとより見せにつかはしたりける、返し申とて 家の風吹つたへけるかひありて ちることのはのめつらしき哉  0950:  返し いゑの風吹つたふともわかのうらに かひあることのはにてこそしれ  0951:  題しらす 木枯に木葉のおつる山里は 涙さへこそもろくなりけれ  0952: 峯わたる嵐はけしき山里に そへて聞ゆる滝川の水 【〇八五右】  0953: とふ人も思ひたえたる山里の さひしさなくはすみうからまし  0954: あかつきのあらしにたくふ鐘の音を 心のそこにこたへてそきく  0955: またれつる入相のかねの音す也 あすもやあらは聞むとすらん  0956: 松風の音あはれなる山里に さひしさそふるひくらしのこゑ  0957: 谷のまにひとりそ松もたてりけり 我のみ友はなきと思へは  0958: 入日さす山のあなたはしらねとも 心をかねてをくり置つる  0959: 何となくくむたひにすむ心かな いはゐの水にかけうつしつゝ  0960: 水の音はさひしき庵の友なれや 峯の嵐のたえま/\に  0961: うつらふす刈田のひつち生出て ほのかにてらす三か月のかけ  0962: 嵐こす峯の木間を分きつゝ 谷のし水にやとる月かけ 【〇八五左】  0963: にこるへきいは井の水にあらねとも くまはやとれる月やさはかん  0964:                       とイ1 独すむいほりに月のさしこすは なにか山への友にならまし  0965:         もイ1 尋きてことゝふ人のなき宿に 木間の月のかけそさしくる  0966: 柴の庵はすみうきこともあらましを ともなふ月の影なかりせは  0967: かけきえては山の月はもりもこす 谷は梢の雪と見えつゝ  0968: 雲にたゝこよひの月を任せてん いとふとてしもはれぬものゆへ  0969: 月をみるほかもさこそはいとふらめ 雲たゝこゝの空にたゝよへ  0970:               れ はれまなく雲こそ空にみちにけo 月みんことは思ひたえなむ  0971: ぬるれとも雨もる宿のうれしきは 入こん月をおもふなりけり  0972: 分入て誰かは人の尋ぬへき いはかけ草のしけるやまちを 【〇八六右】  0973: 山里は谷のかけひのたえ/\に みつこひ鳥のこゑ聞ゆ也  0974: つかはねとうつれるかけを友として をしすみけりな山川の水  0975: つらならて風に乱てなく雁の しとろにこゑの聞ゆなる哉  0976: 晴かたき山ちの雲に埋れて 苔の袂はきりくちにけり  0977: つらゝはふは山はしたも茂けれは すむ人いかにこくらかるらん  0978:                            すイ1 くまの住こけの岩山おそろしみ むへなりけりな人もかよはぬ  0979: 音もせていはまたはしるあられこそ 蓬の窓の友と成けれ  0980: あはれにそものめかしきは聞えける 枯たるならの柴のおちはは  0981: しはかこふ庵りのうちはたひ立て すとをる風もとまらさりけり  0982: 谷風はとを吹あけている物を 何と嵐のまとたゝくらむ 【〇八六左】  0983: 春あさみすゝのまかきに風さえて また雪消ぬしからきの里  0984: みおよとむあまの河きし浪かけて 月をはみるやさへさみのかみ  0985: ひかりをはくもらぬ月そみかきける いなはにかゝるあさひこの玉  0986: いはれ野のはきかたえまのひま/\に このてかしはの花咲にけり  0987: 衣手にうつりし花の色なれや 袖ほころふる萩か花すり  0988:          のイ1 をさゝ原はすゑの露は玉にゝて いしなき山をゆく心ちする  0989: まさきわるひたのたくみやいてぬらん むら雨過ぬかさとりの山  0990: かはあはひやまきのすそやまいしたてゝ そま人いかに涼しかるらん  0991:【補入】 杣くたすまくにかをくの河上に たつきうつへしこけさなみよる  0992: 雪とつるしみゝにしたくから崎の みちゆきにくきあしからの山  0993:                    のイ1 ねわたしにしるしのさほや立つらん こひきまちつるこしの中山 【〇八七右】  0994:        きイ1 くもとりやしこの山ちは扨をきて をくちか原のさひしからぬは  0995: ふもとゆへ舟人いかにさむからん くま山たけをおろす嵐に  0996: おりかくるイ5 をちかへる浪の立かと見ゆる哉 さすかにきゐるさきの村鳥  0997: わつらはて月にはよるもかよひけり となりへつたふあせの細道  0998: あれにけるさはたのあせに草生て 秋待へくもなき渡りかな  0999: つたひくるかけひをたえすまかすれは 山田は水もおもはさりけり  1000: 身にしみしおきの音にはかはれとも しはふくかせもあはれ也けり  1001: 小芹つむ沢の氷のひまたえて 春めきそむる桜井の里  1002: くる春は峯に霞をさきたてゝ 谷のかけひをつたふ也けり  1003: 春になる桜の枝は何となく 花なけれともむつましき哉 【〇八七左】  1004: 空はるゝ雲成けりなよし野山 花もてわたる風とみたれは  1005: さらに又かすみにくるゝ山路哉 花を尋る春のあけほの  1006: 雲もかゝれ花とを春はみて過ん いつれの山もあたに思はて  1007: 雲かゝるやまみはわれも思出よ 花ゆへなれしむつひ忘れす  1008:                      谷のうくいすイ7 山深み霞こめたるしはの庵に ことゝふものはうくひすのこゑ  1009: 鶯はゐなかの谷のすなれとも たみたる音をはなかぬ成けり  1010:                     さ 鶯のこゑにさとりをうへきかは きくうれしきもはかなかりけり                     〃  1011: 過てゆくはかせなつかし鶯の なつさひけりな梅の立枝を  1012: 山もなき海のおもてにたな引て 浪の花にもまかふ白雲  1013:                  おりイ2 おなしくは月のおりさけ山桜 花みるよはのたえまあらせし 【〇八八右】  1014: ふる畑のそはのたつきにゐる鳩の 友よふこゑのすこき夕暮  1015: なみにつきて磯はにいますあらかみは しほふむきねをまつにや有らん  1016: しは風にいせの浜荻ふせはまつ ほすしほなみのあらたむる哉  1017: あら磯の浪にそなれてはふ松は みさこのゐるそたより成ける  1018: うらちかみかれたる松の梢には 浪の音をや風はかるらん  1019: あはち嶋せとのなころは高くとも 此しほわたにをし渡らはや  1020:                           なりイ2 塩ちゆくかこみのともろ心せよ またうつはやきせと渡るほと  1021: 磯にをるなみのけはしくみゆる哉 奥になころやたかくゆくらん  1022:                  (ママ) おほつかないふきおろしの風さきに あまつま舟はあひやしぬらん  1023:                            まくなりイ4 くれ舟よあさつまわたりけさなせそ いふきのたけにゆきしふくめり 【〇八八左】  1024: あふみちやのちのたひ人いそかなむ やすかはらとてとをからぬかは  1025: 錦をはいくのへこゆるからひつに おさめて秋はいくにかあるらん  1026: 里人の大ぬさこぬさ立なめて むなかたむすふ野へに成けり  1027: いたけもるあまみか時に成にけり えそかちしまを煙こめたり  1028: ものゝふのならすすさひはおひたゝし あけとのしさりかものいれくひ  1029: むつのくのおくゆかしくそ思ほゆる つほのいしふみそとの浜風  1030: あさかへるかりゐうなこの村鳥は 原のをかやにこゑやしぬらん  1031:      こイ1 すかるふすすくれか下のくすまきを 吹うらかへす秋の初かせ  1032: もろこゑにもりかきみかそ聞ゆなる いひあはせてやつまをこふらん  1033:                           なりイ2 すみれさくよこのゝつはな生ぬれは 思ひ/\に人かよふめり  1034: くれなゐの色なりなからたてのほの からしや人のめにもたてぬは 【〇八九右】  1035: 蓬生はさることなれや庭の面に からすあふきのなそ茂るらん  1036:           に かり残すみつのまこもoかくろひて かけもちかほになくかはつかな  1037: 柳原かは風ふかぬかけならは あつくやせみのこゑにならまし  1038: ひさき生てすゝめとなれるかけなれや 浪うつ岸にかせ渡りつゝ  1039: 月のためみさひすへしと思ひしに みとりにもしく池のうき草  1040: 思ふことみあれのしめに引すゝの かなはすはよもならしとそ思ふ  1041: みくまのゝ浜ゆふ生る浦さひて 人なみ/\に年そかさなる  1042: いそのかみふるきすみかへ分入は 庭の浅ちに露のこほるゝ  1043: とをちさすひたのおもてに引汐に しつむ心そかなしかりける  1044: ませにさく花にむつれてとふ蝶の うらやましきもはかなかりけり 【〇八九左】  1045: うつりゆく色をはしらすことのはの なさへあたなるつゆ草の花  1046:        なりイ2                 よかイ2 風ふけはあたにやれゆくはせをはの あれはと身をも頼むへきかは  1047: 故郷の蓬はやとのなになれは あれゆく庭にまつ茂るらん  1048: ふる郷はみし世にも似す荒にけり いつちむかしの人行にけん  1049: しくれかは山めくりする心かな いつまてとのみうちしほれつゝ  1050: はら/\とおつる泪そあはれなる たまらすものゝかなしかるへし  1051: 何となくせりときくこそ哀なれ つみけん人の心しられて  1052:         に 山人よよし野の奥のしるへせよ 花もたつねんまた思ひ有         〃  1053: わひ人の泪ににたる桜かな 風身にしめはまつこほれつゝ  1054: 吉野山やかて出しとおもふ身を 花ちりなはと人やまつらん 【〇九〇右】  1055:           さとイ2 人もこす心もちらて山かけは 花をみるにもたより有けり  1056: 風のをとに物思ふわか色そめて 身にしみわたる秋の夕暮  1057: 我なれや風をわつらふしの竹は おきふしものゝ心ほそくて  1058: こむ世にもかゝる月をしみるへくは 命をおしむ人なからまし  1059: この世にてなかめなれぬる月なれは まよはんやみもてらさゝらめや   (以下五行空白)   (コノアト白紙六枚アリ、丁数ニ数エズ) 【〇九〇左】  Section 山家集 下  Subtitle 雑  1060:  八月ゝのころ、夜更て北白河へまかりけり、よしあるや  うなる家の侍けるに、ことのをとのしけれは立とまりて  聞けり、おりあはれに秋風楽と申楽也けり、庭を見入け  れは、あさちの露に月のやとれるけしき、あはれ也、か  きにそひたる荻の風、身にしむらんとおほえて、申入て  とをりける                     宿イ1 秋風のことに身にしむ今夜哉 月さへすめる庭のけしきに 【〇九一右】  1061:  いつみのぬしかくれて跡つたへける人のもとにまかりて、  いつみにむかひてふるきを思ふといふことを、人/\よ  みけるに すむ人の心くまるゝいつみかな むかしをいかに思ひいつらん  1062:  逢友恋昔と云ことを 今よりはむかしかたりは心せん あやしきまてに袖しほりけり  1063:  秋の末に寂然高野にまいりて、暮の秋によせて思をのへ  けるに なれきにしみやこもうとく成はてゝ かなしさそふる秋の暮かな  1064:  あひしりたりける人の、みちのくにへまかりけるに、わ  かれ哥よむとて 【〇九一左】 君いなは月待とても詠やらん あつまのかたの夕暮の空  1065:  大原に良暹かすみける所に、人/\まかりて述懐哥よみ  て、妻戸にかき付ける 大原やまたすみかまもならはすと いひけん人を今あらせはや  1066:  大覚寺の滝殿の石とも、閑院にうつされて、跡もなくな                 (ママ)  りたりと聞て、見にまかりたりける女、赤染か今たにか  ゝりとよみけん、思ひ出られて、哀におほえけれは                           けるイ2 今たにもかゝりといひし滝つせの その折まてはむかし成らし  1067:  深夜水声といふことを、高野にて人/\よみ 【〇九二右】  けるに                  (ママ) まきれつる窓の嵐のこゑとめて ふくるとつくる水の音哉  1068:  竹風驚夢 玉みかく露そ枕にちりかゝる 夢おとろかす竹のあらしに  1069:  山寺夕といふことを、人/\よみけるに 峯おろす松の嵐の音に又 ひゝきをそふる入あひのかね  1070:  暮山路 夕去やひはらの峯を越行は すこく聞ゆる山鳩のこゑ  1071:     旅イ1  海辺重枕宿 浪ちかき磯の松かね枕にて うらかなしきはこよひのみかは 【〇九二左】  1072:                     (ママ)  俊恵、天王寺にこもりて、人/\くして住吉に哥よみけ  るにくして 住吉の松かねあらふ浪の音を 梢にかくるおきつしほかせ  1073:  寂然、高野にまいりて立かへりて、大原よりつかはしける                        朝イ1 へたてこしそのとし月も有物を 名残おほかる峯の秋霧  1074:  返し                        朝イ1 したはれし名残をこそは詠つれ 立かへりにし峯の秋きり  1075:  つねよりも道たとらるゝほとに雪ふかゝりける比、高野  へまいると聞て、中宮大夫のもとより 【〇九三右】  かゝる雪にはいかに思ひ立そ、都へはいつへきそ、と申  たりける御返事に 雪分て深き山ちにこもりなは 年かへりてや君にあふへき  1076:  返し                時忠卿 わけて行山ちの雪はふかくとも とく立かへれ年にたくへて  1077:  山こもりして侍けるに、としをこめて春になりぬと聞け  るからに、かすみわたりて山河の音、日ころにも似す聞  えけれは かすめとも年のうちとはわかぬまに 春をつくなる山川の水  1078:  年のうちに春たちて雨のふりけれは 【〇九三左】 春としも猶思はれぬ心哉 雨ふるとしの心ちのみして  1079:  野に人のあまた侍けるを、何する人にかと問けれは、な  つむもの也とこたへけれは、としのうちに立かはる春の  しるしのわかな、さは、とおもひてよめる 年はゝや月なみかけてこえにけり むへつみはへししはの若立  1080:  春立日よみけるを 何となく春に成ぬと聞日より 心にかかるみよしのゝ山  1081:  正月元日雨降けるに いつしかもはつ春雨そ降にける 野への若なも生やしぬらん 【〇九四右】  1082:  山ふかくすみ侍けるに、春たちぬと聞て 山ちこそ雪の下水とけさらめ みやこの空は春めきぬらん  1083:  深山不知春 雪分て外山か谷の鶯は ふもとの里に春やつくらん  1084:  さかにまかりたりけるに、雪深かりけるを見をきていて  しことなと申つかはすとて おほつかな春の日数のふるまゝに さかのゝ雪は消やしぬらん   返し                静忍法師  1085: 立かへり君やとひくと待ほとに また消やらす野への淡雪  1086:  なきたえたりけるうくひすのすみ侍ける 【〇九四左】  谷に、こゑしけれは                         かるらんイ4 思ひ出てふるすにかへる鶯は たひのねくらやすみうかりつる  1087:  春の月あかゝりけるに、花またしき桜の枝を、風のゆる  かしけるを見て 月みれは風に桜の枝なえて 花よとつくる心ちこそすれ  1088:  くに/\めくりまはりて、春かへりてよしのゝかたへま  からんとしけるに、人の、このほとはいつくにか跡とゝ  むへき、と申けれは 花をみしむかしの心あらためて よし野の里に住むとそ思  1089:  みやたてと申はしたものゝ、としたかくなりて 【〇九五右】  さまかへなとして、ゆかりにつきてよしのにすみ侍けり、  思ひかけんやうなれとも、供養をのへむれうにとて、く    高野の御山へ  た物oつかはしたりけるに、花と申ものゝ侍けるを見て  つかはしける 思ひつゝ花のくたものつみてけり よしのゝ人のみやたてにして  1090:  返し                みやたて 心さしふかくはこへるみやたてを さとりひらけん花にたくへよ  1091:  桜にならひてたてりける柳に、花のちりかゝりけるを見  て 吹みたる風になひくとみるほとに 花を結へる青柳の糸 【〇九五左】  1092:  寂然、もみちのさかりに高野にまいりて、出にけり、又  のとしの花の折に申つかはしける 紅葉みし高野の峯の花盛 たのめし人の待るゝやなそ  1093:  返し                寂然 ともにみし峯の紅葉のかひなれや 花の折にも思出ける  1094:  天王寺へまいりたりけるに、松にさきのゐたりけるを、  月の光にみてよめる 庭よりもさきゐる松の梢にそ 雪はつもれる夏のよの月  1095:  夏くまのへまいりけるに、いはたと申所にすゝみて、下  向しける人につけて、京へ西住 【〇九六右】  上人のもとへつかはしける 松かねの岩田の岸の夕すゝみ 君かあれなとおもほゆる哉  1096:  かつらきをすき侍けるに、おりにもあらぬもみちの見え  けるを、何そとゝひけれはまさきなりと申けるを聞て かつらきや正木の色は秋にゝて よその梢はみとり成哉  1097:                    (ママ)  高野より出たりけるに、かくえん阿闍梨、ききかぬさま  なりけれは、きくをつかはして くみてなと心かよはゝとはさらむ 出たるものを菊の下水  1098:  返し                かくえん 【〇九六左】          て 谷深くすむかと思ひoとひぬまに うらみをむすふ菊の下水  1099:  たひにまかりけるに、入あひをきゝて                        きものをイ4 思へたゝ暮ぬと聞しかねの音は 都にてたにかなしかりしを  1100:  秋とをく修行し侍けるに、ほとへける所より侍従大納言  成通のもとへ申をくりける 嵐ふく峯の木葉にともなひて いつちうかるゝ心なるらん  1101:  返し 何となく落る木葉も吹風に ちりゆく方はしられやはせぬ  1102:  宮の法印、高野にこもらせ給ひて、おほろけにては出し  と思ふに、修行のせまほしきよし 【〇九七右】  かたらせ給けり、千日はてゝみたけにまいらせ給ひて、  いひつかはしける あくかれし心を道のしるへにて 雲にともなふ身とそ成ぬる  1103:  返し 山のはに月すむましと知れにき 心の空に成とみしより  1104:  としころ申なれたりける人に、遠く修行するよし申てま  かりたりけり、名残おほくて立けるに、紅葉のしたりけ  るをみせまほしくて、まちつるかひなくいかに、と申け  れは、木のもとに立よりてよみける 【〇九七左】 心をはふかきもみちの色にそめて 別て行やちるになるらん  1105:  するかの国の山寺にて、月を見てよみける 涙のみかきくらさるゝたひなれや さやかにみよと月はすめとも  1106:  題しらす       (ママ)            風イ1 身にもしみ物あらけなるけしきさへ 哀をせむる秋の音哉  1107: いかてかは音に心のすまさらん 草木もなひく嵐也けり  1108: 松風はいつもときはに身にしめと わきてさひしき夕暮の空  1109:  遠く修行に思ひ立侍けるに、す行の別と云ことを、人/\  まてきてよみ侍しに                              にイ1 程ふれはおなしみやこのうちたにも おほつかなさは問まほしきを 【〇九八右】  1110:  とし久しくあひたのみわたりける同行にはなれて、とを  く修行してかへらすもやと思ひける、何となく哀にて さためなくいく年君になれ/\て 別をけふは思ふなるらん  1111:      き  としころまみわたりける人に、はしめて対面申てかへり      〃〃  けるあしたに わかるともなるゝ思ひやかさねまし 過にし方のこよひなりせは  1112:  修行して伊勢にまかりけるに、月のころ都おもひいてら  れて 都にも旅なる月のかけをこそ おなし雲ゐの空にみるらめ 【〇九八左】  1113:      心さし  そのかみまいりつかうまつりけるならひに、よをのかれ  て後も、かもにまいりけり、年たかく成て四国のかたへ                      (ママ)  修行しけるに、又かへりまいらぬ事もやとて、仁和二年  十月十日の夜まいりて幣まいらせけり、うちへもいらぬ  事なれは、たなうのやしろにとりつきて参らせ給へとて、  心さしけるに、木間の月ほの/\と常よりも神さひ、哀  おほえてよみける たてまつるイ5                 心イ1 かしこまるしてに涙のかゝるかな 又いつかはと思ふ哀に  1114:  はりまの書写へまいるとて、野中の清水 【〇九九右】  をみける事ひとむかしに成にけり、としふりし後修行す  とてとをりけるに、同しさまにてかはらさりけれは 昔みし野中の清水かはらねは 我かけをもや思ひ出らん  1115:  天王寺へまいりけるに、かた野なと申渡り過て、みはる  かされたる所の侍けるを、問けれは、あまの川と申をき  ゝて、宿からむといひけんこと思ひ出されて、よみける あくかれしあまのかはらと聞からに 昔の波の袖にかゝれる  1116:  四国のかたへくしてまかりたりける同行の、都へ帰りけ  るに かへり行人の心をおもふにも はなれかたきは都なりけり 【〇九九左】  1117:  ひとりみをきて帰りまかりなんするこそ、あはれに、い  つか都へはかへるへき、なと申けれは 柴の庵のしはし都へかへらしと おもはんたにも哀なるへし  1118:  たひのうたよみけるに 草まくら旅なる袖にをく露を 都の人や夢にみるらん  1119: こえきつる都へたつる山さへに はては霞にきえぬめるかな  1120: 和田のうらはるかに波をへたてきて 都に出し月をみる哉  1121: わたのはら波にも月はかくれけり 都の山をなにいとひけん  1122:  西の国のかたへ修行してまかり侍とて、みつのと申所に、  くしならひたる同行の侍けるに、したしきものゝ例なら  ぬこと侍とて、くせさりけれは 【一〇〇右】 山城のみつのみくさにつなかれて こま物うけにみゆる旅哉  1123:  大みねのしんせんと申ところにて、月を見てよみける ふかき山にすみける月をみさりせは 思ひ出もなき我身ならまし  1124: 峯の上もおなし月こそてらすらめ 所からなる哀成へし  1125: 月すめは谷にそ雲はしつむめる 峯吹はらふ風にしかれて  1126:  をはすての峯と申所のみわたされて、思ひなしにや、月  ことに見えけれは をはすてはしなのならねといつくにも 月すむ峯の名にそ有ける  1127:  こいけと申宿にて いかにして梢のひまをもとめえて こいけにこよひ月のすむらん 【一〇〇左】  1128:  さゝのすくにて 庵さす草の枕にともなひて さゝの露にもやとる月哉  1129:      (ママ)  へいちと申すく、月をみけるに、梢の露の袂にかゝりけ  れは 梢もる月もあはれを思ふへし 光にくして露のこほるゝ  1130:  東やと申所にて、時雨の後月をみて 神無月時雨はるれは東やの 峯にそ月はむねとすみける  1131: 神無月谷にそ雲はしくるめる 月すむ峯は秋にかはらて  1132:  ふるやと申すくにて 神無月時雨ふるやにすむ月は くもらぬ影もたのまれぬ哉 【一〇一右】  1133:  行尊僧正  平等院の名かゝれたるそとはに、紅葉のちりかゝりける  を見て、花より外のと有ける、ひとむかしとあはれに覚  えてよみける                       ちりイ1 哀とて花みしみねに猶とめて 紅葉そけふは友に成ける  1134:  千くさのたけにて                 のイ1 分て入色のみならす梢さへ 千くさかたけは心そみける  1135:  ありのとわたりと申所にて さゝふかみ霧こすくきを朝立て なひきわつらふありのとわたり  1136:                     すイ1  行者かへり、ちこのとまり、つゝきたるすゑ也、春の山  ふしは、屏風たてと申所をたいら 【一〇一左】  かにすきむことをいたく思ひて、行者、ちこのとまりに  て思ひわつらふなるへし ひやうふにや心をたてゝ思ひ劔 行者はかへりちこはとまりぬ  1137:  三重のたきおかみけるに、ことにたふとくおほえて、三        す  業のつみもすoかるゝ心ちしけれは 身につもることはのつみも顕れて 心すみぬる三重のたき  1138:  てんほうりんのたけと申所にて、釈迦の説法の座のはし  と申所おかみて 爰こそは法とかれたる所よと きくさとりをもえつるけふ哉  1139:  修行して遠くまかりけるおりに、人の思ひへ 【一〇二右】  たてたるやうなる事侍けれは よしさらはいくへともなく山こえて やかても人にへたてられなん  1140:  思はすなる事思ひたつよし聞えける人のもとへ、高野よ  りいひつかはしける しほりせて猶山ふかく分いらん うきこときかぬところ有やと  1141:  しほゆにまかりたりけるに、くしたりける人、九月つこ       へ  もりにさきにのほりけれは、つかはしける、人にかはり       〃  て 秋はくれ君はみやこへ帰りなは あはれなるへき旅の空哉  1142:  返し                大宮女房加賀 【一〇二左】 君をゝきて立出る空の露けさに 秋さへくるゝ旅のかなしさ  1143:  しほゆいてゝ、京へまかりまてきて、故郷の花しもかれ  にける、哀也けり、いそきかへりし人のもとへ、又かは  りて 露置し庭の小萩も枯にけり いつら都に秋とまるらん  1144:  返し                おなし人 したふ秋は露もとまらぬ都へと なとていそきし舟出成らん  1145:  みちのくへ修行してまかりけるに、白河の関にとゝまり  て所からにや、つねよりも月おもしろくあはれにて、能  因か秋風そふくと申 【一〇三右】  けんおり、いつなりけんと思ひいてられて、名こりおほ  くおほえけれは、関屋のはしらにかきつけゝる 白河の関屋を月のもるかけは 人のこゝろをとむる成けり  1146:  関にいりて、しのふと申わたり、あらぬよのことにおほ  えてあはれ也、みやこいてし日かすおもひつゝけられて、  かすみとともに侍ることのあとたとりまてきにける、心  ひとつに思ひしられてよみける 都出て相坂こえしおりまては 心かすめししら川の関 【一〇三左】  1147:  武隈の松もむかしに成たりけれは、跡をたに見にまかり  てよみける 枯にける松なき跡のたけくまは みきといひてもかひなかるへし  1148:  ふりたるたなはしをもみちのうつみたりける、わたりに  くゝてやすらはれて、人にたつねけれは、おもはくのは  しと申はこれなり、と申けるを聞て ふまゝうきもみちの錦散しきて 人しかよはぬおもはくのはし  しのふの里よりおくへ、二日はかり入てある橋也  1149:  名取川をわたりけるに岸のもみちのかけを 【一〇四右】  見て 名取川峯の紅葉のうつるかけは おなし錦をそこにさへしく  1150:  十月十二日ひらいつみにまかりつきたりけるに、雪ふり  あらしはけしく、ことのほかにあれたりけり、いつしか  衣川見まほしくてまかりむかひて見けり、河のきしにつ  きて衣川の城しまはしたる、ことからやうかはりてとり    (ママ)  わきさひけれは 取わきて心もしみてさえそ渡る 衣河見にわたるけふしも  1151:  又のとしの三月に、出羽国にこえて、たきの 【一〇四左】  山と申山寺に侍けるに、桜のつねよりもうすくれなゐの  いろこきにて、なみたてりけるを、寺の人/\見けうし  けれは たくひなき思ひ出はの桜かな うす紅の花のにほひは  1152:  下野国にてしはのけふりを見て 都ちかきをの大原を思ひ出る 柴の煙のあはれなるかな  1153:  おなしたひにて 風あらき柴の庵は常よりも ね覚そものはかなしかりける  1154:        (ママ)  つのくにゝやまとゝ申所にて、人を待て日数へけるに 【一〇五右】 何となく都の方も聞なれは むつましくてそなかめられける  1155:  新院、さぬきにおはしましけるに、たよりにつけて女房  のもとより みつくきのかきなかすへき方そなき 心のうちはくみて知なん  1156:  返し 程とをみかよふ心のゆくはかり 猶かきなかせみつくきの跡  1157:  又、女房つかはしける いとゝしくうきにつけても頼む哉 契りし道のしるへたかふな  1158: かゝりける涙にしつむ身のうさを 君ならて又誰かうかへん  1159:  返し 【一〇五左】 たのむらんしるへもいさやひとつよの 別にたにもまとふ心は  1160:                   (ママ) なかれいつる涙にけふはしつむとも うからん末を猶思はなん  1161:  とをく修行する事有けるに、菩提院のさきの斎宮にまい  りたりけるに、人/\わかれの哥つかうまつりけるに 去ともと猶逢ことを頼む哉 しての山ちをこえぬ別は  1162:  おなしおり、つほの桜のちりけるを見て、かくなん覚侍  ると申ける この春は君に別のおしきかな 花の行ゑを思ひわすれて  1163:  返しせよとうけ給て、ひあふきにかきてさし 【一〇六右】  いたしける                女房六角のつほね 君かいなんかたみにすへき桜さへ 名こりあらせす風さそふへし  1164:  西国へ修行してまかりけるおり、こしまと申所に、八幡  のいはゝれ給ひたりけるにこもりたりけり、年へて又そ  の社を見けるに、松とものふるきになりたりけるをみて むかしみし松はおひ木に成にけり 我としへたる程も知れて  1165:  山里へまかりて侍けるに、竹の風の荻にまかへて聞えけ  れは                くらへてイ4 竹の音も荻ふく風のすくなきに たくへて聞はやさしかりけり 【一〇六左】  1166:  世のかれてさかにすみける人のもとにまかりて、後の世  のことをこたらすつとむへきよし申て帰けるに、竹のは  しらを立たりけるをみて よゝふとも竹のはしらの一筋に 立たるふしはかはらさらなん  1167:  題しらす あはれたゝ草の庵のさひしきは 風よりほかにとふ人そなき  1168: あはれ也よも/\しらぬ野の末に かせきをともになるゝ栖は  1169:  高野にこもりたりける人を、京より何ことか、またいつ  出へきと申たるよし聞て、その人にかはりて、 山水のいつ出へしと思はねは 心ほそくてすむとしらすや 【一〇七右】  1170:  松のたえまより、わつかに月のかけろひて見えけるを見  て 影うすみ松のたえまをもりきつゝ 心ほそしや三か月の空  1171:  松の木のまより、わつかに月のかけろひけるを見て、月  をいたゝきて道を行といふことを くみてこそ心すむらめしつのめか いたゝく水にやとる月かけ  1172:  木陰の納涼といふことを、人ゝよみけるに けふも又松のかせふくをかへゆかん 昨日すゝみし友にあふやと  1173:  入日影かくれけるまゝに、月の窓にさしいりけれは さしきつる窓のいり日をあらためて 光をかふる夕月夜哉  1174:  月蝕を題にて哥よみけるに 【一〇七左】 いむといひて影にあたらぬ今宵しも われて月みる名や立ぬらん  1175:  寂然入道、大原にすみけるにつかはしける 大原はひらの高ねのちかけれは 雪降ほとを思ひこそやれ  1176:  かへし 思へたゝ都にてたに袖さえし ひえの高ねの雪のけしきを  1177:  高野のおくの院の橋のうへにて、月あかゝりけれは、も  ろともになかめあかして、その比西住上人京へ出にけり、  其よの月忘かたくて、又おなし橋の月の比、西住上人の  もとへいひつかはしける ことゝなく君こひ渡る橋の上に あらそふ物は月の影のみ  1178:  かへし                西住上人 【一〇八右】 思やる心はみえて橋のうへに あらそひけりな月の影のみ  1179:       にし山イ4  忍西入道、よし野山のふもとにすみけるに、秋の花いか              (ママ)  におもしろかるらんとゆかしうと、と申つかはしたりけ  る返しに、色/\のはなを折あつめて しかの音や心ならねはとまるらん さらてはのへをみなみする哉  1180:  返し しかの立野への錦のきりはしは 残おほかる心ちこそすれ  1181:  人あまたして独にかくして、あらぬさまにいひなしける  ことの侍けるを聞て、よみける 【一〇八左】 一すちにいかてそま木のそろひ劔 いつはりつくる心たくみに  1182:  陰陽頭に侍けるものに、ある所のはしたもの申けり、い  と思ふやうにもなかりけれは、六月晦日につかはしける  に、かはりて 我為につらき心をみな月の てつからやかてはらへきてなん  1183:  ゆかりありける人の、新院のかんたうなりけるを、ゆる  したふへきよし申いれたりける御返事に もかみ川つなて引ともいな舟の しはしかほとはいかりおろさん  1184:  御返事たてまつりける つよく引つなてとみせよもかみ川 その稲舟のいかりおさめて 【一〇九右】  かく申たりけれは、ゆるしたひてけり  1185:  屏風のゑを人/\よみけるに、海きはにおさなくいやし  きものゝ有所を 磯なつむあまのさをとめ心せよ 荻ふく風に波たかくなる  1186:  同絵に、とまのうちに人のねおとろきたる所を いそによる浪に心のあくかれて ねさめかちなる苫やかたかな  1187:  庚申の夜、孔子くはりをして哥よみけるに、古今・後撰・  拾遺、これをむめ・桜・やまふきによせたる題をとりて  よみける、古今、梅によす 紅の色こき梅をおる人の 袖にはふかきかやとまるらん 【一〇九左】  1188:  後撰にさくらをよす     き 春風のふくをこせんと桜花 となりくるしくぬしや思はん     〃  1189:  拾遺にやまふきをよす 山吹の花さくゐての里こそは やしうゐたりと思はさらなん  1190:  いはひ ひまもなくふりくる雨のあしよりは 数かきりなき君か御代かな  1191: 千世ふへき物をさなからあつむとも 君かよはひをしらんものかは  1192: 苔うつむゆるかぬ岩のふかきねは 君かちとせをかためたるへし  1193:                          ゆ むれたちて雲ゐにたつのこゑす也 君かちとせや空にみつらん                          〃  1194: 沢へよりす立はしむる鶴の子は 松の枝にやうつりそむらん 【一一〇右】  1195: 大うみのしほひて山に成まても 君はかはらぬ君にましませ  1196: 君か代のためしに何を思はまし かはらぬ松のいろなかりせは  1197: 君か代はあまつ空なる星なれや 数もしられぬ心ちのみして  1198: 光さす三笠の山の朝日こそ けに万代のためしなりけれ  1199: 万代のためしにひかんかめ山の すそのゝ原にしける小松を  1200: かすかくる浪にしつえの色そめて 神さひまさる住吉の松  1201: 若はさすひらのゝ松はさらに又 枝にや千世のかすをそふらん  1202: 竹の色も君かみとりにそめられて いくよ共なく久しかるへし  1203:  むまこまうけてよろこひける人のもとへ、いひつかはし  ける 【一一〇左】 千世ふへき二葉の松の生さきを みる人いかにうれしからまし  1204:  五葉のしたに二葉なる小松ともの侍けるを、子日にあた  りける日、おりひつに引うへて京へつかはすとて 君か為五葉の子日しつるかな たひ/\千世をふへきしるしに  1205:               (ママ)  たゝの松を引そへて、此松の思ひこと申へくなんとて 子日する野への我こそぬしなるを こえうなしとて引人のなき  1206:  世につかへぬへきゆかり、あまたありける人の、さもな  かりけることを思ひて、清水にとしこしにこもりたりけ  るに、つかはしける 【一一一右】 この春は枝/\まてにさかゆへし 枯たる木たに花は咲めり  1207:  これもくして    みのイ2    にイ1 あはれにそふかきちかひのたのもしき 清き流のそこくまれつゝ  1208:  八條院、宮と申けるおり、白河殿にて女房むしあはせら  れける、人にかはりて、むしくしてとり出しけるものに、  水に月のうつりたるよしをつくりて、その心をよみける 行末のなにやなかれん常よりも 月すみわたる白河の水  1209:  二條院  内にかひあはせせんとせさせ給けるに、人にかはりて 風たゝてなみをおさむる浦/\に こかひをむれてひろふ也けり 【一一一左】  1210: なにはかたしほひにむれて出たゝん しらすのさきのこかひひろひに  1211: 風ふけは花さくなみのをる度に 桜かひよるみしま江のうら  1212: 浪あらふ衣のうらのそてかひを 汀に風のたゝみをくかな  1213: なみかくる吹上の浜のすたれかひ 風もそおろす急きひろはん  1214: しほそむるますをのこかひひろふとて 色のはまとは云にや有らん  1215:   よ なみふする竹のとまりのすゝめかひ うれしきよにもあひにける哉   〃  1216: 浪よするしらゝの浜のからすかひ ひろひやすくもおもほゆる哉  1217:              ほ歟 かひありな君かみそてにおほはれて 心にあはぬこともなきかな  1218:  入道寂然、大原に住侍けるに、高野よりつかはし  ける 【一一二右】         め 山深みさこそあらぬと聞えつゝ をとあはれなる谷川の水         〃  1219: 山深み槇のはわくる月かけは はけしきものゝすこき成けり  1220: 山深みまとのつれ/\とふ物は 色つきそむるはしの立えた  1221: 山深み苔のむしろのうへにゐて なに心なく鳴ましらかな  1222: 山深み岩にしたゝる水ためん かつ/\おちるとちひろふほと  1223: 山深みけちかき鳥の音はせて 物おそろしき梟のこゑ  1224: 山深みほたきる成と聞えつゝ 所にきほふをのゝをとかな  1225: 山深みいりてみとみるものはみな あはれもよほすけしきなる哉  1226: 山深み木くらき峯のこすゑより 物/\しくも渡るあらしか  1227: 山深みなるゝかせきのけちかさに よにとをさかる程そ知るゝ 【一一二左】  1228:  返し                寂然 あはれさはかうやと君も思ひやれ 秋暮かたの大原の里  1229: 独すむおほろのし水ともとては 月をそすます大原の里  1230: すみかまのたなひくけふり一筋に 心ほそきは大原の里  1231: 何となく露そこほるゝ秋の田に ひた引ならす大原の里  1232: 水の音は枕におつる心ちして ね覚かちなる大原の里  1233: あたにふく草の庵りの哀より 袖に露をくおほ原の里  1234: 山風に峯のさゝくりはら/\と 庭に露しくおほ原の里  1235: ますらおかつま木にあけひさしそへて 暮れは帰るおほ原の里  1236: 葎はふかとは木葉にうつもれて 人もさしこぬおほ原の里 【一一三右】  1237: もろ友に秋も山ちもふかけれは しかそかなしきおほ原の里  1238:【補入】  神楽に星を ふけて出るみ山もみねのあかほしは 月まちえたるこゝちこそすれ  1239:  承安元年六月一日、院くまのへまいらせ給ひけるつゐて  に、すみよしに御幸有けり、修行しまはりて二日、かの  社にまいりたりけり、すみのえあたらしくしたてたりけ  るを見て、後三条院のみゆき神思出給けんとおほえて、  よみける 絶たりし君かみゆきを待つけて かみいかはかりうれしかるらん  1240:  松のしつえをあらひけんなみ、いにしへにかはらすやと  おほえて いにしへの松のしつえをあらひけむ 浪を心にかけてこそみれ 【一一三左】  1241:  斎院おはしまさぬころにて、まつりのかへさもなかりけ  れは、むらさき野をとをるとて 紫の色なきころの野へなれや かたまつりにてかけぬあふひは  1242:  北祭のころ、賀茂にまいりたりけるに、おりうれしくて  またるゝほとに、つかひまいりたり、はし殿につきてつ          まては  ゐふしおかまるゝoさることにて、まひ人のけしきふ  るまひ、みしよの事ともおほへす、あつまあそひにこと  うつ陪従もなかりけり、さこそすゑの世ならめ、神いか  に見給つらんと、はつかしき心ちしてよみ侍ける 【一一四右】 神の代もかはりにけりと見ゆる哉 そのことわさのあらす成にも  1243:  ふけゝるまゝに、みたらしのをと神さひて聞えけれは みたらしの流はいつもかはらぬを 末にしなれは浅ましのよや  1244:  伊勢にまかりたるに、大神宮にまいりてよみける 榊はに心をかけんゆふしてゝ おもへは神もほとけ成けり  1245:  斎院おりさせ給ひて、本院のまへをすきけるに、人のう  ちへいりけれはゆかしうおほえて、くして見侍けるに、  かうやはありけんとあはれ 【一一四左】  におほえて、おりておはしましける所へせんしのつほね  のもとへ、申つかはしける 君まさぬみうちはあれてありす川 いむすかたをもうつしつる哉  1246:  返し 思ひきやいみこし人のつてにして なれしみうちを聞む物とは  1247:  いせにさいわうおはしまさて、年へにけり、斎宮こたち  斗り、さかと見えて、ついかきもなきやうに成たりける  をみて いつか又いつきのみやのいつかれて しめのみうちに塵をはらはん  1248:  世中に大事いてきて、新院のあらぬさまに 【一一五右】  ならせおはしまして、御くしおろして仁和寺の北院にお               けん  はしましけるに参りて、けんoあさりいてあひたり、月  あかくてよみける かゝる世にかけもかはらすすむ月を みる我身さへうらめしきかな  1249:  さぬきにおはしましてのち、哥といふことの、よにいと  きこえさりけれは、寂然かもとへいひつかはしける ことのはの情絶にしおりふしに ありあふ身こそかなしかりけれ  1250:  返し                寂然 しきしまや絶ぬる道になく/\も 君とのみこそ跡を忍はめ 【一一五左】  1251:                  事  さぬきにて御心引かへて、後の世のo御つとめひまなく  せさせおはしますと聞て、女房のもとへ申ける、此文を  かきくして  若人不嗔打、以何修忍辱 世中をそむくたよりやなからまし うき折ふしに君きあはすは  1252:  これもつゐてにくしてまいらせける あさましやいかなるゆへのむくひにて かゝることしも有世成らん  1253: なからへてつゐにすむへき都かは 此世はよしやとてもかくても  1254: まほろしの夢をうつゝにみる人は めもあはせてやよを明すらん  1255:  かくて後、人のまいりけるにつけて、まいらせける 【一一六右】 その日よりおつるなみたをかたみにて 思ひわするゝ時のまそなき  1256:  返し                女房 めのまへにかはりはてにしよのうさに 涙を君もなかしつるかな  1257: 松山の涙はうみにふかくなりて 蓮の池に入よとそおもふ  1258: 浪のたつ心の水をしつめつゝ さかん蓮を今はまつかな  1259:  老人の述懐と云ことを、人/\よみけるに 山深みつえにすかりて入人の 心のおくのはつかしきかな  1260:  左京大夫俊成、哥あつめらるゝと聞て、哥つかはすとて 花ならぬことの葉なれとをのつから 色もや有と君ひろはなん 【一一六左】  1261:  返し                俊成 世をすてゝ入にし道のことの葉そ あはれもふかき色そみえける  1262:  恋百十首                    いろイ2 思ひ余いひいてゝこそ池水の ふかき心のほとはしられめ  1263: なき名こそしかまの市に立にけれ また逢初ぬ恋する物を  1264: つゝめとも涙の色にあらはれて 忍ふ思ひは袖よりそちる  1265: わりなしや我も人めをつゝむまに しゐてもいはぬ心つくしは  1266: 中/\にしのふけしきやしるからん かはる思ひにならひなき身は  1267: けしきをはあやめて人のとかむとも 打任せてはいはしとそ思  1268: 心にはしのふと思ふかひもなく しるきは恋のなみたなりけり 【一一七右】  1269: 色に出ていつよりものをは思ふそと とふ人あらはいかゝこたへん  1270: 逢ことのなくてやみぬる物ならは 今みよ世にも有やはつると  1271: うき身とてしのはゝ恋の忍はれて 人のなたてに成もこそすれ  1272: みさほなる涙なりせはから衣 かけても人にしられましやは  1273: 歎あまり筆のすさひにつくせとも 思ふはかりはかゝれさりけり  1274:             きイ1         れんイ2 わか歎く心のうちのくるしさを 何にたとへて君に知せん  1275: 今はたゝしのふ心そつゝまれぬ なけかは人や思ひしるとて  1276: 心にはふかくしめとも梅のはな おらぬ匂ひはかひなかりけり  1277:                  覚ぬイ4 さりとよとほのかに人をみつれとも おほえぬ夢の心ちこそすれ  1278: 消かへり暮待袖そしほれぬる おきつる人は露ならぬとも 【一一七左】  1279: いかにせんその五月雨の名残にも やかてをやまぬ袖の雫を  1280:        なにイ2 さるほとの契は君に有なから ゆかぬ心のくるしきやなそ  1281:     覚ぬをイ4 今はさはおほえぬ夢になしはてゝ 人にかたらてやみねとそ思  1282: をる人の手にはとまらぬ梅花 たかうつり香にならんとすらん  1283: うたゝねの夢をいとひし床の上の けさいか許をきうかるらん  1284: 引かへてうれしかるらん心にも うかりしことは忘れさらなむ  1285: 七夕はあふをうれしと思ふらん われはわかれのうきこよひかな  1286: おなしくは咲そめしよりしめ置て 人におられぬ花と思はん  1287: 朝露にぬれにし袖をほす程に やかて夕たつわか涙かな  1288: 待かねて夢にみゆやとまとろめは ね覚すゝむる荻の上屋 【一一八右】  1289: つゝめとも人しる恋やおほゐ川 ゐせきのひまをくゝる白浪  1290: あふまての命もかなと思ひしは くやしかりけるわか心かな  1291: 今よりはあはて物をは思ふとも 後うき人に身をはまかせし  1292:                            よ いつかはとこたへんことのねたき哉 思ひしらすと恨きかせは                            〃  1293: 袖のうへのひとめしられし折まては みさほなりけるわか涙かな  1294: あやにくに人めもしらぬ涙かな 絶ぬ心にしのふかひなく  1295:                         のしほるゝイ4           になになれはイ6    にイ1 おきの音は物思ふわれかいかなれは こほるゝ露の袖に置らん  1296: 草茂みさはにぬはれてふす鴫の いかによそたつ人の心そ  1297: 哀とて人の心の情あれな かすならぬにはよらぬ歎きを  1298:          よゝにイ3 いかにせんうきなをはよに立はてゝ 思ひもしらぬ人の心を 【一一八左】  1299: 忘られんことをはかねて思ひにき 何おとろかす涙なるらん  1300: とはれぬもとはぬ心のつねなさも うきはかはらぬ心ちこそすれ  1301: つらからむ人ゆへ身をはうらみしと 思ひしこともかなはさりけり  1302: 今更になにかは人もとかむへき はしめてぬるゝ袂ならねは  1303: わりなしな袖に歎のみつまゝに 命をのみもいとふこゝろは  1304: 色深き涙の川のみなかみは 人をわすれぬ心なりけり  1305: 待かねて独はふせとしきたへの 枕ならふるあらましそする  1306:                  ものイ2    あるイ2 とへかしな情は人の身のためを うきわれとても心やはなき  1307: ことのはの霜かれにしに思ひにき 露のなさけもかゝらましかは  1308:                   に 夜もすからうらみを袖にたゝふれは 枕の浪のをとそきこゆる                   〃 【一一九右】  1309: なからへて人のまことをみるへきに 恋にいのちのたえんものかは  1310: 憑め置しそのいひことやあたなりし 波こえぬへき末の松山  1311: 河のせによにきえやすきうたかたの 命をなそや君かたのむる  1312: かり初にをく露とこそ思ひしか 秋にあひぬる我たもとかな  1313: をのつからありへはとこそ思ひつれ たのみなくなるわか命かな  1314: 身をもいとひ人のつらさも歎かれて 思かすある比にも有かな  1315: すかのねのなかく物をは思はしと たむけし神に祈しものを  1316: うちとけてまとろまはやはから衣 よな/\かへすかひも有へき  1317: わかつらきことをやなさんをのつから 人めをおもふ心ありやと  1318: ことゝへはもてはなれたるけしき哉 うらゝかなれや人の心の 【一一九左】  1319: ものおもふ袖に歎のたけ見えて しのふしらぬは涙なりけり  1320:         に 草のはにあらぬ袂も物思へは 袖に露をく秋の夕くれ         〃  1321: 逢ことのなきやまひにて恋しなは さすかに人や哀と思はん  1322: いかにそやいひやりたりし方もなく 物を思ひてすくる比哉  1323: 我はかり物思ふ人や又も有と もろこしまても尋てしかな  1324:                 も 君にわれいか許なる契有て まなくo物を思ひそめけん  1325:              まイ1 さらぬたにもとの思ひの絶ぬ身に 歎を人のそふる成けり  1326: 我のみそわか心をはいとおしむ あはれむ人のなきに付ても  1327: うらみしとおもふ我さへつらきかな とはて過ぬる心つよさを  1328: いつとなき思ひはふしの煙にて おきふすとこやうき嶋か原 【一二〇右】  1329: これもみなむかしのことゝいひなから なと物おもふちきりなりけん  1330: なとか我つらき人ゆへ物そ思ふ 契をしもは結ひありけむ  1331: 紅にあらぬたもとのこき色は こかれておもふ涙なりけり  1332: せきかねてさはとてなかす滝つせに わく白玉は涙成けり  1333:          は 歎かしとつゝみし比の泪たに うちまかせたる心ちやはせし          〃  1334:                             ぬイ1 今はわれこひせん人をとふらはん よにうきことゝ思ひしられす  1335: なかめこそうき身のくせと成はてゝ 夕暮ならぬ折もせらるな  1336: おもへとも思ふかひこそなかりけれ 思ひもしらぬ人をおもへは  1337: あやひねかさゝかのこみのきぬにきん 涙の雨をしのきかてらに  1338: なそもかくことあたらしく人のとふ わか物思ひはふりにしものを 【一二〇左】  1339: しなはやと何おもふらん後の世も 恋はよにうきことゝこそきけ  1340: わりなしやいつをおもひの果にして 月日をゝくる我身成らん  1341: いとおしやさらに心のおさなひて たまきれらるゝ恋もするかな  1342:                   にイ1 君したふ心のうちはちこめきて 涙もろくもなるわか身かな  1343: なつかしき君か心の色をいかて 露もちらさて袖につゝまむ  1344: いくほともなからふましき世中に 物をおもはてふるよしもかな  1345: いつかわれちりつむとこをはらひあけて こんと頼めん人を待へき  1346: よたけたつ袖にたくへてしのふ哉 袂のたきに落る泪を  1347: うきによりつゐに朽ぬる我袖を 心つくしに何しのひけん  1348: 心からこゝろに物を思はせて 身をくるしむるわか身成けり 【一二一右】  1349: 独きてわか身にまとふから衣 しほ/\とこそなきぬらさるれ  1350: いひたてゝ恨はいかにつらからん おもへはうしや人のこゝろは  1351: なけかるゝ心のうちのくるしさを 人のしらはや君にかたらん  1352: 人しれぬ涙にむせふ夕暮は 引かつきてそ打ふされける  1353: 思ひきやかゝるこひちに入そめて よく方もなき歎せんとは  1354: あやうさに人めそ常によかれける 岩のかとふむほきのかけ道  1355: しらさりき身に余たるなけきして ひまなく袖をしほるへしとは  1356: 吹風に露もたまらぬくすのはの うらかへれとは君をこそ思ヘ  1357: われからともに住虫のなにしおへは 人をはさらに恨やはする  1358: むなしくてやみぬへき哉うつせみの 此身からにて思ふ歎きは 【一二一左】  1359:                          涙 つゝめとも袖よりほかにこほれいてゝ うしろめたきは人成けり                          〃  1360: 我なみたうたかはれぬる心かな ゆへなく袖をしほるへきかは  1361: さることのあるへきかはと忍はれて 心いつまてみさほなるらん  1362:                    しイ1    かなイ2 とりのこし思ひもかけぬ露はらひ あなくらかたのわか心なり  1363: 君にそむ心の色のふかさには 匂ひもさらに見えぬ成けり  1364: さもこそは人め思はすなりはてめ あなさまにくの袖のけしきや  1365: かつすゝくさはの小芹のねをしつみ きよけに物を思はすもかな  1366: いかさまに思ひつゝけてうらみまし ひとへにつらき君ならなくに  1367: うらみてもなくさめてまし中/\に つらくて人のあはぬと思へは  1368:              やイ1 打たえて君にあふ人いかなれは 我身もおなし世にこそはふれ 【一二二右】  1369: とにかくにいとはまほしき世なれとも 君かすむにもひかれぬるかな  1370: 何ことにつけてかよをはいとはまし うかりし人そいまはうれしき  1371: あふとみしその夜の夢の覚てあれな 長き眠はうかるへけれと  この歌、題も又人にかはりたる事もありけれとも、かゝ  す、  此歌とも、やまさとなる人のかたるにしたかひてかきた  る也、されはひかことゝもや、むかしいまのことゝりあ  つめたれは、ときおりふしたかひたることゝも  1372:  この集を見てかへしけるに 【一二二左】              院の少納言のつほね まきことに玉のこゑせし玉つさの たくひは又もありけるものを  1373:  返し よしさらは光なくとも玉といひて ことはのちりは君みかゝなん  1374:  さぬきにまうてゝ、松山と申所に院おはしけん御跡、       (ママ)  たつねけれとなかりけれは 松山の浪になかれてこし舟の やかてむなしく成にけるかな  1375:              をイ1 松山の浪のけしきはかはらしと かたなく君は成ましにけり  1376:  しろみねと申所に、御はかの侍けるにまいりて よしや君むかしの玉の床とても かゝらん後は何にかはせん 【一二三右】  1377:  おなしくにゝ大師のおはしましける御あたりの山に、い  ほりむすひてすみけるに、月いとあかくて海のかたくも  りなく見えけれは くもりなき山にて海の月みれは 嶋そ氷のたえま成ける  1378:  すみけるまゝに、庵いとあはれにおほえて 今よりはいとはし命あれはこそ かゝるすまゐの哀をもしれ  1379:  いほりのまへに松のたてりけるを見て ひさにへてわかのちの世をとへよ松 跡したふへき人もなき身そ  1380: こゝを又われすみかへてうかれなは まつは独にならんとすらん  1381:  ゆきのふりけるに 松のしたは雪ふるおりの色なれや みな白妙にみゆる山ちに 【一二三左】  1382: 雪つみて木もわかすさく花なれは ときはの松も見えぬ也けり  1383: 花とみる梢の雪に月さえて たとへん方もなき心ちする  1384: まかふ色は梅とのみみて過ゆくに 雪の花にはかそなかりける  1385: 折しもあれうれしく雪のうつむ哉 かきこもりなんと思山ちを  1386: 中/\に谷のほそ道うつむ雪 ありとて人のかよふへきかは  1387: 谷の庵に玉のすたれをかけましや すかるたるひの軒をとちすは  1388:  花まいらせけるおりしも、おしきにあられのちりけるを                          とイ1 しきみをくあかのおしきのふちなくは 何にあられの玉たまらまし  1389: いはにせくあか井の水のわりなきに 心すめともやとる月かな  1390:  大師のむまれさせ給ひたる所とて、めくりしま 【一二四右】  はして、そのしるしに松のたてりけるをみて あはれ也おなし野山にたてる木の かゝるしるしの契有ける  1391:  又ある本に                       (ママ)  まんたらしの行たう所へのほるは、よの大事にて御をた  てたるやう也、大師の御きやうかきてうつさせおはしま  したる山のみね成、はうのそとは一丈はかりなる壇つき  て、たてられたり、それへ日ことにのほらせおはしまし  て行道おはしましける、と申つたへたり、めくり行道す  へきやうに壇をも二重につき 【一二四左】  まはされたり、のほるほとのあやうさ、ことに大事也、  かまへてはいまはりつきて めくりあはんことの契そたのもしき きひしき山のちかひみるにも  1392:  やかてそれかうへは、大師の御師にあひまいらせさせお  はしましたる峯也、わかはいしさとその山をは申也、そ  の辺の人は、わかはいしとそ申ならひたる、山もしをは  すてゝ申さす、又ふての山ともなつけたり、とをくてみ  れは、ふてにゝてまろ/\と山の峯のさきのとかりたる  やうなるを、申ならはしたるなめり、行道よ 【一二五右】  りかまへてかきつきのほりて、峯にまいりたれは、師に  あはせおはしましたる所のしるしに、たうをたておはし  ましたりけり、たうのいしすへはかりなくおほき也、高  野の大塔なとはかりなりける、たうのあとゝ見ゆ、苔は                    (ママ)  ふかくうつみたれとも、石おほきにしてあはらにみゆ、  筆の山と申なにつきて 筆の山にかきのほりてもみつる哉 苔の下なる岩のけしきを  善通寺の大師の御影には、そはにさしあけて大師の御師  かきくせられたりき、大師の 【一二五左】  御手なともおはしましき、  四の門の額少/\われて、大かたはたかはすして侍き、                 おほつかなく  すへにこそいかゝ成なんすらむとoおほえ侍しか  1393:  備前のくにゝ小嶋と申嶋に、わたりたりけるに、あみと  申物とるところは、をの/\われ/\しめて、なかきさ  ほにふくろをつけてたてわたす也、そのさほの立はしめ  をは、一のさほとそなつけたる、中にとしたかきあま人  のたてそむる也、たつるとて申なることは、きゝ侍しこ  そ泪こほれて申はかりなくおほえて、よみける 【一二六右】                             かなイ2 立そむるあみとるうらのはつさほは つみの中にもすくれたるそは  1394:  ひゝ、しふかはと申すかたへまかりて、四国の方へわた  らんとしけるに、風あしくしてほとへけり、しふかわの  うらたと申所に、おさなきものとものあまた物をひろひ  けるを、とひけれはつみと申物ひろふ也と申けるを聞て おりたちてうらたにひろふあまのこは つみよりつみをならふ成けり  1395:  まなへと申嶋に、京よりあき人ともくたりて、やう/\  のつみの物ともあきなひて、又しわくのしまにわたりて  あきなはんするよし申 【一二六左】  を聞て まなへよりしわくへかよふあき人は つみをかひにて渡るなりけり  1396:  くしにさしたる物をあきなひけるを、なにそととひけれ  は、はまくりをほして侍なりと申けるを聞て おなしくはかきをそさしてほしもすへき はまくりよりは名もたより有  1397:  こしまとのせとに、あまのいて入て、さたへと申物をと  りて、ふねに入/\しけるをみて さたえすむせとのいわつほもとめ出て 急しあまのけしき成哉  1398:  おきなるいはにつきて、あまともあわひとり 【一二七右】  けるところにて           もイ1 岩のねにかたおもむきに浪うきて 鮑をかつくあまのむらきみ  1399:  題しらす こたい引あみのうけなはよりくめり うきしはさあるしほさきのうら  1400: かすみしく浪の初はな折かけて 桜鯛つるおきのあま舟  1401: あま人のいそしてかへるひしきものは こにしはまくりかうなしたゝみ  1402: 磯なつまむ今おひそむるわかふのり みるめきはさひしき心ふと  1403:  伊勢のたうしと申嶋には、こいしのしろのかきり侍浜に  て、くろはひとつもましらすむかひて、すかしまと申は  (ママ)  くろかきり侍也 【一二七左】 すか嶋やたうしのこいしわけかへて くろ白ませよ浦の浜かせ  1404: さきしまのこいしのしろを高波の たうしの浜に打よせてける  1405: からすさきの浜のこいしとおもふ哉 しろもましらぬすか嶋のくろ  1406: あはせはやさきと烏とこをうたは たうしすかしまくろ白の浜  1407:  伊せの二見のうらに、さるやうなるめのわらはとものあ               (ママ)  つまりて、わさとのことくおほしてはまくりをとりあつ  めけるを、いふかひなきあま人こそあらめ、うたてきこ  と也と申けれは、かひあはせに京より人の申させ給たれ  は、えりつゝとる也と申けるに 【一二八右】 今そしる二見の浦の蛤を かひあはせとておほふ成けり  1408:  いらこへわたりけるに、ゐかひと申はまくりに、あこや  のむねと侍也、それをとりたるからを、たかくつみをき  たりけるをみて あこやとるゐかひのからをつみ置て たからの跡をみする成けり  1409:  おきのかたより風のあしきとて、かつをと申いをつりけ  る舟ともの、かへりけるに いらこさきにかつほつり舟ならひうきて はかちの浪にうかひてそよる  1410:  ふたつありけるたかの、いらこわたりすると申けるか、  ひとつのたかはとゝまりて、木の末に 【一二八左】  かゝりて侍ると申けるを聞て すたか渡るいらこか崎をうたかひて 猶木にかゝる山かへりかな  1411: はしたかのすゝろかさてもふりさせて すゑたる人の有かたのよや  1412:      を   うち川のくたりける舟の、かなつきと申ものをもて、こ      〃  ひのくたるをつきけるを見て うち川のはやせおちもふれう舟の かつきにちかふこひの村まけ  1413: こはへつたふぬまの入江のもの下は 人つけをかぬふしにそ有ける  1414:                              をイ1 たねつくるつほゐのみつのひく末に えふなあつまるおちあひのわき  1415: しらなはにこあゆひかれてくたるせに もちまうけゝるこめのしきあみ  1416: みるもうきはうなはにゝくるいろくつを のからかさてもしたむもちあみ 【一二九右】  1417: 秋風にすゝきつり舟はしるめり そのひとはしのなこりしたひて  1418:  新宮より伊勢のかたへまかりけるに、みきしまに舟のさ  たしける浦人の、くろきかみ一すちもなかりけるを、  よひよせて 年へたるうらのあま人ことゝはむ 浪をかつきて幾よ過にき  1419:                    はてイ1 くろかみはすくるとみえし白波を かつき出たる身にはしれあま  1420:  ことりともの哥よみける中に          る こゑせすと色こくなこと思はまし 柳のめはむひはの村鳥          〃  1421: もゝそのゝ花にまかへるてりうその むれ立時はちる心ちする  1422: ならひゐてともをはなれぬこからめの ねくらに頼む椎の下枝 【一二九左】  1423:  月の夜かもにまいりてよみ侍ける 月のすむみをやかはらに霜さえて 千鳥とをたつこゑ聞ゆ也  1424:  くま野へまいりけるに、なゝこしのみねの月を見てよみ  ける 立のほる月のあたりに雲きえて 光かさぬるなゝこしのみね  1425:                         あ  さぬきのくにへまかりてみのつと申つにつきて、月oか  くてひゝのてもかよはぬほとに、とをく見えわたりける  に、みつとりのひゝのてにつきて、とひわたりけるを                   ひイ1 しきわたす月のこほりをうたかひて ひほのてまはるあちの村鳥 【一三〇右】  1426:           (ママ) いかて我心のくもにちりすへき みるかひありて月を詠ん  1427: なかめをりて月のかけにそよをはみる 住もすまぬもさなりけりとは  1428: 雲晴て身にうれへなき人の身そ さやかに月のかけはみるへき  1429: さのみやは袂にかけをやとすへき よはし心に月なゝかめそ  1430: 月にはちてさし出られぬ心かな なかむる袖にかけのやとれは  1431: 心をはみる人ことにくるしめて 何かは月のとり所なる  1432: 露けさはうき身の袖のくせなるを 月みるとかにおほせつる哉  1433: なかめきて月いか許しのはれん 此よしくもの外に成なは  1434: いつかわれこの世の空をへたゝらん あはれ/\と月を思ひて  1435: 露もありつかへす/\も思ひしりて 独そみつるあさかほの花 【一三〇左】  1436: ひときれはみやこをすてゝいつれ共 めくりては猶木そのかけはし  1437: 捨たれとかくれて住ぬ人になれは 猶世に有ににたる成けり  1438: 世中をすてゝ捨えぬ心ちして 都はなれぬわか身成けり  1439: 捨しより心をさらにあらためて みるよの人にわかれはてなん  1440: 思へ心人のあらはやよにもはちん 去とてやはといさむはかりそ  1441: くれたけのふししけからぬよ成せは 此君はとてさし出なまし  1442: よしあしを思ひわくこそくるしけれ たゝあらるれはあられける身を  1443: ふかくいるは月ゆへとしもなき物を うき世しのはんみよしのゝ山  1444:  さかのゝみしよにもかはりて、あらぬやうになりて人い  なんとしけるをみて 【一三一右】 この里やさかのみかりの跡ならん 野山もはてはあせかはりけり  1445:  大学寺の金岡かたてたる石を見て 庭の岩にめたつる人もなからまし かとあるさまに立しをかねは  1446:  滝のわたりのこたち、あらぬことになりて、松はかりな  み立たりけるを見て なかれみし岩のこたちもあせはてゝ 松のみこそはむかし成らめ  1447:  りうもんにまいるとて 世をはやみみやたき川をわたりゆけは 心のそこのすむ心ちする  1448: 思ひ出て誰かはとめて分もこん 入山路の露のふかさを  1449: くれ竹の今いくよかはおきふして 庵のまともあけおろすへき 【一三一左】  1450: そのすちに入なは心なにしかも 人めおもひて世につゝむらん  1451: みとりなる松にかさなる白雪は 柳の衣を山におほへる  1452:            の さかりならぬ木もなく花も咲にけり 思へは雪をわくる山道            〃  1453: 波とみゆる雪を分てそ漕わたる きその梯そこもみえねは  1454: まなつるは沢の氷のかゝみにて 千とせのかけをもてやなすらん  1455: さはもとけすつめとかたみにとゝまらて めにもたまらぬえくの草くき  1456: 君かすむきしの岩より出る水の たえぬ末をそ人もくみける  1457: たしろみゆる池のつゝみのかさそへて たゝふるみつや春のよのため  1458: 庭になかすし水の末をせき兼て 門田やしなふ比にも有哉  1459: ふしみ過ぬをかのやに猶とゝまらし 日野まて行て駒心みん 【一三二右】  1460:               す 秋の色は風そ野もせにしきりたそ 時雨は音を袂にそきく               〃  1461: しくれそむる花その山に秋暮て にしきの色もあらたむる哉  1462:  いせのいそのへちのにしきの嶋に、いそわの紅葉のちり  けるを 浪にしく紅葉の色をあらふ故に 錦の嶋といふにや有らん  1463:  みちのくにゝ、平泉にむかひてたわしのねと申山の侍に、                 (ママ)  こときはすくなきやうに、桜のかきりて見えて、花咲た  りけるをみてよめる 聞もせすたはしね山の桜花 よしのゝほかにかゝるへしとは  1464: おくに猶人みぬ花のちらぬあれや 尋をいらん山ほとゝきす 【一三二左】  1465: つはなぬくきたのゝ千はらあせゆけは 心すみれそ生かはりける  1466:                       実  れいならぬ人の大事なりける、四月になしの花oねかひ  けるに、もしやと人に尋けれは、かれたるかしはにつゝ  みたるなしを、たゝひとつつかはしてこれはかりなと申  たりける返しに                         も 花のおりかしはにつゝむしなのなしは ひとつなれとoありのみとみゆ  1467:  さぬきの院、位におはしましけるおりの御幸のすゝのそ  うを聞て、よみ侍ける ふりにけり君かみゆきのすゝのそうは いかなるよにも絶す聞えん  1468:  日のいる、つゝみのことし 【一三三右】 浪のうつ音をつゝみにまかふれは 入日のかけのうちてゆらるゝ  1469:  たいしらす 山里の人もこすゑの松かうれに 哀にきゐるほとゝきす哉  1470: ならへける心は我か時鳥 君たちえたるよひのまくらに  1471:  つくしにはらかと申いをのつりをは、十月ついたちにお  ろす也、しはすに引あけて京へはのほせ侍る、そのつり  のなはゝはるかにとをく引わたして、とをる舟のそのな  はにあたりぬるをは、かこちかかりてかゝけかましく申  て、むつかしく侍る也、その心よめる 【一三三左】 はらかつるおほわたさきのうけなはに 心かけつゝ過むとそおもふ  1472: いせしまやいるゝつゝきてすまう浪に けことおほゆる入取のあま  1473: 磯なつみて浪かけられて過にける わにのすみける大磯のねを  Subtitle 百首  1474:  花十首                      をイ1 吉野山花のちりにし木のもとに とめし心は我もまつらん  1475: よしの山たかねの桜咲そめは かゝらん物か花のうす雲  1476: 人はみなよしのゝ山へ入ぬめり 都の花にわれはとまらん  1477: 尋いる人にはみせし山桜 われとをはなにあはんと思へは  1478: 山桜咲ぬときゝてみにゆかん 人をあらそふ心とゝめて 【一三四右】  1479: 山さくらほとなくみゆる匂ひかな さかりを人に待れ/\て  1480:    の     とイ1 花の雪o庭につもるに跡つけし かとなき宿といひちらさせて  1481: なかめつるあしたの雨の庭の面に 花の雪しく春の夕暮  1482: 古野山ふもとの滝になかす花や 峯につもりし雪の下水  1483:                       に 根にかへる花をゝくりてよしの山 なつのさかひo入て出ぬる  1484:  郭公十首 なかむこゑやちりぬるはなのなこりなる やかてまたるゝ時鳥哉  1485: 春くれてこゑに花さく時鳥 尋ることも待もかはらぬ  1486: きかてまつ人思ひしれ子規 きゝても人はなをそ待める  1487: 所からきゝかたきかと時鳥 里をかへてもまたんとそおもふ 【一三四左】  1488: はつこゑを聞てのゝちは時鳥 待も心のたのもしきかな  1489: 五月雨のはれま尋て子規 雲井につたふこゑ聞ゆ也  1490: 時鳥なへて聞には似さりけり ふかき山へのあかつきの声  1491:                          なりイ2 ほとときすふかき山へに住かひは 梢につゝくこゑを聞かな  1492: よるの床をなきうかさなん時鳥 ものおもふ袖を問にきたらは  1493: 時鳥月のかたふく山のはに いてつるこゑのかへりいるかな  1494:  月十首 いせ嶋や月の光のさひかうらは あかしにはにぬかけそすみける  1495: 池水にそこ清くすむ月かけは 浪に氷をしき渡すかな  1496: 月をみてあかしのうらをいつる舟は 浪のよるとは思はさるらん 【一三五右】  1497: はなれたるしららの浜の奥の石を くたかてあらふ月の白なみ  1498: 思ひとけはちさとの影も数ならす いたらぬくまも月にあらせし  1499: 大かたの秋をは月につゝませて 吹ほころはす風の音かな  1500: 何ことかこの世にへたる思出を とへかし人に月をゝしへん  1501: 思ひしるをよにはくまなき影ならす 我めにくもる月の光は  1502: うき世とも思ひとをさしをしかへし 月のすみける久かたの空  1503: 月のよやともとをなりていつくにも 人しらさらんすみかをしへよ  1504:  雪十首                         そ しからきの杣のおほちはとゝめてよ はつ雪ふりぬむこの山人                         〃  1505: いそかすは雪に我身やとめられて 山への里に春を待まし 【一三五左】  1506: あはれ知て誰か分こん山里の 雪ふりうつむ庭の夕暮  1507: みなと川とまにゆきふくとも船は むやいつくこそよを明しけれ  1508: たまりおる梢の雪の春ならは 山里いかにもてなされまし  1509: 大原はせれうを雪の道にあけて よもには人もかよはさりけり  1510: はれやらて二村山に立雲は ひらのふゝきのなこり成けり  1511: ゆきしのく庵のつまをさしそへて 跡とめてこん人をとゝめん  1512: くやしくも雪のみ山へ分いらて ふもとにのみも年をつみける   (一行余白)  1513:  恋十首 深きいもかそのにうへたるからなつな 誰なつさへとおほし立らん 【一三六右】  1514: 紅のよそなる色は知れねは ふてにこそまつそめはしめつれ  1515: さま/\のなけきをみにはつみ置て いつしめるへき思ひ成らん  1516:                    も 君をいかにこまかにゆへるしけめゆひ 立oはなれすならひつゝみん  1517: こひすともみさほに人にいはれはや 身にしたかはぬ心やはある  1518:              る 思ひ出よみつの浜松よそたつと しかのうらなみたゝんたもとを              〃  1519: うとくなる人は心のかはる共 われとは人に心をかれし  1520: 月をうしとなかめなからも思ふ哉 その夜はかりの影とやはみし  1521: 我はたゝかへさてをきんさよ衣 きてねしことをおもひ出つゝ  1522: うらイ1 河風に千鳥なくらん冬のよは 我思ひにて有ける物を  1523:  述懐十首 【一三六左】 いさゝらはさかりおもふも程もあらし はこやか峯の春にむつれて  1524: 山ふかく心はかねてをくりてき 身こそうき世を出やらねとも  1525: 月にいかてむかしのことをかたらせて かけにそひつゝ立もはなれし  1526:     しイ1 うき世とも思はても身の過にける 月の影にもなつさはりつゝ  1527: くもにつきてうかれのみゆく心をは 山にかけてもとめんとそ思  1528:                 を すてゝのちはまきれし方はおほえぬそ 心のみをはよにあらせける                 〃  1529: ちりつかてゆかめる道をなをくして ゆく/\人をよにつかへはや  1530: わたしけんと思ひも見えぬよにしあれは 末にさこそは大ぬさの空  1531: ふかき山は苔むす岩をたゝみ上て ふりにし方をおさめたるかな  1532: ふりにける心こそ猶哀なれ をよはぬ身にもよを思はする 【一三七右】  1533:  無常十首 はかなしな千とせ思ひしむかしをも 夢の内にも過にける世は  1534: さゝかにの糸につらぬく露の玉を かけてかされる世にこそ有けれ  1535: うつゝをも現とさらに思はねは 夢をも夢と何か思はむ  1536: さらぬことも跡かたなきを分てなと 露をあたにもいひは置劔  1537: 灯のかゝけちからもなくなりて とまる光を待わか身かな  1538: 水ひたる池にうるほふしたゝりを 命にたのむいろくつやたれ  1539: みきはちかく引よせらるゝ大あみに いくせのものゝ命こもれる  1540: うら/\としなむするなと思ひとけは 心のやかてさそとこたふる  1541: いひすてゝ後のゆくゑを思いては さてさはいかにうら嶋のはこ 【一三七左】  1542: 世中になくなる人をきくたひに 思ひはしるをおろかなる身に  1543:  神祇十首  神楽二首 めつらしなあさくら山の雲井より したひ出たるあかほしのかけ  1544: なこりいかにかへす/\もおしからむ そのこまにたつかくらとねりは  1545:  賀茂二首 みたらしにわかなすゝきて宮人の まてにさゝけてみとひらくなり  1546: 長月のちからあはせにかちにける わか片岡をつよくたのみて  1547:  男山二首                      (ママ) けふのこまはみつのさうふを生てこそ かたきをかちにかけてとをらめ 【一三八右】  1548:  放生会 みこし長のこゑ先たてゝくたります をとかしこまる神の宮人  1549:  熊野二首 みくまのゝむなしきことはあらしかし むしたれいたのはこふあゆみは  1550: あらたなるくまのまうてのしるしをは こほりのこりにうへき成けり  1551:  みもすそ二首 初春をくまなくてらすかけをみて 月にまつしるみもすそのきし  1552: みもすそのきしの岩ねによをこめて かため立たる宮柱かな  1553:  釈教十首  きりきわうの夢のうちに三首 【一三八左】 まとひてし心を誰も忘れつゝ ひかへらるなることのうき哉  1554:      (ママ) 引/\にわか袖つると思ひける 人の心やせはまくのきぬ  1555: 末の世の人の心を見かくへき 玉をもちりにませてける哉  1556:  無量義経三首 さとりひろき此法をまつとき置て 二つなしとはいひきはめける  1557: 山桜つほみはしむる花の枝に 春をはこめてかすむ成けり  1558:    きイ1 身につみてもゆる思ひのきえましや 涼しきかせのあふかさりせは  1559:  千手経二首 花まては身にゝさるへし朽はてゝ 枝もなき木の根をなからしそ  1560: ちかひありてねかはん国へ行へくは にしのことはにふさねたる哉 【一三九右】  1561: さまさまにたなこゝろなる誓をは なものことはにふさねたる哉  1562:  又一首この心を  やうはいの春のにほひ、へんきちのくとく也、しらむの  秋の色は、普賢菩薩のしんさう也                    たるイ2 野への色も春の匂ひもをしなへて 心そめけるさとりにそなる  1563:  雑十首 さはのおもにふけたるたつの一こゑに おとろかされて千鳥なく也  1564: ともになりて同し湊を出る舟の 行ゑもしらすこき別ぬる  1565: 滝おつるよし野の奥のみや川の 昔をみけん跡したはゝや  1566:                (ママ) わかそのゝ岡へにたてるひとつ松 音もとみつゝおひにけるかな 【一三九左】  1567: さまさまの哀ありつる山里を 人につたへて秋のくれぬる  1568:                    せ 山かつのすみぬとみゆるわたり哉 冬にあけ行しつはらの里                    〃  1569: 山里の心の夢にまとひをれは ふきしらまかす風の音かな  1570: 月をこそなかめは心うかれいてめ やみなる空にたゝよふやなそ  1571:           く 浪たかき芦やの奥をかへる舟の ことなくて世を過んとそ思           〃  1572: さゝら舟のいとよをかくてすきにける 人の人なる手にもかゝらて   (四行分空白)  Description 以上哥数千五百五十三首 本云一千五百七十二首云ゝ 凡此書本落宇僻字太多之、亦不審歌繁多也、応可検証本、 今山家集之外、又有山家心中抄、披略彼此集内書出者也   (一行空白) 西行法師俗名範清、号佐藤兵衛尉 建久元年二月十五日入滅之由隆信朝臣集也 【一四〇左】  End  Note  書誌的概要         桑原博史  同本は、二三・〇mx一七・〇m(陽明本よりやや小形)、袋綴一冊、ただし本来裂帖装三冊本であったが、改装してこうなったものである。表紙は無地紺色、その左上の題簑に「山家集」とある(本来三冊本なので、上中下を記さないのは、のちの外題ということになる)。紙数、上冊部分墨付四八丁、白紙四丁をはさんで中冊部分は四三丁、白紙六丁をはさんで下冊部分は五一丁(上冊・下冊部分は、陽明本と墨付枚数が一致)。歌は一面一〇行、一首一行書きに記す(これも陽明本と一致)。歌数は、上冊部分、春一七四首、夏八四首、秋二四二首、冬九〇首、計五九〇首。中冊部分は恋一三六首、雑三三三首、計四六九首。下冊部分は五一三首。以下総計一五七二首である(この歌数は、陽明本と合わないが、その理由はのちに述べる。末尾の奥書は、陽明本と同じものがあり (ただし四行目「授」の文字は「検」、六行目「内」の文字は、他と同じ大きさになっている)、そのあと一行あけて  西行法師俗名範清、号佐藤兵衛尉、建久元年二月十五日入滅之由隆信朝臣集也とある。この「西行法師」云々の部分は、高城功夫氏「山家集結本の研究二)」(東洋大大学院紀要第七集昭和四九年)によれは、陽明文庫本系統の宮内庁書陵部蔵乙本、島原公民館松平文庫蔵本などにもあるという。  親本::  筑波大学図書館蔵山家集(六家集本)  底本::   書名:  新典社叢書4 西行全歌集上山家集   編者:  桑原博史   発行所: 株式会社 新典社   発行日: 昭和56年04月25日 初版発行        ISBN4-7879-3004-4  入力::   入力者:   新渡戸 広明(nitobe@saigyo.net)   入力機:   IBM ThinkPad X31 2672-CBJ   スキャナ:  Canon CanoScan LiDE 600F   認識ソフト: LEAD Technologies, Inc. 読取革命Lite(Ver.1.06)   編集機:   IBM ThinkPad X31 2672-CBJ   入力日:   2007年08月27日-09月08日  校正1::   校正者: 新渡戸 広明(nitobe@saigyo.net)   入力日:    校正 : (誤入力0字 / 全文約0字)* 100 = 0% $Id: sanka_tukuba.txt,v 1.10 2020/01/20 00:07:46 saigyo Exp $