Title  山家和歌集  Book  山家和歌集上  Subtitle  春  0001:6979  立春の朝よみける 年くれぬ春來べしとは思寢に正しく見えて適ふ初夢  0002:6980 山の端の霞む景色に著きかな今朝よりやさは春の曙  0003:6981 春立つと思ひも敢ぬ朝戸出にいつしか霞む音羽山哉  0004:6982 立かはる春を知れとも見せ顏に年を隔つる霞也けり  0005:6983               〔合字〕 解け初むる初若水の氣色にて春立ことのくまれぬる哉  0006:6984  家々に春を翫ぶといふことを 門毎に立つる小松に翳されて宿てふ宿に春は來に鳬  0007:6985  元日子の日にて侍りけるに 子日してたてたる松に植添へむ千代重ぬべき年の印に  0008:6986  山里に春たつといふことを 山里は霞渡れる氣色にて空にや春の立つを知るらむ  0009:6987  難波わたりに年越に侍けるに春立心をよみける いつしかも春來に鳬と津の國の難波の浦を霞罩たり  0010:6988  春になりける方違へに志賀の里へ罷りける人に  具して罷りけるに逢坂山の霞みたりけるを見て わきて今日逢坂山の霞めるは立後れたる春や越らむ  0011:6989  春來てなほ雪 霞め共春をばよその空に見て解けむともなき雪の下水  0012:6990  題しらず 春知れと谷の下水もりぞ來る岩間の氷ひま絶にけり  0013:6991 霞まずば何をか春と思はましまだ雪消ぬ三吉野の山  0014:6992  海邊の霞といふことを 藻鹽やく浦のあたりは立ちのかで煙あらそふ春霞哉  0015:6993  同じ心を伊勢に二見といふ所にて 波こすと二見の松の見えつるは梢に懸る霞なりけり  0016:6994  子日 春毎に野べの小松を引人は幾らの千代をふべきなる覽  0017:6995 子日する人に霞は先立ちて小松が原をたなびきに鳬  0018:6996 子日しに霞たなびく野べに出でゝ初鶯の聲を聞く哉  0019:6997  若菜に初子の合たりければ人の許へ申遣しける 若菜つむ今日に初子の合ぬれば松にや人の心ひく覽  0020:6998  雪中若菜 今日は唯思も寄で歸りなむ雪つむ野べの若菜也けり  0021:6999  若菜 春日野は年の内には雪積て春は若菜の生ふる也けり  0022:7000  雨中若菜 春雨のふる野の若菜生ぬらしぬれ/\摘まむ筐手ぬきれ  0023:7001  若菜に寄せてふるきを思ふといふことを 若菜つむ野べの霞ぞあはれなる昔を遠く隔つと思へば  0024:7002  老人の若菜といへることを 卯杖つき七草に社出にけれ年を重ねて摘める若菜は  0025:7003  寄若菜述壞といふことを  二 一 若菜生る春の野守に我なりて浮世を人に摘知らせばや  0026:7004  鶯によせて思を述べけるに らき身にて聞くも惜しきは鶯の霞にむせぶ曙のこゑ  0027:7005  閑中鶯といふことを 鶯のこゑぞ霞にもれて來る人めともしき春の山ざと  0028:7006  雨中鶯 鶯のはるさめ%\となきゐたる竹の雫や涙なるらむ  0029:7007  すみける谷に鶯の聲せずなりにければ 古巣疎く谷の鶯成果ては我や代りて鳴かむとすらむ  0030:7008 鶯は谷の古巣をいでぬとも我行方をば忘れざらなむ  0031:7009 鶯は我を巣守に頼みてや谷のほかへは出でゝゆく覽  0032:7010 春の程は我住む庵の友になりて古巣ないでそ谷の鶯  0033:7011  きゞすを もえ出る若菜あさると聞ゆなり雉子なく野の春の曙  0034:7012 生ひかはる春の若草待侘びて原の枯野に雉子鳴く也  0035:7013 片岡に芝移りして鳴く雉子立羽音とて高からぬかは  0036:7014  【いづ1】 春霞孰ち立出でゝ行にけむ雉子住む野を燒てける哉  0037:7015  梅を 香にぞ先心占置く梅の花色はあだにも散ぬべければ  0038:7016  山里の梅といふことを 香をとめむ人を社まて山里の垣ねの梅の散らぬ限は  0039:7017 心せむ賤が垣ほの梅はあやな由なく過る人留めけり  0040:7018 此春は賤が垣ほにふれわびて梅が香とめむ人親まむ  0041:7019  嵯峨に住みけるに道をへだてゝ坊の侍りけるよ  り梅の風に散りけるを 主いかに風渡るとて厭ふらむよそに嬉しき梅の匂を  0042:7020  庵の前なりける梅を見て詠める 梅が香を山懷に吹きためていり來む人にしめよ春風  0043:7021  伊勢のにしふく山と申す所に侍りけるに庵の梅  かうばしく匂ひけるを 柴の庵に夜る/\梅の匂來て優しき方も有る住ひ哉  0044:7022  梅に鶯の鳴きけるを 梅が香にたぐへて聞けば鶯の聲なつかしき春の山里  0045:7023 作り置きし梅の衾に鶯は身にしむ梅の香や移すらむ  0046:7024  旅のとまりの梅 ひとりぬる草の枕の移香はかきねの梅の匂なりけり  0047:7025  ふるき砌の梅 何となく軒懷かしき梅故に住みけむ人の心をぞ知る  0048:7026  山里の春雨といふ亊を大原にて人々詠みけるに 春雨の軒垂籠むるつれ%\に人に知られぬ人の栖か  0049:7027  霞中歸雁といふことを 何となく覺束なきは天のはら霞に消えて歸る雁がね  0050:7028 雁がねは歸るみちにやまどふらむ越の中山霞隔てゝ  0051:7029  歸雁 玉章の端書かとも見ゆるかな飛後れつゝ歸る雁がね  0052:7030  山家呼子鳥 山里に誰を又こは呼子鳥獨のみこそすまむと思ふに  0053:7031  苗代 苗代の水を霞はた靡きてうちひの上にかくる也けり  0054:7032  霞に月の曇れるを見て 雲なくて朧なりとも見ゆる哉霞かゝれる春の夜の月  0055:7033  山里の柳 山がつの片岡かけてしむる庵の境に立てる玉の小柳  0056:7034  柳風にみだる 見渡せば佐保の川原に繰掛けて風によらるゝ青柳の糸  0057:7035  雨中柳 中々に風のおすにぞ亂れける雨に濡れたる青柳の糸  0058:7036  水邊柳 みなそこに深き緑の色見えて風になみよる河柳かな  0059:7037  待花忘他といふことを  レ レ 待つにより散らぬ心を山櫻さきなば花の思知らなむ  0060:7038  獨り山の花を尋ぬといふことを 誰かまた花を尋ねて吉野山苔ふみ分くる岩傳ふらむ  0061:7039  花を待つ心を 今更に春を忘るゝ花も有じ安く待つゝ今日も暮さむ  0062:7040 覺束ないづれの山の嶺よりか待るゝ花の咲始むらむ  0063:7041  花の歌あまた詠みけるに    【いづ1】 空に出て孰くともなく尋れば雪とは花の見ゆる也鳬  0064:7042 雪とぢし谷の古巣を思ひ出でゝ花にむつるゝ鶯の聲  0065:7043 吉野山雲をばかりに尋入りて心にかけし花を見る哉  0066:7044 思ひやる心や花にゆかざらむ霞こめたる三吉野の山  0067:7045 押なべて花の盛になりにけり山の端毎にかゝる白雲  0068:7046 紛ふ色に花咲きぬれば吉野山春は晴れせぬ峯の白雲  0069:7047 吉野山梢の花を見し日より心は身にも添はず成にき  0070:7048 あくがるゝ心はさても山櫻散なむ後や身に返るべき  0071:7049 花見れば其謂れとは無けれども心の内ぞ苦かりける  0072:7050 白川の梢を見てぞなぐさむる吉野の山にかよふ心を  0073:7051                 〔原一脱字〕 引替て花見る春は夜はなく月見る秋は晝無らなむ  0074:7052 花ちらで月は曇らぬ世也せば物を思ぬ我身ならまし  0075:7053 類なき花をし枝に咲かすれば櫻に並ぶ木ぞ無りける  0076:7054 身を分けて見ぬ梢なくつくさばや萬の山の花の盛を  0077:7055 櫻咲四方の山べを兼るまに長閑に花を見ぬ心ちする  0078:7056 花に染む心の爭で殘りけむ捨果てゝきと思ふ我身に  0079:7057 白川の春の梢のうぐひすは花の言葉を聞く心ちする  0080:7058 願はくは花の下にて春死なむその二月の望月のころ  0081:7059 佛には櫻のはなを奉れ我がのちの世を人とぶらはゞ  0082:7060               〔に原作〕 何とかや世に有難き名をえたる花は櫻に勝りしもせじ  0083:7061 山ざくら霞の衣あつくきてこの春だにも風包まなむ  0084:7062 思遣る高嶺の雲の花ならば散ぬ七日は晴じとぞ思ふ  0085:7063 長閑なる心をさへに過しつゝ花故にこそ春を待しか  0086:7064 かざこしの嶺の續きに咲花はいつ盛ともなくや散らむ  0087:7065 習ありて風誘ふとも山櫻尋ぬる我を待ちつけて散れ  0088:7066 裾野やく煙ぞ春はよし野山花をへだつる霞なりける  0089:7067 今よりは花見む人に傳置かむ世を遁つゝ山に住まむと  0090:7068  閑ならむと思ける頃花見に人々の詣で來ければ 花見にと群つゝ人のくるのみぞ可惜櫻の咎には有ける  0091:7069 花もちり人も來ざらむ折は又山の峽にて長閑なるべし  0092:7070  かき絶えこととはずなりにける人の花見に山里  へまうで來たりと聞きて詠みける 年をへて同じ梢と匂へども花こそ人に飽れざりけれ  0093:7071  花の下にて月を見てよみける 雲に紛ふ花の下にて眺むれば朧に月は見ゆる也けり  0094:7072  春の明ぼの花見けるに鶯の鳴きければ 花の色やこゑにそむらむ鶯のなく音ことなる春の曙  0095:7073         〔合字〕  春は花を友といふことをせか院のさい院にて人々  詠みけるに 自ら花なき年の春もあらば何につけてか日を暮さまし  0096:7074  老見花といふことを   レ 老づとに何をかせまし此春の花待附けぬ我身也せば  0097:7075  老木の櫻の所々に咲きたるを見て わきて見む老木は花も哀なりいま幾度か春に逢べき  0098:7076  屏風の繪に人々よみけるに春の宮人むれて花見  ける所によそなる人の見やりて立てりけるを 木の本は見る人しげし櫻花よそに眺めて我は惜まむ  0099:7077  山寺の花さかりなりけるに昔を思ひ出でゝ 吉野山ほぎ路傳ひに尋ね入りて花見し春は一昔かも  0100:7078  修行し侍るに花おもしろかりける所にて 眺るに花の名立の身ならずば木の本にてや春を暮さむ  0101:7079  熊野にまゐりけるにハ上の王子の花おもしろか  りければ社にかきつけゝる 待來つるやかみの櫻咲にけり荒く颪すなみすの山風  0102:7080  せか院の花盛なりける頃俊忠がいひ送りける 自から來る人あらば諸共にながめまほしき山櫻かな  0103:7081  かへし 眺むてふ數に入べき身也せば君が宿にて春はへなまし  0104:7082  上西門院の女房法勝寺の花見られけるに雨のふ  りて暮れにければ歸られにけり又の日兵衞の局  のもとへ花の御幸思ひ出でさせ給ふらむと覺え  てかくなむ申さまほしかりしとて遣しける 見る人に花も昔を思ひ出て戀しかるべし雨に萎るゝ  0105:7083  かへし 古を忍ぶる雨と誰か見む花もその世の友しなければ  若き人々ばかりなむ老いにける身は風の煩しきに  厭はるゝ亊にてとありけるなむ優しくきこえける  0106:7084  雨のふりけるに花の下に車を立て詠めける人に 濡る共と蔭を頼みて思けむ人の跡ふむ今日にも有哉  0107:7085  世をのがれて東山に侍る頃白川の花盛に人さそ  ひければまかり歸りけるに昔思ひ出でゝ 散るを見て歸る心や櫻花昔にかはるしるしなるらむ  0108:7086  山路落花 散初むる花の初雪降ぬれば踏分けまうき志賀の山越  0109:7087  落花の歌あまた詠みけるに 勅とかやくだす帝の在せかしさらば恐て花や散らぬと  0110:7088 浪もなく風を治めし白川の君の折もや花は散りけむ  0111:7089 いかでわれ此世の外の思出に風を厭はで花を眺めむ  0112:7090 年をへて待ちもをらむと山櫻心を春は盡すなりけり  0113:7091 吉野山谷へ靉靆く白雲は峯の櫻の散るにやあるらむ  XXXX:XXXX  〔此處古本有〕 よしの山みねなるはなはいづかたのたににか分きてちりつもるらむ  〔之一首〕  0114:7092 山颪の木の本埋む花の雪は岩井にうくも氷とぞ見る  0115:7093 春風の花の吹雪に埋れて行きもやられぬ志賀の山道  0116:7094 立まがふ嶺の雲をば拂ふとも花を散さぬ嵐なりせば  0117:7095 吉野山花ふきぐして峰越る嵐は雲とよそに見ゆらむ  0118:7096 惜まれぬ身だにも世には有物をあな生憎の花の心や  0119:7097 浮世には留めおかじと春風の散すは花を惜む也けり  0120:7098 諸共に我をもぐして散りね花浮世を厭ふ心ある身ぞ  0121:7099 思へ唯花のなからむ木の本に何を蔭にて我身住なむ  0122:7100 眺むとて花にも痛く馴ぬればちる別社悲しかりけれ  0123:7101 惜めばと思ひげもなくあだに散る花は心ぞ賢かりける  0124:7102 梢ふく風の心はいかゞせむしたがふ花の恨めしき哉  0125:7103 爭でかは散らであれとも思べき暫しと慕ふ情知れ花  0126:7104 木のもとの花に今宵は埋れてあかぬ梢を思ひ明さむ  0127:7105 木のもとの旅寢をすれば吉野山花の衾を着する春風  0128:7106 雪と見て影に櫻のみだるれば花の笠着る春の夜の月  0129:7107 散る花を惜む心や留まりて又來む春の誰になるべき  0130:7108 春深み枝も動かで散花は風の咎にはあらぬなるべし  0131:7109 あながちに庭をさへ吹く嵐哉さこそ心に花を任せめ  0132:7110 あだに散るさこそ梢の花ならめ少しは殘せ春の山風  0133:7111 心得つたゞ一筋に今よりは花を惜まで風をいとはむ  0134:7112 吉野山櫻に紛ふ白雲の散なむ後ははれずもあらなむ  0135:7113 花と見ば流石情を懸ましを雲とて風の拂ふなるべし  0136:7114 風誘ふ花の行方は知らねども惜む心は身に止りけり  0137:7115 花盛梢を誘ふ風ならでのどかに散らむ春はあらばや  0138:7116  庭の花波に似たりといふことを詠みけるに 風あらみ梢の花の流れ來て庭になみ立つ白河のさと  0139:7117  白川の花庭おもしろかりけるを見て あだにちる梢の花を眺むれば庭には消ぬ雪ぞ積れる  0140:7118  高野に籠りたりける頃草の庵に花の散りつみけ  れば 散花の庵の上を吹くならば風いるまじく廻り圍はむ  0141:7119        〔合字〕  夢中落花といふことを前齋院にて人々よみけるに 春風の花をちらすと見る夢は覺ても胸の騒ぐ也けり  0142:7120  風の前の落花といふことを 山櫻枝きる風のなごりなく花を宛らわがものにする  0143:7121  雨中落花 梢うつ雨に萎れて散る花のをしき心を何にたとへむ  0144:7122  遠山殘花 吉野山一むら見ゆる白雲は咲き後れたる櫻なるべし  0145:7123  花の歌十五首よみけるに 吉野山人に心をつけがほに花よりさきにかゝる白雲  0146:7124 山寒み花咲くべくもなかりけり餘り兼ても尋來に鳬  0147:7125 かた計り蕾むと花を思ふより空また心物になるらむ  0148:7126 覺束な谷は櫻のいかならむ峯にはいまだかけぬ白雲  0149:7127 花と聞くは誰もさこそは嬉しけれ思ひ沈めぬ我心哉  0150:7128 初花の開け初むる梢よりそばえて風の渡るなるかな  0151:7129           【いづ1】 覺束な春は心の花にのみ孰れの年かうかれそめけむ  0152:7130 いざ今年散れと櫻を語らはむ中々さらば風や惜むと  0153:7131 風ふくと枝を離ておつまじく花とぢつけよ青柳の糸  0154:7132 吹く風のなべて梢にあたる哉かばかり人の惜む櫻を  0155:7133 何とかくあだなる花の色をしも心に深く染め始けむ  0156:7134 同じ身の珍しからず惜めばや花も變らず咲きは散らむ  0157:7135 峯にちる花は谷なる木にぞ咲く痛く厭はじ春の山風  0158:7136 山颪に亂れて花の散けるを岩離れたる瀧と見たれば  0159:7137 花もちり人も都へ歸りなば山寂しくやならむとす覽  0160:7138  散りて後花を思ふといふことを 青葉さへ見れば心の止る哉散にし花の名殘と思へば  0161:7139  菫 跡絶て淺茅茂れる庭の面にたれ分入りて菫摘みけむ  0162:7140 誰ならむ荒田のくろに菫つむ人は心のわりなかりけり  0163:7141  さわらび 等閑に燒捨し野の早蕨は折人なくてほどろとやなる  0164:7142  かきつばた 沼水に茂る眞菰のわかれぬを咲き隔てたる燕子花哉  0165:7143  山路のつゝじ 這傳ひをらで躑躅を手にぞとる坂しき山の取所には  0166:7144  つゝじ山のひかりたりといふことを 躑躅さく山の岩陰夕ばえて小倉はよその名のみ也鳬  0167:7145  やまぶき 岸近みうゑけむ人ぞ恨めしき波にをらるゝ山吹の花  0168:7146 山吹の花さく里に成ぬれぱ爰にも井出と思ほゆる哉  0169:7147  蛙 眞菅生ふる山田に水を任すれば嬉し顏にもなく蛙哉  0170:7148 水錆ゐて月も宿らぬ濁江に我すまむとて蛙なくなり  0171:7149  春のうちに郭公を聞くといふことを               〔合字〕 嬉しとも思ひぞわかぬ郭公春きくことの習ひなければ  0172:7150  伊勢にまかりたりけるにみつと申す所にて海邊  の春の暮といふことを神主ども詠みけるに 過る春潮のみつより舟出して波の花をや先にたつ覽  0173:7151  三月一日たらで暮れけるに詠みける 春故にせめても物を思へとやみそかにだにもたらで暮ぬる  0174:7152  三月のつごもりに 今日のみと思へば長き春の日も程なく暮るゝ心地社すれ  0175:7153 行く春をとどめかねぬる夕暮は曙よりも哀なりけり  Subtitle  夏  0176:7154 限あれば衣ばかりを脱ぎかへて心は花を慕ふ也けり  0177:7155  夏の歌よみけるに 草しげる道かりあけて山里に花見し人の心をぞ見る  0178:7156  水邊卯花 龍田川岸の籬を見わたせば井堰の波にまがふ卯の花  0179:7157 山川の波にまがへる卯花を立返りてや人はをるらむ  0180:7158  夜卯花 紛ふべき月なき頃の卯花は夜さへ晒す布かとぞ見る  0181:7159  社頭卯花 神垣のあたりに咲も便あれや木綿懸たりと見ゆる卯花  0182:7160  無言なりける頃郭公の初聲を聞きて 時鳥人に語らぬ折にしも初音きく社かひなかりけれ  0183:7161  不尋聞子規といふことを賀茂の社にて人々  レ 二 一  よみけるに 時鳥卯月の忌にゐこもるを思知りても來なくなる哉  0184:7162  夕暮郭公といふことを ことなるゝ黄昏時の郭公聞かず顏にて又なのらせむ  0185:7163  時鳥 我が宿にはな橘を植ゑてこそ山郭公待つべかりけれ  0186:7164 尋ぬれば聞き難きかと時鳥今宵ばかりは侍ち試みむ  0187:7165 時鳥まつ心のみつくさせて聲をば惜む五月なりけり  0188:7166  人に代りて まつ人の心を知らば郭公頼もしくてや夜を明さまし  0189:7167  時鳥をまちて明けぬといふことを 時鳥なかで明けぬとつげ顏にまたれぬ鳥の音ぞ聞ゆなる  0190:7168 時鳥きかであけぬる夏の夜の浦島の子は誠なりけり  0191:7169  時鳥の歌五首よみけるに 郭公きかぬ物故まよはまし花を尋ねぬ山路なりせば  0192:7170  〔合字〕 待つことは初音迄かと思ひしにきゝふるされぬ時鳥哉  0193:7171 きゝおくる心をぐして郭公高間の山の峯越えぬなり  0194:7172 大堰川小倉の山の郭公ゐせきに聲のとまらましかば  0195:7173 郭公その後越えむ山路にも語らぬ聲は變らざらなむ  0196:7174  時鳥を 時鳥きくをりにこそ夏山の青葉は花に劣らざりけれ  0197:7175 時鳥思ひもわかぬ一聲を聞きつといかゞ人に語らむ  0198:7176 時鳥いかばかりなる契にて心つくさで人の聞くらむ  0199:7177 語らひし其夜の聲は時鳥いかなるよにも忘れむ物か  0200:7178 時鳥はな橘はにほふとも身をうの花の垣根わするな  0201:7179  雨の中に郭公を待つといふことを詠みけるに 時鳥忍ぶ卯月も過ぎにしをなほ聲をしむ五月雨の空  0202:7180  雨中時鳥 五月雨の晴間も見えぬ雲路より山郭公なきて過ぐ也  0203:7181  山寺の時鳥といふことを人々よみけるに 郭公きゝにとてしも籠らねど初瀬の山は便ありけり  0204:7182  五月の晦日に山里にまかりて立歸りにけるを時  鳥もすげなく聞き捨て歸りし亊など人の申し遣  はしける返りごとに 時鳥名殘あらせて歸りしが聞捨つるにも成にける哉  0205:7183  題しらず 空晴て沼の水嵩を落さずば菖蒲もふかぬ五月なるべし  0206:7184  さることありて人の申し遣しける返り亊に五日 折におひて人に我身や引れまし筑摩の沼の菖蒲也せば  0207:7185  高野に中院と申す祈に菖蒲ふきたる坊の侍りけ  るに櫻の散りけるが珍らしく覺えて詠みける 櫻ちる宿に重なる菖蒲をば花菖蒲とや云べかるらむ  0208:7186 散花を今日の菖蒲のねに懸て藥玉ともや云可るらむ  0209:7187  五月五日山寺へ人の今日いる物なればとてさう  ぶを遣したりける返り亊に 西にのみ心ぞかゝる菖蒲草この世は假の宿と思へば  0210:7188 皆人の心のうきは菖蒲草にしに思のひかぬなりけり  0211:7189 五月雨の軒の雫に玉かけて宿をかざれる菖蒲草かな  0212:7190  五月雨 水湛ふ入江の眞菰刈兼てむなてにすつる五月雨の頃  0213:7191 五月雨に水増るらし宇治橋や蜘手にかゝる波の白糸  0214:7192 こ笹しく古里小野の道の跡を又澤になす五月雨の頃  0215:7193 つく%\と軒の雫を眺めつゝ日をのみ暮す梅雨の頃  XXXX:XXXX  〔此處古本有〕 五月雨は岩せく沼の水深みわけし岩間の通路もなし  〔之一首〕  0216:7194 東屋のを萱が軒の糸水に玉ぬきかくるさみだれの頃  0217:7195 梅雨に小田の早苗やいかならむ畦のうき土洗こされて  0218:7196 梅雨の頃にしなれば荒小田に人に任せぬ水足らひ鳬  0219:7197  或所にて梅雨の歌十五首よみ待りし人に代りて 五月雨にほす隙なくて藻鹽草煙もたてぬ浦の海士人  0220:7198             【いづ1】 梅雨はいさゝ小川の橋もなし孰くともなくみをに流て  0221:7199 水無瀬川をちの通路水みちて舟渡りする五月雨の頃  0222:7200 ひろ瀬川渡りの沖の澪標水かさそふらし五月雨の頃  0223:7201 早瀬川綱手の岸を沖に見てのぼり煩ふさみだれの頃  0224:7202 水分る難波堀江の微りせばいかにかせまし梅雨の頃  0225:7203 舟とめし湊の蘆間棹たえて心行きみむ五月雨のころ  0226:7204 水底に敷かれに鳬な五月雨て水の眞菰を刈にきたれば  0227:7205 梅雨のをやむ晴間の無らめや水の笠ほせ眞菰刈り舟  0228:7206 梅雨にさのゝ舟橋うきぬれば乘てぞ人はさし渡る覽  0229:7207 五月雨の晴ぬ日數のふる儘に沼の眞菰は水隱れに鳬  0230:7208 水無と聞きてふりにし勝間田の池改むる五月雨の頃  0231:7209 梅雨は行べき道のあてもなしを笹が原も浮に流れて  0232:7210 五月雨は山田のあぜの瀧枕數を重ねて落つる也けり  0233:7211 河わたの淀みにとまる流木の浮橋わたす五月雨の頃  0234:7212 思はずに侮づり憎き小川かな五月の雨に水増りつゝ  0235:7213  隣の泉 風をのみ花なき宿はまち/\て泉の末を又むすぶ哉  0236:7214  水邊納凉といふことを北白川にて詠みける 水の音に暑さ忘るゝ圓居かな梢の蝉の聲もまぎれて  0237:7215  深山水鷄 杣人の暮にやどかる心ちして庵を叩く水鷄なりけり  0238:7216  題しらず 夏山のゆふ下風の凉しさに楢の木蔭のたゝまうき哉  0239:7217  撫子 掻分て折れば露こそこぼれけれ淺茅に混る撫子の花  0240:7218  雨中撫子といふことを 露深み園の撫子いかならむあらく見えつる夕立の空  0241:7219  夏野の草をよみける みま草に原の小薄しがふとて臥どあせぬと鹿思ふ覽  0242:7220  旅行草深といふことを 旅人の分る夏野の草茂み葉末にすげの小笠はづれて  0243:7221  行路夏といふことを 雲雀揚る大野の茅原夏來れば凉む木蔭を願てぞ行く  0244:7222  ともし 照射する火串の松も替なくに鹿目合せで明す夏の夜  0245:7223  題しらず 夏の夜は篠の小竹の節近みそよや程なく明る也けり  0246:7224       〔合字〕 夏の夜の月見ることや無る覽蚊遣火たつる賤の伏屋は  0247:7225  海邊夏月 露のぼる蘆の若葉に月さえて秋を爭ふ難波江のうら  0248:7226  泉にむかひて月を見るといふことを 掬び上ぐる泉にすめる月影は手にもとられぬ鏡也鳬  0249:7227 掬ぶ手に凉しき影を添ふる哉清水に宿る夏の夜の月  0250:7228  夏の月の歌よみけるに 夏の夜も小笹が原に霜ぞおく月の光のさえし渡れば  0251:7229 山川の岩にせかれてちる波を霰とぞ見る夏の夜の月  0252:7230  池上夏月といふことを 影冴て月しも殊に澄ぬれば夏の池にも氷柱ゐにけり  0253:7231  蓮地に滿てりといふ亊を おのづから月宿るべき隙もなく池に蓮の花咲きに鳬  0254:7232  雨中夏月 夕立の晴れば月ぞ宿りける玉ゆりすうる蓮の浮葉に  0255:7233  凉風如秋    レ まだきより身にしむ風の氣色哉秋先つるみ山べの里  0256:7234  松風如秋といふことを北白川なる所にて人々    レ  よみしに又水聲秋ありといふ亊をかさねけるに 松風の音のみ何か石走る水にも秋は有りけるものを  0257:7235  山家侍秋といふことを    レ 山里は外面の眞葛葉を繁みうら吹き返す秋を待つ哉  0258:7236  六月祓 御禊して幤とり流す河の瀬に頓て秋めく風ぞ凉しさ  Subtitle  秋  0259:7237  山里のはじめの秋といふことを さま%\の哀をこめて梢ふく風に秋知るみ山べの里  0260:7238  山居のはじめの秋といふことを 秋たつと人は告ねど知られ鳬み山の裾の風の氣色に  0261:7239             〔合字〕  常磐の里にて初秋月といふことを人々よみけるに 秋立つと思ふに空も唯ならでわれて光をわけむ新月  0262:7240  初秋の頃鳴尾と申す所にて松風の音を聞きて 常よりも秋に鳴尾の松風はわきて身にしむ心ち社すれ  0263:7241  七夕 急ぎ起て庭の小草の露ふまむ優しき數に人や思ふと  0264:7242 暮ぬめり今日侍附て織女は嬉しきにもや露こぼる覽  0265:7243 天河けふの七日は長きよの例にも引く忌もしつべし  0266:7244 舟よする天の川べの夕暮は凉しき風や吹き渡るらむ  0267:7245 待つけて嬉しかるらむ織女の心の内ぞ空に知らるゝ  0268:7246  蜘のいかきたるを見て さゝがにのくもでにかけて引糸や今日織女に鵲の橋  0269:7247  草花道を遮るといふことを 夕露を拂へば袖に玉消えて道わけかぬる小野の萩原  0270:7248  野徑秋風 末葉吹く風は野もせに渡る共荒くはわけじ萩の下露  0271:7249  草花時を得たりといふことを 糸薄ぬはれて鹿のふす野べに綻びやすきふぢ袴かな  0272:7250  行路草花 折で行袖にも露ぞこぼれける萩の葉茂き野べの細道  0273:7251  霧中草花 ほに出るみ山がすそのむら薄籬にこめてかこふ秋霧  0274:7252  終日野の花を見るといふことを 亂咲く野べの萩原分暮れて露にも袖を染めてける哉  0275:7253  萩野に滿てり 咲そはむ所の野べにあらばやは萩より外の花も見べく  0276:7254  萩野の家にみてりといふことを 分て出る庭しも頓て野べなれば萩の盛を我物に見る  0277:7255  野萩似錦といふことを    レ 今日ぞ知る其江に洗ふ唐錦萩さく野べに有ける物を  0278:7256  草花を詠みける 繁りゆく芝の下草おはれ出て招くや誰を慕ふなる覽  0279:7257  薄道にあたりて茂しといふことを 花薄心あてにぞ分てゆくほの見し路の跡しなければ  0280:7258  古籬刈萱 籬あれて薄ならねど苅萱も茂き野べとは成ける物を  0281:7259  女郎花 女郎花わけつる袖と思はゞや同露にも濡ると知れゝば  0282:7260 女郎花色めく野べにふれ拂ふ袂に露やこぼれ懸ると  0283:7261  草花露重 今朝見れば露の縋るに折伏して起も上らぬ女郎花哉  0284:7262 大方の野べの露には萎るれど我涙なきをみなへし哉  0285:7263  女郎花帶露といふことを     レ 花の枝に露の白玉ぬきかけて折る袖ぬらす女郎花哉  0286:7264 折らぬより袖ぞ濡ける女郎花露結ぼれて立てる氣色に  0287:7265  水邊女郎花といふことを 池の面に影をさやかに映しもて水鏡見る女郎花かな  0288:7266 たぐひなき花の姿を女郎花池の鏡にうつしてぞ見る  0289:7267  女郎花水に近しといふことを 女郎花池のさ波に枝ひぢて物思ふ袖のぬるゝ顏なる  0290:7268  萩 思ふにも過ぎて哀に聞ゆるは萩の葉みだる秋の夕風  0291:7269 押なべて木草の末の原までも靡きて秋の衰見えける  0292:7270  萩の風露を拂ふ を鹿ふす萩さく野べの夕露を暫しもためぬ荻の上風  0293:7271  隣の夕の荻の風 あたりまで哀しれともいひ顏に荻の音する秋の夕風  0294:7272  秋の歌よみける中に 吹渡る風も哀をひとしめていづくもすごき秋の夕暮  0295:7273 覺束な秋はいかなる故のあればすゞろに物の悲かる覽  0296:7274 何亊をいかに思ふとなけれども袂かわかぬ秋の夕暮  0297:7275 何となく物悲しくぞ見え渡る鳥羽田の面の秋の夕暮  0298:7276  野の家の秋の夜 寢覺めつゝ長き夜哉といはれ野に幾秋迄も我身へぬ覽  0299:7277  秋の歌に露をよむとて 大方の露には何のなるならむ袂におくは涙なりけり  0300:7278  山里に人々まかりて秋の歌よみけるに 山里の外面の岡の高き木にそゞろがましき秋の蝉哉  0301:7279  人々秋の歌十首よみけるに 玉にぬく露はこぼれて武藏野の草の葉結ぶ秋の初風  0302:7280 ほに出て篠のを薄招く野にたはれて立てる女郎花哉  0303:7281 花を社野べの物とは見にきつれ暮れば蟲の音をも聞鳬  0304:7282 荻の葉を吹きすぎてゆく風の音に心亂るゝ秋の夕暮  0305:7283 晴れやらぬみ山の霧の絶々に仄かに鹿の聲聞ゆなり  0306:7284 かねてより梢の色を思ふ哉しぐれ始むるみ山べの里  0307:7285 鹿の音を垣根に込て聞くのみか月もすみ鳬秋の山里  0308:7286 庵にもる月の影こそ寂しけれ山田のひたの音計して  0309:7287 わづかなる庭の小草の白露をもとめて宿る秋の夜の月  0310:7288 何とかく心をさへは盡すらむ我歎にて暮るゝ秋かは  0311:7289  月 秋の夜の空に出づてふ名のみして影仄なる夕月夜哉  0312:7290 天の原月たけ昇る雲路をばわけても風の吹拂はなむ  0313:7291 嬉しとや待つ人毎に思ふらむ山の端出る秋の夜の月  0314:7292 中々に心つくすも苦しきに曇らば入りね秋の夜の月  0315:7293 如何計嬉しからまし秋の夜の月澄よはに雲微りせば  0316:7294 播麿潟灘のみ沖に漕出でゝあたり思はぬ月を眺めむ  0317:7295 月すみてなぎたる海の面かな雲の波さへ立も懸らで  0318:7296 いざよはで出るは月の嬉しくて入山の端はつらき也鳬  0319:7297 水の面に宿る月さへ入ぬるは波の底にも山やある覽  0320:7298 慕はるゝ心やゆくと山の端に暫しな入そ秋の夜の月  0321:7299 明る迄宵より空に雲無てまだこそ斯る月見ざりけれ  0322:7300 あさぢ原葉末の露の玉ごとに光つらぬる秋の夜の月  0323:7301 秋の夜の月を雪かと眺むれば露も霰の心ちこそすれ  0324:7302  閑に月を待つといふことを 月ならでさし入影もなき儘にくるゝ嬉しき秋の山里  0325:7303  海邊月 清見潟月すむよはの浮雲はふじの高嶺の煙なりけり  0326:7304  池上月といふことを 水錆ゐぬ池の面の清ければ宿れる月もめやすかり鳬  0327:7305  同じ心を遍昭寺にて人々よみけるに やどしもつ月の光の大澤はいかににつとも廣澤の池  0328:7306 池にすむ月に懸れる浮雲は拂ひ殘せる水錆なりけり  0329:7307  月池の氷に似たりといふことを 水なくて氷りぞしたる勝間田の池改むる秋の夜の月  0330:7308  名所の月といふことを 清見がた沖の岩こす白波に光をかはす秋の夜のつき  0331:7309 なべてなき所の名をや惜む覽明石は分て月のさやけき  0332:7310  海邊明月 難波がた月の光に浦さえて波のおもてに氷をぞしく  0333:7311  月前に遠く望むといふことを 隈もなき月の光に誘はれていく雲居まで行く心そも  0334:7312  終夜月を見る 誰來なむ月の光に誘れてと思ふによはの明にける哉  0335:7313  八月十五夜 山の端を出る宵より著き哉今宵知らする秋の夜の月  0336:7314 數へねど今宵の月のけしきにて秋の半を空に知る哉  0337:7315 天河名に流れたるかひ有て今宵の月は殊にすみけり  0338:7316 さやかなる影にて著し秋の月とよに餘れる五日也鳬  0339:7317 うちつけに又來む秋の今宵まで月故をしくなる命哉  0340:7318 秋は唯今宵一夜の名也けり同じ雲居に月は澄めども  0341:7319 思せぬ十五の年も有物を今宵の月のかゝらましかば  0342:7320  くもれる十五夜を 月見れば影なく雲に包れて今夜ならずば闇に見えまし  0343:7321  月の歌あまたよみけるに 入りぬとや東に人は惜むらむ都にいづる山の端の月  0344:7322 待出でゝ隈なき宵の月見れば雲ぞ心にまづ懸りける  0345:7323 秋風や天つ雲居を拂ふらむ更行く儘に月のさやけさ  0346:7324 いづ1】 孰くとて哀ならずは無けれ共荒たる宿ぞ月は寂しき  0347:7325 蓬わけて荒たる宿の月見れば昔すみけむ人ぞ戀しき  0348:7326 身にしみて哀知する風よりも月にぞ秋の色は見えける  0349:7327 蟲の音も枯行く野べの草の原に哀を添てすめる月影  0350:7328 人も見ぬ由なき山の末迄に澄らむ月の影をこそ思へ  0351:7329 木の間漏有明の月を詠むれば寂しさ添ふる嶺の松風  0352:7330 いかにせむ影をば袖に宿せ共心のすめば月の曇るを  0353:7331 悔しくも賤の伏屋と貶めて月の洩るをも知で過ける  0354:7332 荒れわたる草の庵にもる月を袖に移して眺めつる哉  0355:7333 月を見て心うかれし古への秋にも更に廻りあひぬる  0356:7334 何亊も變りのみゆく世中に同じ影にてすめる月かな  0357:7335 終夜月こそ袖にやどりけれ昔の秋をおもひいづれば  0358:7336 眺むれば外の影こそ床しけれ變らじ物を秋の夜の月  0359:7337 行方なく月に心の澄々て果はいかにかならむとす覽  0360:7338 月影のかたぶく山を詠めつゝ惜むしるしや有明の空  0361:7339 詠むるも誠しからぬ心ちしてよに餘りたる月の影哉  0362:7340 行末の月をば知ず過來つる秋まだ斯る影はなかりき  0363:7341 まことゝも誰か思はむ獨見て後に今宵の月を語らば  0364:7342 月の爲晝と思ふがかひなきに暫し曇りて夜を知せよ  0365:7343 あまの原朝日山より出ればや月の光の晝にまがへる  0366:7344 有明の月の頃にも成ぬれば秋は夜なき心ちこそすれ  0367:7345 中々に時々雲のかゝるこそ月をもてなす限なりけれ  0368:7346 雲晴るゝ嵐の音は松にあれや月も緑の色にはえつゝ  0369:7347    とり1 定なく〓(奚+隹)やなくらむ秋の夜は月の光を思ひまがへて  0370:7348 誰も皆ことわりとこそ定むらめ晝を爭ふ秋の夜の月  0371:7349 影さえて誠に月のあかきには心も空に浮れてぞ澄む  0372:7350 隈もなき月の面に飛ぶ雁の影を雲かと思ひけるかな  0373:7351 眺むれば否や心の苦しきにいたくな澄そ秋の夜の月  0374:7352 雲も見ゆ風も更れば荒くなる長閑なりつる月の光を  0375:7353 諸共に影を並ぶる人もあれや月のもりくる笹の庵に  0376:7354 中々に曇ると見えて晴る夜の月は光の添ふ心ちする  0377:7355 浮雲の月の面に懸れども早く過ぐるは嬉しかりけり  0378:7356 過やらで月近くゆく浮雲の漂ふ見れば侘しかりけり  0379:7357    【さすが1】 厭へども遉に雲の打ちりて月のあたりを離れざり鳬  0380:7358 雲はらふ嵐に月のみがゝれて光えてすむ秋の空かな  0381:7359 くまもなき月の光を眺むれば先づ姨捨の山ぞ戀しき  0382:7360 月さゆる明石の瀬戸に風吹けば氷の上にたゝむ白波  0383:7361 天の原同じ岩戸を出づれども光ことなる秋の夜の月  0384:7362 限なく名殘をしきは秋の夜の月にともなふ曙のそら  0385:7363  九月十三夜 今宵はと所えがほにすむ月の光もてなす菊のしら露  0386:7364 雲消し秋の半の空よりも月は今宵ぞ名におへりける  0387:7365  後九月つきを翫ぶといふことを 月見れば秋加れる年は又あかぬ心も添ふにぞ有ける  0388:7366  月瀧を照すといふことを 雲消ゆる那智の高嶺に月たけて光をぬける瀧の白糸  0389:7367  久しく月を侍つといふことを 出でながら雲に隱るゝ月影を重ねて待つや二村の山  0390:7368  雲間に月を待つといふことを 秋の月誘よふ山の端のみかは雲の絶間も待れやはせぬ  0391:7369  月前薄 惜むよの月にならひて有明の入らぬを招く花薄かな  0392:7370 花薄月の光にまがはまし深きますほの色にそめずは  0393:7371  月前萩 月すむと萩植ざらむ宿ならば哀少き秋にやあらまし  0394:7372  月照野花といふことを   二 一 月なくば暮れば宿りへ歸らまし野べには花の盛也共  0395:7373  月前野花 花の色を影に移せば秋の夜の月ぞ野守の鏡なりける  0396:7374  月前草花 月の色を花に重ねて女郎花上裳の下に露をかけたる  0397:7375 宵のまの露に萎れて女郎花有明の月の影にたはるゝ  0398:7376  月前女郎花 庭さゆる月也けりな女郎花霜に逢ぬる花と見たれば  0399:7377  月前蟲 月のすむ淺茅にすだく蛬露のおくにや秋を知るらむ  0400:7378 露ながらこぼさで折らむ月影にこ萩が枝の松蟲の聲  0401:7379  深夜聞蛬    レ 我世とや更け行く月を思ふらむ聲もやすめぬ蛬かな  0402:7380  田家月 夕露の玉しく小田のいな筵かへす穗末に月ぞ宿れる  0403:7381  月前鹿 類なき心ちこそすれ秋の夜の月すむ嶺のさを鹿の聲  0404:7382  月前紅葉 樹間もる有明の月のさやけきに紅葉を添て眺つる哉  0405:7383  霧月を隔つといふことを 立田山月すむ嶺のかひぞなき麓に霧の晴れぬ限りは  0406:7384  月前に古を懷ふ 古を何に附てか思出でむ月さへ變る世ならましかば  0407:7385  月に寄せて懷を述べけるに 世中の憂をも知らで澄月の影は我身の心地こそすれ  0408:7386 世中は曇果ぬる月なれやさりともと見し影も待れず  0409:7387 厭ふ世も月澄秋に成ぬれば長らへずばと思ふなる哉  0410:7388 さらぬだに浮れて物を思ふ身の心を誘ふ秋の夜の月  0411:7389 捨ていにし浮世に月の澄であれなさらば心の止らざらまし  0412:7390 強ちに山にのみすむ心かな誰かは月の入るを惜まぬ  0413:7391  春日に參りたりけるに常よりも月明く哀なりけ  れば ふりさけし人の心ぞ知れける今宵三笠の山を眺めて  0414:7392  月寺のほとりに明らかなり 晝と見る月に明るを知らましや時つく鐘の音微せば  0415:7393  人々住吉にまゐりて月を翫びけるに 片そぎの行合ぬ間より漏月や冴て御袖の霜に置らむ  0416:7394 波にやどる月を汀にゆりよせて鏡にかくる住吉の岸  0417:7395  旅まかりけるにとまりて あかずのみ都にて見し影よりも旅こそ月は哀也けれ  0418:7396 見しまゝに姿も影も變らねば月ぞ都の形見なりける  0419:7397  旅宿の月を思ふといふことを 月は猶夜な/\毎に宿るべし我が結びおく草の庵に  0420:7398  月前に友に逢ふといふことを 嬉しきは君に逢べき契ありて月に心の誘はれにけり  0421:7399  心ざすことありて安藝の一宮へ詣でけるに高富  の浦と申す所に風に吹きとめられて程經けり苫  葺きたる庵より月のもるを見て 波の音を心にかけて明すかな苫もる月の影を友にて  0422:7400  詣でつきて月いとあかくて哀に覺えければ詠み  ける 諸共に旅なる空に月も出てすめばや影の哀なるらむ  0423:7401  旅宿の月といへる心を詠める あはれ知る人みたらばと思ふ哉旅寢の床に宿る月影  0424:7402 月宿る同じうきねの波にしも袖絞るべき契ありけり  0425:7403 都にて月を哀と思ひしは數より外のすさびなりけり  0426:7404  船中初雁 沖かけて八重の汐路を行舟は仄かにぞきく初雁の聲  0427:7405  朝に初雁をきく 横雲の風にわかるゝ東雲に山飛びこゆる初雁のこゑ  0428:7406  夜に入りて雁を聞く 鴉羽にかく玉づさの心ちして雁なきわたる夕闇の空  0429:7407  雁聲遠近 白雲を翅にかけて行く雁の門田の面の友したふなり  0430:7408  霧中雁 玉章の續きは見えで雁音の聲社霧にけたれざりけれ  0431:7409  霧上雁 空色の此方をうらに立霧のおもてに雁のかくる玉章  0432:7410  霧 鶉鳴く折にしなれば霧こめてあはれ寂しき深草の里  0433:7411  霧行客を隔つ 名殘多み睦言つきて歸りゆく人をば霧も立隔てけり  0434:7412  山家霧 立ちこむる霧の下にも埋れて心はれせぬみ山べの里  0435:7413 よをこめて竹の編戸に立霧の晴ば頓てや明むとすらむ  0436:7414  鹿 しだり咲く萩の古枝に風懸てすがひ/\にを鹿鳴也  0437:7415 萩がえの露ためず吹く秋風にを鹿なく也宮城野の原  0438:7416 終夜つま戀ひかねて鳴く鹿の涙や野べの露となるらむ  0439:7417 さらぬだに秋は物のみ悲しきを涙催すさを鹿のこゑ  0440:7418 山颪に鹿の音類ふ夕暮を物悲しとはにふにや有らむ  0441:7419 鹿もわぶ空の氣色も時雨めり悲かれともなれる秋哉  0442:7420 何となく住まほしくぞ思ほゆる鹿の音絶ぬ秋の山里  0443:7421  小倉の麓に住侍りけるに鹿の鳴きけるを聞きて を鹿なく小倉の山のすそ近みたゞ獨すむわが心かな  0444:7422  曉の鹿 夜を殘す寢覺に聞ぞ哀なる夢野の鹿もかくや鳴きけむ  0445:7423  夕ぐれに鹿を聞く 篠原や霧にまがひて鳴く鹿の聲かすかなる秋の夕暮  0446:7424  幽居に鹿を聞く 隣ゐぬはたの假屋に明す夜は鹿哀なる物にぞ有ける  0447:7425  田庵の鹿 小山田の庵近く鳴く鹿の音に驚かされて驚かすかな  0448:7426  人を尋ねて小野にまかりけるに鹿の鳴きければ 鹿の音を聞くに附ても住人の心知らるゝ小野の山里  0449:7427  獨聞擣衣   二 一 獨寢の夜寒になるに襲ねばや誰が爲に擣つ衣なる覽  0450:7428  隔里擣衣  レ レ さ夜衣いづこの里にうつならむ遠く間ゆる槌の音哉  0451:7429  年頃申されたる人の伏見に住むと聞きて尋ねま  かりたりけるに庭の道も見えず繁りて蟲なきけ  れば 分て入る袖に哀をかけよとて露けき庭に蟲さへぞ鳴  0452:7430  蟲の歌よみ侍りけるに 夕されや玉動く露のこざゝふに聲まづならす蛬かな  0453:7431 秋風にほずゑ波よる苅萱の下葉に蟲の聲みだるなり  0454:7432 蛬嗚なる野べはよそなるを思はぬ袖に露ぞこぼるゝ  0455:7433 秋風の更行く野べの蟲の音のはしたなき迄濡る袖哉  0456:7434 蟲の音をよそに思て明さねば袂も露は野べに變らじ  0457:7435 野べに鳴蟲もや物は悲しきと答ましかば訪て聞まし  0458:7436 秋の夜に聲も惜まず鳴蟲をつゆ睡ろまず聞き明す哉  0459:7437 秋の夜を獨や鳴きて明さまし伴ふ蟲の聲なかりせば  0460:7438 秋の野の尾花が袖に招かせていかなる人を松蟲の聲  0461:7439 よもすがら袂に蟲の音をかけてはらひ煩ふ袖の白露  0462:7440 獨寢の寢覺の床のさ筵に涙もよほすきり%\すかな  0463:7441 蛬夜寒になるをつげがほに枕のもとに來つゝ鳴く也  0464:7442 蟲の音を弱り行かと聞からに心に秋の日數をぞふる  0465:7443 秋深み弱るは蟲の聲のみか聞我とても此身やはある  0466:7444 蟲の音にさのみぬるべき袂かは怪しや心物思ふらし  0467:7445 物思ふねざめとぶらふ蛬人よりもげに露けかるらむ  0468:7446  獨聞蟲   レ 獨寢の友にはならで蛬なく音をきけばもの思ひそふ  0469:7447  故郷蟲 草深み分入てとふ人もあれやふりゆく宿の鈴蟲の聲  0470:7448  雨中蟲 壁に生ふる小草にわぶる蛬しぐるゝ庭の露厭ふらし  0471:7449  田家に蟲を聞く 小萩さく山田のくろの蟲の音に庵もる人や袖濡す覽  0472:7450  夕の道の蟲といふことを うちぐする人なき道の夕されは聲たて送る轡蟲かな  0473:7451  田家秋夕 詠むれば袖にも露ぞこぼれける外面の小田の秋の夕暮  0474:7452 吹過ぐる風さへ殊に身にぞしむ山田の庵の秋の夕暮  0475:7453  京極太政太臣中納言と申しける折菊をおびたゞ  しき程にしたてゝ鳥羽院にまゐらせ給ひたりけ  る鳥羽の南殿のひがし面のつぼに所なきほどに  埴ゑさせ給ひけり公重の少將人々すゝめて菊も  てなさせけるにくはゝるべき由あれば 君が住む宿の坪には菊ぞかざる仙の宮と云べかる覽  0476:7454  菊 幾秋に我逢ぬらむ長月のこゝぬかに摘む八重の白菊  0477:7455 秋深み雙ぶ花なき菊なれば所を霜の置けとこそ思へ  0478:7456  月前菊 ませなくば何を印に思はまし月もまかよふ白菊の花  0479:7457  秋物へまかりける道にて 心なき身にも哀は知られけり鴫たつ澤の秋の夕ぐれ  0480:7458  嵯峨に住みける頃隣の坊に申すべきことありて  まかりけるに道もなく葎の茂りければ 立寄りて隣とふべき垣に添て隙なくはへる八重葎哉  0481:7459  題しらず いつよりか紅葉の色は染べきと時雨に曇る空に問ばや  0482:7460  紅葉未遍といふことを    レ 糸鹿山時雨に色を染させてかつ/\織れる錦也けり  0483:7461  山家紅葉 染てけり紅葉の色の紅をしぐると見えしみ山べの里  0484:7462  秋の末に松蟲のなくを聞きて さらぬだに聲弱りにし松蟲の秋の末には聞も別れず  0485:7463 限あれば枯行く野べは如何せむ蟲の音殘せ秋の山里  0486:7464  寂蓮高野に詣でゝ深き山の紅葉といふことを詠  みける 樣%\に錦ありけるみ山哉花見し嶺を時雨染めつゝ  0487:7465  紅葉色深しといふことを 限あれば如何は色も勝るべきを飽ず時雨る小倉山哉  0488:7466 紅葉の散で時雨の日數へばいか計なる色かあらまし  0489:7467  霧中紅葉 錦はる秋の梢を見せぬかな隔つる霧の宿をつくりて  0490:7468  賤しかりける家に蔦の紅葉面白かりけるを見て 思はずよ由ある賤の栖かな蔦の紅葉を軒に這はせて  0491:7469  寄紅葉戀  二 一 我涙しぐれの雨にたぐヘばや紅葉の色の袖に紛へる  0492:7470  あづまへまかりけるにしのぶの奧に侍りける社  の紅葉を 常磐なる松の緑も神さびて紅葉ぞ秋はあけの玉がき  0493:7471  草花野路落葉 紅葉ちる野原を分て行く人は花ならぬ迄錦きるべし  0494:7472  秋の末に法輪に籠りて詠める 大堰川井堰に淀む水の色に秋深くなる程ぞ知らるゝ  0495:7473 小倉山ふもとに秋の色はあれや梢の錦風にたゝれて  0496:7474 わが物と秋の梢を思ふかな小倉の里に家居せしより  0497:7475 山ざとは秋の末にぞ思ひ知る悲しかりけり木枯の風  0498:7476 暮れはつる秋の形見に暫し見む紅葉散すな木枯の風  0499:7477 秋くるゝ月なみわかぬ山賤の心うらやむ今日の夕暮  0500:7478  終夜秋を惜む 惜めども鐘の音さへ變る哉霜にや露の結びかふらむ  Subtitle  冬  0501:7479  長樂寺にて夜紅葉を思ふといふ亊を人々よみけ  るに 終夜をしげなく吹く嵐哉わざと時雨の染むる紅葉を  0502:7480 神無月木の葉の落つる度毎に心うかるゝみ山べの里  0503:7481  題しらず 寢覺する人の心を侘しめて時雨るゝ音は悲しかり鳬  0504:7482  十月のはじめつかた山里にまかりたりけるに蛬  の聲の僅にしければ詠みける 霜うづむむぐらが下の蛬あるかなきかに聲聞ゆなり  0505:7483  山家落葉 道もなし宿は木葉に埋もれぬまだきせさする冬籠哉  0506:7484 木葉ちれば月に心ぞあくがるゝみ山隱に住まむと思に  0507:7485  曉落葉 時雨かと寢覺の床に聞ゆるは嵐に堪ぬ木の葉也けり  0508:7486  水上落葉 立田姫そめし梢の散る折はくれなゐあらふ山川の水  0509:7487  落葉 嵐掃く庭の落葉の惜しき哉眞の塵になりぬと思へば  0510:7488  月前落葉 山颪の月に木の葉を吹きかけて光に紛ふ影を見る哉  0511:7489  瀧上落葉 木枯に峯の紅葉やたぐふらむ村濃に見ゆる瀧の白糸  0512:7490  山家時雨 宿かこふ柞の柴の色をさへ慕ひてそむる初時雨かな  0513:7491  閑中時雨といふことを 自ら音する人もなかりけり山廻りする時雨ならでは  0514:7492  時雨の歌よみけるに 東屋の餘にもふる時雨かな誰かは知らぬ神無月とは  0515:7493  落葉網代にとゞまる 紅葉よる網代の布の色染てひをくるゝとは見ゆる也鳬  0516:7494  山家枯草といふことを覺雅僧都の坊にて人々よ  みけるに かきこめし裾野の薄霜枯れて寂しさ増る柴の庵かな  0517:7495  野のわたりの枯れたる草といふことを雙林寺に  てよみけるに 樣々に花さきたりと見し野べの同じ色にも霜枯れにけり  0518:7496  枯野の草をよめる 分け兼し袖に露をばとめ置て霜に朽ぬる眞野の萩原  0519:7497 霜かつく枯野の草は寂しきにいづくは人の心とむ覽  0520:7498 霜がれて脆く碎くる荻の葉を荒く吹くなる風の音哉  0521:7499  冬の歌よみけるに 難波江の入江の蘆に霜さえて浦風寒き朝ぼらけかな  0522:7500 たま懸けし花のかつらも衰へて霜を頂く女郎花かな  0523:7501 山櫻はつ雪降ればさきにけり吉野は里に冬籠れども  0524:7502 寂しさにたへたる人の又もあれな庵雙べむ冬の山里  0525:7503  水邊寒草 霜に逢て色改むる蘆のほの寂しく見ゆる難波江の浦  0526:7504  山里の冬といふことを人々よみけるに 玉まきし垣ねの眞葛霜がれて寂しく見ゆる冬の山里  0527:7505  寒夜旅宿 旅寢する草の枕に霜さえて有明の月の影ぞ侍たるゝ  0528:7506  山家冬月 冬枯のすさましげなる山里に月のすむこそ哀也けれ  0529:7507 月出る峰の木の葉も散はてゝ麓の里は嬉しかるらむ  0530:7508  月枯れたる草を照す 花におく露に宿りし影よりも枯野の月は哀なりけり  0531:7509 こほりしく沼の蘆原風さえて月も光ぞ寂しかりける  0532:7510  閑なる夜の冬の月 霜冱ゆる庭の木葉を踏分て月は見るやと訪人もがな  0533:7511  庭上冬月といふことを さゆと見えて冬深くなる月影は水なき庭に氷をぞしく  0534:7512  鷹狩 合せたる木ゐの敏鷹をぎとゝし犬飼ひ人の聲頻る也  0535:7513  雪中鷹狩 掻昏す雪に雉子は見えね共羽音に鈴を類へてぞやる  0536:7514 ふる雪に鳥立も見えず埋れてとり所なき御狩野の原  0537:7515  夜初雪 月出る軒にもあらぬ山の端の白むも著し夜はの白雪  0538:7516  庭雪似月    レ 木間漏月の影とも見ゆる哉はだらに降れる庭の白雪  0539:7517  雪の朝靈山と申す所にて眺望を人々よみけるに たけ昇る朝日の影のさす儘に都の雪は消えみ消ずみ  0540:7518  枯野に雪の降りたるを 枯果つる萱が上葉に降雪は更に尾花の心ちこそすれ  0541:7519  雪の歌よみけるに 有乳山さかしく下る谷もなくかじきの道を造る白雪  0542:7520 弛みつゝ橇のはやをもつけなくに積りに鳬な越の白雪  0543:7521  雪道を埋む 降る雪にしをりし柴も埋もれて思はぬ山に冬籠する  0544:7522  秋の頃高野へ參るべきよし頼めて參らざりける  人の許へ雪ふりて後申し遣しける                 〔志〕 雪深く埋みてけりな君くやと紅葉の錦しきし山路を  0545:7523  雪朝待人といふことを    レ 我宿に庭より外の道もがな訪來む人の跡つけて見む  0546:7524  雪に庵うづもれてせむかたなく面白かりけり今  も來たらばとよみけむことを思ひ出でゝ見ける  ほどに鹿の分けて通りけるを見て                  〔合字〕 人こばと思ひて雪を見る程に鹿跡つくることも有けり  0547:7525  雪朝會友といふことを    レ 跡とむる駒の行方は遮莫嬉しく君にゆきも逢ひぬる  0548:7526  雪埋竹といふことを   レ 雪うづむ園の呉竹をれふして塒もとむるむら雀かな  0549:7527  賀茂の臨時の祭かへり立の御神樂士御門内裏に  て侍りけるに竹の坪に雪の降りたりけるを見て 裏返す小忌の衣と見ゆる哉竹のうら葉にふれる白雪  0550:7528  社頭雪 玉垣はあけもみどりも埋もれて雪面白き松のをの山  0551:7529  雪の歌どもよみけるに 何となく暮るゝ雫の音までも山べは雪ぞ哀なりける  0552:7530 雪ふれば野路も山路も埋れて遠近しらぬ旅の空かな  0553:7531 青根山苔の筵の上にして雪はしとねの心ちこそすれ  0554:7532 卯の花の心ちこそすれ山里の垣ねの柴を埋むしら雪  0555:7533 折ならぬめぐりの垣の卯花を嬉しく雪の咲せつる哉  0556:7534 問へな君夕暮になる庭の雪を跡なきよりは哀ならまし  0557:7535  舟中霰 せと渡る棚なし小舟心せよ霰亂るゝしまきよこぎる  0558:7536  深山霰 杣人のまきの假屋の下ぶしに音する物は霰なりけり  0559:7537  櫻の木に霰のたばしるを見て 唯は落ちで枝を傳へる霰哉蕾める花の散る心地して  0560:7538  月前炭竈といへることを                〔の歟〕 限あらむ雲こそあらめ炭竈の煙に月に煤けぬる哉  0561:7539  千鳥 淡路潟磯わの千鳥聲しげしせとの汐風さえ増る夜は  0562:7540 淡路潟瀬戸の汐干の夕暮に須磨より通ふ千鳥なく也  0563:7541 さゆれども心安くぞ聞き明す川瀬の千鳥友ぐして鳬  0564:7542 霜さえて汀更行く浦風を思ひ知りげに鳴く千鳥かな  0565:7543 やせ渡る湊の風に月ふけて汐干るかたに千鳥鳴く也  0566:7544  題しらず 千鳥なく繪島の浦にすむ月を波に映して見る今宵哉  0567:7545  氷留山水   二 一 岩間せく木の葉わけこし山水を露洩さぬは氷也けり  0568:7546  瀧上氷 水上に水や氷をむすぶらむ繰るとも見えぬ瀧の白糸  0569:7547  氷筏をとづといふことを 氷わる筏の棹のたゆければ持や越さまし保都の山越  0570:7548  冬の歌十首よみけるに 花もかれ紅葉も散らぬ山里は寂しさを又訪人もがな  0571:7549 獨すむかた山かげの友なれや嵐にはるゝ冬の夜の月  0572:7550 津の國の蘆の丸屋の寂しさは冬社わきて訪べかりけれ  0573:7551 冴る夜はよその空にぞ鴦もなく凍に鳬な昆陽の池水  0574:7552 よもすがら嵐の山に風さえて大堰の淀に氷をぞしく  0575:7553 冴え渡る浦風いかに寒からむ千鳥むれゐる夕崎の浦  0576:7554 山里はしぐれし頃の寂しきに霰の音は彌まさりけり  0577:7555 風冴て寄すれば頓て氷りつゝ返る波なき志賀の唐崎  0578:7556 吉野山麓に降らぬ雪ならば花かと見てや尋入らまし  0579:7557 宿毎に寂しからじと勵むべし煙こめたる小野の山里  0580:7558  題しらず 山櫻思ひよそへて眺むれば木毎の花は雪まさりけり  0581:7559  仁和寺の御室にて山家閑居見雪といふことを              レ  詠ませ給ひけるに 降り積る雲□友にて春迄は日を送るべきみ山べの里  0582:7560  山里に冬深しといふことを 訪人も初雪をこそ分けこしか道閉てけり深山べの里  0583:7561  山居雪といふことを 年の内はとふ人更にあらじかし雪も山路も深き栖を  0584:7562  世を遁れて鞍馬の奧に侍りけるに筧の凍りて水  までこざりけるに春になるまではかく侍るなり  と申しけるを聞きて詠める                     【るゝカ】 わりなしや凍る筧の水故に思捨てゝし春の待たる  0585:7563  陸奧國にて年の暮によめる 常よりも心細くぞ思ほゆる旅の空にて年の暮れぬる  0586:7564  山家歳暮 新らしき柴の編戸を立ち替て年のあくるを待渡る哉  0587:7565  東山にて人々年の暮に懷を述べけるに 年暮し其營みは忘られてあらぬ樣なる急ぎをぞする  0588:7566  年の暮にあがたより都なる人のもとへ申し遣し  ける 押なべて同じ月日の過行けば都もかくや年は暮ぬる  0589:7567 山ざとに家ゐをせずば見ましやは紅ふかき秋の梢を  0590:7568  歳暮に人のもとへ遣しける 自らいはぬを慕ふ人やあると休らふ程に年の暮ぬる  0591:7569  常なき亊をよせて いつか我昔の人といはるべき重なる年を送り迎へて  Subtitle  戀  0592:7570  名を聞きて尋ぬる戀 逢はざらむ亊をば知らず帚木の伏屋と間て尋行く哉  0593:7571  自門歸戀   レ たて初めて歸る心は錦木の千束まつべき心ち社すれ  0594:7572  涙顯戀 覺束ないかにも人の呉織あやむる迄に濡るゝ袖かな  0595:7573  夢會戀 中々に夢に嬉しき逢ふことは現に物を思ふなりけり  0596:7574  〔合字〕 逢ふことを夢也けりと思分く心の今朝は恨めしきかな  0597:7575    〔合字〕 逢と見ることを限の夢路にて覺むる別の無らましかば  0598:7576 夢とのみ思做さるゝ現こそ逢見る亊のかひ無りけれ  0599:7577  後朝 今朝よりぞ人の心はつらからで明離れ行く空を恨る  0600:7578 逢亊を忍ばざりせば道芝の露より先に起てこましや  0601:7579  後朝時鳥 さらぬだに歸りやられぬ東雲にそへて語らふ時鳥哉  0602:7580  後朝花橘 重ねては濃からまほしき移香を花橘に今朝類へつゝ  0603:7581  後朝霧 休はむ大方の夜は明ぬとも闇とかこへる霧に籠りて  0604:7582  歸るあしたの時雨 合字〕 こと附けて今朝の別は休はむ時雨をさへや袖に懸べき  0605:7583  逢ひてあはぬ戀 つらく共逢はずば何の習にか身の程知ず人を恨みむ  0606:7584 さらば唯さらでぞ人の止なまし偖後も又さもや非じと  0607:7585  恨 もらさじと袖にあまるを包まゝし情を忍ぶ涙也せば  0608:7586  二たび絶ゆる戀 唐衣たち離れにし盡ならば重ねて物は思はざらまし  0609:7587  寄絲戀  レ 賤の女が煤くる絲に讓り置て思ふに違ふ戀もする哉  0610:7588  寄梅戀  レ 折らばやと何思はまし梅の花珍しからぬ匂なりせば  0611:7589 行摺りに一枝折し梅が香の深くも袖にしみにける哉  0612:7590  寄花戀  レ つれもなき人に見せばや櫻ばな風に從ふ心よわさを  0613:7591 花を見る心はよそに隔りて身につきたるは君が面影  0614:7592  寄殘花戀  二 一 葉隱れに散留れる花のみぞ忍びし人に逢ふ心ちする  0615:7593  寄歸雁戀  二 一 つれもなく絶にし人を雁音の歸る心と思はましかば  0616:7594  寄草花戀  二 一 朽て唯萎ればよしや我袖も萩の下枝の露によそへて  0617:7595  寄鹿戀  レ 妻戀ひて人め包まぬ鹿の音を羨む袖のみさをなる哉  0618:7596  寄刈萱戀  二 一 一方に亂るともなき我が戀や風定まらぬ野べの刈萱  0619:7597  寄霧戀  レ 夕霧の隔てなくこそ思つれ隱れて君があはぬ也けり  0620:7598  寄紅葉戀  二 一 我涙時雨の雨にたぐへばや紅葉の色の袖にまがへる  0621:7599  寄落葉戀  二 一 朝毎に聲を收むる風の音はよをへてかゝる人の心か  0622:7600  寄氷戀  レ 春を待諏訪の渡りも有物をいつを限にすべき氷柱ぞ  0623:7601  寄水鳥戀  二 一 我袖の涙かゝるとぬれてあれな羨しきは池のをし鳥  0624:7602  賀茂の方にさゝきと申す里に冬深く侍りけるに  人々まうで來て山里の戀といふことを 筧にも君がつらゝや結ぶらむ心細くも絶えぬなる哉  0625:7603  商人に文をつくる戀といふことを 思ひかね市の中には人多みゆかり尋ねてつくる玉章  0626:7604  海路戀    〔合字〕 波のしくことをも何か煩はむ君が逢ふべき道と思はゞ  XXXX:XXXX  〔此處古本有〕  松風増戀 岩代の松風きけばもの思ふ人も心ぞむすぼゝれける  〔之一首〕  0627:7605  九月ふたつありける年閏月を忌む戀といふこと  を人々よみけるに  0628:7606  御あれの頃賀茂にまゐりたりけるにさうじには  ゞかる戀といふ亊を人々よみけるに 合字〕 ことづくる御誕の程をすぐしても猶や卯月の心なるべき  0629:7607  同じ社にて神に祈る戀といふことを神主ども詠  みけるに 天降神の驗の有りなしをつれなき人の行方にて見む  0630:7608  月 月待と云做されつる宵の間の心の色の袖に見えぬる  0631:7609 知ざりき雲居のよそに見し月の影を袂に宿すべしとは  0632:7610 哀とも見る人あらば思はなむ月のおもてに宿す心を  0633:7611 月見ればいでやと世のみ思ほえてもたり憎くもなる心哉  0634:7612 弓張の月に外れて見し影の優しかりしはいつか忘む  0635:7613 面影の忘らるまじき別かな名殘を人のつきに留めて  0636:7614 秋の夜の月や涙を喞つ覽雲なき影をもてやつすとて  0637:7615 天の原さゆるみ空は晴ながら涙ぞ月の隈になるらむ  0638:7616 物思ふ心のたけぞ知られぬる夜々月を詠めあかして  0639:7617 月を見る心の節をとがにして便えがほに濡るゝ袖哉  0640:7618 思出づる亊はいつもと云ながら月には堪ぬ心也けり  0641:7619 足曳の山のあなたに君すまば入る共月を惜まざらまし  0642:7620 歎けとて月やは物を思はするかこち顏なる我涙かな  0643:7621 君にいかで月に爭ふ程計めぐりあひつゝ影を並べむ  0644:7622 白妙の衣かさぬる月かげのさゆる眞袖にかゝる白露  0645:7623 忍寢の涙たゞふる袖の裏になづまず宿る秋の夜の月  0646:7624 物思ふ袖にも月は宿りけり濁らですめる水ならね共  0647:7625 戀しさを催す月の影なればこぼれかゝりて喞つ涙か  0648:7626 よしさらば涙の池に身をなして心の儘に月を宿さむ  0649:7627 打絶えて歎く涙に我袖のくちなばなどか月を宿さむ  0650:7628 よゝふとも忘形見の思ひ出は袂に月の宿るばかりぞ  0651:7629 涙故隈なき月ぞ曇ぬる天のはら/\ねのみなかれて  0652:7630 生憎にしるくも月の宿るかな夜に紛れてと思ふ袂に  0653:7631 面かげに君が姿を見つるより俄に月の曇りぬるかな  0654:7632 終夜月を見がほにもてなして心の闇に迷ふころかな  0655:7633 秋の月物思ふ人の爲とてや影に哀とそへて出づらむ  0656:7634 隔てたる人の心の隈により月を清かに見ぬが悲しさ  0657:7635 涙故常は曇れる月なればながれぬ折ぞ晴間なりけり  0658:7636 隈もなき折しも人を思出でゝ心と月をやつしつる哉  0659:7637 物思ふ心の隈をのごひすてゝ曇らぬ月を見由もがな  0660:7638 戀しさや思ひよわると詠ればいとゞ心をくだく月哉  0661:7639 ともすれば月澄空にあくがるゝ心の果を知由もがな  0662:7640      〔合字〕 眺むるに慰むことはなけれども月を友にてあかす頃哉  0663:7641 物思ひて眺むる頃の月の色にいか計なる哀そふらむ  0664:7642 天雲のわりなき隙をもる月の影計だに逢見てしがな  0665:7643 秋の月信太の杜の千枝よりも繁き歎や隈になるらむ  0666:7644 思知る人有明のよなりせば盡せず身をば恨ざらまし  0667:7645  戀 數ならぬ心の咎に做果てじ知せて社は身をも恨みめ  0668:7646 打向ふ其あらましの面影を誠になして見る由もがな  0669:7647 山賤のあら野を占て住そむる片便りなる戀もする哉  0670:7648 常磐山椎の下柴刈すてむ隱れて思ふかひのなきかと  0671:7649 歎くとも知らばや人の自から哀を思ふ亊もあるべき  0672:7650 何となく流石に惜しき命哉ありへば人や思知るとて  0673:7651 何故か今日まで物を思はまし命に替て逢瀬なりせば  0674:7652 怪めつゝ人知るとても如何せむ忍果べき袂ならねば  0675:7653 涙川深く流るゝみをならば淺き人めに包まざらまし  0676:7654 暫しこそ人目つゝみにせかれけれ果は涙や鳴瀧の川  0677:7655 物思へば袖に流るゝ涙川いかなるみをに逢瀬有なむ  0678:7656 うき度になど/\人を思へ共叶はで年の積りぬる哉  0679:7657 中々になれぬ思ひの儘ならば恨計や身につもらまし  0680:7658 何せむに難面かりしを恨けむ逢ずば斯る思せましや  0681:7659 むかはしは我が歎きの報にて誰ゆゑ君が物を思はむ  0682:7660 身のうさの思ひ知らるゝ理に抑へられぬは涙也けり  0683:7661 日をふれば袂の雨の足そひて晴るべくもなき我心哉  0684:7662 かきくらす涙の雨の足しげみ盛に物の歎かしきかな  0685:7663 物思へどかゝらぬ人もある物を哀なりける身の契哉  0686:7664 岩代の松風きけば物をおもふ人も心は結ぼゝれけり  0687:7665 等閑の情は人のあるものをたゆるは常の習なれども  0688:7666 何とこは數まへられぬ身の程にえを恨むる心有けむ  0689:7667 憂き節をまづ思知る涙哉さのみこそはと慰むれども  0690:7668 樣々に思ひ亂るゝ心をば君が許にぞつかねあつむる  0691:7669 物思へばちゞに心ぞ碎けぬる信太の森の枝ならね共  0692:7670 斯る身に生し立けむ垂乳根の親さへつらき戀もする哉  0693:7671 覺束な何の報のかへり來て心せたむる仇となるらむ  0694:7672 かき亂る心やすめの言草は哀れ/\と嘆くばかりぞ  0695:7673 身を知れば人の咎とは思はぬに恨顏にもぬるゝ袖哉  0696:7674 中々になるゝつらさに比ぶれば疎き恨はみさを也鳬  0697:7675 人はうし歎は露も慰まずこはさはいかにすべき心ぞ  0698:7676 日に添へて恨みはいとゞ大海の豐かなりける我涙哉  0699:7677 さる亊のある也けりと思出でゝ忍心を忍べとぞ思ふ  0700:7678 今ぞ知る思出でよと契りしは忘れむとての情也けり  0701:7679 難波潟波のみいとゞ數そひて恨の隙や袖のかわかむ  0702:7680 心ざしの有てのみやは人をとふ情はなしと思ふ計ぞ  0703:7681 中々に思知るてふ言の葉はとはぬに過て恨めしき哉  0704:7682 などか我亊の外なる歎せでみさをなる身に生ざりけむ  0705:7683 汲みて知る人もありけむ自から堀兼の井の底の心を  0706:7684 煙立つ富士の思の爭ひてよたけき戀を駿河へぞ行く  0707:7685 涙川さかまくみをのそこ深み漲りあへぬ我が心かな  0708:7686 せとロに立てる潮の大淀みよどむとゝひもなき涙哉  0709:7687 磯のまに波荒げなる折々はうらみを被く里のあま人  0710:7688 東路やあひの中山程狹み心の奧の見えばこそあらめ  0711:7689 いつとなく思に燃る我身哉淺間の煙しめるよもなく  0712:7690 播磨路や心のすまに關すゑて爭で我身の戀を留めむ  0713:7691 哀てふ情に戀の慰まばとふ言の葉やうれしからまし  0714:7692 物思ひはまだ夕暮の儘なるに明ぬと告るしば鳥の聲  0715:7693 夢をなど夜頃頼まで過來けむさらで逢べき君ならなくに  0716:7694 さはと云て衣返して打臥せど目の合はゞやは夢も見べき  0717:7695 戀らるゝうき名を人に立じとて忍ぶわりなき我袂哉  0718:7696 夏草の繁りのみ行く思かな待たるゝ秋の哀知られて  0719:7697 紅の色に袂のしぐれつゝ袖に秋あるこゝちこそすれ  0720:7698 哀とてなどとふ人のなかるらむ物思ふ宿の荻の上風  0721:7699 割なしやさこそ物思ふ袖ならめ秋に逢ても置る露哉  0722:7700 いかにせむ來む世の蜑と成程もみるめ難くて過る恨を  0723:7701 秋深き野べの草葉に比べばやもの思ふ頃の袖の白露  0724:7702 物思ふ涙ややがてみつせ川人を沈むる淵となるらむ  0725:7703 哀々此世はよしや遮莫來む世もかくや苦しかるべき  0726:7704 頼もしな宵曉の鐘の音に物思ふ罪はつきざらめやは  Book  山家和歌集下  Subtitle  雜  0727:7705  題しらず つく%\と物を思ふに打そへてをり哀なる鐘の音哉  0728:7706 情有し昔のみ猶忍ばれて長らへまうき世にもある哉  0729:7707 軒近き花たちばなに袖しめて昔をしのぶ涙つゝまむ  0730:7708 何亊も昔をきくは情ありて故あるさまに忍ばるゝ哉  0731:7709 我宿は山のあなたにある物を何と浮世を知らぬ心ぞ  0732:7710 曇なき鏡の上にゐる塵をめにたてゝ見る世と思ばや  0733:7711 長らへむと思心ぞ露もなき厭ふにたにもたらめ憂身は  0734:7712 思出づる過にし方を耻かしみ有るに物うき此世也鳬  0735:7713  世につかふべかりける人の籠り居たりける許へ  遣しける 世の中にすまぬもよしや秋の月濁れる水の湛ふ盛に  0736:7714  五日さうぶを人の遣したりける返亊に 世の憂にひかるゝ人は菖蒲草心のねなき心ち社すれ  0737:7715  花橘によせて懷を述べけるに 世のうきを昔話になしはてゝはな橘に思ひ出でばや  0738:7716  世にあらじと思ひける頃東山にて人々霞によせ  て懷をのべけるに 空になる心は春の霞にて世にあらじとも思ひ立つ哉  0739:7717  同じ心をよみける 世を厭名をだにもさは留置て數ならぬ身の思出にせむ  0740:7718  いにしへごろ東山にあみだ房と申しける上人の  庵室にまかりて見けるにあはれとおぼえて詠み  ける 柴の庵と聞くは賤き名なれ共よに好もしき住ひ也鳬  0741:7719  世を遁れける折ゆかりなりける人の許へいひ贈  りける 世中を背き果ぬと云おかむ思知るべき人はなくとも  0742:7720  はるかなる所にこもりて都なりける人のもとへ  月の頃遣しける 月のみや上の空なる形見にて思ひもいでば心通はむ  0743:7721  世をのがれて伊勢のかたへまかりけるに鈴鹿山  にて 鈴鹿山浮世をよそに振捨ていかに成ゆく我身なる覽  0744:7722  述懷 何亊にとまる心の有ければ更にしも又世の厭はしき  0745:7723  侍從大納言成道のもとへ後の世の亊おどろかし  申したりける返りごとに 驚す君によりてぞ長き夜の久しき夢は覺べかりける  0746:7724  かへし 驚かぬ心なりせば世中を夢ぞと語るかひなからまし  0747:7725  中院の右大臣出家思ひ立つよし語り給ひけるに  月のいとあかくよもすがら哀にて明けにければ  歸りけり其の後其の夜の名殘おほかりし由いひ  送り給ふとて 夜もすがら月を眺めて契り置し其睦言に闇は晴にし  0748:7726  かへし すむと見し心の月し顯れば此世も闇は晴ざらめやは  0749:7727  爲業ときはに堂供養しけるに世をのがれて山寺  に住み侍りける親しき人々まうで來たりと聞き  ていひ遣しける 古へに變らぬ君が姿こそ今日は常磐の形見なるらめ  0750:7728  返し 色かへで獨殘れる常磐木はいつを待とか人は見る覽  0751:7729  ある人さまかへて仁和寺の奧なる所に住むと聞  きてまかりて尋ねければあからさまに京にと聞  きて歸りにけり其の後人遣はしてかくなむ參り  たりしと申したる返りごとに 立寄て柴の煙のあはれさをいかゞ思ひし冬の山里  0752:7730  返し 山里に心はふかくすみながら柴の煙の立ち返りにし  0753:7731  此の歌もそへられたりける 惜からぬ身を捨やらでふる程に長き闇にや又迷なむ  0754:7732  返し                〔合字〕 世をすてぬ心の中に闇こめて迷はむことは君一人かは  0755:7733  親しき人々あまたありければ同じ心に誰も御覽  ぜよと遣したりける返りごとに又 なべて皆晴せぬ闇の悲しさを君知べせよ光見ゆやと  0756:7734  又返し 思ふ共いかにしてかは知べせむ教る道に入らば社あらめ  0757:7735  後の世の亊むげに思はずしもなしと見えける人  の許へいひ遣しける 世中に心あり明の人は皆かくて闇には迷はぬものを  0758:7736  返し 世をそむく心計は有明のつきせぬ闇は君にはるけむ  0759:7737  ある所の女房世をのがれて西山に住むと聞きて  尋ねければ住み荒らしたるさまして人の影もせ  ざりけりあたりの人にかくと申しおきたりける  を聞きていひ送りける 潮馴し苫屋も荒てうき波に寄方もなき蜑と知らずや  0760:7738  かへし 苫の屋に波立寄らぬ氣色にて餘り住うき程は見え鳬  0761:7739  侍賢門院の中納言の局世をそむきて小倉山の麓  に住み侍りける頃まかりたりけるにことがらま  ことに幽に哀なりけり風のけしきさへ殊に悲し  かりければかきつけゝる 山おろす嵐の音の烈しきをいつならひける君が栖ぞ  0762:7740  哀なるすみかをとひにまかりたりけるに此の歌  を見て書きつけゝる                同院兵衞局 浮世をば嵐の風にさそはれて家を出ぬる栖とぞ見る  0763:7741  小倉をすてゝ高野の麓にあまのと申す山に住ま  れけり同じ院の帥の局都の外のすみかとひ申さ  ではいかゞとてわけおはしたりけるありがたく  なむ歸るさに粉川へ參られけるに御山より出で  あひたりけるをしるべせよとありければ具し申  して粉川へ參りたりけりかゝるついでは今はあ  るまじきことなり吹上見むといふ亊具せられた  りける人々申し出でゝ吹上へおはしけり道より  大雨風ふきて興なくなりにけりさりとてはとて  吹上に行きつきたりけれども見所なきやうにて  社に腰かきすゑて思ふにも似ざりけり能因が苗  代水にせきくだせと詠みていひ傳へられたる物  をと思ひて社に書きつけゝる 天降る名を吹上の神ならば雲晴れのきて光あらはせ  0764:7742 苗代にせきくだされし天川とむるも神の心なるべし  かく書きたりければやがて西の風吹きかはりて忽  ちに雲はれてうら/\と日なりにけり末の代なれ  ど心ざしいたりぬる亊にはしるしあらたなる亊を  人々申しつゝ信おこして吹上和歌の浦思ふやうに  見て歸られにけり  0765:7743  待賢門院の女房堀川の局のもとよりいひ送られ  ける 此世にて語ひ置かむ郭公死出の山路の知べともなれ  0766:7744  かへし 時鳥泣々こそは語らはめ死出の山路に君しかゝらば  0767:7745  天王寺にまゐりけるに雨のふりければ江口と申  す所に宿をかりけるに貸さゞりければ 世の中を厭ふまでこそ難からめ假の宿りを惜む君哉  0768:7746  かへし 家を出る人としきけば假の宿に心とむなと思ふ計ぞ  0769:7747  ある人世をのがれて北山寺にこもりゐたりと聞  きて尋ねまかりたりけるに月あかゝりければ 世を捨て谷底に住む人見よと嶺の木の間を出る月影  0770:7748  ある宮ばらにつけつかへ侍りける女房世をそむ  きて都はなれて遠くまからむと思ひ立ちて參ら  せけるに代りて 悔しくも由なく君に馴染めて厭ふ都の忍ばれぬべき  0771:7749  題しらず さらぬだに世のはかなさを思ふ身に鵺鳴渡る曙の空  0772:7750 鳥部野を心の内に分行けばいまきの露に袖ぞそぼつる  0773:7751 いつのよに長き眠の夢覺て驚く亊のあらむとすらむ  0774:7752 世の中を夢と見る/\はかなくも猶驚かぬ我心かな  0775:7753 なき人もあるを思ふに世中は眠の中の夢とこそ知れ  0776:7754 きし方の見し夜の夢に變ねば今も現の心ちやはする  0777:7755 亊となく今日暮ぬめり明日も又變らず社は隙過る影  0778:7756 越ぬれば又も此世に歸こぬ死出の山社悲しかりけれ  0779:7757 儚しやあだに命の露消て野べに我身の送りおかれむ  0780:7758 露の玉消れば又も置く物を頼みもなきは我身也けり  0781:7759 あれはとて頼れぬ哉明日は又昨日と今日は云るべければ  0782:7760 秋の色は枯野乍らもある物を世の儚さや淺茅生の露  0783:7761 年月を爭で我身に送けむ昨日の人も今日はなき世に  0784:7762  范蠡が長男の心を 捨てやらで命ををふる人は皆千々の金をもて返る也  0785:7763  曉無常を つきはてしその入相の程なさをこの曉に思知りぬる  0786:7764  霞に寄せてつれなきことを なき人を霞める空に紛ふるは道を隔つる心なるべし  0787:7765  花の散りたりけるにならでて咲きはじめける櫻  を見て 散ると見れば又咲花の匂にも後れ先だつ例ありけり  0788:7766  月前述懷 月を見て孰れの年の秋までか此夜に我が契あるらむ  0789:7767      【月脱?】  七月十五日あかゝりけるに舟岡と申す所にて 爭で我今宵の月を身に添て死出の山路の人を照さむ  0790:7768  物心ほそう哀なる折しも庵の枕ちかう蟲の音聞  えければ その折の蓬が本の枕にもかくこそ蟲の音には睦れめ  XXXX:XXXX          〔合字〕  鳥部山にてとかくのことしける煙の中より分けて  出づる月かげ  〔此處古本有〕 鳥邊山わしのたかねのすゑならむ煙をわけて出づる月かげ  〔之一首〕  0791:7769  諸行無常の心を 儚くて行きにし方を思ふにも今もさこそは朝顏の露  0792:7770  同行にて侍りける上人例ならぬこと大亊に侍り  けるに月のあかくて哀なるを見ける                  〔合字〕 諸共に眺め/\て秋の月ひとりにならむことぞ悲しき  0793:7771  待賢門院かくれさせおはしましにける御跡に人  々又の年の御はてまでさぶらはれけるに南おも            【局】  ての花ちりける頃堀川の房の許へ申し贈りける 尋ぬ共風の傳にも聞かじかし花と散にし君が行方を  0794:7772  かへし 吹風の行方知する物ならば花と散にも後れざらまし  0795:7773  近衞院の御墓に人に具して參りたりける夜露の  深かりければ 磨かれし玉の栖を露深き野べに移して見るぞ悲しき  0796:7774  一院かくれさせおはしましてやがて御所へ渡し  まゐらせける夜高野より出合ひて參りたりける  いと悲しかりけり此の後おはしますべき所御覽  じはじめけるそのかみの御供に右大臣さねよし  大納言と申しける侍らはれけり忍ばせおはしま  すことにて又人さぶらはざりけり其のをりの御  供にさぶらひけることの思ひ出でられて折しも  今宵に參りあひたる昔今のこと思ひつゞけられ  て詠みける 今宵こそ思知らるれ淺からぬ君に契のある身也けり  0797:7775  納め進らせける所へ渡しまゐらせけるに 道變るみゆき悲しき今宵哉限の度と見るにつけても  納めまゐらせて後御ともにさぶらはれ人々たとへ  む方なく悲しながら限あることなりければ歸られ  にけり  0798:7776      〔合字〕  はじめたることありて明日まで侍らひて詠める とはゞやと思寄りてぞ歎かまし昔乍らの我身也せば  0799:7777  右大將きんよし父のぶくのうちに母なくなりぬ  と聞きて高野よりとぶらひ申しける 重ねきる藤の衣を便りにて心の色をそめよとぞ思ふ  0800:7778  かへし 藤衣かさぬる色は深けれど淺き心のしまぬばかりぞ  0801:7779  同じ歎きし侍りける人の許へ 君が爲秋は世のうき折なれや去年も今年も物を思て  0802:7780  かへし 晴やらぬ去年の時雨の上に又かき昏さるゝ山廻り哉  0803:7781  母なくなりて山寺に籠り居たりける人を程へて  思ひ出でゝ人のとひたりければ代りて 思出づる情を人の同じくば其折とへな嬉しからまし  0804:7782  ゆかりありける人はかなくなりにけるとかくの  わさに鳥部山へまかりて歸るに 限なく悲しかりけり鳥部山なきをおくりて歸る心は  0805:7783  父のはかなくなりにける卒塔婆を見て歸りける  人に 亡き跡をそと計見て歸るらむ人の心を思ひこそやれ  0806:7784  親かくれ頼みたりける壻失せなどして歎しける  人の又ほどなくむすめにさへおくれけりと聞き  てとぶらひけるに 此度はさき%\見けむ夢よりも覺ずや物は悲かる覽  0807:7785  五十日のはてつかたに二條院の御墓に御佛供養  しける人に具して參りたりけるに月あかくて哀  ないければ 今宵君死出の山路の月を見て雲の上をや思出づらむ  0808:7786  御跡に三河内侍侍ひけるに九月十三夜人にかは  りて 隱れにし君がみ影の戀しさに月に向てねをやなく覽  0809:7787  かへし                内侍 わが君の光かくれし夕より闇にぞ迷ふ月はすめども  0810:7788  寄紅葉懷舊といふことを法金剛院にて詠みけるに  二 一レ 古へを戀ふる涙の色に似て袂に散るは紅葉なりけり  0811:7789  故郷述壞といふことをときはの家にて爲業よ    レ  みけるにまかりあひて 繁き野を幾一村に分けなして更に昔を忍びかへさむ  0812:7790  十月中の十日ごろ法金剛院の紅葉見けるに上西  門院おはします由聞きて待賢門院の御とき思ひ  出でられで兵衞殿の局にさし置かせける 紅葉見て君が袂やしぐるらむ昔の秋の色をしたひて  0813:7791  かへし 色深き梢を見ても時雨つゝ舊にし亊を懸ぬ日ぞなき  周防内侍我さへ軒のと書きつけゝる  0814:7792  古郷にて人々懷をのべけるに 古へはついゐし宿もある物を何をか忍ぶ印にはせむ  0815:7793  みちの國にまかりたりけるに野中に常よりもと  覺しき塚のみえけるを人にとひければ中將の御  はかと申すはこれがことなりと申しければ中將  とは誰が亊ぞと又問ひければ實方の御亊なりと  申しけるいと悲しかりけりさらぬだに物哀にお  ぼえけるに霜枯の薄ほの%\見え渡りて後にか  たらむ詞なきやうにおぼえて 朽もせぬ其名計を留めおきて枯野の薄形見にぞ見る  0816:7794  ゆかりなくなりて住みうかれにける古郷へ歸り  ゐける人の許へ 住みすてしその古郷を改めて昔に歸る心ちもやする  0817:7795  親に後れて歎きける人を五十日過ぐるまでとは               〔合字〕  ざりければ問ふべき人のとはぬことを怪みて人に  尋ぬと聞きてかく思ひて今まで申さりつゞるよ  し申して遣しける人に代りて なべて皆君が情をとふ數に思做されぬ言の葉もがな  0818:7796  ゆかりにつけて物を思ひける人のもとよりなど  かとはざらむと恨み遣したりける返り亊に 哀とも心に思ふ程計いはれぬべくばとひもこそせめ  0819:7797  はかなくなりて年へにける人の文を物の中より  見出でゝむすめに侍りける人のもとへ見せに遣  すとて 涙をやしのばむ人は流すべき哀に見ゆる水莖のあと  0820:7798  同行に侍りける上人をはりよく思ふさまなりと  聞きて申し贈りける                寂然 亂れずと終きくこそ嬉しけれさても別は慰さまねども  0821:7799  かへし 此世にて又あふまじき悲しさに勸めし人ぞ心亂れし  0822:7800  とかくのわざ果てゝ跡のことゞもひろひて高野  へ參りて歸りたりけるに                寂然 いるさには拾ふ形見も殘りけり歸る山路の友は涙か  0823:7801  返亊 爭でとも思分かでぞ過にける夢に山路を行心ちして  0824:7802  侍從大納言入道はかなくなりてよひ曉につとめ  する僧おの/\歸りける日申しおくりける ゆき散らむ今日の別を思にも更に歎は添ふ心ちする  0825:7803  かへし 伏沈む身には心のあらばこそ更に歎もそふ心ちせめ  0826:7804  此の歌も返しの外に具せられたりける 類なき昔の人の形見には君をのみこそ頼みましけれ  0827:7805  かへし 古の形見になると聞くからにいとゞ露けき墨染の袖  0828:7806  同じ日のりつなが許へ遣しける 亡跡も今日迄は猶名殘あるを明日や別を添て忍ぱむ  0829:7807  かへし 思へたゞ今日の別の悲しさに姿をかへてしのぶ心を  やがて其の日さま變へて後此の返亊かく申したり  けりいと哀なり  0830:7808  同じさまに世をのがれて大原にすみ侍りける妹  うとのはかなくなりにける哀とぶらひけるに 如何計君思はまし道に入らで頼もしからぬ別也せば  0831:7809  かへし 頼しき道には入て行しかど我身をつめば如何とぞ思  0832:7810  院の二位の局身まかりける跡に十の歌人々よみ  けるに 流れゆく水に玉なす泡沫の哀あだなるこの世也けり  0833:7811 消ぬめる本の雫を思ふにも誰かは末の露の身ならぬ  0834:7812 送りおきて歸りし道の朝露を袖にうつすは涙也けり  0835:7813 舟岡の裾野のつかの數そへて昔の人に君をなしつる  0836:7814 非ぬよの別はげにぞ憂りける淺茅が原を見に附ても  0837:7815 後世をとへと契し言の葉や忘らるまじき形見なる覽  0838:7816 後れゐて涙にしづむ古郷を玉のかげにも哀とや見る  0839:7817 跡を訪道にや君は入ぬらむ苦しき死出の山へ懸らで  0840:7818 名殘さへ程なく過ば悲きに七日の數を重ねずもがな  0841:7819 跡しのぶ人にさへ又別るべき其日をかねて知る涙哉  0842:7820  跡の亊ども果てゝ散々になりにけるにしげのり  ながのりなど涙流して今日にさへ又と申しける  程に南面の櫻に鶯の鳴けるを閲きて詠みける 櫻花ちり%\になる木のもとに名殘ををしむ鶯の聲  0843:7821  かへし                少將ながのり 散花は又來む春も咲きぬべし別はいつか廻り逢べき  0844:7822  同日くれけるまゝに雨のかきくらし降りければ 哀知る空も心のありければ涙に雨をそふるなりけり  0845:7823  かへし                院少納言局 哀しる空にはあらじ侘人の涙ぞ今日は雨とふるらむ  0846:7824  行ちりて又の朝遣しける 今朝はいかに思の色の増る覽昨日にさへも又別れつゝ  0847:7825  かへし                少將ながのり 君にさへ立別つゝ今日よりぞ慰む方はげに無りける  0848:7826  兄の入道想空はかなくなりけるをとはざりけれ  ばいひ遣しける                寂然 とへかしな別の袖に露しげき蓬がもとの心ぼそさを  0849:7827 待わびぬ後れ先だつ哀をも君ならでさは誰か問べき  0850:7828 別にし人の二たび跡を見ば恨みやせましとはぬ心を  0851:7829 いかゞせむ跡の哀はとはず共別れし人の行方尋ねよ  0852:7830 中々にとはぬは深き方もあらむ心淺くも恨みつる哉  0853:7831  かへし 分入て蓬が露をこぼさじと思ふも人をとふに非ずや  0854:7832 よそに思ふ別ならねば誰をかは身より外には訪べかりける  0855:7833 隔てなき法の言葉にたよりえて蓮の露に哀かくらむ  0856:7834 なき人を忍ぶ思の慰まば跡をも千度とひこそはせめ  0857:7835 御法をば詞無れどとくと聞けば深き哀は云で社思へ  0858:7836  これは具して遣しける 露深き野べになりゆく故郷は思遣るにも袖萎れけり  0859:7837  無常の歌あまた詠みける中に 孰くにか眠り/\て倒れふさむと思ふ悲き道芝の露  0860:7838 驚かむと思心のあらばやは長きねぶりの夢も覺べく  0861:7839 風荒き磯にかゝれる蜑人は繋がぬ舟の心ちこそすれ  0862:7840 大波に引れ出たる心ちして助け舟なき沖にゆらるゝ  0863:7841 なき跡を誰と知らねど鳥部山おの/\凄き塚の夕暮  0864:7842 波高き世をこぎ/\て人はみな舟岡山を泊にぞする  0865:7843 死にてふさむ苔の筵を思ふより兼て知るゝ岩陰の露  0866:7844 露と消えば蓮臺野に送りおけねがふ心を名に顯さむ  0867:7845  那智に籠りて瀧に入堂し侍りけるに此の上に一  二の瀧おはしますそれへまゐるなりと申す住僧  の侍りけるに具して參りけり花や咲きぬらむと  尋ねまほしかりける折ふしにて便ある心ちして  分けまゐりたり二の瀧のもとへ參りつきたり如  意輪の瀧となむ申すと聞きて拜みければまこと  にすこし打ち傾ぶきたるやうに流れくだりてた  ふとく覺えけり花山院の御庵室の跡の侍りける  前に年ふりたる櫻の木の侍りけるを見てすみか  とすればとよませ給ひけむと思ひ出でられて 木の本に住けむ跡を見つる哉那智の高嶺の花を尋て  0868:7846  同じ行に侍りける上人月の頃天王寺にこもりた  りと聞きていひ遣しける 最どいかに西に傾ぶく月影を常よりもげに君慕らむ  0869:7847  堀河の局仁和寺に住み侍りけるに參るべきよし  申したりけれどもまぎることありて程經にけり  月の頃前を過ぎけるを聞きていひ送られける 西へ行く知べと頼む月影の空頼め社かひなかりけれ  0870:7848  かへし さしいらで雲路をよきし月影は待ぬ心や空にみえけむ  0871:7849  寂超入道談議すと聞きて遣しける 弘むらむ法には逢ぬ身也共名を聞數に入ざらめやは  0872:7850  かへし 傳へきく流なりとも法の水汲人からや深くなるらむ  0873:7851  さだのぶ入道觀音寺に堂つくりに結縁すべきよ  し申し遣すとて                觀音寺入道生光 寺つくるこの我谷につちうめよ君計こそ山も崩さめ  0874:7852  かへし 山崩す其ちからねは難くとも心工みをそへ社はせめ  0875:7853  阿闍梨勝命千人あつめて法華經結縁せさせける  にまゐりて又の日遣しける 連りし昔に露もかはらじと思ひ知られし法の庭かな  0876:7854  人にかはりてこれも遣しける 古へにもれけむ亊の悲しさは昨日の庭に心ゆきにき  0877:7855  六波羅太政入道持經者千人あつめて津の國和田  と申す所にて供養侍りけるやがて其ついでに萬  燈會しけり夜更くるまゝに灯の消えけるをおの  /\ともしつぎけるを見て 消ぬべき法の光の燈火を挑ぐる和田のみさき也けり  0878:7856  天王寺へまゐりて龜井の水を見てよめる 淺からぬ契の程ぞくまれぬる龜井の水に影映しつゝ  0879:7857  心ざす亊ありて扇を佛に進らせけるに新院より  給ひけるに女房承りてつゝみ紙に書きつけられ  ける ありがたき法に扇の風ならば心の塵を拂ふとぞ思ふ  0880:7858  御かへし奉りける 塵ばかり疑ふ心なからなむ法を仰ぎて頼むとならば  0881:7859  心性さだまらずと云ふことを題にて人々よみけ  るに 雲雀立荒野におふる姫百合の何につくともなき心哉  0882:7860  懺悔業障といふことを 惑つゝ過ける方の悔しさに泣々身をば今日は恨むる  0883:7861  遇教待龍花といふことを  レ 二 一 朝日まつ程は闇にて迷はまし有明の月の影無りせば  0884:7862  寄藤花述壞  二 一レ 西をまつ心に藤をかけてこそその紫の雲をおもはめ  0885:7863  見月思西といふことを  レ レ 山の端に隱るゝ月を詠むれば我も心の西に入るかな  0886:7864  曉念佛といふことを 夢覺むる鐘の響に打添へて十度の御名を唱へつる哉  0887:7865  易往無人の文を 西へ行く月をやよそに思らむ心に入らぬ人の爲には  0888:7866  人命不停速於山水の文の心を    レ レ二 一 山川の漲る水のおと聞けばせむる命ぞ思ひ知らるゝ  0889:7867  菩薩心論に乃至身命而不怪惜文を あだならぬ頓て悟に歸りけり人の爲にもすつる命は  0890:7868  疏文に心自悟心自證心 惑ひきて悟り得べくもなかりつる心を知るは心也鳬  0891:7869  觀心 闇はれて心の空にすむ月は西の山邊や近くなるらむ  0892:7870  序品 散りまがふ花の匂をさきだてゝ光を法の筵にぞしく  0893:7871 花の香を連なる軒に吹しめて悟れと風の散す也けり  0894:7872  方便品、深著於五欲の文を こりもせず浮世の闇に迷ふ哉身を思はぬは心也けり  0895:7873  譬喩品 法知らぬ人をぞげにはうしと見る三の車に心懸ねば  0896:7874  はかなくなりける人の跡に五十日のうちに一品  經供養しけるに、化城喩品 休むべき宿をば思へ中空の旅も何かは苦しかるべき  0897:7875  五百弟子品 自から清き心に磨かれて玉ときかくる法を知るかな  0898:7876  提婆品 是やさは年積る迄こりつめし法にあふごの薪なる覽  0899:7877 いかにして聞亊の斯易からむあだに思て得つる法かは  0900:7878 潔き玉を心に磨き出でゝいはけなき身に悟をぞ得し  0901:7879  觀持品 天雲のはるゝみ空の月影にうらみなぐさむ姨捨の山  XXXX:XXXX  〔此處古本有〕 いかにしてうらみしそでに宿りけむ出難く見しありあけの月  〔之一首〕  0902:7880  壽量品 鷲の山月をいりぬと見る人は暗きに迷ふ心なりけり  0903:7881 悟り得し心の月の顯れて鷲の高嶺にすむにぞ有ける  0904:7882  亡き人の跡に一品經供養しけるに壽量品を人に  代りて 雲はるゝ鷲の御山の月影を心すみてや君ながむらむ  0905:7883  一心欲見佛の文を人々よみけるに 鷲の山誰かは月を見ざるべき心に懸る雲しなければ  0906:7884  神力品於我滅度後の文を 行末の爲に留めぬ法ならば何か我身に頼みあらまし  0907:7885  普賢品 散敷きし花の匂の名殘多み立たまうかりし法の庭哉  0908:7886  心經 何亊も空しき法の心にて罪ある身とはつゆも思はず  0909:7887  無上菩薩の心をよみける 鷲の山上くらからぬ嶺なればあたりを拂ふ有明の月  0910:7888  和光同塵は結縁のはじめといふことを詠みける  に いかなれば塵に交りてます神に仕ふる人は清まはる覽  0911:7889  六道の歌よみけるに、地獄                  〔合字〕 罪人の濕る世もなく燃る火の薪とならむことぞ悲しき  0912:7890  餓鬼 朝夕の子を養ひにすと聞けばくに勝れても悲かる覽  0913:7891  畜生 神樂歌に草取飼ふは痛けれど猶其駒になる亊はうし  0914:7892  修羅 よしなしな爭ふ亊をたてにして怒をのみも結ぶ心は  0915:7893  人 有難き人になりけるかひありて悟求むる心あらなむ  0916:7894  天 雲の上の樂とてもかひぞなき偖しも頓て住し果ねば  0917:7895  心に思ひけることを 濁りたる心の水のすくなきに何かは月の影宿るべき  0918:7896 いかでわれ清く曇らぬ身となりて心の月の影を磨かむ  0919:7897 遁なく終に行べき道をさは知では如何過べかりける  0920:7898 愚なる心にのみや任すべき師となる亊もあるなる物を  0921:7899 野にたてる枝なき木にも劣り鳬後世知らぬ人の心は  0922:7900  五首述懷 身のうさを思知らでや已なまし背く習のなき世也せば  0923:7901 孰くにか身を隱さまし厭ても浮世に深き山無りせば  0924:7902 身のうさの隱れがにせむ山里は心有てぞ住可りける  0925:7903 あはれ知る涙の露ぞこぼれける草の庵をむすぶ契は  0926:7904 浮れ出る心は身にも叶ねばいか也とてもいかにかはせむ  0927:7905  高野より京なる人の許へいひ遣しける 住むことは所からぞと云ながら高野は物の哀なるべき  0928:7906  仁和寺の宮にて道心逐年深と云ふことをよま           レ  せ給ひけるに 淺く出し心の水や湛ふらむすみゆく儘に深くなる哉  0929:7907  閑中曉心といふことを同じ夜 嵐のみ時々窓に音づれて明けぬる空の名殘をぞ思ふ  0930:7908  殊の外にあれ寒かりけるころ宮法印高野にこも  らせ給ひて此ほどの寒さはいかゞするとて小袖  給はせたりける又の朝申しける 今宵こそ憐みあつき心ちして嵐の音をよそに聞きつれ  0931:7909  御嶽より笙の岩屋へまゐりたりけるにもらぬ岩  やもとありけむ折おもひ出でられて 露もらぬ岩屋も袖は濡鳬と聞ずばいかに怪からまし  0932:7910  小笹のとまりと申す所にて露のしげかりければ 分け來つるを笹の露にそぼちつゝほしぞ煩ふ墨染の袖  0933:7911  阿闍梨兼堅世を遁れて高野にすみ侍りけりあか  らさまに仁和寺に出でゝ歸りもまゐらぬことに  て憎綱になりぬと聞きていひ遣しける 袈裟の色やわか紫に染てける苔の袂を思ひかへして  0934:7912  秋頃風わづらひける人を訪ひたりける返り亊に 消ぬべき露の命も君がとふ言葉に社起き居られけれ  0935:7913  かへし 吹過る風しやみなば頼もしき秋の野もせの露の白玉  0936:7914  院の小侍從例ならぬこと大亊にふし沈みて年月  經にけりと聞きて訪ひにまかりたりけるにこの  程すこし宜しき由申して人にも聞かせぬ和琴の  手ひき鳴らしけるを聞きて 琴のねに涙を添て流す哉たえなましかばと思ふ哀に  0937:7915  かへし   〔合字〕 頼べきことも無身を今日迄も何に懸れる玉の緒ならむ  0938:7916  風わづらひて山寺へかへり入りけるに人々訪ひ  てよろしくなりなば又と申し侍りけるに各心ざ  しを思ひ知りて 定なし風煩はぬ折だにも又來むことを頼むべき世に  0939:7917 あだに散る木葉につけて思ふ哉風誘ふめる露の命を  0940:7918 我なくばこの里人や秋深き露を袂にかけてしのばむ  0941:7919 さま%\に哀おほかる別かな心を君が宿にとゞめて  0942:7920 歸れども人の情に慕はれて心は身にも添すなりぬる  かへしども有りける聞き及ばねば書かず  0943:7921  新院歌集めさせおはしますと聞きて常磐にため  たゞが歌の侍りけるを書き集めて進らせける大  原より見せに遣すとて                寂超長門入道 木の本に散言葉を掻く程に頓ても袖のそぼちぬる哉  0944:7922  かへし 年ふれど朽ちぬ常磐の言の葉をさぞ忍ぶらむ大原の里  0945:7923  寂超ためたゞが歌にわがうたかき具し又おとう  との寂然が歌などとりぐして新院へまゐらせけ  るを人とりつたへまゐらせけると聞きて兄に侍  りける想空がもとより 家の風傳ふ計はなけれ共などか散さぬなげの言の葉  0946:7924  かへし 家の風むねと吹べき木の本は今散なむと思ふ言の葉  0947:7925  新院百首の歌めしけるに奉るとて右大將きんよ  しのもとより見せに遣したりける返し申すとて 家の風吹傳へけるかひありてちる言の葉の珍しき哉  0948:7926  かへし 家の風吹傳ふ共和歌の浦にかひある言の葉にて社知れ  0949:7927  題しらず 木枯に木葉の落つる山里は涙さへこそ脆くなりけれ  0950:7928 嶺わたる嵐はげしき山里にそへてきこゆる瀧川の水  0951:7929 訪人も思絶えたる山里の寂しさなくば住憂からまし  0952:7930 曉の嵐にたぐふ鐘の音を心のそこにこたへてぞ聞く  0953:7931 待れつる入相の鐘の音す也明日もや有ば聞かむとすらむ  0954:7932 松風の音哀なる山里にさびしさそふるひぐらしの聲  0955:7933 谷の間に獨ぞ松は立てりける我のみ友はなきと思へば  0956:7934 入日さす山のあなたは知ね共心をぞ兼て送り置つる  0957:7935 何となく汲む度にすむ心かな岩井の水に影映しつゝ  0958:7936 水の音は寂しき庵の友なれや峰の嵐のたえま/\に  0959:7937 嵐ふく峯の木の間をわけ來つる谷の清水に宿る月影  0960:7938 鶉ふす刈田のひつぢ思ひ出でゝ仄に照す三日月の影  0961:7939 濁るべき岩井の水に非ね共汲まば宿れる月や騒がむ  0962:7940 獨すむ庵に月のさしこずば何か山べの友とならまし  0963:7941   〔合字〕 尋來てこととふ人もなき宿に木間の月の影ぞさし入る  0964:7942 柴の庵は住憂き亊もあらましを伴ふ月の影無りせば  0965:7943 影消ては山の月は洩りもこず谷は梢の雪と見えつゝ  0966:7944 雲に唯今宵の月を任せてむ厭ふとてしも晴れぬ物故  0967:7945 月を見る外もさこそは厭ふらめ雲唯こゝの空に漂へ  0968:7946                〔合字〕 晴間なく雲こそ空に滿にけれ月見ることは思斷えなむ  0969:7947 濡るれ共雨もる宿の嬉しきはいりこむ月を思也けり  0970:7948 分入りて誰かは人の尋ぬべき岩陰草のしげる山路を  0971:7949 山里は谷の筧のたえ%\に水こひ鳥の聲きこゆなり  0972:7950 番はねど映れる影を友として鴦すみけりな山川の水  0973:7951 連りて風に亂れてなく雁のしどろに聲の聞ゆなる哉  0974:7952 はれがたき山路の雲に埋れて苔の袂は霧朽ちにけり  0975:7953 つゞらはふは山は下も茂ければ住人にかにこ暗かる覽  0976:7954 熊のすむ苔の岩山恐ろしみうべ也けりな人も通はず  0977:7955 音もせで岩間たばしる霰こそ蓬の宿の友になりけれ  0978:7956 霰にぞ物めかしくは聞えける枯たる楢の柴の落葉は  0979:7957 柴圍ふ庵の内は旅立ちてすどほる風も止らざりけり  0980:7958 谷風は戸を吹あけて入るものを何と嵐の窓叩くらむ  0981:7959 春淺みすゞのま垣に風さえてまだ雪きえぬ信樂の里  0982:7960 みを淀む天の河岸波懸て月をば見るやさくさみの神  0983:7961 光をば曇らぬ月ぞ磨きける稻葉にかゝる朝日子の玉  0984:7962                 【柏】 磐余野の萩が絶間のひま/\に子の手拍の花咲に鳬  0985:7963 衣手にうつりし花の色なれや袖ほころぶる萩が花摺  0986:7964 を笹原葉末の露の玉に似てはしなき山を行心ちする  0987:7965 正木わる飛騨の工や出でぬらむ村雨すぎぬ笠取の山  0988:7966 河合やまきの裾山石たてる杣人にかに凉しかるらむ  0989:7967 杣くたすまくにが奧の河上にたつきうつベしこけさ浪よる  0990:7968 雪解るしみゝにしだく辛崎の道行きにくき足柄の山  0991:7969 ね渡しに印の竿や立てつ覽こびきまちつる越の中山  0992:7970 雲鳥やしこの山路は偖措てあふちが原の寂しからぬは  0993:7971 麓ゆく舟人いかに寒からむくま山だけをおろす嵐に  0994:7972 をり懸くる波の立かと見ゆる哉洲崎にきゐる鷺の村鳥  0995:7973 わづらはで月には夜も通ひけり隣へ傳ふあせの細道  0996:7974          【くらら2】 荒にける澤田のあぜにくら生ひて秋待べくも鳴渡哉  0997:7975 傳ひ來る筧をたえず任すれば山田は水も思はざり鳬  0998:7976 身にしみし荻の音には變れども柴ふく風も哀也けり  0999:7977 小芹つむ澤の氷のひまたえて春めきそむる櫻井の里  1000:7978 來る春は嶺の霞をさきだてゝ谷の筧を傳ふなりけり  1001:7979 春になる櫻の枝は何となく花なけれども睦まじき哉  1002:7980 空はるゝ雲なり鳬な吉野山花もて渡る風と見たれば  1003:7981 さらにまた霞にくるゝ山路かな花をたづぬる春の曙  1004:7982 雲も懸れ花とを春は見て過ぎむ孰の山もあだに思で  1005:7983 雲かゝる山とは我も思ひいでよ花故馴し睦び忘れず  1006:7984 山ふかみ霞こめたる柴の庵にことゝふものは谷の鶯  1007:7985 過ぎてゆく羽風懷し鶯のなづさひけりな梅の立枝を  1008:7986 鶯は田舎の谷の巣なれ共だみたる聲はなかぬ也けり  1009:7987 鶯の聲に悟を得べきかは聞く嬉しさもはかなかり鳬  1010:7988 山もなき海の面にたなびきて波の花にもまがふ白雲  1011:7989 同じくば月のをり咲け山櫻花見る折の絶間あらせじ  1012:7990 ふる畑のそばたつ木にを居る鳩の友呼聲の凄き夕暮  1013:7991 浪につきて磯わに在す荒神は鹽踏きねを待にや有覽  1014:7992 潮風に伊勢の濱荻ふせばまづ穗末に波の改むるかな  1015:7993 荒磯の波にそ馴てはふ松はみさごのゐるぞ便也ける  1016:7994 浦近みかれたる松の梢には波の音をや風は借るらむ  1017:7995 淡路島せとのなごろは高く共此潮わたに押渡らばや  1018:7996 潮路ゆくかこみのともろ心せよ又渦早きせと渡る也  1019:7997 磯にをる浪の嶮しく見ゆる哉沖になごろや高く行覽  1020:7998 覺束な膽吹おろしの風さきに淺妻舟はあひやしぬらむ  1021:7999              【に新編】 くれ舟に淺妻渡り今朝なよせそ膽吹の嶽に雪しまく也  1022:8000 近江路や野ぢの旅人急がなむ野洲が原とて遠からぬかは  1023:8001 錦をば生野へ越る唐櫃に收めて秋は行くにか有る覽  1024:8002 里人の大幤小幤立てなめてむなかた結ぶ野べに成鳬  1025:8003 いたけもるあまみが時に成に鳬えぞが千島を煙罩たり  1026:8004 武夫の鳴すすさびは夥しあけとのしさりかもの入くび  1027:8005 むつのくの奧床しくぞ思ほゆる壺の碑文そとの濱風  1028:8006 朝歸るかりゐうなこの村鳥は原のを萱に聲やしぬ覽  1029:8007 すがるふすこぐれが下の葛卷をふき裏返す秋の初風  1030:8008 諸聲にもりかきみかぞ聞ゆなる云合てや妻を戀らむ  1031:8009 菫さくよこ野の茅花生ぬれば思ひ/\に人通ふなり  1032:8010 紅の色なり乍ら蓼の穗の辛しや人のめにもたてぬは  1033:8011    【ま新編】 蓬生はさることなれや庭の面に烏扇のなぞ繁るらむ  1034:8012           【へ新編】 刈殘すみつの眞菰に隱ろひて影もちがほに鳴蛙かな  1035:8013 柳はら河風ふかぬ影ならば暑くや蝉の聲にならまし  1036:8014 楸生ひて凉めとなれる蔭なれや波打岸に風渡りつゝ  1037:8015 月の爲みさびすゑじと思ひしに緑にもしく池の浮草  1038:8016 思亊みあれのしめに引鈴の協はずばよも成じとぞ思ふ  1039:8017 み熊野の濱木綿生ふる浦さでて人並々に年ぞ重なる  1040:8018 石上ふるき栖へ分け入れば庭の淺茅に露ぞこぼるゝ  1041:8019 遠くさすひたの面にひく潮は沈む心ぞ悲しかりける  1042:8020 ませにさく花に睦れて飛ぶ蝶の羨しきも儚かりけり  1043:8021 移り行色をば知らず言葉の名さへあだなる露草の花  1044:8022 風吹けばあだに成ゆく芭蕉葉のあればと身をも頼べきよか  1045:8023 古郷の蓬は宿のなになれば荒行く庭にまづ繁るらむ  1046:8024 故郷は見しよにもなくあせに鳬孰ち音の人行にけむ  1047:8025 しぐれかは山廻りする心哉いつ迄とのみ打萎れつゝ  1048:8026 はら/\と落る涙ぞ哀なるたまらず物の悲かるべし  1049:8027 何となく芹と聞くこそ哀なれ摘けむ人の心知られて  1050:8028 山人よ古野のおくに知べせよ花も尋ねむまた思あり  1051:8029 侘人の涙に似たる櫻かな風身にしめば先こぼれつゝ  1052:8030 吉野山頓て出でじと思ふ身を花散なばと人や侍らむ  1053:8031 人も來ず心もちらで山里は花を見るにも便ありけり  1054:8032 風の音に物思ふ我が色そめて身にしみ渡る秋の夕暮  1055:8033 我なれや風を煩ふ篠竹はおきふしものゝ心ぼそくて  1056:8034 來むよにも斯る月をし見るべくは命を惜む人なからまし  1057:8035 此世にて眺めなれぬる月なれば迷はむ闇も照さゞらめや  1058:8036  八月つきの頃夜ふけて北白川へまかりけるよし  ある樣なる家の侍りけるに琴の音のしければ立  ちとまりて聞きけり折哀に秋風樂としかくなり  けり庭を見入れければ淺茅の露に月のやどれる  けしき哀なり垣にそひたる荻の風身にしむらむ  と覺えて申し入れてとほりけり 秋風の殊に身にしむ今宵哉月さへすめる宿の景色に  1059:8037  泉のぬしかくれて跡傳へたる人の許にまかりて  泉に向ひてふるきを思ふといふことを人々よみ  けるに すむ人の心くまるゝ泉かな昔をいかに思ひ出づらむ  1060:8038  友にあひて昔を戀ふるといふことを 今よりは昔語は心せむあやしきまでに袖しをれけり  1061:8039  秋の末に寂然高野にまゐりて暮の秋によせて懷  を述べけるに 馴來にし都も疎くなり果てゝ悲しさ添ふる秋の暮哉  1062:8040  あひ知りたりける人のみちのくにへまかりける  に別の歌よむとて 君いなば月侍つとても詠やらむ吾妻の方の夕暮の空  1063:8041  大原に良暹が住みける所に人々まりて述壞の歌  よみてつま戸に書きつけゝる 大原やまだ炭竈も習はずと云けむ人を今あらせばや  1064:8042  大覺寺の瀧殿の石ども閑院にうつされて跡もな  くなりたりと聞きて見にまかりけるに赤染がい  まにかゝりとよみけむ折思ひ出られて哀と覺え  ければ詠みける 今だにもかゝりと云し瀧つ瀬の其折までは昔也けり  1065:8043  深夜水聲といふことを高野にて人々よみけるに 紛】 ■れつる窓の嵐の聲とめて更くると告ぐる水の音哉  1066:8044  竹風驚夢    レ 玉みがく露ぞ枕に散りかゝる夢おどろかす竹の嵐に  1067:8045  山寺の夕暮といふことを人々よみ侍りけるに 峯おろす松の嵐のおとに又ひゞきを添ふる入相の鐘  1068:8046  夕暮山路 夕されや檜原の嶺を越行けばすごく聞ゆる山鳩の聲  1069:8047  海邊重旅宿といへることを    二 一 波近き磯の松が根枕にてうら悲しきは今宵のみかは  1070:8048  俊惠天王寺にこもり人々ぐして住吉にまゐり  て歌よみけるに具して 住吉の松が根あらふ波の音を梢にかくる沖つしら浪  1071:8049  寂然高野に詣でゝ立ち歸りて大原より遣しける 隔てこしその年月もあるものを名殘多かる嶺の朝霧  1072:8050  かへし 慕はれし名殘をこそは眺めつれ立歸りにし嶺の朝霧  1073:8051  常よりも道たどらるゝ程に雪深かりける頃高野  へまゐると聞きて中宮大夫の許よりいつか都へ  は出づべきかゝる雪にはいかにと申したりけれ  ば返り亊に 雪わけて深き山路に籠りなば年返りてや君に逢べき  1074:8052  かへし                時忠卿 分てゆく山路の雪は深く共とく立歸れ年にたぐへて  1075:8053  山ごもりして侍りけるに年をこめて春になりぬ  と聞けるからに霞わたりて山河の音日頃にも似  ず聞えければ 霞めども年の内とは分かぬまに春を告なる山川の水  1076:8054  年の内に春立ちて雨の降りければ 春としも猶思はれぬ心かな雨ふる年の心ちのみして  1077:8055  野に人あまた侍りけるを何する人ぞと聞きけれ  ば菜つむものなりと答へけるに年のうちに立ち  かはる春のしるしの若菜かさはと思ひて 年ははや月並かけて越に鳬宜摘けらしゑぐのわか立  1078:8056  春立つ日よみける 何となく春に成ぬときく日より心に懸るみ吉野の山  1079:8057  正月元日雨ふりけるに いつしかも初春雨ぞ降にける野べの若菜も生やしぬ覽  1080:8058  山深くすみ侍りけるに春立ちぬと聞きて 山路こそ雪の下水とけざらめ都の空は春めきぬらむ  1081:8059  深山不知春といふことを    レレ 雪わけてとやまが谷の鶯は麓のさとに春やつぐらむ  1082:8060  嵯峨にまかりたりけるに雪ふかゝりけるを見お  きて出でしことなど申し遣すとて 覺束な春の日數のふる儘に嵯峨野の雪は消やしぬ覽  1083:8061  かへし                靜忍法師 立歸り君やとひくと待程にまだ消やらず野べの泡雪  1084:8062  鳴き絶えたりける鶯の住み侍りける谷に聲のし  ければ 思ひ出でゝ古巣に歸る鶯は旅の塒や住みうかるらむ  1085:8063  春の月あかゝりけるに花まだしき櫻の枝を風の  ゆるがしけるを見て 月見れば風に櫻の枝なべて花かと告る心ちこそすれ  1086:8064  國々廻りまはりて春歸りて吉野の方へまからむ  としけるに人の此の程はいづくにか跡とむべき  と申しければ 花を見し昔の心改めて吉野のさとに住まむとぞ思ふ  1087:8065  みやたてと申しけるはした物の年高くなりて樣  かへなどしてゆかりにつきて吉野に住み侍りけ  り思ひかけぬやうなれども供養をのべむ料にと  てくだ物を高野の御山へ遣したりけるに花と申  すくだ物侍りけるを見て申し遣しける をり櫃に花の菓物積て鳬吉野の人のみやたてにして  1088:8066  かへし                みやたて 心ざし深く運べるみやたてを悟開けむ花にたぐへて  1089:8067  櫻に並びて立てりける柳に花に散りかゝりける  を見て 吹き亂る風に靡くと見し程は花ぞむすべる青柳の糸  1090:8068  寂然紅葉のさかりに高野に詣でゝ出でにける又  の年の花のをりに申し遣しける 紅葉見し高野の嶺の花盛頼めし人の待たるゝやなぞ  1091:8069  かへし                寂然 共に見し嶺の紅葉のかひなれや花の折にも思出ける  1092:8070  夏態野へ參りけるに岩田と申す所に凉みて下向  しける人につけて京へ同じ行に侍りける上人の  許へ遣しける 松が根の岩田の岸の夕凉み君があれなと思ほゆる哉  1093:8071  葛城を尋ね侍りける折にもあらぬ紅葉の見えけ  るを何ぞと問ひければ正木なりと申すを聞きて 葛城や正木のいろは秋に似てよその梢の緑なるかな  1094:8072  天王寺へまゐりたりけるに松に鷺の居たりける  を月のひかりに見て 庭よりも鷺ゐる松の梢にぞ雪はつもれる夏の夜の月  1095:8073  高野より出でたりけると覺堅阿闍梨きかぬさま  なりければ菊を遣すとて 汲てなど心通はゞとはざらむいでたる物を菊の下水  1096:8074  かへし 谷深く住むかと思ひてとはぬまに恨を結ぶ菊の下水  1097:8075  旅にまかりけるに入相を聞きて 思へ唯暮ぬと聞きし鐘の音は都にてだに悲しき物を  1098:8076  秋遠く修行し侍りける程にほど經ける所より侍  從大納言成道のもとへ遣しける 嵐ふく峯の木の葉に伴ひて孰ちうかるゝ心なるらむ  1099:8077  かへし 何となく落る木葉も吹風に散行方は知られやはせぬ  1100:8078  宮の法印高野にこもらせ給ひておぼろげにては  出でじと思ふに修行せまほしき由語らせ給ひけ  り千日はてゝ御嶽に參らせ給ひていひ遣はしけ  る あくがれし心を道の知べにて雲に伴ふ身とぞ成ぬる  1101:8079  かへし 山端に月澄むまじと知られにき心の空になると見しより  1102:8080  年頃申しなれたりける人に遠く修行する由申し  て罷りたりける名殘多くて立ちけるに紅葉のし  たりけるを見せまほしくて侍ひつるかひなくい  かにと申しければ木の本に立よりて詠みける 心をば深き紅葉の色に染て別て行くやちるになる覽  1103:8081  駿河の國久能の山寺にて月を見てよみける 涙のみ掻昏さるゝ旅なれやさやかに見よと月はすめ共  1104:8082  題知らず 身にもしみ物荒げなる氣色さへ哀をせむる風の音哉  1105:8083 いかでかは音に心のすまざらむ草木も靡く嵐也けり  1106:8084 松風はいつも常磐に身にしめどわきて寂き夕暮の空  1107:8085  遠く修行に思ひ立ち侍りけるに遠行別といふこ  とを人々まできてよみ侍りしに 程ふれば同じ都の内だにも覺束なさは問まほしきに  1108:8086  年久しく相頼みたりける同行にはなれて遠く修  行して歸らずもやと思ひけるに何となく哀にて  詠みける 定なし幾年君になれ/\て別を今日は思ふなるらむ  1109:8087  年頃きゝわたりける人に初めて對面申して歸る  朝に 別る共馴るゝ思を重ねまし過にし方の今宵なりせば  1110:8088  修行して伊勢にまかりたりけるに月の頃都思ひ  出でられて詠みける 都にも旅なる月の影をこそ同じ雲居の空に見るらめ  1111:8089  そのかみ心ざし仕うまつりけるならひに世を遁  れて後も賀茂に參りけり年高くなりて四國の方  修行しけるに又歸り參らぬ亊もやとて仁和二年  十月十日の夜參りて幤まゐらせけり内へもまゐ  らぬ亊なればたなうの社に取りつぎて參らせ給  へとて心ざしけるに木の間の月ほの%\と常よ  りも神さび哀に覺えて詠みける 畏まるしでに涙のかゝるかな又いつかはと思ふ心に  1112:8090  播磨の書冩へまゐるとて野中の清水を見ける亊  ひとむかしになりける年へて後修行すとて通り  けるに同じさまにて變らざりければ 昔見し野中の清水變らねば我が影をもや思出づらむ  1113:8091  天王寺へまゐりけるに交野など申すわたり過ぎ  て見はるかされたる所の侍りけるを問ひければ  天の川と申すを聞きて宿からむといひけむこと  思ひ出されて詠みける あくがれし天の河原と聞からに昔の波の袖に懸れる  1114:8092  四國のかたへ具してまかりたりける同行の都へ  歸りけるに 歸りゆく人の心を思ふにも離れがたきは都なりけり  1115:8093  ひとり見おきて歸りまかりなむずるこそ哀にい  つか都へはかへるべきなど申しければ 柴の庵の暫し都へ歸らじと思はむだにも哀なるべし  1116:8094  旅の歌よみけるに 草枕たびなるそでに置く露を都の人や夢に見るらむ  1117:8095 聞えつる都隔つる山さへに果は霞に消えにけるかな  1118:8096 わたの原遙に波を隔て來て都にいでし月を見るかな  1119:8097 わたの原波にも月は隱れけり都の山を何いとひけむ  1120:8098  西の國のかたへ修行してまかり侍るとてみつ野  と申す所に具しならひたる同行の侍りけるに親  しきものゝ例ならぬこと侍るとて具せざりけれ  ば 山城のみつのみ草に繋がれて駒物憂げに見ゆる旅哉  1121:8099  大峯のしんせんと申す所にて月を見て詠みける 深き山に澄ける月を見ざりせば思出もなき我身ならまし  1122:8100 嶺の上も同じ月こそ照すらめ所からなる哀なるべし  1123:8101     〔こ原作〕 月すめば谷にそ雲は沈むめる嶺吹拂ふ風に敷れて  1124:8102  をばすての嶺と申す所の見渡されて思ひなしに  や月ことに見えければ 姨捨は信濃ならねど孰くにも月澄嶺の名に社有けれ  1125:8103  小池と申すすくにて いかゞして梢の隙を求めえて小池に今宵月の澄らむ  1126:8104  笹のすくにて 庵さす草の枕にともなひてさゝの露にも宿る月かな  1127:8105  へいちと申すすくにて月を見けるに梢の露の袂  にかゝりければ 木末なる月も哀を思ふべし光にぐして霧のこぼるゝ  1128:8106  あづまやと申す所にて時雨の後月を見て 神無月時雨はるれば東屋の嶺にぞ月はむねと澄ける  1129:8107 神無月谷にぞ雲はしぐるめる月すむ嶺は秋に變らで  1130:8108  ふるやと申すすくにて 神無月時雨ふるやにすむ月は曇らぬ影も頼まれぬ或  1131:8109 〔行??正ナリ〕  平等院の名かゝれたる卒塔婆に紅葉の散り  かゝりけるを見て花より外のとありけむ人ぞか  しとあはれに覺えて詠みける 哀とも花見し嶺に名を止て紅葉ぞ今日は共に散ける  1132:8110  ちぐさの嶽にて 分てゆく色のみならず梢さへちくさの嶽は心そみ鳬  1133:8111  ありの門渡と申す所にて さゝふかみきりこすくきを朝立て靡き煩ふ蟻の門渡  1134:8112  行者かへり稚兒のとまりにつゞきたるすくなり  春の山伏はびやうぶだてと申す所をたひらかに  すぎむことをかたく思ひて行者ちごのとまりに  ても思ひ煩ふなるべし 屏風にや心を立て思ひけむ行者は歸りちごは止りぬ  1135:8113  三重の瀧をがみけるにことにたふとく覺えて三  業の罪もすゝがるゝ心ちしければ 身に積る詞の罪も洗はれて心すみぬる三かさねの瀧  1136:8114  轉法輪の嶽と申す所にて釋迦の説法の座の石と  申す所を拜みて 爰こそは法説れたる所よときく悟をもえつる今日哉  1137:8115  修行して遠くまかりけるをり人の思ひ隔てたる  やうなることの侍りければ 好さらば幾重ともなく山越て頓ても人に隔てられなむ  1138:8116  思はずなる亊思ひたつよし聞えける人のもとへ  高野よりいひ遣しける              〔合字〕 栞せでなほ山深く分入らむうきこときかぬ所ありやと  1139:8117  志ほ湯にまかりたりけるに具したりける人九月  晦日にさきへ上りければ遣しける人にかはりて 秋はくれ君は都へかへりなば哀なるべき旅の空かな  1140:8118  かへし                大宮の女房加賀 君を置て立出る空の露けさは秋さへ暮る旅の悲しさ  1141:8119  鹽湯いでゝ京へ歸りまうで來て古御の花霜がれ  にける哀なりけり急ぎ歸りし人のもとへ又かは  りて 露おきし庭の小萩も枯にけり孰ち都に秋とまるらむ  1142:8120  かへし                おなじ人 慕ふ秋は露も止らぬ都へとなどて急ぎし舟出なる覽  1143:8121  みちのくにへ修行してまかりけるに白川の關に  とまりて所からにや常よりも月おもしろく哀に  て能因が秋風ぞふくと申しけむ折いつなりけむ  と思ひ出でられて名殘おほく覺えければ關屋の  柱に書きつけゝる 白河の關屋を月のもる影は人の心をとむるなりけり  1144:8122  さきにいりてしのぶと申すわたりあらぬよのこ  とに覺えて哀なり都出でし日數思ひつゞけゝれ  ば霞と共にと侍ることの跡たどるまで來にける  心ひとつに思ひ知られて詠みける 都出でゝ逢坂こえしをりまでは心かすめし白河の關  1145:8123  武隈の松は昔になりたりけれども跡をだにとて  見にまかりて詠みける 枯にける松なき宿の武隈はみきと云てもかひ無らまし  1146:8124  ふりたる棚橋を紅葉のうづみたりけるわたりに  くゝてやすらはれて人に尋ねければおもはくの  はしと申すはこれなりと申しけるを聞きて ふまゝうき紅葉の錦散敷て人も通はぬおもはくの橋  信夫の里よりおくに二日ばかりいりてあり  1147:8125  下野の國にて柴の煙を見て詠みける 都近き小野大原をおもひいづる柴の煙の哀なるかな  1148:8126  名取河を渡りけるに岸の紅葉の影を見て 名取川岸の紅葉のうつる影は同じ錦を底にさへ敷く  1149:8127  十月十二日平泉にまかりつきたりけるに雪ふり  嵐はげしく殊の外にあれたりけりいつしか衣河  見まほしくてまかりむかひて見けり河の岸につ  きて衣河の城志まはしたる亊がらやうかはりて  物を見る心ちしけり汀こほりてとり分きさびけ  れば 取分きて心もしみて冴ぞ渡る衣河見にきたる今日しも  1150:8128  又の年の三月に出羽の國にこえてたきの山と申  す山寺に侍りける櫻の常よりも薄紅の色こき花  にて並み立てりけるを寺の人々も見興じければ たぐひなき思ひいではの櫻かな薄紅の花のにほひは  1151:8129  同じ旅にて 風あらき柴の庵は常よりも寢覺ぞ物は悲しかりける  1152:8130  明石に人を待ちて日數へにけるに 何となく都の方ときく空は睦しくてぞ詠められける  1153:8131  新院讚岐におはしましけるに便につけて女房の  許より 水莖のかき流すべき方ぞなき心の中は汲て知らなむ  1154:8132  かへし 程遠みかよふ心のゆくばかり猶かきながせ水莖の跡  1155:8133  又女房遣しける 最どしく憂きに附ても頼む哉契りし道の知べ違ふな  1156:8134 斯りける涙に沈む身のうさを君ならで又誰か浮べむ  1157:8135  かへし 頼むらむ知べもいさや一つ世の別にだにも迷ふ心は  XXXX:XXXX  〔此處古本有〕 流れ出づるなみだに今日はしづむともうかばむ末を猶思はなむ  〔之一首〕  1158:8136  遠く修行することありけるに菩薩院の前齋宮に  まゐりたりけるに人々別の歌つかうまつりける  に                     〔原脱は〕 さりともと猶逢亊を頼む哉死出の山路を越ぬ別は  1159:8137  同じ折坪の櫻の散りにけるを見てかくなむ覺え  侍ると申しける この春は君に別の惜しき哉花の行方は思ひわすれて  1160:8138  かへしせよと承りて扇に書きてさし出でける                女房六角局 君かいなむ形見にすべき櫻さへ名殘有せず風誘ふ也  1161:8139  西國へ修行してまかりける折小島と申す所に八  幡のいはゝれ給ひたりけるにこもりたりけり年  へて又その社を見けるに松どものふる木になり  たりけるを見て 昔見し松は老木に成にけり我年へたる程も知られて  1162:8140  山里にまかりて侍りけるに竹の風の荻にまがひ  て聞えければ 竹の音も荻吹く風の少きに加へて聞けば優しかり鳬  1163:8141  世をのがれて嵯峨に住みける人の許にまかりて  後世のこと怠らず勤むべきよし申して歸りける  に竹の柱を立てたりけるを見て よゝふ共竹の柱の一筋に立てたる節は變らざらなむ  1164:8142  題しらず 哀たゞ草の庵の寂しきは風よりほかにとふ人ぞなき  1165:8143 哀也より/\知らぬ野の末にかせきを友に馴る栖は  1166:8144  高野にこもりたる人を京より何亊か又いつか出  づべきと申したるよし聞きてその人に代りて 山水のいつ出べしと思はねば心細くて住むやと知ずや  1167:8145  松の絶間より僅に月のかげろひて見えけるを見  て 影うすみ松の絶間をもりきつゝ心細くや三日月の空  1168:8146  松の木の間より僅に月のかげろひけるを見て〔廿字衍*〕  月をいたゞきて道を行くといふ亊を くみてこそ心すむらめ賤の女が頂く水にやどる月影  1169:8147  木蔭の納凉といふことを人々よみけるに 今日も又松の風吹岡へゆかむ昨日凉みし友に逢やと  1170:8148  入日の影かくれけるまゝに月の窓にさし入りけ  れば さしきつる窓の入日を改めて光をかふる夕月夜かな  1171:8149  月蝕を題にて歌よみけるに 忌むと云て影に當らぬ今宵しもわれて月見る名や立ぬ覽  1172:8150  寂然入道大原に住みけるに遣しける 大原は比良の高嶺の近ければ雪降る程を思ひ社やれ  1173:8151  かへし 思へ唯都にてだに袖さえし比良の高嶺の雪の景色は  1174:8152  高野の奧の院の橋の上にて月あかゝりければも  ろともに眺めあかしてその頃西住上人京へ出で  にけり其の夜の月忘れがたくて又同じ橋の月の  頃西住上人の許へいひ遣しける 亊となく君戀ひ渡る橋の上に爭ふものは月の影のみ  1175:8153  かへし                西住上人 思ひやる心は見えで橋の上に爭ひけりな月の影のみ  1176:8154  忍西入道西山の麓に住みけるに秋の花いかに面  白からむとゆかしうと申し遣しける返り亊にい  ろ/\の花を折りあつめて 鹿の音や心ならねば止る覽さらでは野べを皆見する哉  1177:8155  かへし 鹿の立野べの錦の切り端は殘り多かる心ちこそすれ  1178:8156  人あまたして一人に隱してあらぬやうにいひな  しけることの侍りけるを聞きて詠める 一筋に爭で杣木のそろひけむ僞りつくる心たくみに  1179:8157  陰陽頭に侍りけるものにある所のはした物もの  申しけりいと思ふやうにもなかりければ六月晦  日に遣しけるに代りて 我が爲につらき心を六月の手づから頓て祓すてなむ  1180:8158  ゆかりありける人の新院の勘當なりけるを許し  給ふべきよし申し入れたりける御返亊に 最上川綱手ひくとも稻舟のしばしが程は碇おろさむ  1181:8159  御返り亊奉りけり 強くひく綱手と見せよ最上川その稻舟の碇をさめて  かく申したりければ許し給ひてけり  1182:8160  屏風の繪を人々よみけるに海のきはに幼き賤し  きものゝある所を 磯菜つむ海士の早少女心せよ沖ふく風に波高くなる  1183:8161  同じ繪にとまの内に人の寢驚きたる所に 磯による浪に心のあらはれて寢覺勝なる苫屋形かな  1184:8162  庚申の夜串配りて歌よみけるに古今後撰拾遺こ  れを梅櫻山吹によせたる題をとりて詠みける  古今、梅によす 紅の色こき梅を折る人の袖には深き香やとまるらむ  1185:8163  後撰、櫻によす 春風のふきおこせむに櫻花となり苦しくぬしや思はむ  1186:8164  拾遺、山吹によす 山吹の花咲井出の里こそはやしうゐたりと思ざらなむ  1187:8165  祝 隙もなく降りくる雨の脚よりも數限なき君が御代哉  1188:8166 千代ふべき物を宛ら集むとも君が齡を知らむ物かは  1189:8167 苔埋むゆるがぬ岩の深き根は君が千歳を固めたるべし  1190:8168 群立て雲居にたづの聲すなり君が千歳や空に見ゆ覽  1191:8169 澤べより巣だち始むる鶴の子は松の技にや移そむ覽  1192:8170        【衍字】 大海の潮干て山に成なる迄に君は變らぬ君にましませ  1193:8171 君が代の例に何を思はまし變らぬ松の色なかりせば  1194:8172 君が代は天つ空なる星なれや數も知られぬ心ちのみして  1195:8173 光さす三笠のやまの朝日こそげに萬代の例なりけれ  1196:8174 萬代のためしにひかむ龜山の裾野の原に茂る小松を  1197:8175 數かくる波に下枝の色染て神さびまさる住の江の松  1198:8176 若葉さすひら野の松は戻に又枝に八千代の數をそふらむ  1199:8177 竹の色も若が緑に染られて幾代ともなく久しかるべし  1200:8178  うまごまうけて悦びける人のもとへいひ遣し  ける 千代ふべき二葉の松の生先を見る人いかに嬉かる覽  1201:8179  五葉の下に二葉なる小松どもの侍りけるを子日  にあたりける日をりびつに引きそへて遣すとて 君が爲ごえふの子日しつる哉度々千代をふべき印に  1202:8180  たゞの松ひきそへて此の松の思ふ亊申すべくな  むとて 子日する野べの我こそ主なるを御用なしとて引人のなき  1203:8181  世につかへぬべきやうなるゆかりあまたありけ  る人のさもなかりける亊を思ひて清水に年越に  こもりたりけるに遣しける 此の春は枝々毎に榮ゆべし枯たる木だに花は咲くめり  1204:8182  これも具して あはれびの深き誓に頼もしき清き流の底くまれつゝ  1205:8183  八條院の宮と申しけるをり白河殿にて蟲合せら  れけるに〔人にイ有〕かはりて蟲入れてとり出しける物に  水に月のうつりたるよしをつくりて其の心を詠  みける 行末の名にや流れむ常よりも月すみわたる白川の水  1206:8184  内〔二條院〕に貝合せむとせさせ給ひけるに人に代りて 風たゝで波を治むる浦々に小貝をむれて拾ふ也けり  1207:8185 灘波潟潮干に群て出でたゝむ白洲の崎の小貝拾ひに  1208:8186 風ふけば花さく波のをるたびに櫻貝よる三島江の浦  1209:8187 波洗ふころもの浦の袖貝を汀に風のたゝみおくかな  1210:8188 波かくる吹上の濱の簾埀貝風もぞおろす磯に拾はむ  1211:8189 汐染むるますほの小貝拾ふとて色の濱とは云にや有覽  1212:8190 波寄する竹の泊のすゞめ貝嬉しき世にも逢にける哉  1213:8191 波よする白良の濱のからす貝拾ひ易くも思ほゆる哉  1214:8192 かひありな君が御袖に蔽はれて心に合ぬ亊しなき世は  1215:8193  入道寂然大原に住侍りけるに高野より遣しける 山深みさこそあらめと聞えつゝ音哀れなる谷川の水  1216:8194 山深み槇の葉わくる月影は烈しき物のすごき也けり  1217:8195 山深み窓の徒然とふ物は色つきそむるはじの立枝ぞ  1218:8196 山深み苔の筵のうへに居て何心なく鳴くましらかな  1219:8197 山深み岩に摘る水とめむかつ/\おつる橡拾ふほど  1220:8198 山深みけ近き鳥のおとはせで物恐しきふくろふの聲  1221:8199 山深みこぐらき嶺の梢よりもの/\しくも渡る嵐か  1222:8200 山深みほたきるなりと聞えつゝ所にぎはふ斧の音哉  1223:8201 山深みいりて見と見る物は皆哀催すけしきなるかな  1224:8202 山深み馴るかせきのけ近さに世に遠かる程ぞ知らるゝ  1225:8203  かへし                寂然 哀さはかうやと君も思ひ知れ秋くれがたの大原の里  1226:8204 獨り住む朧の清水ともとては月をぞすます大原の里  1227:8205 炭がまのたなびく煙ひとすぢに心ぼそきは大原の里  1228:8206 何となく露ぞこぼるゝ秋の田のひた引鳴す大原の里  1229:8207 水の音は枕に落つる心ちして寢覺がちなる大原の里  1230:8208 あだに吹く草の庵のあはれより袖に露おく大原の里  1231:8209 山風に峯のさゝ栗はら/\と庭におちしく大原の里  1232:8210 丈夫が爪木にあけびさし添て暮るれば歸る大原の里  1233:8211 葎はふ門は木の葉に埋もれて人もさし來ぬ大原の里  1234:8212 諸ともに秋も山路も深ければしかぞ悲しき大原の里  1235:8213  神樂に星を ふけて出るみ山も峯の明星は月待えたる心ち社すれ  1236:8214  承和元年六月一日院熊野へまゐらせ給ひけるつ  にでに住吉に御幸ありけり修行しめぐりて三日  の社に詣でたりけるに住の江あたらしくしたて  たりけるを見て後三條院の御幸神も思ひいで給  ふらむと覺えて詠める 絶たりし君が御幸を待ちつけて神いか計嬉しかる覽  1237:8215  松の下技を洗ひけむ浪古にかはらずやと覺えて 古への松の下枝を洗ひけむ波を心にかけてこそ見れ  1238:8216  齋院おはしまさぬ頃にて祭のかへさもなかりけ  れば紫野をとほるとて 紫の色なき頃の野べなれや片まつりにてかけぬ葵は  1239:8217  北まつりの頃賀茂に參りたりけるにをり嬉しく  て待たるゝ程に使參りたりはし殿につきてつい            〔合字〕  ふし拜まるゝまではさることにて舞人のけしきふ  るまひ見し世の亊とも覺えず東遊に琴うつ陪從  もなかりけりさこそ末の世ならめ神いかに見給  ふらむと耻かしきこゝちして詠み侍りける 神の代も變りに鳬と見ゆる哉其亊業の有ずなりにて  1240:8218  ふけ行くまゝに御手洗の音神さびて聞えければ 御手洗の流はいつも變らぬを末にしなれば淺ましの世や  1241:8219  伊勢にまかりたりけるに太神宮に參りて詠みけ  る 榊葉に心をかけむ木綿しでゝ思へば神も佛なりけり  1242:8220  齋院おりさせ給ひて本院の前を過ぎけるに人の  うちへいりければゆかしう覺えて具して見まは  りけるにかくやありけむとあはれに覺えており  ておはします所へ宣旨の局の許へ申し遣しける 君すまぬ御内はあれて有栖川いむ姿をも冩しつる哉  1243:8221  かへし 思きやいみこし人の傳にして馴し御内を聞かむ物とは  1244:8222  伊勢に齋王おはしまさで年へにけり齋宮木だち  ばかりさかと見えてついがきもなきやうになり  たりけるを見て いつか又齋宮のいつかれてしめの御内に塵を拂はむ  1245:8223  世の中に大亊出で來て新院あらぬさまにならせ  おはしまして御ぐしおろして仁和寺の北院にお  はしましけるに參りて源腎阿闍梨出であひたり  月あかくてよみける 斯るよに影も變らず澄月を見る我身さへ恨めしき哉  1246:8224  讚岐へおはしまして後歌といふことのよにいと  聞えざりければ寂然が許へいひ遣しける 言の葉の情絶にし折節に有あふ身こそ悲しかりけれ  1247:8225  かへし                寂然 敷島や絶えぬる道に泣々も君とのみこそ跡を忍ばめ  1248:8226  讚岐にて御心引きかへて後の世の亊御つとめ隙  なくせさせおはしますと聞きて女房の許へ申し  ける、此の文をかきて  若人不嗔打 以何修忍辱 世の中を背く便やなからましうき折節に君が逢すば  1249:8227  これもついでに具して進らせける 淺ましやいかなる故の報にて斯る亊しも有世なる覽  1250:8228 長へて遂に住べき都かは此世はよしやとても斯ても  1251:8229 幻の夢を現に見る人はめもあはせでやよを明すらむ  1252:8230  かくて後人の參りけるに 其日より落つる涙を形見にて思忘るゝ時のまぞなき  1253:8231  かへし                女房 めの前に變り果にし世のうきに涙を君も流しける哉  1254:8232 松山の涙は海に深くなりて蓮の池に入れよとぞ思ふ  1255:8233 波の立つ心の水を沈めつゝ咲かむ蓮を今は待つかな  1256:8234  老人述懷といふことを人々詠みけるに 山深み杖にすがりて入る人の心の底のはづかしき哉  1257:8235  左京大夫俊成歌集めらるゝと聞きて歌遺すとて    【ママ】 花ならぬの言葉なれど自ら色もあるやと君拾はなむ  1258:8236  かへし                俊成 世を捨て入にし道の言の葉ぞ哀も深き色は見えける  1259:8237  戀百首 思餘りいひ出でゝこそ池水の深き心の色は知られめ  1260:8238 無き名社飾磨の市に立にけれまだ逢初ぬ戀する物を  1261:8239 包めども涙の色にあらはれて忍ぶ思は袖よりぞちる  1262:8240 割無しや我も人めを包むまに強てもいはぬ心盡しは  1263:8241 中々に忍ぶ氣色や著からむかゝる思に習ひなき身は  1264:8242 氣色をば怪めて人の咎む共打任せては云じとぞ思ふ  1265:8243 心には忍ぶと思ふかひもなくしるきは戀の涙也けり  1266:8244 色に出ていつより物は思ふぞと問人あらば如何答へむ  1267:8245 逢亊の無て已ぬる物ならば今見よ世にも有やはつると  1268:8246 憂身とて忍ばゞ戀の忍ばれて人の名立に成も社すれ  1269:8247 みさをなる涙也せば唐衣懸ても人に知られましやは  1270:8248 歎き餘り筆のすさびに盡せ共思ふ計はかゝれざり鳬  1271:8249 我が歎く心の内の苦しきを何と譬へて君に知られむ  1272:8250 今は唯忍ぶ心ぞつゝまれぬ歎かば人や思ひ知るとて  1273:8251 心にはふかくしめ共梅の花をらぬ匂はかひなかり鳬  1274:8252 さかとよと仄に人を見つれ共覺ぬは夢の心ち社すれ  1275:8253 消返り暮まつ袖ぞ萎れぬるおきつる人は露ならね共  1276:8254 いかにせむ其梅雨の名殘より頓てをやまぬ袖の雫を  1277:8255 さる程の契は何に有ながらゆかぬ心の苦しきやなぞ  1278:8256 今はさは覺ぬを夢に做果て人に語らでやみねとぞ思ふ  1279:8257 折人の手には溜らで梅の花誰が移香にならむとす覽  1280:8258 轉寢の夢を厭ひし床の上の今朝いか計起うかるらむ  1281:8259 引かへて嬉しかる覽心にもうかりし亊を忘ざらなむ  1282:8260 織女はあふを嬉しと思ふらむ我は別のうき今宵かな  1283:8261 同くば咲初しより占おきて人に折られぬ花と思はむ  1284:8262 朝露にぬれにし袖をほす程にやがて夕だつわが涙哉  1285:8263 待兼て夢に見ゆやと睡ろめば寢覺すゝむる荻の上風  1286:8264 つゝめ心も人知る戀や大堰川ゐせきの隙を潛る白波  1287:8265 逢ふまでの命もがなと思ひしは悔しかりける我心哉  1288:8266 今よりはあはで物をば思とも後憂人に身をば任せじ  1289:8267 いつかはと答へむ亊の妬き哉思も知らず恨聞かせよ  1290:8268 袖の上の人め知られし折まではみさを也ける我涙哉  1291:8269 生憎に人めも知らぬ涙かな堪へぬ心に忍ぶかひなく  1292:8270 荻の音は物思我に何なればこぼるゝ露に袖の萎るゝ  1293:8271 草茂み澤にぬはれてふす鴫のいかによそたつ人の心ぞ  1294:8272 哀とてひとの心の情あれな數ならぬにはよらぬ情を  1295:8273 いかにせむ憂名をよゝに立て果て思も知らぬ人の心を  1296:8274 忘られむ亊を重ねて思ひにきなど驚かす涙なるらむ  1297:8275 問れぬもとはぬ心の難面さも憂は變らぬ心ち社すれ  1298:8276 つらからむ人故身をば恨みじと思しか共叶はざり鳬  1299:8277 今更に何かは人も尤むべき初めてぬるゝ袂ならねば  1300:8278 わりなしな袖に歎きのみつ儘に命をのみも厭ふ心は  1301:8279 色深き涙の河のみなかみは人をわすれぬ心なりけり  1302:8280 待兼て獨は伏せど敷妙の枕ならぶるあらましぞする  1303:8281 とへかしな情は人の身の爲を憂物とても心やはある  1304:8282 言の葉の霜枯にしに思ひにき露の情も懸らましかば  1305:8283 夜もすがら恨を袖にたゞふれば枕に波の音ぞ聞ゆる  1306:8284 長らへて人の誠を見るべきに戀に命のたへむ物かは  1307:8285 頼め置し其云ひ亊やあだに成し波越ぬべき末の松山  1308:8286 河の瀬によに消ぬべき泡沫の命をなぞや君が頼むる  1309:8287 假初におく露とこそ思ひしか秋にあひぬる我が袂哉  1310:8288 自からありへばとこそ思ひつれ頼なくなる我が命哉  1311:8289 身をも厭ひ人のつらさを歎れて思ひ數ある頃にも有哉  1312:8290 菅の根の長く物をば思はじと手向し神に祈りし物を  1313:8291 打解けて睡まばやは唐衣よな/\返すかひも有べき  1314:8292 我つらき亊をやなさむ自から人めを思ふ心ありやと  1315:8293 言問へばもて離れたる景色哉麗らかなれや人の心の  1316:8294 物思ふ袖に歎きのたけ見えて忍ぶ知らぬは涙也けり  1317:8295 草の葉にあらぬ袂に物おもへば袖に露おく秋の夕暮  1318:8296  〔合字〕 あふことのなき病にて戀死なば流石に人や哀と思はむ  1319:8297 いかにぞや云遣りたりし方もなく物を思て過る頃哉  1320:8298 我計物思ふ人や又もあると唐土までも尋ねてしがな  1321:8299 君に我いか計なる契ありてまなくも物を思初めけむ  1322:8300 さらぬだに本の思の絶ぬまに歎きを人の添る也けり  1323:8301 我のみぞ我心をばいとほしむ憐む人のなきに附ても  1324:8302 恨みじと思ふ我さへつらき哉とはで過ぬる心強さを  1325:8303 いつとなき思はふじの煙にて起きふす床や浮島が原  1326:8304 これもみな昔の亊と云ながらなど物思ふ契なりけむ  1327:8305 などか我つらき人故物を思ふ契をしもは結び置けむ  1328:8306 紅にあらぬ袂の濃き色はこがれて物を思ふなみだか  1329:8307 せき兼てさはとて流す瀧つ瀬にわく白玉は涙也けり  1330:8308 歎かじと包みし頃は涙だに打任せたる心ちやはせし  1331:8309 眺こそ憂身の癖と成果てゝ夕暮ならぬ折もわかれね  1332:8310 今はわれ戀せむ人を訪らはむよに憂亊と思知られぬ  1333:8311 思へ共思ふかひ社無りけれ思ひし知らぬ人を思へば  1334:8312 あやひねるさゝめのこ簑衣にきむ涙の雨を凌ぎがてらに  1335:8313 なぞも斯亊新しく人のとふ我物思ひはふりにし物を  1336:8314 しなばやな何思ふらむ後世も戀はよに憂亊と社きけ  1337:8315 割無しやいつを思の果にして月日を送る我身なる覽  1338:8316 いとほしや更に心の幼びて魂切れらるゝ戀もする哉  1339:8317 君慕ふ心のうちはちごめきて涙もろにもなる我身哉  1340:8318 懷かしき君が心の色を爭で露も散らさで袖に包まむ  1341:8319 幾程も長らふまじき世中に物を思はでふる由もがな  1342:8320 いつか我塵つむ床を拂擧て來むと頼めむ人を待べき  1343:8321 よたけたつ袖にたぐへて忍ぶかな袂の瀧に落る涙を  1344:8322 憂きにより遂に朽ぬる我袖を心づくしに何忍びけむ  1345:8323 心から心にものを思はせて身を苦むる我身なりけり  1346:8324 獨着て我身に纏ふ唐衣しほ/\とこそなき濡さるれ  1347:8325 云立て恨みばいかにつらからむ思へばうしや人の心は  1348:8326 歎かるゝ心の中の苦しさを人の知らばや君に語らむ  1349:8327 人知れぬ涙に咽ぶ夕暮はひき被きてぞ打臥されける  1350:8328 思ひきや斯る戀路に入初てよく方もなき歎せむとは  1351:8329 危さに人めぞ常によかれける岩の門ふむほぎのかけ道  1352:8330 知ざりき身に餘りたる歎して隙なく袖を絞るべしとは  1353:8331 吹風に露も溜らぬ葛の葉の裏返れとは君をこそ思へ  1354:8332 我からと藻に住蟲の名にしおへば人をば更に恨やはする  1355:8333 空しくてやみぬべき哉空蝉の此身からにて思ふ歎は  1356:8334 包め共袖より外にこぼれ出でゝ後めたきは涙也けり  1357:8335 我が涙疑はれぬる心かな故なく袖のしをるべきかは  1358:8336 さる亊の有べきかはと忍れて心いつ迄みさをなる覽  1359:8337 とりのくし思もかけぬ露拂ひあなくしたかの我心哉  1360:8338 君にそむ心の色の深さには匂も更に見えぬなりけり  1361:8339 さもこそは人め思はず成果てめあな樣憎の袖の氣色や  1362:8340 且すゝぐ澤の小芹の根を白み清けに物を思はする哉  1363:8341 いか樣に思續けて恨みまし偏につらき君ならなくに  1364:8342 恨ても慰めてまし中々につらくて人の逢はぬと思へば  1365:8343 打たえで君に逢人いかなれや我身も同世に社はふれ  1366:8344 とに斯に厭まほしき世なれ共君が住むにも引れぬる哉  1367:8345 何亊に附てか世をば厭まし憂かりし人ぞ今は嬉しき  1368:8346 逢と見し其夜の夢の覺であれな長き眠はうかるべけれど  此の歌題も又人にかはりたることゞももありけれ  ど書かず此の歌ども山里なる人の語るにしたがひ  て書きたるなりさればひがことどもやむかし今の  こと取りあつめたれば時をりふしたがひたること  どもゝ  1369:8347  此の集を見て返しける                院の少納言の局 卷毎に玉の聲せし玉章のたぐひは又もありける物を  1370:8348  かへし よしさらば光なくとも玉と云て詞の塵は君磨かなむ  1371:8349  讚岐にまうでゝ松山と申す所に院おはしましけ  む御跡尋ねけれどもかたもなかりければ 松山の波に流れてこし舟のやがて空しく成にける哉  1372:8350 松山の波の氣色は變らじをかたなく君は成ましに鳬  1373:8351  白峯と申す所に御墓の侍りけるにまゐりて よしや君昔の玉の床とても斯らむ後は何にかはせむ  1374:8352  同じ國に大師のおはしましける御あたりの山に  庵むすびて住みけるに月いとあかくて海の方く  もりなく見え侍りければ 曇りなき山にて海の月見れば島ぞ氷の絶間なりける  1375:8353  住みけるまゝに庵いとあはれに覺えて 今よりは厭はじ命あればこそ斯る住ひの哀をも知れ  1376:8354  庵の前に松の立てりけるを見て 久にへて我後の世をとへよ松跡慕べき人もなき身ぞ  1377:8355 爰を又我住憂くてうかれなば松は獨にならむとす覽  1378:8356  雪のふりけるに 松の下は雪ふる折の色なれや皆白妙に見ゆる山路に  1379:8357 雪積て木もわかず咲花なれば常磐の松も見えぬ也鳬  1380:8358 花と見る梢の雪に月さえて譬へむ方もなき心ちする  1381:8359 紛ふ色は梅とのみ見て過行に雪の花には香ぞ無りける  1382:8360 折しもあれ嬉く雪の埋む哉來籠りなむと思ふ山路を  1383:8361 中々に谷の細道うづめ雪ありとて人の通ふべきかは  1384:8362 谷の庵に玉の簾をかけましや縋る垂氷の軒を閉ずば  1385:8363  花進らせける折しも折敷に霰の降り懸りければ 志きみ置あかの折敷に縁無くば何に霰の玉とまらまし  1386:8364  大師の生れさせ給ひたる所とてめぐり志まはし  て其の志るしの松の立てりけるを見て 哀なり同じ野山に立てる木のかゝる印の契ありけり  1387:8365 岩にせくあか井の水の割なきは心すめとも宿る月哉  1388:8366 〔又ある本に〕  曼陀羅寺の行道どころへ昇るはよの大亊にて手  をたてたるやうなり大師の御經かきてうづませ  おはしましたる山の嶺なり坊の卒塔婆一丈ばか  りなる壇つきて立てられたりそれへ日毎に昇ら  せおはしまして行道しおはしましけると申し傳  へたりめぐり行道すべきやうに壇も二重につき  まはされたり昇る程のあやふさことに大亊なり  構へてはひまはりつきて 廻り合はむ亊の契ぞ頼もしき嚴しき山の誓見るにも  1389:8367  やがてそれが上は大師の御師に逢ひ參らせさせ  おはしましたる嶺なりわかはいしさと其の山を  ば申すなりその邊の人はわかいしとぞ申しなら  ひたる山文字をばすてゝ申さず又筆の山とも名  づけたり遠くて見れば筆に似てまろ/\と山の  嶺のさきの尖りたるやうなるを申しならはした  るなめり行道どころより構へてかきつきのぼり  て嶺にまゐりたれば師にあはせおはしましたる  所のしるしに塔を立ておはしましたりけり塔の  石ずゑはかりなく大きなり高野の大塔ばかりな  りける塔の跡と見ゆ苔は深く埋みたれども石お  ほきにしてあらはに見ゆ筆の山とまうす名につ  きて 筆の山にかき登ても見つる哉苔の下なる岩の景色を  善通寺の大師の御影にはそばにさしあげて大師の  御師かきぐせられたりき大師の御手などもおはし  ましき四の門の額少々われて大方はたがはずして  侍りき末にこそいかゞなりけむずらむと覺束なく  覺え侍りしか  1390:8368  備前國に小島と申す島にわたりたりけるにあみ  と申す物をとる所は各われ/\しめて長き竿に  袋をつけて立て渡すなり其の竿の立て始めをば  一の竿とぞ名づけたる中に年たかきあま人のた  てそむるなりたつるとて申すなる詞きゝ侍りし  こそ涙こぼれて申すばかりなく覺えて詠みける 立て初るあみとる浦の初竿は罪の中にも勝れたる哉  1391:8369  ひゝしぶかはと申す方へまかりて四國の方へ渡  らむとしけるに風あしくてほどへけりしぶ川の  浦田と申す所に幼なき者どものあまた物を拾ひ  けるをとひければつみと申す物拾ふなりと申し  けるを聞きて おり立て浦田に拾ふ蜑の子はつみより罪を習ふ也鳬  1392:8370  まなべと申す島に京よりあき人どものくだりて  やう/\のつみの物ども商ひて又しはくの島に  渡りて商はむずる由申しけるを聞きて まなべよりしはくへ通ふ商人は罪を櫂にて渡る也鳬  1393:8371  串にさしたる物を商ひけるを何ぞと問ひければ  蛤を干して侍るなりと申しけるを聞きて 同くば蠣をぞさして乾しもすべき蛤よりは名も便あり  1394:8372  牛窓のせとに海人の出でいりてさだえと申す物  をとりて舟に入れぐしけるを見て さだえ住むせとの岩壺求出て急ぎし蜑の氣色なる哉  1395:8373  沖なる岩につきて蜑どもの鮑とりける所にて 岩の根に片おもむきも浪うきて鮑をかづく蜑の村君  1396:8374  題しらず 小鯛ひく網のうけ繩より廻りうきし業ある鹽崎の浦  1397:8375 霞しく波の初花をりかけてさくら鯛つる沖の海人舟  1398:8376 蜑人のいそしく歸るひじき物は小にし蛤唐菜したゞみ  1399:8377 磯菜つまむと思始るわかふのりみるめきはさひしき心太  1400:8378  伊勢の答志と申す島には小石の白のかぎり侍る  濱にて黒は一つもまじらずむかひて菅島と申す  は黒かぎり侍るなり 菅島や答志の小石わけかへて黒白まぜようらの濱風  1401:8379 鷺島の小石の白を高浪の答志の濱にうちよせてける  1402:8380 からすざきの濱の小石と思ふ哉白も交らぬ菅島の黒  1403:8381 あはせばや鷺を烏と碁をうたば答志菅島くろ白の濱  1404:8382  伊勢の二見の浦にさるやうなる女の童どものあ  つまりてわざとの亊と覺しく蛤をとりあつめけ  るをいふかひなき海士人こそあらめうたてきこ  となりと申しければ貝合せに京より人の申させ  給ひたればえりつゝとるなりと申しけるに 今ぞ知る二見の浦の蛤を貝あはせとて掩ふなりけり  1405:8383  石子へ渡りたりけるに井貝と申す蛤にあこやの  旨と侍るなりそれをとりたるからを高くつみお  きたりけるを見て あこやとる井貝の殼を積み置て寶の跡を見する也鳬  1406:8384  沖のかたより風の惡しきとて鰹と申すにを釣り  ける船どもの歸りけるを見て いらこ崎に鰹釣り舟並び浮てはかちの浪に浮びてぞよる  1407:8385  二つありける鷹のいらこ渡りすると申しけるが  一つの鷹はとゞまりて木の末にかゝりて侍ると  申しけるを聞きて すだか渡るいらこが崎を疑ひて猶きにかゝる山歸哉  1408:8386 敏鷹のすゞろかさてもふるさせて据たる人の有難の世やの  1409:8387  宇治川を下りける舟のかなつきと申すものをも  て鯉の下るをつきけるを見て 宇治川の早瀬落舞ふれふ舟の潛きにちがふ鯉の村まけ  1410:8388 小はえ集ふ沼の入江の藻の下は人つけ於かぬ節にぞ有ける  1411:8389 種漬くるつぼ井の水のひく末に江鮒集る落合のはた  1412:8390 しら繩に小鮎引れて下る瀬にもち設けたる米の敷網  1413:8391 見るも憂きは鵜繩に逃ぐるいろくづを遁らかさでもしだむもち網  1414:8392 秋風に鱸つり舟走るめりうのひとはしの名殘慕ひて  1415:8393  新宮より伊勢の方へまかりけるにみきしまにふ  れの沙汰しける浦人の黒き髮は一筋もなかりけ  るを呼びよせて 年へたる浦の蜑人言とはむ浪を潛きて幾世すぎにき  1416:8394 黒髮は過ると見えし白波を潛き果たる舟には知る蜑  1417:8395  小鳥どもの歌よみける中 聲せずば色こくなると思はまし柳のめはむ鶸の村鳥  1418:8396 桃園の花に紛へるてりうその群立折はちる心ちする  1419:8397 ならび居て友を離れぬこがらめの塒に瀬む椎の下技  1420:8398  月の夜賀茂にまゐりて詠み侍りける 月のすむ御祖河原に霜さえて千鳥とほたつ聲聞ゆ也  1421:8399  熊野へ參りけるに七越の嶺の月を見て詠みける 立ち昇る月のあたりに雲消えて光かさぬる七越の峯  1422:8400  讚岐國へ罷りてみのつと申す津につきて月のあ  かくてひゞのても通はぬ程に遠く見え渡りたり  けるに水鳥のひゞのてにつきて飛び渡りけるを 志き渡す月の氷を疑ひてひゞのてまはるあぢの村鳥  1423:8401 爭で我心の雲にちりすべき見るかひ有て月を眺めむ  1424:8402 眺居りて月の影にぞ世をば見る住もすまぬもさ也鳬とは  1425:8403 雲晴て舟に愁なき人のみぞさやかに月の影は見べき  1426:8404 さのみやは袂に影を宿すべきよわし心に月な眺めそ  1427:8405 月に耻てさし出でられぬ心哉眺むる袖に影の宿れば  1428:8406 心をば見る人ごとに苦しめて何かは月のとり所なる  1429:8407 露けさは憂身の袖の癖なるを月見咎におほせつる哉  1430:8408 眺めきて月いか計り忍ばれむ此世し雲の外に成なば  1431:8409 いつか我このよの空を隔たらむ哀々とつきを思ひて  1432:8410 露もありつ返す%\も思出でゝ獨ぞ見つる朝顏の花  1433:8411 ひときれば都を捨て出づれども廻りて花を木曾の梯  1434:8412 捨たれど隱て住ぬ人になれば猶世に有に似たる也鳬  1435:8413 世中をすてゝ捨てえぬ心ちして都離れぬ我が身也鳬  1436:8414 捨し折の心を更に改めて見るよの人に別れはてなむ  1437:8415 思へ心人のあらばや世にも恥ぢむさりとてやはと勇む計ぞ  1438:8416 呉竹の節繁からぬよ也せば斯の君はとてさし出なまし  1439:8417 惡善を思分く社苦しけれ唯あらるれば有れける身を  1440:8418 深く入るは月故としも無物を浮世忍ばむ三吉野の山  1441:8419  嵯峨野の見し世にも變りてあらぬやうになりて  人いなむとしたりけるを見て 此里や嵯峨の御狩の跡ならむ野山も果はあせ變り鳬  1442:8420  大覺寺の金剛が立てたる石を見て 庭の石に目立つる人も無らましかどある樣に建し置ねば  1443:8421  瀧のわたりの木立あらぬことになりて松ばかり  並み立ちたりけるを見て 流れ見し岸の木立もあせ果て松のみ社は昔なるらめ  1444:8422  龍門にまゐるとて 瀬を早み宮瀧何を渡りゆけば心の底のすむ心ちする  1445:8423 思ひ出て誰かは止て分も來む入る山道の露の深さを  1446:8424 呉竹の今幾よかは起臥して庵の窓をあげおろすべき  1447:8425 其筋にいりなば心何しかも人め思ひて世に包むらむ  1448:8426                    〔原作つ〕 緑なる松にかさなる白雪は柳の衣を山におほへる  1449:8427 盛ならぬ木もなく花の咲にけり思へば雪を分る山道  1450:8428 波と見ゆる雪を分てぞ漕渡る木曾の梯底も見えねば  1451:8429 みなつるは澤の氷の鏡にて千年の影をもてやなす覽  1452:8430 澤も解ず摘めど筐に留らでめにも溜らぬゑぐの草括  1453:8431 君がすむ岸の岩より出る水の絶ぬ末をぞえも汲ける  1454:8432 たしろ見ゆる池の堤の嵩添へて湛ふる水や春夜の爲  1455:8433 庭に流す清水の末を堰きとめて門田養ふ頃にも有哉  1456:8434 伏見過ぬ岡の屋に猶留まらじ日野迄ゆきて駒試みむ  1457:8435 秋の色は風ぞ野もせに敷渡す時雨は音を袂にぞ聞く  1458:8436 しぐれそむる花園山に秋くれて錦の色も改むるかな  1459:8437  伊勢のいそのへちの錦の島に磯わの紅葉の散り  けるを 浪にしく紅葉の色を洗ふ故に錦の島と云にや有らむ  1460:8438  陸奧國に平泉に向ひて多波志のねと申す山の侍  るにこと木は少なきやうに櫻のかぎり見えて花  の咲きたるを見て詠める 聞もせずたはしね山の櫻花吉野の外に斯るべしとは  1461:8439 奧に猶人見ぬ花の散らぬあれや尋ねを入らむ山郭公  1462:8440 つ花ぬく北野の茅原あせゆけば心菫ぞ生ひ變りける  1463:8441  例ならぬ人の大亊なりけるが四月に梨の花の咲  きたりけるを見て梨のほしき由を願ひけるにも  しやと人に尋ねければ枯れたるかしはに包みた  る梨を唯一つ遣はしてこればかりなど申したる  返りごとに 花の折柏に包む信濃梨は一つなれ共ありの實と見ゆ  1464:8442  讚岐の位におはしましけるをり御幸の鈴のろう  を聞きて詠みける 舊にける君が御幸の鈴のろうはいかなるよにも絶ず聞えむ  1465:8443  日のいる鼓の如し 波のうつ音を鼓に紛ふれば入日の影の打てゆらる  1466:8444  題しらず 山ざとの人も梢の松がうれにあはれに來ゐる郭公哉  1467:8445 ならべける心はわれか郭公君待ちえたるよひの枕に  1468:8446  筑紫にはらかと申すいをのつりをば十月一日に  おろすなり志はすに引きあげて京へは上せ侍る  そのつりの繩遙に遠くひき渡してとほる船のそ  の繩にあたりぬるをば喞ちかゝりてかうけがま  しく申してむつかしく侍るなりその心を詠める 腹赤つる大わた崎のうけ繩に心懸つゝ過むとぞ思ふ  1469:8447 伊勢島やいるゝつきてすまう波にけこと覺ゆるいりとりの蜑  1470:8448 磯菜摘て波懸られて過にける鰐の住ける大磯の根を  Subtitle  百首  1471:8449  花十首 吉野山花の散にし木の本にとめし心は我をまつらむ  1472:8450 吉野山高根の櫻咲きそめばかゝらむものか花の薄雲  1473:8451 人は皆吉野の山へ入りぬめり都の花仁我はとまらむ  1474:8452 尋入る人には見せじ山櫻われとを花に逢はむと思へば  1475:8453 山櫻咲きぬと聞きて見にゆかむ人を爭ふ心とゞめて  1476:8454 山ざくら程なく見ゆる匂かな盛を人に待たれ/\て  1477:8455 花の雪の庭に積るに跡つけじ門なき宿と云散させて  1478:8456 詠めつるあしたの雨の庭の面に花の雪しく春の夕暮  1479:8457 吉野山ふもとの瀧にながす花や峯に積りし雪の下水  1480:8458 根に返る花を送りて吉野山夏の境に入りて出でぬる  1481:8459  郭公十首 なかむ聲や散ぬる花の名殘なる頓て待たるゝ郭公哉  1482:8460               〔合字〕 春くれて聲に花さく郭公たづぬることもまつも變らぬ  1483:8461 聞かで待つ人思ひ知れ時鳥聞ても人は猶ぞ待つめる  1484:8462 所から聞き難きかと郭公里を變ても待たむとぞ思ふ  1485:8463 初聲を聞きての後はほとゝぎす待も心の頼もしき哉  1486:8464 五月雨のはれま尋ねて郭公雲居につたふ聲聞ゆなり  1487:8465 郭公なべて聞くには似ざりけり深き山邊の曉のこゑ  1488:8466 時鳥深き山邊にすむかひは梢につゞく聲を聞くなり  1489:8467 よるの床を鳴うかされむ時鳥物思ふ袖をとひに來らば  1490:8468 時鳥月のかたぶく山の端にいでつる聲の返りいる哉  1491:8469  月十首 伊勢島や月の光のさびが浦は明石には似ぬ影ぞ澄ける  1492:8470 池水にそこ清くすむ月影は波に氷をしきわたすかな  1493:8471 月を見て明石の浦を出る舟は波の夜とや思はざる覽  1494:8472 離れたる白良の濱の沖の石をくだかで洗ふ月の白波  1495:8473 思解けば千里の影も數ならず到らぬ隈も月は有せじ  1496:8474 大方の秋をば月につゝませてふき綻ばす風の音かな  1497:8475 何亊か此世に經たる思出をとへかし人に月を教へむ  1498:8476 思知るをよには隈なき影ならず我めに曇る月の光は  1499:8477 浮世とも思ひとほさじ押返し月のすみける久方の空  1500:8478 月の夜やたとを成て孰くにも人知らざらむ栖教へよ  1501:8479  雪十首 信樂の杣のおほぢは止めてよ初雪ふりぬ武庫の山人  1502:8480 急がずば雪に我身やとゞめられて山邊の里に春を待まし  1503:8481 哀れ知りて誰かわけこむ山里の雪ふり埋む庭の夕暮  1504:8482 湊川苫に雪ふく友船はむやひつゝこそ夜を明しけれ  1505:8483 筏士の浪の沈むと見えつるは雪を積つゝくだす也鳬  1506:8484 溜りをる梢の雪の春ならば山里いかにもてなされまし  1507:8485 大原は芹生を雪の道にあけてよもには人も通はざり鳬  1508:8486 晴れやらで二村山に立雲は比良の吹雪の名殘也けり  1509:8487 雪凌ぐ庵のつまをさし添て跡とめてこむ人を留めむ  1510:8488 悔しくも雪のみ山へ分入らで麓にのみも年を積けり  1511:8489  戀十首 古き妹が園に植たる唐薺誰なづさへと生し立つらむ  1512:8490 紅のよそなる色は知られねばふくにこそ先染始けれ  1513:8491 樣々の歎きを身には積置きていつ濕るべき思なる覽  1514:8492 君をいかに細かに結へる繁目ゆひ立も離れず並つゝみむ  1515:8493 戀す共みさをに人に云ればや身に從はぬ心やはある  1516:8494 思出でよ三津の濱松よそたつる志賀の浦波立たむ袂を  1517:8495 疎くなる人は心のかはるとも我とは人に心おかれじ  1518:8496 月をうしと眺め乍らも思ふ哉其夜計の影とやは見し  1519:8497                 〔合字〕 我は唯かへさでを着むさ夜衣きてねしことを思出つゝ  1520:8498 川風に千鳥なくらむ冬の夜はわが思にて有ける物を  1521:8499  述懷十首 〔一首不足〕 いざさらば盛思ふも程も有じはこやが嶺の春に睦れて  1522:8500 山深く心は兼て送りてき身こそ憂世を出やらねども  1523:8501 月に爭で昔の亊を語らせて影に添ひつゝ立も離れむ  1524:8502 憂世とし思はでも身の過に鳬月の影にもなづさはりつゝ  1525:8503 雲につきて浮れのみ行心をば山に懸てをとめむとぞ思  1526:8504 捨て後は紛れし方は覺ぬを心のみをばよにあらせける  1527:8505 塵つかで歪める道を直く做て行々人をよにつかむとや  1528:8506 はとしまむと思ひも見えぬよにしあれば末にさ社は大幤の空  1529:8507 舊にける心こそ猶哀れなれ及ばぬ身にも世を思はする  XXXX:XXXX  〔此處古本有〕 深き山はこけむす岩を疊み上げてふりにしかたををさめつるかな  〔之一首〕  1530:8508  無常十首 儚しな千年思ひし昔をも夢のうちにて過にける世は  1531:8509 笹蟹の糸に貫く露の玉を懸て飾れる世にこそ有けれ  1532:8510 現をもうつゝと更に思はねば夢をも夢と何か思はむ  1533:8511 さらぬ亊も跡方なきを分てなど露をあだにも云も置けむ  1534:8512 燈火のかゝげ力もなくなりてとまる光をまつ我身哉  1535:8513 水ひたる池に潤ほふ滴りを命に頼むいろくづやたれ  1536:8514 汀近く引寄せらるゝ大網にいくせの物の命こもれり  1537:8515 うら/\と死なむずるなと思解けば心の頓てさぞと答る  1538:8516 云捨てゝ後の行方を思果てば偖さはいかに浦島の箱  1539:8517 世中になくなる人を聞く度に思は知るを愚なる身に  1540:8518  神祇十首  神樂二首 めづらしな朝倉山の雲ゐより慕ひ出でたる赤星の影  1541:8519 名殘いかに返%\も惜からむ其駒にたつ神樂舎人は  1542:8520  賀茂二首 御手洗に分れ濯ぎて宮人のまてに捧げてみと開く也  1543:8521 長月の力合せに勝ちにける我が片岡をつよく頼みて  1544:8522  男山二首 今日の駒はみつのさかふを負て社敵を遠に懸て通らめ  1545:8523  放生會 御輿をさの聲さき立てゝ下ります音畏まる神の宮人  1546:8524  態野二首 み熊野の空しき亊は有じかしむしたれ板の運ぶ歩みは  1547:8525 新たなる熊野詣の驗をば氷のこりにうべきなりけり  1548:8526  御裳濯二首 初春を隈なく照す影を見て月に先知るみもすその岸  1549:8527 御裳濯の岸の岩根によをこめて固めたてたる宮柱哉  1550:8528  釋教十首  きりきわうの夢の中に三首 惑ひてし心を誰も忘つゝひかへらるなる亊のうき哉  1551:8529 ひき/\にわがそてつると思ける人の心やせばまくの衣  1552:8530 末の世の人の心を磨くべき玉をも塵にまぜてける哉  1553:8531  無量義經三首 悟廣き此法をまづ説置きて二つなしとはいひ窮め鳬  1554:8532 山櫻つぼみ始むる花のえに春をばこめて霞む也けり  1555:8533 身につきて燃る思の波ましや凉き風の煽がざりせば  1556:8534  千手經三首 花迄はみに似ざるべし朽果て枝も無木の根をな枯しそ  1557:8535 誓有て願はむ國へ行べくば西の言葉にふさねたる哉  1558:8536 樣々にたな心なる誓をばなもの言葉にふさねたる哉  1559:8537  又一首この心を  楊梅の春の匂はへんきちの功徳なり 柴蘭の秋  の色は普賢菩薩の眞相なり 野べの色も春の匂も押なべて心そめたる悟にぞなる  1560:8538  雜十首 澤の面にふせたるたづの一聲に驚かされて千鳥鳴也  1561:8539 友に成て同じ湊を出る舟の行方も知らず漕別れぬる  1562:8540 瀧おつる吉野の奧の宮川の昔を見けむ跡したはゞや  1563:8541                 〔原脱も〕 我園の岡邊に立てる一松を友とみつゝも老にける哉  1564:8542 樣々の哀ありつる山里を人につたへて秋の暮れける  1565:8543 山賤の住みぬと見ゆるわたり哉冬にあせ行靜原の里  1566:8544 山里の心の夢に惑ひをれば吹きしらまかす風の音哉  1567:8545 月をこそ眺めば心うかれ出め闇なる空に漂ふやなぞ  1568:8546 波高き蘆屋の沖を歸る船の亊無て世を過むとぞ思ふ  1569:8547 笹蟹のいと世を斯て過にけり人の人なる手にも係らで  End:  底本::   著名:   續國歌大觀 歌集   編纂者:  松下大三郎   発行所:  株式會社 角川書店   初版発行: 昭和三十三年三月十日   再発行:  昭和三十八年十二月二十日  入力::   入力者: 新渡戸 広明(info@saigyo.net)   入力機: Sharp Zaurus igeti MI-P1-A   編集機: IBM ThinkPad X31 2672-CBJ   入力日: 2003年12月15日-2004年03月15日  校正::   校正者: 大黒谷 千弥   校正日: 2004年04月28日-2004年05月08日  $Id: sanka_zoku.txt,v 1.47 2019/07/09 02:30:53 saigyo Exp $